山口小夜の不思議遊戯

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2005年12月13日
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 円が叫ぶと、その場にいた三人はそれぞれに勝手口に向かった。
 すばしこく走って先に着いていた組が、だが土間のところで棒立ちしたまま、こちらをふり返っていた。

 ──うち、ヘンなモン見ただ! アレ、なに?
 ──落ち着けよ。なにが・・・・・・、
 いただ? と聞く予定だったのだが、次の瞬間、円でさえ視界に映った光景に絶句した。

 ──うぇいーっす。邪魔するじぇー。

 そこには──上半身素っ裸で、下はトランクス一丁(ハイビスカス柄、色は黒地にピンク)の、顔だけはかろうじて‘おにーさん’が全身びしょぬれで清々しい笑顔を振りまきながら、使い古されたナイロンバッグを片手に不法侵入していた。それでもちゃんと靴下を履いている。すごい。(←なにが?)

 ──ひさぶだのぅ。まあまあ、苦しゅうない。おまえたちも入れ入れ。


 おにーさんはにかっと笑いながら、脱いだばかりの靴下をぽいと放り投げ、そこらにあった雑巾でゴシゴシ素足を拭いている。

 だが、何気なく円が次にかけた言葉に対する返事に、その場の全員がぶっとんだ。
 ──はるさん、今までずっと、どこにおっただ。ストックホルムからの葉書は受け取ったけど・・・・・。

 ──ストックホルムでなにしていたって・・・・・白フクロウ探しててん。それからすぐにアメリカに渡ったのは、ワシントン条約にサインするためさ。ワシントン条約が怖くて、使い魔を使いまわせるかっての。ストックホルムの前には、ナイロビにおったで。魔法の杖(ワンド)を捜してたんや。けどな、その間ぜ~んぶ、ひとりだったっちゃが。さみしー。

 二十六歳の常識のリミットを軽く越えるあっけらかんとした返答をして、鷹揚にほほ笑むおにーさん。話に興奮して長兄に飛びつく末の妹の組。屋敷の中が輪をかけて騒がしくなった。
 豊は心のなかだけで静かにツッコミを入れる──おぬし、ハリー・ポッターか?

 そんな様子に気づいたか、素裸の胸の前で腕組みして、遼は老熟した象のような目で豊を見た。
 ──おっ、おまえが今回の祭礼の主役だったな! ほー。べっぴんさんになりよって・・・・ずっと会ってなかったが、成長したもんだ。

 言って長兄らしくふんぞり返り、そして、すぐにしおれた。
 ──あああ、なんかおれ、腹減ったっちゃ・・・・それにつけてもおやつはカールとかない?

 引き締まった腹のあたりを押さえて口をとがらせる遼の腕から逃れ、組が立ち上がる。

 ちなみに、そのプリンを作ったのは豊である。
 昨日の夜、そうとう作りだめしておいたはずなのに、今朝起きてみればその大半が断りもなく消えていた。創造主に無断でどこに逃亡したッ、とプリンたちを軒並み集めて反省会を開きたい豊ではある。

 台所へとおりていく組に、片手で「ありがたいっ」と意思表示して、遼はふたたび畳にひっくり返っていった。


 ──あいつは除湿機か。
 突っ込む豊に、
 ──だははははっ! 相変わらずのボケっぷりだなゆた! 天はニ物を与えてやがる。

 笑うだけ笑うと、遼は手のひらをひらひらさせて近う寄れ、と指示した。
 豊は嫌だ、と速攻で拒否すると、逆に風呂場への道行きを顎で示してやった。

 ──それより、まず風呂に入ったら? 風呂場には何かおるかもしれんが・・・・・はるさんなら平気な気がするだ。
 ──んんん? なにか出ただか?
 ──今朝方な。わからん・・・・・ただの雑霊Aの幻(まやかし)かもしれんし。

 雑霊Aだと? 守宿多(すくのおおい)である自分が調伏できなかったのに?
 そう考えもしたが、先ほど円に相談しようとして遮られたのを機に、豊はあの一件についてはあまり反芻しないように気持ちを切り替えていた。
 だが、なにか言いかけて思案げに口をつぐんでしまった弟の様子に、遼が兄らしい注意深い視線を注いでいる。

 ──ゆたっちゃなんの精気を喰らうとは、そいつも悪食(あくじき)じゃな。
 だてに本家の長兄をやってない。一を聞いて百を知る、内面に不思議な聡さを隠し持つ遼がつぶやくように漏らした言葉を、その場の誰もが聞きとがめた。

 ──精気? 悪食?
 円が立て続けに聞き返してはみたが、遼が次に言う言葉の半分も、弟たちふたりには理解できなかった。
 ──おまえは見返りは取るからな。ゆたの器を舐めたらいかん。いかな神かて、喰ったつもりがこやつにぜんぶ持ってかれてるぞ。

 ──なんのこっちゃ、はるさん?
 円が首を傾げるのを、今度は豊がこの話は終わりとばかりに遮った。せっかく気持ちを切り替えたのだ。思い出したくもないおぞましい一件を、こんな昼日中に衆人のなかで蒸し返されても困る。

 ──はるさん、そもそもなんでパンツ一枚なわけ? ポリシー?
 冗談はパンツだけにしてくれよなと言外に含ませた豊の言葉にも反応を見せず、

 ──んなわけがあるか。ほら、そこに川があろ? 河童にからまれたんじゃ。
 ──・・・・・・。
 ほんと、何しに来たんだこのおっさん。

 視線をそらせて広大な庭をふり返ると、おそらくは遼がやってきたと思われる足跡の道が出来上がってしまっているのを見て、豊は小さなため息を漏らした。
 この人、ほんにで本家の直系かい・・・・・と。

 山に入ったら、山を敬え──とは、代々、このあたり一帯を仕切ってきた不二一族の家訓でもある。その家訓を、げしげし、がつがつと足蹴にするかのような、遼の見事なショートカットであった。

 一昨年、百八歳の大往生を遂げた曾祖母の不二室(はつゐ)さまも、これではさぞ草葉の陰からお嘆きだろうな、などと思う。

 そもそも、不二一族とは、‘たいこうがなる’(久松山)の守り人として、《山の神》が人の子の種を得て、自ら孕んで生み出した半神半人の家系だと言われていた。

 それゆえ、この一族の《山》へのこだわり方は、はたから見ると尋常ではないものがあった。

 安易な人の出入りは、山の生態を狂わせるというのが、一族の持論である。
 同じところを何度も歩けば、そこに道ができる。そうやって踏み固めた道は、もう二度と植物も生えないし、その道そのものが生態系をぶつ切りにしてしまう。そんな、ほんの些細なことの積み重ねが、ひいては山を崩していくのだと──。

 それゆえに、一族に属す者は、山に入れば同じ道を通ることを許されない。もと来た道を戻るには、原生林のなか、自分の「気」を溶け込ませた往路の近くを嗅ぎ取って辿っていくしかない。

 不二の人々が一族の命運を賭けて守る‘たいこうがなる’は、まだ踏み荒らされていない神聖さを保っていると言えた。
 土地者ではない人間が聞けば、それこそ一笑に付してしまいそうな伝承の類なら、腐るほどある。ここにはいまだ、本来山が持つ神聖さと禍々しさが、人々の記憶の中に生きているのだ。

 彼らは知っていた──《山の神》の力を具現する能力が、本家直系の守宿のみに受け継がれていくことを。そして、それが立つ限り、世の災いは避けて通るのだと。

 霊山と崇めるための立派な社(やしろ)があるわけではない。
 それでも、里の民にとれば霊験あらたかな【荒神さま】なのだった。

 ──豊、おまえには気の毒だが・・・・清童の条件に適うは、情けないことに本家ではもはやひとりきり。今宵、その操ごと【荒神さま】の供物となることを、わたしは守宿としておまえに命じるよりほかはない。

 本家当主であり、現世守宿の不二角(すぼし)の直々の言葉とあれば、誰も──豊ですら逆らえないほどに・・・・・・。






 昨日の早口言葉(?)の時間制限にはなにか基準があるのですか、という楽しいメールをちょうだいしました。
 2.8秒は、本人の最短記録です。ストップウォッチでちゃんと測りました。
 ヒマ人です。

 明日は●九人兄弟見参!●です。
 これまでに珍しい姓をお持ちの方、豊と同姓同名の知り合いのいる方がメールにて名乗りをいただきましたが(ありがとうございました!)、自分が九人兄弟だという方はよもやいらっしゃらないでしょう(笑)。素敵な兄弟話、お持ちの方はぜひ聞かせてくださいな。

 そうそう。豊って、‘ゆたさん’の他に家族になんて呼ばれているのかな。本人はそれを大変恥ずかしく思っている様子。
 タイムスリップして、豊の恥ずかしがる愛称を、暴きにきなんせ。

 ◆番外編登場人物のご紹介は こちら へジャンプ。
 ◆備考として、番外編の 「呪の子」 を読み返していただければさいわいです。



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最終更新日  2005年12月13日 04時39分17秒
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