曹操注解 孫子の兵法

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Oct 28, 2005
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カテゴリ: 戦略
----- Original Message -----

To : "曹操閣下"<********@******.chuo-u.ac.jp>
Sent: Friday, October 28, 2005 10:19 AM
Subject: パキスタン地震支援会合に出席しました

曹操閣下

26日ジュネーブで開催された「南アジア地震被害支援大臣級会合」に出席して日本政府を代表してスピーチを行いました。
 アナン国連事務総長も出席した会合にはパキスタンで発生した地震災害に緊急支援の手を差し伸べている数多くのドナー国、国際機関が参加して冬を間近にした被災地の現状を確認し、緊急支援の追加拠出の必要性、復旧復興に向けた体制づくりの重要性について活発な議論がなされました。

 私はスピーチの中で10年前の阪神・淡路大震災のときに国際社会から寄せられた温かい支援に感謝しつつ、日本政府として

(2)物資の提供
(3)資本供与、
をスピード感を持って展開中であることを報告しました。

 自衛隊のヘリコプターは既に首都イスラマバードと被災地の間を物資の輸送に大活躍中です。当初の3機体制を現在では6機に増加しています。
 国際緊急援助隊の医療チームは既に1900人以上の患者さんに手当てを行いました。インドネシアの大地震、津波への対応をはじめ世界の様々な地域での医療提供活動の経験が立派に生かされています。

 自然災害における緊急支援やテロとの戦い、PKOや平和構築分野における日本の人的貢献は最近目ざましいものがあります。しかしそうした活動はまだここ10数年の浅い歴史しかありません。

 1991年1月湾岸戦争が始まりました。当時私は当選2回の衆議院議員。自民党の被災民調査団の一員としてエジプト、ヨルダン、シリアに派遣されました。
 当時は自衛隊が海外に出ることは考えられない時代でした。もちろんPKO法も緊急援助隊法も何もない時代です。「NGO」「NPO」もまだ日本語になってなかったと記憶しています。イラクからヨルダンに命からがら逃げ出した湾岸のオイルビジネス労働者を自衛隊のC130を使ってカイロ空港まで運ぶことを検討しましたが、自衛隊を出す根拠法がないということで見送りになりました。

 経済が好調だった当時の日本は増税までして130億ドルを拠出しましたが、戦争終了後のクウェートの感謝広告の中に「日本」はなし。国際社会からもほとんど評価は得られなかったことを今でもよく記憶しています。

 国連安保理常任理事国入りは引き続きの大きな課題ですが、今回のチャレンジで100ヶ国近くが「日本は安保理常任理事国としての資格を有している」と発言しました。
 お金だけ出す日本ではなく、汗もかく日本が評価されています。戦争を放棄した

 こうした日本が築きつつある資産の上に立って次なる外交を如何に展開するか、また別の機会に自論を述べることにします。 
       外務副大臣 逢沢一郎


☆このタイミングでの外交得点は、外務省当局の「留任希望」とも受け取れるな。
 とにかく逢沢一郎副大臣は国際的に知名度のある政治家になった。
 これは国家的な財産だ。


 外務省と警視庁と連携して、募金詐欺師たちを逮捕すべきである。





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Last updated  Oct 28, 2005 12:55:43 PM
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