山口小夜の不思議遊戯

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2005年12月14日
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 ぎしり。
 低い声。重く、床の軋む音。

 すっと奥の間が開いた。長身をかがめて、また別の若者が現われる。
 ──あれのどさん(和:のどか)、また今朝は一段とオヤジ臭くなっただな! ダンディー!
 ほめているのかそうでないのかよくわからない円の言葉に、和がにやりと笑う。
 ──ふふふ、まど。聞いて驚け、わしは今日から髭を剃らないことにしたのだが。男には髭があったほうが渋くて‘ないす’だと思うてな・・・・。

 あんた、まだ二十歳前じゃなかった?

 土間に奇妙な沈黙が流れている間に、また奥の間からいくつかの人影が走り出てくると、豊のかたわらにひざまずいてきた。そのうちのふたりは腰まで落ちる黒髪に、昼餉の支度途中だったのだろうか、真っ白い割烹着。


 ──ゆったん☆

 両側からふたりにそっと手をとられた。
 豊はそっと上下の前歯を噛み合わせる。目元を伏せて。
 お願い姉さま方。十六にもなるっちゅうに、もうその名で呼ばないで──。
 またひとつ、豊にダメージ。

 ──うちら、ゆったんは器量もようて、ボケッとしてて、とってもとってもかわゆいと思うでっ。自信持ってな・・・・!
 そんなトコに自信持っていいのか・・・・・男として?

 ほかのふたりの妹たち、まだ小学六年と四年の編(あみ)と組(くみ)もすがりついてきて、
 ──兄(あに)さま。辛いだろうけど、怖いだろうけど、頑張って!
 ──うろ様は(荒神の別称:滝の洞穴に御神体があることから)・・・・・・うろ様はっ! ゆたさんをカラダごと愛してくださるのやけ、うちらも応援しとるけ、頑張ってな!
 と涙目で叫んだ。



 ──滝裏の洞(うろ)はな、暗いからな、危ないからな、腕には注連縄がかけられるから手も使えなくなるわけだし、ちゃんと足元に気ィつけるだぞ?
 どさくさに紛れて、円も年長面して言い添えるのを、さすがに豊はうんざりしたようにさえぎる。
 ──暗いし危ないなら端(はな)からやらせるなや。そないに勉強しよるなら、まどがわしのふりしてひとりで行け。
 ──がんば! ゆんゆん!
 ──・・・・・。


 これが豊が頭を抱えている理由だ。

 そう、不二一族では、二十八年に一度、宇宙(うつ)のすべての星、惑星の運行が一巡する年に、御魂鎮(みたましずめ)の儀礼として、直系の清童が【荒神さま】に捧げられる。
 これがおそろしいのだ。

 二十八年を待たずとも、毎年七月のこの時期、県内外から「不二」の血族が集結する。本家の直系はもとより、かろうじて血の末席に名を連ねている者まで、総出で【荒神さま】を祀るためである。
 これはもう、何があってもの最優先行事であった。どれほど仕事が忙しかろうが、誰も欠かしたことはない。

 ふだん滅多に顔を見せない本家当主の尊顔を拝する──それは一族の義務的な挨拶ではなく、侵すべからざる絶対条件に近いものがあった。
 しかも、今年は二十七代当主の不二角(すぼし:小角さまの本名)が一族の当主を務める最期の年である。つまり、守宿が代替わりする年でもあり、何をさておいても一門は集まってくるだろう。

 この何年かで、本家の嗣子である豊の兄たちは年下の豊を裏切るかのように全員が清童を脱していた。【荒神さま】は女神なので、捧げられる神子は清童であることが求められる。よもや禁を冒した場合、その相手となった女性はもちろんのこと、一族全員の命に関わることになる。

 となると、あとに残る荒神に奉献する神子(みこ)の資格を有する者は十五歳の豊ひとり。しかも、神子として捧げられることは、すなわち次代の守宿として選別されたことと同義となる。
 彼には理解しがたい伝承に縛られている者たちは、新しい守宿の戴冠を期待しないわけにはいかないのだった。

 広大な土地を所有し、地元の神事を司る不二一族には、奇妙な不文律がある。

 一、本家当主の座はすべからく竜骨を得た男子が継ぐべし。
 一、当主は守宿の名をもってこれを認め、世襲とすべし。
 一、守宿は山神の領を出るべからず。
 一、守宿は七代をもって多君を得、その者直に神を見るべし。
 一、竜骨を得ない場合は、山神の御魂鎮の供物と為した神子がその名を戴くべし。
 一、現世守宿の在位は、御魂鎮の期間を限りとする。

 豊が己が身に秘める竜骨の存在を明かしていない今、守宿の資格のある者は事実上は生まれていないことになっている。それゆえに、不二一族にとっては、豊を神子として奉じるに際しての【荒神さま】のご選択が、次期守宿を得る最後のチャンスなのであった。

 さらには昨今、次代の守宿──すなわち竜骨を持つ子供を得ないというので、山も殺気だっているといわれて久しかった。
 それゆえ、今年はなんとしてでも《御霊鎮》の神事が必要とさだめられていた。捧げられる神子は、混じり気のない、濃い血であればあるほど、最高の貢物となる。貢物には本家の嗣子が求められることは必定であった。

 《御魂鎮》の儀とは、ごく表面的に言うならば、【荒神さま】と三々九度の真似事をすることである。
 すなわち、若者が御神体のある滝洞の祠にひとりで詣でる。そして、翌朝までに実際に女神が現われ、供物として捧げられた者が身体になんらかの徴(しるし)を受けることによって、最終的にその者が守宿であることの神託を判断する。

 ここに言う当主である守宿とは、ぐっとうなるほどの立派な屋敷に棲み、仕事といえば日に三度、堂にこもって御詞(みことば)を唱えるだけの生活である。そのほかは上げ膳据え膳で一族にかしずかれているのが、不二の当主という存在である。
 傍からみれば、これほど気楽で結構ななりわいはないと思われて当然のような気もするが、半ば神格化された守宿の細かな内情はほとんど外に漏れることはない。

 【荒神さま】のご選択によって、守宿に選ばれない限りは。

 現世守宿の小角さま自身、喉から手が出るほどに守宿の身を欲したわけではない。だが、竜骨を額に得て生まれてしまった以上、ほかの道はなかった。

 次期守宿に選ばれるということは、すなわち己が《神》の血を引いていることを認められた証である。
 しかし、守宿になったとして、それは【たいこうがなる】と呼ばれる久松山に縛られているだけの存在であった。目には見えない、誰にも、歴代の守宿をつとめた人間自身にも説明のつかない、摩訶不思議な力でもって。

 すなわち、守宿の身体は、ほかの土地を受け付けなくなるのだ。

 【たいこうがなる】を中心に、ある一定区域から出ようとすると、とたんに身体の不調に襲われる。
 それを我慢しようものなら、意識を失って昏倒することもままある。この症状のせいで、小角さまはかつて修学旅行にも行けなかったし、家族で旅行すらしたことがなかった。
 結局、小角さまはたいこうがなるに一番近い学校に小学校から大学まで通い、生まれてより一度も県外に出ることなく今に至っている。

 もっとも、現実を見極めたがる性質の豊にしてみれば、それはある種のヒステリーだと判じていた。
 幼少の頃より、土地に根付かせようとするがために繰り返し繰り返し守宿であることを耳に囁かれ続けたとしたら、誰もがそういった反応を見せるであろうことは容易に想像ができた。
 げんに、衆人に周知でないことを別として、いわゆる‘守宿’である条件をすべて備えて生まれてきた豊自身、守宿として育てられなかったがゆえに‘土地に縛られる’という理不尽な精神症状は出ていない。これまでに二度の修学旅行で県外に出られているのがその証拠だ。

 だがもし──長じてから自分がそのような症状が出たとしたならば、さっさと大学病院に行って、カウンセリングでも受けて、自分の身に長きにわたって蓄積された暗示を解いてもらうより他はないことだと、豊自身はあまり深刻には考えていないのだった。

 いずれにせよ、小角さまの次世は守宿多君(すくのおおいぎみ)であることは伝承で決まっていることであるから、本人がその喉奥に隠す竜骨のあるなしにかかわらず、不二の嗣子たちのなかで唯一清童として資格を有し、《御魂鎮》の神子として捧げられた豊が明日の朝より半ばなし崩し的にその称号をいただくことは、もはや逃れられない現実であった。

 この二十八年を待った秘儀の解説をもっと突っ込んでするならば、一夜を徹して若者が女神と契りを交わすというものである。

 女神との一夜──その内情は、だが絶対に語られることはない。現世守宿が次代の者に口伝することも許されない。

 まさに伝承めいた話だが、事後の朝にはひとつだけ、衆目を納得させる確たる証拠が残されるはずであった。

 女神と契りを交わす前には、御神酒ではなく、血の酒を酌み交わすという。
 守宿に選ばれた者の身体には、血を抜いた痕が残るのだ。やはり【山の神】の血族であるということを証する必要があるのか・・・・ならば嗣子ひとりが祠に詣でるというのにも、それなりの意味があることが考えられる。人身御供という意味の。

 そして、小角さまは二十八年前、やはり女神と邂逅し、左肘があり得ない方向に曲がるほどに酷い傷を受けて山を降りたという。

 上げ膳据え膳の生活を約束される守宿──だが、それはすなわち、その在位の日より常人としての生活が営めなくなるという事実に外ならぬ。

 聖痕と呼ばれて崇められるその傷は殊のほか治りが悪く、豊たちの父宮は、それきり左腕の機能を失った──。






 ごめんなして。厳密に言うと、今日は九人兄弟見参ではないのです・・・・。

 明日に‘あともうひとり’──このタイトル、三年生編の前半でつけたような・・・・懐かしいなぁ。

 明日は●静●です。
 一番インパクトのある人は、いつも最後に登場するものですよね(笑)。この方は特に・・・・。
 矢吹VS力石とも並び称される、豊の天敵が皆さまにご挨拶申し上げます。
 タイムスリップして、コブラVSマングースの戦いを観戦しにきなんせ。(どっちが強いんだっけ?)


 ◆番外編登場人物のご紹介は こちら へジャンプ。
 ◆備考として、番外編の 「呪の子」 を読み返していただければさいわいです。


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最終更新日  2005年12月14日 06時52分53秒
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