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今朝、父の乗っていた車を廃車する為に業者さんに来ていただいた。 亡くなった場合の廃車には戸籍謄本が必要になる。 死亡による除籍と書かれた父の戸籍謄本を区役所でとる、これで何度目の申請だろう。 そして遺されたものの印鑑証明。 二つの公的書類が揃えば、あとは業者さんが車を取りに来てくれて廃車となる。 「誰も乗る方はいらっしゃらないんですか?」 ガソリンもまだ十分に入り、一ヶ月以上動かしていなかったがバッテリーもまだ問題なくエンジンも掛かった。 乗るものは誰もいない、主人のない車。 「最後まで責任をもって大切に廃車させていただきます。」 その言葉に救われた気がした。 最近はあまり、父の車に乗ることはなかった。最後に乗ったのはいつだっただろう。 もっと色んなところに一緒に行けば良かった、きっと喜んでくれた。 今更ながらそう思う。 また一つ、父のものが消えていく。
2015年07月25日
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精霊流しは、その意味をよく知らない子供の頃から幻想的で大好きな行事でした。 父方の祖母の初盆の頃、木の舟に季節の果物や野菜を乗せ流すことが許されていて、川の岸には舟と供物を売る屋台が並んでいました。その頃がもぴーはまだ小さく、屋台に並んだ精巧に作られた舟が珍しく、はしゃいでいたのを覚えています。母親の初盆で複雑な思いを抱えていただろう父の気持ちなど考えもつかず、おねだりして大きな舟を買ってもらい沢山の供物を乗せ、当時は許されていた、近所の川に一緒に流しに行きました。綺麗な灯籠と沢山の木の舟。ゆらゆら揺れてゆっくり流れていく不思議で幻想的な夏の夜。迷子にならない様にしっかりと繋がれていただろう父の手の感触は覚えていませんが、その時の事は、がもぴーにはこの前まで楽しい夏の思い出として、鮮明な記憶として残っています。 当たり前のことなのに、その父の名前を書いた灯籠を流すことになるとは二ヶ月前には考えたこともありませんでした。 大好きな精霊流しだったけど、今年は好きだとは思えませんでした。 流れていく灯籠の様にゆっくりと流れに任せ、全ての想いが思い出に変わる頃、大好きな精霊流しとまた言える日が来るのかもしれません。
2015年07月21日
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精霊流しという行事がある。 最近は色んな地域で条例があり、できなくなってきた行事でもあるらしい。 父の霊を灯籠に託し、川に流す。 川への供物と共に、灯籠は川面に浮かぶ。 シトシトと降り出した雨は、少しずつ大粒の雨に変わっていった。ろうそくが消えるのではないかと思いながら見守る人々の不安等まるで気付かぬように静かに静かに灯籠は流れていく。 父の霊は無事彼の岸まで辿り着けただろうか? 行きたい気持ちと見たくない気持ち。迷いは最後まであった。 来て良かったね。傘も持たず濡れながら灯籠を見守る母に話しかけた。 区切りがついたね。母が呟いた。 灯籠は生きている人間の想いも運ぶ。 雨は色んなものを流していく。
2015年07月20日
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突然の父の死から少しずつ時間が経ち、時間が経った分、同じように少しずつ父の足跡が消えていく。 先ずは住民票から除籍され、暫くして戸籍。保険証を返し、年金証書を返した。 最後に行くはずだったのに、予定より早く救急車で行くことになり、そのまま亡くなった病院の予約をキャンセルした。 何も変わらず時間は流れる。がもぴーの上にも時間は流れる。父の時間は動かない。 新しい足跡ができないのだから、風化していくしかない。当然のことと言えば当然なのだろう。 ザワザワした心だけが取り残される。 忘れたくない心がザワザワと騒ぐ、この時父はこう言った。これは父と買った傘。これは…。 それでも少しずつ父は私の中からも消えていくのだろう。
2015年07月06日
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