はやとちりだったか。。ごめんね。
そりゃー、もー、とぉーーーーーい話だなぁ。。

羽合町→泊村、東郷町と合併して湯梨浜町となって
しまいました。ザンネン。
(2005年09月28日 18時53分20秒)

山口小夜の不思議遊戯

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2005年09月28日
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 ──さわ(泉が湧き出ているところ近くに棲む不二一族の屋号)のゆたぁがか!

 相生の大将選任会議の顛末は、あまっちょたちにもすぐに伝えられた。
 また、他の三つの集落の大将たちは、それぞれの密使だちが持ち帰ったその噂に翻弄されていた。

 神生(かにゅう)の大将に気性の荒い森雅弘がなるべくしてなってい以来、相生の新しい大将については、とんと確信のある話はなかった。

 それでも、年功序列からいって、綾一郎か尚敦に落ち着くであろうと見当をつけていたのが、ふたを開けてみれば、なんとそれを決めたのは豊だという。

 ──すせりながなるとしても、いまはごたごたで相生は弱いだが。

 そう考えて、もともと学年においては武人より一コ下の大将であったために、代替わりのない皆生(かいけ)と己生(おのき)は余裕のたたずまいであった。
 なんとなれば、相生を攻めて属国や植民地なぞにできるかもしれない。
 これまでは武人が優れた政治家であることを周囲に知らしめていたので、さすがにおいそれと手出しはできなかったが、相生の代替わりは他集落の大将たちにとってみれば、すなわち絶好の機会であった。



 しかし、任命主が豊とあっては、勝手が違ってしまった。

 彼らにとっては、豊は得体の知れない人物だった。
 豊といえば、騙しもしないが戦いもしない印象が、それぞれの胸にあった。

 しかし、豊に決めさせたのは、他でもないあの名将日野西武人であるという。これはなにか裏があるに違いない。下手に手は出さないほうがいい。いずれどこかの集落が攻めるか、相生がちょっかいを出してくるか、それまで動向をうかがうべきだ。

 やぶへびの豊の名によって差し控えられたこれらの無益な闘争は、武人の思うところとも合致していた。
 大将が代わった直後は、どうしても集落の子供たちの結束に乱れが生じる。そこを狙うほかの集落との闘争は必至のことであり、統率が遅れてそれに乗じた乗っ取りもありうる。
 武人は臆病者ではなかったが、自分の不在の当初は、賭けをするよりも地を固めることが先決であることをよく知っていた。

 そんなわけで、この奇妙な采配によって、しばらくは相生の平和が守られることになったのだった。


 本日の日記---------------------------------------------------------

 中国ネタですが。
 私が中国語をそうとう話すことができるとお思いですか?


 あ。これ、友人のおすそわけメールからいただいたものです。好き嫌いがあると思うのですが、たまには息抜きということで、お許しください。(画面が変わると音が出ます。ご注意ください)。

 では、見聞きしたい方は こちら へジャンプ

 参考文献:http://www.mediatinker.com/yamanote29/archives/images/shinbashi.swf

 えと。気をとり直して・・・。








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最終更新日  2005年09月28日 09時15分00秒
コメント(8) | コメントを書く


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子どもの世界とは  
solya  さん
思えぬ駆引き。。

おっちょこちょいのsolyaでは大将
にはなれませぬ。

朝鮮半島からの文化の流れ。。。
なるほどそゆうことかと。。

倉吉の天女伝説も、きっと朝鮮半島からの使節団か、或いは難破したか、亡命したかによって、倉吉に来て、土地の若者と恋に堕ちたのだと思っていました。ちなみに天女伝説は日本中いたるところにあるのですが、物語の最後が音楽でしめくくられているのは、倉吉の天女伝説だけなのだそうです。

鼓と笛。
これもやはり朝鮮半島を経由して伝えられた
舶来音楽だったのでしょうね。
(2005年09月28日 09時51分28秒)

Re:子どもの世界とは(09/28)  
小夜子姉貴  さん
solyaさん

大将になりたかったんかい!?
もう決まっちゃったがな。
早よ言ってくれれば、書いてあげたがな。

鼓と笛──子供たちが天女を慕って奏でたという、打吹山の由来も美しいですよね。倉吉にしか音楽の話が残らなかったというのも、初めて知りました。
天女だから、きっと衣をひるがえして舞う舞妓だったのでしょうね。だから音楽もよくしたのでしょう。でも、帰国の船に乗ったのでしょうね・・・。

ちなみに。
未来永劫という言葉がありますよね。
この「劫」とは、三千年に一度、天女が下界に下りてきて、その衣で大岩をひと撫でする。それをくり返して、大岩がすり減ってなくなってしまうまでの時間の単位を、昔の人が「一劫」と呼んだことから「永劫」という言葉が成り立ちました。

じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ──という落語の有名なセリフがありますが、この「ごこう」とは、「五劫」と書きます。

倉吉の天女も、どこかの大岩をその天衣で撫でに来たのかな。倉吉に、大岩ありますか? (2005年09月28日 10時11分21秒)

うーん。  
solya  さん
「一劫」三千年ですだかいなぁ・・・・。
倉吉に天女が舞降りたのが・・・仮に聖徳太子の
時代だとしても、それからたかが千数百年。。
打吹山の頂きで子供達が母者恋しと奏でる鼓と笛の音に、再び天女が慕い降りるまで、まだ千数百年の
間があるようで・・・・・。

三千年の時を隔てた恋が再び倉吉浪漫の錦絵に
描かれますれば、こりゃめでたいが・・・。


大岩。。さて、どーたったかなぁ??
旧羽合町の橋津海岸には、ちいさな鳥居としめ縄で
飾られた岩があるけど・・・あれかなぁ?? (2005年09月28日 13時24分35秒)

Re:うーん。(09/28)  
小夜子姉貴  さん
solyaさん

ごめんなして。うちの説明がいけんかった。
三千年に一度、天女の衣のひと撫でをくり返して、岩が磨り減ってなくなった時間がはじめて一劫。
だから、途方もない時間の単位だっちゃ。

旧羽合町って・・・大岩はあるが、羽合町ってなくなってしもたんか? 鳥取の土地の珍名の代表格だがな!
(2005年09月28日 17時16分12秒)

Re[1]:うーん。(09/28)  
solya  さん

Re[2]:うーん。(09/28)  
小夜子姉貴  さん
solyaさん
東郷(おそらく)には、「とうはく」という、んまいステーキ食べさすところがあったっちゃ。
「とうはく」というひらがなよく見てみなんせ。
牛の横向いた姿に似とろうが。「と」が頭と角で、「う」と「く」の下を伸ばせば足だが。
「ウシオ電気」はツブれたそうだが、「とうはく」はツブれてないやろな!
(2005年09月28日 19時25分53秒)

Re:鳥取物語 第十二章 我が名をよびて 第一節 ●相生の平和●(09/28)  
中国語は、難しそうですね。
使いたいですが。
中国と倉吉市と医食同源で交流するのですか?
そういう料理を知りたいですね。
(2005年09月29日 08時56分18秒)

Re[1]:鳥取物語 第十二章 我が名をよびて 第一節 ●相生の平和●(09/28)  
小夜子姉貴  さん
ゆうじろう15さん
まず、料理の基本として、中国人は冷たい飲み物、食べ物を好みません。身体を冷やすことが万病のもとだと考えているからです。冷たいものを食べないこと、それが医食同源の根本のようです。生きものは食べたものによってのみ身体を動かせることができるのですから、食べ物には気をつけたいですね。

中国語ですが・・・。
おそらく、中国語を話すことができると、少なくとも中国の人口が12億(実際には15億くらい)なので、中国以外のチャイナタウンを形成する人々と合わせても約20億人、つまり世界の三分の一の人と話すことができると言われます。これは、英語人口の12億人より多いそうです。

中国は文化的にも民族的にも多様性にとみ、いまだ不思議の国ですね。

(2005年09月29日 13時36分29秒)

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