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月末でバタバタしてます日記更新できなくてごめんなさい
2005年02月28日
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今朝、ネットに繋ごうとしたらつながらない!!どうやら回線トラブルが起こっているらしいそれからサポートに連絡してみたがまだ障害の連絡は入っていないというだけ・・・しばらくしてまた電話してみると・・・障害の報告は受けているが、調査中とのことこれが、朝9時ぐらいのことそれから、ず~~~~~~~~と回線はつながらないままなんどサポートに進捗を確認しても調査中というだけこっちは仕事があるのに!!慌ててクライアントに連絡を取って手配をしてもらう午後になってもつながらないままサポートの対応も変わらず・・・今日は息子の中学で、カバンやらなにやらの購買日(指定)ネットにつなげないまま、慌てて行くその後帰宅してからもまだつながらないまま・・・実は、2日前にも突然回線が切れるトラブルがあったのだその前にも同じようなことがあり・・・ちょっと堪忍袋の尾が切れかけてきたやっぱプロバイダを変えた方がいいかも?そして、今さっき突然ネットが復旧したが必ず電話を入れると言ったサポートからは連絡はない・・・くっそ~~~、なめんなよ!営業妨害だぞ!!
2005年02月23日
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娘の学校には不登校になってしまった子がいる我が家と同じマンションに暮らしている彼女に娘が毎日手紙を書き始めてから約1年が過ぎようとしている始めのきっかけは、彼女が不登校になってしまってしばらくしたころ、彼女のお母さんが担任の先生が何回も訪問してくれるけど彼女は会おうとしないこともあるでも、クラスメートから手紙がくると本当にうれしそうにしているでも、なかなか手紙の返事がかけないので手紙が来なくなってしまうんだと話した事だったそれを聞いた娘は、返事が来なくてもいいから手紙を書いてみるとといって書き始めたのだいじめを経験した娘にとってはその結果、表に出られなくなり学校が休みの日でも、家にこもらざるを得なくなってしまった彼女のことが心配だったのだと思う娘が手紙を書き始めて、数ヶ月経ち2年生に進級したのをキッカケに彼女は勇気を振り絞って学校に登校してくるようになった娘は毎日手紙を書いていても1Fにある集合ポストの彼女の家のポストに投函するだけで彼女に会っているわけではなかったので学校で彼女に会えた時、彼女は、恥ずかしそうにそっと片手を上げてにこっと笑って挨拶をしてきたらしいがそれでも娘はとてもうれしかったらしい彼女が登校するようになっても娘とはクラスが違っていたので娘は彼女の手紙を書き続けていたらしい(私は知らなかったんだけど)ところが、新学期が始まってあわただしい生活が始まってしばらくして、私は彼女のお母さんにまた学校に行かれなくなってしまったという話を聞いた原因は良くわからないらしいが以前のように、どうしても怖くて家から出ることができなくなってしまったらしいのだそのとき、彼女のお母さんにずっと娘が毎日のように手紙をくれるので本当に喜んでる、返事がかけなくてごめんなさいって伝えてほしいといわれた娘にそれを伝えると、娘は「返事なんかいらないんだ~。彼女が一人じゃないって思ってくれればそれでいいんだ~」と言っていたそれからもずっと娘は手紙を書き続けていたらしい毎日学校の昼休みに、彼女への手紙を書いているのだという彼女のことを小学校時代から知っている娘の友達と一緒に寄せ書きのように書くこともあるらしい今年のお正月に、始めて彼女から手紙が来た昨年不幸があり、年賀状が出せなかったからととてもカラフルな寒中見舞いの葉書を出してくれたのだそして、それをキッカケに何通か返事が来るようになってきた彼女のお母さんも、担任の先生との面談の時に娘が毎日手紙をくれて、少し元気になって来たという話をしてくれたらしく学校でも、先生によろしくと言われたらしい娘はそれもうれしかったらしく新しい便箋と封筒を一緒に買いに行った時にうれしそうに話してくれたそして、ここのところ彼女からの返事の回数が多くなり週に1通くらいは帰ってくるようになったいつか一緒に遊べるくらいに元気になるといいねと手紙を渡しながら娘に言うとほんとそうだね!春休みにどこかに遊びにいけるといいな~とうれしそうに言っていた暦の上では春が来ている彼女の心も少しづつ雪解けを迎えてくれているのかもしれないそうだといいなと私も心から願っている-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月21日
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我が家の家族は皆ねぞうが悪いそのために私は、今まで幾度となく悲惨な目にあってきているこれはもう何年も前のことダブルの布団で夫と寝ていてて夜中に、背中に殺気のようなものを感じたその、ゾッとする気配で目が覚めて身じろぎもできずにいると・・・シュッという音とともに、夫の手がまるで手刀のように指先までピンと伸びた形で横向きに寝る私の枕と首とのわずかな隙間にものすごい勢いで差し込まれまたすっと引き抜かれた・・・その動きのすばやさは・・・ほとんどテレビの仕置き人といった感じで私は、言い知れない恐怖を感じて結局そのまま、寝返りを打つこともできず朝まで目が爛々とさえた状態で常に背中の気配に気を配りながら過ごした当然翌朝夫にたずねてみたが全く覚えてはおらず「なにいちゃもんつけちゃってるの?」と逆切れされた・・(ちょっと聞いただけなのに・・・)それから数年経つが、同じようなことは起こらず私もそんなことがあったことはすっかり忘れていたそして・・・娘と一緒に寝るようになったある晩また、いつかの夜のような殺気を背後に感じて目が覚めた「ん?この感じってもしや・・・」と思ったとたん今度は。。。スルスル~とやや遅めに何かが動く音がして娘の手が、いつかの夫の手のような形でまた、横向きに寝る私の枕と首の間に入ってきたしかし、今回はゆっくりそっと滑り込ませてきた感じだったので特に害も無いだろうとそのままにしておくと・・・なんと!いきなり娘の手がくるっと方向を変えて・・・私の首根っこをつかんだ!!これには仰天したよく、動物は首根っこを押さえると身動きができなくなっておとなしくなるというが人間も首根っこを後ろから押さえられると身動きが取れなくなるのだまさか真夜中に寝ているときに背後からスルスルと手を伸ばされて首根っこをつかまれると誰が想像できるだろう寝ぼけて無防備な私は、そのまましばらくの間娘に首根っこをつかまれたまま布団の中でジタバタしていたがようやく娘の手をはずして自由になったどうやら、いつも寝るときに抱えているぬいぐるみを手探りで探していて私の首に触ったので、それをぐっとつかんだらしい二度有ることは三度あるとは良く言ったものだこれはつい先日、息子と私がインフルエンザになったときのこと夫と娘にうつさないようにと私たちは隔離されることになり私と息子の二人で、和室で一緒に寝ることになったすると・・・また背後に例の殺気を感じたまあ、熱が高くてかなりの寒気がしていたので熱のせいだと思っていたら・・・やはり、首と枕の間になにか押し入ってくるものが息子の手だった・・・そして息子の手は、目いっぱい伸ばされた状態で一旦止まったまた首根っこをつかまれては大変なので手のひらの位置から首をずらせると・・・いきなり息子の手がくるっと方向を変えた来た!と思ったとたん息子は私の肩をぐっとつかんで引き寄せたつまり、夜中に布団の中で息子に無理やり肩を組まれた状態だもう、私と体格が変わらない息子の力は寝ていてもかなりのものだ起きている状態で腕相撲をしたらまだ私はまだ負けたことはないのだがなんせ深夜のこと・・・私も半分寝ている状態でいきなり肩をグッと引き寄せられて肩を組むというより羽交い絞めにあってる感じ・・・これにもかなり仰天したやはりジタバタした挙句に、ようやく息子の手をはずした引き寄せられたときに、首がグキッとなったのかかなり痛かった・・・今回は、どうやら寝相の悪い息子が普段夜中に行方不明になってしまう枕を探して(そのときは枕をしてたんだけど)枕の替わりに私の肩をつかんで引き寄せたらしい当然の事ながら・・・娘も息子も、翌朝話を聞いてもなにも覚えていなかったなんで私は、こうも夜中に家族から命を狙われてしまうのだろうか?一刻も早く、独りで寝られるようにしなくてはと焦っているのだが、部屋の模様替え&レイアウト変更を家族の誰もが面倒くさいと承諾してくれないのだ私の孤独な戦いは昼夜を問わず続いている・・・-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月20日
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主婦の方には、良くポイントが溜まるお店を利用するという人が多いと思う私もその一人で、いつもそのスーパーで買い物をしているまた、地元の商店街でもスタンプを出しているタバコなど定価で買わなくてはならないものはその商店街で買い物をしてスタンプをためているスタンプは1冊溜まると500円買い物ができるので大概の場合は、商店街のゲームソフト屋さんで子ども達ソフトを買うときに使っている近頃はネットでも、毎日アクセスしたりゲームに参加したり、メールを受信することでポイントをくれるサイトが多くなった私がネットを始めた6年前には数箇所だったがそのいくつかに登録をしてずっとポイントをため続けているポイントは、なにか賞品に変えてくれたり近頃はキャッシュバックしてくれるところも多くなったがやはり、キャッシュバックの方が還元率は低いようだ毎日アクセスで1ポイントゲームやアンケートに参加するとそれに応じてポイントをくれるので賞品をもらうためには結構なポイントが必要なのだがそれなりに続けていると知らないうちに溜まっているさて、先日あるサイトからポイントの有効期限が迫っているとメールが来た覗いて見ると、それなりに溜まっていたがキャッシュバックすると「え?これだけ?」という感じそれじゃあと、賞品カタログから交換することにした何万点もポイントをためればテレビだなんだと高額な家電製品を変えられるのだがそれほどではなかったので散々悩んだ挙句にステンレスのポットに変える事にした4月から息子も中学生になるが我が家には今、小さめのステンレスポットは娘のもの一つしかない息子も部活を始めれば当然購入することになるのでそれに交換したのだ届いてみるとそれなりにしっかりとしたもので我が家のものは、500mlなのだが、それは750mlと一回り大きかったま、汗っかきの息子には丁度いいかもしれないふと考えてみるとポイントで結構いろいろな物を換えているざっとあげると、・デジカメ(初期の殆どのおもちゃのようなもの)・アイスクリーマー(これはポイントで当たったのだけど)・図書券・商品券・QUOカード・時計・携帯電話(新機種購入代金○万円現金)・現金(ポイント獲得者の中から抽選で当たった)・フォトフレーム(これもポイント獲得者の中からのランダム抽選で当たった)・ボールペンセットこれがネットでの獲得賞品それと、スーパーでくれるポイントは先日体脂肪計つきの体重計と交換したコツコツ続けるというと大変なようだがそれなりに習慣化してしまって日常になってしまうと、知らないうちにという感じであるまた、スーパーのポイントが溜まり始めているので今度は何をもらおうかと楽しみにしている-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月19日
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私が生まれた日は、すごく寒くてみぞれが降っていたそうだ。私の誕生日には、昔から雪が降ったり寒くなる日が多い。うちの父は、男尊女卑を絵に描いたような人だったから、私が生まれた時、すぐに病院にこなかったらしいしかも顔を見たときに、「なんだ女か~」と言ったという母は随分後になってからも、そのことをブチブチ言っていたでも、私が大人になってから、偶然、私が生まれた晩に父と一緒にいた人の話を聞く機会があったその人が言うには、父は父達兄弟が経営していた会社の従業員の人が亡くなってしまいその人の事で、その人のご自宅に行ってたためにすぐには来る事ができなかったらしいなぜならその人は、出稼ぎの方だったからだそのために、私が生まれた日の深夜に父はようやく病院に顔をだしたらしいが私が生まれた日に、従業員がなくなったとは母にいえなかったのだろうその人が言うには、その晩父は「女のこが生まれたんだよ~」と言いながら、そのお店のコースーターをひっくり返してその裏に赤ん坊の私の似顔絵を嬉しそうに書いてその人に見せたそうだ父はとても絵が上手だった、仕事柄、広告美術の1級を持っていて昔は大きな映画の看板を描く仕事もしていた時があったくらい絵が上手かっただから、絵がうまかった父にちなんで、私の名前には「絵」という字が入っているのだその話を聞いて、照れ屋の父は、嬉しいと口に出すことがうまく出来なかったんだなとそう思うことができたそういえば、私が生まれ育った古い家の柱に中途半端な大きさの紙に書かれた赤ん坊の似顔絵が貼ってあった多分あれが、そのとき父が書いた絵だったのかもしれないある男が、小さなお店のカウンターで独りで、コースターの裏に書いた似顔絵を肴にお酒を飲んでいた日それは、今からもう何十年も前の今日でした-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-プチ情報:今日生まれた有名人1964年 マット・ディロン(俳優) 1962年 マリアン(タレント) 1961年 影山ヒロノブ(歌手) 1958年 松原千明(女優) 1954年 山崎浩一(コラムニスト) 1954年 ジョン・トラボルタ(俳優) 1950年 ジョン・ヒューズ(映画監督) 1948年 鈴木康博(ミュージシャン) 1947年 奥村チヨ(歌手) 1940年 中村敦夫(俳優) 1933年 オノ・ヨーコ(芸術家) 1930年 中村梅之助(歌舞伎俳優) 1924年 越路吹雪(歌手) 1898年 エンツォ・フェラーリ(実業家)また、フジテレビの高島彩アナウンサーも今日が誕生日です。あと、とっとこハム太郎に出てくる、関西弁のまいどくん、渡る世間は鬼ばかりの幸楽のお姑さんも今日が誕生日だそうです。こうやって見るとなんか、ちょっと変わった人ばかりかも?みずがめ座の最後の日ということもあるんでしょうか?そして、岡本太郎氏の母上で、私の母校の先輩でもある岡本かのこ女史が、亡くなった日でもあります-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!さっきみたら、102位でした。最近日記さぼり気味だから仕方ないね~~^^^
2005年02月18日
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最近我が家では、ダブルの布団に私と娘が二人で寝ている昨年の夏まで、8畳ほどの寝室に、親子4人で寝ていたさすがに、子ども達の体格が親と殆ど変わらなくなってくると一部屋に4人の大人が寝ているのと同じことになり昨年の猛暑と重なって、エアコンの効きがかなり悪かったそうでなくても、夫と子ども達は超がつくほどの汗っかき夜中に変わりがわりおきては、エアコンの設定温度を下げていくその結果、家族が皆半袖半ズボンで寝ている中超冷え性の私は、長袖のパジャマをしっかり着こんで布団をしっかりかけて寝ているにも関わらず風邪を引くことになるしかし、それでも家族にとっては、エアコンの効きが悪いと文句たらたら・・・その結果、一番の汗っかきだった夫がダブルの布団で私と寝ることをやめ寝室で寝ることもやめ独りで、居間の隣の和室に避難したまあ、部屋の温度だけではなく子ども達に、夫のいびきと歯軋りがうるさくて眠れないと連日抗議を浴びたこともあったんだけど・・・ということで、布団を取られた娘と私が一緒の布団で眠ることになった娘は、赤ん坊の頃から色が白くちょっとポチャッとした感じそのせいか、中2になった今でも腕や手の甲を触った感じは赤ん坊の頃の感触とあまり差は無いしかし、これが大きな問題を引き起こすことになったそれは深夜になって、私が寝返りを打ったときふと、娘の腕や手に私が触れるといきなり、脳裏に娘が赤ん坊の頃のに添い寝をしていたときの記憶がよみがえってくるのだそして、まるで本当に赤ん坊と添い寝をしていて寝返りをしてつぶしてしまわないように気をつけながら寝ているときのような感覚が、ゾワゾワ~っと脳裏によみがえり一気に私の目は覚めてしまう頭では、もう娘の体格が私と変わらずもしも、私の足が娘の体の上に、1本や2本乗ったとしても娘は押しつぶされるどころか、逆に跳ね除けられて、私の方が逆襲にあってしまうほど体力があることもわかっているのだしかし、寝ている状態での私にはその娘の肌の感触は、赤ん坊の頃もの以外の何物でもなく娘の肌に触れたとたんに、ハッっとして目覚めてまうということを繰り返す人の記憶には、目には見えない形が有るのだと思うことがあるそして、その形にピッタリとはまる鍵のようなものがあってその鍵の条件が整った時にその人の意識を超越して、突然脳裏に引き出されてくるのだろうと思うまさに、娘の隣に寝ている私がその状態なのだしかも、年をとってくると学習能力が低下するのか「あ、もう赤ん坊じゃないんだからちょっとくらい触っても大丈夫なんだ」と思って再び眠りについても一晩のうちに、何回同じ目にあって目が覚めてしまうこの、潜在意識の中の記憶を引き出す鍵というのは変わることがなく、自分の意識でどうこうできる範疇のものではないのだろうか冬になって、長袖のパジャマを着るようになってからは、寝返りを打ったときに、娘の腕などに触ることも少ないので夜中に目を覚ますことも無く平穏に眠っていたのだがここのところ、娘が夜中に私の顔の辺りにポンと自分の腕を投落としてくるようになったつまり、娘は大の字に近い形で寝ているのだしかし、そうなると、夜中に娘の手の甲が私の頬に触ることになり・・・そう、私はその感触でまた・・・ハッと目を覚ましてしまうのだ今は、部屋のレイアウト上仕方なく娘と一緒に寝ているのだが・・・早く独りで寝られる場所を確保しないと。。。私に安眠できる夜は訪れないのかもしれない-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月17日
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最近仕事が忙しくなってきた夫はちょっとしたことでも、あたる・・・(ノ_-;)ハア…昨日も、居間に座っていた娘がたまたま夫の通り道(といっても、狭い家だから居間のテレビの斜め前くらいのところ)に座っていた一応夫は、娘をよけて通ったつもりだったらしいんだけど・・娘がちょっと横座りしてたのでそのつま先を夫が踏んでしまいこけた・・・そのとたん、ものすごい勢いで娘に怒鳴ったなんで?は~?足を踏まれてしかも、夫がこけるときになぎ倒された娘に当たることないじゃん!!と私は夫に抗議したけど怒鳴られた娘は、(_ _。)・・・シュンとして部屋へそして、独りで泣いていた足は、つま先を踏まれそうになって一応夫が「あっ」と思ってよけてよろけたらしいので痛くはなかったらしいがそれより、ずっと痛かったのは心だろう・・・かわいそうに・・・私が娘に、「ごめんね」と謝ると娘は、むっとしたままだったけど「いいよ、ママが謝ることじゃない」と言った本当なら夫が謝るべきことだと思う娘は動いたわけでも、わざと足をだした訳でもないのだからでも、夫は「オレはよけたのに、通り道のそんなところに座ってるほうが悪いんだ」と引かないその後、ちょっとしたら夫は居間でムッとしたまま、不貞寝をして寝てしまったこれでは、話をすることも、わかってもらうこともできないというか、これがいつもの夫のパターンなんだけどそれから、私は娘といろいろと話したなぜ謝るのと聞くので「一応ね、ママがパパと結婚した以上その結果、あなた達に迷惑がかかることはママの責任かな~って思うから」私がそういうと、娘は少し納得したように、そっと頷いたそれから、人のやるべきこと、責任についてとかいろいろ話をした私がやるべきことは、やっぱり、子ども達を社会に送り出すまで支えて守ってやることだと思うそれは、誰から降りかかってきたことだとしても私が守るべきことだと思うからということを話したそして、娘にも自分でやるべきことを良く考えて自分の人生だから、自分が道を選んでいくことでこれからいくらでも変えることができると思うと話した父親がどうだったから、ということを言い訳にして自分の人生をその犠牲にしちゃだめだと思うと話をすると、始めて娘はそれはそうだね、だって私は私なんだもんねと言ってくれたその後、夫と娘のやり取りを黙って見ていた息子にも同じような話をした息子は黙って聞きながら一言「わかった、大丈夫」と言った子ども達にしたら、父を擁護する詭弁に聞こえるかもしれないでも、なんかそんなことにこだわったり引きずられたりして、いろんなことに影響がでてしまうようなもったいないことはしてほしくないのだ大丈夫、ママがちゃんと守るからそういうと子ども達は、うんと頷いてくれたそのことだけでも、一緒にがんばって行けるかな~とそんな気がした<追記>これから、某雑誌の取材(?)で出かけてきます写真も撮るらしい・・・雨も降ってるし・・・憂鬱・・・ま、仕方が無い行ってきま~ス!!ただいま~取材(?)受けて来ました。ファミリー向けのガイドブックの雑誌に写真が載っちゃうことになりました・・・(恥)(首都圏向けなんで。。他の地方の人はゴメンナサイ)春になったら発行されるそうですそれにしても今日は寒かったです~~今朝地震があったし・・・ホントに大きな地震があってそのあと、こんなに寒い雨が降ってたら家を無くした人は、体調を崩してしまうよねきっとなにか対策を立てないと・・・ということを考えてる夢を見ながら帰路の電車で爆睡してました^^^地震で4時半過ぎに起こされたから眠い~~でも、仕事ちうの私今日は早めに切り上げて寝るつもり・・(・_ゞ) ゴシゴシ…-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月16日
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ガイドブックのとりまとめをしてくれている友人が突然介護をしなければならなくなったらしい同居しているお姑さんが、腰を悪くして動けなくなってしまったのだしかも、彼女のお姑さんは、糖尿を持っているので食前にインシュリンの注射もしているのだが元気な時はお姑さん一人でできていたらしいのだが起き上がることができないので、彼女がそれもやらなくてはいけないのだという当然トイレにも独りでは行かれず彼女は突然、身動きが取れなくなってしまったらしいヘルパーさんを頼もうとしたが、当のお姑さんが嫌だというしかも、ヘルパーさんでは注射が扱えないのだでも、時期的にインフルエンザが蔓延しているので家族の中にも体調の悪い人が多く体調の悪い家族をお姑さんに近づけることもできず独りで置いておくこともできないので買い物にもいけないと嘆いていた申し訳ないが、私は早くに両親を亡くしているので介護の経験はない。ただ、私が高校の時に92歳で亡くなった祖母はかなりの間寝たきりに近い状態だったので当時中学生だった私も含めて父や母や、おじ、おば達が交代で面倒を見た記憶がある祖母は、明治まれで頑固で思わず「クソババー!」と叫びたくなるくらい口の悪い人だった(笑)本人は見えると言いはっていたがかなり若いときから目が見なかったらしいなぜなら、祖母は老眼鏡を持っておらずまた老眼鏡をかけるというしぐさも一回もしたことがなかったからだそれでも、誰がなにを言っても「私はちょっと見えずらいだけで、ちゃんと見えるんだよ!」と言い張るほど頑固者だったのだ父が4人兄弟で(昔はもっと多かったらしいけど、私が知ってるのは4人)私のいとこの中には、もう何人も成人している人がいたので10人近い人が連携して分担して面倒を看ていたのでやっていられたのだと思うそのうちに痴呆が進み暴れるような状態になり素人介護にも限界が出てきてしまい最期は病院で老衰で亡くなった先日、有名な占い師の○木○子さんが介護を、家族がしないなんてだめだと切り捨てるように言っていたが実際にその苦労を背負ったことがないからあんなことがいえるのだろうと思う子どもの私には、祖母の介護になにか役に立つようなことは殆どできなかったがその苦労は並大抵ではないこと感じていた友人も、一人で背負うには荷が重いと思ったのだろう地元の病院などいろいろなところに相談したらしいが結局どれも頼れそうなシステムは無かったと泣きそうなメールを送ってきた今後、こんなケースは増えていくだろうしかも、父の時代とは違って、少子化で分担できる人が少ないのだ現に、我が家も夫は一人っ子なので夫の父の面倒は、私が独りで背負うことになると思う介護している側の人が先に倒れてしまうケースも少なくないというしかし、そんなことになってしまえば結局困るのは、介護される側の方々だろうヘルパーの人が、介護をしている高齢者の人を殺害したという事件が流れた直後だが、このような問題は今後これからも増えていくのかもしれない今の日本の社会をどうやって支えていけば良いのかそんなことを考えさせられる出来事だった-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月15日
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バレンタインディと聞くと、今は亡き父のことを思い出す。なぜなら、父の誕生日がバレンタインディの2月14日だったからだ。 父が若かった頃には、バレンタインディと言うものはなかったそうで、チョコレートで告白されることも無かったらしい。そのくせ、子供達からのバースディプレゼントはいつも、お手ごろなチョコレートで済まされてしまっていたので、「俺は、バレンタインは嫌いだ!」と良く言っていた。 しかし私が成人してから、「バランタイン」とうウイスキーがあることを知り、そのウイスキーを父の誕生日に贈ったことがあった。 普段は照れ屋で、嬉しそうな顔を見せたことのない父だったが、その時父は、とても喜んでくれた。若い頃良くそのウイスキーを飲んでいたのだという。「バランタインっていう名前が、なんか自分の分身のような気がしたんだ」そう言って懐かしそうに眺めながら、「オマエも俺にウイスキーを買ってくるような年になったんだなぁ~、ありがとう」と私に言った。その言葉は、娘に向かって、めったにお礼を言わなかった父の、貴重な「ありがとう」だった。シュウカさんの日記のバレンタインデーの思い出にコラボしてみました!-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月14日
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ご無沙汰しております。先週風邪で寝込んでしまったおかげで、その分の仕事や家事に追われて日記更新ができない晴れままですまた、新たな仕事が追加になり。。。ちょっと留守がちになると思いますが本人元気にしております何度もいらしてくださったかたありがとうございました今日は、日頃の運動不足解消のためにこれから、だんなと一緒に地元の地熱利用の温水プール行って、ひと泳ぎしてきます!ではではまた~~温水プール行ってきました。ここは、昨年取材でもお邪魔したプールです高齢者用の施設なのですが、室内プールで、25mプールと流れるプールとジャグジーがあります。また温泉もあって、温泉にはサウナや打たせ湯や寝湯もあるので軽く運動して、リラックスしてくるには最適なところですここのところ、夫が毎週通っているので今日は私もついて行きましたこれでも一応、学生時代には水泳部でしたので(女子大ですけど)クロールで軽く200mくらい泳いであとは、流れるプールを数周歩いたり、打たせ湯のような強い勢いの滝に打たれたりジャグジーに入ったりしてから温泉に入って、サウナなどで汗を流して来ました!!ふ~~。気持ちよかったです~~ここは、公共施設なんですけど施設点検で長期に休みに入る前には着衣水泳教室なども開いています学校で一部実施しているところもあるらしいですがここなら親子で体験することができるんですよ~~プールと温泉のセット券もあるし、軽食を取ることができるカフェもありますお勧めですよ~~温水プールのHPはこちらから!ふれーゆ-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月12日
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パート1: ある日の夜、息子が夕飯はすき焼きにしてくれと言い出した。今日は野菜炒めで、済ませよう思っていた私は反論したけど聞かないここのところだんなは仕事で遅いので、毎日夕飯のおかずの内容をメールしているだんなはそれによって、会社で食べるかどうか決めるらしい。この前も、残業で疲れてしまいレトルトカレーにしたとき、「え~~カレー?しかもレトルト?俺はいらないから」と返ってきた。今日も遅くなるって言ってたのに、メールいれたら。「すき焼き?いいねぇ~。すぐ帰るから」だって。。。仕方がない私は閉店間際のスーパーに駆け込んで、野菜炒め用に買ってあった白菜以外の材料を調達してきた。そして用意をしようと、冷蔵庫の野菜室を開けて呆然とした。あるはずの白菜がない!そうだ、昨日白菜高かったから、安売りしてたこっちを買ったんだ。でも、家族みんなで「すき焼き、すき焼き」と盛り上がってる。いまさら白菜がないとはいえない。何分かご食卓に上がったすき焼きに、家族はみんな飛びつくようにして、あっという間になくなってしまった。あのすき焼きの白菜が実は、チンゲンサイであるとは、言えなかった・・・。パート2: 昨日、我が家は天津飯だった。うちの連中はこれにも目がない!野菜を切って卵に混ぜようとしたら、カニが少し凍ってた。ほかに水餃子と酢の物を作り、最後に卵を焼くように準備している間にカニはレンジで解凍することにさてそろそろ卵を焼かないと・・。卵料理には自信があるので、今日もばっちり決めるわよ!っと。手早くカニ玉を焼き上げると・・・。なんかレンジが気になった。「あ゛、解凍したカニを入れなかった」(かに玉なのに・・・汗)仕方なく、水餃子にカニを入れた。ところが・・・夕食のとき、誰もかに玉にカニが入っていないことに気がつかず、息子に至っては、「ずげ~、スープにもカニが入ってる!」だって(滝汗)私は「良かったね」という感じで微笑を絶やさず、そして下手なことをばらさないようにあくまでも無言ですばやく食べ、早くみんなも食べ終わることをひたすら祈っていた。別に、だますつもりはなかったんだし・・・。うっかりミスなんだし・・・。ばれた時の言い訳ばかりが頭の中をグルグルしていた・・・。しかし、そのまま誰も気づくことなく無事その日の夕飯は終わった。これらの事実は、まだ家族にばれていない・・・。食べ終わってしまえば、時効だよね~?あははは、美味しかったからいいか~・・・(^^;;-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月09日
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一年のうちで2月は一番寒い月だ2月のことを「如月」(きさらぎ)という古い呼び方が有る私はこの「きさらぎ」という言葉の響きがとっても好きなんだこの言葉は、寒いので着物を重ね着するということから由来しているという説もあるらしいその話を聞いたときに、確かに『着さら(に)着』で「きさらぎ」なのかと納得したことがある重ね着といわれてしまうと、いささか興ざめだけど「きさらぎ」という言葉の持つ響きには、もっと違うものを感じる昔の人ってやっぱりロマンチストだったんだね重ね着するほど寒いよって言ってしまえば何てことないことを「きさらぎ」という素敵な音に秘めて、その月の呼び名にしてしまったりこんなに一番寒い季節に、春が始まるんだと希望を持って「立春」なんて日を決めたりするんだもんねもうすぐ春なんだなって思いながら街を歩いていたら、街角の梅のつぼみが少し膨らみ始めていてまるで枯れてしまっているように見える木の先がほんのりと赤みがかっているのを見つけた昔の人は、重ね着するほどの寒さに震えながらもきっとこんな感じの小さな事からやがて来る暖かい春の訪れを感じていたのかも知れないなって思いながら、梅の樹を眺めていた-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-今日の日記が面白かったと思った人はここをクリックしてくださいね!
2005年02月08日
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息子の小学校の卒業を目前に控えて中学の制服の注文や、入学してから使うジャージの注文などに毎日、バタバタしている私が小学校を卒業したときには、卒業式には中学の制服で出席したのだが最近は、普通の礼服で出席するらしいということで、普段ストリート系の息子の服ではさすがに、卒業式に出すわけには行かないので紺ブレとグレーのツータックを用意することにした通販で購入したのだが、そのページの女の子用の洋服は最近の高校の制服のような、チェックのひだのスカートとブレザーというスクールファッションが並んでいたその写真を見ていて、2年前の娘の卒業式の時のことを思い出した娘が卒業した2年前。私は仕事をやめたばかりで恥ずかしい話だが、娘に卒業のための洋服を買ってやることはできなかったやはり、娘達世代の女の子の間では、チェックのプリーツスカートにブレザーというアイビーテイストのまるで高校生の制服のような服が流行っていた通販のカタログなどを見ながら、娘もそういう感じの服がいいんだけど・・・と言うそれを見ていて、ふと私が昔着ていたチェックのスカートがあることを思い出したもう20年くらい前、学生時代に私が履いていたスカートだから娘にしたらかなり丈が長いしかし娘は、グレーとエンジのチェック柄がえらく気に入った様子で、出来ればこのスカートの丈を直して卒業式に履きたいと言い出した「本当にそんなお古でいいかしら?」迷った私は、親友に相談したすると今度は親友が、自分が若い頃に着ていたジャケットがあるから見てみないかと言い出した早速持ってきてもらうと、当時流行ったデザイナーズブランドのもので上着丈が短めで中々オシャレな感じで、娘が着てもおかしくないデザインのものだったサイズも、少し小さめな体格をしている親友のサイズが当時の娘にピッタリで、私のお古のスカートに合わせてもいい感じだった娘は、その友人のジャケットと、私のスカートを着て卒業式に出たいという親友も、「本人が良いと言うんだし、見た目もおかしくないから良いんじゃない?」と言う早速、私はチェックのプリーツスカートの丈を、娘に合わせて仕立て直し、中に着るブラウスだけを新しく買いに行くことにした私が親友に、「まるでサムシングフォーだね」と言うと、親友も「そうだね、まあ、ある意味新しい生活への第一歩なんだから良いんじゃない?」と言って笑っていた「サムシングフォー」というのは、マザーグースの詩の中にも歌い込まれているのだが4つの何か(Something)を花嫁が結婚式当日に身に着けていくと必ず幸せな生活が送れると詠い伝えだ。 4つのサムシングは「サムシングブルー」何か青いもの(「青い鳥」同様、幸を呼ぶ色と言われており、忠実・信頼を象徴とされる色)「サムシングオールド」古いもの(古いものは謙虚な心を意味し、受け継がれてきたものを大切に譲り受けていくという想いが込められている)「サムシングニュー」新しいもの(新しい生活へ踏み出す大事な第一歩をあらわす)「サムシングボロー」借りたもの(幸運を分けてもらうという意味を表し、家族だけではなく周囲の人々から愛されるというおまじないでもある)*ウエディングプレス・ドットコム/「サムシングフォーって?」より引用つまり、本来は幸福な結婚のためのおまじないなのだが私はなんとなくこの「サムシングフォー」が好きで以前からなにか新たな生活へのスタートを切るときに縁起として取り入れるようにしていた。そして数日後、親友が4つのサムシングのうち娘に足りなかった「サムシングブルー」のアイテムを届けにきてくれたとてもきれいな青いビーズで作られたブレスレットだった娘にとっての”サムシングフォー”それは、心から娘の幸せを願い支えてくれている人達の存在の証しのように思えた。
2005年02月07日
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おかげさまで、熱は収まりました!まだ若干、咳と頭痛が・・・で、今、休んでしまった日の分の仕事と家事でバタバタしてます・・・今月は、息子の卒業&入学のための準備で部屋の模様替えも計画しているので片付けもしなくてはならず・・・相変わらず、孤軍奮闘しております日記&レス付けもう少々お待ちください留守の間も、ご訪問いただいた方々レスをつけてくださった方々メッセージを下さった方々ありがとうございました
2005年02月06日
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昨日日記をアップしてから熱がゴンゴンあがり昨日の深夜には、一時39度を越えてしまいました昨日から熱をだした娘も私と全く同じ症状で、しかも熱が上がるタイミングまで一緒という状況・・・夜中に二人で、体中の痛みを抱えながら何度も目を覚ましては、一生懸命水分を取る状態それで、今朝になってから、クスリを飲んで、38度台まで熱が下がるのを待ってから娘と二人でふらふらしながらも内科へ行き新しくクスリを出しなおしてもらって来ました帰宅後、そのクスリを飲んで少し寝たところ、おかげさまで熱が37度台まで下がり体も随分楽になり、夕飯もすこし食べられました娘も、クスリが効いたらしくて平熱まで下がったらしく、顔色もよくなりましたご心配をかけましたまだ、本調子ではないので長い時間PCの前に座っていられないので仕事もお休みを頂きましたみなさんから頂いたコメントにレスつけられなくてごめんなさい体調が戻りましたらレスつけと、ご訪問させていただきますねそれではまた~-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-<追記>今気がついたけどもうすぐ20000アクセスですねGETされた方、是非お知らせくださいね!
2005年02月03日
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インフルエンザにかかった息子は、毎日朝晩、なきながらクスリを飲み下したかいあって昨日から、平熱近くまで熱が下がり少し声が変で、たまに咳がでるくらいで見た目は元気になったところが、今度は私が38度を越える熱を出した仕方なく、フラフラしながら内科で受診するとインフルエンザではなかったが症状の重い風邪を引いてしまったらしい「インフルエンザじゃなかったんですね、よかった」と言ったら「それでも、38度を超える熱が出てるんですよきちんと養生してくださいね」とお医者様に念を押されてしまったその日の夕方、とうとう頑張り屋の娘が発熱部活の間から、もうかなり頭痛があったらしいのだが途中で抜け出すこともできずに、最後まで練習を終えて6時半に帰宅した時には、すでに37.8度も熱があったということで、とうとう夫を除く3人が撃沈してしまったさすがの私も、38度を越える熱でおきていることができず夫が5時半に帰宅した時には、布団で横になっていたすると、夫は「なんだ、具合悪いのか。連絡よこさなかったからなにも買ってこなかったぞ、メシどうすんだよ!」と一言ん?それって。。。なんか違わない?とりあえず、解熱剤を飲んで横になったおかげで私の熱は、37度台まで下がっていたので夕飯の支度をすると・・・黙ってご飯を食べるだけ・・・その夫の様子を見ていて私は、昔母が言った言葉を思い出したやはり母が具合が悪くなった時のことだった私はまだ、小学校の低学年だったと思う珍しく夕方早い時間に父が帰宅して、夕飯の用意がされていないことを見て「なんだやっぱり熱出したのか、じゃあ寝てろ。オレのメシはいいから、外で食ってくる」と独りで出かけてしまったのでした驚いたのは私「へ?私達はなに食べればいいの?」と口に出そうと思った瞬間母が私に泣いて謝りだした「ごめんね、今なにか用意するからねお腹すいたよね、ごめんね」母の言葉が切なかった普段深夜に帰宅するのが当たり前ようだった父にしてみれば気を遣って早く帰宅し、自分のご飯の用意をさせないだけでも十分優しさを発揮したつもりなんだろうでも、自分のことしか視点に入っていない事はその行動から子供の私にもよくわかったその日私は、熱のある母に代わって、生まれて初めて、インスタントラーメンを作った父に対しての怒りは収まらなかったが私にだって、やればできるんだ私が頑張ればやっていかれるかもしれないと変な気合が私の中に沸いてくるのを感じていたそれから、随分経ってもう大人になってから、雑誌かなにかを見てて熟年離婚の特集記事の中に母とまるっきり同じ目にあいそれがキッカケで離婚した人の体験談が出ていたその記事を読みながら、多分そのだんなさんは自分の何がいけなくて離婚を言い渡されたのかきっとわからないだろうと思った家の父、家の夫、そしてその記事のだんなさん共通しているのは、家の中の事はすべて妻の責任という考え方確かにそういう部分もあると思う昼間仕事で家を空けている男の人にはできないことを家にいる妻が担当して分業で成り立っている部分は多いのかもしれないでも、自分の仕事が終われば、もう自分の責任はお終いと考えは、女性の側からしたら愛がある行動とは思えない口で愛しているというかどうかではなくて愛しいと思われているかどうかそれを感じられないと愛しているとはいえないと思うどちらの仕事かではなくて二人でやるべきものという意識もないんだろうなだから、寝てればいい、明日やればいいとその日の家事の負担を減らすことを容認すれば、それで優しさを発揮したと思ってしまうんだと思う変わりに、その分の家事を負担してやろうという発想はないんだろう最近では、そういう男性は少なくなっているのかもしれないけど熱が高いこともあって優しいってなんだろう、愛されるってなんだろうそんなことが、天井にグルグルと渦をまいている気がした
2005年02月02日
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