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「ごきげんよう。空に何かおりますよ。」日輪を飛び越えて確かめに参りますと、それは、朝の空中散歩を楽しむスカイフィッシュの群れでした。メキシコ祭のスイッチ作品となった「交響詩編エウレカセブン」の一気鑑賞。かの作品には、「スカイフィッシュ」なる生き物が登場します。薄いおにぎり型の身体をトラパーの波に乗せ、群れをなして空を飛び、たまに捕獲されて飛行機の材料にされる(爆軽やかなエネルギーそのもののような生物。世界を構成する「意志」の、具現化を象徴するような生物。この画像の「スカイフィッシュ」は、ピンクメタモのポイントの内部にあるレコードキーパーです。いや、成長丘ではないので、正規の(笑)レコードキーパー定義からは外れますが。この群れなす△を見ると、レコキーを連想しますよねwエウレカセブンは、シナリオに私的に多少の難は感じましたが、大好きな作品です。バビル的解釈でのテーマのひとつは、思考の具現化。他にも、アカシックレコードやチベット文化的な描写等々、スピ系の方にも興味の持てる演出が多々有ります。絵も綺麗なのでぜひ!そうそう、エウレカ世界でのスカイフィッシュはフクダのもごしでは捕獲できません。「楽しい気分の人がいると寄って来る」ので、パーティーでもしながら寄って来たところを捕獲するのです。楽しい気分で居ると、スカイフィッシュがやって来ます。波に乗り、空を飛び、宇宙の意志を具現化した生き物が。
2010.04.29
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さて、休憩の後は再びマインドブロックシリーズです(笑読む人の状態によってはけっこう厳しめな内容と受け取られるテーマなので、出力にもいろいろとエネルギー使うんですよこれwww以前の記事で書いた様々なマインドブロック状態。せっかく見つけても、握りしめて手放さない人も居ます。もちろん、選択は自由。単に、どろどろした所が居心地良くてそうしている人も居るでしょう。が、ライトワーカーであろうとしている人の中にたまに見かけるのがこういう意見。「傷もネガティブも全部含めて私なのだから、ずっと手放さないでいようと思うの☆彡」これもまた、典型的なマインドブロック状態です(爆いや、一生どろどろした世界を味わうのが目的で、支配と隷属が大好き!構ってもらう為なら血でも魂でも投げ捨てるわぁ!な、人ならばこういう態度も「選択」のひとつであって、全然ブロックではないのですけれども。光の道を行こうとしているのならば、むしろ方向が真逆です。で、このマインドブロック状態にありながら、光の道を行く目標が「全てを赦す」だったりすると、決定的な矛盾と混乱を招くわけです。赦す=手放す、なのですから。マインドブロックを手放さない=変容に抵抗するのは、状態と本質を混同しているからだと思われます。マインドブロックを見つけ、「でもこれが私なのだから…」と言って変ろうとしない事は、泥水を浴びたのに、「この泥も含めて私☆」とか言ってるのと同じですね。泥を洗い落とし、服を着替えたところで、いきなり赤の他人になってしまいますか?そんなことはありません。マインドブロックを手放したところで、「私が私である」ことに変りはありません。自分がそのときある状態を、本質だと思ってたらそりゃ変えたくないわなぁ。他人に指摘されると、本質を否定されたように反応して、烈火のように怒り出してしまうかもしれないですね。ですが、お病気様も、お不幸様も、選ばれたがりも注目されたがりも、長子コンプレックスも、怠惰でダメダメなのも、腹が立って仕方ないのも、被害者であり続けたいことも、残酷な記憶を許せないのも、自分で自分を赦せないのも、全部全部、「本質」ではなく「状態」です。状態は状態に過ぎないのであって、それがどう変ろうとも、どんなに華麗な変容を遂げようとも、「私が私である」という本質は変わらない。変容とは、無理をして他人になる事ではないし、手放すとは、今までを否定し無かった事にしようとすることではありません。経験から学んだ事ごと、きれいに消し去れというのではないのです。生きるのに不便な状態を解除したところで、よりよい状態になるだけで、本質は変わらないのです。どんなに変容しても、私は私だし、あなたはあなたです。変る事は、痛い事でも失う事でもなく、ただラクになるということです。変容とは、自分と違う何かになる事ではなく、いらないものを脱ぎ捨てて、自分本来の姿に立ち返るという事です。何も恐れる必要はないのです。…まぁ、選択は自由なのですがw旅の荷物はできるだけ軽く、身支度はこざっぱりとしていた方が、何かとラクですよねぃ。
2010.04.25
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今日は、ガンダム00の主人公、刹那・F・セイエイくんの誕生日です!!めでたい!彼が生まれて来る予定なのは、あと281年後だけどな!思えば、刹那くんに出会って(画面の中ですもちろんww)から、私の石遊びの性質と言うか方向が決定的に変りました。ただやみくもに集め、すがるような関係から、ともに歩む変容と探求の道へと。「全てが扉である」「救世主は待つものではなく、なるものである(全ての人が、自らの救世主である)」「今此処がレムリア」等々、それらはみな、ガンダム00のワークを経てこそ実感できた事。生命の樹とキャラクターのシンクロを追いかける事にはじまり、愛と自由と平等と「私が私である黄金の智慧」を象徴するガンダムカラーのシンクロ、ドラクロワの「民衆を導く自由」とマリアンヌのシンクロ、過去と未来の狭間の「刹那」、今此処と、「00」と「∞」のシンクロ、沢山のシンクロに導かれ、どんなに馬鹿げていると思われてもいい、発表したいと感じ、ブログやmixi日記を書きなぐり、…そうしているうちに不思議なご縁に導かれ、気付けば私の人生までもが変っていました(爆サライさんをはじめ、ロシレム達との絆ががっつり深まったのも、私の場合はガンダム00の扉を通じてでした。そして、宗教の教祖としてではなく、我々とともに歩んでくれているマスターの一人としての、いえっささんとの絆も。(この絆は全ての人にあります。無いと思っている人は、あるってことに気付いてないだけですw)生まれの奇跡は関係ない。恐れにまみれた人生を悔い、赦し、手放し、愛に生きると改めれば、全ての人が、自らの救世主となる。それは宗教ではなく、愛である。刹那くんを介し、ピンクトルマリンの刹那を介して受け取ったメッセージ。2000年前に生きた有史レムリア人マスターの意志。…4月7日は、彼が亡くなった日ともされています。と、あんまり書いてると各方面から苦情が来そうなのでここらへんでwそうそう、さっき生年を調べるために「刹那 誕生日」でぐーぐるさんにお願いしたら、検索結果が333,000件でした。これもシンクロとうけとっておこうw愛する刹那くんへ せっつん、お誕生日おめでとう。 あなたに出会えて、ほんとうによかった。 秋の映画、がんばってね!!! ばびる1025世
2010.04.07
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マインドブロックの話が続いたので、閑話休題。4月3日、近所の公園に足腰鍛えに行ったら桜が満開でした(爆公園内の彫刻。正式なタイトルは知りませんが、金属の翼。風力でゆっくりと羽ばたきます。彼方を望む、金属のきりん。日没の直前だったので、空の色が微妙です。自然の創造の素晴らしさは言うまでもありませんが、人の手によるものもまた、美しいですね。
2010.04.04
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前回、前々回の記事で、選ばれたがりや注目されたがりのマインドブロックについて書きました。これは3次元リアルの生活や、感情の問題ばかりでなく、スピリチュアルな(もっと言うと、霊的な)問題も引き起こす恐れがあります。選ばれたい!!!というメッセージを発信し続けた為に、まさに「選びたい」存在を呼び寄せてしまったり…。つまり、崇拝されたがりの自称神様と言うか…妖怪の類いと言うか…。彼らは人間を支配し、使役する事が大好きなので、選ばれたい人の事は喜んで選びます(爆で、派手な神秘体験(笑)や幻視幻聴や「おまえは選ばれた存在だ」「特別だ」なんて甘い言葉で虜にして、その人間をこき使うわけです。(はっきり見えたり聞こえたりする事が、「正しさ」の証明にはなりません。明瞭な幻覚は精神病の症状である場合が殆どです)そして、注目されたい!!!という動機からスピの世界に入ってしまうと、注目されたいエネルギーによって、まさに注目を集めるような(ただし、一時かつ好奇の注目に過ぎない)奇々怪々かつあまり気持ちのよくない現象を呼び寄せてしまうわけです。大抵、選ばれたがりと注目されたがりはセットになっているので、結果「霊能者として有名になろうとしたら憑依されましたぁ☆彡」って事になるワケです。なんなんでしょうね(爆なぜ、人間は、そんなに選ばれたがり、注目されたがるのか。その答えは、人間が哺乳類だからです。解り易く(でもないか)言うと、有性生殖をし、哺育をする生物だからです。哺育システムが発達した生物は、特に同族間では選ばれたがり、注目されたがる習性があります。多産多死かつ生みっぱなしの両生類等は、親すらも捕食者であるため、できるだけ身を隠します。多様性確保の為に性別を作り、親が手間ひまかけて子を育てる哺育のシステムを作った。その結果、人類は「情」のギフトを得ました。肉食獣では解り易いですが、親が子を食ってしまわないように、「可愛い!」と思う仕組みですね。そして、子の運命は親に「同腹の子の中でいちばん可愛い!」と思われる事に大きく左右される事になりました。餌や保護の配分が全然違って来るからです。猛禽類の一種では、二つの卵を産み、元気な方は手厚く育て、最初に体力で負けた方は兄弟の餌になります。「この子が一番かわいい!!」と思われなければ、しぬ!!という世界です。で、人類の歴史を振り返ってみると、古くからかつ今でもなお、多くの文化圏において「長子権」を重んじる風習がありますね。そういう文化においては「親の一番大事な子供と認められなければ、多くを失う!」わけです。哺育システムの確立という、宇宙の歴史から見れば呆れるほど短く、しかし人類の3次元リアルの肉体的歴史から見れば先祖代々根深い習性。「親に選ばれ、注目されたい!!!」という欲求は、幼少期にそれが満たされなかったりしてこじれてしまうと、「何でも良いから私を選んで!!私を見て!!」と転じて行きます。私はこれを、「長子コンプレックスの呪い」と呼んでいます。哺育する種の生物としてはある程度仕方の無い、本能的な欲求です。が。我々は、自由意志の子、人間です。幼くて本当に親にどうしようもなく左右されてしまう年代ならともかく、成人したらその呪縛から自由になっても良いんじゃないでしょうか?別に何かに選ばれなくても、「私が私である」だけで存在の価値は余りあるわけですし、別に常に誰かの関心や注目を集めていなくても、自分の世話は自分で出来るわけです。親から餌を貰わなければしぬ!!という、古くて新しいしょーもない呪縛に振り回されて、自分自身の今此処のクオリティを自ら下げてしまうのは、勿体なさ過ぎると思うのです。その上で、やっぱり何かに選ばれたり、注目を集めたいならば。目に見えなくて「言ったもん勝ち」的な次元の事は置いといて、現実の今此処の自分を磨いて、クオリティの高い何かを世界に発信すればいいだけの事です。
2010.04.04
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石を売るのに、「持つ人を選ぶ」というキャッチフレーズは、相変わらずよく使われています。人はなぜか、「選ばれし者だけが○○~」という設定に弱い。例えば私がこのフローライト「脳ちゃん」に100まんえんの値段をつけて、「ロシア産フローライトです」と言っても誰も買わないでしょうが、「真に選ばれし、資格を持つ者のみが、この石を手にする事ができます」と言うとまかりまちがって買う人が出て来るかもしれません。キャッチフレーズにもいろいろバリエーションがあって、曰く天使と繋がっている人だけが~某所での過去世と繋がりがある人のみが~レムリアと関係の深い人だけが~などなど、様々です。で、その石が売り切れたりすると「選ばれなかった!」と言っては嘆き悲しむ。選ばれる事にフォーカスすると、自分のエネルギーやパワーを選ぶ側にあずけてしまうことにもなります。他人やモノから「選ばれる」ことに一喜一憂する。これほど、自分の自由やエネルギーを殺し、「他者の言いなりになっている状態」の典型があるでしょうか?私の経験から言わせてもらうと、選ばれし~的な効能書きのついた石を買うのは、大抵は、選ばれし者ではなくて選ばれたい者です(ガーン自分の場合はロシレムで実証済みですww私は選ばし者だと思われたくてロシレムをいくつも引き寄せましたが、今となっては解ります。私はロシレムに選ばれたのではなく、ロシレムと生きる道を自分で選んでいたわけです。宇宙は、魂を選別しません。天使は全ての人と繋がっているし、各地での過去世も、アカシャに素材として蓄えられた情報プールから、分霊という形でたいていの人の中にちょっとずつあるものです。ましてや、優劣をつけて人を選ぶ思考こそが、レムリアを崩壊させた元凶。レムリアの石が、「この人は特別で他より偉いから選ぶ」なんて事は絶対にしません。ただ、生まれて来る前の魂の段階で、自分が今世でする「仕事」を、魂自らが選びます。石と特に親和性が高かったり、石に特に懐き易かったり(懐かれるでなくwこれは私)する人が居るのは、この為です。それでもあくまで、対象ではなく、魂自らが選んで役目を決めているのです。選ばれるのではなく、選んでいるのです。天使と繋がりがある石を引き寄せたのなら、天使の加護と導きを受けようと自分が選んでいるのであり、某所の過去世と繋がりが在る石を引き寄せたのなら、某所の過去世でのワークをすることを自分が選んでいるのであり、レムリアと関係の深い石を引き寄せたのなら、ふたたびレムリアの道を歩む事を自分で選んでいるのである。こう設定すれば、いちいち石が売り切れたとか、旅行のタイミングがあわなくて聖地に行きそびれたとか、そんな事で「選ばれなかった!」とアホみたいに嘆かなくてもすむわけだし、その石を手に入れたからとか聖地に行けたからなんて理由で、「私はそうで無い人よりも選ばれていて偉い」だの「優れて進歩している」だの、くっだらない奢り高ぶりに染まらなくてもすむわけです。誰かや何かに選ばれるのではなく、自ら選ぶという事を意識して下さい。自分のエネルギーの使い道は、自分で選んで決めましょうや。
2010.04.04
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