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よく、羅針盤って言葉を耳にするよねぇ。今日はそんな出会いがあった。 昨日のブログにも書いたんだけど、今日は近くの周防大島という島で【島スタイル編集長】っていうアツイ活動をしている人と会食をした。島出身の人で俺より1つ年上の27歳。東京からUターンして島に戻り、島の未来に革命を起こすような活動をしてる。具体的には、島に若者が移住しやすい環境を整える活動をしている。情報誌を発行したり、ラジオ番組を作成したりと幅は広いよ。久々に同年代で尊敬する人に出会った。 昨日も書いたんだけど、出会ったきっかけは第三者の仲介。俺と同じような人がいるって話だったのね。んで、彼のサイトに飛んで見ると、活動がアツイじゃないのぉ 出会ってもないのに勝手に意気投合して、今回のセッティングを設けさせてもらった。 場所は知る人ぞ知る、カレーの聖地、オレンジシャワー 話は多岐に渡ったよ。彼の活動から、俺の近況、教育論に始まり、選挙、町の将来から道州制に至るまで。全てにおいて話は尽きなかった。んで、全体的に感じたことが一つ。彼のセリフって俺の内面に近いんだよね。なんだか、俺の内面を代弁してくれているみたいだった。だから、自分の甘いところもどんどん代弁してくれる。もちろん、彼は無意識なんだろうけどね。 彼からもらったセリフで一番印象深かったこと。 「結局はプレーヤーしたいんだと思うよ」 ってこと。これはホンマピンポイントだった。スポーツの話やアイランドリーグの話もしたんで、ここでのプレーヤーってのは、スポーツ選手って意味合いも含まれてるんだけど、主な意味は「働く上でのプレーヤー」ってこと。実際、自分が主導で働くってことを指してんの。事業を起こすにもしかり、町長をするにもしかり。結局は俺は自分で決めてそれを自分でしないと気が済まないタイプだ、ってことを言ってくれたのね。 そうなんよ。そう。まさにそう。なんだか心が軽くなった感じ。俺の中にあったモヤモヤをうまく拾ってくれたって感じなのね。俺はそんな人間なのさ。まさに無意識の意識が意識化された瞬間よ。近くに俺の方向付けを意識させてくれる人がいて嬉しかった。 どんな場所に居ても、自分主導で動けないのは肌に合わないと思う。それに耐えることに価値を見出せてる人は、また、考えが違ってくるんだろうと思うけど、俺はそういう人たちとは違う星で生まれた気がする。世の中に少しはこんな人いてもいいっしょ コメントで色々書いてくれてる、大学時代の体育会会長や、昨日出会った野球部の後輩も言ってくれたけど、俺は俺にしかできないことしかできないんだよ。きっと。 ホント、離職してから人間付き合いの幅が一層広くなった。おそらくウン十年後、彼は周防大島町の町長候補さ。んで俺の野望はTぶせ町長だし。知り合いには周南市長を狙ってる人もいる。こりゃ、同士で政治塾でも結成して将来の山口県、引いては長州の羅針盤になってくしかないね! と思ったら、心が軽くなった。よし、今の環境を大事にしてこのままの方向性で行くど
2005/09/30
よく、彼氏、彼女が欲しいと思ったときにではきなくて、彼氏、彼女ができたと思ったら、いきなり複数の人に好意を持たれるってのがあるじゃない。マーフィーの法則ってやつ。「何で彼女がいるときに限ってぇ」ってせりフをよく聞くんだけど、あれって、俺に言わせれば当たり前のことなんだよね。彼氏、彼女がいないときは、本人は彼氏、彼女ができない要因を持ってる。彼氏、彼女が出来るときは、本人は好意を持たれるような要因を持ってる。この違いだけ。だから、好意を持たれるときは複数の人に持たれるのさ。 前々回、前に進もうという話をしたんだけど、あれから具遺体的なアクションを起こし始めてね。形となって起こしたのは2つあるんだ。 1つ目は、世界一周旅行の宣伝ポスターを持って帰ったこと。ここら辺のお店に張りまくるために。ボランティアで貼るんだけど、1枚につき、300円相当の旅行代金割引制度があるんだよね。とりあえず、今回は100枚持って帰った。1週間で100店舗は制覇したいね。金額にすると、300×100で3万円くらいの割引を狙ってます 12月26日の出航まで1200枚を予定。勿論、現実、そんなに貼らせてもらえるかどうかは未知数。でも、挑戦することに意義があると思ってる。おいらの住んでいる町の店から初めて、県央部の店まで足を伸ばす予定です。 2つ目は、ちょっと気になる活動をしている人と会う約束をしたこと。詳しいことは実際会ってから書こうと思ってるんだけど、とある島でかなりアツイことをしてる同年代の人を紹介されたんだ。俺と同じような人がいるってことで。実際、彼のサイトに飛んだけど、俺、以上だったよ。まっ、そのサイトについてはまた詳しく書くわ。 今日はまたしても高松で試合の手伝いをしてたんだけど、リーグ副代表に会ってねぇ。俺が山口から通ってたことにビックリしてた。んで、来期、球団職員の募集があるから、興味があったらメールしてって言われちゃったからね も、もちろん、興味あるっすよぉ 俺、メールしちゃいますよぉ やはり、金にならないことでも続けてると少しは報われることもあるんだなぁって思ったよ。俺のリーグに対する誠意が伝わったのかなぁ。 自分からアクションを起こしていくと、何かしら有利なことが起きてくると実感した一日でした。 来るときは一気に来るもんだね。今は、いきなり選択肢を削らないようにして、従来通り複数の道を平行して進んでいくことにする。 そして、「ココだ」って判断したら一点集中で一気に攻め上ります まっ、見といてや
2005/09/29
よく、「時間は誰でも平等だよ」って言うけど、あれは見方によって全く反対に感じる。俺の中では「時間って不平等」なんだよね。 俺が毎日人生勉強させてもらってるブログサイトがあるんだ。実践プロコーチの野口嘉則さんの「幸せ成功力を日増しに高めるEQコーチング」。これ、ぶっちゃげ激しくお奨め「萌え~」くらいお奨め。俺のおつむではついていけないこともあるんだけど、中には理解できるブログもある。 今週の26日月曜日のブログで「人生はメニューのないレストラン」っていうブログだった。これ、是非、読んで欲しい 俺の心は激しく揺り動かされたよだって、これ、今の俺だもん。携帯では見れないから、俺のサイトを携帯で見てくれてる人のために、軽く誤解のない程度に紹介するわ。 レストランに行って席に座って注文しようとしたらテーブルの上に置いてあるカードに「当店にはメニューがありません」って書かれてんの。貴方ならどうしますかって話。 これは、「私たちが具体的な人生のビジョンを描いて、それに向けて行動する時、シンクロニシティーの法則が働いて、ビジョンが現実化していく」ということの例えなんだって。 俺にはシンクロにシティーの法則とやらをお勉強していないので、よくわからないんだけど、言わんとすることはよく分かった。 メニューがないからといって注文しなかったり、ウェイターさんが来るまで待ってたり、「温かいものが欲しい」てな漠然とした注文をしてしまうと、料理は出てこないってこと。だって、そんな注文の仕方だったら料理人も何を作っていいかわからないでしょ。しかも、そのレストランには時間制限があるのね。時間になると退席しなくちゃいけない。 つまり、メニューのないレストランに入ったお客さんは自分自身で、注文は自分のやりたいこと。んで時間制限があるのは人生という時間は限りあるものだ!ってことみたい。オーダーは具体的でないと出てこないの。目標は具体的にする必要があるんだって。 これ以上書くと、野口先生の本来の趣旨と変わってくる恐れがあるから、書かないね。(詳しく知りたい人はサイトに飛んで!) 俺も「野球がしたい」だとか「アイランドリーグのお手伝いをしたい」だとか「自分のやりたい仕事をしたい」だとか「世界を一周したい」だとか言ってるけど具体的に取り掛かってはいないんだよね。これじゃぁ、料理は出てこないよ。やっぱ俺は甘い「○○がしたい。その為には○○をしよう」ってところまで考え、実行に移さないと。 そういや、大学野球の監督や中学校の部活顧問をしてるとき良く部員に言ってたなぁ。「勝ちたいだけで試合に勝てるんだったら、ずっと祈っとけ!」って。勝ちたい、は勝ちたいで結構。それじゃぁ、勝つためには何をすればいいのか考えて動かないと意味がないって言ってた記憶がある。まさにこのことじゃん 俺もまだまだ人にでかいこと言える器じゃなかったんだなぁ。 てな感じで今日は、自己を叱咤させるブログを書いてみました。やはり、時間は待ってくれない。今までの時間をしっかり省みながら焦らず確実にやっていこっと 何もしなくても時間は平等に与えられるからね。時間はみんなに平等に見えて実は、個人の意識次第で不平等になるのさぁ~ 実は俺はすでに、進んでますよ 何をどうしたかについてはまたこのブログに書きますので、乞うご期待
2005/09/28
今日は福岡の天神にあるピースボートセンター福岡で地雷勉強会。講師の中村大弐さんはかなり熱かった。ピースボートとは世界を船で一周しようというNPO団体なんだけど、観光だけじゃなく世界の情勢についてフィールドワークしてディスカッションもするような団体なんだよね。四国の野球の話が一向に進まないから、そろそろ、俺はこっちの方に本格的に手を出そうかなって思ってます。 中村大弐さんと地雷の話についてはまた後日。 その後、福岡のお尻合い、失礼、お知り合いの方と天神の居酒屋で乾杯 これが、本当に良かった。居酒屋のおねぇちゃんがやたらと絡んでくるのも確かに良かったんだけど、それより何より話が有意義だったのね。その人の生き様を色々伺いました。 ん~、俺はそこで、やりたいことが現れるまで何もしないってのはかなり我がままなことなんじゃないかなぁって思ったね。確かにやりたいことが現れるまで待てる環境があるってのは、ある意味で幸せなことなもかもしれないけど、それに甘んじてると、突き進むことを忘れるんじゃないかなって思った。やはり、立ち止まって得るものよりも、突き進んで得るものの方がハイリスク・ハイリターンだよ。 今日出会った2人から、俺はこんなにかけがえのない財産を得ました。ホント、仕事辞めてから、色んな人に会って、色んな考えを共有したよなぁ。俺は幸せ者さ! 俺、進みます がんばりまっしょい!
2005/09/27
最近SEXがしたいんよね。無性に。みんなもこんなときあるっしょ?これは成人にもなれば多くの人が感じたことがあると思う。勿論、人間には社会性ってものがあるから、“したい”だけでしちゃうと、サルの惑星になっちゃうから危険なんだけどね。 なんでしたいのかなぁ、って考えたんだけどやっぱり1人だ過ごす時間が多いからだと思うんだよね。よく、「人肌恋しい」って言われるけど、あれってけっこう的を得てんだよね。その人のタイプどうこうって前に、まずは自分を受け入れてくれる人と一緒になりたいって気持ちになるのかな。 彼氏、彼女と上手くいかなくて、異性の友だちに相談してた。上手くいかなかった相手と別れてしまったけど、いつのまにか傍にいたその相談してた人と付き合ってた。って類の話はよく聞くでしょ。俺はそのパターンはたぶん出来ないんだけど、そうなった人の気持ちはよく分かるんだよね。 SEXっていいよね。自分の生き様を確認できるから。よく、「○○ちゃん、最近彼氏できて可愛くなったね」っていうセリフ聞かない?あれってまさにそうだと思うの。お互い良いSEXした後ってゼッタイ顔が輝いている。俺は、SEXした後の男性の顔を生で見たことはないんだけど、女性の顔は少なくとも輝いてるよねぇ。女性らしいんだよね。自分がここにいて良かったって顔になってる。俺もそうなってると思うんだけど・・・ だから、お金払うSEXは俺、出来ないや。気持ちが一方的で、利害関係が発生してるからね。SEXって本来そんなものじゃないと思うんよね。 社会人になってから国際理解教育の勉強にも力を入れてるんだけど、去年の広島の研修会で講師の先生がこんな主旨のことをおっしゃってた。 「レイプは性的衝動ではありません。権力的優位に立とうとする衝動なのです。」 って。俺はうなったね 確かにそうかもって。例として、イラク戦争でアメリカ軍が収容所でイラク人に性的虐待を加えていた話を持ち出してたんだけど、あれを考えるとまさしくそうだった。虐待を加えている女性兵士なんか、性的衝動で犯しているって感じじゃないもん。暴力より性的虐待の方が相手にとって屈辱ってのをわかってるがゆえに及んだ犯行って感じだった。 だから、俺は、相手と同等になれないSEXはSEXじゃないと思ってる。お金が発生したSEXなんかつまんないだろうなぁ~ というわけで、俺の好きな異性のタイプは SEXが好きな人 です。これは外せないね 別に絶倫を求めてるわけじゃないんだよ。肌の温もりの価値を共感し合える人を求めてる。 人間って本来は裸とハダカの勝負だからね。いくら、著名な肩書きがあろうが、いくら、高価な装飾品を身に付けていようが、人間の値打ちとしては、全く判断できる基準にないさ。要は裸一貫でナンボの勝負ができるかってこと。無人島に遭難したら肩書きなんかどうでも良くなるでしょ。修羅場を踏んだ数の多い人が生き残れるわけ。だから、修羅場をかいくぐってる人にはかなりの魅力を感じるのさ俺は。勿論、有名企業の社長さんは修羅場の数も半端じゃないから、そこでもしっかりと生き残れるんだろうけどね。 そんなこんなで、俺は性的欲求を大事にする人なのです まっ、確かに今はSEXしたいけどそんなに焦るものでもないし。気長に待っておくとするかぁ~ 今日は結構、自己開示が出来たなぁ。シアワセです
2005/09/26
俺の趣味として美術鑑賞や購入があるってのを知ってる人はかなり通だよ。 今日は稲コギが終わって祖父母と夕食を一緒にしたんだけど、そこで絵の話になった。祖母は81歳なんだけど、現役で絵を描いててね。アマチュアだけど。車で絵画教室によく通ってるんだ。そこで、絵について色々話した。家族の中で絵について語ろうとするのは俺たちくらいだから2人で話してた。 そこで、作品展覧会の話になった。んで、またしても俺の頭の中にギモンが 展覧会で何故に芸術作品の出来を競おうとするの? 確かに想像を絶する芸術作品ってのはいくら大金を払っても買いたくなる。たとえそれが借金でもね。スポーツや音楽、美術に共通するんだけど、俺がスタジアムや美術館、コンサートホールに足を運ぶのは、自分の想像を絶する感動を得るためなのね。それらの感動には無償の価値があると思ってるから。でもね、自分の中に感動の順位が芽生えることはあっても、1つの芸術品に客観的な価値観が芽生えることはとうてい不可能と思う人間なのね。俺は。 わかりやすい事例でいこうか。 スペインの巨匠、パブロフ・ピカソの作品を知っている人は多いと思うんだけど、貴方が展覧会の審査員で初めてキュビズム技法(あの、独特の何を書いているかよくわからないような画法)で描かれた彼の作品を見て、他の作品との優劣をつける自信はある?もちろん、審査員という設定だからそれなりの見識はあると仮定して。もちろん、ピカソがすごい画家なんだという一般的な概念は頭にないものとしてみなして。 彼の作品から伝わるメッセージは強烈に感じると思うよ。俺も昨年度、山口県中学校美術科研究会(実は去年は中学校で美術も教えていました)の研修で山口県立美術館のピカソ展に行ってきたんだけど、学芸員と一緒に回らなかったら、ピカソが何を伝えたいのかさえも分からなかった。それくらい、不可思議なメッセージがあの絵には秘められている気がする。でもね、ピカソの絵から感じる感動とその他の画家の作品から感じる感動は、感動の大小でしか比べることが出来ない。それで、強烈な感動をいかに多くの人に与えたかで、その作品の評価の優劣が決まる。これって一見民主主義的だけど、芸術ってそんなもんなのかなぁ??? え?ますます、よく分からないって?じゃぁ、思い切った事例を挙げよう。 水道普及率9割の町がありました。次は何を行政にして欲しいかという住民投票をしました。すると下水道を普及させて欲しいという意見が9割もあったので町長は急いで下水道工事を発注しました。 これって、何かが抜けてるよね。そう、水道が普及していない1割の住民の民意。多数決で決めると少数派は割を食うんだよ。おそらくこのときは、水道が普及していない1割の住民のほとんどが水道を引いて欲しいとお願いしたはずだよ。でも、多数決なら圧倒的に下水道普及派の勝ちだよね。だからその町は1割の住民が水道さえ引いてもらっていないのに、9割の住民が水道も下水も引いてもらってるという悪循環に陥るわけ。 この事例は極端だけど、芸術作品展覧会の評価に関しては概してこんなパターンが多いんじゃないのかなって思うの。(実際に審査員はしたことがないのであくまでも予想ですが。審査員経験のある方の書き込み下さい)確かに多くの人を感動の渦に取り込んだ作品にはかなりの価値があると俺も思う。でもね、肝心なのはそれだけじゃないんじゃないかな。少数派にだけしか伝わらないメッセージ性を持つ作品を描く人もいる。でも、その人の作品は大衆受けをしないがために世間の高い評価を得にくい。つまり、芸術作品は他のものと比べる相対評価ではなく、その作品そのものから感じる絶対評価なんじゃないのかなぁって思うんだけどね。だから、死後になって評価される人もいる。今日のNHK教育の伸、もとい、新日曜美術館は祝島についての作品をたくさん手がけた松田正平さんだったんだ。松田正平さんは日本近代画家の第一人者だけど、70歳になるまで奥さんに養ってもらっていたらしいからね。芸術作品の評価ってそれくらい激しく割れるものなんだと思うよ。 俺は、こんな理由から、芸術作品の展覧会で優劣をつける理由に未だ答えを見出せないでいるの。まぁ、もっぱら後者の作品を描く人はそのような展覧会に出品をしないのかもしれないけどね。 今日は空想の論議をしてみました。最近、頭でっかちになっちまったんじゃないかなぁって自分で自分のことを気にするときがあります。 でも、友だちと喋ってるときは相変わらず破天荒なんでよしとしてますがね
2005/09/25
これってドラえもんの道具なんだけど知ってる?このコンニャクを食べたらどんな動物や人でも会話が出来るっていう翻訳機能がついた蒟蒻。 今日は、近所の映画館で「SHINOBI」を見た。まっ、あれはオダギリ・ジョーでなかったら、はっきり言って、ストーカーやね。仲間由紀絵に対するストーカー。一目会ってあそこまで迫ったら罪だよ、罪。しかも宿敵部族同士だしね。まぁ、セクハラもストーカーも顔の要素はでかいから。する側の顔がされる側のタイプだったらセクハラはちょっかいになり、ストーカーは相思相愛になるからね。ってなヒガミめいた話ではなくて、今日は動物の話。 その、映画館に併設してあるショッピングモールがあるんだけど、そこにはペットショップがあるのね。今日は癒し&友だちの用事がてらそこに行きました。 んでね、俺そこですんごく辛くなったの。動物が入っている檻がみんな狭いんだもん。頭の賢いサルや犬なんかは発狂してたからね。そりゃ俺でもなるさ。ペットショップの動物たちってホンヤクコンニャクを食べさせたら、ほとんどが不平不満だろうなぁ。もちろん、ペットショップは動物園と違って、売り手がついてなんぼだから、狭い商業スペースにたくさんの種類をそろえないと商売にならないとは思うけど、あれって人間のエゴがもろに出てるよね。 イギリスで動物愛護団体が大学の研究室用にハツカネズミを飼育している農家を襲撃し、農家を倒産に追い込むのが流行ってるみたいだけど、それって、何か間違ってない?俺は少なくともかなりの違和感を覚える。 この、自然淘汰の地球上に於いて、自分の子孫を反映させるために、他の種族を犠牲にするのは、地球規模の時間軸で見るとかなり自然なことなんだよね。だから、脳を発達させたホモサピエンスが自らの種の繁栄のために、他の生物を犠牲にして医学の向上を図ることは俺に言わせれば当たり前。(この文章を感情で読むと誤解をするかもしれないからお気をつけあれ) もちろん、必要以上の殺生は咎められて当然だよ。自己の嗜好を優先させるほどの、生死選択権は人類には与えられていないと思ってるから。 ペットショップで買い手が付かなかった生物って、かなり辛い境遇だと思わない?脳が発達してたら自己の存在の意義を問いたくなると思うよ。正直。まぁ、脳の発達ができなかった程度の種だから、ホモサピエンスのペットショップに陳列されて当然という解釈もあるけど。 俺が今日のブログで言いたいこと。それは、 命をもて遊ぶな! ってこと。動植物の命にもっと敬意を払ったらどうなんだ。買い手のつかない可能性のある動物を、快適とは程遠い環境で飼育するなんてふざけてると思わない? それに比べ、ホモサピエンスの医学進歩のために犠牲となったハツカネズミの死はかなり報われてると思うよ。無駄死にほど、報われないものはない。生死を間近に体感できる環境にいればいるほど、生死に対して神聖だし、敬虔だよ。 俺は、瀬戸内の祝島という島に2年間住んでたってのはこないだのブログで書いたけど、そこの島に住んでいる人たちの中で、釣りをキャッチ&リリースで楽しんでる人は聞いたこともない。だって、それって、命をもて遊びすぎでしょ。向こうは生死をかけてんだよ。それをたかが、ウン万年我が物顔に振舞っている人類の特権で、スポーツフィッシングなる遊びとしてみなすのが許せない!島の人はそれをよくわかってるんだろうな。魚を釣ることはスポーツではなく生活の一部なんだもん。釣ったら喰う、突いても喰う。これ、当たり前のことね。 大学の実験用動物の愛護を叫ぶ人に言いたい。その運動は確かに理解できる。でもね、そこに至るまでにまずは「人間の都合でペットを飼わない」運動をするとか、「ペットショップを全面撤廃にする」とかいう運動をしたらどうなの?って。医学実験用のハツカネズミに対しては命をもて遊んでないけど、ペットショップで買い手がつかずに、いつまでも檻の中にいる動物に対してはあきらかに人間にもて遊ばれてるでしょ。 実は、今日、窮屈な水槽に入れられてるハムスターがしきりに出たがってたから、蓋を開けようとしたのね。ちょっと、ハムスターの気持ちになってたから。でもやまたんだ。何でかわかる? それはね、ペットショップの店員さんの立場があるから。いくらペットショップの飼育環境に抵抗を抱いているからと言って、ペットショップの店員さんに迷惑をかけるのは筋が違うと思ったのさぁ。 22世紀になってホンヤクコンニャクが市場に出回るとどうなるんだろうね???バウリンガルが実用化された昨今、ホンヤクコンニャクが出回る日も近い???
2005/09/24
昔あったでしょ。こんなタイトルの野球漫画。少なくともKまげ南高校の野球部部室には置いてあった。 今夜も高松なんだけど、今日も被り物して右往左往。被り物すると想像以上にオーバーな動きができるんだよね。今日なんかガイナーズの森博幸コーチ(元西武)に褒められちゃったからね。動きいいって。おそらく、自分の顔が相手に見えていないところがいいんだろうね。今までの自分を全て払いのけてアクションを起こすことができるんだよ。きっと。仮面舞踏会に参加する人の気持ちが少し分かってきました。 今日は石毛代表の奥さんと子どもが来てたんだ。別に名乗らなかったけど、本部に来て代表と話してるからすぐわかった。女の子と男の子だったんだけど、2人ともお父さん似。んでガイナ君子どもたちに好かれちゃってさぁ。かまってもらってたんだけど、そのときフツフツとこんな言葉が沸いてきた。 やったろうじゃん!!! 見返してやりたくなったのね。俺ことを知ってくれている全ての人に。俺はこんなもんじゃないんだよ!ってね。 何でこう思ったかって? 2002年度のNPB、オリックス・ブルーウェーブ監督は誰だか覚えてる?そう、紛れもない石毛宏典監督。つまり、現アイランドリーグの代表。実は彼は1年とちょっと監督をして、解任された。理由はよくわからないけどね。確か翌年の途中からレオン・リー監督がコーチから昇格して采配を揮ってた。 要はそこなんだよね。そこ。勘の鋭い人ならもうわかったかな。俺は石毛代表の子どもを見てそこを感じたの。つまり、 不屈の闘志 ってことよ。「ナニクソ」っていう怒りのパワーが次なる目標を引き寄せる。石毛代表はオリックスの代表を解任された次の年にIBLJ(Independent Baseball of JAPAN、つまり、日本独立リーグ)を立ち上げたからね。んで、その次の年に実際にリーグを運営し始めた。この、エネルギーは相当アチィよ 正直、石毛代表は俺が今まで会って来た人の中で、1,2を争う熱さを持ってる。だって、まだ、心を面とぶつけて話せないからね。あまりにも俺との熱さの温度差があって気後れするのさ。 俺は石毛代表の子どもたちを見て不屈の闘志を感じた。だって、オリックスの監督を解任されたとき、石毛代表は自分の子どもたちの顔を見て、「ナニクソやったろうじゃん」って思ったはずだから。何故かそんな過去を俺は子どもたちの瞳から感じ取った。 何故、感じ取れたかって? それは、俺も石毛代表と同じような境遇を歩いているから。見返してやるんだよ。全ての人間を。俺の眠った力を呼び起こすのは今しかないのさ みんな、よく見とくように。俺のこれからの生き様を。 やったろうじゃん!!!
2005/09/23
本気と書いてマジと読む! このセリフ、なんか昔の漫画にあったような・・・ 今日は本気の話。 なんだか、最近の俺は本気になれない。今までしようと思ったことを、ことごとく理由をつけてやめてる気がするんだ。自分の中で本気にならなくて済むような要因を探してきてるような感じがある。みんなも経験ないかなぁ。自分の限界にぶつかるのが怖いのか、単に耐えるのができないのか。でも、もう1人の自分が言ってるんだ。本気になるものが見つかったら、後先考えずに突っ走るだろうから心配すんなって 後先考えてるくらいじゃぁ、まだ、本気になってするものじゃないのかなぁ?それとも、とりあえずやってみないとわからないだけなのかなぁ? 自分は向いていないと思ったけど、親に反抗できないからとりあえずやってみるかって感じでやった教員は大失敗だったね。とりあえず、って絶対子どもに良くない大人相手の仕事だったらまだいいだろうけど、子ども相手でそれをしたら、駄目なんよ。子どもは素直だからすぐ感じ取るさ。こっちの中途半端な気持ちを。 これから教員になる人ってのは教師が天職って感じた人しかなったら駄目だと思う。公務員で給料安定してるからいいとか、土日が休みだからいいとか、っていう動機の人はならないで欲しい。そんな人は子どもが相手じゃない官公庁に勤めて下さい。俺が親なら間違いなくそう思うな。 俺は色んな人に「貴方は教員が向いてるよ」って言われてきた。ありがたいことだよね。でもね、教育実習のときから自分の中で煮え切らないものがあったのさ。教師って職は素晴らしいけど、自分の好い所が潰れてしまう職場な気がした。特に公立はね。でも、それ以上うまく言葉に表せなくて、親にも2浪+教員養成課程の大学に4年間も行かせてもらった手前、反抗できなかったの。教員がしたくないってのを覆す理由がある職業もなかったし。それで、実際に仕事をしてないのに向いてないって判断するのはおかしいから、2年と4ヶ月間学校の先生をした。でも、実習中のうやむやを晴らすような感覚は芽生えて来なかったのよ。残念ながら。 勿論、仕事は全力でやるよ。でも、そんな気持ちを持ったまま教員をやってる自分が許せなかったのよねぇ。相手が子どもだから。教師をやると誰もが抱くことかもしれないけど、俺は自分に馬鹿正直だから許せなかった。だから、たとえ、1学期で教員が終わらなくても来年の3月で辞めるつもりだった。教員に対する職業観念の変化が現れないままだったらね。 だから、「とりあえずやってみようかな」ってのがとても苦手なんだよね。俺は。こんなんじゃぁ社会に適合できないかなぁ。 今まで、興味があったにもかかわらず、何かと自分の中で本気になれず未遂に終わったことを箇条書きします。1.臨床心理の教授に「貴方は大学院向きだよ。」と言われたけど、 カウンセリングの勉強を中途半端なまま、大学を4年で終えた。2.大学でコーチングを専門としている教授に「野球のコーチング を勉強したら」と言われたけど、野球のコーチングを卒業論文 で書いただけで、院には行かなかった。3.野球をやりたい、やりたいと言いながら、時間的な束縛を理由 に上のレヴェルですることをためらっている。(その程度じゃ ヤル資格はありませんがね)4.四国でアイランドリーグの手伝いをする、とか言いながら、 裸一文で高松に住み込むことをためらっている。5.世界一周をすると言っているのに、申し込みだけ してお金を貯めようとしていない。 ざっと、思いつくだけでこれくらいかな。1と2に関しては本当に有難い言葉を頂いたんだよ。だって、普通、将来見込みのない人にこんなことは言ってくれないでしょ。俺だから言ってくれた。まだまだ、時間はあるから思考の余地はありまくりです。 てな感じで今日は俺のふがいない所をご披露申し上げました。どうだったかな?みんなはどんなことを感じた?差し障りなかったらコメント宜しく。俺ってまだまだ甘いんかなぁ でもね、あまり焦らず、早めに将来の方向性を決めようと思います。この若いエネルギーを放っておくなんてもったいないじゃん
2005/09/22
そろそろ背骨が腐ってきた。一日中、自分の部屋であんなことやこんなことをしているからね。(もっぱら読書ですよ、読書!) 働いてないからご飯食べちゃあいけんのんじゃないかって本気で思い始めた今日この頃です。 とある幼馴染に言われたけど俺って耐えられん人間なんかなぁ。確かにエ○魔神さんよりはM気は少ないんだけど、少々のことは耐えてきたつもり。でもね、自分のしたいことをするって言い方変えたら社会不適合者だからね。そんなもんじゃないよね。社会って。 自分のしたくないことをするのが仕事って親父も言ってたしなぁ。今は、はっきり「この仕事がしたい!」って言えるのがないから方向性を打ち出さないのは、逃げだろうし 昨日、とあるサイトから「ケイコとマナブの適職診断」ってサイトに飛んだ。そこで、俺の適職は芸能人とかデザイナーって判定をもらったんだよね。気分屋でとっぴょうしもない発想をするからってのがその主たる理由。当たってんだよねぇ 以前、職業安定所に行って適職検査を受けたんだけど、そこでも、美術の教員とか芸術家とか、クリエーターって職業が第一候補だった。確かに芸術好きで美術館に行ったり、絵を買ったりするんだけど、今の才能じゃあ喰ってけんでしょ!でも、せっかくセンスがあるって言われてるんだからこの選択肢も捨てがたいのかなぁ。 ちなみに芸能人ってのは小学校のときからなりたかった。とにかく皆に影響を与えたい子どもだったんだよねぇ。(まっ、今もなんだけどね)でも、芸能人は顔が命って思ってたから半ば諦めてたねぇ。でも、今はだいぶ考えも変わり、顔がなくても芸風でカバーできるって思ってる。俳優なら演技力とか男優ならテクニックとかで顔は補えるっしょ でも、大学4年のときに「あいのり」の書類審査に通ってオーディションに行ったから、テレビ局は顔はブラウン管に映せるって判断したはず間違いない 政治家なんて影響力でかくて魅力的だよね。こないだの衆議院選挙で同い年の奴が通ってた。南関東の比例区で自民党の35番目だった杉村太蔵っていう人。何でも筑波大中退して外資の証券会社で勤めてたみたいなんだけど、衆議院が解散して自民党のHPをクリックしてみたら候補者募ってるから、課題の郵政民営化と構造改革のレポート出したら通って、党の推薦をもらったんだって。んで、比例の35番目だから通るとも思わずに、選挙活動しなかたら自民党への票が予想外に多く、気づいたら国会議員になってた26歳。こんな展開もありなんだね。彼は汗水たらしていないから、これからが勝負だと思うけど、まぁ、4年間勤め上げたら素晴らしいと思うよ。 話はちょっと脱線したけど、今日俺が言いたかったこと。 働かざる者、喰うべからず! ってことやねぇ。仕事すっかなぁ!12月からの世界一周旅行の予定もあるんで
2005/09/21
今日でNEETになって一ヶ月が経ちました。色んな人に会って、色んなものを読んで、色んな価値観に触れた一ヶ月でした。 今日のブログはこの一ヶ月で良くなったこと、悪くなったこと、そして、自分の短所、長所を箇条書きにするわよん【良くなったこと】 ・心にゆとりがもてる自分を取り戻した。 ・自然の移り変わりに気付く余裕が生まれた。 ・今までより強い感謝の気持ちが生まれた。 ・実家の農業を手伝う時間が増えた。 ・社会の情勢に敏感になった。 ・過去を振り返って、反省することができた。 ・自分の生き様が間違っていなかったのだと再認識できた。 ・自分の想いをブログという手段で表すことができた。 ・俺のことを気にかけてくれている人がいることを再認識した。 ・今まで会いたくてもなかなか会えなかった人に会うことができた。 ・顔がカッコ良くなってきた。 ・高松に準本拠地を置くことができた。 ・パソコンのボードを打つのが速くなった。【悪くなったこと】 ・貯金がなくなってきた。 ・出不肖になった。 ・親に対する甘えが出てきた。 ・体型が崩れまくってきた。【新たに発見した短所】 ・口だけの人間ということがわかった。 ・行動に移すために後々のことを必要以上に考える人間だった。 ・愛想でなんとかごまかそうとする人間だった。 ・ノリが軽いので、乗った後は最後まで貫かない人間だった。 ・暇になると四六時中エッチなことしか考えることの出来ない人間だった。【新たに発見した長所】 ・口で相手に伝えてから行動に移す有言実行タイプだった。 ・行動に移すために、後々のことまで考えられる人間だった。 ・愛想が良く、初対面でもすぐに打ち解けられる人間だった。 ・ノリが良くその場の雰囲気を感じて身体を張ることの出来る人間だった。 ・暇になると四六時中、生殖活動について深く思考のできる人間だった。 まっ、こんな感じかな。誰かこんな俺に羅針盤を与えてくれませんかねぇ。正直、くすぶっています
2005/09/20
昨日のブログに出てきた里中李生(りしょう)さんの作品「いい人は成功者になれない」2005年三笠書房について。 昨今、急激に男女平等が叫ばれているけど学校現場にいると、どうもそのあたりがゆがんで子どもたちに伝わっているように思えてならない。変に男女平等なのだ(男女平等のゆがみについては後日書きます) 一昔前なら、男の子が女の子の顔面を殴ってはいけない!なんて言う必要はなかった。なぜならそれは当たり前のことだったから。だって教室で先生が「人は殺してはいけないのです」とは言わないでしょ。そんなの言わなくても当たり前だから。でも、最近では「人の顔は殴ってはいけません」と言わなくてはならない。寂しい現実よね その本の2章に【セックスを拒まれる男は一流になれない】ってのがあった。これを見た瞬間、俺は「お~」ってうなったね 今までの俺の「男らしさ像」とすんごくリンクしてたから。具体的に言葉を見たのは初めてだったんだけど、何故か新鮮な感じがしなかった。まさに、その通りなんだもん。 昨今の日本男児は非常に脆弱になってる。女性なしでは生きていけないんじゃないのかと思うくらい。すがる男は一生勝てないと思うよ。男がだらしないから女もだらしなくなる。年収を最優先項目として結婚する女性は相手を男として見ずに【自分が幸せになるための人】として見てる可能性が極めて高い。無償の愛ってのは本来女性の特権だったはずなのに・・・ 俺だって「女がいない生活なんかありえない!」って周りには豪語してるよ。それはホント。でもね、実を言うとフリーの方の生活が充実してる。野望への障害がなくなるんだよね。この感覚わかるかなぁ。言葉尻だけを追うと一見矛盾しているんだけど、本質は矛盾してない。このカラクリが見抜けて共感できた人は是非とも書き込み頂戴。かなりマツムラ・イズムに近いよ。 彼女からSEXを拒まれる男は負け犬なんだって。その感覚すんごくわかる。 仕事が出来る男はカッコいいものなんだよ。きっと。男たるもの仕事が第一やね!
2005/09/19
金がない仕事してないから当たり前たが高松を往復をするから湯水のように出ていく。一試合当たり二万円くらいは出費する 今日も学校の先生をやってくれという話がきた。自宅で生徒指導と授業の勉強をして下さいと言われてから3回目のオファーだ。矛盾はしているが現実はこんなもの。臨時教諭が足りていないらしい。 このご時世、働き口があるのは至極に有り難いこと。かといって無条件で受け入れることは出来ない。残念ながら。確かに俺は金がない。しかし、俺には俺にしか出来ないことをする使命がある。今のところ教職にそれは感じない。というより、学校という環境に潰れてしまうか、潰れないように孤軍奮闘していくかの俺に収まりたくない。孤軍奮闘はそれなりの価値があると思うが、正直、今の学校社会で孤軍奮闘するより、俺にしか出来ないことの方に時間を費やすほうが自分自身にとって有益である。自分自身にとって有益ということは、子どもたちにとっても有益となるものだ。本来、人間社会とはそのようにできている。他人のために生きるなんて偽善だ。ボランテティアの意味を知っているか?あの単語には「自発的」という意味がある。多くの日本人が感じているみたいに変に偽善っぽく「他人のため」という意味は毛頭(毛チンではない)ない。最終的に人間は自分のために全てのことを行ってナンボなのだ。自分のことに時間を費やし、自己啓発に価値を感じられる人ほど他人に対して優しいものだ。俺は、自分を自分で幸せに出来ない奴に「お前を幸せにする」と言って欲しくもない。 理想と現実は憎いほど乖離している。人間は理想と現実のハザマでしか生きられない生物だと思っている。その中でも俺は極端に理想に近い。人間社会の中には俺のような種類もいて良いと思う。 なぜなら、野望はハングリーな環境でで叩き上げなければならないと確信しているからだ 野望の住処は現実世界にあるわけがない ってな感じで今日は俺の思いの丈を作家、里中李生風の語調で書いてみました 何故、彼の語調かというと最近、とある人に紹介されて読んだらいたく共感したからです。里中李生さんについては、また、ブログで書きますね
2005/09/18
高松ロンリーハーツ倶楽部へようこそ。只今、部長は廃部キャンペーン中です。 今日はアイランドリーグのお手伝いの日。オリーブススタジアムに行ってきましたよ。ガイナ君の気ぐるみを着るべく。リーグの方は黎明期でスタッフがごそごそ変わってるんだけど、今日の新スタッフは俺のガイナイズムの噂を引き継いでいたようで、さっそく頼まれた。正直、もう一人のガイナ君の役者がいるるので少し後ろめたかったんよ。彼は殆ど毎回ボランティアに来てるようで。ポット出の俺はあまり、横柄にならないようにと思ってます。 でもね、実際するとはしゃぎまくりスティよ~ 今日も側転しまくり。でもね、激しい動きをするとアゴのマジックテープが取れちまうので、1回ぽっきりなの技なのね。2回目のコールをくれた人、ゴメンナさぁ~い 石毛代表に出会って、ねぎらってもらったから側転はOKってことかなって勝手に解釈してます。今日は「ご無沙汰です。」って言ってもらったから、俺のことちゃんと覚えてくれてたみたい。ありがたいこと。石毛代表、合否の連絡が来るまで、(いや、きても)ボランティアしまくりますからねぇ。焦らず採用の判断をしてください。 でも、あまりにも採用の合否の連絡待ちが長いから、(まっ、1ヶ月も経ってるから自然と諦めてくれっていうメッセージかもしれないけどね)俺も、平行して次の道も考えてますよぉ。(その話はまた今度のブログでしますわ) 今日のブログはガイナ君の中で感じた事を一つ。 正直、着ぐるみ着てると子どもたちに大人気なのね。触られたりジャンケンしようて言ってくれたりする。有り難いねぇ。相手にしてもらって。 でね、今日はかなりショッキングなことがあったの。 7回のオリーブガイナーズの攻撃はラッキーセブンってことでスタンドにガイナ君が上がるんだけど、正直もみくちゃ。んで7回の裏が終わったら本部に戻るんだけど、そこでも子どもたちの人気者なの。こっちも次の用事があるから早く本部に戻らなくちゃいけないんだけど、子どもたちの手前、そんなことを悟られないようにしないといけない。 最後の最後、この扉を閉めたら着ぐるみが脱げるってところになって、ある男の子がガイナ君に殴りかかってきた。もちろん、ふざけてだよ。俺は反射的に手で静止させようとすべく、首をひっ捕まえようとした。そしたら、その子本当に怒り出したみたいで言葉遣いが荒くなっちゃった。 反省だよ。反省。大人が子どもを怒らせたんだからね。大人が怒っちゃぁ子どもと同じこと。同じ目線ってことだからね。大人として取るべきたいどじゃないなぁ。俺の信念に反する。 その時俺は直感したんだ。これって前の職場の続きだって。 前の職場ではなるべく暴力行為する子を受け容れるようにしていた。でもね、悪い事は悪いからちゃんと咎めるんだけど、暴力がひどくなるとついつい感情的に静止してたんだよねぇ。俺、本来のスタイルじゃないけどその場はそうするしかないと思ってた。担任として他の子が暴力を野放しにしてるって感じることを避けなければならなかったからね。でも、そんなときは自分の中で生徒指導が中途半端なんだよね。上手く言葉では言えないけどモヤモヤしたものが残ってた。 んで、今日思った。環境って怖いなって。4ヶ月という短い期間ではったし、無意識のうちにやってたのかもしれないけど、子どもに感情的に怒ってた場面があったんだよね。俺の信念に反して。これが身に付いてるわ。それを認識した。 今日、ガイナ君を被ってその子に会わなければ、前の職場での俺の感情も認識しなかったかもしれない。 よく、教育実習に行って「自分が若いときの熱意を思い出したよ。」って言って下さった先生がいらしたんだけど、いくら、初心を持っていても惰性でいくらでもかわっちまうんだなぁ、ってその時は聞いてて思ってた。それくらい、初心を貫くのは難しんかなぁ。 みんな、初心は大事にな。環境でいくらでも変わる。環境に依存する期間が長ければ長いほど。 今日は、ちょっと暗い話になっちまったね。スマン○。 でも、高松ロンリーハーツ倶楽部からのご連絡があります。今日はJALシリーズだったからJAL高松支部とその関係の旅行代理店の人もいらしたんですけど、その中に俺のタイプの女の人がおったんやって 理由もなく顔が好きやったねぇ~! 魔性系だった。意識的に話したんだけど、その人感づいてくれたかなぁ。いや、感ずいていない理由がわからない!!!あれは、俺のことを意識して意識して意識しまくっちゃったから恥ずかしくてあまり喋らなかっただけなんだ。間違いない!!!!! これを期に高松に行くモティヴェーションをあげまくリスティ~やね!!!! 高松ロンリーハーツ倶楽部が空中分解する日も近い????
2005/09/17
今日はお袋と映画を見に行きましたよ。俺がお袋連れて映画なんて、俺の実家での姿を知ってる人からすると、ぶちありえんことなんじゃけどね。まっ、親孝行って年頃になったみたい。んで「亡国のイージス」って邦画を見ました。俺は戦争映画が好きなんよ。極限状態になった人間の生き様が感じられるから。これは、戦争映画じゃなくて、自衛隊のイージス艦に外国(話の内容から北朝鮮の可能性)のスパイが潜入してテロを起こすってストーリーですがね。漫画でもあったから知ってる人が多いんじゃないのかな。 内容的に全く映画って気がしなかった。今日、実際に起きていてもおかしくない話だもん。リアリティーありすぎぃ~詳しく知りたい人は映画を見るか、上のURLをクリックして、予告編の映像を見てみて下され。 日米安全保障条約を結んでなかったら、今頃日本はないかもって映画。それこそ「亡国」だよ。作品途中で日本政府の閣僚が、平和は戦争のハザマに存在する、って趣旨のことを言ってたけど妙に納得しちゃった。日本人は平和ボケしてるのかもしれないなぁ~ 今日のお話は、別に戦争の話ではなくて先祖にまつわる話。 その映画では、朝鮮人のスパイが日本人の戦争意識に対する甘さを説いていた。そこで俺は自分が日本人であるが由縁、もっと言うなら、自分がこの世に生を授かり、山口県に住んでいる、Tぶせ町にすんでいる由縁ってのを考えさせられたねぇ。 今日は母と祖母と3人で先祖のお墓参り。俺はちっちゃい頃から墓参りは欠かしたことがなくてねぇ。最低でも一年に一回は参ってた。最近こっちに戻ってきて、また盆と彼岸と正月に参るようになったけど。だから今日は彼岸参りってわけ。 毎回参るたびに思う。俺って祖先があって始めてここにいるんだなぁ、って。当たり前のことかもしれないけど、当たり前だからこそ大切なんだよね。俺は大学時代野球部の監督もしてたけど、試合前になったら基本に戻ってた。試合前だからこそ基本が大事なんだよねぇ。当たり前のことだから。 よく、結婚して子どもを作らないカップルがいるじゃない。先天的に子どもが作れない身体だったり、不幸にも病気で作れなくなってしまったカップルは別よ。今は2人の時間を作ってから、何年後かに子どもを作ろうってカップルも別。あと、結婚したかったけど出来なかったって人もここでは別にしとこう。そうでなくて、せっかく人生の伴侶を見つけて身体はお互い申し分ないほど健康なのに、自分たちの都合で一生子どもを作らない人たちのこと。その人たちに言いたい 自分たちは何故に生かされてるの? ってこと。何のために自分がこの世に生を授かったか。何のために先祖が子どもを残してくれたか。それをもう少し考えて欲しい。子どもを作らずに自分たちのライフスタイルを楽しもうってのは自分勝手な解釈だと俺は思う。自分たちの人生しか中心にないからね。それじゃぁ先祖に対して失礼だよ。せっかくこの国には「礼」とか「儀」っていう文化がある。それが台無し自己中心的な発想が悪い方に向かってる。 これは、自殺した人も自殺未遂した人も一緒。頭で考えるまではある意味情状酌量の余地はあると思う。けれどもね、実行に移すのは子どもを作らないのと同じくらい先祖に失礼なこと。いくら、そこに至るまでの理由がいくらあったにせよ、先祖にしてみればそんなのは関係なく許せないと思うよ。自分のことしか考えられてないんだもん。客観的に見れば、自分が生まれるまでのことや、これからの子孫のことまで考えられていない。それでは先祖や子息に対して申し訳が立たないよ。(誤解しないで欲しいんだけど、自殺の件に関しては、そこまでに追いやった経緯をこの世の人が理解してあげないと、一方的に攻めることはできないんだけどね。今の意見はあくまでも先祖や子孫の立場に立って述べた意見という解釈でお願いします。) 今日のブログは先祖そして、現在の自分にまつわる話でした。難しかったかもしれないけど、俺の文章能力ではここまでが限界。これ以上書くと、誤解が誤解を呼ぶからもう書かないや。 でもね、よく理解出来なかった人も、今日のブログは後々何度も読み返して欲しい。この国にとって大切なメッセージが行間に含まれているんでね ほいじゃぁ、また、明日ねぇ~
2005/09/16
今日は高校時代の野球部のチームメイトと半日ドライブデート。ほんまラブラブやったって そこで出るわ出るわ昔の話。部活にちょっかい(失礼)出しにきた梅爺さんの話から、秘密兵器のスラッガーMう頭君の話まで。いや、本当に懐かしかった。でも、高校時代の話って言ったって9年も前だからね。そりゃ、周りは結婚もするさ そこで、改めて感じたんだけど、友だちってかけがえのないものだよね。当たり前なんだけどそうなの。お金で買えるもんじゃないし、時間をかければできるもんでもない。何物にも変えられないもの。 よく、エンゲル係数が高い、低いって話を耳にするけど、俺は飲み会係数がかなり高いと思う。NEETになって27日目だけど、参加した飲み会は数知れず。(冷静に考えてみると7回してる。4日に1回の割合)金がないのに人と絡む(含物理的)ことは大好きなんだから。俺のかみさんになったら大変だぞぉ心して財布を管理するように でもね、そんなもんてお金じゃないんだよね。後々の人生の財産なんだよ。だから俺は初対面を大切にする。つうか、初対面の人といかに連絡取り合うかでその後の人生が変わって来るからね。 俺は高校野球をやってたんだけど、夏の大会が終わって生徒会活動に入って文化祭の準備をし始めた。そこで、仲良くなった友だちがいるんよ。彼とはそれまで話したこともなかったんだけど、そこから、急接近。卒業までの半年は本当に濃かった。 あと、大学時代もそう。4年の後期は相当充実してた。卒論もだけど、人と人とのつながりが。もう最後の年なんだからってのも手伝ってたと思う。色んな人とお尻合い、あっ、失礼、お知り合いになったもん。そこで、つながった人は今だに連絡取り合ってるし。 このブログを立ち上げて俺の近況を知ってもらうために色んな人にURLを教えたんだけど、色んな人が見てくれてる。携帯を含めたらもっとなんだろうけど。本当に有難いよ。中には書き込みしてくれる人もいるからね。んで、書き込みで書ききれないメッセージがある人は直接メールなんかくれちゃったりして。ホンマ、涙出るで。わしゃ~ こればっかりはお金で買えないね。俺の財産です。 この度、俺のゼミの後輩がドミニカに行くんだけど、俺の知り合いを紹介しようとしたら、3人ドミニカにいるんだよね。んで、3人別々に連絡取り合ってると、どうやら、3人とも面識のある人たちみたいで。これにはビックリだって地球の裏側で俺の知り合い同士が働いているんだからね。世界って狭いなぁって思った。 脱線するけど、世界が狭いと思った話をもう一つ。よく、東京で田舎の同級生に合ってビックリするって話を耳にすることがあるんだけど、俺は、去年マレーシアで偶然広島の知り合いに出会ったからね。これにはビックリ「世界には同じ顔をした人が3人くらいいる、ってのはこのことかぁ」って思ったたら、その人本人だったんだよね。いやぁ~、世界は狭いのぉ。 今日は、人とのつながりの大切さを再認識した日でした。 みんなぁ、俺のブログ見てくれてありがとなぁコメントなくても俺はしっかり感じてるよ みんなのエネルギーを。今日も俺のブログ見て嫌なこと忘れてぐっすり寝んさいや じゃぁ、まったねぇ~ (~~)/
2005/09/15
なんだか、最近は本当に篭城中。今日なんか自分の部屋と台所、風呂とトイレしか移動してない。こりゃ身体にわりぃのぉ でも、今までに出来なかったことをやってます。その、一つとして新聞を読むこと。俺は新聞はよく読むんだけど、一学期は本当に物理的にも精神的にも余裕がなくてほとんど読んでなかった。だから、9月になって新聞三昧。6月の下旬から読み初めて今は8月の上旬。なかなか激しいペースで読破してますよ。 新聞ってその日に読まないと意味ないじゃんってよく言われる。確かにそうね。事件とか事故とか今になって知ったんじゃぁ遅いってのがある。実際6月の光高校爆破事件や、7月3日の山口県東部地方の集中豪雨があんな全国的に報道されているとは思いもよらなかった。(そんな社会状況に鈍感だった人が教師だったってのもある意味で失格ですが・・・) だから、「何で今更昔の新聞を読むの?」ってよく聞かれる。 新聞って事件・事故だけが載ってるわけじゃないでしょ。連載物のドキュメントや国際的な時事問題が所狭しと載ってる。実際、メディアが多様化し、ネットが主流となってきた昨今ではこれらの特色が顕著になってんだよね。そりゃそうだよ、素材の新鮮さに限って言えばネットに勝てっこないからね。だからシリーズ物が充実してる新聞は俺の中では非常にウェイトの高い情報のソースなのです。 そんな理由で過去の新聞を読んでたんだけど、今日、新たに他の利点にも気づいた。それはね、今の事実を知ってるからこそ深く読める記事が過去の新聞にはたくさん含まれてるってこと。 わかりやすい事例でいこうか。 郵政事業民営化法案が衆議院で可決されたじゃない。でも、そのときは当初の予想よりもはるかに反対票が多くて参議院での審議が争点だった。首相は「解散」という伝家の宝刀をちらつかせるわ、反対勢力は参議院で法案が否決された場合に衆議院を解散させるなんて法に反するからありえない、とか言い張るわでてんでわんやの時期。そのときの新聞記事が今となってはとても面白い。解散で強気な発言をしている政治家は小泉さんしかいなかったくらいだもん。山崎拓さんだって小泉さんには何を言っても駄目だから、て論調だし。そんで、亀井さんとかは解散はなんとしてでも許せない、ここで解散したら自民党は分裂するって言ってる。民主党は政権交代のチャンスだって、俄然優勢になった感じで思ってたみたい。当時の公明党の幹事長さんなんか自民党については行くが、自民党が何をしたいのかがわからないって言ってる始末。今となってはこれらの発言が面白い、面白い。 結局、小泉さんの思惑通りの選挙になったけどね。 俺は色んな人の意見を聞いてきたつもりだけど、郵政事業を民営化するのがイイとか悪いとかはよくわからない。見方によって双方の結果を招く可能性が考えられるし、実際に民営化してみないと分からないって部分もある。それに、山口1区で当選した元外務大臣の高村さんも言ってたけど、民営化に持っていくまでの方法ってのもあるしね。 でも、はたから見ていて感じたこと、それは、郵政民営化を公約に掲げて3回も総裁選挙に立った小泉純一郎さんを選んだ自民党から造反者が出てる滑稽さだよね。これは筋が通ってないよ。確かに、小泉さんの手法に意義もあるし、民営化法案の不備もあると思う。でもね、正直、多くの国民はそこまで詳しいことは分からない。分かるのは小泉さんの敵が増えていってることくらいかな。そこを小泉さんはよくわかってたと思うよ。だから解散もしたし「刺客」と言われた候補にも票が入った。 郵政民営化の負の実態を本当に知ってる候補者は相当悔しかったと思うよ。論戦では勝ったかも知れないけど、選挙手法では完敗だったからね。政治家って正義を語るだけじゃないってのがよくわかったんじゃないかなぁ。 今回の選挙手法は小泉さんに軍配が挙がったって感じだね。民主党も政権交代、政権交代って叫んでたけど、結局は完敗。国民側からしてみると、間接的な結果を招く民主党(たとえ政権が交代しても国民が政治に直接参加したという意識は低い)に入れるよりも、直接に結果を招く自由民主党(自民党に投票すると郵政事業が民営化される)に入れたほうが選挙に参加した実感があるからね。この2つを同じ土俵の上で争うのがフェアかどうかという論議は置いといて、この2つを比べると後者の方、すなわち自民党が有利なことは明らかだからねぇ。小泉さんはここまで考えていて衆議院を解散させたのかもね。 こんな思考ができたのも、昔の新聞を読んだおかげ。 そろそろ俺も、民営化して恋人募集しないといけないのかなぁ
2005/09/14
今日は終日実家に居候。夕方、畑で家のゴミを燃やすがそこで一考。 今やほとんどの家庭にあるといっても過言でははいティッシュペーパー。改めて考えるとすさまじく需要の高い製品だ。発明した人はきっとノーベル賞をもらっている(ノーベル平和賞とノーベル経済学賞) あの柔らかさ、あの薄さ、そしてあの丈夫さ。何をとっても他に勝るものがない。ティッシュを使う場面は数知れず。何故か2枚組みになっている彼女ら。(ちなみに俺はピンクのティッシュが好きだ)おそらく1枚ではティッシュ本来の切れ味が出まい。 鼻紙では駄目だ!トイレットペーパーでも駄目だ!ティッシュペーパーなのだティッシュでないあの使用後のエクスタシーは再現できないのだティッシュがない生活を想像できるかい? 一体誰が発明したんだ?何故あんなに柔らかいんだ?何故あんなに薄いんだ?何故あんなに丈夫なんだ? あの、微妙な感覚が洗練されたエレガントさを演出しているに間違いない。 ティッシュ、それは、人類の知恵の結晶 ティッシュ、それは、人類の愛の形 ティッシュ、それは、人類の魅惑の象徴 ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ・・・
2005/09/13
よく「褒めて伸びるタイプ」だとか「叱られて伸びるタイプ」だとか耳にするよね。今日はその話を軽く。 運動競技の指導者から、「あいつは叱らないと伸びないから」って話を聞く。はたから見てるとその子はかわいそうなくらいに叱られてるんだけど、最終的には凄く伸びてる。ある意味ひいきだよね。その子に聞いても「叱られて伸びるタイプなんで」って答えが返ってくる。指導者に可愛がられた自覚があるんだろうね。それを見るたびにさすが百戦錬磨の監督だなぁって思うの。 でも、人間って誰しも叱られたいのかな? 褒めるときには褒めろ、叱るときには叱れ、って言葉をよく耳にするんだけど、このバランスってすんごく難しいと思うんだ。その相手によって違ってくるからね。こればっかりは慣れってものがない。どんなタイプに出会っても難しいよ。少なくとも俺はね。 「叱られて伸びる子」ってホントは「認められたい願望がものすごく強い子」なんじゃないかなって思うの。叱られれば叱られるほど認められたい気持ちが強くなる。だから、「叱られて伸びるタイプ」って言葉が出てくるんだと思う。でも実態は「叱られても自己を認めてもらいたいエネルギーが湧き出てくる子」なんだよね。元来、叱られたいだけの子っていないんだよ。きっと。 今日のブログで言いたいこと、それは、 人間誰しもが他者に認められたい ってこと。「褒めて伸びる子」も「叱られて伸びる子」も最終的には他者に認められたいの。他者に認められたい気持ちが強いタイプであればあるほど、叱っても這い上がってくる。俗に言う「撃たれ強い子」ってやつ。最近は撃たれ強い子が減ってきたから、色んな業界のリーダーも部下の教育に苦労してるみたいよ。叱る場面が減った社会ってのも嘆かわしいね 前の職場では、大人の都合で子どもとのお別れがあまりにも薄情なものとなってしまったから、先週、一人ひとりに手紙を書いたの。その中に「あなたはクラスの中で一番○○○○○でしたね。」ってセリフを入れた。全員に。4ヶ月も一緒に過ごしてりゃ、どんなに悪いとレッテルを貼られてる子も、どんなに大人しく目立たない子も、クラスの中で輝くものが一つや二つ、必ず伝わってくるものさ要はそれを子どもたちにいかに自覚させてあげるかってのが肝心なのよ。学校っていう職場は何かと過剰に子どもたちを叱ってしまうからね。俺もその日クラスの良かったことを毎日板書するくらいかなり意識して褒めようとしたんだけど、やっぱり叱る方が多かったと思う。 でもね、叱りまくった子どもに限って昨日みたいに電話がかかってくるの。「先生、手紙ありがと」ってね。 しょうがねぇなぁ~ そろそろ俺も誰かに褒められるとするかぁ
2005/09/12
みなさん、おまんたせいたしました。南の島からこんばんは。こちら、ワイハもカメハメ大王とハメハメです(?) ってなシュールなハワイアンジョークは軽く流してもらって、今日は【祝島から学ぶ便利孝】のお話。みなさん、祝島(いわいしま)はご存知かな?周防灘に浮かぶ、人口600人弱の暑い島、いや、厚い島、もとい、熱い島なの。(訂正しすぎかな) 俺はここに2年間も住んでたけど、本当に【アツイ】島なのね。何がアツイかというと、まずは気候が暑い。瀬戸内の温暖な気候の中でもかなり暑い方じゃないかな。大分県と愛媛県と山口県の中間くらいに位置してるからね。(詳しくは祝島ホームページ)そんで、また、人情が厚いのよ。本当に誰でも手厚くもてなしてくれる。ここにある4年に一度の神楽(この島では神舞と書いてカンマイと呼んでいる)お祭りの由来が難破船(軟派ではない!)の漂着者を手厚くもてなしたところから始まってるくらいだからね。(島の人の生き様を知りたい人は、俺が去年まで同じ職場だったK先生のホームページをご覧あれ) んで皆さん行動派!行動が熱い!島の人たちの行動力は凄いよ!年齢を感じさせない。対岸の島に中国電力が原子力発電を建設予定なんだけど、約9割島民が23年近く反対してるの。(抗議行動の詳細は祝島漁協ホームページ) 今日はその祝島に行ってきた。(つうかまだいます)理由は俺が祝島在住時代にお世話になった人たちが俺を励ます会を開いてくれたんだよね。いやぁ、本当に有難かった。みんなで俺を心配してくれてんだねぇ。(ビールを飲む都合に使われたとの噂あり)たとえ、何を言われようとも俺の今後のために、BBQ会を開いてくれたってのが嬉しいじゃない感謝の気持はこれ以上言葉にできないよ。しかも、途中から遠泳&古来泳法模範演技会になってたし。大の大人(俺以外は40~50台)が9月の中旬にビール片手に海に浮かんでるんだからね。こりゃ参ったよ(と魚たちが申しておりました) 今日はそんな祝島から考える【便利さ】ってのを発信致します。 みんなは、【便利】や【不便】てのを考えたことはあるかなぁ。双方から利益や不利益が派生しているんだけど。 昔サッカー日本代表の監督(オフト、だったかネルシーニョだったかファルカンだっかは定かではないけど・・・)が言ってた。日本のスポーツ選手が国際大会で頂点になかなか上りつめられない理由ってのを。一つは、芝のグランドが少ないってこと。もう一つは食に対して無頓着な選手が多いこと。日本はコンビニェンスストアの進出で、24時間どこでも食にありつける環境になった。このことはスポーツをしている選手にとって、比較的マイナスに作用するみたいだね。確かに非常時に必要な食材を得られるというのは良い点だけど、いつでも食が得られる安心感から、摂食に対する意識が鈍くなってるんだって。言われればそうかもしれない。日本社会にいなかった人に言われてるわけだから、結構的を得てるんじゃないかな。 俺が祝島に赴任してきたとき、島の内外の人からこんな話を聞いた。「不便なところによくいらっしゃいましたのんた(のんたは方言)」とか、「島は不便じゃろ?」とか。俺は愛想でなんとなく答えてたんだけど、心の中では釈然としないものがあった。「島って本当に不便なの?」って。 確かに定期便は一日3便しかなく、コンビニエンスストアはない。島のお店といったら5時過ぎには閉まるさ。居酒屋もないし、ほとんどのトイレは汲み取り式。でもそれって本当に【不便】なの? 定期船を例に取ってみるとわかり易いからちょっと聞いてくれる? もし、本州と祝島の間に橋が架かっていて、自分も車を持ってるとしよう。そんな条件で、定期船を待って船に乗ると不便さは感じるかもしれないね。船の一分遅刻は6時間近くの遅刻を意味する(1日3便だから次の船までの間隔がそれくらいになる)し、海が時化(しけ)たときなんか大変。船室に海水が入って来るくらいだから。正直、何で船を使ってるんだ?って気持になる人が多いと思うよ。だって、車なら自分の好きなときに出発できて、雨の日でもワイパー一つでなんてことないし。 でもね、今の島には橋が架かっていない。ってことは定期船に乗るのが一番コンビニエント、つまり【便利】ってことなわけでしょその一番便利な環境を何故に嘆くの?って感覚なのね。俺に言わせれば。それは、船に限らず、その他の環境にしたって同じこと。お店が5時に閉まるんだったら、5時までに買い物を済ませるのがコンビニエント。トイレが水洗でなかったら、汲み取るのがコンビニエントってこと。 今日のブログで俺は何を言いたいか、それは・・・ 自分に与えられた環境で全力を尽くせ ってこと。人間欲を言ったら切がないよ。もちろん、便利さを追求してきたからこそ今の科学の進歩はあるのだと思う。でも、そんな世の中に便利さを提供してきた人も貪欲に全力を尽くしたと思うよ。どうやったら人様が便利に生活できるかってことばかり考えていたんだと思う。それは、彼、彼女らが与えられた自分の環境で全力を尽くしたからこそ、そのような結果が導き出されたんだと思うの。 不便、不便って嘆く前に、今の環境をベストと感じて、全力をだそうや。みんな。 おっと、いつもながらこのメッセージは俺自身にも発してるんだった俺もいつも自分のことを棚に上げてたんじゃ示しがつかないぜ
2005/09/11
このご時勢、鬱になる要因はたんまりとありまっせ。夢を語れない現実が多いですからな。 朱に交われば赤くなるってことわざがあるけど、鬱のエネルギーは半端じゃないっす。それをどうにかして正常に戻すパワーはそれの何倍ものエネルギーを必要とします。 精神科医が忙しい世の中ってどうよ?こんなところにも社会のしがらみは来ています。 みんな、もっと夢を語ろう!鬱の連鎖を吹き飛ばそう!
2005/09/10
人生ってマラソンって言われるくらいだから、アップダウンが激しいんだろうけど、今日は人生について。 よく、「結婚して守りになったなぁ」って言葉を耳にするよね。あるいは、「若いんだから人生もっと攻めなきゃ」って言葉も耳にする。今日はその辺について軽く掘り下げていくわ。 結婚して守りになるのは当たり前でしょ。だって自分だけの人生じゃなくなったんだもの。配偶者や子どもたちの人生も自分の人生に関わってくる。守るものが出てくる。自分だけがしたいことをしてると周りが振り回されるという結果を導きやすい。 また、若い独身のうちは人生を攻めて当たり前でしょ。だって、しがらみが比較的少なく、怖いものを知らないからドンドン攻めれるんじん。よく、年配の方々から耳にするよね。「若い頃はよくあんな無茶をしてたなぁ」って。今思うに、攻めてるときって周りのことをあまり考えないんだよね。攻撃が最大の防御って言われるように、攻めてりゃ、守ることさえ意識しなくていいんだもん。 俺が本当に尊敬する人は守りに入る時期なのに攻め続けてる人。それも半端な攻め方じゃなくてね。守るのを忘れて攻め続けてたって人なんかゴロゴロいるさ。でもね、守らなくてはいけない人生と百も承知でなおも攻め続けている人。俗っぽく言うならば、ハイリスクを冒してまでハイリターンを求め続けている人。そんな人に俺は憧れます。 おとついのブログでハウンド・ドックの大友康平さんについて書いたんだけど、今日、ハウンド・ドックのファン倶楽部会報が届いた。もう、知ってる人も多いと思うけど、ハウンド・ドックは今年の5月に事務所から一方的に契約が3月までだと言われた。(あれ?俺の今年の夏と良く似てるなぁ)そしたら、どうなったかと言うと、スポーツ各紙が「ハウンド・ドック解散か」って見出しで発刊し始めたの。これにはメンバーもびっくり。解散なんか毛頭(毛チンのことではない)なかったからね。んで、その新聞報道が火種となって、今度はメンバー内で様々な人間模様が繰り広げられ、ベースとキーボードの人がドックから離脱しちゃったんだよ。 そこで、貴方ならどうする?25年間ロックンロールバンドをやり続けてきていきなりベースとキーボードがいなくなっちゃったんだよ。年齢は50歳。正直、バラードが歌いたくなるような体力の時期さ。ツッパリやカッコつけが通用しない年齢だよ。 ここで守りに入らなかったのが大友康平だったんだよ。新しい形でハウンド・ドックを立ち上げた。旧メンバーの中で3人が大友康平個人事務所まで付いてきて4人でのスタートとなったわけさ。しびれたねぇ。50歳になってから、またロックンロールを始めるんだよ。俺の50歳はどんな姿なんだろう。ここまで攻められるのかなぁ。大友康平は歌の中で言ってた、「偉大なほどワンパターン」だって。あと「ジジイになる前に死んでやる」ってのも言ってたなぁ。まさに有言実行 本物ってこういう人のことを言うんだろうね。これこそが本物の攻めの人生だよ。多くの人が想うだけで挫折して現実路線を慎重に渡ってるんだと思う。もちろんそれを否定するわけじゃない。大友康平みたいな人生もありなんだよなぁって再確認するわけさ。 それに比べ俺は頭で考えてばっかり 本気出してアクション出さないと時間が待ってくれないよ。 ってなわけで今日のお題は【自分の人生】。しがらみあっても攻めてますかぁ?それとも攻めたい気持ちを抑えてちゃんと守りを極めていますかぁ?
2005/09/09
誰かの楽曲ではなく俺のことです。 今日、大学時代の先輩からメールが来た。俺はメール星人でけっこうメールをするんだけど、その先輩からは割と頻繁に来るので、返信の頻度も多い。内容は北海道に彼氏と旅行に行ったんだって。知床から羅臼まで制覇したみたい。俺は文字しか見てないけどかなり楽しそうだった。幸せの絶頂みたいな感じで、初々しかった。そこで、気づいたことが一つ、 俺って最近デートしてねぇ~って。女の子と2人で遊びに行ったことはあるけどデートは本当に久しくしてない。よく考えると、4年くらいしてないかも。あのときのドキドキとかがやけに懐かしくなってる。おそらくエスコートの仕方も忘れてると思う。ホントに。なんだか益々引きこもりになっちゃうよなぁ。それでなくてもNEETでヒッキィなのに 最近、結婚する友だちが増えた。もう27になる歳だから当たり前と言えば当たり前だけど・・・ んで一つのギモンがある。「結婚する前とした後のデートって感覚が違うんですか?」ってこと。よく、「付き合う人と、結婚する人は違う」って言葉を耳にするんだけど、そんな差が結婚する前とした後に出てくるのかなぁ。経験者の書き込みよろしく! ここ2,3年、既婚者と接する機会が多いんだけど、恋愛結婚ってある意味悲劇だと感じる。どういう意味かというと、愛情のみで結ばれた場合、愛情が冷めた後2人の関係がねじれてくるの。愛情が半永久的に冷めないチャーミーングリーンみたいなカップルでない限り、相手に対していつまでも愛情を感じていた過去の関係を、現在の関係に投影してる人が多いってことをよく感じるのね。もちろん、2人になるきっかけが愛情でそれから相手の色々な部分が見えてきて、互いに認め合う部分が多くなり、長続きしてるカップルもいるんだよ。でも、残念ながらそうでないカップルもいる。「子はかすがい」って諺が妙に染みてくる瞬間が多いんだ。 よく、日本はアメリカの10年後を追っているって話を聞くんだけど、おそらく10年後の日本は今のアメリカみたく離婚率が上昇するんじゃないかなぁ。恋人同士が別れるような感覚で離婚する人が増えてくるかもしれない。 おっと、おいらは未婚者なんで、これ以上の憶測は波紋を呼ぶかもね。 まっ、いづれにしろ、おいらはロンリーハーツなんでね今夜に限って言うと、山口ロンリーハーツ倶楽部ですがね
2005/09/08
お前の 涙も 俺を止められない 今さら 失う ものなど何もない 言葉にならない 胸の熱いたぎり 拳を固めろ 叩きのめされても ん~、熱い詩だねぇなんか前のめりな気分が漂ってくるよねぇ 今日のブログは HOUND DOG について。若い人は知らないかな。80年代、一世を風靡したロックンロールバンド、ハウンド・ドック。おそらく、このブログを読んでる30台後半から40台にかけての多くの方は、この歌と熱い一夜を共にしたんじゃないかな(ホラ、そこ、右手が挙がってる) 幼稚園から小学校4年までピアノを習ってた俺は、比較的、音楽に興味があるんだよね。(ほら、そこ「えっ?ピアノ?」って言わない。割とマジにやってたんだかんら。ブルグミュラーまでやりました。はい。でもピアノやった人じゃないとわからないね)実は小学校時代は男でピアノを習ってるのが恥ずかしくてあまり人には言わなかったけど、中学校くらいから仲間内でポップスが流行ってくるにつれて、そんなに恥ずかしいこととは思わなくなってきた。中学校時代は主にラジオから音源を引っ張ってきてよく聞いてたなぁ。赤坂泰彦ってDJに憧れて当時は将来ディスクジョッキーになろうと思ってたくらいだったから。(実は去年と、おとどし、FM山口のDJオーディションを受けました) ジャンルは本当に何でも聴いてた。クラシックから始まり、J-POP、洋楽、そしてイージーリスニングからゴスペルまで。(ゴスペルについてはまた書くね。実は俺は大学時代、ゴスペルを歌ってたのだ)本当によく聞いてた。中でも洋楽が多かったね。洋楽って歌詞がよくわからないから、歌詞とメロディーを一緒に聞いちゃうんだよね。俺は、歌詞をいちいち追って聞くタイプじゃなかったから、変に耳に残るJ-POPよりも、洋楽の方が心地よかった。Chicago, Mr.BIG, エリック・クラプトン、Queen,シャナイア・トゥエイン、セリーヌディオン、マイケル・ボルトン、スティングなど、挙げればきりがない。 んで、それを車の中で聞くのがサイコーなんだよね。トランスできるって言うか、自分の世界に入りやすいの。空間が狭いから。俺はドライブが好きなんだけど、その道にあった曲をかけたりして、運転するのなんかたまんないね。 2年前の5月、友だちからハウンド・ドックのライブを観に行こうと誘われた。俺は勿論OKハウンド・ドックのCDは持っていなかったけど、彼らの曲は大好きだったからね。ちょうど小学校2年生か1年生のとき、運動会の入場行進がff(フォルテッシモ)って曲だった。俺は当分、あの曲は運動会用の曲だと思っていたくらい印象があるのよ。だから、カラオケでもかなり歌わせてもらってた。 とは言っても、ハウンド・ドックのファンでもなかった俺はそんなに曲を知らなかった。友だちにCDを借りて、事前研究をしていざ、広島へ 感想はと言うと・・・ しびれました ほんと、こんだけ。これ以上の表現を俺は知らない。何にしびれたかと言うと【歌詞】。今まで、歌詞というものに全く無頓着だった俺は、ボーカルの大友康平の体内で共鳴されたボイスが、ハウンド・ドックというグループからかもし出されるロックンロールの楽曲に乗って、歌詞を直接俺の体内に送り込まれた感覚に言葉がなかった。あの歌詞がロックンロールでなかったらしびれてなかっただろうし、例えロックンロールでも大友康平が歌っていなかったらしびれていない。それくらい強烈だったの ライブの後、15時間くらいかけて山梨に行ったんだけど、車の中はず~とハウンド・ドックだったもん。 それから、俺はハウンド・ドック一色。今まで世間に出回ってるCDを買いあさった。正直、他のミュージシャンのCDも買いたいのはイッパイあるんだけど買えないの。まず、ハウンド・ドックで満腹になりたいんだろうねぇ。おそらく他のミュージシャンを聞くのは当分後になりそう。 ロックンロールは素直だよ。80年代は「ロックンロールを聞くと不良になる」っていうことを学校の先生が言ってた、て話も耳にするんだけど、正直、ロックンロールには社会性をもたらす効果があるんじゃないのかな、って思うよ。基本的に反社会的な歌詞が多いんだけど、それは、人間なら誰しもが持っている本音なんじゃないのかな。それを出すのがはばかれる世間になればなるほど、ロックンロールの価値ってのは上がると思うんだ。社会性を保つためには、反社会性の視点を持たないと保てない。これが俺の持論。反社会性の視点を知らずに社会性を保とうとすると、非社会的な人間になっちまうぜ是非とも反社会性の子どもの対応に苦しんでいる人に言いたい。「ロックを聞け」ってな。子どもたちの心がよくわかってくるぜ。ぶっちゃげ、俺は、学校社会から排除されそうな言動の子たちの気持ちが痛いほどわかる。もう、そうするしか手段がないんだよな。お前ら。 今日は一日かけてハウンド・ドックのCDをパソコンに整理し直してた。40枚近くあんだもん。レコードの時代の音源がまだ手に入らないんでコンプリートじゃないけど、ここまで揃えば、だいたい大友康平のボイスと共に日本全国どこでも車で飛んでけるぜ HOUND DOG に青春を費やした人、また、音楽に興味がある人、もしくは俺みたいにロックンロールで教育を変えてやろうと密かに目論んでいる人、書込みヨロシク。いつも言ってるけど、ブログに全く関係ないこと、俺を全く知らない人の書込みも大歓迎っす ちなみに、最初の歌詞の続きってどんなだか知ってる? 激しく高ぶる 夢を眠らせるな あふれる想いを 諦めはしない なんだって。今の俺じゃん
2005/09/07
今日は台風のナービー君がもうじきいらっしゃるらしいので早めのアップ。 よく「自然を守ろう」って言葉を耳にするじゃなぁい。英語でもseve the planetって言うし。俺は、あの言葉にすんごく抵抗がある。少なくとも俺の辞書にはない言葉。 自然保護の対極に位置する言葉として自然破壊って言葉が挙がる人も多いんじゃないかな。俺も昔はそういうもんなんだと思ってた。でも2年間、島に住んでみてこの感覚は一度もあらわれなかった。なんでと思う? 海を傍に感じながら生活してると良くわかった。職場から海が見える環境なんかサイコーだね。勿論、海が綺麗ってのもあるんだけど、自然がダイレクトに伝わってくるから、自分を客観的に見つめる機会に恵まれんだよ。自分の存在意義なんかについて考える時間が増えるんだよね。自然の中の俺って・・・みたいな感じで。例えば海面の様子で今後の天気を判断するってのもよくあったし、山や海の恵みを直に感じる食卓にありつけさせて頂いたってのもよくあった。今回の台風なんか、内地と違って海辺の人は準備が早かったよ。それほど、自然を感じる力が衰えていないってことなんだろうね。自然の驚異と恩恵が実生活と隣り合わせだから自然に対する崇高さもより気高いはずだし よく、都会で、カブトムシはお店に売ってあるものだとか、魚は刺身にのように切り身になってるものだとかって、思い込んでる子どもがいるっていう話を耳にする。田舎暮らしの俺らにとってはチャンチャラおかしいけどね。でも、そんな環境で過ごす子どもたちにとっては当然のことなんだだろうねぇ。コンクリートジャングルに住んでいる子どもなんか顕著だろうし。でも、これらの事象にはやっぱり違和感を感じる これらの話って実はかなり相関しあってると思うんだ。とある一つの考え方に起因していると思う。 そう、人間って自然の中で暮らしているものなの。当たり前すぎてよく聞く話かもしれないけど、今回、もう一度よく考えてもらいたい。人間が自分たちの生活を便利にしようとすればするほど、自然界と乖離してくるんだよね。(便利考については後日記述)だから気づいたら自然が疲弊している。すると、さっきのような言葉が出てくる。“自然を守ろう”みたいな。 現在、自然と共に生活している人はわかったかな?つまり、 自然保護=自然破壊 なの。行為そのものでなく考え方が。どういうことかって言うと、自然を保護しようっていう考え方も自然を破壊する行為も元をたどれば同じ。つまり、人間が自然をどうにかできるんだって考え方から派生してんの。派生の方向こそ全く逆になってるけどね。それっておかしくない?少なくとも俺はおかしいと思う。最近特に思う。保護、保護、っていっても所詮人間だよ。自然を感じがら生きていくことが必要十分条件じゃないのかなぁ。「保護」って感覚よりも「共栄」って感覚に近いかな。 ってことで今日のブログは自然について。あっ、断っておくけど、自然保護活動を否定しているわけじゃないからね。自然を破壊する行為を阻止するって解釈もあるし。まぁ、言葉のアヤになってしまうからこれ以上の解明は止めておきます。 みんなぁ~ 自然について自分の考えや経験をカキコしてちょぉ~だい
2005/09/06
最近、1学期にお世話になった学校の状況を耳にする機会がある。それで思うことがあるんだけど、俺が担任を続けていたらあのクラスは今ごろどうなっていたんだろう?って。 こないだも書いたんだけど契約を延期されなかった理由は指導力不足、つまり、生徒指導と授業の研究をする時間を与えましょう、という配慮だった。そして来年度からの仕事に入りやすくするために今はしっかり勉強しておいてください。ってことも言われた。要するに俺は特別な配慮をしてもらってたの。これは有難い話だと思うよ。正採用の先生にはなかなか味わえないような配慮でしょ。まさに、臨時採用の特権かな。 自分の授業をヴィデオに撮るようにってアドバイスも外部の方から頂いたんだけど、正直、撮っていません。だから自分の授業や生徒指導がどこまでお粗末なものかを把握しきれないってのもある。おそらく、自分が思う以上に情けない光景なんだろうなぁ 1学期の生徒指導を振り返ったとき、いくら俺の考えがあるとはいえ、本当にためになるんだろうか?っていう危惧が常に隣り合わせだった。長期的に子どものことを考えるのも大事なことだけど、そればかりに執着してしまうと短期的に子どもを見る目がおろそかになってしまうじゃない。そうすると、長期的に物事を考える能力の比較的乏しい4年生は担任不信になるし、保護者だって3年間4ヶ月の経緯があるのでもう待ったが効かない状態。子どもや保護者にしてみれば悠長なことは言ってないで早く今日の学校をどうにかしてくれってことなんだろうなぁ。俺が保護者でもそう思うかも。 ってことになると担任を変える判断をした人は素晴らしい英断だったってことなんだよねぇ。 何が正しくて何が間違いという判断はできないからその話はもうおしまいい。 今の子どもにとって一番必要なこと。それは、新しく担任になった先生が正面からぶつかってあげることかな。 新しく担任になった先生、俺の尻拭い宜しくお願いします。自分はこんなに情けなかったんです
2005/09/05
今日は“言葉”について。 日本では古来から言葉に霊的な力が宿ると信じられておりそのことを“言霊(ことだま)”と言ったそうな。 という重い書き出しはどうも性に合わないからいつものノリで。言葉ってすんごく力を持っているんだよね。この国では古から、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられたみたい。だから、良い言葉を発すると良い言葉が起きて、不吉な言葉を発すると良くないことが起こるとされてきたんだって。確かにそうかな。今年の夏は特に暑かったみたいだけど、「暑い!」と言ってる人が結構いた。俺の感覚ではあまり気にならなかったけどね。確かに暑かったけど夏だもん。そりゃ暑いさ。何故にわざわざ言葉にするの?って思ってた。そんな人なの。俺は。「暑い」と言葉を発することによってまた自分の耳で「暑い」という言葉を認識するじゃない。結局は言葉を発する前よりも暑くなってるの。自分の感覚が。自分が嫌なことをわざわざ自分で意識化する作業が俺にとってはナンセンスなんだよねぇ。 言葉や文章って後世の人間も耳にするよね。だから明言や格言も生まれて、伝説や神話として語り継がれる。でも言葉ってよく独り歩きしちゃうじゃない。「それって、俺の真意じゃないよぉ~」みたいな。 俺がネット上でお世話になってる人がいるんだけど、その人からこんな言葉を頂いた。 「世の人は 我を何ともいわば言え 我が為すことは我のみぞ知る」 これは、坂本龍馬が残した言葉なんだって。要は自分のしたことは自分しか知らないって意味。他人は何と言ってても良いんだよね。有難い言葉をもらったなぁ。文字通り“有難い”よ。 大学1年のときに、比較的自分の行動が誤解されやすい3年生の先輩がいた。その先輩が俺にこんなことを言ってくれた。「今日から人の噂は気にしないことにするわ。本当に俺を知ってくれてる奴だけが俺を知ってくれてたらエエもん。」って。目からウロコだったね。俺はそのとき他人からの評価が気になり万人受けするような振る舞いばかり取ってたけど、人間の本質はこういうことなんじゃないかなぁって思った。坂本竜馬の格言を眼にした瞬間、あのときの先輩のことを思い出した。行動と言葉の違いはあるけど、かなり近いものがあるよね。この考え方は今の俺の生き方の土台となってるのは間違いないよ。先輩、あの時はありがとうございました。 てな感じで、今日の俺が言いたいこと。 ブログの俺は本来の俺以下でもないし以上でもない あれっ?ちょっと哲学的になっちゃったかな?要するに、俺は自分の言葉に魂を込めながら責任を持ってweb上にアップする。それは包み隠しのない本当の自分。でもその言葉尻だけに執着すると本当の俺を知れなくなるかもってことかな。だから俺のブログを否定的に見たり、肯定的に見たりして欲しいってこと。同じブログでもね。 言葉には魂があるから、罪を作っってしまうときもあるし、幸せを招いたりしてくれるときもあるんだよ。きっと
2005/09/05
今日の高松は雨だったためオリーブ球場での試合は中止。俺は午後から、屋島にある四国村に行ってきた。やっぱ、アイランドリーグに携わるには四国を知らなきゃねすでに県立博物館とサンポート高松の四国プラザは制してきたモンんでこの四国村が熱かった雨だったけど熱かったこの熱さは文章では伝わらないので、知りたい人は実際に行くしかないよ。四国について考えさせられます。 でも今回のブログは四国のことではなくて(四国考についてはまた書きます)俺自身のこと。なんてったて今日は日曜日。カップルで見学に来てる人が多かった。香川の女性ってスリムの人が多いよ。俺は大学時代は野球部スレンダー専門委員会の委員長だったんで、かなり激しくスカウターがバイブレーションだったねぇまぁ、まだ高松市内しかウロチョロしてないんで俺の軽い偏見かもしれないけど 車のナンバーを見てると県外も結構多く、愛媛や、徳島は勿論のこと、岡山や神戸、大阪もちらほら。遠出をしてみんな楽しそう!え?俺は?1人?なんかおかしくない?(おかしくないとの反応もちらほら聞こえますが・・・)俺の趣味はドライブなんだけど、必ずと行って良いほど遠出をするときは1人。去年なんか15時間通勤を何度かしたけど、山口~山梨間も1人。基本的に2人だと気を遣っちゃって、寄り道も出来ないし、想定の範囲外のあんなことやこんなことも出来ない。(まぁ、同乗者にもよりますが)だから1人で行動することが多くて1人の観光なんてフツーだったんだけど、今日、改めて気づきました。 俺って1人じゃん って。基本的に俺はエラ呼吸ならぬエ○呼吸だから女性ナシでは呼吸ができないんだけど、特定の女の子と遊び続けたことは久しくないなぁ。ここまで1人だったとはねぇ広く浅い付き合い方が裏目に出てしまいましたとさ だから特定の女の子を無条件で好きになることが、ホントない よく考えると相当寒い野郎だよね。俺って。あの子はみんなからあんなこと言われてるけど、実はこんな良いところがあるとか、あの子は、こういうところが男性受けするんだとか、なんか、イマイチ女性を客観的に見ながら付き合うことが多いの。よく言えば誰とでも遊べるけど、悪く言えば八方美人。うわっ俺ってサイアクやん という、最近恋愛べたな俺様を再認識した高松ロンリーハーツ倶楽部の活動報告でした そろそろ無条件で女の子を好きになりたいなぁよく「彼女のどこが好きなの」っていう質問を耳にすると思うんだけど、あの答えって全部後付けだと思うの。「顔がタイプだからっ」て、言ってるやつに言うけど、「お前は彼女の顔と付き合ってんのか」例えばギリシア時代の遺跡からかろうじて発掘された顔だけもげた(山口弁です。→“取れた”の意)彫刻をイメージしてもらおうか。毎日毎日自分の気に入った“顔”だけと生活してんだよ 顔が好き、だとか、スタイルがいいから、だとかじゃなくて、何で好きなのかよくわからないってやつに憧れる。気づいたら一緒にいたくなってたってのがいい でも、もうサントリーピュアモルト・WE好き~みたくピュアな時代は来ないのかな。やっぱ理想は理想で頭の片隅に永遠に置いておくべきなのかな。 だれか、天の救いの声をかけてくださるか、天誅を下してやって下され 最近、高校生カップルが手をつなぎたいのにつなげずに、微妙な距離をキープしながら楽しそうに歩いている姿に妙に興奮して、今の自分を恥ずかしく感じてしまうFunkyでした。
2005/09/04
今日は破廉恥な内容を書こうと思ったのに・・・ 今は高松市内のネット喫茶。今日もアイランドリーグのお手伝いをしてきました。今日は土曜ということもあり、明治乳業やJA香川など、スポンサーのイヴェントがいっぱいでオレの、ガイナ君の出る幕はなかった。でもチケット切りに燃えたね!今までに無くハイテンションで、粋にチケットを切りまくったから 今日はオリーブスタジアムにしては多い1200人超の観客だったけど、あれ、絶対にオレのキップの切り方に惚れ込んで、一度退場して、もう一回買ったオレのファンがいるね。妙な自身がある!いや、いない理由が分からない 今度から、選手を見に来るんじゃなくてチケット切りのオレ様を見に来てくれる子(特に女の子)が増えるのは必至です(~~)V てな、軽いノリはさておいて、今日はちょっとへこんだ話。 球場にボランティアにきて毎回充実して働かせてもらっているんだけど、いつも何か煮え切らないものを心に抱いて帰っているような気が自分でするんだ。何なんだろう、何なんだろうって毎回自問自答してたんだけど、なんとなくそのわだかまりが解けてきたような気がする。 今日はガイナーズが1対0で辛勝!だってヒット一本で勝ったんだよ。俺の野球人生でもなかなかないね。ヒット1本のチームの勝利って。まっ、そのヒットがホームランだったんだけどね。んで、相手チーム(高知ファイティングドックス)を完封したのが捻金(ねじかね)投手。今のガイナーズのエース格のピッチャーなんよ。このピッチャーって春のアイランドリーグ・キャンプで高知FDの藤城監督から、投法に関するとあるアドバイス(俺も教えてもらったけれどもココではあまり披露できないな。プロの選手でもやっている人は相当少ないらしい)をもらって、それが自分の身体に合っていた様で、今シーズンはホントによく活躍しているみたい。球速は140キロ後半って誰かが言ってたな。今日、チケット切りをしながらちゃんとチェックをしてたんだけど、やっぱり最近はスカウトの人が増えてきたよ。甲子園も都市対抗も終わったからね。後は、この独立リーグでスカウティング合戦が始まりそうだな。今日なんか大リーグのデビルレイズのポロシャツを着てきた人もいたしね。 俺が言いたいのはこの捻金投手のことではなく、彼から見える自分の姿。確かにボランティアは充実してるよ。俺って営業とか接客とか相手をいかに楽しませるかって職が相当あってんじゃないかなって思うくらい。(あと、お笑いとかもね)でも、いつも試合が終わって充実感の隅で邪魔する虚しさがある。それはね、 野球を本気で出来る羨ましさ! だったんだよ。俺は小学校4年から大学4年までの13年間野球をやってきた。強いチーム、弱いチーム、色々経験したよ。それこそ、一回戦負けのチームから全国大会出場のチームまで。 野球って個人評価の機会が物凄く少ないの。団体競技だから当たり前だけどね。だから、チームの戦績がそのまま、自分の実力って勘違いしてしまいがちなんだ。俺は大学4年の秋リーグで4番を打ってたんだけど、どうしても打てないピッチャーがいてね。そのピッチャーは速球派(といっても130キロ台だよ)でストレートをジャストミートした記憶が無かった。んでチームも満足のいく結果が残せず、物凄く申し訳ない思いで一杯だった。(アン時のチームメイト、このブログ見てたら謝るよ。ごめんな。打てない4番で。俺はリーグ戦中や試合中に謝ることだけはしたくなかった。だってまだ、取り返しが効くでしょ。だから今、この場を借りて謝らせてよ・・・)だから、大学4年の秋リーグが終わって「もう、野球を本気ですることはないな」って思い始めたの。それくらい自信がなくなったなぁ。 でもオール関東センバツチームの試験を受けるチャンスに恵まれて声がかかった他の2人と試験を受けに行った。それでホントにラッキィーなことに俺は選抜チームに選ばれたの。ホントにラッキィだったんだよ。俺より明らかに能力が高いであろう選手(一説によるとツインズからのオファーを断ったとの噂もあり)が試験に遅刻したんだもん。まっ、それでも選抜チームに選ばれたってのは俺ん中でもかなり嬉しかった。だって、それまで、ほとんど個人評価をしてもらったことがなかったんだよ。結果は全国大会準優勝だったけど、そん時は俺の実力を周りと比べることができてすんごくいい経験だった。駄目もとで野球人生の節目にプロの試験を受けに行く奴の気持ちが良く分かったよ。野球選手は誰しも、個人として誰かに評価してもらいたいんだよね。 そんなことがあり、野球はもう本気でしまいと心に決めた秋リーグ後の気持ちもどこへやら。野球はなんらかの形で続けていきたいなぁ、特に若いうちに自分の実力の限界を知りたいなぁ、という気持ちが再び沸いてきたんだ。でも、とある理由で教員をすることとなり、仕事メインになってきてそんな想いもどこへやら。気付いたらもう2年半野球をしていない。そろそろ筋肉が腐ってくるころだろうなぁ。 そんなときに今回の成り行きで、アイランドリーグにお手伝いにいくことになった。このリーグは選手との垣根が低い事を売りにしてるの。チケット売り場にも必ず選手が2人ほど来てくれるし、試合後、観客と交流している姿はホントにどっかの大学野球リーグかと思うほど。だから、俺も捻金投手とは何回か話して距離感が近くなってた。それでもって今夜の投球でしょ。俺は嬉しかったのと同時に悔しかった。だってヒーローインタビューの時にはゴミ袋片手に、「ゴミはありませんかぁ~」って言ってんだよ。今まで頭では理解しているつもりが心の隅では虚しかったんだよね。きっと・・・ 彼は俺のことをどう見てるのかなぁって。 去年の秋、大学の後輩の引退試合で現役当時の同輩と再び野球をする機会があった。俺って、俺が「あの選手、上手いなぁ」って思った選手と一緒に野球が出来るのが何よりの幸せなの。もう彼とは野球をする機会がないと思っていただけにそのときは相当興奮してたよ。今週の日曜日も実に9年ぶりくらいに高校時代のチームメイト(キャプテンと4番)とソフトをする機会があったんだけど、これまた相当嬉しかった。俺は3番や、5番を打ってたから、4番の子と「2人で1点取りに行くぞ!」てのに妙な執着心があるんだ。なんか男の信頼ってやつ。さっき出てきた大学時代の同輩にも全く同じことが言える。 石毛代表にアイランドリーグのブログに対するコメントを書いたっていったけど、あの中に実は「26歳でも試験を受けさせてもらえませんか」みたいなことを書いてた。そのときは25歳定年退職制ってのを知らなかったからね。勿論、アイランドリーグで、石毛代表と熱い想いを化学反応させたいって想いがあるのも確かだけど、実は、自分が野球をしたかっただけなんじゃないかなって想った。今日の捻金選手のピッチングを観てたらね。 てなわけで、これから野球ができる環境ってのも求めて行こうかなって思います。そうしないと自分自身に嘘をつくことになるんでね。この夏からの俺のテーマは 自分に正直に生きる! なんで。 なんだか今夜のブログはあまりにも長く想いをぶつけてしまったから、タイトルと最後の気持ちが変わっちゃった。でも、結局はこういう自己の内面の把握ってものブログを立ち上げた大きな要因なんでよしとするかぁ 今日は自己満足のブログでしたが、みんな、どんどんコメントしてちょ!俺を振るい正すためにも、そして、コメントする自分の気持ちを整理する意味でも。p.s. 今日も車泊か(××;)
2005/09/03
今日のブログは父親について。 父親って不思議な存在だ。いるようでいない、いないようでいる、ってな感じの存在感がある。色んな家庭事情もあるだろうが俺のうちではそんな感じ。 俺は中学校1年の秋くらいから父親とは全くと言っていいほど口を聞かなくなった。思春期といえばそうなのかもしれないが、小学校の高学年のときにPTA副会長をし始めたときから、鼻につく存在だったようだ。今思えばホントに些細なことだったと思う。 高校を卒業してから予備校に行くときに「浪人させて下さい」の台詞を喋ったのであるが、中1から計算する実に5年半くらい会話をしていなかったことになる。ホントに「うん」や「すん」(よく、うんやすんも言わないと言うが本当にすんと言っている人はいるのであろうか。このトリビアついても知っている方は書込み頂きたい)さえも言わなかったから徹底していたと思う。今思えば、素直になるタイミングを逃しただけだと思うが。 そんな親父(なぜか第三者に語るときには“親父”となる。家では“お父さん”と呼ぶのであるが。この辺りの体験談も書き込み下され)はサムライだ。どこがサムライかと言うと、古き良き“忠義”の精神にあふれている。親父は養子なわけだがホントに不平不満も言わずによく働く。趣味は貯金と言ってのけるくらい堅実で、(その貯金は俺が食潰しているのであるが・・・)会社から戻ったら田に畑に山に大忙しだ。俺のうちはGHQの農地改革が入るまで大地主だったようで(庄屋さんだったらしい)土地が何町もある。その全てを耕作する勢いで、米にキャベツ、イチジクなどを栽培しているからたいしたものだ。専業で農業をしているわけでもないのに。 言葉は少ないが、養子としてやることをやっているので妙な説得力がある。俺も尊敬をしているのだが、なかなかそれを表に出すことが出来ない。元来、誕生日プレゼントというものをあげたこともないし、父の日に執着したこともない。俺は記念日ってのに抵抗感を感じる人種なので、自分が感謝したい日に感謝したい人に色々な手段で気持ちを伝えることによってそれらに代えている。親父には初任給のときに時計をプレゼントした。まぁ、時計をプレゼントしたのは、親父だけでなく、お袋と、祖父母にもしたので、初任給どころか大借金をして買ったのであるが。 大学は実家から遠くて、田植えや稲刈りに時期もなかなか帰省できなかった。こっちに帰ってきて2年間は島暮らしで、教員採用試験のこともあって農作業の手伝いをする機会もめっきりなかった。 この4月に実に8年ぶりくらいに実家に戻ってきた。けれども昨日のブログでも書いたように平日は勿論、土日も出勤せねばならないくらいの要領の悪さで、農作業を手伝うこともなかった。そして、職を失ってからも車で色々遠征したり、友人の慰労会や結婚式に出席したりしたので、夕方、時間が空くことがなかった。けれども、今日の夕方は時間が空いており、本当に久々に農作業を手伝ったのだ。 キャベツを植えるために畑の草を燃やす仕事だったのであるが、俺の姿を見るなり親父は嬉しそうだった。決して自分から「手伝え」と言わない親父だったので、今日のような日を待ち望んでいたのであろう。相変わらず言葉を交わすことは少ないのだがかなりスムースなコンビねーちゃん、いや、もとい、コンビネーションで仕事を終えた。 今夜の晩餐の親父はいつもより安堵感が漂っていた気がする・・・ 今日のお題は【親孝行】。(途中に違うお題も入りましたが・・・) 皆さん、硬軟問わずざっくばらんに書いてちょ!
2005/09/02
今日の前半のブログはちょっとお堅い内容だったから後半は軟らかめでイカせてもらうわよん() 昨日のブログを読んだ人から「石毛と知り合いだったの?」ってよく聞かれたから、今回は四国アイランドリーグの石毛代表について書くわ。 小学校から大学まで野球をやり続けてきてそれなりの評価ももらったけれども、さすがにプロ野球の世界の人と関わっていないと石毛さんとは面識ないよ。だって、あの西武黄金時代を引っ張っていたあの石毛宏典だよ!俺らからすれば神のような人。実際、当時の西武にいた選手から話を聞いても相当、威厳があったみたい。やっぱプレーでチームを引っ張るプレーヤーって言葉以上の説得力があるよね。 去年、石毛さんが四国に若者の登竜門として独立リーグ構想を発表したとき、正直電気が走った!当時の野球界の流れをどうにかして逆行させようとさせる熱意を感じたんだもん。ちょうど、近鉄が命名権を譲渡するということが聞き入ってもらえず、オリックスと合併して、球団削減の流れに堀江さんと三木谷さんがノーと言い始めたときだったかな。今の野球界に必要な流れだったんよ。あれは。もう一度、【野球】っていう原点に戻る必要があった。子どもたちがのっぱらで野球をするときに誰も、グローブ代とかのっぱら使用料とか考えないでしょ。本来、スポーツとビジネスって縁のなかった領域なんじゃないかなって思い直したんだ。 だから、アイランドリーグのホームページはちょくちょく拝見していたよ。勿論成功して欲しいし、自分も何か役に立つことがあるんじゃないかなって思ったから。んで石毛代表のブログにもコメント書いたりしてた。相変わらず熱いことばっかり書いてた気がするけれどね。 俺が、校長室で契約延期をしないという話をいきなりされた8月9日の午前中だった。校長室から職員室に入ると俺の携帯が鳴ってるじゃない。めったに音は出していなかったんだけどその日は夏休みってこともあってオンにしてたんだよね。誰かわかんないけど取ってみると「四国アイランドリーグの石毛です」だってさ。一瞬耳を疑ったよ。俺のブログのコメントに電話で応対してくれたんだよ。感激だったねそれと同時に妙な縁みたいなものも感じた。人生のターニングポイントってやつかな。だって教員を辞めた話の直後だったからね。これはもう運命っしょ。そこでは教員を辞めたって話はしなかったんだけど、今度、四国(高松)に行かして下さいってお願いしたんだ。勿論石毛代表は快くオッケーしてくれたよ。ほんと度量の広い人だよなぁ。 車で大学時代の旧友に会うために山梨に行って、そのまま、高松に直行した。23日のことだったかな。メールでその日に行きますって行ってたから、是非ともその日に行かなくっちゃってのがあった。けれども高松のオリーブスタジアムに着いたのは夜の10時前。試合後の選手しか見れなかった。けれども俺はそのとき石毛代表に会うまで高松に居座ってやることにした。幸い車だったからそん中で泊まったんだ。 次の日事務所に行って俺の話をしたけど、石毛代表は不在だった。とりあえず試合のボランティアをやりながら石毛代表が現れるのを待つことにしたんだ。チケットの半券切りからマスコットまで、やらしてもらった。正直楽しかったよ。だって学校現場とは違い、自分が正しいと思ったことができるんだもの。俺はいかお客さんが気持ちよく試合を見れるかってことだけを考えた。チケットを切った後の半券はお客さん向きにして返すだとか、マスコットのパフォーマンスは派手にするだとか。マスコットに入ってスタンドにも入ったし、側転もした。みんなは暑いのによく頑張るねってねぎらってくれたけど、俺の中で暑いってのはあまり関係なかった。だって楽しんでくれている子どもがいるんだよ。天職かなって思ったよ。試合は負けたけど最後に側転のアンコールがあって見事に成功させた!やっぱりこんな人とのつながりが俺には向いてるさ。 でも終わったら車の中で泊まらなくちゃいけないからそれなりに窮屈だったよ。そこで俺は考えた。石毛代表に会うまでに一番楽な宿泊方法を。何だと思う?それは・・・ 同棲 しかも女の子との同棲。これがベストっしょ!普通の妄想族はたいていここで終わるんだけど俺は違うね女の子と同棲したいときの最短方法は、女の子に同棲しませんかって言うこと。はっきりいって変質者だけどね。勿論言い方を考えなきゃ捕まりかねないから、俺のコミュニケーションスキルをフルに活用させたさ。博物館勤務の堅めの女の子から、コンビにの軽めの女の子まで。もし、高松で女の子と同棲できる可能性が1パーセントあったとする。すると逆に考えると100人にお願いすれば1人と同棲できるってことだからね。 まっ、ここまできたら半分ギャグとして任務を遂行してたけど・・・結果は当たり前のように同棲してくれた人はおらずで。(でもメールしてくれてる人はいるよ)でも、今回の体験で得たものは大きかったね何事も頭で考えるだけじゃ意味がない!実際やってみろってんだ!身を持って体験した。同棲できなくても気分良かったし。 そうこうしているうちに金曜日(26日)に石毛代表が事務所に戻ってくるという話を聞きつけ、石毛代表自ら俺と会ってくれることに。同棲の、いや、車中泊の甲斐があったよなぁ。んで合ったときの内容は昨日のブログの通り。現実はなかなか厳しいよ。よく考えたら俺って教員以外に専門的な知識は何一つ身に着けていないようなきがする。あっ、コミュニケーション能力は高いけどね石毛代表にうちで仕事した場合は大丈夫かって言われたけど「保証はないけれども自信はあります!」って言いのけた。だって本当だもん。あと、彼女の有無についても聞かれた。「女は足手まといになるのでいりません!」って。正直、自分で耳を疑ったね。「世の中に女性がいなけりゃ死んでやるよ」って言ってる女好きの俺がこんな台詞言うんだからまっ、それくらい石毛代表についていきたいっていう想いがあったんだろうなって再認識したのも事実です。 てなかんじで俺の高松第一弾は終わり。どう?石毛代表の度量の広さは?えっ?俺自身の話の方が濃かったって?まぁ、そうも感じるかもしれないけど。今回は石毛代表に関するブログだからその辺は、ご容赦願いますm(__)m石毛代表はあれだけの実績を残した選手なのに、野球選手特有の上から話す感じは微塵もなく本当に腰が低かった。彼の人徳ってああ言うところからにじんでるんだろうなぁ。 みんなも四国アイランドリーグ、並びに香川オリーブガイナーズを宜しくね! 今週末もオリーブスタジアムにボランティアしに行くから、また続報お待ちくださいな
2005/09/01
色んな人がなぜ仕事を辞めたのかなって思ってるみたいだから、今日はそのいきさつを書くよ。 4月から臨時採用で小学校に赴任。それまでは2年間島の中学校だったけどね。その学年は1年のときから元気だと噂の4年で俺はそこの担任。4月8日の着任式後から教室はワヤ(××;) ホンマ、教室が戦争だってのはこのことだと思ったよ。中身は詳しくは書けないけど、子どもたちの叫びが直接教師に聞こえる学級だった。俺なんか四月はカッターシャツがコンパスを刺されて血だらけのときがあったし・・・でも教師に刺すのはまだ自分をコントロールできているほうだよ。相手(教師)の方が立場的に強いんだから。そのうち同級生に刺し出した子がいたからね。自分の意思表示を上手く伝えられなかったんだと思う。 んでそんな子が複数人いたけれどもだいぶ落ち着いてきて、1学期の後半は暴力を振るう子がかなり少なくなってきた。でも相変わらず保護者の不信感は拭えず、その間も様々な事件があり、結局夏休みに緊急保護者会をすることになったの。そこで今までの清算や2学期の方針などをお知らせして、2学期に対する意欲満々になってきたのよ。でもお盆前に突然校長室に呼び出されて8月20日から契約をしないことを告げられた。理由は指導力不足。ほんとにいきなりだった。一年間の契約と聞いてたからね。確かに途中で育児休暇に入っている先生が産休に変わられて、【育休代替】から【育休代替~産休代替~育休代替】に契約内容が変わったのは確かなんだけど。でもそのときもちゃんと3月まで勤務の手続きをしたんだけどなぁ。 指導力不足と言われてその通りだと思った。だって、クラスは荒れたままだったからね。席には着きだしたけど授業の内容といえばお粗末なもので。俺はいかにしてみんなが席について授業ができるかってことしか頭になかったからね。そんなんじゃ勉強したい子は学力伸びないよね。 てなわけで今回の辞職は俺からのお願いしたのではなく、県のほうから直接に契約延期を取り消されたって形。だから、子どもたちにすんごく申し訳なくって・・・だって一学期の終わりに「2学期はこうしようね」って言って帰したし、暑中見舞いも全員に「2学期は~をしよう!」なんて感じで書いてたからね。そんな先生が登校日に学校にいったらいないんだよ。違う先生が教卓にいる。事態が急すぎて挨拶もできなかったし。子どもたちは裏切られたって気持ちが強いんじゃないかな。サイテーなオチだよ(××;) 子どもに夢を語るどころか現実社会のドロドロを見せちゃった。大人として許しがたい行為だよね。 俺が教員に合わないなって思う理由。それは、どうしても偽善な部分があるところ。周りから見られる“教師”って枠はすごいよ。確かに自分も子どもができたら“先生のすることは正しいんだからしっかり言うことを聞きなさい”って言うもん。子どもたちに正義を語る仕事なんだから当たり前だけどね。確かにどの職場にも偽善ってあると思うんだ。でもそれが子ども相手なのが俺には合わない。自分に正直に生きられなくなるの。不器用な奴だからかなぁ。真面目に考えすぎてるのかなぁ。でも自分に正直に生きながら仕事をしたい。それが俺の夢かな。 だから1学期はかなり俺らしくやってきた。周りに何と言われようと、素直に「はいっ、かしこまりました。」って言って何もしないこともあったかなぁ。具体的に言うと対人暴力・暴言がひどい子にはもっと厳しくしかれ!ってことをたくさん言われた。でもコミュニケーション手段が暴力の子どもって叱られすぎてるんだよね。もっと認めてもらいたがってる。でも暴力、暴言があると世間からの風当たりは厳しいよ。反乱分子としてキッチリみなされるからね。んで、その子は誰からもかまってもらえなくなるからまた、暴力、暴言の連鎖が始まる。 担任としてしていいことかわからなかったけど、俺は一学期、コミュニケーションが暴力、暴言ってこをとにかく受け入れた。勿論、その行為はとがめるけど、その行為自体を全て受け入れるようにしたよ。だから担任としては失格かな。だって周りの子には示しがつかないもん。自分の子どもが家に戻ってきて「○○君は先生に殴りかかってたよ」って言ってごらん。間違いなく担任不信だよ。俺だってそう思うな。 でも、暴力を振るう子を押さえつけて3月までおとなしくさせるより、暴力を振るう子の気持ちをわかってあげようとする姿勢を表し続ける方が、その子にとっても、また回りのクラスメイトにとっても仲良くなる一番の近道だと俺は確信してた。そんな信念のもと一学期を過ごしてきたんだ。でも一学期だけを見ると指導力不足教員なのは確かだと思うよ。子どもたちや保護者からとったら不安一杯だったろうな。 昨日、俺の指導法もまんざらありなんじゃないかなって思ったことがあった。1学期一番手のかかった子の家族に食事に誘われたんだ。その子が俺に会いたいんだって。やっぱり嬉しかったね。少しは俺の受容が伝わったのかなって思った。その子の家には何度も家庭訪問したんだけど、家で俺に対する態度と、学校で俺に対する態度は180度違うの。家では本当に素直な子。やっぱり【学校】っていうだけで相当なプレッシャーがあるんだろうな。だから昨日も楽しかったよ。俺にべったりだったし。 第3弾は取りとめもなく書きました。でも俺がみんなに伝えたいことは一つ、 子どもから目をそらすな! ってこと。教育を仕事にしようとしまいとそれは同じ。今、子どもが荒れてるって言うけど結局は社会のはけ口として子どもに回ってきているだけ。よく【子どもは社会の鏡】って言われるけどまさにそう。事件を起こす子ってのは大人社会の犠牲者に過ぎないの。 てなわけで今日のお題は【自分の教育観】です。ちょっと堅くなったけど、くだけてドンドン書いてちょ!俺がためになるのは勿論だけど、このブログを見ている人にせっかくの思いを共有させてあげてくださいな。「知識は他人に還元して初めて価値が生まれる」 これ、今俺が作りました。こうであって欲しいなぁ。
2005/09/01
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