はにわきみこの「解毒生活」

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2005.02.23
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 私たちは海へ向かって歩いた。彼女との会話は実に自然で、肩に力をいれないですむ。一対一、というのがいいのかもしれない。

 さっきのヌシとの会見のように、 一対多数になると、無理矢理ステージにあげられてスピーチしているような気分になるのだ。私は人前に立たされて話をするのが好きではない。 仕事がら研究発表という場に立つことはあるが、それは一方的にストーリーを語るだけだからまだマシだ。シナリオがあるのをなぞるだけ。今回みたいにアドリブで何か面白い事を言え、と強要されるのはしんどい。

 一対一であれば、相手の様子を確認しながら会話が展開できる。自分が丁度いいと思うペースで。

 マイは、こちらが黙っていればいくらでも話をしてくれそうでありながら、ゆっくりと間を取ってこちらが口を挟むスキを与えてくれる。彼女は一緒にいてホッとできる雰囲気を持っていた。




 私は彼女に水を向けた。
「旅に出ているってことと、今同じ場所にいるって言う意味では、同じグループに属してるのかもしれないけど…」
「その集合に含まれていたって、必ず仲良くなるとは言えないよね」


「マイはずっと一人旅なの?」
「そうね。基本は一人だよ、ここでも一人部屋を確保してる。たまに気が合いそうな人と2人部屋をシェアすることはある。 でもね、知らない人と仲良くなるのってパワーがいるから。旅でめいっぱい疲れてる時は、ちょっと離れていたいくらいだな

「そういうもの? 例えば、学校や会社だったら、ある程は人と仲良くしていないと生活しにくいじゃない。表面的であっても付き合いが必要でしょう。 でも、逆に旅先ならそういうしがらみから解放されて、すごく仲良くなれる人ができるんじゃない? 濃い友情っていうか

「濃い友情? なんか面白いこというね、アナンて。 そんな人に巡り会うのはすんごくまれなことだよ。むしろ失敗の方が多い
「旅の途中で誰かとケンカ別れになったこと、ある?」
「いくらでもあるよ。いちいち気にしてたらやってられないくらいね」

 さっぱりとそう口にする彼女の横顔に、私は胸を突かれた。
 目の前には、白い砂浜が広がっている。波も風も、空の色も。私が何を考えようとお構いなしに、毎日ただあるがままに広がっている。小さな事を気にして、人生をつらくしているのは私だけなのだろうか。



「アナンって変なところ繊細だね。もっと自分を大事にしたらいいのに」
「どういう意味?」

「だってさあ、 アナンは確かにエリさんを傷つけたかもしれないけど、アナンだって彼女から傷つけられたじゃない。充分痛がってるのに、どうして自分で自分をもっと傷つけるの? どうして傷をふさごうとしないで塩を塗り込むの?

「どっちが先に傷つけたかっていうのは無視できない順番でしょ。どっちが悪いって聞かれたら、そりゃ私の方が悪いに決まってるもの」



 これまでの私は、同じ失敗を繰り返さないでいようと思いつめるあまり、他人と距離を縮めることを避けてきた。しかも10年間も。
 それって無駄な時間の過ごし方ではなかったんだろうか。初めてのトライが失敗だったからって、その後は試合にすら出なかった私。成功したことのないままこの歳になってしまった自分がなんだか悔しかった。
 黙り込む私に、マイは言葉を続けた。

人と関わるってことは、そこに何らかの摩擦が起きるってことよ。それが楽しいこともあれば、つらいことだってある。どっちも起こり得ることなのよ。
 アナンはさ、なんか理想が高すぎるんじゃないの。旅に出て人と出会うことは、楽しいことの連続だ、それができない自分はおちこぼれだって思ってるんじゃない? 旅ではねえ、嫌なことだってたくさん起こるんだよ。それを越える力をつけるのがまた醍醐味じゃないの」

 なるほど。
 今までの暮らしの中で、そんな言葉を持っていた人物が他にいただろうか。学生時代の知人、あるいは、会社での知り合いに? 例えばホームパーティ好きの上司、武岡はどうだろう。彼は、誰とでも仲良く、みんなで楽しく、これも何かの縁だから、という主義でやってきている人間だ。
 彼のようになりたい、でも自分にはとても無理だ、と私は自分に引け目を感じてきた。もしかして、武岡にとっても失敗はたくさんあったのだろうか。人と人をつなげるパーティを狙っても、ちっとも成功しなかったことが。

「マイってさ、私なんかよりもずっと大人なんだね」
「やあね、アナンだって私とたいして歳違わないでしょう」

「うそ。私来年で30になるんだよ?」
 マイは体をひねってこちらを向くと、私を見た。

「へえ。んー、てことは、アナンは遅咲きなんだね」
「どういう意味?」

「だからさ、人を訪ねて一人で知らない国に来るなんてさ、大冒険でしょう。特にハワイで失敗して以来避けてきたって言うし。
 時間軸で想像すれば、いって25くらいだろうと思ってさ。旅が好きな人って、もっと早くから開眼してフラフラ旅行してる人が圧倒的多数だから。ちょっと驚いた」

「私、別に旅に開眼してるってわけじゃないわ。ここに来なくちゃ仕方ない理由があったから。だから来ただけなんだから」

 マイはふふふ、と笑った。

「あんたねえ、初めてに近い海外旅行で、レンタカーを運転して人を探すなんて、なかなかできる事じゃないよ。充分適性あるじゃない。 そうね、私から見たらアナンのコドクリョクは相当なレベル。見込み充分
 マイは不思議な言葉を使った。

「コドクリョク?」

「私が勝手にそう呼んでるんだけどね。一人でいられる力。一人を楽しめる力っていう意味。孤独っていう字じゃなくて、個、が独立してるっていうイメージ」

 マイは指先で砂に 「個」と「独」 と漢字を書いた。

「私はね、個性が独立している同士で、お互いを尊重できる関係を築きたいといつも思ってるの。バッパー ――バックパッカーズロッジみたいなの、私たちはバッパーって略すんだけど―― での日本人グループ、見たでしょう。
 彼らの関係は、どこかでお互いを頼ってる、一つにとけ込みたがってるようにしか見えないの。誰かがいないと生きられない、誰かと一緒でないと楽しくないっていう発想は、好きじゃないのよ」

 ふと、私は彼女の恋愛観について知りたくなった。彼女は恋人にも当然その個独力を求めるのだろう。それはどんな人物なんだろうか。私はかつてそんなタイプの人間に出会ったことがない。なかったような気がする。

 しかし、会ったばかりの人にそんなつっこんだ質問はちょっと気が引けた。
感謝している相手に失礼なことはできない。彼女は10年前の私の傷によく効く薬を配合してくれたではないか。

「さて、そろそろ戻ろうか。アナンは帰り道が長いでしょ」
 マイは立ち上がると、お尻についた砂を払った。
 彼女は言う。
「あのさ、サーフィンする連中っていつでも海にいるわけじゃないんだよ。いい波が立つ時間帯って、風向きに影響されるから。日中はオンショア…つまり海からの風でね、波のコンディションはいまいち。探すなら朝とか夕方とかの方がいいと思うよ」

 非常に有益なアドバイスだった。
「ありがとう」
 歩いて車に戻ると、マイにお礼を言った。
「あなたのおかげでなんだか元気が出てきたわ。いとこがすぐに見つからなくて、かなりガッカリしてたの」

「私も毎日ヒマにしてたから、楽しかったよ。いとこが見つかったら教えて。
 ロッジに伝言してくれればいいから。私はまだしばらくここにいるつもりだし。
 そうだ、もし最悪、彼が見つからなくても、イルカと泳ぎにきてみたら。その時は私もつきあうよ」

 悪くない提案だった。確かに、何も楽しみがないまま帰国するのではつまらない。自分がやりたいことに時間を割いてもいい。そんな心の余裕が出てきたのかもしれない。エンジンをかけると、彼女に手を振って別れた。

 窓から流れ込んでくる、夕暮れの風を感じながら、思った。

 今すぐに龍一に会えなくても、いいではないか。

 日本を離れて、自らの「個独力」を高め、今まで見たことのない、青く広がる波の前に立つ。これは龍一が間接的に私にくれたプレゼントなのだ。それを楽しまずに、脇目もふらず、龍一の行方だけを追うのは、あまりにも味気ない。
 私は、アクセルを踏み込んで、ゴールドコーストの宿を目指した。





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最終更新日  2005.02.23 19:11:31


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