140字でつぶやけない日記

140字でつぶやけない日記

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

ふみ@磨き中

ふみ@磨き中

Favorite Blog

Author Un… ゆ り ぞ おさん
kyochi ca… キョチさん
ちいっの初心に戻っ… りっと♪さん
頑張らなくても大丈… ワーキンママ@テレワーク 改名検討中さん

Comments

なつき@ てか >パソコンでいうところの、Linux vs MacO…
あこ@ ブランドでアップルiphone アメリカではアンドロイドは日本円で15000…
tamagumi @ 私もそろそろ 私もそろそろ楽天から引越しする予定です…
ふみ@磨き中 @ >ゆかぽん4649さん アメブロ、ほかのブログの更新も追いかけ…

Free Space

ふみさんの読書メーター
August 6, 2010
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
再読「知識人とは何か」


知識人とは何か

リーラボにもって行くつもりで読み直した本。
人生に重要な示唆を与えてくれるという点では、自分史上最強の本だと思っています。

結局、リーラボのほうは、家庭の事情で(てか、夫婦間の連絡不行き届きでorz )当日キャンセルという事態になってしまいましたが、せっかく読んだので振り返りをば。

筆者エドワード・W・サイードは、パレスチナ生まれエジプト育ちで現在はアメリカで英文学論、文学批評を教えている。
同時に彼は高度な音楽教育を受けたアマチュアピアニストでもあって、音楽評論も行っている。音楽の分野ではピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイムとの交流が特に有名。ユダヤ人でイスラエル国籍を持つバレンボイムとは、パレスチナ・イスラエルという溝を越えた交流の促進をともに進める盟友でもあって、ユダヤ人とアラブ人の音楽家からなるウエスト・イースト・ディヴァン・オーケストラの共同ファウンダーである(音楽監督はバレンボイム)。

「故郷を追われたパレスチナ人」という属性は彼の発表する言論にどこまでも影を落としている。

知識人は、ユニバーサルで単一の基準・・美、愛、正義など・・・にどこまでも固執し、国家権力への忠誠圧力から自律している。

そのことはすなわち、知識人が「アウトサイダーであり、アマチュアであり、現状の撹乱者であって、可能な限り幅広い大衆に訴えかける者」となることを意味する。



特に刺さるのは、「知識人」と「スペシャリスト」との対比である。

また、彼の定義では、生活のために高度に専門化した知識の生産・流通にかかわるエキスパート、スペシャリストたち・・・は、知識人ではない。なぜなら、スペシャリストたちが常に受ける圧力・・は、真実に対する誠実を常に押しつぶすからである。

どのような圧力か?

高度に専門化した領域の中でだけ、スペシャリストたちは閉じ込められている。専門領域の外にあるものは見えなくなり、発言を封じられる。
また、エキスパートとなるためには、権力からお墨付きをもらわなければならない。一人前のエキスパートとなるプロセスで、それにふさわしい立ち振る舞い、典拠するもの、縄張り意識が刷り込まれる。
そして、エキスパートの最大の顧客が権力そのものである。政府、大企業、業界団体など・・・エキスパートが彼らの知識を要請される場面では常に紐がついていて、モラルや正義は棚上げされる。

つまり、知識を持つ人は増えても、知識人が個人として主体的に表象する場は相対的に縮小しているのである。

知識人は、エキスパートではなくアマチュアであり、領域を軽々と超えて真実に対して誠実であろうとするのである。





サイードのいう「スペシャリスト」vs「アマチュア」の構図は、知識を生業としている人すべてに向けられた警告だと思います。

ほんの思いつきですが、現実的な生き方の着地点を探るという意味においては、思想としての「ユニバーサルな価値への奉仕」を、孤高の亡命者ではなく、小市民である自分が、現実なライスワーク(食うための仕事)の中で実現するためには、ドラッガーのいう「プロフェッショナル」あるいは「エグゼクティブ」の定義をここに重ねてみるのが面白いのではないかと思いました。



サイードのいう知識人のゴールは自身の内面に発見するものであるのに対し、ドラッガーのいうプロフェッショナルのゴールは、顧客といういわば自分の外部から与えられるもの・・・とはいえ真のゴールを発見するのは芸術に近い・・・という、無視できない重大な相違があります。


マネジメントは、サイードにいわせれば「権力に奉仕する」ために自らの専門知識をささげるものに見えるのかもしれません。
しかし、ドラッガーは「非営利組織のマネジメント」などをみてもわかるように、必ずしも権力装置に対する奉仕のみを念頭にいれているわけではありません。視点の先を「顧客」に置いたとき、顧客に対する真のバリューを発揮するために自律的であろうとするのがプロフェッショナルの姿なのです。

顧客の価値に自分の価値を重ねること、それが一致するゴールであったとするならば、そのときには働くことそのものがその人にとっての報酬にすらなるのではないでしょうか。

たとえば、省みられないマイノリティを顧客とし、彼らの正義を実現することをミッションとするならば?






ここまで整理したところで、今の仕事にいまいち情熱を注げない理由がうすうすわかってきた。
基本的には、ゴールがきちっと決まっていれば、それに向かって走っていけるほうだと思うが、そのゴールを達成したときになにを感じるか。
きっと、達成感は感じるのだ。しかし、ミッションを果たした充実感はないはず。
なぜなら、ゴールに真にコミットしてないから。
だから、甘いって言われるんだな・・・


<参考文献>

【ポイント6倍対象商品】もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら


プロフェッショナルの条件





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  August 6, 2010 09:29:48 PM
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: