陶玄郷だより (フラクタルの森)

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カテゴリ: 思想
■憂鬱

構造偽造事件やみずほ証券の事件を見るにつけ、とてもいたたまれない
気持ちになります。
片目だけで見ている社会、結果主義、心をなおざりにした社会。
思考停止の社会。
私のホームページで特に訴えたい事に密接に関係が有ります。

http://www.furakutaru.com/furakutaru/050311kigyou.html
http://www.furakutaru.com/furakutaru/kigyou.htm

みずほ証券のミスの件は、与謝野大臣も言っていましたけれど、本当に

誤発注の株を買った人たちは、もちろん法律に触れてはいないのでしょ
うけれど、それで儲けたとしても本当は嬉しくないはずです。
すくなくとも心の奥では、そのような声が響いているはず。
得た結果ばかりを見て思考停止状態になっていると、後でとんでもない
しっぺ返しが待っていると思う。

構造偽造事件でも各人各所でそれぞれの責任は有るでしょうけれど、
この事件の基本構造も「思考停止」と「結果至上主義」にある。
両目で見ようとしない社会構造に有る。
社会構造に含まれているそのようなパターンが表面化したに過ぎない。

実行犯は建築士かもしれないけれど、それぞれの立場で法律に触れるか
どうかは知らないけれど、各人がいろんな意味で同質の事を繰り返した


証券会社のミスに乗じ利益を上げて何の心苦しさも感じていないとする
ならば、その先に待っているものは何が有るのか?
考えてみると良い。

■判断のものさし

「真善美」という言葉が有る。

将来を危うくしないためにも必要な事だ。
刹那主義、後の事は知らないというような動物的な信条しか持たない人
には、全く無意味だろうけれど、人間としての尊厳を保ちたいと思うな
らば、倉に入れておくような物差しではない。

その思いと行いは、「真」なるものか?
間違っていたら、心はすっきりしないはずです。
正しき心の探究をする姿勢が無ければ、偽物の世界で生きることになり
ます。正しき世界観の中で生きる努力をしなければ全てが泡沫の如く消
えていく事でしょう。

「善」なるものか?
間違っていたら、恥ずかしいはず。
悪を為して心が平静で居られるはずもありません。
心は波立っています。

「美」なるものか?
間違っていたら、人前に出たくなくなります。自信も持てません。

「法律」だけを物差しに生きる生き方は、多くの問題が有ります。
これは、「陽」の世界で見るべき事。
「陰」の世界で見るべきは、「心」です。
両目で見ながら社会が営まれていかなければ、仏神の加護などあり得な
い。人間達が自滅する前に、仏神の手足でもある大自然の恩恵が働かな
くなる可能性もある。

気温一つでもそうだ。
地球上の気温と窯の温度を一緒に論じる事は、荒唐無稽かもしれないけ
れど、原因と結果の法則から見ると無関係ではない。
窯焚きにおいて、窯の中を一定に保つ事は至難の業である。
温度を確実に上げていったり、温度をキープするためには相当の神経を
使う。煙突の状態や焚き口がきちんと整備されていても、薪を投入する
人が「窯」の都合でなく「人」の都合だけでやっていては、めちゃくち
ゃになってしまう。
地球上の気温が生存可能な範囲内に有るという事は、大いなる恩恵を受
けているとしか思えない。その恩恵をホゴにしかねない。
地上の生物たちの親であり親族である仏神達のやる気が失せるような事
があれば、他の星のように氷点下何百度や何千度の高温の世界になって
もおかしくはない。

■解決策

今回の事件に対して、では、どのようにすればいいのか?
「正しき心の探究」
仏神ならどのように思われてどのようにされるだろうか?と考えなけれ
ばならない。全ての人々の親である存在の気持ちに近づいて考えるべき
だろう。より多くの人々の「真」なる幸福を考えなければならないと思
う。

証券の誤発注事件は、ミスをした証券会社に、ここで得た利益を返すべ
きではないだろうか。一部ペナルティーとして有っても良いかとも思う
が投資家保護などという片方だけに使うのではなく、証券市場のモラル
向上と、より素晴らしい証券市況を作り上げるために使って欲しい。
より多くの幸福を増産し、広げる事が出来るような仕組み作りのために。

構造偽造事件は、法律違反が有るか無いかだけでなく、現実に被害を受
けた人たちがおり、その救済の為にどうすれば良いのかを考えなければ
ならないと思う。
法律的にどうかという事は分からないけれど、一連の関係者に責任が有
る事は事実である以上、そして、現実にそれ以後の企業運営がストップ
するような事態であるのだろうから、緊急措置として関係者の財産保全
が計られるべきではないだろうか。

悪意が無かったにしろ、結果として被害者を作り出した以上、それらの
人々からむしり取ったもので築いた資産が放置されている状況は、やは
り、おかしいと思う。
根本原因を探る前に、管財人を置くような特別措置が出来るようにすべ
きだろう。関係した法人やそれぞれの機関で働いている人たちの最低限
の生活を守ってあげながらも、多くの被害者からまき上げたものの保全
をしなければならない。
その上で法律的責任の追及であるべきだろう。

その責任は、当然、国家にも有り、我々国民にも有る。

http://www.furakutaru.com/furakutaru/050311kigyou.html
http://www.furakutaru.com/furakutaru/kigyou.htm

これら、HPでも述べているうように全ての国民の思いと行いのベクト
ルが産み出したものに違いは無い。
もちろん被害を受けた人と受けなかった人がいるように、受けた人も何
らかの原因責任があるだろう。
しかし、目に見えない部分での責任の、その詳細は分かるはずもない。
為した罪と為さざる罪の両方も有る。
与えられた状況の中でベストを尽くすしかない。
制度上、法律上の不備が有った事も明らかになった。
税金の投入もやむを得ない事だろう。
しかし、被害を受けられた方も、くれぐれも結果至上主義に陥る事のな
いよう祈りたい。
そもそもの原因は、そこに有るのだから。





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Last updated  2005.12.22 12:22:03


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