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2014.03.26
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今回は少し真面目に宗男・乙武論争について思うところありまして記してみようかなと思いますのでヨロシュウ~。


興味ある人は各種リンクだけ貼っときますので大まかな流れは各自調べてくださいネ。

鈴木宗男「乙武さんの人間性を疑います」 ベビーシッター事件めぐりブログで激突- J-CAST(2014年3月25日18時11分)
Infoseekニュース 3月20日(木)ムネオ日記
鈴木宗男氏への回答「政治家だからこそ、弱者への心配りを」|乙武洋匡オフィシャルサイト

まず個人的にこの母親にたいして抱いた感情は鈴木さんと全く同意です。愛情(思いやり)か親(大人)としての責任感のどちらか1つでもあればこういう選択は現実的にできないのではなかろうかと。平たく言うと「無慈悲」かつ「無責任」で子供を育てる以前に自分自身が(精神的に)子供のまま大人になってしまったような人間だなと。そしてこういう大人が人の親になることはやはり子供にとっては不幸だなと。

こういうと当然、乙武さんのように「ひとり親だから」「近所に知人などがいない」「経済的に困窮している」といった環境面の諸条件が重なると、愛情があれども見ず知らずの人に子供を預けなきゃいけなくなる状況もありうる話ではないかという方もいらっしゃると思うのですよね。

しかし敢えて言います。現実にそんな状況での子育てをしてる親が果たして本当に子供にたいして愛情あるのかなと?
一歩何かが崩れると子供を危険に晒し、路頭に迷わせる条件で子供を養うという選択肢を選べる人間が真の意味で子供にたいして愛情があるとは私には到底思えないのですよね。

「それでもやむにやまれぬ状況ってあるんだよ。」と言う人いると思います。


そうは言っても想定外中の想定外ってあるでしょう。大災害や不慮の事故etc。だからやむにやまれぬ人も絶対に0ではないであろうことは理解できる。だけどね、だけど人の親になる・命を引き受けるという覚悟と責任と計画が甘くてその状況を招いてる人が圧倒的に多いと思うんですよね。
たとえば子供じゃなくて捨てられる大量のペットの問題なんかもそうです。ペットの命を引き受けるという決断をしていながら、そのペットを放棄する人間がとても多いのです。一般にペットは子供よりももっと寿命の短い動物が多いです。もっと計画が頓挫する確率は低いはずです。
それですら大量に捨てるんですよね。。。
そう考えると乙武さんの言う"子どものことが愛おしく、一時も離れていたくはないけれど、それでも生きていくためにやむなく子どもを預け、仕事に出かけなければならない親"というフレーズはあまりにも美化的で陳腐だなと思えてしまうのですね。(子供を危険や貧困に晒すリスクを背負わせることに躊躇いが薄いにも関わらず)一時も離れていたくはないという感覚は子供にたいする愛情ではないと思います。それは自己本位の依存(所有欲)だと思うのです。真の意味で子供に愛情があるのではなく、子供を持つことで自分が慰められたい・満たされたい・(子供の存在により)希薄な自分自身の生きる意味を明確化したいという発想が根底にあると思います。
愛情があるのは子供にたいしてではなく自分自身にたいしてだと思えるのです。本当に愛情があれば産めないという選択肢になると思います。友達は選べる...恋人は選べる...でもね...子が親を選ぶ、ペットが飼い主を選ぶことはできないのですよね...私はやっぱり思う。
この親って子供を犯人に殺された被害者であると同時に、子供にとっては殺される土壌を築いた加害者でもあるなと。

とまあここまで私の感情論を述べてきましたが、今度は少し冷静にマクロな視点から思うことを2点。

でもこういう無慈悲で浅はかな毒親も、少子高齢化に喘ぐこの国ではありがたく、必要不可欠な存在ではあるのですよね。言葉は悪いけど、一定数のバ○親が子供を産んでくれないと少子高齢化に歯止めがかからず国が立ち行かなくなるわけです。視点切り口を変えると"必要悪"とも言える存在なわけですよね。全ての大人に愛情・責任感・計画性が伴っていれば、皮肉なことにこの国は回らなくなっちゃうわけですよね。近年このバ○親が急速に少なくなってきてることもまた国家レベルで捉えると頭の痛い話ではあるのですよね。洗練されるのもまた良し悪しなんですよね。この社会は本当に白(善)と黒(悪)の2値で捉えられる事例って稀なのですよね。(難しいです。。。)

もう1点思ったことは、公人にも思想の自由・言論の自由があるという前提が最近忘れられがちなのではなかろうかと。ちょっと乙武さんのこのフレーズに違和感を覚えたわけですよね。

>ですが、政治家というのは、その「当たり前」をすべての国民に押しつけ、それができなかった者を断罪することが仕事でしょうか。

あくまでもブログ上で個人的見解を述べているだけであって、「当たり前」をすべての国民に押しつけ、それができなかった者を断罪するなどという大層なシチュとは到底思えないのですよね。もちろん公人ですから個人的見解が公の評価に晒され、資質や人格を判断なされる指標になるものだとは思いますがね。

その発言が公の評価に晒され、結果的に問題発言とみなされたという類の話だと思うのですね。そこを少し冷静に線引きして考える必要があるのではないかと。


糞長くなりましたね。最後まで読んでくださった方いらっしゃれば純粋にありがとうございました。///(終)





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最終更新日  2014.07.09 22:01:40
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