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今日は、ハロウイーンだった。普段、大人ぶった事をいう14歳の娘が、昨日から、チョコレートをもらいに行きたくて、ソワソワしていた。かわいい。。。。まだまだ、子供である。結局、あーだ、こーだ、と迷ったあげく、グラヂュエーションの衣装にした。私は、オズの魔法使いのドロシー、夫は、猫になった。娘は、オーナーだから、と言われてチョコレートを2倍もらっていた。私は、『オー、You...are...ドロシー。。。。。?』とか、『ドロシー ウイズ 黒い靴。』とか、挙げ句は、近所の子供に、『ドロシー、You are too far from us.』とか、陰口をたたかれながらも早く家に帰りたかったので、必死にチョコをもらった。夫は私があまりにも不気味なので、お面で顔を隠して、『誰にも会わなきゃいいなあ、』とばかり言っていた。帰ってきてから、みんなでちょっと食べてみる。うん、やっぱり、チョコレートは、おいしいなあ。
2005年10月31日
季節柄、ストレスフルな時期がやってまいりました。サンクスギビング前は、いつもこのミッドターム習慣にヘトヘトです。しかし、授業でインターネットをつかった遠距離教育をしたのですが、チャットでしっかりした意見を言うと言うのは、本当に疲れますね。。。。書くのもおそい、読むのもおそい、さらに、スペルがでたらめ、、、と穴があったら入りたい状況でした~~~。一回は、グッドジョブといってもらったけど、あーーー、何ポイントもらえるだろう。。。。ともかく、たった、30分だけのディスカッションだったのですが、疲れました~~~~。へとへとです。あーー、これが、日本語だったら、と何回もおもいました。まあ、もう、終わったのでホットしてますが。。。これから留学されるかたは、英語を速くタイピングできるようにされていくと、いいかもしれません。これからは、ディスタンスラーニングの時代です。
2005年10月28日
この題名だとなんだか解らないと思いますが、実は、軍人さん用のシェルターのことなんです。今日は、軍人さん用のホームレスシェルターにプロジェクトのため、行ってきました。面白かったのは、軍人さんたちはミーティングをする前に旗に向かってプレッジをします。プレッジというのは、アメリカ国旗への誓いというカンジでしょうか。。。。右手を左の胸にあててします。私たちもしました。それから、私たちのプロジェクトを始める前に、兵士の方たちに、私たちのために戦って下さり、ありがとうございますと、お礼を述べます。ホームレスといいながらも、兵士さんたちは、身ぎれいにしていたし、丁寧だし、全然ふつうの方達と変わりません。ただ、彼らは、住む家がなく働く場所がないだけなのです。なんだか、アメリカ社会の一部分に触れたような不思議な体験でした。
2005年10月24日
今週はめちゃ、忙しかった。月、火、と仕事。水曜日は、朝、7時に家をでて車で高速を飛ばして2時間かかる街でアメリカ看護協会の州支部会があったのでそこに出席。4時まで学校に戻ってきて10時まで授業。翌日は、朝8時半から2時まで授業を受けて、そのあと、次の授業で中間テストがあったので、詰め込みの勉強を二時間して、四時からテスト。そのあと、シグマ、シータ、タウの主催する会に出席して、気分的に木曜の夜はヘトヘトだった。翌日、朝、目覚ましで目が覚めたのだけれど、布団からでるとすごーーーく寒い。ちょっとだけ暖をとろうと思って布団のなかにもぐりこんだのが良くなかった。次に目が覚めたのは、なんと!7時5分前!ぎょえーーーーーーと、雄叫びをあげながら、とりあえず、スクラブを着て鍵をもって、靴を履いて出かけた。まずい!まずい!職場には3分遅れでチェックイン。看護師さんに、昨日は、よく眠れなかったのか?と聞かれたので、よく眠れすぎたの、と答えた。気がつけば、財布も持ってないしペンもない。くつも間違って娘のものを履いて出てきてしまったらしい。。。。。。こういう時は、ミスを犯しやすいので念には念をいれて業務を行う。無事に終わってほっと、一息。やっぱり、昔のように無理がきかなくなったなーと、しみじみ思う今日このごろである。
2005年10月21日
いや~~~~~。日記、書こう、書こう、と思いながら、すっかりご無沙汰してしまいました。やっぱ、月、火、金と仕事、水、木と、学校だと、ウイークデイは、息がつけません。いやーーーー!初給料、もらいましたよ。うれぴーーーー。なんといっても、今、まだ、オリエンテーション中なのに、しっかり、戴けました。ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)/やっぱ、病院と比べると、なんか、のんびりしてます。まあ、当たり前なんですけどね。でも、看護助手さんたちは、ほんと、よく働いてます。清拭、バイタル、血糖チェックは、当たり前。食事介助、おむつ交換、排泄介助、ナースコールうけ、なにからなにまで彼女たちがやります。では、私たちの仕事は? 教育、観察、判断です。あと、記録書きというのもあります。投薬、医師へのレポート、または、主任、婦長への報告というのもあります。私たちは、看護助手の方には、デリゲーションできますが、准看の方たちにはできません。彼らは、彼ら自身のライセンスをかけて、仕事しています。では、なにが違うのか。教育の違いにより、准看の方たちは、状態の落ち着いている患者さんたちのことは、看ることが出来るのですが、急変する患者さんを看るようには教育されてないそうです。日本とは、事情が随分違います。だから、状態の落ち着かない患者さんは正看護師がみるようになるわけです。To Be Con.....
2005年10月16日
皆さんの職場にはどんなベネフィットがありますか?私は、週3日、24/週だけ働こうと思っています。それでも、フルタイム扱いで、ベネフィットが受けられます。例えば、休日出勤には増額されるとか、健康保険に加入できるとか、使わない病欠日を買い戻してもらえるとか、学校に行くのに年間$2500(少ない!)だしてもらえるとか、利周りのいい銀行にクレジットできるとか。CPR、コンテェニューエジュケーションもそこで、とれるようです。あとは、どんなベネフィットがありますか?よかったら教えてください。
2005年10月09日
昨日、今日、となんとか学校を乗り切った。今日は、ナンダ、ニック、ノック、についてだった。思うに、この、ナンダ、ニック、ノックがあるからこそ、アメリカの看護しさんたちは、自分たちには、インデペンデェンとロールがあるのよ!と、声を高々にできるのだ。日本は、今、どうなのだろう。。。。今日の授業の後半なんか、皆、疲れちゃってて、先生が**だよね、と言ってもうなずく人がいなかったほど、ぐったりしていた。クラスを休む人もちらほら、ドロップする人もちらほら。私も疲れたなーーと、思うけど一刻も早く学校を卒業したいしなあ。。。。まあ、やれるだけやってみよう。そういえば今日ジェニ*ーと話した時に、ジョ*ともう一人のジェニ*ーは、BMCに就職したといっていた。病院で働いてみたい気もするが、学校もあるし、フルタイムだし、まあ、しばらくは、ナーシングホームでいいかなあ、、と言ったら、ジェンも、あたしもそう思うと言っていた。彼女はちなみに、16単位も取っている。すごい。。。。。それで、フルタイムで働いてる。でもさすがに、授業の間、座っているのが苦痛だと言っていた。明日は私も仕事。今日は、今日出来る事をすべて明日に回して早々に寝よう。
2005年10月07日
私もこちらで看護コースに入った時に、病気と診断され、最初のセメスターを終えたあと、色々迷ったあげく、結局一年間の休みをとりました。休みをとろうか、それとも、なんとか続けてみようか、実は、自分では決めかねてALSを患っている先生に相談しにいきました。今まで、大学受験に失敗はしたものの、まあ、看護学校に入れたし、人生のなかで、これといった大きな挫折を経験したことがなかったのでクライシスに陥ってしまったのです。そして、なによりも同級生と離れてしまうのが、置いてかれてしまうのがいやだった。。。。なぜ、その先生に相談しにいったのか、、、、、、、、多分、この先生なら、わたしの気持ちを解ってくれのではないかと思ったからです。その先生だって、麻痺のレベルが足から上半身に上がってきて、去年よりも確実に今年のほうが悪くなっているのに、そして、いつかは呼吸が止まってしまうという恐ろしさを常に心に秘めているというのに、私は、自分の悲しみしか考えずに彼女に自分の悲しみを吐き出したのです。でも、彼女は、『私の病気に比べればはるかに貴方の病気は軽いじゃない』なんていうことは、一言も言わずに、私の話を静かに聞いて下さいました。教師の視点から、治療を受けながら看護学生を続けることのアドバンテージとディスアドバンテージを静かに話して下さいました。そして、落ち込むだけの私に、先生は、自分の経験、自分も数学の修士をとる時に病気のため、一回落第して、もう一度挑戦しても落第して、もう、家族にもあきらめたら、、と言われたそうですが、それでも、もう一度、最初からやり直して(修士は2年過程です。)最後に修士がとれたことを静かに、淡々と話して下さいました。なぜ、そこまで、がんばったのか、、、、数学の苦手な看護学生に教えたかったそうです。その時に、そうか、挫折したのは私だけじゃないんだ、エリートにみえた先生も挫折しては立ち上がり、の繰り返しだったんだと気づきました。この時の先生の話は一生忘れません。看護コースに一年後、運良く戻れた時に『先生がここにいるので、ここに戻ってきました。』と、言ったら、先生は、『私は、そのために、ここにいるのよ』と、言って下さいました。挫折した時は、自分は、世の中の役に立たない人間なんだ、としか思えませんでした。『明日』が見えなかったのです。でも、今は、少しでも人の役にたてる自分が嬉しいです。そして、同じような気持ちの人に、例えなんの言葉もかける事が出来なくても、その人の役に立てたらいいなあと、思います。その事を教えてくれた先生に感謝しています。デビー先生。本当にありがとうございました。
2005年10月03日
今日は主人がフィラデルフィアまで行かなければならないので、その準備に追われた。夕べ遅くに突然、髪が長いのできった方がいいだろうとのことで、夜中の12時ぐらいから散髪を始めた。失敗しないように慎重に、慎重に。ダイブ長くなっているので整えにくい。でも、頭の後ろも結構うまくいったし、右の耳の上もいままでになくうまくいった。ヘルメットあたまではなく、床屋さんで散髪したのに近い髪型になった。さあ、左の耳の上も。じょり、じょり、うん。いい感じ、いい感じ。そしたら、いきなり、バリカンが、じょり、じょり、じょ、じょ、じょーーーーーーーーーー、ひい~~~~~~~~!。。。。。。。。。いってしまた。。。。。。。。。。。いや、やってしまった。。。。。。。。。。。。夫の頭にはげを作ってしまった。どうしょう。。。。。申し訳ない。。。。今日は大事な出張で早く出かけなければならないっていうのに、、、、、、、、、どうしよう、、、、、、、、、、、あわてて、こそげた髪をつまんで、そ、こ、の部分に当ててみるも、もう、もとにはもどらない。。。。。ヒイ~~~~~~~ごめんなさい。なんとお詫びすればいいのでしょう。。。。。そこで、苦肉の策として、髪を黒く染めながら地肌も染めてしまいましょうという案を早速実行。20分後。。。。白髪は黒く染まったが、あそこ、の部分が~~~~~~~~~~~全然染まっておらん!!!!!!!!ピンチ!!!!!!!!!!!!!!!でも、朝になれば、毛が伸びているかも。。。。。という、微かな期待のもとに就寝。朝、きっと、他の人には、よく解らないに違いない、いやよくわからないであって欲しい、と思って、娘に『ぱぱ、かっこ良くなったでしょ?』と聞くと、『あれ、、、、、、、、、、、、、、?ぱぱ、はげできちゃったの?』と、あどけない顔で言う。。。。。。。。。。どどーーーーーーん、、、、、、(落ち込んだ音)そこで、しょうがないので、眉毛かきをもっていってもらって、当日、そこを塗りこめてもらう事にした。教訓:夜中の散髪は、集中力に欠けるので、ぜひ、やめましょう。ホント、ごめんね。
2005年10月02日
今日は、娘のバンドの練習をさせてもらっているお宅におじゃました。ダウンタウンから車で高速をつかって約20分。木々に囲まれた静かな町だった。大きな道路沿い、特に高速をおりて間もなくの所に企業が密集している。ダウンタウンからそんなに遠くないけれど、もう、そこは別世界のようだった。どのお宅にも大きなバックヤード、プール、子供が遊ぶための遊具が置いてある。そうだよね。。。これがアメリカの暮らしというものなんだよね。。。私の家は、メディカルエリアの一角にあるので、周りに高いビルが立ち並んでいて、人通りも多いし、日本で住んでいた所とあまり変わらないのだけど、今日、お邪魔した街は、とても静かだった。折角広大な土地のあるところに住んでいるのだから一回でいいから一戸建てに住んでみたいなあ。。。と、言ったら、誰が芝をかるの?誰が草むしりするの?誰が落ち葉ひろいするの?誰が雪かきするの?誰がいえの中掃除するの?と、夫に矢継ぎ早に質問されて、それもそうか、と思い直す。やっぱり、ずぼらな私にはアパート暮らしの方がいいのかも。
2005年10月01日
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