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今年も明日が残すところとなりました。昨日は夜中の三時に鼻たれ息子を救急病院へつれていき、へたれぎみのHです。今も息子の鼻水を鼻水吸い取り機で吸いながらこのブログを書いてます。鼻水バスターとお呼び下さい。何とかとぎれとぎれでしたがこの一年ブログを続けていくことができました。このブログをつづけていることに、さまざまな場面で感謝しました。来年も続けていきたいと思います。ネットを通じて知り合った鈴木様、エアプランツ様、リカさん。一年間どうもありがとう。あなたたちに会わなければ、もう少し早くへたれになっていたかもしれません。そのほかに、このブログをチラ見してくれたあなた。ありがとう。そういう人の存在が、励みになりました。お互いお気に入りに登録しあってはいないけれど、何も言わず訪問しあっているあなた、ありがとう。来年もよろしくお願いします。いい一年になりますように。
Dec 30, 2007
今年も無事一次通過です。この賞も一次通過は三回目なので、三回目の正直で最終ぐらいには残りたいです。でないと、鈴木さまにまた「万年落選応募作家」といわれちゃいます。ぐすん。三作応募したうちの一作しか通らなくても、素直にいまは嬉しいです。
Dec 26, 2007
小児科病棟から無事帰還しました。あそこは、まぎれもなく女の戦場でした。女の戦場というとホステスやキャバ嬢がよくとりあげられますが、大学四年間クラブホステスをしていたわたしですが、お金や見栄やプライドをかけた女の戦いの場あることはまちがいありませんが、今になって思うとちんけなものをかけていたものです。かつて戦場に赴いた男性たちは、そんなちんけなものをかけていったのではないはずです。国や家族を守るという義務をおっていたと思います。義務。権利ばかりが主張される社会で、どうも置き去りになってしまったような気がします。あそこにはまぎれもなく義務をせおったお母さんたちがたくさんいました。子供を無事に退院させなくてはいけないという親の義務。守るのは自分しかいないという思い。もちろんそういったお母さんを支える家族やお父さんの存在も重要です。9が月になる子供が体重が5800グラムしかなく、酸素ボンベをつけているというお母さん。子供を人目に晒さないよう影に隠れて抱っこしているお母さんの腕から見えた折れそうなぐらい細い足。目を離した隙に子供に怪我を負わせてしまったお母さんの「わたしが悪いんです」といったときのあの表情。わたしを含めお母さんたちは、風呂にも入らず洗髪だけですませ、着の身着のまま、カップラーメンをたべ、自分にかかる手間を極限まで減らし、子供につきそっていました。遠藤周作さんのに『深い河』 にこのような部分があります。「彼女は・・・印度人の苦しみのすべてを表しているんです。長い間、印度人が味わわねばならなかった病苦や死や飢えがこの像に出てます。長い間、彼等が苦しんできたすべての病気にこの女神はかかっています。コブラや蠍の毒にも耐えています。それなのに彼女は・・・喘ぎながら、萎びた乳房で乳を人間に与えている。これが印度です。この印度を皆さんにお見せしたかった」これを読んだとき、わたしも死ぬまでにインドへいって、その全てを背負った女神像を見たいと思いました。しかし、そんなところまでいかなくてもわたしは会うことができました。あの小児科病棟で。そしてたぶん、わたしたちのもっとも身近である親の存在こそが、そうだったのかもしれません。
Dec 23, 2007
とうとう息子との入院が来週にせまりました。先日、検査および入院説明に病院へ行ってきました。まだ息子は三ヶ月なので夜泣くことも多く、個室を希望しましたが個室は重症患者でいっぱいなので大部屋で‥とのことでした。どうしよう。息子の癇癪も心配ですが、よそのお子さんの鳴き声も心配です。きっと退院の頃にはわたしは白髪だらけになり、眉間のしわも深くなり帰ってくるなりR-18文学賞の落選結果を知り、ぐったり死体のようになっているんだなあと少し悲観的になっています。ううう。こういうとき、だれか親戚が近くにいてくれれば‥両親のいない(夫の両親も札幌在住です)街に住む核家族のつらさを身に染みて感じます。人間嫌いのわたしですが、さすが誰かに頼りたくなっている心細いHの独り言でした。
Dec 13, 2007
応募した文学賞への意気込みや、夢ばかりを語ってその結果をご報告しないのは、あまりにもイタイので正直にご報告します。今年もコバルトノベルだめでした!ものの見事に一次にもひっかりませんでした!じゃじゃじゃーん♪もう、コバルトノベルはあきらめようと思います。来年からは応募もしません。なぜなら、わたし自身がコバルトを読まないからです。あちゃー、それなら応募するなよという誰かのつっこみが聞こえてきそうですが、今現在わたしはコバルトをまったく読んでいない。受かるはずもない。コバルトノベルは中学校のときに卒業しました。とはいっても読んでいたのはマリナシリーズのみ。(ちなみに響谷薫ファン)ただ、コバルト出身の作家が好きなので‥という理由だけでの応募でした。たとえば角田光代さんとか山本文緒さんとか‥岩井志麻子さんとか‥なので、コバルトノベルは今後応募をやめます。R-18文学賞は来年まではがんばってみようかな。
Dec 6, 2007
函館に戻ってきて数週間経ちました。息子の手術も12月中旬に決まりました。10日ほどの入院になります。以前のブログにもかきましたが、息子は口唇口顎裂という、500人に一人の奇形を持って生まれてきました。もちろん奇形といっても今回の手術で唇を直し、今後永久歯が生える頃には歯の嬌声、または骨移植をしなければなりません。症状もこの奇形のなかでは、軽いほうです。たとえミルクを飲むのに時間がかかっても、上手く飲めないミルクに息子が癇癪ををこしても、おなかいっぱいに飲めず、一時間ごとに泣かれ一睡もできなくても、この日までは頑張ろうと息子と二人三脚でやってきました。つらいこともありましたが、日々の息子の成長と、何がなんでも乗り越えてみせると誓い、踏ん張った日々は何ものにも代えがたい宝物です。「今は形成の技術が進歩しているので綺麗に直りますよ」という看護婦さんの言葉のあとの、「でも鼻の下に傷がある人って結構いるよね。見ればわかっちゃうよね」という親戚の言葉。少ない睡眠で、眠るたびに息子に虫が這う夢を見たり、息子と二人奇形児の行列を眺める夢を見た。それでも「病院でミルクを飲めたのに、家に帰ってから飲めなくなったのは純然たる事実ですから」という医師の言葉。生まれた子供を、人を選んで見せなければならなかったあのなんともいえない違和感。子供は親を選んで生まれてくる。それならば、この子をかわいそうと思わずに、わたしたちのところに生まれてよかったと思ってくれるようにすればいい、そう思った。神様。この子の手術が無事におわるなら、わたしは小説家になれなくったて痛くも痒くもありません。なんでももっていってください。この子をこういう風に生んでしまったのはわたしだから。
Dec 1, 2007
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