山口小夜の不思議遊戯

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2005年09月27日
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 さて、綾一郎にしてみれば、これははじめは手ひどい失望だった。

 大将になれたことは考えの外にあった。
 それはおろか、階級を格下げにされるのにも匹敵するだろうか。
 ひどい落胆だった。

 武人の賢明さのすべてが、綾一郎をただで大将にするのは誤りだと告げていることが、会議の中の武人の言動に見てとれた。
 綾一郎は不覚にも涙をあふれさせた。

 相生において、人を任命するということは、命名行為と同じ重さに匹敵する。
 豊が大将を選ぶ。
 これは、彼に聞け、ということなのだ。


 「相生にいしきなあり」とうたわれた武人に、綾一郎は任命して欲しかった。それどころか、あまつさえその武人の大将としての最後の言葉が、自分ではなく豊に向けられたものであったのだ。

 そうやって綾一郎は、ぼんやりと冬の木立の並ぶ帰り道をたどっていた。

 そこへひたひたと足音がし、雪かきのしていない道を、誰かが自分と並んで歩き出すのが見えた。
 綾一郎は足音の主を伏し目から盗み見てぎょっとした。豊だった。

 自らの気を消すことのできる豊が足音をたてるということは、何かこちらに用があるに決まっている。
 綾一郎は泣くのだけはせめてやめようと、洟をすすりあげた。

 ──いしきなは、まことおまいをかいよるな。
 綾一郎と肩を並べながら、豊はこんなふうに話しはじめた。
 ──ああ。そうさな。
 綾一郎はきまり悪くて返事もしたくなかったが、仕方なくそう答えた。
 これが大将になる者かと、我ながら思うほど覇気のない返事になってしまった。

 豊はそんな綾一郎にはおかまいなくそう続けた。

 こうして話の核心が口にされると、豊はふいに綾一郎から離れて、どこぞへと消えていった。

 豊の後ろ姿を見ながら、綾一郎は一発自分を張り倒してやりたかった。
 綾一郎は自分の愚かさに目をすがめた。
 今までのは、わがままというものからの、汚い物思いだった。


 かわりにその場所には、昂揚感が生まれてきた。小さく感じていた自分の器が、大きくなるようだった。

 子供たちを統率するというこの大役を引き受けて、無私のうちに集落に尽すことを、綾一郎はすぐ心待ちに思いはじめた。
 武人がいった、相生の相生たるところを、よく示せるような大将に。
 綾一郎は、武人がただでは大将をゆずらなかった理由が、今やよく理解できた。大将は、有頂天になったまま負える責任ではないことを、彼は教えようとしたのだ。

 さっきまでの心の痛みは、消え失せてしまっていた。
 綾一郎は道々、この変化について思い巡らせた。もう自分は打ちひしがれた気分ではない。それは、大将たる者について、自分が理解できたということと関わっているのだろうと綾一郎は思った。

 そして自分が名将いしきなに甘やかされなかったということも。


 第十一章のおわり


 本日の日記---------------------------------------------------------

 本文中ではないのに、作品の内容について書くのは本意ではありませんが──。

 今後、日野西武人という少年はこの物語には登場しません。
 彼はこれまでの物語の中の登場人物としても大変に人気が高く、私も何度もこの物語のスーパーバイザー的な存在として彼を登場させてみようかと試行錯誤しましたが、その過程の中で、私の中の三年生以降の記憶に、彼の影がまったくないことに気がつきました。

 引き際──。

 そこで、私はこの言葉に思い当たったのです。
 武人は相生にある四つの集落にその名を轟かす名将であったのに、綾一郎に大将の座をゆずってからは、その後一度も子供たちの輪に関わってはきませんでした。
 彼は、そういう人なのです。

 世の中に、自らの引き際を逃している人間が多い中で、鳥取には確かに、自分の本分をやりつくした後は、その場から姿を消して、二度とは現われなかった小学生が──自らの引き際を見事にわきまえた少年があったのです。

 以降、私は自分が小さい器であることを知りながらも、中高時代の部活で代替わりがあるときなどには、心して引き際について思いを巡らせるようにしました。

 武人が去った後、綾一郎率いる相生の子供たちはいや増して日の出の勢いを獲得していきます。

 武人は、自分を欠いた相生の少年たちが消沈するのをよしとしませんでした。ひるがえって、自分の力量を見せつけたいがために、自分のいなくなった後の社会の発展をこころよく思わない人が、世の中にはいったいどのくらいいることでしょうか。

 大将として自分の出しうる力をすべて出しきった後、身を引いてからは、集落の子供たちの更なる発展を俯瞰して楽しむ──これが本当に「自分の才ではなく、子供たちのすべてを愛していた」ということなのでしょう。

 いしきな。お疲れさまでした。
 あなたはこの物語の前半のすべてを導いてくれました。

 明日は鳥取物語三年生編の最終章、第十二章●わが名を呼びて●が始まります。それぞれの集落でも新しい大将も決まり、相生村にふたたび平和が訪れます。斥候を放ってまで相生の大将任命の行方を気にしていたほかの集落の大将たちに混ざって、「綾一郎新大将」の一報を耳にしにきなんせ。





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最終更新日  2005年09月27日 07時03分32秒
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