全15件 (15件中 1-15件目)
1

さて、ガンダムネタの記事で当ブログではすっかりおなじみの、ピンクトルマリンの刹那とロシアンレムリアンのサライ。この二つの石は、何もガンダム石であるだけではありませんw私にとってこの石達は刹那・F・セイエイとマリナ姫の象徴だったり、ティファレトに繋がる鍵と門だったり、男性性と女性性の象徴だったり、いろいろな面を見せてくれます。一つの石も、そのエネルギーは多層構造です。人間が多次元的存在なのと同じです。どの層にアクセスするかは、同じ人でも時と場合によって様々。見る人が変れば、もっと違って当然です。つまり、石の中に何を見るか、いちいち有名なチャネラーだの自称専門家だのにお伺いを立てる必要は無いのです。有名人と自分の意見が違うからと言って、恐れおののいて自分の感じた事を無下に捨ててしまう必要は有りません。寧ろ、もっと広い人生全般においてそうしないためのレッスンが石遊びでもあるのです。人生において、他人の言いなりにならないレッスンです。石遊びに間違いが有るとすれば、他人の言う事を鵜呑みにする事。自分で感じようとせず、自称視える人に丸投げにする事。偉い人や有名人に誉めてもらう為に、自分の感じた事を曲げる事。また、以前「領域を尊重する」でも書きましたが、了解を得ずに他人の石に触れたり、そのエネルギーを勝手に読み取って見えたものを持ち主に押し付けるのは、相手の領域とチャレンジの機会を奪う最大のマナー違反です。さて、私はこの記事を以前から予定しており、誰のリクエストに応えて書いたわけでもありません。特に精神世界に置いて、お互いの領域を尊重する上で大事なポイントをひとつ。「私のひきよせであの人を動かしたんだわ☆」とか、勝手に思わない事です。そういう思いは無意識の設定になります。自分のシンクロの為に他人を動かす設定をする事は、かなりエネルギー的なマナー違反に当たります。
2009.01.29
コメント(0)

画像は、無駄に荘厳なガンダムグリッドの祭壇。1月25日の放送で、いよいよ主人公の変容の兆しが見え始めました。あからさまに「現在」の世界を、その矛盾を描き出していると私には見えました。主人公の選択に、涙が止まりませんでした。胸揺さぶる感動で涙が出るような時、人はティファレトの領域と繋がります。私はここでは今まで遠慮して「見ろとは言わない」とか言ってましたが、もうそんな事言ってられない。是非観て下さい。できればリアルタイムで。なぜなら、リアルタイムの放送時間、番組枠を超えて魔法がかけられているからです。oo→5時半のニュース→6時から世界遺産。このコンボ、最強です。ooでティファレトに繋がり、ニュースで今此処の現状を見つめ、世界遺産で人の暮らし、人の歴史を思う。日曜日夕方の、神聖な時間です。1期は土曜日だったので、2期から放映時間が変わってはじめは不満でしたが、今では宇宙はこのために放送時間を変えたのだなぁなどど勝手に思っています。ooはほんとうに大切なテーマを沢山見せてくれます。周囲や慣習や生まれによって決められた枠からの解放。自分の意志で選択する事。過去を赦し、変る事。癒しとは、変る事です。赦す事を自分に許せば、誰もがプチ☆マスターいえっさなのです。
2009.01.26
コメント(4)

ooの主人公、刹那の名前はコードネームなんですが、刹那という言葉の意味は「瞬間」です。瞬間から「今」という時間を連想して、彼の名から拾い上げたシンクロは「今ここ」ooガンダムの両肩には太陽炉と呼ばれる動力源があって、機体が最大限の能力を発揮した時、宇宙に大きく「∞」マークが描かれたのでした。その真ん中に座っていた、刹那。∞マークの真ん中は、過去と未来が出会う座「今ここ」です。刹那の誕生日は4月7日なんですが、この日はマスターいえっさ(キリストさんw)の磔刑の日と言われている日付なんです。監督がそれを意識してこの日にしたのならば、もしかして作中で彼はキリストのように救世主(犠牲の暗示も含みます)になるのかもしれません。ティファレトの象徴であるというシンクロを拾ったときからキリストの事は意識してましたが、こう関連のある数字が出て来るといよいよ気になります。しかし彼は、処女懐胎で生まれたわけでもなく、数々の奇跡を起こす超能力者でもない。心に怒りや憎しみを宿した事もある普通の青年です。私にとってのooの物語が見せてくれるテーマのひとつに、「赦しによる変容」があります。キャラクター達は敵味方さまざまな陣営で、「赦し」について語っています。これは私の完全なる主観というか、勝手に拾ったシンクロなのですが、もし監督が本当に刹那にキリスト役をつとめさせる気なのなら、つまり「生まれの奇跡は関係ない普通の人だって赦して変れば、救世主になるんだよ」って事を宇宙は言いたいんじゃないか…って思うのです。救世主は待つものではなく、なるものだと言う事です。大事な事なので二回言いますね。これからの時代、救世主は待つものではなく、なるものなのです。…もちろん全員十字架行きじゃ!て事ではなくて、救世主が一人だと磔になるしか無かったけど、100人、1000人…と増えて行けば簡単に世界は変わるってことです。大袈裟な事をする必要は無くて、隣近所に親切にするとか、仕事を丁寧にするとか、趣味が違うからと言って侮蔑するのをやめるとか、それだけでもきっと変って行くと思います。プチ救世主ってやつです。もう2000年も経ってるんだぜ。そろそろ進化しようぜ人類。待ってたんじゃだめよ~。そうそう、オバマ氏の就任演説の日本語訳をマイミクさんの日記で見つけ、じっくり読み込みました。内容については、私があれこれ言う必要も無いと思います。かの国の自国民へのメッセージを通じて世界に発信されたのは、(笑)付きのスピリチュアル(笑)でない正しくスピリチュアルな言葉でした。44代と言う数字のシンクロのおまけつきです。神さまってやっぱり居るのね~。しかし、人民が彼に全て丸投げしたんでは何も変わらない。国や世界を変えて行くのは一人一人の実行なんですよね。天国は、伝説や死後の世界に有るのではなく、今此処地上に築くもの。そこに住まう、人々自身の手によって。
2009.01.23
コメント(0)

私が石のケアに精油を使い始めたのは、石遊びを自分に取り戻した当初から。もう6~7年前の事でしょうか。学生時代から精油には親しんで来たので、石に対しても特に本に書いてあったからとかでは無く使いたいから使ってました。はじめは単にクリーニング、汚れを取る目的で使い始めたと思う。洗剤や石鹸を使うのはなんとなくイヤで、しかも香りの良いもので拭きたかったんです。精油は油汚れや指紋をよく落としますのでwで、拭いているうちに石がとても喜ぶのが分って来ました。香りのエネルギーのようなものが石を元気にしている事が分ったのです。当時は、精油が持つ肉体への直接的な効果しか知らず、エネルギーがどうこうなんて話もさっぱりだったにも関わらず。何より大事なのは、「やってみること」です。間違いを気にして何もしないのでは、何も出来ないままに終ります。石がその香りを嫌ったって、人生終りになるわけじゃないのですからw…もちろん、物理化学的な性質として精油NGな事がわかっている石にそれを使うのは、ただの愚か者ですが…。12月からYLのディストリビューターになりました。手元に集めたオイルはまだ20~30種類程度…2ヶ月目にしては多いか…。うちの石達にいろいろ試してみましたが、うちの多くの水晶、フローライトたち、アクアマリンの44たんはこの画像に写ってる「ギャザリング」という精油をとても好みます。定番の乳香、シトリン族にはレモン等も使いますが、44たんは専らギャザリングですね~。眼鏡拭きに一滴垂らして44たんのポーチに入れておくと、自動的にピカピカになります。眼鏡拭きと一緒にしてるから物理的に綺麗になるのは当然ですが、それ以上の輝きが内側から滲み出す、その輝きっぷりが精油在る無しとでは大違いなのです。ここで「アクアマリンは」と言わず「44たんは」と言ったのは、アクアマリンが全員ギャザリングを好むとは限らないから。時と場合と人と石により、同じ香りにもさまざまな反応を示します。(シトリンの虹ボールは、乳香を欲しがったり嫌ったり気まぐれです)十把一絡げに○○にはこの精油!と決めつけるのは、セールスや支配の目的があるのかなぁなどど勘ぐってしまいますwまだまだ試していない精油が沢山有るので、これから少しずつ買い足して行く予定。もちろん、持ち主も使います。石にばっかり塗ってるわけじゃないよw
2009.01.21
コメント(0)

石を見て、その美しさに酔いしれる時。当然、脳では何らかの神経活動が行われています。人間の精神活動も、ひとつの現象です。現象が在れば、それを3次元に出力する為の仕組みが働いているのは、当然の事です。で、そういった「仕組み」が解明された時にどう反応するかで、同じ現象から受け取る事が出来る豊かさは変って来ます。説明できる仕組みがあるもの、つまり摩訶不思議でないものは、とるに足りないつまらないものだと思うか。その仕組みの存在そのものを奇跡と感じるか。私は、地球全体に、宇宙そのものに奇跡を感じます。今生きているこの肉の体のパーツひとつひとつをとっても。爪や関節の造形、皮膚に透ける血管、髪の毛が伸びる神秘。学生時代は肉体の物理的な組成について学びましたが、学べば学ぶほど、解明されれば解明されるほどに神秘は色濃くなりました。全てに美が在ります。わけのわからないオカルトな現象ではなく、とても当たり前の奇跡です。
2009.01.18
コメント(0)

1月12日に撮影。メタモのポイントに凄い虹が!たねはあかされるためにある。44たんからの分光が、メタモ内で散乱していたのでした。虹の七色は可視光がスペクトルの順に並んでいるに過ぎないのに、人間はそれを美しいと喜ぶのです。美しいと喜ぶ仕組みこそが「美」。ティファレトに象徴されるもの。それにしても、プリズムって永遠の乙女の浪漫ですよね。
2009.01.15
コメント(0)

画像は、マダガスカル産ローズクオーツの「マリー」。太陽光で美しいスターが出ます。名前がついた、というか、名前をやっと見つけたのはこのお正月でした。ooには、物語の鍵となる女性が何人か登場します。その中に、マリナ・イスマイールと、マリー・パーファシーという女性が居ます。マリナとマリー。何故、ただでさえ登場人物が多く複雑な物語に、混同し易い名前をわざわざ付けたのか。それがずっと気になっていたのでした。はじめは、二人は聖書の中の二人のマリア、聖母マリアと、マグダラのマリアを象徴しているのかと思いました。が、二人のマリアは寧ろ二人ともマリナ・イスマイールに象徴されているように思えます。では、マリーは?と気にしていた所、面白いシンクロが続きましたので記録しておきます。◇ ◇ ◇ 見てない人の為の解説w ◇ ◇ ◇ooのガンダム乗り(マイスター)にアレルヤという青年が居ます。先日の電波文に理由が載ってますが、生命の樹のケセド&ゲブラー担当だと私が勝手に思っている人物です(先日の文は転載元が古いので、まだ担当ケセドのみと書いてます)。この人は子供の頃に人体改造されて、超兵、昔ながらのガンダム用語で言えば強化人間にされています。その子供時代、研究施設で出会ったのが五感を失い脳量子派(一種のテレパシーです)のみで会話する少女、マリー・パーファシーでした。マリーは名前を持たなかった彼に「アレルヤ」と名付けます。神に感謝。生きている事を感謝しますという意味を込めて。で、時は流れて彼らは敵同士として再会し、マリーはソーマと名を変えてアレルヤの前に立ちふさがります。ギリでソーマがマリーだと気付いたアレルヤは、それ以後ずっと「マリーを取り戻す」事だけを願って生きるのでした。で、いろいろあって(笑)無事ソーマはマリーとしての記憶と人格を取り戻し、アレルヤとともに生きて行くことを選ぶのでした。◇ ◇ ◇ 解説終了 ◇ ◇ ◇解説読んで下さった方おつかれさまですwなんでこの石が「マリー」かと言いますと、実はトルマリンのせっつんが名乗ってからどうしてもマリナ姫っぽい石とペアを組ませたくなり、最初選んだのがこの石でした。ずっと同じポーチ(しきりがあって石が2つ入るタイプ)に入れて持ち歩いたりしましたが、どうもしっくりこない。それもそのはずです。マリナ姫は結局ロシレムのサライさんでしたので。しかし、どうもこの石がooの誰かを象徴するような気がしていたのでした。で、このお正月についに見つけたのです。それが、冒頭の長い解説に出て来るマリー。実は年末、いや冬至頃から、「民衆を導く自由の女神」とガンダムカラーについてのシンクロが居りて来ていまして。三色旗の赤青白に黄色を足すと、ってやつです。主人公刹那の「俺がガンダムだ!」ていうセリフと相まって、「人類はガンダムだ!」という字面だけ見るととんでもなく電波なwしかし意味としては「人は、愛と自由と平等のもと、自分の意志によって選択をする」という至極美しい言葉が、私の中で谺していました。私はこのブログで、石遊びにおけるガンダムカラー(愛と自由と平等、自分の意志)の重要性について書いて行きたいと思っています。石遊びは魂の旅の縮図。即ち、人生そのものにもガンダムカラーは当てはまります。これってまるで、「民衆を導く自由の女神」みたいじゃね?って思ったのですwいや、「私が特別に選ばれた女神で他より偉いから導く」とかそういうくだらない事ではなくて、人類がガンダムであるという事に気付きさえすれば、誰もがガンダムであり自由の女神であると言う事です。…凄い電波な字面で申し訳ない。心の目で読んで下さい(爆そんな事を考えながら迎えたお正月。ぼーっと見ていた元日お昼の特番「美の巨人スペシャル」で、ドラクロワの生涯と「民衆を導く自由の女神」の絵が紹介されていたのです。強いシンクロを感じて調べた所、「マリアンヌ」という名前が出て来ました。三色旗を掲げる女神の名前です。wikiによるとフランス国家を擬人化した自由の象徴とのこと。女神の帽子は古代ローマの解放奴隷の帽子が元になっていて、やはり自由を表わしている。「マリー・パーファシーを見つけた!」と、すぐに思いました(電波気になっていたのです。彼女がアレルヤに授けた名前が英語風の「ハレルヤ」でなく、フランス語っぽく「アレルヤ」だった事。そのアレルヤが言い続けていた、「マリーを取り戻す」というフレーズ。マリー自身も、ソーマという人格を植え付けられ、戦う為だけに生まれた超兵として軍に属していました。その状況から「マリーを取り戻す」。幸せになる事を拒み、自分を罰するように戦いに身を投じていた「ソーマ」からの、解放。それは「愛と自由と平等、そして自分自身の意志」を取り戻す事、所属する社会の奴隷である状態から解放する事を象徴している。そこに思いが至った時、閃いたのがこの石です。トルマリンのせっつんの側で申し訳無さそうにしていたローズクオーツ。太陽光で美しいスターが浮かぶ、淡いラベンダーピンク。見れば、マリーの髪の毛の色そのまんまじゃありませんかw今、社会のシステムや価値基準が崩壊していると言われています。崩壊と言うとなんか怖いですよね。でも、崩壊ほうかい→解放かいほう、とするとどうでしょうか。いきなり軽やかになりましたね。そう、崩壊しているのは、ヒステリックなまでに物質の豊かさを求め大地や普通(支配者層ではないという意味)の人々を貪って来たやり方です。崩壊と見せかけて、実際に起きているのは解放なのです。人類はマリーを取り戻し、ガンダムになるのです(爆現象はただそこに在るのみで、それをシンクロと捉えるか、ただの偶然と捉えるかで、ギフトにもごみにもなり得ます。「扉は何処にでも在り、何を経て何を得るかは全てその人次第。」私はギフトが多い方が嬉しいので、常にシンクロの気配に目を光らせていますw
2009.01.11
コメント(0)

ロシアンレムリアンこと「聖なる書記」の「サライ」です。お迎えは一昨年の初夏頃だったかな~。例の、お風呂でピンクトルマリンの「刹那」が名乗った事件のとき、側にいた個体です。あの時までは両者でいっしょにワークする事が無かったんですが(せっつんの事は原稿ドーピング石だと見なしていたので)、たまたま連れて入った浴室でこのふたつの石が名乗りました。せっつんは音声でいきなり「ガンダムだ」言い出しましたが(爆サライさんは、こちらがたずねてから、ふと浮かぶ言葉としてこの名前を投げかけてくれました。お迎えして約半年経っての出来事です。ooのワークを始めるタイミングを見計らって名乗られたようなwサライさんから感じるのは、完全受容の愛。ワーク開始以来、なんとなくいつも「刹那」の側に寄り添っている石です。…だってマリナ姫のイメージがあるんだもん(爆ooの本編では全然寄り添ってない二人ですが。別に持ち主がガンダムooの公式カプに萌えてるからってわけではなくて、自然と惹き合っている雰囲気なのです。石同士が。持ち主たる私のガンダムooワークエネルギーとの相互作用だと思います。サライさんは持ち歩けないので、別の石をマリナ姫にこじつけようともしましたが、しっくり行きませんでした(そしてその石には別のキャラクターの役割が有ったのです!!)。サライの意味を調べてみるとwikiの曖昧さ回避ページでこんだけ出て来ました。(当時のmixi日記から転載してます。)1・サラー(イ) sal?(i) - ペルシャ語で館、宮殿、オアシス、故郷などの意味。 2・アブラハムの妻サラの別名。 3・レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子の名前。盗癖があったが、レオナルドはそれを知りつつ弟子にしており、いつ盗んだかメモまでしていた。 4・サライ (都市) - 13?15世紀に、キプチャク草原周辺にあったモンゴル遊牧政権ジョチ・ウルスの首都。ジョチ家の当主クラスの本営であるため、ペルシア語でこのように呼ばれた。漢字で「薩来」と表記される。 5・サライ (歌) - 24時間テレビ 「愛は地球を救う」のエンディング曲。 この中で注目したのは1と2です。あとは楽しかったのでついでに。1はそのまんま、私のような石バカと石との絆を表わしているようで…。石バカにとって石はまさに魂の故郷だったり、オアシスだったり宮殿だったりするのです。2は旧約聖書に関する記述ですが、旧約聖書はコーランの元ネタみたいなもので。それでですね…ooとの関連が面白いのです。主人公の「刹那」という名前はコードネームで、本名は「ソラン・イブラヒム」と言います。イブラヒムはコーランに出て来る名前で、旧約聖書のアブラハムにあたります。アブラハムの妻サライ。ソラン・イブラヒムの公式のお相手マリナ姫。…ね、トルマリンの「刹那」の側に置くのに、ぴったりですよね(ごり押しふと浮かんだ言葉「サライ」にこんだけシンクロが重なると、この3次元リアルをとりまく宇宙の、芸術的なまでの精巧な造りを想わずにはいられません。形はDTで、セルフヒールド有りです。こまかな虹があちこちに浮かんでいます。まさに蓋が外れるように、クラックに沿って薄く剥がれるように割れた部分が有るのですが、それ以来いろんなワークが加速しました。サライさんには別の面白い逸話も有ります。実はぶつけてちょっと傷つけてしまう事が有って…。一瞬すごい凹んだんですが、その時ふだんヴィジョンとか全然見ないこの私の瞼の裏に、謎の樹状図が浮かんだのです。原生動物から始まって、脊椎動物、ほ乳類、ご祖先達…そして私に至る広大な樹状図。もちろん、細部まで判別出来るような鮮明なものではなく、じっと見ようとした為に暗闇に散ってしまいましたが、脳裏にはしっかりとその樹状図があった事が刻み付けられました。そして「そうやって生まれたあなたのぶつけた傷を抱いて、 私は億年の時を生きて行きましょう。」というような言葉がふと浮かんだのでした。うん、それだけなんですけど。 石を傷つけてしまった!!!傷は消えない、取り返しがつかない!!っていうんではなくて、 この傷がついたのも、幾億の確率乗り越えて地上に爆誕した私が居たから。みたいな…なんて言うんだろう…。半永久の命を持つ存在から、儚く脆い有機生命体である私に向かって「あなたが居た事忘れないよ」ってメッセを貰ったような…。なんか、大事な石ぶつけたのに凄く嬉しくなるような変な経験をしたのでした。石からしてみれば人間の持ち主なんて、人から見たハムスターより儚い存在。(ハムスター大好き!なんでやつらってあんなに寿命短いのorz)私とほんの一瞬の時をともにして、私が空に大地にリサイクルされた後も、永遠に生きる石達。石と人と、ほんとはどっちが持ち主なんでしょうね~。
2009.01.10
コメント(0)

この数日、アメジスト族との交流が深まっています。そのためか、ラベンダーの香りがやたら嗅ぎたい。今までそんなに好きな香りでもなかったんですが。折よく最高品質の精油を手に入れる事が出来たので、嗅いだり塗ったり、飲んだり。いろいろに楽しんでいます。アメジストと、ラベンダー。共通するのは紫の色。私の中のラベンダースイッチが、アメジストによって押された。或は、アメシストとよりよく共鳴する為に、今まで閉じられていたラベンダー的回路が開いた感じ。書いてて意味不明ですが、うすらぼんやりと捉えて下さい(前世紀タイプの男性には耐え難い文章でしょうな!)色でこじつけてるだけじゃないか、関連妄想だ。と、お思いでしょうか。逆に、石の色と精油の起原植物の色(または精油の色)は、ものにもよりますが深い結びつきがあるんでは無いかと感じます。植物の部位そのもの、あるいは精油そのものの色。のみならず、香りから想起される、言わば香りのイメージカラー。石遊びをする時に、その石と馴染む香り。その「香りの色」は?そこに注目すると、自分にとっての石と香りの心地良い法則を見つけられるかもしれません。ただ、この視点ばかりに執着して、全ての石と香りを色で振り分けよう!なんてすると、本末転倒になってしまいます。あくまで、「自分の感覚において馴染むかどうか」をベースにして下さい。で、タイトルと関係無さそうな前振りはここらへんで。うちのシトリン達は今まで他の石達とひとまとめに乳香でふきふきしてました。が、最近になってこの個体がって虹しか写ってませんけど、お正月のお小言記事に添えた黄金の智慧の虹ボール様が「乳香はらいっぱい」と言い出しましたorz乳香で拭いても、表面は綺麗になるんだけど内側から滲み出すような輝きが出ない。この石は結構私自身の第3チャクラとも連動してるので、自分の調子が悪いのかなぁとも思いましたが、特に変りはない…。虹ボール様がネロリ大スッキなのは知っているので(ていうかネロリ嫌いな石はうちには居ない)、景気付けにネロリ一滴拭きをやってやろうかと思うも、もうなくなりそうなのでorzだってネロリ高いんだもんorz苦し紛れにレモンの精油で拭いてみました。めちゃくちゃ綺麗になった(爆表面のクリーニング効果は、そりゃレモンですからピカピカです(柑橘類のオイルは油汚れを強烈に落とします。ほら洗剤にも入ってる)。それ以上に、内側からの強い輝き。「石に宿る喜び」とも言えば良いのか、エネルギーに満ちあふれた石に触れたときのあのずっしり感が見事に回復しました。レモンでいいなら超安上がりだよwwで、他のシトリンでもいろいろ試してみた結果、レモン単独も良いのですが、レモンとジンジャーのブレンドに良い反応を示してくれました。あくまでうちの石達の話ですが。やった両方安上がりだwwレモンもジンジャーも、シトリンの蜂蜜カラーにぴったりな「香りの色」を持っています。精油の効能書きを調べて見ると、なんとも「シトリン的な」事が書いてある。陽気さ、明るさ、やる気や生命力!香りを嗅いでイメージする色、起原植物の知識や香りそのものから想起される色は、その香りがどの石のエネルギーを高め元気にしてくれるかを表わしているかもしれません。で、うちのロシレム達はレモンもジャンジャーもいまいちだったorzガネーシュヒマールもorz彼らはやはり乳香が好きだそうですw
2009.01.07
コメント(6)

アメトリン、ボリビア産。うちではわりと古株な個体。名前は、ちょうちょが住んでいるので「パピヨン」。なんでちょうちょが住んでるかと言うと、画像の通りですw美しい虹の浮かぶクラック入り水晶を、わざわざ「デヴィックテンプル」と命名して高く売っているのを見かけますが、特にそれを買わなくてもデヴィックテンプルは見つけられます。居ると思えば居るんです(爆逆に言えば、精霊が宿っていても、「ただの光の干渉だよ。クラックがちょうちょの形になってるに過ぎないよ。」と言ってしまえば、それはただの石になります。これは好みの問題で、どっちが楽しいと感じるかの主観レベルの話です。ただ私は、美しい絵を見て「紙の上に顔料が塗布された物体だ」とか、芸術的なタペストリーを見て「繊維だね」と言うのは、あまりにも寂しいなぁと感じますw脳の働きにしてもそう。神経や伝達物質のしくみがほんの少し解明されたからと言って、「精神は脳内の化学反応の結果に過ぎない」と言ってしまうのは、絵を絵の具としかとらえられないセンスに通じるものがあると思うのです。いわゆるシンクロと呼ばれる現象に対する態度だって、見方の違いで楽しくも虚しくもなりますよね。なんとなく形がそう見える、という感覚は精霊界への「扉」になります。感じる心をいちいち自分で否定しない事です。精霊さんを捕まえるコツは、ハードルを上げすぎない事。最初から明晰なメッセやビジョンを求めれば当然玉砕しますwもともと敏感で繊細な人なら可能かもしれませんが。さいしょは、居るなぁ~程度の認識で。しかし、観察は詳しく。触れる機会が多ければ多いほど、自分の思考からふと離れて何か浮かんで来る機会も多くなります。せっかく出会えた精霊さん、私なら全力でつかまえます(鼻息
2009.01.04
コメント(2)

スペイン産フローライト3兄弟、ラストです。名前は、姿から連想して「智慧の薔薇」。昨年12月半ばにお迎えしたばかり。まだ1ヶ月もたってません。が、この個体がやって来てからフローライト達が賑やかになり、私としてはもう何年もワークして来た石のような親しみを感じています。外側の非情にクリアな層と中の乳白色な層を、グレーのゾーンが隔てています。表面には独特の蝕像が刻まれています。立方体が沢山積み重なる形状はフローライトには一般的ですが、この個体の蝕像パターンはちょっと特徴的で、一塊の結晶の外辺部はフラット、中心部分に小さな立方体が集合しています。狙って造ったかのよう。透けて見えるゾーニング部分の模様も、絶縁体に囲まれた電子回路のようです。それなのに、全体の姿はまるで薔薇の花。ハート部分に当ててみると、胸に咲く電脳の薔薇のようです。このフローライトから受けたメッセージは、否、このフローライトと出会って更に確信した事は「マインドはハートの敵対因子ではない」ということ。すぴりちあるな話の中ではやたらマインドを悪者にする風潮が有るが、それは使い方がマズいだけの事でマインドが不要な機能という事にはならない。マインドはとても新しい機能なので、人類が上手く使いこなせていないだけ。これは、一昨年の年末(ちょうど一年前)に石遊びのクラスで出て来たテーマでした。私は当時既にその事を「知っていた」ので寧ろハートハートうるさい風潮にうんざりしていたものです(爆そのうんざりの原因は、ハートがエモーションと混同されていた事でした。マインドも、エモーションも、ハートの声を物質界に具現化する為には両方が大切なのです。マインドは峻厳の柱、エモーションは慈愛の柱の、一番現実に近い所で振動する部分です。つまりそれぞれがホドとネツァクにも当たるし、能動と受動、左脳と右脳…などと言い換える事も出来ます。ハートは、中央の柱。我らの太陽ティファレトの座です。愛や情熱の迸る所です。ここで言う愛とは、自己保存的な恋愛の愛ではもちろんありませんwエモーション(感情)は肉体に染み付いたとても古い機能なので支配力が強過ぎ、マインド(理性)は幼弱過ぎて常に混乱気味。それぞれがハートの声を打ち消し合っている。これが人類の現状あるいは今まさに脱しようとしてる現状です。で、フローライトでそれがどうなるのか。それは今後ロシア産とチャイナ産のこれまた特徴的なフローライトと絡めて語って行く…予定は未定です(爆実はこのワーク、むっちゃ現在進行形なんですww今日はいきなりアメジストが名乗って点灯した事もあり、その石も絡めた新たな展開が来そうでニヤニヤしてる所ですw今日は電波濃いなぁ orz
2009.01.03
コメント(0)

◇ ◇ ◇可視領域の理解において、対象を言語により細分化し厳密に定義付けする事は人間の得意とする所だが(もちろん得意でない人も居る)、不可視領域においてはその方法はあまり意味をなさない。不可視領域の探索では、対象を凝視するのではなく、視野を広げ焦点を絞りすぎないようにするのがこつだ。それは、夜空でぼんやりと光る星雲を探す行為にも似ている。微かにけぶる目当ての光に焦点をはっきりと合わせてしまうと、たちまちそれは暗い夜空に溶けて消えてしまうのだ。◇ ◇ ◇平たく言うと、細かく考えず大雑把にとらえてね、って事です。また、私は「ooの製作者陣がこのような意図をもって作品を配信しているのだ!」とか「監督の真意を理解できるのは私だけだ。凄いだろう!」なんて言うつもりは毛頭ございません。寧ろ「変な解釈してすんませんすんませんうへへへ…」ぐらいの気持ちでやっております。スーフィー的に言えば、ガンダムooがたまたま私にとっては「扉」になったというだけの事です。作品は、作品です。受け取る人によって、その意味は千差万別。ガンダムはあくまでロボットアニメ。ふつうに見れば、娯楽番組に「すぎない」。 娯楽番組を見て、何を感じるかはその人次第。 扉は何処にでも有り、何を経て何を得るかは全てその人の選択にゆだねられているのです。※ 既放送分の本編のネタバレを微妙に、しかしかなり濃く含みます ※あまりにも電波な内容なので、前置きを長くとりました。では本題、いきなり入ります。ガンダムooには生命の樹が隠されています。なぜそんなトンデモ解釈が出て来たかと言うと、以下mixiから転載(爆◇ ◇ ◇ 転載開始 ◇ ◇ ◇00のタイトルはカバラのアインソフ(無限)に由来してるんじゃないかな。ついでに言うと0をふたつ繋げると∞になる。 そんで、イオリア・シュヘンベルグの名前の綴り…Aeolia Schenbergなんだけど、Aeoliaの両端のAを除いて残ったeoli。これを組み替えると天使イオエルioelの名前が導き出されて来る。天使イオエルは天使メタトロン…人間から天使になった預言者エノクの別名でもある。 メタトロンは生命の樹の頂点ケテルを司る天使。 アレルヤについては先日ちらっと書いたけど、搭乗機のキュリオスが主天使キュリオテテス(ドミニオンとも言うw)に由来することに着目。主天使は生命の樹でケセドを司る。対応する惑星は木星。木星にはバプテスマのヨハネが居るらしいんだけども、アレルヤ・ハプティズムの名前の由来は「洗礼」バブティズムのもじりだって事を考えると、ここにもヒントが仕込んであったと分る。 また、ハレルヤは人類愛の反転である自己保存本能の象徴。破壊神的性格から、ケセドの対で在るゲブラーの象徴とも取れるが…ゲブラーはCB全てに当てはまるので特化するのは難しいかな。 むしろ、木星層はザドキエルの管理の元で正邪の裁きが行われる場所らしいので、どこまでも優しいアレルヤと、純化されたエゴであるハレルヤ二人でケセドを象徴すると考える方がすっきりする感じ。 せっちゃんはティファレト担当。彼の搭乗機はエクシアで、この由来である能天使エクススシアイは、生命の樹でティファレトを司っている。 ティファレトって何ね?対応する惑星はずばり太陽。 太陽が象徴するのは生命力、情熱、圧倒的な力…そしてガンダムの動力源の名前は太陽炉。 またティファレトは過去と未来が出会う場所、でもあるらしい。せっちゃんのコードネームは「刹那」。一瞬の短い時間をさす言葉だけれど、一瞬の連続こそが「今」であり、「今」こそが過去と未来が出会う場所なのだ。 ティファレトは「美」と便宜的に訳されるのだけど、キリスト意識の座でもあるらしい。キリストって単語がつくと身構えてしまうが、自己犠牲だの救世主だのはこの際置いといて。ふつーに日々バトルしながら生きている我々にとって一番取り組み易い切り口は、何も支配せず、何にも隷属せず、自分が自分で在る事。だと思います。 「俺は生きている」「俺の存在そのものが理由だ」「死の果てに神は無い」「神ではなく、俺が自分の意志で世界と向き合う」…せっちゃんの台詞にヒントがてんこもり。なんという愛おしい主人公だろうか。 ロックオン兄貴の搭乗機はデュナメス。これは力天使なので本来ゲブラーを司るとされるが、ゲブラーな面は破壊によって再生を促す計画そのもの…マイスターおよびCBの全てに色濃く関与するので、兄貴だけに特化する事は難しい。何より、力天使は別言語ではヴァーチェとも言うのだ。 兄貴のキャラとカラーの後ろに、緑色を纏った天使ラファエルさんの姿が見いだされる。ラファエルさんの担当はホド。また、兄貴に託されたドラマを見る限り、彼はホドとネツァク担当だと考えられる。 この辺は解釈の中でもかなりうすらぼんやり度が高いw んでティーたん。彼の名前はアナグラムも交えて地球・地球と訳せるんだけど、生命の樹で地球と言えば一番下のマルクト。情報脳の塊であるティーたんがマルクトってちょっと意外?それがそうでもない。 実は生命の樹に隠された見えないセフィラー「ダァト」はマルクトに存在するとされている。ダァトは「知識」と訳されます。でもってダァトの知識は本来、実在的経験に基づく知識の事をさすのだけど、ティーたんのそれは電脳を通じて得られたものでいわば机上の空論…そこでせっちゃんを見本にしろと言った兄貴の言葉ですよ。 ティファレトの子せっちゃんは実地経験の塊。その行動原理はハートから迸る情熱。ケテル(イオリア=ヴェーダ)からの知恵と知識を、ティファレトの生命力によって実在世界に行動として出力した時、地上に「神の王国」が築かれる。 神の王国ってのは、死んでから行く所ではなく、自分が自分として生きているこの世界の事を指すのだ。(自我に執着する事、生に執着する事とはまた違う。んだけど…ここら辺私の日本語力の限界。) 俺僕私の一人称の変化はまた、月の満ち欠けを彷彿とさせる。ティエリアはマルクトとイエソドの連動を象徴するのかもしれない。 ◇ ◇ ◇ 転載終了 ◇ ◇ ◇なんという電波wwつか、見てない方にはなんという不親切www転載元は去年の3月29日のmixi日記なので、少し解釈が古いです。ooには刹那ともう一人主人公が居て、「沙慈・クロスロード」って名前のキャラ的に能天気日本人代表みたいな子なんですが、一期の段階では「沙慈はティファレトの反転「カイツール:醜悪」を象徴してる。少なくとも、1期の段階ではの話だが。 もとは慈雨と豊穣の神だったバアルがユダヤの一神教に取り込まれて悪魔ベルフェゴールに転じた。そのベルフェゴールが司るのが「カイツール」。」なんつって解釈してました。クロスロードの由来は一部では車の名前とされてましたが、私的解釈ではシルクロードです。彼のお姉さんの名前が「絹江」だったので。で、こんだけ長々と転載使って(じつは新たに文章起こすのがめんどかっただけ)解説しておきながらアレですが、生命の樹云々自体は、そう重要でもないんです。私にとって。この作品は、ガンダムシリーズとしては異例の「西暦」を採用し、現在からちょうど300年後の未来に舞台を借りています。しかし、私にとってこの作品が描いているのは、今ここ、今のこの世界そのもの。主人公の刹那は名前の通り「今この瞬間」として過去と未来の「∞」の中心に座り、もう一人の主人公沙慈は、目の前に交差する道の選択に揺れ続けている。さらに言えば、1stから伝統のガンダムカラーは、「愛と自由と平等」赤青白のトリコロールに「私が私である」黄金の智慧、黄色を足したもの。このシンクロが面白くてたまらんのです。…さて…。ここまで電波を飛ばしたら、お客さん減るかまたは違う意味でのお客さんが増えるかもしれませんがw私が言いたいのは「だからoo見ろ」では無く。(えぇぇ『何だって「扉」になる』という事。それっぽくキラキラしいものだけが神聖なものとは限りません。愛と自由と平等のもと自分の意志で選択する魂の旅においては、ほんとうに何でもアリだって事なんですw「…ふぅ。」
2009.01.03
コメント(2)

お正月なので、3つ目の日記です。今回はさらっとw画像だけちょこちょこ出してましたが、紹介しようと思いつつどうしても記事が書けず見送っていた石です。どうやらお正月に書く予定?だったみたい。アクアマリン。パキスタン産。変な名前ですが、固有名詞と言うよりは重さが44グラムなのでそう呼んでいるだけです。エンジェルナンバーですね。どのぐらい透明かと言うと、こんな感じ。プリズムにもなります。石遊びの先生に「あなたの魂よ。これがあなたよ。」と言われた個体でもあります。そう言われたら、この石が相応しいような人になりたいって張り切ってしまいますわなw人間誰しも魂の核の一番純粋な部分は、こういうキラキラした存在なんだそうです。お迎えしてからこっち、この石だけはワークのレギュラー陣から外れた事が有りません。寝るときも外出時もずっと一緒です。自分の石を一つだけ選ぶとしたら、44たんかなぁ。
2009.01.01
コメント(2)

お正月なので二つ目の日記です。大事な事なので、いつもと投稿テーマも変えてみました。石遊びについていろいろ書いて来ましたが、やたら「全て正解」「人それぞれ」という言葉を使ってるなぁと、自分でも思いますwこれにはわけがありまして。スピ好きの石好きが集まると、中の人や石とのワークの話題になると思います。その時しばしば見かける残念な光景。私がこれまで何度か遭遇した場面なのですが。「他人が感じている事を否定する」事。例えば、石の中に老人が居るような気がすると言う持ち主に対して「え~違うよ女の子だよ~」。自分の方がはっきり見えているのだから正解だ、と。アクセスポイントが変れば、受け取る情報は当然異なります。全てが正解なんです。これは、自称敏感、よく見えるって言う人ほど、やらかします。また、もう一つよく見かける残念な光景が「他人の持ち石を勝手に触る」事。持ち主が許可していないのなら、それはエネルギーを奪う行為です。奪うのと受け取るのは、全く別です。更に発展すると、「他人や他人の石のエネルギーを勝手に読む」事に。頼まれてもいないのに、人前で無邪気に「ねーねーこの石さんこんな事言ってるよ~」。それを聞いて持ち主が複雑な顔をしているのには全く気がつかない様子。どこが敏感なのかと。他人の石との絆に割り込み、他人のエネルギーを使って自己表現しているようにしか私には見えません。画像は、虹まみれのシトリンボール。エレミの精油でのどが乾いたあの方です。この金色の輝きは、太陽神経叢とハートの黄金の光を彷彿とさせます。「私が私である」という黄金の智慧。根っこで一つに繋がっているとは言え、今此処では別々の人間として存在しているんです。お互いの領域や違いを尊重し合う事無しに、ほんとうのシェアは成り立ちません。お正月なのに、というか、お正月だからこそちょっと厳しめに。受け取るかどうかは、人それぞれですが。写真だけ見にいらしてる標本系の方には、まこと申し訳ない記事ですw
2009.01.01
コメント(0)

スペイン産3兄弟、2番手はこの個体。長石の干渉を受け、内部におもしろい風景が出来上がっています。この透明感から、水を連想する方も居るかもしれません。が、私がこの風景から感じるのは、乾いた熱い風。砂漠の日射し。長石の部分は砂を含んだ風に侵食を受けた、切り立った崖。照りつける太陽光線から逃れてその崖下を行く、小さなキャラバン。私はその一員だったかもしれないし、砂漠を渡る砂混じりの風だったかもしれない。とは言え、単独のワークはまだあまりしていないので、どっぷり付き合ううちに水に見えてくる時が来るかもしれませんw石の中にどんな世界を見つけるかは、人によって様々。石を見るまでの経験が異なれば、見えてくるものも異なって当然。全てが正解です。
2009.01.01
コメント(0)
全15件 (15件中 1-15件目)
1

![]()
