はにわきみこの「解毒生活」

PR

×

カレンダー

プロフィール

haniwakimiko

haniwakimiko

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2005.01.21
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 私が着替えて二階から降りてくると、東華は飲んべえ団体からはぐれてキッチンのテーブルで伊予柑をむいていた。

「どうしてそんなこと聞くの」

「あんたがそうやって顔にブツブツを出してる時って、何か嫌なことが起きた時なの。過去の例から言えば」
「そう? しばらくこんなの出なかったから、気にしてなかったわ」

 厳密に言えば、気にしていないというのはウソだ。
 ただ、レベルによってじんましんが出る部位が違うから、人目につかないですんでいただけ。 
 まず、足の裏がムズムズする。その後は、ふくらはぎと膝の裏を中心にした脚の裏側。続いて背中、さらに進むと首の後ろまでのぼってくる。人目につく体の前側、ましてや顔いちめんに出るのは、最高レベルの発疹状態なのだ。

「ウソつけ。私の目は節穴じゃないのよ。脚だけとか、首の後ろまでだったら何度もあったじゃない」


「お姉ちゃんが実家にいたのってだいぶ前でしょ。私、学生時代からそんなにじんましん出してた?」
「そりゃあもう。体育の先生の体罰事件でしょ。片思いの男の子が彼女と歩いてるところを目撃したときに、校内放送のアナウンサーテストに落ちたとき、それから…」
 東華は伊予柑の汁をぬれ布巾でぬぐい、数え上げる。

「そんなの、高校生までの話じゃない。今は大人なんだから、そんなつまんない
ことでいちいち水玉になったりしないのよ」
「他にもあるわよ、大学に行ってからもねえ…」
「やめてっ。もう、忘れたわ。昔のことほじくり返すのはやめてよ!」

 私は腹立ちまぎれに、カゴに盛られた伊予柑を一つ手に取り、乱暴にヘソの部分に指をつっこんだ。バリバリと皮を剥く。白く筋張ったワタが爪の間にはさまった。気にしない、どうせ今夜、爪を切るつもりだったんだから。隣の客間からは、時おり大きな笑い声が爆発している。引き戸一枚隔てたこちらは静かなものだ。

「あっ。これ、ハズレだわ」
 私が手にした伊予甘は、白いワタばかりが多く、肝心の実が小さくしぼんでいた。

「アハハ、あんた、チェックが甘いのよ。手に取る前に真剣に選ばないから」


たなかから、最も甘くて美味しいものを見つけることができる。

「お姉ちゃんみたいに要領よくないのよ、私は」
「あんたが要領悪すぎるの。どうせ食べるなら一番美味しいもの、っていう気迫がたりないのよ。強く求める者にこそ、美味なる物の価値がある」

「偉そうに。だいたいね、お姉ちゃんがいつも自分ばっかり美味しいところをも
っていくから、私のときにカスしか残らないんじゃない。そういう罪の意識は感


「感じない。弱肉強食が世の中の常よ。それにまだ甘いやつ残ってるし」
「どれ?」
「これ!」

 東華の選んだ伊予甘をむいてみると、確かにぎっちり実が詰まっていた。
「何が違うのかしら、私とお姉ちゃんと」
「そりゃあんた、真剣さよ。気合いよ。あんた本気になってないもん」

 そんなものだろうか。ふと、今までの人生でも、要領のいい姉に幸運をかっさらわれてきたような気になった。頂き物のお菓子が一つだけ残っているとき、それはたいてい姉の口に入り、私は間に合わないのだ。
 あら、もう少し早くきたらこれが食べられたのに、あんた、どんくさいわねえ。 そんなシーンが一体何度くりかえされたことだろう。首筋の水玉が、ずきずきと脈打ち始めた。

「ねえ、亜南、今でも奈々のこと怒ってるの?」

 東華の発言は突然だった。聞かれるまで、末の妹のことは思い出したことがなかったのだ。

「あらやだ。すっかり忘れてたわ、あの子のこと。今いったい何をしてるのかしら」
「私は会いたいな、あの子に。姪か甥ができるって教えたいし、せっかくこうやって家族が揃ってだんらんしてるところに呼んであげたいわ」
「あんな身勝手な女、来なくていいよ。今さら…、お父さんとお母さんにどんな顔して戻ってこれるっていうの? 私は反対。あの子がうちに戻ってきたって、みんなが気まずくなるだけよ」

 思わず言葉の勢いが強くなる。
 一つ違いの妹、奈々にはさんざん手を焼いた。ワガママが過ぎて人に迷惑をかけることしかできない娘。私に嫌な思いをさせても何一つ反省のないあの態度。自分のことしか考えられないくせに、他人から嫌われたことなんかないって顔をするところ。

「ねえ亜南、もう10年も前の話じゃない。あんたが嫌な思いをしたことはわかってるわ。あのころは子供だったのよ。もう許してあげたら? あの子だって大人になったわよ。
 ねえ、親にとってはどんな子供だって可愛いわ。たとえ、恋の相手を間違えて馬鹿なことをしでかしたってね。ううん、過酷な目に会ったからこそ、いたわってあげたいと思うのが人情でしょ。私から見たら、あんたがガンコにあの子を嫌ってるから、親は遠慮して奈々を呼び戻せないでいるのよ」

「意地悪なのは私だってこと?」
「早く言えばそう。だって考えてもみてよ。二十歳になったばかりで駆け落ち結婚したはいいけど、有り金ぜんぶ巻き上げられて、生命保険目当てに殺されそうになったのよ? 世間知らずの小娘が百戦錬磨の色男にだまされたっていうのは……事故でしょ」
「いっそ死んでりゃ良かったのよ。そしたら周りだって同情するだろうし、私たちだって恥ずかしい思いをしないで済んだわ」

 東華は、むっとした顔で立ち上がると、流しの水で手を洗い、ポットから急須
にお湯を足した。二つの湯飲みに番茶を注ぐと、一つを私の目の前に置く。

「ねえ、縁あってこの世に姉妹として生まれてきて、瀕死のところを助かったんだから、そんな言い方することないじゃない? 奈々は犯罪者じゃないのよ。被害者なの。どうして被害者の家族が恥ずかしいことになるのよ」
「たとえば、わたしが結婚するとき、そんな妹がいたってことが足かせになるってこと。おろかな血筋の女だって思われるのはいやよ」

 ふうーっと長い息を吐きながら、東華は湯飲みを両手で包んで口元へと運んだ。
「ふん、じゃあ、うちのダンナはどうなのよ。私たちが結婚するとき、奈々のことが障害になった? 博の親戚の間で騒ぎになった? すべては済んだことなのよ。うちの近所の人だって、奈々があの事件の被害者だってこと、だあれも知りゃしないのよ。気にしてるのはアンタだけ。奈々は、あの事故にあったとき関西に住んでたし、結婚そのものが駆け落ちだったから、近所にも知らせてないしね。

 ね、亜南。もしかして、自分が結婚できないこと、奈々のせいにしていない?」





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.01.21 09:27:25


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: