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親に地球一周のことを話したよ。もう自分で責任を取る歳だから、あーだこーだと細かくは言われなかったけどね。でも、どことなく親父は寂しそうだったな。 何事においても準備が結果の全てを左右すると思ってる。こないだ、日本シリーズを制したボビー・バレンタインも言ってたらしい。試合を始める前にすでに勝負はついてるって。 前の職でもそう。授業の出来なんか準備の段階でもう決まってるようなもの。実際に、授業が始まってから出来ることなんか限られてるしね。 そういった意味では、俺は全く準備をしていない。人生の準備をしてないの。お袋に「人生そんなに楽じゃない」って言われたけどまさにそうだな。今の俺は今日の自分のことしか考えてないもん。旅行から戻ってきてどうするか、お金の蓄えはどうするか、30歳のときの人生設計はどうしてるのか。何も考えてない。人生ナメてると思った そろそろ天誅来ると思うよ
2005/10/31
今日は草野球があってね。俺の所属する色男倶楽部(色男と書いてダンディーと読みます)に久々に顔を出してきた。メンツが色男揃いかどうかは別にして、とにかくイヤラしぃチームなの メンバーが。(俺が中心という説あり) だから俺はダンディーが大好きです チームの結果はリーグ優勝だったけどね。俺の打撃は散々。2試合でノーヒットでした。やっぱ、野球に対する意識の違いなんだろうねぇ。これじゃぁ、野球人とししての名が廃るよ そこで、去年まで住んでいた町役場の職員さんに出会った。開口一番、「ブログ見てますよ」って。正直、ビックリ&恥かしかったんよ。最近のブログは頭でっかちなものが多くて、実行が伴っていなかったから でも、嬉しくもあってた。だって俺の本音を知ってくれている人がまた1人増えてんだよ。有難いことだよ。 このブログは色んな人が訪れてくれてる。立ち上げの動機として、俺が教員を辞めた理由ってのを伝えるためだったから、地元の友だちや知り合い、大学時代の友だちを中心にURLを教えたの。するといつの間にか、俺を知る教育関係者やら、行政サイドの方も見て下さってるからね。ネットの威力にビックリ。勿論、ネット上でつながった人にも温かく訪問して頂いています。 個人の意見や内面をこんなに不特定多数の人に発信し続ける媒体が日常的に使えるなんて、ほんの10年前までは予想だにしなかった。それが、今のブログムーブメントだよ。個人が意見する場が飛躍的に伸びた。今までは、書籍や講演、そして新聞、ラジオ、テレビなどといった場に限られていたからね。 ネットの弊害はもちろんあるけど、俺はメリットんの部分を最大限に活用して自分というものを発信し続ける。強みや弱みを包み隠さず自己開示し続けるのが俺の性に合ってると判断してるから。そりゃ、書きたくない日もあるさ。特に実行が伴わずに、口だけで横柄なことを言ってるブログなんか特に。後から読み返したり、その日のブログについて話をもらったりするときなんか、穴を掘りまくって、その穴にブッ込みたくなる。 でもね、それも俺なの。決して削除することはない。ありのままの自分だから。 あと、自分のことを棚に上げないと、自分が前に進めないって危惧ってのもある。 俺は大学の野球部時代、今のスワローズの古田みたいなことを3シーズンくらいやってた。選手もしながら監督をするってやつ。そりゃ、しんどかったよ。でも、かなり勉強になった。 俺たちの部には常駐監督がいなかったからね。学生がやってた。でもそこで困ったことが。それは、みんな学生だから指導が遠慮がちになってしまうんだよね。自分は出来てないのに他人のことは言えない、ましてや、先輩のプレー批判なんてもっての他、って雰囲気があった。俺は、この雰囲気が嫌で嫌でたまらなくてね。だって知識・経験のある奴が指導しないと野球が上手くならないじゃん。しかも、俺が監督をするときには後輩で野球をよく知ってう奴らがたくさんいてね。彼らの指導が当時の部にはゼッタイに必要だったの。だから、指導のときは先輩、後輩なしにして言い合おうってことにしたのね。すると、チームの雰囲気が良くなってネェ。結果的に戦跡も芳しかった。 また、これからどんどん面白いブログになってくどぉ~ 応援ヨロシク
2005/10/30
今日はシーカヤックの修行に行った。そこで、プロのカヤッカーの人に、カヤックで遠征するための知識や技術を教わったんだけど、へこんだよ 俺、何も知らなかったんでモン。カヤックについて何にも知らなかったことを知りました。 自分の未熟なところがイッパイ見えた もちろん、カヤックそのものの知識・技術もそうだけど、人間的に未熟なところもね。今までの人生で出てきた自分の弱いところがどんどん表れてきたの。勉強をサボったときに出てくる怠けた自分や、野球でピンチになったときに出てくる弱気な自分。失敗するといつまでも引きずってる女々しい自分や、やりたくない仕事は本気で取り組もうとしない情けない自分。困ったときになったら臆病になる自分など、ホント、あげるときりがない。 自然を相手にするときって生死と隣り合わせになるから、自己の極限にある本質がイッパイ出てくるんだろうね。 でも、これらの自分って、このままにしておくと今後の人生の上で必ず再出現してくるものだから、今のうちに正面からぶつかっておく必要があると思う。 どんなに百戦錬磨のカヤッカーも瀬戸内カヤック横断隊をちょっと構えていた理由が、今日になってなんとなくわかった。 これは、本当に恐ろしい試みだよ。イイ意味でも、悪い意味でも。普通のカヤックツーリングと違って、ノルマがあるからね。一週間で300キロを漕ぎ切るという。だから、風速10メートルくらいでも、余裕で出艇するらしい。しかも、あえて天候の悪い冬を選んでるそうなので、それなりの覚悟がいるの。 俺の、持ち味は凹んで凹んで、凹んみ切ってからの前向きな逆転立ち上がり。 今日から勝負が始まったよ
2005/10/29
最近、自分の行動に自信が持てなくて困る。アクションを起こすときに心の中で迷いが生じている。俺のやってることはこれでいいのだろうかって。 自分1人で物事を進めるのって、ここまで孤独なんだな。 これって、必ず1人で渡り切らないといけない橋なんだろうか。それとも、誰かに引っ張ってもらいながら渡る橋なんだろうか。 俺には孤独が似合わない・・・
2005/10/28
みんなは、この感覚がわかるかなぁ。 よく、「どんな顔がタイプ?」って類の質問があるでしょ。俺は、「透き通ったイヤラシさのある顔」がタイプなの。 これってなんとも説明し難いから、今まで女性の顔タイプを口に出してこなかった。(女性のそのもののタイプは9月26日の「人間の値打ち」で既に書いたけどね)「透き通ったイヤラシさのある顔がイイ」ってのもホント、最近になって言い始めた言葉。それまでは、言葉で上手く説明できなかったからね。 このブログで紹介してるパソコンテレビ「GyaO」の中の芸能ニュースに出てくる新沼淳子って子がかなり俺のタイプに近いんよね。透き通ったイヤラシさがある。う~ん、これ以上はなかなか上手く言葉で表せないなぁ。強いて言うなら、“女性としての気品”があり、“女性としてのエロチシズム”満載の顔。 芸能人で言うと、島谷ひとみってかなり気品があると思うんだ。でもね、色気がないの。反対に、叶恭子やインリンって色気はあるかもしれないけど、(俺は、あんなの色気と認めたくないけど・・・)気品ゼロだよね。わかり易く言うと、島谷ひとみの気品とインリンの色気が融合した感じかな。かなり、無理して説明してるけど とにかく、これからは新沼淳子と付き合うんだという【設定】で生きていくことにするよ。ちょうど、同い年だしね。んで、この歳だから結婚を前提に付き合うことになると思う。いや、出産を前提にかな でも、新沼淳子は福島県出身なんだよなぁ。向こうには未だ、戊辰戦争のシコリが残ってるようで、「山口県出身です」って言えないみたい。まっ、福島県といってもシコリが強いのは会津地方みたいだし。どうにかなるっしょ!俺たちの関係は。 あぁ~、明日は新沼淳子から電話がかかってくるのかなぁ~。いや、俺が精神病院に連れて行かれる方が先かも(笑)
2005/10/27
今日のブログは俺のエッセイというより宣伝。 佐々部清監督映画「カーテンコール」を見てきました。戦後の下関が舞台の映画映画。ん?わけわかんないって?映画のことを題材にしている映画なの でもね、在日朝鮮・韓国人という下関特有の問題を踏まえながら、最後は家族愛について物語ってる映画なのね。 これからの日本に必要なことがたくさん詰まってた映画だったよ。戦後はある意味でニッポンの原点なのかも。 実はかなり泣きそうになりました 前のブログにも書いたけど、俺って男の友情や家族愛といった人の絆系に涙もろくてね。 ホントは作品のことを書きたいんだけど、まだ、全国上映前だからね。やめとくわ。イイ映画だから是非とも自分自身の目で観て感じてくだされ。 山口県と北九州市では先行ロードショーしてんだけど、他の地域では11月12日からです。詳しい上映場所はこちらまで。 俺が、観ようと思った直接のきっかけは昨日のドライブでの一コマがあったから 昨日はわけあって宮崎県延岡市から実家まで来るまで戻ってたんだけど、午後3時半ごろ、山口県は周南市の国道2号線で、カーテンコールの上り旗を荷台にくくり付けて自転車をこいでいる青年に出会ったのよ。カーテンコールのことは前々から知っていて、観た方がいいよ、ってのは聞いてたんだけど、まさか、映画館側がそこまで力を入れているとは思わなかったからね。よし、明日、観に行こう そんな気にさせてくれました。 でね、作品を見終わってカーテンコールでweb検索をかけたらビックリ 昨日出会った青年は映画関係者でも何者でもないのよ カーテンコールを観て感動した1人の青年だったの。佐々部監督に何かの形で応援したくなったから、10月24日に北九州市を出発して、全国封切り日の11月12日に銀座にゴールするよう自転車をこぎ始めたんだって。だから俺が出会ったのはこぎ始めて2日後ってこと。 やるねぇ~、何はともあれ感動を実行に移した同年代がいたことに感銘 そんな映画ってことなのよ。カーテンコールは。 将来の日本はケッコウ明るいぞよ
2005/10/26
実は先週の土曜日(22日)は18時から高松でチーム主催の「香川オリーブガイナーズ感謝の集い」ってのがあったの。俺も案内が来たので参加してきました。 到着するとガイナーズの選手がユニフォームを着て接待してくれた。ホント、こっちが恐縮するよ。正直、それぐらいに有難い会だった。 俺は今まではどっちかというと選手側にいた人間だったので、こんな場所での振舞い方に抵抗を持ってしまってね。終始、大人しくすることにした。だって、いくら俺が面白いことをやっても、所詮は球団側のボランティアスタッフ側。会がどんな形で催されているにせよ、選手がメインになるのは必然なんだからね。 その会では選手の色んな話や、芸が披露されたんだけど、、正直、すんごく面白かった。いつもは真面目にプレーしている選手の違う面が見れてとっても有意義だったよ。 そんな、選手のお茶目な場面を見ながら感じたことがあったの。それは、「このリーグはプロフェッショナルを目指す者たちの集まりなんだ」 ということ。俺は、このリーグの構想が発表されたとき、受験をしようかなと思ってた1人なんだけど、(結局は年齢の関係で受験できませんでしたが)俺がプレーする場所ではないのは勿論のこと、プレーしてはいけないことなんじゃないかな、って思ってきたの。だって、俺、彼らほどまでに野球に対してハングリーな精神は持ち合わせていないもん。そりゃ、一般人に比べるといくらかあるかもしれないけど、野球を職業として目指している人と比べると、とうていかなわない。9月3日のブログで、アイランドリーグの選手に嫉妬したって書いたけど、今になって考えると本気でしている人にとってかなり失礼な話よね。本気には本気で答えるのが筋でしょ。本気でしている人が、生半可な気持ちを持ってる人に「俺にもできるかも」って思われたら、この上なく屈辱なことだと思う。この場を借りて謝ります。すみません。俺が間違っていました これは別に、技術レヴェルの差を言ってるわけじゃない。その仕事に取り組む情熱の差ってこと。だから野球に限った話ではない。やっぱり、「働く」ってからにはプロフェッショナルを極める必要があると思う。 どんな仕事でも、本気で働くことって当たり前のことだけど、すんごく大切ですんごく難しい、かつ、必ずしなくてはいけないこと、のように思えてきた。 選手のいつものプレー姿からよりも、この日みたく選手が砕けた時に、彼らの情熱から職業意識ってのを強烈に感じました。 最近、自分の甘いところが見えまくって少々凹み気味です。まぁ、自分の甘い部分に正面からぶつかるために意識的に見聞してるから仕方がないんだけどね。 でも、自分の化けの皮がはがれて来たみたいで、内心、スッキリする部分があるってのも事実なのよ
2005/10/25
昨日のスポーツ大会の後に、福岡のスタッフで飲み会をしたんだ やっぱり話に花が咲く、咲く。同じ方向性にいる奴らだからね。 その会で再びアツくなることが。そこにはピースボートセンター福岡の専従スタッフの人も参加してたんだけど、その人たちと世界を一周することや、今後のNPOの方向性、はたや、これからの日本について話してたんだよね。内容からわかるようにそりゃ濃い話だったよ。 そんな話の中でも一番心に残ったこと、それは、 きっかけはどうであれ、世界的な視点を意識して日常生活を送ることはとっても大切 ってこと。そりゃ、全人類が世界のことを考えながら生きていくことが理想なのかもしれないけど、そんな非現実的な話を考えても徒労。要はね、国際的な視野を持って日常生活を送っている人が多ければ多いほど、世界の諸問題は解決に向かっていくんじゃないか、ってことなの。 世界を一周した人、全部が全部ジャーナリストやNGO活動をする必要はない。でも、世界の諸問題を意識する人が増えれば増えるほど、ジャーナリストやNGOの活動は理解されやすくなるはず。ピラミッドを考えてもらったらわかり易いかな。底辺が増えれば増えるほど、頂点は高くなるでしょ。どんなきっかけでもいいから国際問題に目を向ける人が増えると、この世の中で幸せな思いをする人も増えると思うのね。 ピースボートって非営利団体が企画してるから140万円足らずで世界が一周出来ちゃう。単に世界を一周したいと思う人にとってはかなりの魅力なんだよ。だって、他の旅行代理店の企画ではだいたい300万円弱くらいするからね。経済的に安価だから乗船するって人も多いみたい。それと、3ヶ月も船の上にいるんだから離職して参加する若者も多い。だから、出会いを求めて乗って来る人も多い。 俺はね、世界を一周したい理由なんか何でもいいと思うんだ。要は、自分の目で世界を見れることが重要なの。それがわかると、参加の動機なんかで乗船の価値を比べることがチャンチャラおかしくなってくるさ。 そうやって1人でも多くの人に世界を見聞してもらうことが人類の繁栄につながるはず。 昨日はこんな話になったのね。その人と話してると俺、思わず黙って握手しちゃった。だって、あまりにも志の方向が同じで、あえて言葉にするのがもったいなかったんだもん。言葉で説明することって時に邪魔になるみたい。 そういった意味でもピースボートというNPOはとっても理にかなった活動をしているんじゃないかな。「世界を一周したい」、「色んな出会いを求めたい」っていう願望だけで、世界的な視野が広がるんだもん。 俺にしか出来ないこと、ちょこっと見えてきたかも
2005/10/24
今日は福岡県久山町体育館でスポーツ三昧。ドッジに始まりバスケやらバレーやら。えっ?何で久山で運動してたのかって? 実はこないだのブログで紹介したピースボードセンター福岡のメンバー主催のお楽しみ会だったのよね。乗船前に仲良くなっておこうよ!みたいな主旨で。 今日の参加者はみんな船に乗る人、あるいは乗った人だったから志が同じ。だから喋らなくとも通じる部分があるのよね。みんな船に乗るためにボランティアで働いている人ばかり。それに比べて俺は本腰入れてやってません(+_+) スポーツは楽しかったんだけど、そんなことを考えると何だかちょっとセンチなっちまった一日でした 自分が情けな。
2005/10/23
ヤラないときはヤレないときではない。ヤラないだけなんだと思う。そんなときは決まって無意識のうちにヤレない理由というものを探している。 Jリーグの川渕キャプテンが言っていた。 「100年早いと言う人は100年後も100年早いと言っている。」 これだよな。これ。実際にJリーグを立ち上げたのが川渕さん、頭で考えて何もしないのが俺。この差は大きいよ。 ヤル気になればどんな障害でも自分のためなんだと思うものさ。
2005/10/22
昨日紹介した無料パソコンテレビ「GyaO」から。 このサイトで流れている番組の一つに「ジャングルの王者、ターちゃん」ってアニメがある。15~6年くらい前のアニメかな。週間少年ジャンプ世代の人は懐かしいはず。勿論、俺も懐かしさが手伝って見ちゃった。 このアニメはジャングルで育ったターちゃんが密猟から動物を守るっているストーリーなのね。至るところでギャグや破廉恥な内容がちりばめられているから、連載当時(小学生中学年)は笑いながら読んでたんだけど、今見ると、とてつもなくBIGなメッセージを感じたの。 それは、人間のエゴによる自然破壊なのよ。アニメはとにかく笑えるように作られているんだけども、最後は必ず自然破壊の警笛メッセージが強烈に発せられている。子どものときはそんなこと感じずに見てたけど、大人になって見るとよぉくわかるよ。小さいときから無意識にでもこんなメッセージ性のあるアニメを見るってことは大切なんだなぁって思った。そのメッセージは確実に植えつけられるからね。 俺は涙を流すことに抵抗のある人間なんだ。(涙については、今度書くよ。かなりディープだからよっぽどのことがないと書けないけど)でもね、キン肉マンを見てると泣きそうになるんだよ。キン肉マンとテリーマンの友情なんかかなりアツイよね 男と男の友情にもろいのさ。 あと、キン肉マンの必殺技“火事場のクソ力”からはあきらめない精神を教えてもらった。俺の長距離スタイルを知ってる人はわかると思うけど、もっぱらラストスパートに全てをかけてるからね。どんな不細工な姿でもいいから、倒れ込んでも1秒でも速くゴールすることに全てを注いでる。これもキン肉マンイズムやね。 最近の子どもを見ていると、本気を出さずに一番になるのが格好いいっていう風潮が強いように感じる。スポーツでも本気を出して2番になるのがダサいから、本気を出さないように負けるとか、勝っても本気は出さないとか。そんな風潮が俺たちの頃より強い気がする。そりゃないよな 本気で挑む姿が一番輝いてるはずなのに。少なくとも俺たちの頃の価値観はそうだった。 俺は何をするときも本気さ スポーツをするときは勿論だけど、遊ぶときも本気で遊ぶし、アホをするときもアホを極めるまでする。そりゃ、必然的に無駄な動きは多くなったり、周りは疲れたりするかもしれないけどね。でも、これが俺のスタイルなのよ。キン肉マンから教わった。 ターちゃんから自然保護を学び、キン肉マンから男の友情と最後まであきらめない精神を学んだ。ドラえもんからは人に頼るとロクなことがないってのを学び、サザエさんからは家族円満の秘訣を学んだ。他にも、ついでにトンチンカンからシュールなギャグを学び、きおつけ!ヤスベェからは下ネタを学んだ。幼少時期のアニメやメディアのもたらす影響って大きいんだよな。今になるとつくづく感じるよ。 昨日の新聞に書いてあったけど、「まんが日本昔話」が復活するんだってね。あのアニメは是非とも今の子どもに見て欲しい。正しいことは正しい、悪いことは悪い、ってのを学ぶ一つのきっかけになるはずだから。今の時代、子どもに物の分別を教える機会が少なくなってるからね。それどころか、大人の行為がすさみすぎてるから、子どもも何が正しくて何が間違っているのかさえわかんなくなってるよ。 よし、俺も子どもができたらキン肉マン見させよう あっ、その前に必要なことがあった
2005/10/21
先月の26日のブログでSEXの好きな女性がタイプって書いたんだけど、今日はそれを科学的に裏付けるお話の紹介。 先日とあるサイトでGyaOという完全無料放送のパソコンテレビを紹介された。その中のプログラムで上原さくら出演の「愛のかたち」という番組を今日は見たんよ。これは女性のための性科学の番組なんよね。でも、男性が見てもかなり勉強になる。 第一回目のテーマは「オーガズムの神秘」これは、俺の今までの考え方を徹底的に後押しするような内容だったの。 携帯で見てもらっている人のために要旨だけを言うと、 SEXで逝かない相手は子孫を残す相手ではない ってこと。SEXの相性が合わないと子どもも産まれにくいんだそうな。逝く、つまりオーガズム(性的絶頂期のこと。ドイツ語ではオルガズムス)を感じない相手は、自分の伴侶となる相手としてふさわしくないってことらしいよ。勿論自分(ここでは女性)の中で、「セックスとはふしだらなものだ」とか、「相手(男性)に気持ち良くなってもらいたい」という感情が多く支配しているとイケないみたいなんだけどね。自分が気持ち良くなることを念頭に於いて相手とSEXを試みて、結果的に気持ちの良いSEXが出来る相手が自分のパートナーにふさわしんだって。 よく、男はすぐイクけど女はなかなかイカないって話を聞くでしょ。これもね、生物学的見地からだとごく当たり前のことみたい。つまり、女の人がどんな相手でもすぐイッてるようだったら強い子孫は残せないんだって。女性側は子孫を厳選する機会が与えられてる。これが、SEX時の【イク】という感覚みたいよ。 逆に男はできるだけ多くの精子を出すために何度もイクようになってるみたい。 これって、俺がよく言ってきたことの具体的な証明じゃん。つまり、男と女は違う生物なんだよね。だから、いつもいつも男女平等の観点を適用してくと必ず男女不平等になってくるはず。 以上の説明は携帯から俺のサイトを見てくれている人のために書いたんだけど、パソコンから見てくれているひとは是非とも「愛のかたち」を見てね。俺の説明よりもよっぽどわかりやすいはずだから。 今日のブログで俺は何を言いたかったか。それは、SEXが好きな人がタイプってのは、男として、強いては人間として最大無二の条件だったってことなのよ よし、フィーリングカップル目指すど
2005/10/20
今日は黄熱病ワクチンを注入すべく福岡検疫所まで行きました。やっぱ、野口英世先生は凄いよ。彼がワクチンを発明してないと、今頃、黄熱病でバタバタと倒れてしまう人が世界中に何人いるかわかんない。しかも、日本人なのに日本以外の国の伝染病と死ぬまで闘ったってのが圧巻だよね。いつの時代にもそんな人はいるんだなぁ。 俺は博多駅から検疫所のある中央埠頭まで1時間くらいかけて歩いたんだよね。みんな、歩くっていいよ 健康のためにいいってのもあるけど、周りの景色に気を配れるのがいい。心に余裕が生まれるのさ。俺のお袋は毎日ウォーキングをしてるんだけど、道端の花を摘んで帰って来る。やっぱ、季節を敏感に感じながら生活するのはとっても大切なことなんよ。 昼間の博多を歩いて自然は感じたのかって?ん~、大博通りっていう博多駅からのメインストリートだったからそれはちょっと難しかった。でもね、他のことを感じれたの。それはね、 綺麗な女の人がいぃ~っぱぁ~い 昼間だから昼休みのOL(また、この響きがいいよなぁ~)さんたちがイッパイ街中に出てたんだけど、博多の人って綺麗だよねぇ そこで俺は、通りすがる女性、通りすがる女性が俺のことを気にしながら歩いている、という【設定】で歩いてみることにした。するとなんだか本当にそんな気がしちゃって、俺の方も背筋を伸ばして格好良く歩きだしたり、横断歩道での信号待ちのときの姿勢を気にしてみたりしちゃったりなんかりして 一時間の間だったけど、すんごく気分良く歩けた。幸せな勘違いをさせてもらったよ 俺がいつも気をつけていること。それは、何事に対しても自分に都合がいいように勘違いをして解釈するってこと。一つ間違えたら(場合によっては間違えなくても)結構アブナイんだけどね。これがいいのさ!人生積極的になれるのよ コンビニの綺麗なネェちゃんが、俺の方をしばらく見ていただけで俺に気があるとか、メールをしくれただけで俺のことを嫌ってないんだとか。そうした勘違いをすることによって、その後の行動が積極的になれるのよ。「俺なんかどうせ・・・」とか、「俺があの子と付き合えるわけがない」って思考になっちまうちと、ホントに付き合えなくなるからね。そんな根拠の薄い理由で限界を作ってると、結局は自分の自信のなさが相手にも伝わっちまい、本当に危惧した状況となっちまうのさ。 そりゃね、俺だって本当は俺の都合のいいように相手が思っているとは思ってないよ。でもね、そんな感覚を思い切って乗り越えて自分の都合の良いように勘違いすることによって、自分の前向きな内面が相手も伝わって、自分自身への印象ってのは変わってくるものさ。 よく、「病は気から」って言うでしょ。まさにそう。気持ち一つで全てが変わるんだよ。心が限界を作る。 これは俺が大学時代から言い伝えてきたことなんだけど、最近、他の人のブログでも良く見かける。プロコーチングの野口義則さんも今日のブログでそう書いてた。 出来ないと思ったらできない。人間、出来ないことはない。出来ないのはしないだけなんだよ。 よし 俺ももっと魅力のある生き方をして、今度は本当に街中で出会っただけで興味を持たれる男になるど
2005/10/19
今日は瀬戸内海の周防灘に浮かぶ笠戸島をカヤックでぐるっと一周してきた。瀬戸内カヤック横断隊のための訓練の一環でね。大体25キロくらいだって。横断隊は一日40キロを7日間連続で漕ぐから一日の半分くらいだけどね。やっぱ、肩・腰は疲れるよ そこで一考。 やっぱ海ってつながってるんだよ。世界中。当たり前のことだけど改めて感じた。 カヤックに乗ったことのある人はわかるかもしれないけど、カヤックって海を歩いている感覚なんだよね。目線が海面に近いから。すると、どんなことを感じるかというと、世界中どこでも行ける気になるの。もちろん、海上保安や入国の関係で現実はなかなか難しいと思うけど、ばれなけりゃ、いつまでも漕いでようかなって気になった。 それと、日頃住んでいる陸地が異次元の世に感じる。例を出すなら、動物の代わりに檻の中に入って人間を見ている感じ。(えっ?もっとわかりにくくなったって?まぁ、これ以上の説明は無理やわ。実際にカヤックを漕いでみ) 陸地はなんだか不自然な人工物の融合体に感じるんだよね。あれ、地球規模で見たらゼッタイに後世に負の遺産を残すよ。直感でそう感じる。それくらい陸の文明は海からの視点で見ると浮いてる。 海って人間の原点について色々教えてくれるんよ 日本の地名をハワイ語で読んだらそれぞれに意味があるとか、南米で縄文式土器と同じような土器が発掘されたとか話を聞くとそれなりにつながりがあるんじゃないかなぁって思う。むしろ、古代は陸上輸送技術より海上輸送技術の方が発達してたくらいだから、そう言われても不思議な感じはしないんだけどね だからさ、今は環太平洋がアツイよ!日本、ハワイ、東南アジアのみならず、ポリネシア、ミクロネシアも、メラネシア、そして、南アメリカにネイティヴ・アメリカンや北極圏の先住民まで。ここにいる民族ってやっぱつながってるんじゃないのかなぁ。 実は今、日本にはすごい海洋のムーブメントが来ているらしい。この話はまだ勉強不足だからもっと情報を得てから近日中に情熱満載でお届けするわ。乞うご期待 俺の文章能力では今日感じた気持ちをブログに載せきれないのでこれにておちまいでちゅ みんな、これからの時代は原点回帰だよ!迷ったら原点に戻るのじゃ
2005/10/18
昨日は広島から高松に言った後、その足で松山に行き無事にTぶせに戻ってきました。広島では16日未明の3時くらいまで飲んでて、その朝7時に高松へ向けて出発。12時から高松市民体育館で女子バスケットボールの日本リーグを見て、試合終了後、松山の坊ちゃんスタジアムへアイランドリーグの最終戦を見に5時ごろ到着。9時過ぎに試合が終わり、10時45分松山発のフェリーでTぶせに今日の深夜2時ごろ戻ってきたでごわす。タイトなスケジュールとは思えないぐらいの充実した1日でした。 坊ちゃんスタジアムのアイランドリーグ最終戦が今日のメインイヴェントだった。今まではボランティアで試合を見ていたけど、昨日は初めて観客として見た。香川の応援席付近にいたけど、応援団と一緒に応援する気にはならなかった。何人かの知ってる人に声はかけられたけどね。なぜなら、どちらかの応援を感情的になってまでしたくなかったの。ただ、純粋に“野球”を見たかった。ホント、それだけ。 今だから言える正直な話、表向きはノリノリでボランティアをしていたけれども、内心はしたくないときがたくさんあった。なぜなら、選手に対してひがんでたんだよね。本気で野球ができる羨ましさがあった。何で俺がこのグランドで野球ができないんだって思ってたの。自分の実力なんか棚に上げてね。 坊ちゃんスタジアムは大学時代の全国大会以来だった。自分のときとかなり比べちゃったよ。3年前は俺はあの辺りであんなプレーをしてたんだなぁ、とか、ダックアウトのあの辺りはあぁなってたんだよなぁとか。でもね、試合を見てるうちにそんなの吹っ飛んじゃったんだ。なんでと思う? アイランドリーグを見に来た多くの人が口をそろえて言ってる言葉。それは、 「選手が必死だからいい」 ってセリフ。そりゃ確かに気の抜けたようなプレーもあるよ。闘志を感じられないこともある。でもね、広い目で見るとみんなに野球に対して純粋で一生懸命なの。高校野球のプロ版っていった感覚に近いかもね。石毛代表も言ってたけど野球の原点がここにある。 NPB(セ・リーグやパ・リーグのこと)で失われたモノがこのリーグにはある。それは、選手や監督・コーチの野球に対する純粋な姿勢だと思うのよ。ただただ野球がスキだからやってる。確かに薄給だからみんな必死っていう環境もあると思う。でもね、そのハングリーさが観客を野球の原点に引っ張り込んでくれてるはず。 だから、俺の野球に対する煮え切らない気持ちや、選手に対する羨ましさはどっかにイッちまった。選手が本気で野球をしてるんだもん。彼らの本気で野球をする姿は観客に感動を与えるだけでなく、俺みたく野球選手として未練を残した人の気持ちを救ってくれたりもするんだよね。それが昨日やっとわかったさ。 球団職員応募の話はまだ具体的に進展してはいないんだけど、俺が球団職員になった場合、掲げるテーマはこれ。 アイランドリーグの国の指定重要無形文化財化 少しオーバーかもしれんけどこのリーグの趣旨なら、いつかは必ずこうなるはず。こればっかりは企業の利潤が優先されるNPBでは無理じゃろうて。今のプロ野球で失われた野球の原点をこのリーグは持っちょるんよ。 また、日本に新しい流れが一つ始まりましたな。
2005/10/17
昨日は広島に神楽を見に行きました。みんなは、神楽って聞いてどんなイメージがある?俺はその神楽団を見る前は神楽ってなじみがなく堅いイメージがあった。 見に行ったのは広島県旧湯来町(現広島市)の大森神楽団。前のブログのコメントにも書いたんだけど、今、広島は神楽がアツイよ 色々な神楽団が存在して、神社の奉納のみならず、県内はもとより全国各地で競演を行なってるほど。俺は大森神楽団を見るのは今年で2回目なんだけど、今までの神楽の概念を覆すような舞なの。衣装も派手だし、踊りも激しい。見ていて飽きない。今の時代のニーズにアレンジされてるような神楽なのね。 俺がこの神楽団を見て一番感銘を受けたこと。それはね、神楽を舞っている団員の年齢層が広いってこと。中高生のみの演目もあり、若者が加わった演目もあり、ベテランの研ぎ澄まされた演目もあり。今回の秋祭りでは3歳の子どもまでが舞ってたからね。これには相当感動した。 伝統芸能ってどうしても、大人に偏りがちじゃない。でもね、この神楽団は違うよ。中学生から毎日舞いの稽古をしている。これは、すんごく大切なことだと思うんよ。やっぱり伝統芸能は後世に伝えてなんぼのもんだからね。この地域の芸能に対する尊厳や協力体制は是非とも見習わんにゃぁいけんと思う。 舞台の袖にこんな垂れ幕が掛かっていた。 「神楽は日本民俗芸能の始祖であり、日本文化の母体である」 神社に奉納される神楽を見てまさにそう思った。彼、彼女ら(ここの神楽団では女性も出演している)の神楽、引いては日本文化に対する姿勢は、後世の子孫に立派に誇れる心意気だよ。 日本もまだ捨てたもんじゃぁないなぁ
2005/10/16
昨日のブログで、中途半端はしないのと一緒という話をしたけど今日はちょっとその話の続き。 大学時代に部内はもとより校内に於いて、身体を張ることで一世を風靡していた我が悪友Tみなが君ってのがいたんだけど、彼のゲイ、あっ、失礼、芸は凄かった。いくらもちろん、彼が身体を張り出す飲み会は例外なく面白い(学祭の馬事件、レンジでチンをチン事件、イランインラン事変、加山雄三の乱などなど)んだけど、彼は周りがいくらドン引きしても自分の芸をヤリ通していた。芸人魂を感じたね。いくら面白くなくても、そこで止めるのはただの人。本当の芸人ってのは面白くない反応をされてからの反応が勝負と思うの。 最近、mixi(ミクシィ)っていうソーシャルネットワーキングサイトにお世話になってるってのは前のブログでも書いたと思う。そのサイトはね、新旧の友だちと連絡を取り合うだけではなくて、同じ興味を持った不特定多数の人とコミュニケーションが取れるようにもなってる。そこで、とあるコミュニティにたどり着いたの。 ジンギスカン 70年代にディスコで踊りまくってた30代後半から40代にかけての人は、腰が敏感にうずいてるかもしれない。これは西ドイツの音楽ユニットなんだけど、一昔前に某チューハイかビールのCMでジンギスカンの「ジンギスカン」って曲が流れてたから知ってる人も多いかな。あの、「ジン、ジン、ジィンギスカァ~ン」ってヤツよ。 今は既に解散してるんだけど、彼らの「目指せ!モスクワ」って曲が空耳歌詞で今や大ブレーク中ランキングでは「恋のマイヤヒ」を抜かしてるからね。飛ぶ鳥の勢いよ 俺は今から約10年前、東京FMの「赤坂泰彦のミリオンナイツ」って番組でこの曲を知ったんだけど、あまりにも頭に残りすぎて録音しちゃった。去年なんか中学校体育のダンス授業でこの歌を生徒に聞かせたくらいだし。 彼らの何が凄いかっていうと、ダンスが究極にダサいの 勿論当時の西ドイツではこれが受けてたんだろうね。実際に、この曲はモスクワオリンピックのために作られた曲で、あまりにもヒットしたからジンギスカンのメンバーはオリンピックに招待されたくらい流行ったみたい。でも、映像で見るとダサいよぉ。特にリーダーと思われる国籍不詳(実際には南アフリカ人らしい)の人の服とダンスといったらもうありえないくらいありえなくて。(パソコンで見ているかたこちらまで) この踊りを見ていると思わず、レイザー・ラモンやTみなが君を思い出しちゃった。 みなさん、中途半端はいけませんするならとことん身体を張りましょう
2005/10/15
今日で、マスコットは終わりです。9月から長いことやらせてもらったよなぁ。今日なんか、国歌斉唱の指揮者から、始球式、そんで、最後のお客さん見送りまでフル回転だったよ。雨が降ってて湿気が高かったので、発汗が激しく熱中症気味で未だに頭が痛いですが この一ヵ月半、マスコットに入って色々勉強させてもらったよ。それを中でも一番嬉しかったのは、お客さんに喜んでもらったことやねぇ。最近は香川大学のチアリーダー部と一緒に踊ったりしてるから、お客さんの反応は上々よ。今日も「はよぉ、踊り覚え!(笑)」とか、「来年も宜しく」とか言ってもらったし。 悲しかったことぉ~(悲しかったことぉ~)。それは、いくらお客さんに楽しく絡んでも、帰り際に挨拶しても全くわかってもらえなかったことぉ~。帰り際ってマスコットはもうかぶってないから、当たり前なんだけどね。子どもの夢を壊さないように俺がマスコットに入ってるってことは企業秘密だし。帰り際でもっと絡んでおけばなぁ。俺の高松ライフも今頃は変わってただろうなぁ。 マスコットに入させてもらって一番強く感じたこと。それは、俺ってやっぱり目立ちたがり屋だってこと。ずぅ~っと目だってナンボの世界で生きてきたからね。小学校の参観日から始まり、中学校のオペレッタ、高校の文化祭の司会、そして、大学での裏体育会の設立や、体育会の風紀改革断行などなど。んで、今回の香川オリーブガイナーズのマスコットもそう。でもね、目立っていいところと目立たなくていいところがあるんよ。何度も失敗してきたつもりやから、それくらいはわかってる。(はず) 今回のマスコットは全く持ってメインではないからね。やっぱメインは選手のプレー。俺なんかあくまでも脇役なんだよね。脇役。 でも、いくら頭にあっても、いざ始まると身体が勝手に動いちゃう無駄な動きを多くしながら。もう、ここまできたら、謙虚なんかほっといて目立って目立って、目立ちまくっちゃろうかいな。 この夏、大学の教授に言われた。 「お前は人より頭三つ分出ろ」 って。これ、どういう意味かわかる?よく、人より頭が一個分貫き出てる人っているよね。でも、これじゃぁ、足を引っ張られてしまうの。他のライバルに。要するに鼻に付くんだろうね。でも三つ分だと違う。一個分貫き出てたときのライバルはもう諦めてるよ。ちょうど、アジエンスのCMで、チャン・ツゥィーの髪にうっとりして拍手するしかないブロンドの髪のネェちゃんたちみたいに。 何事にも中途半端だとしないと同じ。どうせやるなら、レイザー・ラモン住谷ハード・ゲイみたく、引かれても引かれてもあそこまでゲイを貫き通すさなくちゃね。 「フォ~」
2005/10/14
文部科学省が平成19年度から小学校での英語科教育の必修を固めたんだって。これってみんなどう思う? 俺の頭に真っ先に浮かんだのは、平成19年度までの国語科教育の更なる充実。何で英語なのに国語なのって思う人もいるかもしれない。でもね、英語だから国語なんだよ。 この国は日本語を国語として扱っている風習があるけど、今、日本に住んでる何割の人が日本語に堪能だろうか。文末までまともに喋らずに会話を成立させようとする子や、自分の気持ちを言語でうまく表現できない子が最近目だって増えていると実感しているのは俺だけじゃないはず。大人にしたって然りよ。俺は別に完璧な日本語を求めているわけではない。自分の日本語に自信がある人って何%いるのかってこと。 俺は、海外諸国に興味があってよく海外に行ったり、国内でもJICA(ジャイカ。青年海外協力隊を派遣している機関)という国際協力機構が開催している勉強会や、山口、広島両県の国際理解教育勉強会にも足を運んでる。その都度、思うこと。それは、 他人を知るためにはまず、己を知れ! ってこと。 大学は山梨県の公立大学に進学してた。そこでね、「山口県出身です」と言う度に、「ふぐを食べさせて」とか、「秋吉台や萩に行ったことがある」とか言われた。もちろん、俺はふぐも食べたこともあるし、秋吉台や萩にも行ったことはある。でも、それらにそこまで詳しくなかったのが本音。だって、ふく(山口県ではふぐのことを幸せを運ぶ意味とかけて“ふく”と言います。)は県下最西端の下関で、秋吉台は県央部の秋芳町。んで萩は県北部の日本海側。県西部出身の俺にとっていずれも、なじみの薄い土地だったの。でもね、こないだのブログにも同じようなことを書いたけど、山口県出身ってことだけで、相手は山口県代表みたいな感覚で喋ってくるのよね。だから、悔しくて、悔しくて・・・ 大学を卒業して山口に帰ってきてまず最初にしたこと。それは、県下全ての市町村及び、史跡巡りだったの。県外の知り合いがいつきても山口県を案内できるようにしておかないと、なんだかとても情けないような気がしてね 山口ぶち愛しちょるけぇね これは、山口県の郷土愛についての話だけど、日本の語学についても同じことが言えると思う。確かに語学は幼少期から学ぶと習得率は高い。でもね、公用語の日本語を魂持って習得する方が先でしょ。日本語がおろそかになるようなカリキュラムだと、英語を必修にする意味がないどころか、日本の魂まで失っちゃうよ! ドイツ語、フランス語、英語、ロマンシュ語が公用語とされてるスイス連邦では今や、英語の影響がすこぶる高いらしい。ドイツ語圏では英語教育の方に比重が置かれてるところもあるらしい。少数派のロマンシュ語圏に至っては言語存続の危機なんだって。近い将来に日本語がこうなるとは思わないけど、やっぱ、故郷の文化に誇りを持てることはかけがえのないことなんだよ。 国際理解=英語ではない。でも、英語は、現在の国際社会で勝負する上で大きなツールだと思う。小学校のうちから英語を導入する考えに俺は賛成だよ。特にリスニングとスピーキングに関しては小学校から大いにやって欲しい。 でもね、忘れちゃいけないこと。それは、自分のルーツとなる言語にプライドを持つこと。これがなけりゃ、英語を小学校のときに習得しても本末転倒さ
2005/10/13
今、走ってきた 今日は軽く一時間走。区間賞獲るためにまだまだ自分をイジメないとね。瀬戸内横断隊のための体力作りもあるし。 走っていて思ったこと。挨拶って気持ちがいいなってこと。小さい頃から言われてたことだから当たり前のことなんだけどね。当たり前だからこそ気持ちがいい。農作業をしているおばさんに「こんばんわ」って言うと、「こんばんわ。頑張ってね。」なんか言われちゃったりして。見ず知らずの人なのに対人距離がグッと縮まった感じ。 俺は島に2年間住んでたけど、今だに顔はわかるのに名前が分からない人がたくさんいる。なぜなら、島では顔を合わす度に挨拶が始まるから、顔を知ってるだけという人がたくさんいるから。本来、当たり前のことなのかもしれないけど。 島の挨拶で新鮮だったこと。それは、時候の挨拶の後に天気の話をするまでが挨拶ってこと。「おはようございます。今日はエエ凪ですぃのんた。」ってな感じで挨拶してた。だから、季節感をモロに感じたね。季節の変わり目や風物詩に敏感になった2年間でした。 東京の人が言ってた。アパートのご近所さんに職業や家族構成を尋ねることはマナー違反なことだって。極論かもしれないけどね。物理的な対人距離が極端に近い都会では、ある一定の人口密度以上になった場合、人を人としてみなしてしまうと、極度のストレスを感じるんだって。人は人であって人でない。必要最小限の人とのみ関わっていかないと、気疲れしてしまうんだって。満員電車で銘々が勝手なことをしている風景が、都会の人間関係を表す最たるものらしい。 これは、田舎大好き人間の俺にとってはちょっと悲しいことだなぁ。都会で会う人会う人に挨拶してると心と身体が持たないのは良くわかるから仕方ないけど、人間の本質からずれている気がする。人間は言葉でコミュニケーションを取る事ができる動物なのに・・・ 今日みたいに見ず知らずの人でも挨拶して会話が増えると、心が軽くなるんだ。みんなはそんな経験はないかな。 今日は、小さな幸せを感じられてHAPPYです
2005/10/12
「桃太郎電鉄」っていうゲームを知っているかな?俺が大学時代にはホンマ、よくやった。“徹桃”と称して徹夜で桃鉄をやってたもん。冬になると徹桃をやったときは次の日の朝は何故か雪が積もってたなぁ。激しかった大学時代の思い出です。 スーパーファミコンやプレイステーションをやったことのある人なら、耳にしたことのある人は多いと思う。全国の駅を電車で回る双六ゲームなの。でも、普通の双六と違うところは、目的の駅にゴールすると次のゴールの駅が変わるところ。勝者はゴールした回数の多い人ではなく、各駅で買いあさった物件によって、一番収益を上げた人になるってのがこのゲームの醍醐味やね。つまり、日本各地の都市の特産品や産業を効率良く買い占めていくことがポイント。もちろん、最初にゴール(目的地)に到達した人には賞金があるから、道草して各駅で物件を物色しているでけでは、不利になってくるんだけどね。各地の名産品や場所を把握していないと勝負には勝てないので、かなり社会科の勉強にもなるんだよ。(だから、徹桃のメンツに社学が多かったのか) このゲームではプレーヤーが電鉄会社の社長になり切り、秘書を連れて全国を電車で旅するんだけど、経営に失敗したら色々な物件を売っていかないとならないのね。赤字経営を防ぐために。でも、例外が一つだけある。それは、いくら大赤字になっても農林物産だけは売却できないってルールになってんの。田んぼや果樹園を売ろうとすると秘書がこう言うんだ。 「社長農業は国の礎ですぞ売ってはなりませぬ」 俺は離職してんだけど、全く収入がないわけではないんだ。アルバイトみたいな感じで実家の農業を手伝ってる。俺の実家は兼業農家で米やキャベツなど作るものが多くてね。祖父が経営者でそれ以外の身内は労働者って形態で時給制になってるの。だから、いくら不作でも親父やお袋には働いただけの収入(小遣いみたいなもんだろうけど)が入ってくるんだよね。今年は俺が8年ぶりに実家に戻ってきたので、俺もその枠組みの中に組み込まさせてもらってます。 今の時期は稲刈りだね。今日は親父は会社を休んで稲を刈りまくった。俺が小学校のときに比べて機械の進歩が著しいんだけど、やはり、稲刈りの作業は基本的に重労働だよ。だって、米って重たいんだもん。 日本の食料自給率って何パーセントか知ってる?約40パーセントらしいよ。だから日本に住んでいる人は食事の60パーセントを海外からの輸入に頼ってるわけ。60パーセントって実感沸くかなぁ。簡単に言うと、日本政府が外交に失敗して、海外の国々と喧嘩しちゃったとする。そして、輸出入が途絶えると、俺たちは5日に2日しかご飯が食べられないってこと。いきなり、平日ののうち2日しか食事を口にできないってことになってごらん。恐ろしいよね 実際に、BSE問題でアメリカの肉を輸入しないと決めたとたん、吉野家が赤字経営になったでしょ。それくらい外国産の食材にたよってるってこと。今の日本は。 俺の実家は戦後のGHQ農地改革で、田んぼを当時の小作人にことごとく所有されてしまったらしいんだけど、それでも依然として広い。でもね、俺が小学校か中学校のときだったかなぁ。いきなり、農協のほうから米を作るなって言われてね。保証金を出すからいちじくを作れ!(おいらの町はいちじくを特産品にするつもりだったらしい。)って話になったの。覚えている人も多いかな。日本全国で行なわれた「減反政策」ってやつ。当時の俺でも違和感を感じたのを覚えてるよ。だって、農作物を作るなって考え、根本的におかしいもん。人間は食べなかったら死んじゃうんだよ。人の口に運ぶものを作る産業は、どの時代でも廃れることはないはず。 それで、どうなったかというと米不足になった。世間では米が足りなくなり、タイ米を輸入した年があったのを覚えている人も多いんじゃないかな。和食に会うようにタイ米をアレンジした家庭が多かったようだけど、タイ米はジャポニカ米と違って粘度が低いから、学校に行ったら「タイ米はまずい」って言ってた人が多かったのをよく覚えている。俺はそのときは運良く実家で採れたジャポニカ米を食べてたから、タイ米に対するそんなイメージはないんだけどね。おかげで今では東南アジア料理フリークですぞ 今日、稲刈りをしていて思った。やっぱり農業は国の礎なんだって。農業に限らず、第一次産業は決してなくなることはないと思う。むしろ、自然を敬意を払わずに自分たちの都合良いようにしてきた我々にとって、これからクローズアップしていかないといけないのは、IT産業ではなく第一次産業なのさ。きっと。 そう考えると、自然の中で暮らしている今の自分の環境が幸せに思えてきたぃね。
2005/10/11
ってある?今までの人生の中で。俺は何個かあるんだけど、昨日もらった言葉は特別やったなぁ。 昨日は博多に行きました。世界一周の参加者交流会があったから。世界一周は個人で行くんじゃなくて団体で行くんだ。(まだ個人で行けるほどの勇気がないの)約850人が一つの船を貸し切って行く。PEACEBOATというNGO団体が企画してます。1人でも多くの人に旅をしてもらって世界の現状を生で感じて欲しいって趣旨だから、他の旅行代理店の企画に比べてはるかに安いのね。観光というより、現地の人と交流をしたり、船上でのディスカッションから実際に現地でのフィールドワークにつなげたりと、世界の情勢を目の辺りにする機会を設定してあるのが、このクルーズの一番の魅力なんよ。 俺は過去何度も申し込んでたけど、色々な都合で何度も延期してきた。でもね、今回のクルーズは、8月の離職があったから乗船する気マンマンだったの。だって、3ヶ月も旅をするからね。日本だと3ヶ月も有給休暇をくれる会社はなかなかないよ。だから、離職ってのは世界を一周する上でかなりタイムリーな出来事だったのね。 でも、昨日はなんだかとっても憂鬱だった。何故かと言うと・・・・・・ 俺、仕事辞めて高松に行ってんじゃん。アイランドリーグと自分のために。でね、専務取締役(実質の副社長)の人に直接、来期の球団職員の打診をされたってこないだのブログに書いたじゃない。実はね、昨日博多に行く前に球団職員募集詳細のメールが届いてたの。これはかなり有難い話だよ。 アイランドリーグには今、かなりの流れが来てる。国内外からの注目度が高い。最近はニューヨーク・メッツのスカウトによく出会う。昨日の高松での試合なんかスカウトにアピールするために、両チームエース級のピッチャーの継投だったみたいだし。まだ交渉の段階だけど国内でもNPB(セントラル・リーグとパシフィック・リーグのこと)の三軍構想もあるみたいで、来期からはぐっとリーグの価値が変わってくる。アマチュアの実力選手は下手に社会人チームや大学に入るよりも、まずはアイランドリーグをトライアウトするんじゃないかな。それくらいプロ(まぁ、ILの選手も給料制なんで一応プロですが)に近いリーグになりそうってこと。 それでいて、まだ黎明期のリーグでしょ。仕事は派半端じゃないだろうけど、自分たちでリーグの流れを新たに作っていくことがかなり魅力なんだよね。 こんな、仕事の募集を幹部の人から直接もらったんだけど手放しで喜べなかった。 それはね、募集詳細メールには“募集時期が1月から2月”って書いてあったのね。つまり、面接をさせてもらえるのが1月から2月の間ってこと。これは、痛かった なぜならね、世界一周旅行が今年の12月26日から来年の3月31日までだから。俺、日本にいないじゃんんん 思わず、「船の上で面接してくれよぉ~」って叫んじゃったよ でも、実際はそんなことはキビシイわけで二者択一をしなくてはならない。せっかく必死こいてボランティアしたのが認められたってのに悲しいオチなんだけどね そんな感情もあって、俺の心は石毛代表の心意気に傾いていた。つまり、最後の気持ちの確認をするために博多の参加者交流会に出席したと言っても過言じゃなかったんだ。 しっかぁし、交流会に参加すると参加するで、世界一周を中々あきらめ切れなくなっちゃったの。だって、世界を一周して色んな国の人や自然と出会うなんて、いつでも気軽にできないじゃない。しかも、今回、俺が一番期待してんのは地球大学っていう企画。これは前出したけど、船上で色んな国の人たちとディスカッションをして実際、現地でフィールドワークをするという授業なの。今回は南アフリカの貧困についてのディスカッション。既にテキストやレポート用紙も届いているんだけど、かなりアツイ企画なんだよね。俺は大学時代は初等教育学科ってとこにいたんだけど、比較文化って学科の授業も何コマか取ってた。(Kたべ曰く比文系初教)このときの勉強の答えを見つけに行けるってのも大きいし。 参加者の話やスライドを見てると、このタイミングで世界一周をするのが俺の選ぶべき道のような気もしてきたし。アイランドリーグに入るのもこのタイミングと思ってきた俺にとって、かなり、悶々とした心苦しい時間だった。 そこでね、PEACEBOAT参加者したことのあるスタッフにこのようなことを言われたのさ。 「世界一周しても後悔したら、お金、返すわ」 って。なんだか、頭を鈍器で殴られたような感じだったこの言葉で PEACEBOATは営利を目的にしている団体じゃないから、乗船者が多ければ多いほどスタッフが儲かるってわけじゃないの。ただ単純に1人でも多くの人に世界を見て欲しいからって理由で船を出してる。だから余計にこの言葉に真実味と重さを感じたんよね。 それっちゃそれ、それ 今の俺には世界一周の方が優先的なのさ。日本での自分がしたいことは世界一周から帰ってきてもいくらでもできる。まずは、若いうち、特に職場を離れて客観的に物事を見れるこのときに、世界を一周することに俺は価値を感じました 少しずつ進む道が見えて来たど
2005/10/10
みんなはどう?今の自分に必要なこと。自分でわかる?これってそう簡単に感じることじゃないかもね。でもね、昨日の結婚式2次会ではそんなことを直感する衝撃的な瞬間があった。 結婚式にいらした人の中にシーカヤッカーの人がいたって話は昨日のブログで書いたけど、その人たちが毎年行なっている企画がある。それは、瀬戸内海をシーカヤックで横断する「瀬戸内カヤック横断隊」。知る人ぞ知るプロシーカヤッカー内田正洋さんの提唱で始まったこの企画。地図を見てもらったらわかるけど、瀬戸内海の西の玄関口は山口県祝島で東の玄関口香川県小豆島なんよね。その間を1週間で漕ぎ切ろうという試み。こりゃ相当アチィ企画だよ。俺はまだこの企画の熱さが十分に捕らえきれていないかもしれないけど、カヤッカーにしてみれば鳥肌モンの企画と思う。 実は俺が祝島に赴任した年に始まった企画だから今年で3回目。俺は第2回の出発前夜に祝島で横断隊の出発祝いに混ぜてもらったから知ってはいたんだよ。 そして、昨日、自分の身の上話をしていたら、とあるシーカヤッカーにこう言われた。 「お前、暇なんだったら横断隊に来いよ。」 おっそうよ。それそれ 俺は間髪入れずに承諾した。だって、これは今の俺に必要なことだったんだもん。 祝島中学校赴任時は丸一日体育の授業にして、「祝島をカヤックで一周しよう」てな、他の学校ではありえないようなカリキュラムに変更していたくらいだから、カヤックにはかなり興味があった。でもね、カヤックに興味があるくらいじゃぁ、この企画には参加しきれないと思う。だって、瀬戸内海を1週間漕ぎ続けるんだからね。しかも、補給援助は一切受けずに自分の責任のみで漕ぎきる。ここまでの企画は生半可な気持ちではとうてい不可能。 俺はね、この企画に自分の将来の価値観を託したいんだ。今までの自分のあまぁ~い人生を振り返ると同時に、自然から人生訓を教えてもらうまたとないチャンスだと思うの。しかも、人類の故郷の海にどっぷりつかるわけだからね。今まではどうしても陸から海を見てしまいがちだったけど、今度は四六時中、海から陸を見ることができる。価値観が人類の原点に戻るんじゃないかな。 この体験を終えたら人間性が太くなると思う。そりゃ、俺はこんな長い距離を漕いだことはないから、想像以上に心身が衰弱するかもしれない。でもね、そんなことは大した問題じゃないんだ。漕ぎ切ったときの自分に会うために参加するんだよ。この企画を体験した後の自分ってのがとても楽しみなの。何かかけがえのないものを得てる気がするんだよね。 これが今の俺に必要なこと。 俺の挑戦、また、新たに始まります
2005/10/09
今日は祝島にいます。なぜかというと、俺が祝島在住時にお世話になった人の結婚式があったから。島の結婚式としては21年振りみたいよ。民放テレビ局も取材に来てたから、山口近辺に在住の方は明日のローカルニースをチェックやね ホントにめでたい日じゃ! 新郎・新婦さんの関係者が100名近くいらしてた。本当に幅広くいらしてたよ。親族同級生はもちろんの事、シーカヤッカー、祝島近辺の離島の青年、稚内の牧場主さん、そして県議さんまで。新郎・新婦の人脈の広さを感じた結婚式でした。 だから、自然と色んな社会の話が聞けた。本当に貴重だったよ。俺自身の甘いところしかと見定めました。若者は若者で二次会の場所があったんだけど、最初、俺は若者でない人(語弊があったらすみません。)の2次会に参加してた。だって、今日のチャンスを逃すと当分話が聞けそうにない人ばかりだったんだもん。 そこで、色々勉強させてもらいました。 俺が共感した話を一つ。 日本は恵まれてるよ。何が恵まれてるかって?そりゃ教育だよ。 去年、俺の友だち(カンボジア人とラオス人)が祝島中学校の文化祭に来たんだよね。そこで、開口一番、こんなことを言ってた。 「(全校生徒)2人なのに学校があることが凄い!」 俺は極小学校に2年もいたから、あまり違和感を感じなかったけど、海外から来た人からすればそうなんだよね。去年は2人の生徒のために教員が4人も付いていた。その教員の年間人件費だけでもざっと1000万円は超えるよ。それに加え、事務員や非常勤講師、学校維持費などを加えると、年間に相当出費していたはず。やれ、不景気だの、やれ、三位一体だの言ってる日本でも、離島に関して言えば生徒がいる限り学校は存続するんだよ。 これが、ラオスやカンボジアだとどうだろう。まずありえない話みたいよ。学校ってのは都市にあるだけで、地方の子は寄宿舎に寝泊りするなり、学校に行かずに家の手伝いをするなりしないといけないみたい。勉強してくてもできない子どもってイッパイいるんだよね。その東南アジアの友だちに言わせてみれば、日本は幸せなんだって。確かにそうやなぁ。 勉強する機会を失うとどうなるのかと考えてみた。 文字が読めないことに対する弊害もあるだろうね。病気になってもどの薬を飲んでいいかわからない。俺の知ってるチベットの人は、自分の弟が学校に行ってなかったから字が読めず、風邪を引いたときに誤って農薬を飲んで死んでしまったんだって。だから、その人は日本でお金を稼いでチベットに学校を建てる活動をしている。 その他の弊害もあるよ。選挙になって政治家が偉いこと言ってても、どの候補の政策理念を支持したら良いのか自分では判断がつかない。んで、身近な人が投票している人に投票するしかなくなってしう。これは、危険だよ。為政者にとってこれほど都合の良い話はないけど、誤った方向に進むと国全体がとんでもない方向に行ってしまう。例え結果オーライの方向だったとしても、その結果を生むまでの過程の不備さにお気が付かなければ、新たな過ちを繰り返してしまうだけさ。 日本では色んなことに賛否両論が沸き起こる。でもね、一方的に国民が反対だったり、一方的に国民が賛成だったりすると、その問題は解決していかない。為政者の都合の良い方にしか進まないからね。強力な賛成意見にはそれに見合うだけの反対意見が必要と思うの。そうでないと建設的に問題が解決していかないからね。 これが、教育を満足に受けていない子が多い国だったらどうだろう。反対なら反対、賛成なら賛成と一方的になっちまうよね。これは危険だよ。大勢翼賛と同じさ。自分でしっかり物事を考えられる人間。これが今の世界に求められているのさ。 日本もまだまだ捨てたもんじゃないぞ! 起ち上がれ若者
2005/10/08
みんなは、上の○○に何が当てはまるかな?アルコール?それとも仕事?えっ?ここでは言えない?まっ、いっか 色々あると思う。 俺は2つ当てはまる。1つ目は、やっぱりここでは言えないけど、2つ目は【野球】なんだよね。高校3年の夏の大会で負けたときには、「もう、野球をすることはないな」と思ってユニフォームなどの野球用具を後輩に託した。でもね、大学に入って野球部の練習風景を見たら無性にやりたくなったの。大学時代こそは野球以外のことに没頭するぞ!って思ってたけど無理やったねぇ。身体が過激に反応してるんだもん。 「ヤッてることと言ってることが違う」ってどやされた経験を持つ人(ホラ、これを読んでるそこの君だよ)ならわかるはずだけど、いくら頭で思ってても身体は正直なんだよね。 大学のときもそうだった。4年の3月に、野球はしないからと言ってバットやらバックやらを後輩に無料オークションして、渡したんだよね。 でもね、最近のイライラを分析してみると、やっぱ野球が出来てないからなんだよ。いくら走ってみても、爽快感の裏に妙なもどかしさが残ってる。これは、野球が出来ない苛立ちだったんだんよね 何でそれが分かったかって? 実はね、今日は12月の町内一周駅伝で区間賞を取るためにマラソンシューズを買いに行ったの。今までになくマジモードやから、ジョギングシューズでは満足いかなくなっちまったのよねぇ。でね、何軒かスポーツ店を廻った結果、最後に手にしてたのは、木製のバットだったのよ 無意識だったんだろぅねぇ。何だかバットを手にすると落ち着いちゃってさ。精神安定剤みたいな感じかな。マラソンシューズ買わずにバット買っちゃった。 ローリングスの赤バット これがなかなかイケててねぇ。かなり愛着沸いてんだ 俺の息子みたいなバットだよ みんなは、こんな中毒経験あるかな? 俺は、当分1人でバット振ってるよ。1人○ッ○ならぬ、1人野球にしかならないけど精神が安定するのさ。
2005/10/07
♪ CRY! 今も 15の好奇心だけ TRY! 時を 越える宝物なのさ 心のまま 転がり続けろ これは HOUND DOG の中でも俺のフェイボリットソングやねぇ。「15の好奇心」って曲の歌詞の一部。15歳のときの好奇心って大人社会を知ると忘れていく人が多いんじゃないかな。忘れたくなくても、あえて忘れなくてはならないような環境に置かれている人も多いと思う。 俺はなるべく15歳の好奇心を大切にしようと思ってる。俺とざっくばらんに話したことある人ならわかるよね。俺の会話の内容が中学校レヴェルってことに(笑) 俺はね、誰に何と言われようとも中学校のときに抱いた好奇心のまま、この社会を生き抜いてやるつもりなんだよ でもね、環境って怖いさ。前のブログにも書いたけど、よっぽどの思い入れや反骨心がないと何十年も初心を貫徹するのは難しい。そんな惰性で巻かれてしまいがちなときって、尊敬する人の存在って欠かせないんだよね。 今日は私用で周防大島に渡った。時間があったから去年の職場の同僚の先生が勤めている学校に行ってみたんだ。すると20人弱の生徒を相手に部活指導をしていらした。俺の車に気がつくとすぐに来て下さってねぇ。嬉しかったよ。部活は陸上競技。今週末の試合のためにみんな張り切ってた。 でね、そこで、その先生、すんごく輝いてたんだよね。別に大声で仕切ってたわけでもないし、みんなを一斉に統率していたわけでもない。短距離の練習をしている生徒が居る中で砲丸投げの子の練習にマンツーマンで付き合ってたんだよね。でも、何とも言えない存在感。周りの子どもが慕ってる雰囲気がすぐに伝わってきたよ。 去年の職場は生徒が少なかったから、運動会では職員も混じって参加してたんだよね。んで一昨年度のメインイヴェントは一輪車。全校生徒は3人だったから職員も一緒になって回らないといけなかったんだよ。それでね、その先生は2学期になって一輪車に挑戦し始めたの。当時の年齢は56歳。56歳から一輪車だよ そりゃ、定期的に運動していない56歳と、定期的な運動をしている56歳では、運動感覚が異なるけれども、56歳から一輪車を始めるとはねぇ。正直、ビックリした。 それでね、本番まで2週間しかなかったんだけど出来たんだよ。一輪車に乗れたの これは、すごいことだよ。一輪車って水泳や自転車のように臨界期があるから、大きくなって身に付けようとすればするほど難しいはず。それでも、その先生は一輪車に挑戦したんだよね。そして、結果を出した。これは、ほんと、好奇心の塊がないと出来ない。 今日、その先生が1人で指導している姿を見て、思わず冒頭の歌詞を思い出した。ちっちゃな頃の好奇心を持ち続けられるということは、とってもハッピィなことだと思うんだよ。 その先生が生徒に接している姿って前向きなんだよね。口調は穏やかだけど、好奇心イッパイで語りかけてるの。おそらく生徒はその先生の生き様をしっかり感じていると思うよ。だって、その先生、凪の日は1時間半くらいかけてシーカヤックで通勤してるときもあるんだから そりゃ、生徒でなくても一目置くさ。好奇心で挑戦するその姿に。 そんな人が身近にいるおかげで、俺の15の好奇心は保たれたままです。 さっそく家に帰ってから俺もジョギングに出陣 あの先生を見てるとなんだか無性に身体を動かしたくなったのさ! 12月の駅伝で区間賞取るど
2005/10/06
俺って、昔からテレビはあまり見ない人。ニュースやスポーツは見るけどそれ以外って、客観的に見るとつまんないんよ。ドラマはなんだかんだ言って視聴率優先だからね。だから俺は映画派。 それと、この国のバラエティーは人をけなして笑いを取る雰囲気があるからね。あれがスカン。からくりTVのご長寿クイズなんて、儒教の影響の高い中国や韓国の人は笑えないらしいよ。お年寄りを馬鹿にして笑う感覚がおかしい!んだって。全く同感。 そんなこんな動機があって、中高生のときはもっぱらラジオっ子だった。んでね、もっぱら深夜放送専門の葉書職人だったのよねぇ。葉書職人って最近では使われないっしょ。残念 番組リクエストはメールで送る時代になっちまったからねぇ。 全国版のラジオにも何度か読まれたけど、俺は山口版のラジオが好きだった。なんか距離が近いのがいいじゃん。 俺が中1のときに友だちから紹介された番組、それがFM山口の「きおつけ!ヤスベェ」だったのよ。 これは当時の俺に外の世界を知らしめてくれた番組だった。ぶっちゃげお子ちゃまにはアブナイ破廉恥番組だったんだけど・・・ でもね、この番組で今の俺の芸風は作られたんよ。ヤスベェこと、大谷泰彦という主任講師のもと、リスナーの葉書のみで進行していくというミッドナイトスクールだったんだよね。かなり、熱く激しい番組だった。 昨日の夜、その当時の番組テープを聴いてたら妙に懐かしくなってねぇ。mixiというソーシャルネットワーキングスキルサイト(要はネット上で新旧の友だちに出会うサイト)でコミュニティー検索すると見つかったの。ぶち懐かしかったねぇ。(mixiしてらっしゃる方はこちらまで) 自分の過去って時々戻りたくなるよね。その当時の自分を無性に振り返りたくなる。その当時に今の自分の本質が詰まってたり、ターニングポイントが埋まってたりするから。 今の俺の原点は中高生時代のラジオ!これに尽きる。 やっぱ、メディアの力は大きいよ。俺もそろそろメディアに露出するときかなp.s. ちなみに俺の音楽の師匠はDJ赤坂泰彦でした
2005/10/05
最近、色んな人と出会う機会があるんだけど、その都度、自分のちっぽけさを感じるのさ。 昔から自分はゼッタイ的な人間だと思ってた。3歳のときに自分は200歳まで生きれるって思ってた。自分はウルトラマンなんだと思い込んでて、車にぶつかるべく道路に飛び出したときもあった。(でも、車にはね飛ばされちまった)小学校時代はクラスで一番喧嘩が強い奴に勝てば強いんだと思って、その当時の番長をオルガンに投げ飛ばしたこともある。中学校時代はこのまま野球をすればプロ野球選手になれると本気で思ってた。高校時代は1日素振りを500回すれば甲子園に行けると思ってた。予備校時代は机に長時間付いていさえすれば志望の大学に受かると思ってた。大学時代は体育会の雰囲気を変えれば大学の校風も変わると思ってた。 でもね、俺って絶対的な人間でもないし、まだそこまでBIGな人間でもないんだよね。世間に俺より行動力のある人がいるんだよ。確かに。 出会ってもそう感じる人もいる。新聞やニュースを見てると、エライでかいことしている人もかなり多い。俺なんかまだまだなんだよね。 まだまだなんだよ。まだまだ。
2005/10/04
アイランドリーグは試合前に国歌を歌う。しかも、ホームの選手が毎日日替わりでアカペラで歌うの。日本のアマチュア野球界ではあまり見かけないけど、まっ、メジャーリーグでは試合今前に国歌を歌うのは当たり前なので、それにならってるのかな。 でもね、正直、歌が上手くないんよ。音痴とか、そんな話ではなくて、選手らはホンマに国歌知っとるん?学校時代にまともに歌ってた?てなレベルなの。 俺の大学は公立で国立の滑り止め日程が併用できるとあって、全国から学生が来てた。国公立大学には珍しい、下宿率が9割台とかいう話も。だからね、日本の文化が身近に見れたの。それは、それは、すんごく楽しかった。東北の人は芋を煮てパーティするんだ、とか、福井の人は、コップ一杯にお酒を注ぐときは「つるつる一杯」って言うんだとか、鹿児島や宮崎の人に「お酒」と言ったら日本酒ではなく「焼酎」が出てくるんだよか。もう、あげるとキリがない。 でも、俺が一番びっくりしたこと。それは、君が代を学校で習っていない県があったって言うこと。今でこそ、法律で国歌は歌うことになってるけど俺たちのときは明文化されてなかったからね。でも、自分の国の歌を知ってることを当たり前と思ってた俺にとって、この事実はかなりショックだった。 国際化が叫ばれている昨今、一国の主が、「日本は単一民族だ」と、かなりゆがんだ発言をかもしだすような風土のあった日本も、様変わりしてきた。先住民や在日朝鮮・中国人を初めとする東アジアにルーツを持つ国民が多いのもさることながら、最近ではブラジルなどの南アメリカ諸国からの労働者も増え、公立学校のポルトガル語、スペイン語の補習授業も珍しいことではなくなった。 サッカー日本代表の試合前の映像は見たことある?俺は物心ついたときからこの場面ですんごく気になることがあるの。それは、 「もっと、口大きく開けて歌えよ!」 ってこと。他の国に比べて日本代表の多くは歌おうとしない。中には歌ってない人もいるし。そりゃ、確かに試合前に国歌が流れても歌わなくてゲームに向けての瞑想しててもいいんだけど、やっぱ、自分の国の歌が流れたら口ずさむのが自然と思うよ。他の国の選手を見ててもそこは特に感じる。 でもね、これには例外がある。歴代日本代表で日本に帰化した選手、つまり、日本という国で日本人として産まれたわけではない選手は、口を大きく開けて歌ってんの。俺の知ってる限りでは、ラモス瑠依、呂比須ワグナー、三都主アレサンドロ、そして最近では田中マルクス闘莉王などの選手は大きな口で国歌を歌ってんだよねぇ。まるで、自分のアイデンティティーを確かめるように。 確かに君が代の歌詞は、現憲法に照らし合わせてみてもそぐわない部分があるのも確か。でもね、自国の過去の歴史に自信が持てなくなってる風土はゼッタイおかしいと思う。これを右よりだの左よりだの言う人は勝手に言ってりゃいい。こんな話は右とか左とかの類じゃないでしょ!自分の存在意義や帰属意識を確認することは人間社会を生きていく上で当たり前のことなんだから。 俺は海外旅行が好きなんだけど、海外に出ると今まで以上に「日本」そして、俺の場合は「日本人」ってのを意識するんだ。こんなのごく自然のことだと思うよ。自国の文化を不勉強のまま、海外に行くとえらい目に遭うからね。自分が日本のパスポートを持ってる時点で、訪問先の人にしてみれば自分のことを「日本代表」にとして見てくるの。反対の立場に立ってもそうなるでしょ? よく、定年退職して、自分のルーツを探って自分史を発刊する人がいるけどまさに、この感覚なのだと思う。 もっと、分かりやすい事例で説明しようか。 野球が好きな人はこの国に多いと思うんだけど、夏の甲子園大会で自分の出身県の高校を応援するじゃない。あれがまさにそう。自分の帰属意識を確認してんだよねぇ。まずは、地方大会で母校を応援し、母校が負けたら母校を負かした高校を応援する。んで、甲子園では自分のふるさとを代表して出場した高校の応援をする。こんな経験をした人は多いんじゃないかなぁ。特に高校を卒業してふるさとを離れた人に限ってこの傾向は強い。そりゃそうだよね。さっきのパスポート持ってると「日本代表」として見られる、って話じゃないけど、自分のふるさとを離れてみて初めて、ふるさとをしみじみと見つめる機会に恵まれんだよ。 だから、転勤族の人って自分のふるさとを探すのに苦労するみたいよ。思春期に一定の場所に住んでたらまだしも、思春期に色んな土地を転々とした人は、なかなか、自分探しに時間がかかるみたい。 ちょっと、例え話が長くなっちまったけど、俺が今日言いたいことは、 自分のふるさとにプライドを持とう! ってこと。確かに君が代の歌詞は旧憲法(明治憲法)の意図に沿うように作られているかもしれない。でも、それはそれでいいじゃん。それがこの国の歴史なんだから。要はその歌詞やその歌詞が生まれた経緯を勉強した上で、現在に於いても自国の文化や歴史に自信を持って歌えばいいだけのこと。 ちなみに、フランスの国歌なんてかなり血生臭くてエグイ歌詞だよ。さすがに小学生に歌わせるのは教育上好ましくないと言って反対運動が起きているらしいけど。でもね、あの歌はあの国の歴史を物語ってる歌詞だから俺はそのままでいいと思う。いや、そのまま“が”いいと思う。 要はふるさと、引いては自分の歴史を振り返ることが自己を肯定する力につながるのさ
2005/10/03
野球をしてると必ず聞かれることがある。経験者ならもうわかるよね。「何高校出身?」っての。この国には高校野球という単独のカテゴリー文化があるから、野球に興味がある人ならかなり気になるところ。でも、甲子園常連高校出身なら全国区の知名度だから即答できるけど、地方大会止まりの高校出身の人はなかなか口に出しにくい。 でも、俺は違うよ。母校にプライド持ってるもん。高校時代は弱くて勝手も2回戦程度で、伝統もない高校だったけど、真っ先に口にするね。 ここ、高松でも何度か聞かれた。その都度、「Kまげ南高校です。」っと答えると「あっ、知ってるよ。」との声が以外にある?えっ?何で?甲子園大会に行ったことはないよ?しかも俺たちの頃までは県大会決勝大会にも行ったことないんよ?何で??? 答えは簡単。Kまげ南高校野球部の宣伝をしてくれてる人がいるからなんだよね。大阪で「おはようパーソナリティ道場洋三です」という番組のパーソナリティをしている道場洋三さん。彼は根っからの阪神ファンらしく、この番組のスポーツコーナーは阪神が勝ったときと負けたときはテンションがえらく違うらしい。関西の人に結構支持されてるみたいなんよ。 んでね、この番組の裏目玉がKまげ南高校野球部なんやって。甲子園予選で勝ったときには必ず校歌を公の電波で歌うみたい。だから、関西の人はKまげ南高校を知っている人が意外にも多いんだって。この話は高校時代に野球部の部長から聞いてたけど、まさか高松でも知ってる人が多いとはなぁ。さすが、道場さん。俺も郷土愛を見習わなくちゃ 俺も影響力のある人間になって郷土を広めるど 期待しちょってね、Tぶせのみんな
2005/10/02
今回は問題提起のブログにしてみた。みんなからの意見がほすぃ~ 昨日の島スタイルの編集長と政治について高ぶる想いをぶつけてたんだけど、ふとしたギモンが・・・ 今の政府は三位一体とか言って、中央の権限を地方に移す政策を行ってるんだよね。んで、ホレ、金はやるから合併しろだの、地方の権限を増やす代わりに予算は自分たちでつけろだの言ってんの。でも、財源が潤っていたり、自治体の幹部が独自の政策を捻り出している自治体はなんとかやってけんのかもしれないけど、基幹産業がない自治体や、合併特零債を手にしなかった自治体(おいらの町)は国からの助成金が減るから、財政的に明らかに困る。んで、やれ赤字だの破綻だの言ってるんだけど、自治体って破綻したらどうなるの???? 企業は破綻したら倒産だよね。でも、自治体は財政が破綻したらどうなるの?首長(市長や町長、村長)が首になるの?公務員はいきなりニートに変わるの?義務教育が有料ってこと?う~ん、イマイチ姿が見えない 実害がまだないからかなぁ。でも、自分たちのことだから考えないとゼッタイまずいと思う。将来を担う若い人は特に 俺の大好きなゲームに「Sim City」ってのがある。スーパーファミコン世代なら分かる人も多いと思うんだけど、自分が市長になって、街作りをするという、シュミレーションゲーム。俺ははまりまくリスティだった んで、人口比に応じた工場の立地条件や住宅地の配置で、移住率が変わってくるの。税率も街の状況に応じて変動させないといつの間にか人口が減って税収減で、えらい事になんだよね。俺は税収が減ってまずしたことは、道路維持費の削減、消防署などの公共機関を減らす。 するとどういうことになるかというと、道路が破損して車が通れなくなる。火災が起きても燃えっ放しになる。警察署が少なくなるから犯罪が至る所で起きる。ってな感じ。だから人口も減るんだよね。人口が減ったら公共機関も必要なくなるじゃん!って思う人も多いかもしれないけど、従来の公共機関や施設って放置されんのよ。まっ、分かりやすく言うと放置プレイみたいなもんかな 道路も朽ち果てたままだし、公共施設も廃墟のまま。だって、道路を短くしたり施設を取り壊したりするだけでお金がいるからね。 これはあくまでもゲームでの話だけど、自治体が破綻したらこんなになるのかなぁ?もし、そうだとしてら、ぶちおとろすぃ~よね 自分のふるさとがゴーストタウンになっちまうんだよ。ふるさとも何もあったもんじゃない。 俺の住んでる町は、合併しなかったからあと2年分の財源しか見込めないというもっぱらの噂よ。実際に、台風被害で破損した橋は工事中という名の下で見捨てられてる(財源がないから工事着工が当分の間延期)し、子どもの給食費や介護用おむつのサービスが停止したりしてる。こないだの議会でも財政節減のことをやってたから、これからもっとサービスが減ってくると思うよ。要は住みにくい町になるはずよ。裕福層だけが生きていけるんじゃないかなぁ。公立学校はまともに先生も雇えないから私立に進学させ、警察官は少なくなり治安は悪くなる一方だから、お雇いガードマンを配属させる。これは全て一部の事業成功者しかできないよ。多くの人は不満と隣り合わせの生活をするしかなくなる。 なんだか、珍しくネガティブなブログになっちまった。でも、一大事だよ、こりゃ 俺は町長になるって野望があるから、俺が町長だったらどうするかなぁって考えた。ありきたりなのは企業誘致や財政削減なんだけど、これって当たり前過ぎて失敗しそうで怖い。何かこれプラスアルファーの政策が絶対に必要だと思う。例えばその自治体が持っている誇れる分野の価値を高めていくとか、色んな自治体と提携事業を起こすとか。 でも、考え出すとちょっとづつ不安が期待に変わってきたぞ 今日のお題は「自治体って財政が破綻したらどうなるの?」です。 みんなの考えを聞かせておくれんで、破綻にならないような方法についても知恵を出してみようやぁ。妄想族の方、出番ですよ
2005/10/01
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