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『ワイルドアームズ』の精神的続編『アームドファンタジア』開発中止へ。海外パブリッシャーの親会社が報告 クラウドファンディングで3億8000万の金額が集まったけど開発中止になった、というお話。ゲーム業界ではこの手の「クラファントラブル」のニュースは聞かれます。 で、今回に関して長くゲーム業界にいる立場の人間とすると「ゲーム開発費用の高騰」が大きいのではないかと。と、いうのは一番初期のワイルドアームズが開発された当時の画面、演出クオリティーであれば十分賄えるお金です。何しろ当時は20人のスタッフで1年に一本コンシューマRPG普通に作れていた時代でしたので。 ですが昨今の、そこまで大作でないRPG作るのですら3.4年かかったり。それも関わるスタッフは倍以上。これは昔は多くのメーカーが作っていた中堅RPGシリーズがどんどんなくなっていった理由の必つでもあります。 何より、続編が出ていなかったというのは「採算が合わない売り上げしか出ていなかった」ということであり。企業なんてのは貪欲ですから、どんなにクソゲーであっても売り上げが良ければ必ず続編が作られますので。 私はゲーム開発の長期化を危険視しているのはこの辺にもあり。4億円近い金額があっても完成しないというエンタメって何だろうと。もちろん、それ以外の要因があるかもしれませんが、熱心なファンから集めたお金で結局、クソゲーすら完成させられなかった。 よく「精神的続編」という言葉をこの業界で聞かれますが、そうなるとその「精神」を冒涜した、とさえ言われても反論の余地はなく。 この責任は大きいです。
2026.09.27
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この機会にコミケに関する、同人初心者にありがちな誤解を10コ1、同人はエロ本ばかり>コミケでは全体サークルの3割程度2、同人はペラペラな本でボロ儲け>印刷形態やページ数にも違いはあるけど、カラー表紙32Pで100冊4~5万円。計算すれば単価が高いことがわかる。そして、大半のサークルは一冊あたりの販売数は200以下(コミケットプレスより)。イベント参加費や交通費、製作時間を考えると儲けにならない。十分な利益が出せる大手と呼ばれるサークルは行列が出来ている壁際外周サークルとセンター通路サークル+αだと思ったほうがいい。3、大手がコピー本を小部数しか作らないのはわざと希少価値を高めるため>コピー本は基本、紙を折ったり束ねたりホチキスで閉じたりと手作りで手間がかかるので大部数が作れない。また、コピー1Pに8~10円(レーザープリンターを持っているサークルもあるので、その場合もっと安くなる)なのでオフセット印刷より単価が高くなるが量を作っても単価が下がらない上、オフセット本に比べ相場が安い。手間の割に利益は少ない。コピー本は基本突発本(印刷所締め切り以降に勢いで描く同人誌)が多いから、十分な製作期間がない、故に部数は少ないことが普通。4、大手は壁際で外にまで行列を作れて優遇されている>優遇、というよりイベントを円滑に進めるために特別措置がされていると考えるのがよい。(大手が島中に配置されたら行列が人の流れを遮って大変なことになる)また、壁際サークルでも販売部数や行列が少なければ、次回から島に戻される。5.大手は一回のコミケで何万冊も売っている>イベント開催時間が6時間であるので、一人当たり30秒で売り窓口を3つフル回転したとしても3000冊程度が限界と言われている。また、準備会側からも搬入制限がある。*追伸:ただし、複数冊同時販売場合は量が多くなる。でも1万は行かない(搬入制限で荷物の置き場所がない)6、大手は札束が飛び交っているように見えるんだけど?>1000円札と小銭がほとんどなので、実際は1/10で見たほうがいい。7、人気ジャンルをやれば売れるんでしょ?>人気ジャンルは当然、上手い人も多いから相当目を引かないと埋没することが多い。(むしろ地味に人気のあるマイナージャンルをやっているサークルが確実に固定ファンに支持されて売れたりする)8、徹夜は準備会に公認されている>準備会は完全否定している。っていうか、やってはいけない。徹夜を仕切っている仕切り組は基本的にコミケとは関係がない。準備会が整理を行っているのは「バカを野放しにするとイベントそのものが危険だから」という判断。つまり「警察があるから犯罪は容認されているよね?」という勘違いのようなもの。9、コスプレしてイベントに行ってもいいの?>きちんとした登録制。会場内のみ。その姿で会場に来たり帰ったりは禁止。着替えも更衣室のみ。その他いろいろ制約があるので詳しくはカタログに。10、なんやかんや言っても金儲けが目当てなんでしょ?>金目当てなら、こんな効率の悪いことを3万ものサークルがあの暑苦しい場所でやるか! ざっと考えた時、買う側だけだとイベントを一面からしか見ていないんですよね。私もサークル参加者にまわって、初めて見えてきたモノがたくさんありますし。これがスタッフだったり、準備会であったりするとさらにいろんな見方が出来るんだろうなと。 でも、少し想像力を働かせれば、ネットに蔓延している同人誌に関する情報の真偽がわかると思うんですけどね。
2008.05.30
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表層だけなぞる感想のほうが正しいのではないか?ということ。 先日映画「マイケル」を見てきまして、私としては終始とても面白い、気持ちよく映画館を出られた作品でした。 で、そのあとにネットで他の人の映画批評を見ると、「浅い」「もっと暗部に踏み込むべき」「○○が描かれていないのが不自然」と、特にマイケルジャクソンに詳しい人ほど物足りなさや違和感を感じている様子。 ですが、この場合「知識の浅い自分にとって最適な温度の映画だった」ともいえるんですよね。これって以前にも書きましたが「知識が面白さを阻害する」ってやつで。ゲームでもリアリティーを追求するほど面倒くさい、地味、つまらないことになるように。 映画「マイケル」に関しても私のような超有名楽曲を知ってる、程度のにわかにはMVとしてとても楽しめた。別に彼の生々しいドキュメント映像を見たかったわけではないわけで。 映画の感想は人それぞれ。私の場合「予備知識なく、たまたま見て面白かった」という表層的な感想がこの作品のすごさだったんだと。
2026.09.25
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思い立ったように最近レンタルDVDでTV放送当時のエヴァンゲリオンを借りてきているのですが。 設定といい、演出といい、キャラクター性といい、本当にヤマト、ガンダムと匹敵するアニメの金字塔、というのはわかります。 が・・・作画の件に関してはかなりあやしいところがありまして。特に私は作画マニアではありませんが、素人の私でも「あれ?」と思うような、それこそアップで静止画口ぱくだけなのに目の場所が正中線から狂っていたり、等身があきらかにおかしかったり(胸の下がすぐに腰になっているような)、という荒さを感じます。 とはいっても、これはそれだけ昨今のアニメの品質が異常に上がっている、ということでもあるんじゃないかと。なにしろ、放送当時エヴァは「TV放送とは思えない驚異の作画」と業界内でも話題だったぐらいですが、(後期は別)今の時代のアニメに慣れた目で見てしまうと、あれ?こんなもんだっけ・・・な部分がかなりありますので。 ですが、こういうのはゲームのグラフィックと同じでゲームそのものに夢中になると気にならない、やはり今見ても「すげえな」と思える作品です。 あの当時はまだセル画を一枚ずつ着色していた最後の時代ですから、その後の飛躍的な作画の向上、安定化を考えても、デジタルの恩恵というのは本当にアニメ業界に大きかったんだと思います。
2011.01.10
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しつけのために放置され行方不明になっていた男の子が発見された、という速報が入りまして。まずは安堵という形になりました。いろいろ今回は謎が残るので、これからどうなるか、事態の解明が求められます。 で、今回の一連の「しつけ」についてのやり方で立場によってさまざまな意見が出ているのが興味深くて。たとえばあるラジオ番組内で、子育てを経験した母親的な人の場合「いうことを聞かない子供をデパート内に放置などをしつけでやってしまうことはある」的な意見。それに対して「デパートのようなある程度安全が確保されている場所と違って自然林に放置は短時間でも危険でしつけの度を越えている」という投稿メール・・・ 難しいのは人によって「このぐらいは大丈夫」の度合いが違うこと。これってたとえば一昔前は教師が生徒をビンタするのが指導として「ごく普通」であった時代がありましたが、冷静に考えると明らかに暴力。しかし、これによって育った世代にとっては「ビンタぐらいは普通。最近の子供はぜい弱過ぎ」と軽く見る傾向がある。 今回の放置に関して、まだわからないことが多すぎるので(一週間もの期間、どうやってこの子は生きていられたのか?など)すが、とりあえず山国育ちの人間としては「山というのは都会と違ってちょっと入り込むと大人でも生命の危険がある」かなり危ない場所ですので、しつけでの放置はやめよう、ということです。
2016.06.03
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私は長年、自宅のNHK放送にお金を払っています。それこそ上京して20年、一人暮らしを始めて以来。 で、自分でもNHKはよく見ます。特にNHK特集など民放がやらない、視聴率が取れない地味だけどじっくり面白い、知的好奇心が刺激される番組が多いので。また、特に見たいテレビがないときは騒がしい民放のバラエティーよりNHKをつけっぱなしにしていたり、Eテレのとがった放送や、またアニメが質がいい作品をやるので。 だから、NHKが料金を取ることに関しては文句はないんです。 ですが、「お金を払っている人間にしか見えないよう、スクランブル放送にしてほしい」と。これは有料課金している側からの不満です。NHKの価値を認めているから、品質を維持してほしいから、スポンサーの忖度とか考えなくていいようにNHKにお金を払う。しかし、一般には「NHKなんて見ない」という人がいるのも当然。 そういう人からお金を取る権利はないし、もし、地震など緊急時の情報、あるいは国会中継などに必要であれば、その時間だけスクランブルを切ればいい。 にもかかわらず今は「テレビが家庭にある=NHKに加入したのと同じ」とされている。以前、NHKだけ映らないテレビ開発をソニーか販売しようとしたところ、なんやかんやあって中止になったとか。これもおかしな話で。 テレビを見ることは義務ではない。で、ある以上、私のようにちゃんと受信料を払っている人と払っていない人の差を明確にしてほしい。
2019.08.22
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シルバーウイークに地元に帰ってきまして、そこでやったのが庭の草刈り。夏の間に庭にずいぶん生えてきて。それも腰ぐらいまで伸びるセイタカアワダチソウとか。と、いうわけでホームセンターで鎌や軍手や買ってきましてバッサバッサと。 休みを入れつつ2時間。なんとか一通り刈り取ってすっきりさせました。でも雑草って本当に毎年、よくのびるよなあと。 あと、ずっと中腰だったので腰が痛い...
2026.09.21
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最近のテレビなどの報道で怖いと思うことに、「電車内で痴漢があったらそれは冤罪である可能性が高い」という風潮があることです。 実際の痴漢被害と冤罪の比率はわかりません。が、たとえば明らかに女性が触られている、痴漢行為をされているにもかかわらず、女性側に声を上げさせない、被害を訴えられない状況にされていないか?特にネットでも「あんなのは自意識高い女の勘違い」みたいなことを平気で書く人がいる。報道でも本当の痴漢事件はニュースにならず、冤罪の方は大きく取り上げられる。 しかし、男の自分として考えてもわかるのだけど、本当にほとんどの痴漢事件が女性側の勘違いであるとしたら、なぜ女性専用車両でも同様の感覚(お尻を触られた、胸を揉まれたなど)が起きないのか?混雑具合は同じはず。場合によっては女性専用車両の方が混んでいるぐらい。 たとえば、私の姉も今までに通勤電車で痴漢被害にあったことがあるそうで。最初は単に手が当たっただけかと思っていたら全然違う。あきらかにスカートの内側の太ももに触られている。怖くなって次の駅で飛び降りたけど、それがトラウマで通勤電車の経路を変えてしまった、そのぐらい心のダメージがあるものです。 痴漢冤罪はあってはならない。しかし、冤罪事件があるほど電車内での痴漢行為というのは昔からずっと存在します。だからこそラッシュ時は男性用、女性用車両を増やしてほしいし、痴漢にあったことを冤罪を恐れて女性が声を上げられずに耐えなければいけない雰囲気にしてもいけないと思います。 それと、被害にあった女性に対して「狙われるような服装をしているのが悪い」「本当に痴漢されたなら毅然とした態度で対応しないのが悪い」みたいな、被害者側を責めるような意見が女性側側からもあることに愕然とします。そういう風潮こそ卑劣な痴漢をさらにのさばらせる行為。
2017.08.07
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NHKで再放送している「ふしぎの海のナディア」を見てつくづく思ったのですが。あの当時、アニメってセルという透明なプラスチック板の上にアクリル絵の具で一枚一枚着色していたんですよね。 今考えると信じられない膨大な労力と大量のセル画がたった一回放送されるアニメのために大量消費されていた時代。しかも、そのセル画をアナログ撮影で1コマづつフィルムに焼き付けて30分のアニメ番組にする。 上記のナディアも今、見ると時折セルの色がコマによって違ったり、色指定の間違いがそのままカット内で続いたり。今であればデジタル彩色なのでミスはすぐに修正できますが、当時はそれもスケジュール的に出来ない。確か当時のアニメ雑誌にはセル塗りの内職募集の広告があったのを覚えてます。 ある意味、狂気の沙汰としか思えないことが日常のTV放送で行われていた時代。いや、今でも日本のアニメの基本は変わらず、手書きの絵を一枚づつ動かす作業。CGなどの普及で一番恩恵を受けたのは「撮影後、大量のゴミとなるセル画が出なくなったことだ」という話を聞いたことがありますが。 自分がこの程度の絵で一枚描くのに何時間もかかる事を考えると、改めて日本のアニメ文化の異常性が際立つことを思い返したり。 と、いうわけでまたナディア(18禁)です。しかし、番組EDのスタッフロールを見るとわかるのですが、本当にキラ星の如く現在重鎮であったりトップを走っているアニメータの方が若い頃に参加している贅沢な作品ですな・・・当時は何もわからないで見ていたのですが。 改めて先人の苦労と、今、第一線でがんばっている方々に敬意を・・・
2012.09.24
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私は今の政府においては少なくとも憲法改正には反対です。 というのは、自民党が目指している要求(非常時における国民の一部権利の制限)に関しては、それこそ今回のような災害時であれば別の法律でいくらでも作れる。しかし、それをなぜ憲法を改正してまで行わなければいけないのか? 憲法学者の方が言っていたのは「たとえば国家が非常事態を宣言した場合、国民の主権、それこそ人権であったり財産権であったり、報道や行動の自由を制限できる、というのは一見、仕方ないことに感じるかもしれない。しかし、その「今が非常事態である」という宣言を突然、その時の政府が行ってそのまま非常事態を維持し続ける。それが独裁国家誕生で、歴史でも軍事政権が最もよく使うやり方だ(自ら起こしたクーデターによる混乱を非常事態にすり替えて乗っ取る)。また、この非常事態宣言には期間の制限がない。永遠に非常事態を言い続けることもできる。たとえ、今の政権にそんな気はなくても、時代が変わって別の政権が与党になった場合、使わないという保証はない。だから、こういう非常事態であれば何でもできる権利を民主国家である以上、国家に許してはいけない」と・・・ ちなみに今の政権、特に安倍政権においてかれがどれだけ単に「名前のためだけに改憲をしたいか」がよくわかることを。 確かにずっと見ていても、あの人は「憲法を変えるべきだ!」と声高に言うけど、具体的にどれがどのように問題だからこう変えるべきである!とは言わない。そのくせ、憲法論議をするのは国会議員の義務だと・・・ オリンピック、改元、そして改憲と実は彼の「思い出作り内閣」でしかない、と呼んでいる人がいた。こんな人間に憲法など変えられたくはない。
2019.10.13
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宅八郎の件で、今、それこそマンガやアニメ、ゲームを楽しんでいることが「当たり前」になっている時代と、彼がメディアで取り上げられ、公然とオタク迫害が行われていた時代とのギャップをふと考えます。 当時私は中学から高校にあたる時代で、学校のいわゆる漫画研究会に所属し、マンガ絵を描いたり、同人誌を作ったり、とはいえ、当時の学校の方針で「体育会系の部に入らなければいけない」というよくわからない規則で軟式テニス部にも所属していた(後半幽霊部員でしたが)タイプ。自宅ではパソコンでゲームを自主製作したりと、そういうタイプで。コミケにも晴海会場時代に夏休みに長野から希望部員で遠征して、なんてこともありました。 で、そこで起きたのが例の宮崎事件。当時にも年に2回、東京でコミケで大勢のオタクが集まるイベントを開ける(当時は10万人ぐらいでしょうか)程度のアニメ、マンガ、ゲームカルチャーはありました(地方でも小さな同人即売会などは行われていた)が、一般にはまだまだ知名度が低かった時代。それが事件によって「オタク族」という言葉と共にメディアに注目されるようになり、しかも「初手が凄惨な殺人事件」という、最悪のイメージで世間に広がってしまったんです。結果、コミケで売られているエロ同人などをとりあげて「こんなものを描く連中がああいう事件を起こす!オタク族は性犯罪の巣窟」みたいな、そういう感じ。と、同時に事件を加害者本人の問題、というより、その人物の属性(趣味)でとらえて報道する典型的なバッシング方法でした。 しばらくしてテレビに現れたのが件の「宅八郎」というキャラクター。ひょろっとした体に眼鏡をかけ、長髪で手にマジックハンドを持ち、当時トップアイドルだった森高千里のフィギュアをペロペロ嘗め回す、という行為をバラティー番組で「役として」演じていた人。そしてその異常なキャラクター性を番組内でとんねるずなど体育会系芸人にいじられ、馬鹿にされ、ひどい目に合うドッキリなど仕掛けられて番組内で笑いものになるキャラでした。 今と違ってネットはなく、テレビの影響力が絶大な時代です。 結果どうなったか?最悪の形で始まった「オタクな人」のイメージを当時完全に定着させてしまった。「オタクってこういうことをする人なんでしょ」となってしまった。で、その効果は学校や会社などに波及する。クラス内に必ずと言っていいほどいる、内向的で漫画やアニメが好きな生徒をいじる(バカにする)格好の材料になるのだ。 たとえば手元に当時のコミケカタログ(コミケの40回のもの)があるが、マンガレポート(当時のオタクの状況を一コマで書くコミケサークル参加者の投稿漫画)には「隠れオタ」なる言葉がたくさんある。これは「クラスなどの組織で漫画やアニメが好きだと知られることを隠しているオタク」で、今でもあるけど当時は比べ物にならない、それこそ誇張でなく、迫害レベルの差別を受けた時代なんです。 その大きな要因を作ったキャラクターが宅八郎であり。当時のバラエティー番組なんです。以降、その残滓は何十年も引きずられていて、いまだにネットで「チー牛」なる言葉でバカにするような、「オタクは馬鹿にしても許される」という社会的認知を産まれさせたアイコン的な人物でもあります。 これに関して「宅八郎はあくまで当時のオタクを誇張しただけで、彼がいなくてもオタク文化は別の人によって馬鹿にされていた」という人がいますが、ここまではひどくならなかったと否定できる。というのは、宮崎事件以前にもアニメや漫画普及の土壌はあり、特にアニメでは宇宙戦艦ヤマトやガンダム、宮崎駿作品、マンガではマガジン、サンデー、ジャンプなど雑誌が売れていたように、すでにオタクカルチャーの理解の土壌が少しづつ作られていた時代なんです。(このは島本和彦の「アオイホノオ」の時代でもあり)そのせっかく育ててきた、ようやく漫画やアニメが一部マニアだけのものではない土壌ができつつあった時代に、その土壌に大量の毒をぶっかけ、少なくとも一般と呼ばれる社会認知を大きく歪めてしまった、彼らテレビバラエティー制作側の「面白さ」のためにめちゃくちゃにされた土地でもあります。 また、「オタクがいじられたのは本人の性格に問題がある」って人がいますけど、それこそなにも悪いことをしていない、クラスの片隅で絵を描いているような大人しい生徒をバカにするために「オタク」という流行の記号でいじって楽しむ、この行為をする側に正当性など何もないと。わかりやすい例では、当時私の学校の文化祭で、漫画研究部の展示物(同人誌やイラストなど)が開催中に何者かによって破壊、「オタク死ね」の落書きをされたことがありました。(犯人は見つからず)。この手の嫌がらせは規模や内容は違えど各地であったかと。 その後のオタク迫害の歴史は調べていただければと思いますが。だからこそ、私はこの人物を許せないわけです。(余談ですが、藤子不二雄A先生の「まんが道」でも、終戦直後、子供だった先生が漫画を描くことでいじめられる描写があります。当時もいたクラス内のマッチョ系男子の攻撃対象として、こういうオタク趣味というのは格好のえさになるんだと) 私は今、40過ぎましたが大手ゲーム会社でゲームを作るという、それこそオタクな仕事をしています。今の自分があるのはこういうオタク文化につかり、そこからいろんな技術や能力、面白さを知ったからこそ。だからこそ、彼の死に対して一部で「彼はオタクというものをメジャーにした立役者」みたいな取り上げ方をする報道には憤りを感じるのです。 興奮して長文になりましたが、あの時代、彼によって負わされた負債はいまだに残っています。 「もう過ぎたことをぐちゃぐちゃといっている」のではありません。今の漫画やアニメ、ゲームが大人でも気軽に楽しめる時代を作ったのは、彼やバラエティー番組が荒らした土壌を30年も根気つよく、地道に耕しなおした「好きなものを愛する」本当のオタクたちです。そのことを忘れてはいけません。
2020.12.05
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ニュースなどで「バスの運転手が不足している」という話を聞くことがありますが、先日、駅にバス運転手募集の広告がありまして。それをみてびっくり。 「都内路線バス運転手 時給1520円+各種手当」って・・・ おい!いくらなんでも安すぎないか?都内のバスなら場所にもよるが平均で10~20人ぐらいの乗員の命を預かっている仕事で、複雑な道路事情や時間に合わせてのタイトな仕事。それでいて時給1520円って...一日8時間働いたとして月額24万、税金や保険料差っ引いたら手取りで20万届かない程度だよ? これでは運転手にあこがれている若い人も来ないし、経験者ならもっと値段の高い大型自動車の仕事に行くよ・・・こんな金額では運転手不足になって当然だよ。
2025.08.21
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自分が長年、仕事中に聞いている平日昼間のラジオ番組「大竹まこと ゴールデンラジオ」で、パーソナリティーの大竹まことさんがしばらくお休み、という状態です。 大竹さんは先月、前立腺がんの手術を行い、その際に2週間ほどお休みされその後に番組に復帰したのですが、本人曰く「手術は無事成功したがお尻の肉が痩せてしまったのが、椅子に3時間以上座って放送するのがつらい」と。結局、もうしばらくお休みして体力回復をする、ということで、現在はレギュラーメンバーや代打アナウンサーなどで番組を回している感じです。 いやはや、私も放送に復帰したときに「手術してそんな短い期間で復帰して大丈夫なの」と思ってましたが、長時間座っているのがつらい、は予想外で。でも、確かに大竹さんは文化放送まで毎日車を運転して来ていたので、放送前の打ち合わせなども含めて相当長時間、座っていることになり。お尻の肉が痩せて痛い、というのは大変だろうなと。特に人間の筋力って数週間入院するだけで、あっという間に衰えるといいますし。 おそらく秋の番組改編で放送時間短縮など対策が取られると思いますが。まずはゆっくり回復させることを第一に考えていただければ。 リスナーはいつまでもお帰りをお待ちしてますので。
2026.09.04
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休み中に何か映画を見たい、と思いまして、そんな中、姉が「マイケルを見てきた、すごくよかった」と話を聞いたので、まったく事前情報なしで見てきました。 この映画はアメリカの歴史的有名エンターテイナーであるマイケルジャクソンの半生をえがいたもので。個人的にマイケルジャクソンの全盛期はあまり知らない世代。有名な「スリラー」や「Who'sBAD」など楽曲は知っている、ムーンウォークークとかサルのバブルス君、あと、ゲームで言えば彼が大変なゲーム好きでメガドライブのマイケルジャクソンのゲームがあったなあ…ぐらいの知識。その程度の薄い人間の感想です。以下、ネタばれあり-------------------------------- とてもよかった。というか、ストーリーは比較的薄くて、むしろMVとしてのすばらしさで。幼いころから兄弟グループ「ジャクソン5」の中でも突出した才能を持ち、しかし、父権制度がつよい父親に激しい体罰と圧力で支配されていたマイケルだが、やがて自らの音楽やパフォーマンスを自由にやりたい、という情熱で、縛られていた父や家族と決別、新たな一歩を踏み出す。ということろでエンディングです。 実際、この後にマイケルにはさまざまな悲劇が襲うのですが、あえてそこは描かず。純粋に音楽と、ダンスと、ショーアップをメインにした面白さで2時間全く飽きませんでした。 とにかく圧巻のパフォーマンスという言葉が画面の圧として飛び込んでくる。自分ぐらいの世代なら一度は聞いたことがある楽曲にキレキレの80年代ダンス。思わず映画館でリズムを刻みたくなるようなビート。見終わった後に素晴らしいコンサートを見た感覚でした。 いやあ、前知識ほとんどなく見てこんなに楽しめるとは。改めてマイケルジャクソンすげえ!と思いつつ、あ、これ、本人じゃなくて役は別人(マイケルの甥っ子さん)なんだよなと。どちらの凄みも感じられました。 ※スタッフロール後にあるMVが流れますが、それもお楽しみに。
2026.09.23
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