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昭和49年7月の終わり近くの日曜日、朝4時少し前、遼は群馬県側の旧碓氷峠の入り口で朝4時の時報を待っていた。
数日前に日産サニーGX5を駆る“坪井昌平”と言う男が**分05秒で登りきったと知らされて、今日はそのタイムがターゲットで、遼のこの前のタイムは**分12秒であった。
松井田の碓氷バイパスとの分岐を旧碓氷峠方面に走り、約2.3KMのところに坂本浄水場というのがあり、そこに”碓氷峠“の看板が道路の真上にかかっている。仲間内でそこがスターと場所で180以上あるカーブの最後のカーブを回りきると長野県という看板があり、そこがゴール地点と決められていた・・・・。
遼の愛車は、日産スカイライン2000GTX、L20-2000CC SOHC SU型ツインキャブレター グロス表示130馬力、4速フルシンクロ、ノンスリップデフは非装備で、ほぼノーマルだが、前後のサスペンションはPMCSのラリーキットのガスショックが組み込まれ、タイヤはダンロップのスチールマックス185-70-14を、リョービ製の軽量なアルミホイールに履かせ、トランクのスペアタイヤは外され、代わりにタイヤパンドウ1本を積んでいたが、燃料はタンクの1/3ほどになるようにわざと満タンにせずにここまで来ていた。
深い谷を走る旧碓氷峠は7月の午前4時ではほんの僅かに明るくなったばかりで、薄明かりで何とか道路の状況はライトなしでもやっと見えが、どの車もヘッドライトを点けているため、カーブミラーやそのライトの照射で対向車が来ていることがすぐに判り、日曜の早朝という最もトラックなどの営業車が減少する時間帯でもあることで、こうした非合法で非公式な一台だけでのタイムトライアルの危険性を減らしていて、自爆事故さえ起こさねばいつもほとんど安全に走りきれるのだった。
遼はこの日、エアクリーナーを外して、SUキャブレターのダンパーオイルを10W-50に代えていたが、それはエアクリーナーを外したことによる負圧の減少によるSUキャブレターのサクションピストンの上昇速度の遅れをダンパーオイルを軟らかいものに代えることで解消しようと言う理由からだった。
SUツインキャブのエアクリーナーを外すと少しだけソレックスツインキャブのような吸気音がボンネットを貫いてコロコロと快く響いてくるのであるが、吸入抵抗の減少分に見合う燃料が補給されているかどうかは、しばらく全開で走ってプラグの焼け方をチェックするほか方法は無かった。
遼は千葉県から群馬県まで走ってくる間、何度と無く全開で走行してはプラグの焼け方を見てガスの量を調節していたが、碓氷峠は高低差が大きくゴール地点では海抜1000M付近となるので少し薄めにセットすることも行っていたし、取り付けが義務付けられていた排気ガス対策の点火タイミングの進角遅延装置もバイパスされもとのオリジナルに戻してあった。
午前4時きっかり、パッセンジャー一人を乗せ、思い切りタイヤをきしませながらスタートを切った。
続く
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