山口小夜の不思議遊戯

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2005年09月28日
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 ──さわ(泉が湧き出ているところ近くに棲む不二一族の屋号)のゆたぁがか!

 相生の大将選任会議の顛末は、あまっちょたちにもすぐに伝えられた。
 また、他の三つの集落の大将たちは、それぞれの密使だちが持ち帰ったその噂に翻弄されていた。

 神生(かにゅう)の大将に気性の荒い森雅弘がなるべくしてなってい以来、相生の新しい大将については、とんと確信のある話はなかった。

 それでも、年功序列からいって、綾一郎か尚敦に落ち着くであろうと見当をつけていたのが、ふたを開けてみれば、なんとそれを決めたのは豊だという。

 ──すせりながなるとしても、いまはごたごたで相生は弱いだが。

 そう考えて、もともと学年においては武人より一コ下の大将であったために、代替わりのない皆生(かいけ)と己生(おのき)は余裕のたたずまいであった。
 なんとなれば、相生を攻めて属国や植民地なぞにできるかもしれない。
 これまでは武人が優れた政治家であることを周囲に知らしめていたので、さすがにおいそれと手出しはできなかったが、相生の代替わりは他集落の大将たちにとってみれば、すなわち絶好の機会であった。



 しかし、任命主が豊とあっては、勝手が違ってしまった。

 彼らにとっては、豊は得体の知れない人物だった。
 豊といえば、騙しもしないが戦いもしない印象が、それぞれの胸にあった。

 しかし、豊に決めさせたのは、他でもないあの名将日野西武人であるという。これはなにか裏があるに違いない。下手に手は出さないほうがいい。いずれどこかの集落が攻めるか、相生がちょっかいを出してくるか、それまで動向をうかがうべきだ。

 やぶへびの豊の名によって差し控えられたこれらの無益な闘争は、武人の思うところとも合致していた。
 大将が代わった直後は、どうしても集落の子供たちの結束に乱れが生じる。そこを狙うほかの集落との闘争は必至のことであり、統率が遅れてそれに乗じた乗っ取りもありうる。
 武人は臆病者ではなかったが、自分の不在の当初は、賭けをするよりも地を固めることが先決であることをよく知っていた。

 そんなわけで、この奇妙な采配によって、しばらくは相生の平和が守られることになったのだった。


 本日の日記---------------------------------------------------------

 中国ネタですが。
 私が中国語をそうとう話すことができるとお思いですか?


 あ。これ、友人のおすそわけメールからいただいたものです。好き嫌いがあると思うのですが、たまには息抜きということで、お許しください。(画面が変わると音が出ます。ご注意ください)。

 では、見聞きしたい方は こちら へジャンプ

 参考文献:http://www.mediatinker.com/yamanote29/archives/images/shinbashi.swf

 えと。気をとり直して・・・。








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最終更新日  2005年09月28日 09時15分00秒
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