『「今年いっぱいは大丈夫でしょうね」といったら首を傾げられたのがショックだった。
それからは元気が出なくなって、今年いっぱい持たないと思うようになってね。
大丈夫、大丈夫と思えなくなってしまったの』
首を傾げた医師となんとも言えない苦しい表情に変わった時の夫の顔が今もなお、鮮明に浮かんできます。
この時から「12月までは頑張る」という気持ちが失われ、その後は生への積極性は薄らぎ「死の準備モード」を
歩み始めている様子に心ふさがる思いでした。
なぜ、この時、「これからホスピスへ転院したらゆっくり体を休めて、
お正月を迎えてください。」たった一言でも医師の言葉がほしかったと思いました。
お正月を迎えらずに逝っても「新年を迎えられるといったじゃないか」と文句を言うでしょうか。
首を傾げられたことは言葉でいわれるよりももっと辛かったようです。
「年内は持たないよとはっきり言われたわけではないけれどね。ショックだった」
と声が続いています。
これは単に医師一人の人間性によるものでしょうか。
何気ない会話の中に、患者に対するいたわりのなさ、無神経さを感じることがあります。
患者に対する医師の想像力のなさとその傲慢さに驚くことがあります。
健康なものなら気にすることでない言葉にも病人の心は鋭く反応します。
病む者は神経の繊細さを増していくようになるようです。
こんなことがありました。
2度目の手術は(腸の癒着)の入院期間はわずか10日間、その後は通院による診察
「元気ですね、調子がいいですね、心配することありませんよ」と医師
私はすっかり上機嫌になり、「ただ体重減が心配です」と。
「まあ、心配せず体重はそう簡単に増えません、1年かかると思ってください」医師のことば
「そんなに焦ることはないのだ、もっとゆったりした気持ちになろう」」と思った私。
しかし、その日の彼のレターは衝撃的でした。
「今日の外来の先生のお話はうれしかったね、macwakoもとても明るい表情だったので安心した。
でも「1年の余命なのに1年後体重が増えるといわれても・・・」と先生に言いたかったが
せっかく喜んでいるmawakoをまた泣かせてしまうので言わなかった・・・」(H28.4.14 PM6:13)
夫は「余命1年」に心縛られいる、その夫がどんな気持ちで
1年後の体重増加という医師の言葉を聞いたことだろうと衝撃を受けました。
私は夫と気持ちを共有しているつもりであったのに、・・・このギャップ
夫の気持ちの揺れを思い、自分の思いのなさを嘆きながらも
「医者は病気を診てくれるが病人を診てくれない」との思いを深めていきました。。
そのように思っていたら上坂冬子著 「死ぬという大仕事」の文中の
「病気を診ずして病人を診よ」という文章が飛び込んできました。
慈恵医科大学の創設者である高木兼寛博士が残した建学の精神です。
また、永六輔著「妻の大往生」「あの世の妻へのラブレター」の
中にも医者の言葉遣いについて書かれた部分があります。もちろん嘆いたものです。
絶望を少しでも和らげるために病む人に心を添わせせてほしい。
添わせてほしい心とはこんなことです。
医者の立場に立つのではなく患者の立場で
「話す内容、表情、声の抑揚、しぐさ等々」を考えてほしい。
医療に「病気を診る」から「人間全体(病人)を診る」視点と実践を取り入れてほしいと
夫の病気と共に生きた私の切なる願いです。
医師のたった一言、しぐさのひとかけらに人間に対するやさしさがあってほしいと
願うのは欲張りだろうか。そう簡単ではないらしいです。
「医師は冷淡だ」と感じるのには理由がある。・・・・・(2017.2.18) ネットの記事で読みました。
続きはまた明日にします。