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ベーシスト兼歌手の石川紅奈の2作目のリーダーアルバム「Garden」を聴く。今回は前作に比べて、ヴォーカルの比重が大きい。ディストリビューターによれば、本作は「70年代ソウル、ソウル・ジャズ、ブラジリアン音楽を石川紅奈自身の感覚で現在の音楽に作り替えた作品」とのこと。前作は小曽根真のプロデュースで、モダン・ジャズの色彩が濃かった。今回はセルフ・プロデュースということもあり、石川紅奈自身のカラーがより強く表れている。アルバム・タイトルの「Garden」は「自分の内側にある庭」を意味する。これまで出会った人や音楽、言葉などから受け取った「種」が自分の中に植えられ、それが芽を出し、花を咲かせていく。過去から受け取ったものを現在の自分の音楽として育て直す、という作品なのだろう。ヴォーカルの存在感も増し、ベース、歌、そして少人数のアンサンブルが無理なく一体となっている。前作の深刻な側面に対して、今回は肩の力が抜け、音楽そのものを楽しんでいるような開放感がある。何より、屈託のない明るさが本作の大きな魅力だ。全8曲のうちオリジナルは5曲。「Erica」はミディアム・テンポでトロピカル・ムードの優しい曲。途中で出てくる口笛やバックコーラスは自身の多重録音だろう。「Animara」はジャズワルツだが、あまり明るくなく、パーカションも入るが、あくまでもモダン・テイストの曲だ。ジーン・ジャクソンのドラムスの活躍が目覚ましい。自作曲の「In the Rain」と「Oyasumi」は日本語の歌詞で歌われ、大貫妙子の音楽を思わせる、さっぱりとした気持ちよさがある。とりわけ「Oyasumi」は、月明かりに照らされた日本の夜空を思わせる静かな情緒があり、アルバムのエンディングにふさわしい。「Witch of the North」は英語詞による曲で、ラテンのリズムを基調としながら、わずかに哀愁を帯びている。名城貴大の短いギター・ソロも効果的だ。カバー曲では、ロイ・エアーズの「Searching」が面白い。ヴォーカルは控えめで、イントロでは原曲にあるソウル・テイストをあえて前面に出さず、ジャズ・ファンク的な感触を強くしている。ところが、ハープやギターが加わると、音楽は一転してトロピカルなムードに変わる。この展開が実に面白い。名城貴大のファンキーなギターも印象的で、最後には短い後奏が置かれている。チック・コリアの「Time's Lie」は、原曲より大幅にテンポを落としたバラード仕立て。実に堂々とした演奏で、原曲の持つ美しさがしみじみと心に響く。2分過ぎからテンポを上げると、曲本来のラテン・フレーバーがよみがえる。さらにフリー・フォーム的なムードへと移り、その後、大林武司の推進力のあるピアノ・ソロを経て、再びラテン・フレーバーに戻る。一曲の中でさまざまな表情を見せる、凝った構成になっている。録音についても、ベースの低域は前作より控えめに感じられる。録り方やミックスの違いもあるのだろうが、全体のバランスとしてはこちらのほうが好ましい。石川のベース・プレイには、前作ではややぶっきらぼうに感じるような硬さがあった。今回もその傾向は多少残っているものの、ヴォーカルや他の楽器とのバランスがよく、さほど気にならない。トロピカルムードを感じさせるチャールズ・オーヴァートンのハープやKanのパーカッションも悪くない。ということで、本作では彼女自身の音楽性が、いよいよはっきりと表れてきたように感じる。石川紅奈:Garden(Dacca 6125070)24bit 96kHz Flac1.Charles Stepney / Dick Rudolph: Les Fleurs2.Kurena Ishikawa: Erica3.Kurena Ishikawa: Animara4.Kurena Ishikawa / Taka Nawashiro: In the Rain5.Roy Ayers: Searching6.Chick Corea / Neville Potter: Time's Lie7.Kurena Ishikawa: Witch of the North8.Kurena Ishikawa / Taka Nawashiro: Oyasumi石川紅奈 (b, vo)Kan (perc except track 6)チャールズ・オーヴァートン (harp track1, 5, 8)大林武司 (p, Fender Rhodes track 2, 3, 7)守真人 (ds track 2, 7)ジーン・ジャクソン (ds track3, 6)名城貴大 (g track 4, 5, 7)Recorded 2025, 2026,NK SOUND TOKYO and other locations
2026年09月29日
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フランツ・ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団によるヴェルディの《レクイエム》のライブ録音を聴く。筆者はウェルザー=メストとクリーヴランド管の、引き締まった清潔感のある演奏が気に入っており、特に自主レーベルが始まった頃からよく聴いてきた。この曲には、オペラティックな派手な演出で聴かせるアプローチもあるが、今回の演奏はあくまでも宗教曲という枠組みの中での解釈だ。独唱陣も、昨今の国際的な声楽事情を反映した多彩な背景を持つ歌手が揃っている。指揮者の指示によるものだろうが、いずれもオペラティックな誇張はなく、端正な歌唱に徹している。また、しばしば見られるような独唱者の誰か一人が突出することもなく、全体として非常によく統制されている。その中では、クウェート生まれのドイツ人であるバスのタレク・ナズミの美声が目立っていた。トルコ系ドイツ人のメゾ・ソプラノのデニズ・ウズンは、メゾにしては声につやがあり、好印象だ。個人的に注目していたアルメニア系リトアニア人のソプラノのアスミック・グリゴリアンは悪くないものの、圧倒的なパフォーマンスとまではいかなかった。以前の印象ではもう少し明るい声だったように思うが、これは気のせいかもしれない。メキシコ系アメリカ人のテノールのジョシュア・ゲレーロは太い声の持ち主だが、その分やや暗めで地味な印象がある。もう少し明るい声だったら、さらに魅力的だったのではないかと思わせる。普通なら混濁しやすい合唱も各声部の分離が良く、冒頭の「キリエ」で合唱が入ってきた瞬間、声部ごとに別々の方向から音が聴こえてきて驚かされた。この合唱団は、シーズンごとにオーディションを行い、合格した140名あまりのアマチュアによって構成されているそうだ。それにもかかわらず、とてもよく訓練された清潔な音楽を聴かせており、ウェルザー=メストの音楽に相応しい団体だろう。オーケストラは均整が取れており、フレージングも清潔で申し分ない。オペラティックでスペクタクルなサウンドを期待する向きも多いと思うが、今回の解釈ではそうした要素を極力排している。だからこそ、宗教曲としての静謐な気分が味わえるとも言える。速い曲では速めのテンポと引き締まった表現によって、機敏な動きと推進力が生まれている。オペラティックではないとはいえ、「オッフェルトリウム」ではオペラの重唱ならではの醍醐味を感じることができる。重唱にありがちな微妙なずれも感じられず、隅々まで統制された仕上がりが実に気持ちよい。ライブ録音であり、演奏自体もオペラティックな華やかさを抑えているため、サウンドはそれほど華麗ではないが、全体のバランスは良好だ。あまり前面には出てこないものの、バスドラムだけが妙に大きく、皮の張りまで感じさせるようなサウンドになっているのが不思議な録音だった。ということで、聴き手を驚かせるような仕掛けこそないものの、優れたアンサンブルと引き締まった表現によって、作品そのものの姿をじっくり味わうには適した演奏だろう。Franz Welser-Möst Giuseppe Verdi:Requiem(The Cleveland Orchestra TCO0019-D)24bit 96kHz FlacAsmik Grigorian (S)Deniz Uzun (MS)Joshua Guerrero (T)Tareq Nazmi (B)*The Cleveland OrchestraThe Cleveland Orchestra ChorusFranz Welser-MöstRecorded live at Severance Music Center, Cleveland, Ohio, on January 15, 17 & 18, 2026
2026年09月26日
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コルトレーンのトリビュート・アルバムだと思うが、一風変わったアプローチだ。世評の高い「John Coltrane and Johnny Hartman」(1963)をカバーし、そこに同時期のインスト・ナンバーを加えるという、コルトレーンの60年代前半の歩みをかなり意識した構成になっている。インスト・ナンバーは、「Duke Ellington & John Coltrane」から「Big Nick」、「The Coltrane Legacy」から「26-2」、「Coltrane's Sound」から「Central Park West」を収録。さらにボーナス・トラックとして、「Ballads」から「Say It」、「Nancy」、そして「Big Nick」のピアノレス・トリオによる演奏が収められている。その中でも印象に残るのがバラードの「Central Park West」だ。原曲より少しテンポを落とし、嫋々とした調べが心に響く。コルトレーンの演奏は幾分乾いた響きで、昔のセピア色の写真を眺めているような懐かしさを感じさせる。ダイアン・リーブスについては、従来の粘着質なヴォーカルを聴かされるのではないかと思っていたが、ここでは意外なほど粘りがなく、印象は悪くなかった。ジョニー・ハートマンのヴォーカルから、多少なりとも影響を受けているのかもしれない。インスト・ナンバーも、しっとりとした上質なサウンドに、高度なアンサンブルと練り上げられた解釈が加わり、実に立派な演奏だ。特に新奇なことをしているわけではない。誰もが知っている曲を、奇をてらわずに演奏しているアルバムなのだが、その品位の高さと充実したサウンドによって、アルバムとしての完成度は非常に高い。ブランフォードの底力を発揮したアルバムと言っていいだろう。派手さはないが、中身がぎっしりと詰まっている。ジャケットは、最初は分からなかったが、漆黒のバックにサックスとマイクがクローズアップされたなかなかしゃれたデザインで、アルバムの雰囲気に似つかわしい。長く聴き継がれるアルバムになりそうな予感がする。Branford Marsalis:Dedicated To You(Blue Note 5779233)24bit 96kHz Flac1.Peter DeRose:Autumn Serenade2.Saul Chaplin / Sammy Cahn / Hy Zaret:Dedicated To You3.John Coltrane:Big Nick4.Richard Rodgers / Lorenz Hart:You Are Too Beautiful5.Billy Strayhorn:Lush Life6.John Coltrane:26-27.Guy Wood / Robert Mellin:My One and Only Love8.Irving Berlin:They Say It's Wonderful9.John Coltrane:Central Park West10.Jimmy McHugh / Frank Loesser:Say It (Over and Over Again) ※Bonus11.Jimmy Van Heusen / Phil Silvers:Nancy (With the Laughing Face) ※Bonus12.John Coltrane:Big Nick (Trio) ※BonusBranford Marsalis (ts, ss)Dianne Reeves (vo track1, 2, 4, 5, 7, 8)Joey Calderazzo (p except track12)Eric Revis (b)Justin Faulkner (ds)August 25–29, 2025,Spivey Hall, Clayton State University, Morrow, Georgia, USA
2026年09月24日
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最近はほとんど利用しなくなったMusic Store.JPのメールマガジンで知った一枚。お気に入りのベルギー・ギデ吹奏楽団の新譜だ。オリジナル作品が組曲を含む3曲、クラシックの編曲作品が3曲という構成。オリジナルはいずれも大規模な作品で、出来も素晴らしく、聴き惚れてしまった。一番良かったのは、フランスのアレクサンドル・コスミッキ(1978-)の「Contemplation」(コンテンプレーション)(2024)。タイトル通り、「瞑想」や「静かな思索」という性格を持つ作品だ。寄せては返す波のような音楽のうねりが感じられ、劇的な気分も横溢している。この曲で興味深いのは、派手な技巧を前面に出すのではなく、静かなところから大きな音響空間を作り上げていくところにある。実際、現在この作品を演奏する団体の解説でも、「静かな反省の瞬間から新しいインスピレーションが生まれる」という文脈で紹介されている。フランス人の作品だが、ウェットな感触や日本的な情緒が感じられる部分もあり、あまり開放的なところはない。最後は懸命に盛り上げるものの、木管主体なのでそれほど大きな盛り上がりにはならない。フローラン・シュミットの「ディオニソスの祭り」の小型版といったところだろうか。クリストファー・マーシャル(1956-)はフランス生まれのニュージーランド人。「Imaginary Dances」は、Agility(敏捷性)、Nostalgia(郷愁)、Devotion(献身)、Grace(優雅さ)、Joy(喜び)、Longing(憧れ)、Intimidation(威圧)、Connection(つながり)という8つの短い楽章からなる約28分の作品で、2024年に作曲された。世界各地の民族音楽からインスピレーションを受け、人間の基本的な感情や状態を「架空の舞曲」として描いた作品だ。民族的なリズム感、現代的な響き、比較的分かりやすい旋律から構成されている。さまざまな音楽が次々と現れるが、刺激的な場面が多く、大変聴きごたえがあり、傑作だと思う。力で押し切らない軽さとウィットにも富んでいる。「Devotion」(献身)は冷たい肌触りが感じられる、変わった曲。「Joy」はお祭り騒ぎにはならない、控えめな喜びが描かれている。「Longing」(憧れ)は、低音楽器とピッコロやフルートなどの高音楽器との対比が面白い。東洋的な気分も横溢しており、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」の〈パゴダの女王レドロネット〉を思わせる童話の世界が展開される。続く「Intimidation」(威圧)は一転して、不協和音が吹き荒れる激しいリズムの曲。最後の「Connection」(つながり)は、レガートで木管が美しい旋律を歌う。シンコペーションのリズムは独特だが、どこかの国のリズムをそのまま引用したものではなさそうだ。オリジナル3曲目は、オランダ人のハルディ・メルテンス(1960-)による「グラスマンヒェン(ガラスの男)」。ドイツ・シュヴァルツヴァルト(黒い森)地方の伝説に登場する存在を題材にした作品のようだ。物語性のある音楽だが、やや気真面目すぎて、個人的にはあまり面白く感じない。ドイツの森を思わせる深々としているが多少重苦しい雰囲気の中に、小鳥の鳴き声なども聞こえる。次の部分は一転してリズミックな曲想となる。ガラスの男を表しているのだろうか、不規則なリズムとグラスハーモニカのサウンドという異色の組み合わせが印象的だ。驟雨を思わせるサウンドを背景に、木管の旋律がゆったりと流れる。後半は生き生きとしたリズミックな曲想が展開される。楽しい作品ではあるが、曲としてのまとまりはいまひとつで、あまりピンとこない。エンディングに向かってスピードアップするが、とってつけたような盛り上げ方で、あまり感心しない。最後は再び静かになり、鶏の鳴き声が聞こえるという、なんともまとまりに欠けるエンディング。ドビュッシーの2曲は、吹奏楽なので原曲のような重量感はないが、それなりに楽しめる。「イベリア」はリズムのキレが良く、ダイナミックレンジも広い。スペイン情緒もよく感じられ、原曲にそれほど劣らない優れた演奏だった。この楽団の優れた機動性が表れた名演だろう。「沈める寺」も悪くなかったが、中間部のお寺が海上に浮上することを連想させる場面は、もう少しダイナミックな動きが欲しかった。最後のニールセンの「雄鶏たちの踊り」は、聴いたことのない曲ということもあるが、ロシア的な厚ぼったいハーモニーを持ちながら推進力のある演奏で、原曲とは異なるテイストだが悪くなかった。編曲者のジョゼ・シュインス(1959-)は、このバンドに所属するベルギーを代表するトロンボーン奏者。編曲家としても、音楽の色彩を巧みに描き分ける才能で広く知られている。HAFABRA Musicは、彼のために「José SCHYNSによる偉大な交響作品の吹奏楽編曲」という特別なシリーズを設けているほどだという。残念なのは録音。販促目的のCDなので、音について文句を言うのはお門違いかもしれない。しかし、もう少し分離が良ければ、演奏の魅力がさらに際立ったと思うだけに残念だ。機材の進歩によって、手軽に良い音で録音できるようになった時代だけに、この録音の出来にはがっかりした。ということで、オリジナル中心の選曲だが、優れたオリジナル作品と巧みなアレンジによって、吹奏楽として聴きごたえのあるアルバムに仕上がっていた。Royal Symphonic Band of the Belgian Guides:Imaginary Dances – Masterpieces Vol. 18(HAFABRA Music 89266-2)16bit 44.1kHz Flac1. クロード・ドビュッシー(arr.José Schyns):イベリア(「映像」より)2. クリストファー・マーシャル(2024):イマジナリー・ダンス3. アレクサンドル・コスミッキ(2024):コンテンプレーション4. クロード・ドビュッシー(arr.José Schyns):沈める寺(「前奏曲第1巻」より)5. ハルディ・メルテンス(2021):グラスマンヒェン6. カール・ニールセン(arr.José Schyns):雄鶏たちの踊り(歌劇「仮面舞踏会」より)Royal Symphonic Band of the Belgian GuidesYves Segers
2026年09月22日
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金曜日の午後に血圧を測っていたら、脈拍が100を超えていることが分かった。そのうち収まるだろうと思っていたが、次の日も高いままだった。ちょうど薬が切れかかっていたこともあり、かかりつけの病院に行ったところ、脈拍は何と135!先生に相談すると、盛岡の中央病院に行くように言われた。もともと不整脈を治すための心臓カテーテルアブレーションは中央病院で受けていて、その後は薬だけをかかりつけ医で処方してもらっているという関係だった。そこで中央病院に電話すると、すぐ来るようにとのことだった。ただ、自分で運転して行くのは危険なので、仕方なく妻に送ってもらった。さすがに休日の救急ということもあり、最初は待ち時間が3時間ほどになると言われ、どうなることかと思った。ところが、検査の順番を心電図→血液検査→点滴と変更していただいた。点滴を受けている間に検査結果が出るという効率的な進め方にしていただいたおかげで、思ったほど待たずに診察を終えることができた。治療としては、点滴と「ビソノテープ」という脈を抑える貼り薬を処方していただいただけで済んだのが有り難かった。風呂上がりにそのテープを貼って寝たところ、翌朝、血圧を測ったときには脈拍が60程度まで落ち着いていたので、ひとまず一安心だ。ところで、この薬の原理を調べてみると、なかなか面白いことが分かった。ビソノテープは、心臓のβ1受容体をブロックして心拍数を抑える薬「ビソプロロール」を、皮膚からゆっくり吸収させるテープだという。飲み薬とは違い、皮膚からビソプロロールを持続的に吸収させることで、血中濃度の急激な変動を抑えながら、24時間程度作用させるように設計されている。ビソプロロールという成分そのものは海外でも広く使われているが、主に経口薬として使われている。一方、ビソノテープは日本で開発され、2013年9月10日に世界で初めて発売された経皮吸収型のビソプロロール製剤だ。テープにすることで、薬をゆっくり吸収させ、血中濃度を緩やかに上昇させたうえで、長時間安定して作用させるという特徴を持たせている。そこには、日本で長年蓄積されてきた「貼る薬」の技術と、ビソプロロールという薬の性質がうまく噛み合ったことがある。すでにある薬と技術を別の角度から組み合わせ、さらに使いやすく、優れた製品に仕上げる。ビソノテープは、そんな日本らしい「目の付け所の良さ」を感じさせる製品だと思う。
2026年09月20日
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フローデ・シェクスタ(1974-)というノルウェーのギタリストのリーダー・アルバム「Stars Aligned」を聴く。シェクスタは、ハードバップ~ポストバップを基調とした、ギター中心のオーソドックスなジャズを得意とする人らしい。最初は「Blues 4U」のような典型的なハードバップという印象が強かったが、何度か聴いているうちに、新鮮な感覚を持った曲もあることが分かってきた。伝統的なジャズを基盤にしながら、ところどころに現代的な感覚を取り入れているため、全体としてヴァラエティに富んでいて、聴き手を飽きさせないアルバムになっている。シェクスタのギターは温もりのある骨太なサウンドが心地よいが、速いパッセージでは指がややもつれ気味になるところがあるのが惜しい。テナーにはエリック・アレキサンダーが参加しており、彼特有のメタリックでテクニカルなソロを聴かせてくれる。曲はシェクスタのオリジナルが7曲、ジャズ・メンによるオリジナルが2曲という構成だ。いい曲が揃っていて、スカがないのが有難かった。1曲目はハロルド・メイバーンの「The Phineas Train」。フィニアス・ニューボーンJr.とジョン・コルトレーンに因んだ曲のようで、快適なテンポに乗ってギターとテナーのソロが迫ってくる。ベースがいないのに、オルガンの低音がベースのようなリズムを刻むため、まるでベースがいるような錯覚に陥る。ロイ・パウエルの腕の冴えを示したトラックだ。「Open Ocean」は3/4拍子のジャズ・ワルツで、メロディックでご機嫌なナンバー。「Bonebreaker」はガラッとムードが変わり、ファンク・テイストのタイトな演奏がぐいぐいと迫ってくる。ここでもシェクスタのギターが、速いパッセージになると少し指がもつれ気味になるところが惜しい。エリックも骨太なテナーでぐいぐいと迫ってくる。オルガンのノリの良いソロもいい感じだ。「Moon Song」はゆったりとしたバラード。エリックの骨太なテナーが印象的だ。シェクスタのソロは訥弁的なスタイルで、いわゆるバラードらしい流麗さはないが、これはこれで悪くない。音数を抑えたソロだが、味わい深い。ハモンド・オルガンもいい味を出している。タイトル・チューンの「Stars Aligned」は、マイナー・キーの高速なブルースで、実に爽快な演奏が展開される。「Hammond Cheese」は、ハモンド・オルガンらしいベタな味わいを思わせる、洒落っ気のあるタイトル。ラテン・フレーバーを感じさせるグルービーでノリの良い曲だが、目新しさはそれほど感じない。「Foggy Morning in the Woods」は、朝もやに煙る森の情景を描いているような、ゆったりとしたバラード。ところが、意外とぐいぐいと迫ってくる演奏で、チャールズ・ブロンソンを思わせるような男くささを感じさせる、異色の解釈だ。いわば「男くさいバラード」とでもいうべきだろうか。最後はウェス・モンゴメリーの「Jingles」。速いテンポでぐいぐいと迫ってくる演奏で、ドラムス、ギター、テナーの掛け合いもなかなかスリリングだ。最後に「イェー」という謎の歓声?が入っているのも面白い。全体を通して、パウエルのオルガンがアルバムのムードを左右する大きな役割を果たしている。特にベースがいない編成だけに、オルガンの低音がリズム面でも重要な役割を担っており、この独特のサウンドを生み出している。フレデリク・ヴィルモウのドラムスは、残りの3人がぐいぐいと前面に出てくることもあって、それほど目立つ印象ではない。しかし、堅実にリズムを支えていることで、かえって全体のバランスが取れているのかもしれない。特別期待していたわけではなかったが、思いがけず優れたアルバムだった。こういうアルバムと出会えるのが、音楽を聴く何よりの醍醐味だ。このアルバムを聴いていたら、この編成からテナーを抜いたような形のジョン・アバークロンビーのデビュー・アルバム「Timeless」を聴きたくなり、手持ちの192kHzのハイレゾ音源を聴いた。1975年の録音だが、古さをあまり感じさせない良い音だ。アバークロンビーとヤン・ハマーによる凄まじいバトルは、名盤の名に恥じないことを改めて再認識した次第だ。Frode Kjekstad Quartet:Stars Aligned(Losen Records LOS 327-2)24bit48kHz Flac1. Harold Mabern: The Phineas Train2. Frode Kjekstad: Open Ocean3. Frode Kjekstad: Blues 4U4. Frode Kjekstad: Bonebreaker5. Frode Kjekstad: Moon Song6. Frode Kjekstad: Stars Aligned7. Frode Kjekstad: Hammond Cheese8. Frode Kjekstad: Foggy Morning in the Woods9. Wes Montgomery: JinglesFrode Kjekstad(g)Eric Alexander(ts)Roy Powell(organ)Frederik Villmow(ds)Recorded January 26, 2025 at Rud vgs, Sandvika, Norway.
2026年09月17日
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スペインの若手ヴァイオリニスト、マリア・ドゥエニャス(2002-)の新録音を聴く。ブログでは取り上げなかったが、パガニーニの24のカプリース全曲は、今までの演奏は何だったのかと思うほど従来のイメージを超えた、ぶっ飛んだ演奏で、唖然としたことを覚えている。今回はハイフェッツへのオマージュで、ハイフェッツにまつわる作品を集めたプログラムだ。ラロの「スペイン交響曲」とコルンゴルトの「ヴァイオリン協奏曲」を中心に、4曲の小品を収録している。ブックレットには彼女の子供時代の思い出が記されている。6歳でヴァイオリンを始める以前からハイフェッツの演奏に魅了されており、家にはハイフェッツが演奏したコルンゴルトの「ヴァイオリン協奏曲」とラロの「スペイン交響曲」のレコードがあったという。それをカセットにダビングし、学校へ通う車中で聴いていたらしい。特にラロは、2021年のメニューイン国際ヴァイオリン・コンクールのシニア部門で第1位に輝いたときの演奏曲でもあり、思い入れが強いようだ。ハイフェッツはラロを部分的とはいえ10代のころから録音しており、コルンゴルトは初演者でもある。どちらもハイフェッツに縁の深い作品だが、ドゥエニャスの演奏はハイフェッツの、幾分たんぱくな演奏とはかなり異なる。影響は受けているものの、表現はあくまでも自分のスタイルで、というスタンスのようだ。ラロは冒頭からパウゼを入れた、やや芝居がかった演奏で、この曲のスペイン情緒を強調している。思い入れたっぷりのフレージングや嫋々たる調べから、演奏者の気持ちは伝わってくる。しかし、個人的には少しやりすぎで、「これがフランス音楽なのか」と思ってしまう。やたらと重々しく鳴っているため、この曲が本来持っている軽さが損なわれているようにも感じる。ただし、第4楽章の「アンダンテ」は、テンポが遅いことも含め、表現の激しさと艶のあるサウンドがうまくマッチしていて、説得力があった。一方、コルンゴルトは彼女のヴァイオリンが曲の性格にフィットしていて、やりすぎという感じは全くない。むしろ、この濃厚な演奏が曲の軽さを補っているように思う。第2楽章の「Romance, Andante」は、あまりためを作らないが、強靭なカンタービレの美しさが聴く者の心に響いてくる。映画「王子と乞食」の音楽を使った第3楽章は、濃厚で重々しい表現だ。オーケストラも含めて、いまひとつ軽快さに欠ける感じはする。他には小品が4曲収録されている。「亜麻色の髪の乙女」はオーケストラ伴奏で、その他はピアノ伴奏だ。その中で、1731年製の「ハイフェッツ、ピール」を使って演奏されたのは、「亜麻色の髪の乙女」以外の3曲。彼女はこの楽器を演奏することで、ハイフェッツの「魂」に近づいたように感じたという。演奏の傾向は協奏曲と同じで、濃厚な表現で、好き嫌いの分かれる演奏だろう。「亜麻色の髪の乙女」は病的な美しさが感じられ、少し気持ち悪いほどだ。「レントより遅く」と「エストレリータ」をハイフェッツの録音と比べると、協奏曲ほどの違いはないとはいえ、ハイフェッツも結構濃厚な表現だった。「レントより遅く」では、ハイフェッツの演奏でも僅かに感じられた異国趣味が、ドゥエニャスではいっそう強調されている。それでも違和感はなかった。「ビリティスの歌」の第2曲は、ドビュッシーの官能的な音楽がヴァイオリンの妖しいサウンドで奏でられる。ただ、この曲も少し演出過剰のような気がする。最後は「エストレリータ」。ここでも彼女のアプローチは変わらず、ゆったりとしたテンポで嫋々とした旋律が流れる。全体に好き嫌いの分かれる演奏だろうが、おそらく彼女は聴き手がどう感じるかをあまり考えていないのではないか。現在の彼女の心境のままに演奏しているように感じる。ピアノとの3曲はロケーションが異なり、彼女の息遣いが感じられるのが悪くない。バックのサウンドは豪華だが、ヴァイオリン・ソロに寄り添った軽快さに欠ける。ヴァイオリンと対比できるような表現にしたほうが、協奏曲としての面白さが出たような気もする。ということで、不満はあるが、まだ20代前半で、これだけの音楽を説得力をもって演奏できる力量は半端ではないと、改めて痛感したアルバムだった。今後も彼女の動向から目が離せない。María Dueñas:Homage to Heifetz(DG 486 7487)24bit96kHz Flac1.ラロ:スペイン交響曲 作品216.コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品359.ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女(マティアス・シュピンドラー編)10.ドビュッシー:レントより遅く(レオン・ロケ編)11.ドビュッシー:髪(ヤッシャ・ハイフェッツ編)12.ポンセ:エストレリータ(ヤッシャ・ハイフェッツ編)María Dueñas(vn)Gustavo Dudamel(tracks 1–9)Simón Bolívar Symphony Orchestra of Venezuela(tracks 1–9)Itamar Golan(tracks 10–12)Recorded: August 2025, Abbey Road Studios, London(raroAugust 2025, Abbey Road Studios, London(Korngold)August 2025, Abbey Road Studios, London(La fille aux cheveux de lin)November 2025, b-sharp, Berlin(other)
2026年09月15日
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ふと思い出して、恒例の定禅寺ジャズフェスティバルが9月ごろ開催されることを思い出し、調べてみたら12、13日に開催されることを知った。以前ご紹介した神経ストレッチのOTOに今月も行くつもりだったので、出演するビッグバンドのプログラムについてAIに聞いてみた。お勧めのバンドをYouTubeでチェックし、その中で気に入ったバンドを取りあえず3つ聴くことにして、神経ストレッチの予約をした。事前に会場や電車の時刻を調べてiPadに入れていたのだが、肝心のiPadを忘れてしまった。どうなるかと思ったが、治療院の近くが会場だったので、そこでチラシを入手して、なんとか行くことができた。やれやれ😥治療後の待ち時間が1時間以上あったので、大町西公園の会場でビッグバンドを聴いた。「The Tird Port Bigband」という東京のバンドで、スウィングからファンクまで守備範囲は広いようだ。サックスのほかにフルート担当の方が一人いたのが珍しかった。立ち見で聴いていたので、あまり印象に残らなかった。終わった後、徒歩で大橋を渡り、青葉山公園広瀬川デッキに移動したが、約15分ほどで着いた。仙臺緑彩館のある青葉山公園内での開催で、そこには演奏会場が3か所あった。今回は50か所で870グループの演奏が行われるため、この会場は初めて使われたそうだ。広瀬川をバックに、石畳の上にステージが設けられている。植え込みが何か所かあり、それが視界を遮るので、ロケーションとしてはあまりよろしくない。天候は曇りだったので、それほど暑くはなく、時折涼しい風が吹いて気持ちがいい。PAは4本ぐらいで、それほど音量を上げていないうえ、バックに音を遮るものがないので、会場としては音響的に不利だ。最初のバンドは「Royal Feast Club Band(2020-)」。YouTubeで見た中でも、最もうまいバンドだと思えたバンドだ。スウィング・ジャズの王道からファンクまで、かなり幅広いレパートリーを誇っているようだ。最初のゴードン・グッドウィンの曲では、以前の演奏でメンバーの一人が遅刻してしまい、今回はそのリベンジだと話されていた。曲は3曲で、じっくりと聴くことができた。リードアルトの女性の姿と音の存在感が半端なかったが、音楽的には後半の細身のテナー奏者のソロが素晴らしかった。2曲目は大橋BBバンド?の曲だった。ギターの長尺のソロが圧巻だった。3曲目は「Fuego Azul」(青い炎)というラテンのノリノリの曲で、盛り上がった。トロンボーンの方が、重ね着した楽天イーグルスやベガルタ仙台などのユニフォームを順次脱ぎながら、ユーモラスなMCをされていた。さすがに手慣れているなと思った次第。次は同じ会場で「The Varnished Jazzz Orchestra」(2023-)。このバンドも東京都近郊で活躍しているバンドだ。Royal Feast Club Bandに比べると、サウンドはおとなしめだった。「Sophisticated Lady」がミディアムテンポのリズミックなアレンジで、新鮮だった。調べたところ、サド=メルの初期、1967年にバリトンサックス奏者のペッパー・アダムスのバリトンソロをフィーチャーしたアレンジとのこと。細身のバリトン/・サックス奏者が、なかなかいいソロを聴かせてくれた。最後はこの日の最長のプログラム、サド=メルの「Central Park North」が演奏された。この2グループとも電子ピアノが使われていたが、どういう事情か、ローランドのRD-700が共用されていた。少々疲れたので、このまま帰ろうと地下鉄の西公園駅のほうに向かった。ところが音が聞こえてきた途端、気が変わって、予定どおり最後のバンドも聴いてしまった。最後は西公園お花見広場での「BASIE HEART SOUND ORCHESTRA」。その名のとおり、カウント・ベイシーのレパートリーを演奏するバンドだ。メンバーの年齢はだいぶ高そうで、バンドリーダーは女性のサックス奏者だった。月1回の活動だそうだが、アンサンブルもまずまずで、ベイシー・サウンドを楽しむことができた。サックスの10mほど離れた場所で聴いたので、広瀬川でのライブに比べると段違いに音がいい。近すぎたのでサックスのバランスが悪いのは仕方がない。ベイシー・バンドの曲ばかりで、曲名もアナウンスしてくれるので助かる。このバンドの中では、キーボードとドラマーの若い女性が目立っていた。ギタリスト兼アレンジャーの飄々とリズムを刻むお年寄りの姿も印象深い。最後に「The Man from Red Bank(レッド・バンクから来た男)」が演奏されたのにはびっくりした。キーボードが好演だった。ということで、予定外のバンドも聴いたので、さすがに少しくたびれてしまったが、やはり生はいいということを再確認したイベントだった。第35回定禅寺ストリートジャズフェスティバル 9/12西公園お花見広場:The Tird Port Bigband青葉山公園 広瀬川デッキ:Royal Feast Club BandThe Varnished Jazzz Orchestra西公園お花見広場:BASIE HEART SOUD ORCHESTRA
2026年09月13日
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AIに教えてもらった民族音楽の中から、チベット仏教の声明のアルバムを聴く。JVCワールド・サウンズの一枚で、リリースは2000年。CDは廃盤で入手困難だったので、メルカリで中古を入手した。このアルバムは、企画・構成が芸能山城組の組頭・山城祥二、録音が大橋力、レコーディング・エンジニアが伊藤俊之というチームによるものだ。山城祥二は芸能山城組での名前で、研究者としては本名の大橋力(1933-)を使っている。93歳と高齢だが、存命中のようだ。このアルバムは山城祥二の発案で実現したもので、ブックレットによると、以下のような経緯をたどっているようだ。① 山城祥二(大橋力)がチベットの声明を録音しようとしていた。② たまたまダライ・ラマ猊下とギュートゥ派の僧侶たちがダラムサーラにいた。③ ダライ・ラマ猊下自身の手引きによって録音が可能になった。④ その場で伊藤俊之氏が特殊なワンポイント録音を行った。⑤ しかも寺院という独特の音響空間を、そのままDATに収めた。この経過を見ると、単なる偶然とは言えないような、奇跡的な出会いがあって実現した録音のように思える。特にダライ・ラマ猊下の役割が大きかったようだ。アルバムの中心となるのは、チベット仏教の密教儀礼「サンワ・ドゥパ」の声明で、一般的な「歌」や合唱とはまったく違う。いきなり出てくる、コントラファゴットのようなバリバリという声明の低音に度肝を抜かれる。これは通常の声帯による発声に加えて、喉の奥にある仮声帯(false vocal folds)などを含む喉頭の働きを利用し、非常に低い基音と豊かな倍音を生み出す発声法だという。この低音は普通の男性低音よりさらに下、時にはコントラバスの最低音付近、あるいはそれ以下まで聞こえるようになり、その結果、笛のような高い倍音が浮かび上がる。数十人の僧侶が一斉に唱えることで、独特の巨大な音響空間が生まれる。声だけだと単調になってしまいそうだが、打楽器や管楽器なども加わり、サウンドの変化が楽しめる。特に後半には巨大なチベットホルンまで登場し、広大なサウンド空間を形成する。使われている楽器は打楽器と吹奏楽器が中心で、種類はそれほど多くない。ダマル:両面に皮を張った、日本のでんでん太鼓に似た楽器。ティーブ:ベル。ブック・チェル:シンバルの両側を膨らませたような形の金属製打楽器。ウガ:木製のバチで叩く、直径50cmほどの太鼓。カン・トゥン:ラッパ型楽器。トゥ・チェン:長さ5mにも及ぶ超大型チベットホルン。声だけでも十分に凄いのだが、打楽器が加わると、途端に音楽のスケールが大きくなる。特にブック・チェルの金属的で鮮烈なサウンドが入ると、声明の超低音と鐘やシンバルの鮮烈な響きとの凄まじいコントラストが、聴き手を圧倒する。まさに、我々が普段聴いている音楽とは別次元のサウンドだ。このアルバムが異様なほど生々しく聞こえるのは、超高性能のバウンダリー・レイヤー型マイクをワンポイントで使い、DATに収録したことにあるようだ。バウンダリー型は、床や壁などの境界面に近接させて置くことで、直接音と境界面からの反射音の関係を利用し、空間の音を非常に自然な位相関係で拾えるのが特徴だ。これをワンポイント収録にすると、左右のマイクを離して配置する一般的なステレオ録音とは違い、音源同士の位置関係や残響が非常に一体化して聞こえるという。そのため、このアルバムでは、僧侶の超低音がマイクのすぐ近くにあるような圧力感、鐘の一瞬の強烈なアタックと空間いっぱいに広がる残響、そして僧侶たちの声が個々の声ではなく一つの巨大な音響体として、すべて同じ音場に収まっているような体験ができる。これらがすべて自然な形で収録されているため、あとから加工する必要がなく、これほどのスケールと生々しいサウンドになったのだろう。普通の音楽とはまるで違う音楽だが、難解な音楽ではない。日常ではなかなか聴くことのできない、強烈なサウンド体験ができると思う。これほどの音が話題にならなかったのは、「民族音楽」という、オーディオ評論家の守備範囲から外れたアルバムとして扱われたからだろう。現在は入手困難だが、再発されることがあったら、ぜひお聴きいただきたい。チベット密教 聲明の驚愕 ボンディラ ギュートゥ・ゴンバ サンワ・デュバの聲明(JVC VICG-5040) 16bit 44.1kHz Flac1.サンワ・デュバの聲明ギュートゥ・ゴンバの僧侶たち録音日:1989年6月18日録音場所:インド、ダラムサーラ、ナムギャル・ツァタン(Namgyal Monastery)
2026年09月11日
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田中鮎美という、和歌山出身でノルウェーのオスロ在住のピアニストの、ECM第2弾となる「Windflower」を聴く。ECMではリーダー作以外にも、サイドマンとして3作に参加している。ディストリビューターによると、「2011年にノルウェーへ渡り、ノルウェー国立音楽院で学び、ミシャ・アルペリンの薫陶を受けた。ECMではStrønenの「Time Is A Blind Guide」を経て、2021年の「Subaqueous Silence」でリーダーとしてデビュー。音数を極端に絞り、一音一音を非常に慎重に置くのが大きな特徴」とのこと。プログラムは田中のオリジナル「La Source」以外、3人による即興的な共同創作だそうだ。即興的とはいうものの、お互いの音楽性を理解したうえでの即興と考えられ、フリージャズのような堅苦しさはない。むしろ、メンバー間の息遣いが感じられるような演奏で、高度なインタープレイを聴いているような気分になる。また、全体に北欧のひんやりとした空気感が感じられる。曲によっては「間」を大事にしたものもあり、そこには日本的な美しさも感じられる。オリジナルの「La Source」は耽美的な美しさに溢れているが、重くはならない演奏だ。エンディング直前ににわかに混沌とした状態になり、盛り上がる。タイトルチューンの「Windflower」では、日本の戦国武将が動いているようなものものしい雰囲気の中で、ピアノが清冽なフレーズを奏でるといった風情を感じさせる。「Tree of Stars」は、やや感傷的でメロディックなピアノに、ベースの細かいフレーズとゴングや鈴の音が散りばめられ、東洋的な佇まいを感じさせる詩的な一曲。静かな曲が多い中で、比較的テンポの速い「Driftwood」では、ピアノがメロディックな表情を見せながら、自由な動きを展開する。田中のピアノはタッチが美しいが、どちらかというと寡黙な部類に入るだろう。それが無機的にならないところが彼女の良さなのだろうし、だからこそ、ごくまれに現れる美しい旋律に聴き手はハッとさせられる。ベースのドリフト・ウッドは、音数は少ないが、がっしりとしたサウンドを聴かせる。ドラムスのトーマス・モーガンは、通常のスネアドラムを中心とするプレイではなく、タムを中心としたプレイで、シンバルもあまり多用しない。時折ゴングや鈴なども使われ、それが東洋的な「間」を感じさせる音楽につながっている。彼のプレイは、アルバムのカラーにかなり影響を与えている。また、3者が激しくせめぎ合う音楽ではないため、アルバム全体が静謐な雰囲気を醸し出している。ジャズらしからぬ、室内楽的なアルバムともいえる。録音はSNが良く、冷たい音ではない。彼らの静謐な音楽を、豊かな響きの中で楽しむことができる。楽器が完全に分離しているわけではないが、音の抜けが良く、メンバーの動きもはっきり分かり、全体のバランスもいい、大変優れた録音だ。ということで、初めて聴いたグループだったが、彼らの優れた音楽性に触れ、いわゆる北欧系の音楽とは一味違った音楽を楽しむことができた。聴いてすぐ馴染む音楽ではないが、北欧の冷気を感じさせるような透明な音楽は、聴くほどに聴き手の心ををつかんでいくに違いない。田中鮎美:Windflower(ECM 2859)24bit96kHz FlacAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:WindflowerAyumi Tanaka:La SourceAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:From Us, To YouAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:Tree of StarsAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:WeavingAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:The Sea Is StillAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:SpringAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:DriftwoodAyumi Tanaka, Thomas Morgan, Thomas Strønen:The Dissolving SunAyumi Tanaka(p)Thomas Morgan(b)Thomas Strønen(ds)Recorded: May 2025Studios La Buissonne, Pernes-les-Fontaines, France
2026年09月09日
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ワーグナーの《指環》が好印象だったので、購入した一枚。NHK交響楽団の創立100周年記念アルバムだそうだ。その関連で調べていたら、戦時中もマーラーの大地の歌の初演や、東京大空襲の4日後に定期演奏会を開催していたなど、今なら想像もできないことが当たり前に行われていたことに驚く。それは団員が稼がなければならないことだけでなく、それを聴きに行く聴衆がいたということに驚く。またNHK交響楽団の歩みという読み物がNHKのさいとに技術的には実に素晴らしい演奏で、これがライブとは考えられないほどの完成度だ。ただ、それが聴き手にとってインパクトがあるかどうかは別問題だろう。総じてテンポが遅く、ぐいぐいと進んでほしいところでもあまり変化がなく、もどかしさばかりが募る。なぜか第5楽章の終盤だけテンポが上がるのも不思議な演奏だ。全体に表現のメリハリが少なく、さらさらと流れていく感じがする。そのため、聴き手が期待する作曲者の苦悩や歓喜があまり感じられず、平板な演奏という印象が残る。一番残念なのは、熱がさっぱり伝わってこないところだろうか。イタリア人気質が悪いほうに作用したのかと思ってしまう。ただ、アダージェットは遅めのテンポによる入念な表現で、N響の絃の優秀さが表れていて悪くなかった。サウンドは実に立派なのだが、ところどころで聞かれるソロも、聴き手を惹きつけるような魅力に乏しい。その中では所々で聞こえる、低弦のがっしりしたサウンドが目立っていた。終演後のブラボーもわざとらしく感じられ、この部分は繰り返し聞く録音では全く不要だった。同時期にフィリップ・フォン・シュタイネッカーのマーラーアカデミー管による古楽器演奏も聴いていた。こちらは多少粗削りなところがあるものの、所々で聞かれる、あざとくなる寸前で留まっている仕掛や個性の感じられるソロ、そしてぐいぐいと進む推進力があり、いわゆる胸のすくような演奏だと思った。今回のアルバの録音はハイレゾとしては普通の出来だが、なぜかアダージェットだけがざらついて聞こえるのが不思議だ。また音圧が低めなので、訴求力の点で損をしている。今回の録音はハイレゾでもリリースされているが、価格設定は比較的安い。日本では96kHzが3,259円、Qobuz国内版はロスレスのみだが、Qobuz USではDSDが$9.69、96kHzが$7.29(税抜き)と、通常よりかなり安価に入手できる。ということで、それほど期待していなかったが、まあ予想通りといったところだろうか。この曲は、聴き手が何を期待しているかによって評価が大きく異なる、難しい作品だと思う。それだけに、さまざまな解釈や表現方法の自由度が大きく、演奏者にとってもやりがいのある作品なのだろう。一方で、これだけ録音が多くなると、聴き手を納得させる演奏を生み出すのはますます難しくなっていると思う。NHK交響楽団のあゆみ1945-2026Fabio Luisi Mahler :Symphony No.5(Sony SICC19098B00Z)24bit 96kHz FlacFabio LuisiNHK Symphony Orchestra, TokyoRecorded live on April 16 & 17, 2026 at Suntory Hall, Tokyo, Japan.
2026年09月07日
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YouTubeのお勧めに出てきて何気なく聴き始めたら、これが凄まじい爆演だった。presto musicをチェックしたところ、運よくカタログにあったので、ダウンロードした。巷では有名な録音だということは、後になって知った。オフチニコフ(1936–2019)は、映画『戦争と平和』の音楽で知られているそうだ。指揮者としての録音は少なく、同じチャイコフスキーの交響曲第5番などが残されている程度らしい。メロディア原盤なので、音質には期待しないほうがよい。1981年の録音としても音が悪すぎて、テュッティになると団子状態になってしまう。しかし、そんな貧しい音質を突き抜けてくる凄まじい音のインパクトは半端ではない。このソ連のオーケストラによる演奏というと、ムラヴィンスキーのDGG盤が有名だが、今回のアルバムに比べれば可愛いものだ。この演奏は、その爆発力が評判らしいが、個人的にはフレージングが自然で、音楽としては随分とまともな演奏だと感じる。変にためを入れたり、音楽が停滞したりすることもなく、そのことがすっきりした印象につながっている。艶やかな弦のカンタービレも実に美しい。問題は管楽器、特にホルン。セクションの中に一人だけトロンボーンのような音を出す奏者がいて、ばりばり違和感がある。しかも、その音が録音によってクローズアップされているので始末が悪い。他の金管はホルンほど違和感がない。昔のレニングラードの金管に見られた、ビブラートをかけたトランペットのようなサウンドもなく、比較的ノーマルで、昔からの機能的なモスクワ放送交響楽団というイメージそのものだ。昔はUSSR State Radio and Television Symphony Orchestra、Moscow Radio Symphony Orchestraなど、複数の名称が使われていたが、現在はチャイコフスキー交響楽団と呼ばれているそうだ。個人的には、1961~1974年のロジェストヴェンスキー時代の演奏が思い出される。その後フェドセーエフが就任し、現在まで続いているという経歴だ。今回の録音はフェドセーエフ時代の初期の録音で、フェドセーエフも同じ年にチャイコフスキーの交響曲第5番、第6番を録音している。残念ながら、配信では音を確認できなかった。そのため、このサウンドが指揮者の指示によるものなのか、それとも楽団の個性なのかは分からない。ロジェストヴェンスキー時代は、ソ連の楽団特有のパワーで押し切るというよりは、機能的な面が目立っていたという印象だった。それだけに、今回の演奏とのあまりの違いには驚かされる。音は凄まじいが、フレージングは滑らかで、大げさな身振りも見られない。真っ当な解釈なので、そのギャップが面白い。第1楽章の中間部、爆発的なテュッティの前に現れる下降音型も興味深い。現在ではクラリネットからバスクラリネットへ引き継がれるのが一般的だが、このアルバムでは2本のファゴットが担当しているのが珍しい。ところが、これはスコア通りの演奏だった。原典ではppppppという極端に弱い音量で2本のファゴットが指定されている。しかし、ファゴットでこの音量を安定して出すことが難しいことに加え、クラリネットからバスクラリネットへ受け渡したほうが音色のつながりも自然なため、現在ではバスクラリネットが使われるようになったらしい。このアルバムでこの部分を聴いてみても、録音の影響もあるのだろうが、特に違和感はない。第3楽章のエンディングもテンポは変わらず、すっきりしている。それでいて、爆裂度合いは凄まじい。なぜかティンパニの重心の低いロールがはっきりと聞こえるのもユニークだ。第4楽章もあまり粘らない表現だが、聴き手の心にずっしりと響く。弦のしなやかな旋律が美しい。後半のホルンの咆哮は凄まじい。爆裂度合いばかりが目立つが、音楽的には重量級の演奏で、インパクトは大きい。ただ、第4楽章の終わりが余韻を残さず、ぷつんとカットされるのは興ざめだ。録音は80年代のものとしても音が荒れており、テュッティでは混濁も目立つ。しかし、この演奏を聴けば、それも小さな不満に過ぎない。ということで、これほど魂を揺り動かされる演奏を聴けるとは思わなかった。音の良し悪しを超越した、素晴らしい演奏だった。Tchaikovsky: Symphony No. 6 'Pathetique'(Denon 9504110022)16bit 44.kHz FlacMoscow RTV Symphony OrchestraVyacheslav Ovtchinnikov Recorded April,1981
2026年09月04日
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テレビで偶然知った映画で、2018年のイギリス映画だそうだ。形式としては記録フィルムと音楽、それに関係者のインタビューという構成で、特に目新しさは感じられなかったが、ベイシー本人の言葉を俳優のClarke Peters(1952-)が朗読しているということが分かった。なるほど、映画の原タイトルが「Through His Own Eyes(彼自身の目を通して)」なので、それを忠実にトレースしているのだろう。多数の方々がインタビューに答えているが、何回か出ていたジョン・ウィリアムズ(1935-2024)が、作曲家のジョン・ウィリアムズと顔が似ていたので、まさかとは思ったが別人で、1970-1975年と1980-2013年の二度にわたって在籍していたバリトンサックス奏者だった。音楽映画の伝記というと、どうしても音楽そのものにまつわる話が中心になるが、この映画はベイシーの私生活や当時の社会状況を中心に描き、そこから彼の人間性が浮かび上がるという、なかなかうまい手法だった。ベイシーはあまりプライベートを公開していなかったことや、娘のダイアンが脳性麻痺だったこと、控えめなベイシーに代わって妻のキャサリンが公民権運動に参加するなど、アクティブな人だったことも当時としては珍しかったようだ。ダイアンは1944年に生まれ、2022年に亡くなるまで両親と介護者の支援を受けながら自宅で暮らしていた。ベイシーは年間300日以上ツアーに出ていたため、家庭を支えたキャサリンの役割は大きかったようだ。一年の大半をツアーで回る厳しい生活だったことも描かれていて、現代は当時よりはましになったとはいえ、基本的にはツアーが大変だったことがうかがえる。当時の社会の様子も詳しく語られている。当時の人種差別の様子も生々しい。人気のあるミュージシャンでも食事や宿泊は白人と別で、演奏の合間も客席に入ることが禁止されていたなど、単なる駒として扱われていたことが分かる。特にラスベガスでは、黒人の出演者が自分たちの出演するホテルに宿泊したり、ホテル内のレストランやカジノを利用したりすることができなかった。ところが、そのような差別に対してシナトラが抗議し、ラスベガスのエンターテインメント業界の統合を後押ししたというのも初めて知った。シナトラはマフィアとの関係などいろいろあったが、この件だけでも漢だなと思うエピソードだった。ただし、ラスベガスの人種統合はシナトラ一人の功績というより、黒人エンターテイナーやNAACPなどによる長年の働きかけの積み重ねだったようだ。その他、人類が初めて月面に到達したときに、宇宙飛行士たちが聴いていた音楽の一つがシナトラの「Fly Me to the Moon」で、ベイシーとの共演版も含め、この曲がアポロ計画を象徴する曲の一つになったというのも、なかなか感動的な話だった。ベイシーのピアノが訥弁スタイルだったことはよく知られているが、若い頃のピアノ技術にはあまり注目されていなくて、ファッツ・ウォーラーから大きな影響を受けていたというのも意外だ。ウォーラーとはニューヨーク時代に出会い、ベイシーはウォーラーからオルガンの弾き方を教わったことが知られている。高速のストライド・ピアノで、我々が親しんでいるベイシーのピアノとはまるで違っていた。Bennie Moten Orchestra「Prince of Wales」(1932)を聴くと、凄腕だったことがよく分かる。ある評論家によると、ベイシーはファッツ・ウォーラーのスタイルを極端に削ぎ落とし、「20音弾くところを2音で済ませた」とまで表現されていたという。エピソードを挙げるときりがないのでこれでやめるが、古い映像が多い中、プライベートのフィルム映像が頻繁に出てくるのも貴重だ。娘を中心とした温かい家庭の様子がうかがえる。古い録音が多いが、音は存外よく、リマスターしたのだろうか。ビリー・ホリデイが1年間在籍していたことも初めて知った。その時の放送録音がLady Day: the Complete Billie Holiday on Columbia 1933-1944のCD8に3曲収録されている。放送録音だが意外に音が良く、楽しめる。その他、かなりのギャンブラーだったようで、しかも単なる遊び好きというより、特に競馬にかなり熱を入れていたことも描かれていた。実は彼はケチだったことは有名らしい。それでもベイシーは誰からも好かれる円満な性格で、彼と演奏することに魅力があったのだろう。エピソードが満載で、音楽もさることながら、人間として共感できる人物だったことが嬉しかった。ということで、ベイシーの音楽を知りたい向きにはあまり向かない映画だが、彼の人間としての魅力がよく出ていて、ベイシー好きにはこたえられない映画だろう。Count Basie:Through His Own Eyes2026年9月1日盛岡ルミエール2で鑑賞
2026年09月02日
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コルトレーンの初リーダーアルバム「Coltrane」の今年リマスターされたハイレゾを聴く。ディストリビュータによると『LPはオリジナル・テープからCohearent AudioでAAAマスタリング(全アナログ)され、同時に24bit/192kHzのハイレゾ版も発売されてる』とのこと。原音を大きく「現代風」に加工するより、マスターテープの情報を自然に引き出すという特徴があるようだ。この会社はBlue NoteのTone Poetシリーズ、Blue Note Classic Vinyl Series、Craft RecordingsのOJC再発、 Analogue Productionsの再発盤などを手掛けているようだ。OJCのCDがあったので192kHzにアップコンバートして聞いてみた。サウンドの艶や混濁やノイズの少なさはハイレゾに分があるが、多少荒れているが、OJCもかなり良かった。音圧はハイレゾのほうが高く、よりヴィヴィッドに聞こえることは確か。サウンドの厚みもOJCのほうがややスリムだ。結論としては、大きな違いはなかったので、敢えて買い替えることはないような気がする。説得力は新リマスターのほうがだいぶ上なので、それらが価格に見合っているかだろう。ただ、リマスターを聴いてしまうとCDには戻れないというのも正直なところだ。曲については特に言及しないが、アルバム自体少し後の「ブルー・トレーン」や「ソウル・トレーン」に比べると地味な印象は否めない。個人的には「Violets for Your Furs」を聴くために買ったようなアルバムなので、やはりこの曲が格別な味わいがあった。コルトレーンの2曲のオリジナルは典型的なハードバップ曲で、それほど特徴があるとは思えない。麻薬依存から立ち直った時期でもあり、一聴してコルトレーンとわかるソロも、デビュー作と考えれば、かなり完成度が高い。サヒブシハブのダークなバリトン・サックスがいい味出していて悪くない。※OJC(Original Jazz Classics)とは、1982年にファンタジー・レコードが設立した、ジャズの名盤復刻・再発シリーズのことで、Riverside Prestige、Fantasyなどがラインナップされている。John Coltrane:Coltrane(Craft Recordings CR10107)24bit 192kHz Flac1.Cal Massey:Bakai2.Matt Dennis:Violets for Your Furs3.Miguel Prado:Time Was4.John Coltrane:Straight Street5.Bronisław Kaper:While My Lady Sleeps6.John Coltrane:Chronic BluesJohn Coltrane(ts)Paul Chambers(b)Albert Heath(ds)Johnnie SplawnSahib Shihab(Bs)Red Garland(p)Recorded May 31, 1957,Van Gelder Studio, Hackensack, New Jersey, USA
2026年08月31日
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ニコラス・ペイトンの新作は、マイルスとコルトレーンのトリビュートアルバム。マイルスの「Kind of Blue」とコルトレーンの「A Love Supreme」というジャズ史に残る傑作を組み合わせ、現代的なブラック・ミュージックの感覚で再構築したという大胆な試み。共演はヴァージニア州リッチモンドの実力派バンドブッチャー・ブラウンで、単なるトリビュートではない、新しい作品へと昇華された作品とのこと。ブッチャー・ブラウンは、米国バージニア州リッチモンドを拠点とする、ホーンとギターを含む5人組のジャズ・ファンク/ヒップホップ・バンドだそうだ。2000年代末から活動を始め、70年代ジャズ・ファンクを土台に、ヒップホップ、ネオソウル、ファンク、ロック、電子音楽を現代的な感覚で混ぜ合わせたバンドという。もともとこのグループのドラマー、コーリー・フォンヴィルが学生時代にペイトンと知り合い、その後ペイトンの仕事に参加するようになったようだ。ペイトンとブッチャー・ブラウンの最初の成果はNumbers(2014)。その後、2024年のボストンでのブッチャー・ブラウンのライブにペイトンが飛び入りし、コルトレーンの「至上の愛」の旋律を吹き始めたところ、それを聴いたメンバーから「これをダンス/ハウスのグルーヴで再構築したら面白いのではないか」というアイデアが生まれ、それがマイルスとコルトレーンの記念の年のアルバムに発展したという。このアルバムは、マイルスとコルトレーンの代表作である「Kind of Blue」と「A Love Supreme」の精神を踏まえながら、それらを21世紀のブラック・ミュージックとして読み替える試みと考えられる。なので、トリビュートアルバムのような単なる再演ではなく、彼らなりの再創造といってよいと思う。サウンドはオリジナルとはかけ離れているが、実にオリジナリティのある創造的な仕事だ。オリジナルのサウンドを期待したらがっかりするだけだが、オリジナルを材料にして彼らがどのように料理しているかに注目すると、その面白さが分かると思う。また、ブッチャー・ブラウンのサウンドがペイトンの従来のサウンドの傾向と似ているため、彼らが加わったことによる違和感は全くなかった。オリジナルが全曲取り上げられているが、「Kind of Blue」のほうがより面白さが分かる。「A Love Supreme」も悪くないが、よりスピリチュアルな作品のため編曲が難しく、「Kind of Blue」ほど成功していない。アレンジは、ペイトンによる「Pursuance」以外は、録音当日に示されたペイトンのコンセプトと方向性に従って、集団的な演奏・即興のなかで成立したように考えられる。「Kind of Blue」のナンバーでは、何といってもイントロのリズムがいつまでも続く「So What」の、人を食ったようなアイデアが秀逸。「Blue in Green」も、オリジナルのような静謐さを保ちながら、その内部にグルーヴを忍び込ませている。ギターやトランペットがフィットしていて、曲の本質がとらえられているように思う。実にハイセンスなアレンジだ。「All Blues」は比較的オーソドックスなアレンジ。「Kind of Blue」についていえば、マイルスが生きていればこういう音楽をやったかもしれない、と思わせる想像力に富んだ仕事だった。「A Love Supreme」は「Kind of Blue」に比べれば面白い仕掛けこそないが、かなりシリアスに迫ってくるアレンジだ。ただ、シリアス一辺倒ではなく、そこかしこにグルーヴ感が感じられ、オリジナルの幽玄の世界は感じられないが、適度なグルーヴ感があり悪くない。また、ギターが活躍し、独特の浮遊感をもたらしている。「Acknowledgement」のコーラスがヴォコーダーに置き換えられたり、「Resolution」のテーマにメロディがかぶさったりと、遊び心がある。「Pursuance」は、フォンヴィルがドラムで速く細かいリズムを刻み、メンバーをぐいぐい引っ張る。ここでもギターの浮遊感がかなり効いていて、Tennishuの野太いテナー・ソロもご機嫌。最後の「Psalm」では、ベースで「Acknowledgement」のコーラスのリズムが再現され、いきなり現代にワープしたようにムードが一変して、コーラスとヴォコーダーによるヴォーカルが延々と続く。原曲の循環性を意識した構造になっている。録音はサウンドがクリアで、この手のアルバムにしては低音がそれほど強くなく、聴きやすいバランスだった。ということで、凡百のトリビュート・アルバムとは一線を画す、オリジナリティに溢れたアルバムとしてお勧めしたい。Nicholas Payton & Butcher Brown: A Supreme Blue(Concord CJA01267)24bit 48kHz FlacMiles Davis:1.So What2.Freddie Freeloader3.Blue in Green4.All Blues5.Flamenco SketchesJohn Coltrane:6.Acknowledgement7.Resolution8.John Coltrane:Pursuance9.PsalmNicholas Payton (tp, Rhodes, p, vocoder, vo, thumb-piano)Butcher_Brown:Tennishu (ts, vo)Morgan Burrs (g, Music Production Center)DJ Harrison (key, p, perc, melodica, g)R4ND4ZZO (b, synth-b)Corey Fonville (ds, perc)Recording: 2026, Spacebomb Studios, Richmond, Virginia, USA
2026年08月29日
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以前聞いてよかったザルツブルク・ウインド・フィルハーモニックのニーノ・ロータの「道」組曲を聴く。これは原曲が管弦楽だが、今回の吹奏楽編曲は大変優れている。傾向は違うが、原曲を上回るところもあるくらいだ。筆者がデフォルトにしているムーティに比べると、細部の彫りの深いデリケートな表現は、さすがにムーティ盤にはかなわないが、サウンドがすっきりとしていて、パリッとした感じの、古臭さを感じさせない、とても気持ちのいいサウンドだ。普通、管弦楽曲の吹奏楽版はサウンドが物足りないことが多いが、この演奏は原曲のスカラ座管の演奏よりも優れていると感じられるところも多い。編曲はアルベルト・シュヴァルツマン(1968-)で、彼はホルン奏者、指揮者で、現在ザルツブルク・モーツァルテウム大学で教鞭をとっているという。専門は吹奏楽の指揮、楽器法、編曲で、吹奏楽・吹奏楽交響編曲(Bläsersymphonik)の400曲以上の編曲を手がけているようだ。このアルバムの編曲は作曲家自身による管弦楽編曲に基づいているが、第8曲「別れのパレード」が追加されているなど、異なる点もある。管弦楽版は映画のムードに基づいた暗く悲しい色調が全編にわたって続くが、シュヴァルツマンの編曲は映画のムードを残しつつ、幾分ドライではあるものの、吹奏楽というハンデを感じさせないスカッとしたサウンドが楽しめるところがいい。個人的には、スカラ座管よりも技量が上のように思えるくらいだ。全開は控えめに感じた金管も全開で、彼らのパワフルな演奏を楽しむことが出来た。ただ、第7曲の後半でジェルソミーナのテーマが戻ってくるところで、ヴァイオリンの代わりにソプラノ・サックスが使われているのは疑問だった。8曲目の「La passerella di addio」は『8 1/2』の音楽で、主人公のグイドの人生に登場した人物たちがサーカスのように一列になって行進する有名なフィナーレの音楽。最後にこの曲が置かれた理由は不明だが、7曲目のザンパーノの嘆きで終わると、組曲としてのエンディングはあまり座りがよくない。そこで雰囲気のまったく異なるどんちゃん騒ぎの音楽を持ってきて、いわばオペラのカーテンコールのように、ドラマから現実に戻るような効果を狙ったのかとも思う。Nino Rota(wind band version arr. Albert Schwarzmann):La Strada(Salzburg Wind Philharmonic gGmbH)24bit 48kHz Flac1. La strada ― I. Nozze in campagna “È arrivato Zampanò” 「田園の結婚式/ザンパノがやって来た」2. II. I tre suonatori e il “Matto” sul filo 「3人の楽士と綱渡りの“道化師”」3. III. Il circo - I giocolieri - Il violino del “Matto”「サーカス―曲芸師たち―“道化師”のヴァイオリン」4. IV. La rabbia di Zampanò「ザンパノの怒り」5. V. Zampanò uccide il “Matto”. Gelsomina impazzisce di dolore「ザンパノが“道化師”を殺す。ジェルソミーナは悲しみのあまり狂乱する」6. VI. L’ultimo spettacolo sulla neve “Addio Gelsomina”「雪上の最後の演技“さらばジェルソミーナ”」7. VII. Solitudine e pianto di Zampanò「ザンパノの孤独と涙」8. VIII. La passerella di addio「別れのパレード」Albert Schwarzmann(arr.)Hansjörg AngererSalzburg Wind Philharmonic
2026年08月27日
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彼ら自身のプロデュースによるDOMi & JD BECKの「WHO ASKED?」(2026)を聴く。ディストリビューターによると、本作はデビュー作「NOT TiGHT」から4年ぶりとなる第2作で、前作が豪華ゲストを多数迎えた『超絶技巧ジャズ・フュージョン」だったのに対し、本作では二人自身の音楽性をより前面に押し出し、実験性の強い作品へと舵を切った』という。最大の特徴は、ジャズ/ポップス系の楽器に加えて、室内オーケストラを導入したことだ。それも、弦楽器を中心に管楽器を少し加えた一般的な編成ではなく、木管が充実している。曲によって編成は異なるが、概ね通常の室内オーケストラに近い管楽器編成に加え、パーカッションやハープまで含まれている。そこにDOMiのキーボード、JD BECKのドラムス、シンセ、ベース、ギターなどが加わる。ポピュラー系の楽器の音量が大きいため、室内オーケストラはやや押され気味だが、オーケストラだけになる部分はかなりよく書かれている。特に木管アンサンブルは素晴らしく、ここが現れるとハッとするような美しさを感じる。今回はゲスト・ヴォーカルを迎えず、二人自身が歌っている。ただし、ヴォーカルが前面に出るわけではなく、サウンド全体に溶け込むように配置されている。一方で、どの曲もサウンドの印象が似ているため、曲ごとの違いがあまり感じられない。JD BECKのドラムスがほとんど休むことなく動き続けることも、それを助長している。さらに、音量の変化が乏しく、サウンドカラーもほぼ一定であることが、単調さを感じさせる原因になっている。その中では、木管アンサンブルが美しい「CONCERTiNO (FOR PiANO, DRUMS & ORCHESTRA)」が印象に残る。室内楽的なサウンドには、まるでファンタジーを観ているような心地よさがある。ただ、そこへJD BECKのドラムスが入ってくると、その世界がぶち壊されてしまう。「SOME THiNGS NEVER CHANGE」は、イントロの牧歌的な雰囲気がいい。ここには彼ら独自の「かわいさ」が感じられ、二人の世界を満喫できる。というわけで、なかなか評価の難しいアルバムであることは確かだ。なまじ才能がありすぎるための現象なのだろうが、表現意欲が強すぎて、持っているものを何でもかんでも詰め込みすぎているように感じる。絵の具を厚く盛った油絵のようなサウンドは、何曲か聴くのであれば面白い。しかし、それが全曲にわたって続くため、続けて聴くとやや苦痛に感じる。そのため、現時点では何曲か選んで聴くのが、このアルバムの適切な鑑賞法なのだろう。ところが、最後の「ÉPiLOGUE」で評価が一変した。その理由は、キーボード、ドラムス、シンセなどが入らず、オーケストラだけで構成された作品だからだ。このコケティッシュで、小動物が動き回るような世界こそ、彼らの個性を最もよく表しているように感じた。これまで聴いてきた濃密なサウンドから一転して、音楽に空間が生まれることで、彼らが本来持っている「かわいさ」やユーモア、独特の和声感覚が鮮明に浮かび上がる。最後の一曲で、まんまと彼らの術中にはまってしまった気分だ。DOMI Louna,JD BRCK:WHO ASKED?(Blue Note UCCQ-1230)24bit 192kHz FlacDOMi Louna, JD BECK : ÉPiPHANiEDOMi Louna, JD BECK, Brandon Anderson : HAD ENOUGHDOMi Louna, JD BECK : EXiTDOMi Louna, JD BECK : SiLHOUETTEDOMi Louna, JD BECK : GROWiNG OLDERDOMi Louna, JD BECK : SOME THiNGS NEVER CHANGEDOMi Louna, JD BECK : RAiNDOMi Louna, JD BECK, Noé Degalle : SMALL EYESDOMi Louna, JD BECK : LOVELY MASQUERADEDOMi Louna, JD BECK : PUZZLE PiECESDOMi Louna, JD BECK : PHANTOM THREADDOMi Louna, JD BECK : OUT OF SYNCDOMi Louna, JD BECK, Noé Degalle : CONCERTiNO (FOR PiANO, DRUMS & ORCHESTRA)DOMi Louna, JD BECK : CLiMBiNG HiGHDOMi Louna, JD BECK, Noé Degalle : ÉPiLOGUEDOMi(key/synth/celesta/vo)JD BECK(ds/vo)Noé Degalle(arr, orch, comp)Sierra Schmelzer(fl)Luca Ortolani(ob)Andrea Caputo(cl)Bence Bubreg(cl)Alex Rosales Garcia(strings)Dylan Skye Hart(hrn)Leah Zeager(strings)Zach Hill(sound design)Recorded 2024~2026,DOMi & JD BECK's Home Studio, Dallas, Texas(vo,ds, keyboards)、Lucy’s Meat Market, Los Angeles, California( celesta)、DSS, Los Angeles, California(orchestra)
2026年08月25日
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ヤナーチェクの「消えた男の日記」の室内楽版を聴く。従来この曲はオタ・ジーテクとヴァーツラフ・セドラーチェク編曲版が使われるが、今回は室内楽版。編曲はフランスの作曲家アルテュール・ラヴァンディエ(1987-)で、彼は作曲のほかに「幻想」や「シェヘラザード」など、管弦楽作品のユニークな編曲も行っているそうだ。オタ・ジーテクとヴァーツラフ・セドラーチェク編曲版は2管編成の管弦楽で、今回の版は原曲のテノール、アルト、女声合唱、ピアノを核として、室内楽的なオーケストレーションを加えた版になる。編成は木管楽器にトランペット、ホルン、大太鼓、ベル、ピアノを加え、弦楽器はコントラバスを除いて各パート1プルトという、ごく小規模な室内オーケストラだ。ピアノが結構目立っている。また、編成が小さい分、細部の動きがよく分かり、聴き手は物語に没入できる。前者は色彩的・劇場的で、今回は透明感と心理描写を重視したものといえるだろうか。録音は2022年のストラスブール初演を録音したものではなく、2025年10月10日にポズナンで行われたポーランド初演のライヴ録音とのこと。このアルバムでは、何といってもペトル・ネコラネツのテノールが光る。細身だが輪郭がはっきりしていて透明な声質なので、内気で少し気の弱いところのある青年ヤニークにぴったりだ。ロマの娘ゼフカを演じるモニカ・イェーゲロヴァは、透明感のある美しい声が魅力的だ。また、あまりローカル色が感じられないのも、この編曲に相応しい。いつものヤナーチェクに見られる、突然現れる暴力的な楽想もそれほどエキセントリックではなく、すべてがヤニークの内面に収れんされているという解釈なのかもしれない。それでも第17曲や第18曲の激しい場面では、バスドラムの効果的な使い方も相まって、恐ろしさが伝わってくる。編成が小さいので、音量が大きくなっても透明感が保たれているのもいい。弦は概ね控えめで、特別クローズアップされることはない。3人の女声コーラスは原曲でも使われていて、第9曲と第10曲にだけ登場する舞台外の声で、ゼフカを包み込む異世界的・誘惑的な雰囲気を狙っているらしい。個人的には、もう少し弱くてもよかったように感じた。DUX Recording Producersは1992年に設立されたポーランドの会社で、ポーランドの音楽を中心に1000タイトル以上をリリースしているようだ。このアルバムはライヴ録音ながらノイズが抑えられていて、透明なサウンドが心地よい。終演後の拍手がなかったら、ライヴ録音とは思えないほどだ。ヤナーチェク:消えた男の日記(アルテュール・ラヴァンディエ編)(DUX Recording Producers DUX 2208)24bit 96kHz Flac1. 若いジプシー娘に出会った(Potkal sem mladou cigánku)2. あの黒いジプシー娘(Ta černá cigánka)3. 聖ヨハネの蛍(Svatojánské mušky)4. 若いつばめたちはもう(Už mladé vlaštůvky)5. 畑を耕すのはつらい(Těžko sa mi oře)6. おい、おまえたち灰色の牛よ(Hajsi, vy siví volci)7. 小さな留め杭を失くした(Ztratil sem kolíček)8. 牛たちよ、そんな悲しげに振り返るな(Nehleďte, volečci)9. ようこそ、ヤニーチェク(Vítaj, Janíčku)10. 神よ、遠き永遠なる御方よ(Bože dálný, nesmrtelný)11. 森の方から香りが漂う(Táhne vůňa k lesu)12. 暗いハンノキの林、冷たい泉(Tmavá olšinka, chladná studénka)13. ピアノ独奏(Intermezzo erotico)14. 太陽が高く昇る(Slnéčko sa zdvihá)15. わが灰色の牛たちよ(Moji siví volci)16. 私は何ということをしてしまったのか(Co sem to udělal?)17. 人にはそれぞれ運命が定められている(Co komu súzeno)18. もう私は何も気にしない(Nedbám já včil o nic)19. カササギが飛んでいく(Letí straka, letí)20. 私には恋人がいる(Mám já panenku)21. いとしい父さん(Můj drahý tatíčku)22. さらば、ふるさとの国よ(Sbohem, rodný kraju)Petr Nekoranec(t)Monika Jägerová(alto)Tomasz Sośniak(p)Poznań Chamber ChoirŁukasz BorowiczPoznań Philharmonic OrchestraRecorded 10 October 2025,Adam Mickiewicz University Auditorium, Poznań, Poland
2026年08月23日
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このところリリースが続いているカナダのジャズ歌手、ケイティ・ジョージのコール・ポーター集を聴く。最近の録音がLa Reserve Recordsから出ているのに気が付いて、ちょっと調べてみたところ、ブルックリンを拠点とする家族経営のインディペンデント・レーベルらしい。ジャズを中心に活動していて、所属するミュージシャンも結構多い。ちなみに、ステラ・コールのデビューアルバムもこのレーベルから出ていた。ミュージシャンの自由な活動を尊重する方針が特徴のようだ。また、他のインディペンデント・レーベルの作品も扱っていて、カナダのCellar Music Groupとは提携関係にある。閑話休題。このアルバムは今のところハイレゾでは配信されていないので、いつものPresto Musicからロスレス音源をダウンロードし、192kHzにアップコンバートして試聴。このアルバムは、「偉大なアメリカの作曲家たち」を掘り下げてきたシリーズの一つ。彼女は、『ポーターはジェローム・カーンやフランク・ロッサーとは「かなり違う」と語り、あまり演奏されない「You Irritate Me So」を発掘したそうだ。』今回は、ヴォーカルがストレートで、少し突き放したような歌唱なのが印象的で、通常のべたべたしたコール・ポーターとは違う新鮮さがある。ヴォーカルの代わりにピアノがさまざまな表情を見せてくれるのも聞き物だ。また、聴いたことのない曲が含まれているのも新鮮。いつもと違ってテクニックを誇示しない正攻法のヴォーカルが多く、彼女の歌をじっくりと堪能できる。そのなかではアルバム・タイトル曲の「You Irritate Me So」が面白い。「あなたが好きだからこそ、あなたにはイライラさせられる」という皮肉の効いた歌で、イントロから、わざと音を外したピアノで始まる。スキャットを交えたケイティのヴォーカルは至極まともで、ピアノとのコントラストがかえって笑いを誘う。エンディングではピアノが思いっきり音を外し、最後にもう一度ニヤリとさせられる。皮肉の効いた「I Hate Men」は、語り口調で比較的ストレートなヴォーカルと、ピアノのユーモラスなフレーズとのコントラストがニヤリとさせられる。適度なリラクゼーションとユーモアが感じられる「Looking at You」も悪くない。「So In Love」は少し遅めのテンポで淡々と進む。甘さを抑えた歌唱が新鮮だが、低音が少し怪しいのが気になった。ピアノがリズミックで軽快なフレーズを聴かせることで、乾いた感触のナンバーに仕上がっている。「All of You, I Love You, I Love Paris」は3曲のメドレー。それぞれワンコーラスで少し物足りないものの、しゃれた演奏だ。エンディングは3曲が混じり合うような編曲で楽しませてくれる。ピアノがゴリゴリと迫る。「Every Time We Say Goodbye」は、正攻法でじっくりと聴かせるヴォーカルが立派。「You'd Be So Nice to Come Home To」は速めのテンポで、軽いフェイクを交えながら進む、いつもの彼女らしい歌が聴かれる。シナトラの十八番「I've Got You Under My Skin」も、落ち着いたテンポでじっくりと聴かせる。ここでも饒舌なピアノが光る。最後は「You're Sensational」。スインギーなテイストで、スキャットも飛び出す。全体に、マーク・リマッハーの饒舌なピアノが、デュオであることを忘れさせる充実したサウンドを作り上げている。ヴォーカルはフレージングや音の置き方にも細やかな変化があり、以前にはなかった繊細な表情が感じられる。軽快さやスキャットといった従来の魅力を残しながら、歌そのものの表現力を深め、本格的なヴォーカリストへ踏み出したという印象だ。Caity Gyorgy:You Irritate Me So(La Reserve Records 8CG013)16bit 44.1kHz FlacCole Porter:1. You Irritate Me So2. Ridin' High3. Miss Otis Regrets4. So in Love5. All of You, I Love You, I Love Paris 6. I Hate Men7. Looking at You8. All Through the Night9. Every Time We Say Goodbye10. You'd Be So Nice to Come Home To11. I've Got You Under My Skin12. You're SensationalCaity Gyourgy(vo)Mark Limacher(p)Recorded 2026
2026年08月21日
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※左側から院長、兼子先生5月の連休明けから整形外科で肩のインピンジメントの理学療法を受けている。この前、理学療法士の方にあと2か月ですと言われた。話を聞いてみると、医療費が増大しているための対策で、以前は無制限だったとか。患者にとっては、治ったから治療をやめるのではないところに、患者本位の治療ではないと思っている。いいきっかけだと思って、以前から動画をよく見ていた兼子ただし先生の神経ストレッチを行っている、仙台のmedical care OTO仙台というところに行った。仙台には兼子先生の直営店のSSS仙台もあるが、こちらを選んだ理由は忘れました(w)。仙台駅から地下東西線で2駅目の大町西公園駅から徒歩3分くらいで、アクセスはよい。2時の予約だったが、電車の関係で1時前に着いたので行ってみたら、昼休み中で、少し時間をつぶしてから、時間前だったが入れてくれた。メールで症状の概要は伝えていたが、改めて問診票を書いてから施術を受けた。施術は動画で行っているような内容と、それほど違いはなかった。動画を見ると、施術中に大きな声を出す患者ばかりなので心配したが、何とか痛みをこらえることはできた。まあ、この前受けた下瞼下垂の手術の麻酔が切れかかっている時の痛みに比べるとまだましだった。今回の施術の強度が兼子先生の施術と違っていたのかどうかは不明。最初は肩のインピンジメント、その後、臀部の痛みの軽減もしていただいた。一回で治るとは思っていなかったので、何回かかかるという話をされたが、そうだろうなと思っただけ。いろいろ触っているときに、脱力がうまくいかない。筋肉の緊張が取れないという話で、そのため睡眠にも影響があるということだった。脳が誤った指令を出しているので、それを直さなければならないというのが、今回の先生の所見。また、クロールの時の頭の置き方を指導されたので、実際の泳ぎで試してみたい。兼子先生がハワイで死体を相手に研究したという話もされていて、やはり自分で研究された方の話は重みが違うなと改めて感じ入ってしまった。それで、満足できる結果だったので、今後は月1回くらいの頻度で気長にやっていきたい。ところで、行くときに子供の以前の勤務先だったクラブのTシャツを着て行ったら、そこの院長もベガルタ仙台のサポーターらしく、話が弾んでしまった。藤枝MYFCの面白いセットプレーの話をしたら、それを考案したのが仙台にいた人だったという裏話も聞かせてくれた。帰りの電車の接続がまずくて予想外に時間がかかったので、次回からは効率のいいスケジュールで臨みたい。
2026年08月19日
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ブルース・リュウのコンセプトアルバム「Lunaris」(月のような)を聴く。チャイコフスキーの「四季」を中心とした前作は少し聴いたが、曲自体の出来もあり購入を見送った。ところで、最近、このようなコンセプト・アルバムが多く録音されるようになった。お決まりのプログラムを聴くのも面白いが、コンセプト・アルバムは演奏者や企画の意図が伝わりやすく、曲を知ることが目的でない限り、演奏者が何を考えているのかが分かり、より演奏者との距離が近くなる効果があると思う。また、プログラムに必ずしも整合性がなくても許されるという面もあると思う。今回のアルバムは、タイトルから想像できるような「夜、想像力、超越」を軸にしたコンセプト・アルバムで、自身が語っているように「人間的で親密な世界から、何か光り輝くものへ。大地から内なる宇宙へ」という、内面の意識の変化を軸にしたもので、一晩の中で意識が変化していくような音楽体験を作ろうとしているらしい。「月」に関するコンセプト・アルバムはジャンルを問わず多数リリースされていると思うので、例によってAIにいくつか紹介してもらった。ポピュラーでは、シナトラの「Moonlight Sinatra」(1966)、ムーディー・ブルースの「To Our Children's Children's Children」(1969)、クラシックではパブロ・フェランデスの「Moonlight Variations」(2025)、カール・ペッテションの「Magical Moon」が出てきた。いわゆる名曲集と、今回のリュウのように言葉から連想される曲を並べるという方法があるようだ。シナトラの「Moonlight Sinatra」の「ムーンライト・セレナーデ」を聴いたらぐっと引き込まれたので、後で一度じっくり聴いてみたい。閑話休題最初のショパンの夜想曲がなぜ「月」と関係があるのかは分からなかったが、次の「月光」ソナタとの関連で、夜想曲→夜→月という連想だったのかもしれないというのがAIの見解。フェランデスのアルバムでも演奏されているので、同じように連想したのかもしれない。この曲は若干遅めではあるが、アーティキュレーションが自然で、微妙なニュアンスと、ふるいつきたくなるような美しさが感じられる演奏だった。ベートーヴェンの「月光」ソナタは、第1楽章は少し速めのテンポで、重くならないすっきりとした演奏。ダイナミックスの幅も狭く、静かに進行していく。第2楽章はあまり開放的ではなく、前の楽章とのムードのつながりが感じられる。どちらかというと訥弁的な演奏スタイル。第3楽章は打って変わってリュウのヴィルトゥオジティが感じられる演奏だが、全開ではなく80%くらいだろうか。ただ、スピードに任せたのっぺりとした演奏ではなく、弱音が重視され、一風変わった演奏だった。同じベートーヴェンの「ワルトシュタイン」がなぜアルバムの中に入っているのか分からなかったが、この曲は別名「Aurora(夜明け)」と呼ばれることもあるようなので、関連がないとは言えない。音が軽いので重量級の構築物のような印象ではないが、すっきりとして動きのよく分かる演奏で、このような演奏のほうがアルバムのコンセプトには合っていると思う。第2楽章は「夜の音楽」にふさわしく、暗くモノローグ的な扱いで、「夜明け」を感じさせる第3楽章へすぐに続く。この楽章でもいきなり開放的になるのではなく、太陽がゆっくりと上がっていくような情景が感じられる。明るさが全開になるとリュウのテクニック全開の演奏が楽しめるが、思索的で繊細な演奏はそのままだ。このあたりに彼の特質が表れているように感じられる。終結部の粒立ちの良い高速パッセージやグリッサンドもあっさりしたもので、現在の彼の美学の表れなのだろうと思う。シェーンベルクも彼のウォームなサウンドによって無調の冷たい肌触りが感じられず、人懐こい音楽になっている。リゲティは彼の圧倒的な技巧を楽しめる曲。ここでも技巧をアピールすることはないが、混濁することのない粒立ちの良いサウンドが実に見事だ。スクリャービンも見事な演奏だが、彼のサウンドがスクリャービンの透き通るような水晶のサウンドを連想させるものではないところが、現時点では作曲家との距離を感じさせる。その他、バッハの前奏曲も、このアルバムの中では夢に関係するように聞こえるのが不思議だ。アグネス・オベルの「Tokka」はテイストがちょっと違って、違和感がある。最後に、CDに含まれていなかったアーンとケージが演奏されている。ケージの「Dream」は柔らかいタッチで、タイトル通り夢を見ているような気分にさせてくれる。気のせいかもしれないが、若干オフマイク気味に聞こえるのも効果的だ。録音はノイズの感じられない潤いのあるサウンドで、リュウの音楽に相応しい。欲を言えば、もっと突っ込んでほしいというところもないではないが、思索的で端正な音楽性と、高度な技巧がさりげなく共存した、リュウの現在地をよく示すアルバムだろう。また、よく考えられたプログラムで、コンセプト・アルバムとしても優れている。Bruce Liu:Lunaris(DGG 4868761)24bit 196kHz Flac1. ショパン:夜想曲 第8番 変ニ長調 作品27の2 2. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27の2《月光》5. ドビュッシー:夢想6. J.S.バッハ:前奏曲 ロ短調 BWV855a(ジロティ編)7. アグネス・オベル:Tokka8. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53《ワルトシュタイン》12. モンポウ:《月の光》によるグロッサ13. モンポウ:《月の光》による幻想曲14. シェーンベルク:《6つの小さなピアノ曲》作品19 第1曲15. リゲティ:ピアノ練習曲集 第1巻 第4番《ファンファーレ》16. スクリャービン:ピアノ・ソナタ 第4番 嬰ヘ長調 作品3018. レイナルド・アーン:《当惑したナイチンゲール》第52曲「冬模様」19. ジョン・ケージ:DreamBluce Liu(p)Recorded August 7, 2026,Teldex Studio, Berlin, Germany
2026年08月17日
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TAKTレーベル時代の日野皓正の9作品(アルバム7+シングル2)がデジタル配信開始されていたことを知った。国内だけでなく海外でも配信される予定だが、今のところ配信されている気配はない。幸いロスレスながら半額以下という安価な価格だったので、AIのお勧めから3枚をOTOTOYからダウンロードした。CDは2018年に最新マスタリング音源としてリリースされたらしいが、今回の配信が2018年と同じマスターかどうかは不明だ。購入したのは「Alone, Alone And Alone」(1967年)、「日野=菊地クインテット」(1968年)、「Hi-Nology」(1969年)の3枚だ。古さを感じたのは「Alone, Alone And Alone」のみで、他の2枚は現代でも十分に通用する音だった。その「Alone, Alone And Alone」にしても、音はやせているもののノイズは感じられず、当時の録音がいかに優れていたかを思い知らされた。期せずして、この3枚からは、この間の日野の急激な成長ぶりが感じられるラインナップになった。日野の初リーダー作となった「Alone, Alone And Alone」は初々しさが感じられ、真っすぐな感性がまぶしく感じられる。「日野=菊地クインテット」はその印象から大きく変貌した堂々たる演奏で、音楽の完成度も異様に高い。菊地の曲は今でも全く古さを感じさせない優れたもので、Somethin' Else時代の彼らの録音と遜色ない出来だ。このアルバムは村岡のテナーとの2ホーン編成だが、村岡のテナーが存外に良かった。稲葉国光のベースも強力だ。日野元彦は録音当時22歳だが、後年の日本刀のような切れ味のドラミングはまだ聞かれないものの、悪くない。このアルバムは、菊地の有無を言わせない、ぐいぐいと迫ってくるプレイが圧巻だ。気になったのは、猫がギャーギャー騒いでいるような菊地の唸り声だけだ。(w)「Hi-Nology」は当時の電化マイルスから多大な影響を受けたアルバムで、ベストセラーとなったことはよく知られている。惜しむらくは、ライブのためか録音レベルが低いことだ。このアルバムはまともに聴いたことがなかったが、日野の演奏は「日野=菊地クインテット」からさらに自由度とスケールが増している。このアルバムは電化したことだけが喧伝されるが、フリージャズへ傾倒した破壊力のある演奏は、現代の耳で聞いても一級の出来で、もう少し評価されてもいいような気がする。菊池のエレクトリック・ピアノと村岡のテナーもいい感じだ。さすがに菊池の唸り声は聞こえない。(w)ということで、日野皓正の初期の歩みを年代順に聴くことができる思わぬセレクションになって、満更でもないなと自己満に陥っている今日この頃だ。日野=菊池 クインテット( 日本コロンビア COCB-54268)16bit 44.1kHz Flac1.Tender Passion2.Ideal Portrait3.Long Trip4.H.G. and Pretty日野=菊池 クインテット:日野皓正 (tp)菊地雅章 (p)村岡建 (ts)稲葉国光 (b)日野元彦 (ds)Recorded August 22, 30 & 31, 1968,Nippon Columbia Studio No. 1, Tokyo, Japan
2026年08月14日
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山下愛陽(やましたかなひ)というギタリストの「Nocturnal Journey」というアルバムを聴く。山下愛陽(1997-)は、高名なギタリストの山下和仁の娘で、幼少期から家族でのコンサートも行っている。個人としては2枚目のアルバムで、最初はイタリアで教えを受けたカルロ・ドメニコーニ(1947-)の自主製作盤「作品選集Vol.8」(2020)(未聴)だった。「Nocturnal Journey」は、山下自身が「夜と夢の間にあるさまざまな人間の内面の変化」を時代の異なる作品で描くアルバムであると語っているそうだ。曲ごとの狙いは、下記のようになっているらしい。ダウランド → ルネサンスの憂愁、夜、涙ソル → 夜の穏やかな夢レゴンディ → ロマン派的な夢想と感情バリオス → 内省的で祈りにも似た情感フランク・マルタン → 闇の静けさと不安ブリテン → 夜の恐怖・不安・深層心理ハウク《Alba》 → 夜明け全体的にクールな雰囲気が感じられ、マルタンやブリテンは厳しい音楽が展開される。ここら辺は父親譲りか。通常、夢というと甘美なものを思い浮かべるが、このアルバムにはそうした曲もある一方で、やわらかな雰囲気の曲は決して多くない。むしろ、ダウランドやバリオスの「すべての人のための祈り」のように、静かな内省や祈りを感じさせる作品のほうが印象に残る。ダウランドの有名な「パバーヌ」は、個人的にはテンポが遅すぎて、形が崩れかかっているのが気になった。バリオスは、ゆったりとした祈りにも似た情感が支配し、心に染み渡るような演奏。ソルの後期の代表作である奇想曲「Le Calme」(静けさ)が結構リズミックで、アルバムの中では特異な存在だ。眠りにつくときの静けさから、夢の中で楽しいこと、たとえば子供が楽しそうに遊んでいるような情景を思い浮かべているような、愛らしい作品だ。レゴンディの「Reverie-Nocturne」はトレモロを多用したもので、まさに夢心地な気分が味わえる。中間部は結構強めなので、夜想曲というイメージではない。セルゲイ・ルドネフの「Lipa Vekovaia」(古い菩提樹)は、古いロシア民謡を基にした作品だが、かなり情熱的で、感情がダイレクトに伝わってくる。20世紀後半の作品とは思えないほど、聴き手の心を激しく揺さぶる。アルバム中随一の聴きものだろう。後半のマルタンとブリテンは、それまでのムードが一変して、夜の静けさや恐怖が前面に出てくる。どちらも緊張感の強い音楽だが、山下の演奏はとげとげしくならず、中庸を保っていて、曲の本質を聴き手に伝えてくれる。それでも緊張の中に柔らかなところもあるのは、山下の特質だろう。アルバムの中核をなすブリテンの「ノクターナル・アフター・ジョン・ダウランド」は、ダウランドの「Come, Heavy Sleep」という歌曲の変奏曲で、ジュリアン・ブリームの委嘱作。ただし、この変奏曲は主題が最後に出てくるという変わった作品だ。この主題は、原題が「来たれ、重い眠りよ、真の死の姿よ」というもので、重苦しい内容だ。作曲者はそれに沿って、眠っている人の夜の恐怖・不安・深層心理を克明に描いている。甘美な夢の部分もあるが、全体に暗くなるのも不思議ではない。最後のパッサカリアが異常に激しい盛り上がりを見せ、最後の「Come, Heavy Sleep」は、解放ではなく、死に向かっているような静けさなのだろう。最後はスイスの作曲家ハンス・ハウク(1900-1967)の「Alba」。「夜明け」を意味する言葉で、タイトル通り、暗闇から次第に明るくなるさまが感じられる詩情あふれる作品。セゴビアによって紹介された曲だそうだが、父親も録音している。山下の潤いのあるサウンドが実に美しい。マルタン、ブリテンと暗く緊張感のある音楽のあとに聴くと、聴き手の緊張した心も溶けていくような心地よさが感じられる。ということで、初めて山下愛陽を聴いたが、技巧はあくまでも従で、曲に対する優しいアプローチ、曲によっては技巧を全開するという節度をわきまえた演奏で、大変楽しめた。特にゆったりとした曲での、優しいタッチが彼女の特質を表していると思う。筆者の知らない音楽が多数出てきたが、よく考えられたプログラムで、大変楽しめた。録音は透明感があり、教会のアコースティックの良さが感じられる素晴らしいもの。Note One というレーベルは聞いたことのないレーベルだが、1977創業のMusiContactと1996年設立に設立されたNote 1 Musikvertriebが2011年に統合された会社。現在は約70の著名なクラシック・レーベル、約15,000タイトルを扱うクラシック専門ディストリビューターだそうだ。ギターファンだけでなく、広くクラシック・ファンにお勧めしたいアルバムだ。山下愛陽:Nocturnal Journey(Note One NO26006)24bit 96kHz Flac1. John Dowland: A Fancy(1590s)2. John Dowland: Lachrimae Pavan(1590s)3. Fernando Sor: Le Calme, Op. 50(ca.1837)4. Giulio Regondi: Reverie-Nocturne, Op. 19(1850s)5. Sergei Rudnev: Lipa Vekovaia(the late 20th century)6. Agustín Barrios Mangoré: Oración por Todos(ca.1913)7. Frank Martin: Quatre pièces brèves(1933) I II III IV11. Benjamin Britten: Nocturnal after John Dowland, Op. 70(1963) Musingly Very agitated Restless Uneasy March-like Dreaming Gently rocking Passacaglia-Slow12. Hans Haug: Alba(1953)Recorded 2025,Evangelische Kirche, Berlin-Dahlem, Germany
2026年08月12日
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ステラ・コール(1999-)の新譜を聴く。EPを含め、今回が4枚目のアルバム。今回はピアノ・トリオとの初のライブ・アルバムで、彼女のジャズ・ヴォーカルを楽しむことができる。筆者は前作の「It's Magic」で初めてお耳にかかったが、ストリングス入りのムーディーな仕上がりで、特に巻き舌のねっとりした発声が印象に残り、あまり良い印象を持てなかった。今回はピアノ・トリオとの共演で、しかもライブということで彼女の素の姿が分かり、以前とはだいぶ印象が変わった。Café Carlyleというニューヨークのサパー・クラブでの録音で、あまり加工されたサウンドではないため、彼女の素顔を身近に感じることができる。曲がアメリカン・クラシックで軽快なものが多いためか、ねっとりした歌声がだいぶ影を潜め、その分、明るく快活な姿が見られた。ところが、前作にも収録されている「It's Magic」を比較したところ、旧録音のほうがあまりべたべたせず、すっきりとした仕上がりだったことが分かった。どうやら無意識に歌っているのではなく、意識的にコントロールしているのだろう。意外に理知的な歌い方をしていることに驚いてしまった。エモーショナルに迫ってくるところなどはアルバムでは感じられなかったことで、ライブとスタジオで異なるパフォーマンスができるのは大きな魅力だ。会話も含まれていて、聴衆との軽妙なやり取りもあり、彼女の人となりが分かる。会話を聞くと歌とまったく同じイントネーションで、歌うように話すようだ。歌ではハスキーなのだが、会話のほうが輪郭がはっきりしているのも、ヴォーカルでは意図的に輪郭をぼやかしているのかもしれない。サウンドをあまり加工していないことも好印象だ。ステージでの振る舞いも堂に入ったもので、観客との軽妙なやり取りを聴いていると、若き日のバーブラ・ストライサンドを思い出してしまった。「Cry Me A River」はベタなバラードなのかと思ったら、カントリー風味の感じられるエモーショナルな歌唱で驚いた。彼女はスロー・バラードを得意としているが、「Anything Goes」のような速いテンポの曲も小粋な味わいがあり、悪くなかった。最後の「Over the Rainbow」では、バースから歌っていて、曲の持つ物語性がより強く感じられる素晴らしい演奏だった。バックは歌伴の名手と言われる人たちが揃っていて、コールの歌を優しくサポートしている。特に、ナンシー・ウィルソンの伴奏ピアニストとして名高いルー・マシューズを彷彿とさせる、洗練されたハーモニーと小粋なフレーズが魅力的なピアノのカナンの上手さが光る。クラブでの録音なので雰囲気はよいが、音の抜けはいまひとつ。また、低音が若干強すぎる感じがする。ということで、これまで彼女のヴォーカルを否定的にとらえていたのだが、今回のライブを聴いて、いろいろな引き出しを持つ才能のある歌手であることが分かった。やはり、録音を聴くのと生を聴くのは大違いということを、改めて認識した出来事だった。彼女は軽妙な聴衆とのやり取りや、堂々たるステージ・マナーなどは立派なものだが、音楽については研鑽を重ねている、いわば発展途上の歌手だ。それを考えると、将来どんな歌手になるのか、とても楽しみだ。Stella Cole:Live at the Café Carlyle (Decca 5750948)24bit 96kHz Flac1.George Gershwin : Love Walked In2.Anthony Newley, Leslie Bricusse : Pure Imagination3.Arthur Freed, Nacio Herb Brown : Singin’ in the Rain Introduction4.Arthur Freed, Nacio Herb Brown : Singin’ in the Rain5.Sammy Cahn, Jule Styne : It’s Magic6.Meredith Willson : Till There Was You7.Isham Jones : It Had to Be You8.Cole Albert Porter : I Happen To Like New York9.Herman Hupfeld : As Time Goes By Introduction10.Herman Hupfeld : As Time Goes By11.Richard Rodgers : The Sound of Music: Something Good12.Farres, Davis : Perhaps, Perhaps, Perhaps13.Arthur Hamilton : Cry Me A River14.Sonny Burke, Peggy Lee : He’s a Tramp15.Henry Mancini : Moon River16.Cole Albert Porter : Anything Goes17.Harold Arlen : When the Sun Comes Out18.Yip Harburg, Harold Arlen : Over the Rainbow Introduction19.Yip Harburg, Harold Arlen : Over the RainbowStella Cole(vo)Michael Kanan(p)Michael Migliore(b)Hank Allen-Barfield(ds)Recorded June 2025 (Live),Café Carlyle, New York City, New York, USA
2026年08月09日
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イギリスのア・カペラ・アンサンブル、VOCES8<のアルバムを聴く。今回は、スウェーデンのバーバーショップ・カルテット Ringmastersとの共演によるもので、シンガーズ・アンリミテッドの傑作ナンバー「フール・オン・ザ・ヒル」を聴いたことがきっかけだ。バーバーショップ・カルテットは19世紀末から20世紀初頭のアメリカで発展した、4人の男性(または女性)による無伴奏のハーモニー歌唱形式という。プログラムは、アメリカの賛美歌、ロシア正教会音楽、ルネサンス作品、現代合唱曲を並べた意欲的なもの。Ringmastersは全曲に参加しているが、ハーモニーが重厚になった一方で濁りはなく、VOCES8の従来の清澄さは保たれている。それはRingmastersが前面に出るのではなく、影のように寄り添っていることからも理解できる。Blake Morganの編曲も、そうした方向性を意識していたように思う。その中でも、ジョバンニ・ガブリエリの「Deus, Deus meus a 10」は、二つのグループが対等に融合した例だろう。ルネサンス音楽とは思えないほど新鮮で豊麗なサウンドで、エンディングの輝かしい響きも鳥肌ものだ。Franz Bieblの「Ave Maria」(1964)は、グレゴリオ聖歌風の祈りとロマン派的な和声が融合した傑作だ。静寂から壮大なクライマックスへ自然に発展する構成で、クラシック作品の中では最も感銘を受けた。Blake Morganの「Loch Lomond (A Folk Fantasia)」は、スコットランド民謡を基にした幻想曲だ。親しみやすい旋律を保ちながら、現代的な和声とドラマティックな展開が加えられている。アルバム中でもスケールの大きい作品だ。難しい技巧を前面に出してはいないが、原曲の魅力が生かされている。Ringmastersらしさが感じられるのは、後半のポピュラー・ナンバーと、「たんたんたぬきの」でお馴染みの讃美歌「Shall We Gather at the River」(まもなくかなたの)だろう。特に「Shall We Gather at the River」のエンディングにおけるパワフルな解放感は比類がない。後半のポピュラー・ナンバーでは、何といっても「フール・オン・ザ・ヒル」が素晴らしい。シンガーズ・アンリミテッドほど音を重ねたアレンジではなく、低音もそれほど強調されていないため、原曲より軽やかな印象がある。非常に難しいスコアだが、健闘している。ただし、ソプラノ・ソロはシンガーズ・アンリミテッドのボニー・ハーマンのような繊細な表現には及んでいない。一方で、女声のハーモニーは実に美しい。男声のけだるい歌い方も魅力的だ。The Jackson 5のヒット曲「I'll Be There」(1970)は、特別凝ったアレンジではないが、わずかにソウル色を感じさせながらも、静謐な佇まいを持っている。後半に向けての盛り上がりも感動的だ。最後は、映画「ノートルダムの鐘」の音楽と、主人公カジモドの切実な願いを描いた「僕の願い」のメドレーだ。イントロから目の覚めるような演奏で、アルバムの最後を飾っている。ということで、ヴァラエティに富んだプログラムで、思いがけず楽しめたアルバムだった。ただ、各グループ単独の曲が収録されていれば、共演による効果がより明確になり、さらに楽しめたようにも思う。また、ジーン・ピュアリングのスコアは非常に難しそうだが、ぜひ彼の編曲を特集したアルバムを制作してほしいと思ってしまった。Voces8&Ringmasters:Shall We Gather(Dacca VCM179)24bit 96kHz Flac1.Robert Lowry: Shall We Gather at the River (Arr. Blake Morgan for Vocal Ensemble)2.Sergei Rachmaninoff: Liturgy of St John Chrysostom, Op.31 - V. Little Entrance. Come, Let Us Worship3.Eric Whitacre: Lux Aurumque4.Giovanni Gabrieli: Deus, Deus meus a 105.Franz Biebl: Ave Maria6.Michael Praetorius / Jan Sandström: Det är en ros utsprungen (Lo, how a Rose e'er blooming)7.Blake Morgan: Moonrise8.Bertil Krigström: In Memoriam (Ring Out Wild Bells)9.Jaakko Mäntyjärvi: Pseudo-Yoik10.Blake Morgan: Loch Lomond (A Folk Fantasia)11.John Lennon / Paul McCartney: The Fool on the Hill (Arr. Gene Puerling for Vocal Ensemble)12.Berry Gordy Jr., Hal Davis, Bob West, Willie Hutch: I'll Be There (Arr. Blake Morgan for Vocal Ensemble)13.Alan Menken: The Bells of Notre Dame & Out There (Arr. Dale & Krigström for Vocal Ensemble)Voces8(vo)Ringmasters(vo)Recorded 2023-2026,The VOCES8 Centre, London, UK
2026年08月07日
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賞味期限がだいぶ過ぎてしまったが、RINAの新作「JOKER」を聴く。リリース元はPlaywrightという、ディスクユニオンの制作部門・DIW PRODUCTS GROUPによる、ジャズ・インストゥルメンタルを専門とするレコードレーベルだそうだ。今回はDIWも出品している、いつものbandcampから¥1600でハイレゾ音源をダウンロードした。このアルバムは彼女の3枚目のアルバムで、本人の言葉によると、タイトルチューンの「Joker」は「ジャズでは極めて珍しい3部構成の組曲」で、映画音楽のように物語性を持たせるため、組曲という形式を採用したという。各パートは、「Part I Red」が音楽表現の方法を見つけた喜び、「Part II The Mask」が演じ続けるうちに「仮面」をかぶり、本来の自分を見失っていく葛藤、「Part III Black」が挑戦を続ける中で、不安や葛藤を乗り越え、解き放たれたJokerの姿を描いているという。Part IIIが最初に完成し、その後にPart I、Part IIが作曲されたとのこと。明るくコミカルでありながら、ペーソスも感じさせる組曲で、彼女の作曲家としての力量が感じられる優れた作品だ。日本人には珍しい、べたべたしないイタリアあたりの乾いた叙情性が感じられる点も魅力だ。特に「Red」は、軍隊のドラムを思わせるスネアの刻みから始まり、イタリア映画のような猥雑な雰囲気を感じさせる。「The Mask」は、ジョーカーの悲哀を感じさせる情感豊かな佳曲である。井上の朴訥なベース・ソロも、曲調によく合っている。「Black」は、哀愁を感じさせながらも疾走する展開が印象的で、なかなか感動的だ。最初の「Set Free」は、速いテンポのハードバップで、ピアノがぐいぐいと迫ってくる。「Room 4J」は王道のハードバップで、都会的なテイストを持ち、ノリの良いフレーズが心地よい。「Dr. Frog Man」は、アルバム唯一のピアノ・ソロ。名前はユーモラスだが、ゆったりとしたリリカルなメロディーに心が洗われるようだ。「Oscar’s Dance」は、オスカー・ピーターソンへのオマージュだろう。タイトルからも分かるように、偉大なジャズ・ピアニストへの敬意を感じさせる曲である。速いテンポの中に、オスカーのピアニズムを思わせるようなフレーズも感じられる。オスカーとの力量差を踏まえたうえで、あえてトリビュートの意味を込めて書いたのかもしれない。「La Rambla」は、スペイン語で「大通り」という意味だそうだ。スペイン・バルセロナの中心街にあるLa Ramblaが特に有名らしい。大通りの喧騒を描いているように聴こえるが、リズム面ではなぜかアフロ・キューバン的な要素を感じさせるところが面白い。最後は「Hello, Again」。速いテンポながら抒情的な作品で、爽やかで前向きな気分を感じさせる佳曲であり、フレージングには松永貴志との類似性も感じられる。使い古された言葉ではあるが、この息苦しい世の中で一服の清涼剤のような曲だろう。アルバム全体を通してRINAのピアノが打鍵の強い、ハンプトン・ホーズ的な手癖を持ったピアニストという印象を持った。ということで、かなり充実した楽曲が並び、彼女の作曲家としての力量が十分に示されたアルバムとして、お勧めしたい。RINA:JOKER(Playwright PWT-147)24bit 96khz FlacRINA:1. Set Free2. Joker - Part I Red3. Joker - Part II The Mask4. Joker - Part III Black5. Room 4J6. Dr. Frog Man7. Oscar’s Dance8. La Rambla9. Hello, AgainRINA(p)井上陽介(b track 1-5、7-9)木村紘(ds track 1-5、7-9)Recorded 2025,NK SOUND TOKYO(東京)
2026年08月05日
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スエーデンのソプラノ歌手アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(1955-)がキャバレー・ソングを歌ったアルバム「ベルリン! ベルリン! ベルリン!~キャバレー・ソングと亡命者」を聴く。キャバレー・ソングというと、どぎつい歌と暗いイメージというのが、多くの聴き手の印象ではないだろうか。筆者も同じで、そのような強烈な表現の歌は時折聴くには面白いが、常に聴き続けられるようなものではないと思っていた。個人的には、知っている歌手がクルト・ワイルの妻であるロッテ・レーニャやウテ・レンパーなど、ごく限られた歌手だったこともあり、キャバレー・ソングに対するイメージが固定されてしまった面もある。今回のアルバムは、オッターがドイツ人ではないこともあり、歴史的背景から距離を置いた視点で歌われているため、その固定されたイメージから解放されているように感じる。実際の歌唱も、隈取りの濃いどぎつい表情は控えめで、これらの音楽がかつて「退廃音楽」と呼ばれていたことを強く意識させない。そもそもこの企画は、指揮者・ピアニスト・編曲家のアダム・ベンツヴィを中心として、失われつつあったベルリンの音楽劇やキャバレー文化を再現する試みから発展したものだ。きっかけとなったのは、1920~40年代のベルリン歌曲や忘れられたドイツの大衆音楽を舞台によみがえらせる活動を行っていたベンツヴィが企画した「Ich wollt’, ich wär’ ein Huhn」(私が雌鶏だったら)という舞台作品だ。この公演は1920~40年代ベルリンの歌を集めたプログラムで、オッターやコミッシェ・オーパー周辺のスタッフも参加していた。その流れを発展させ、より広い内容を持つ形で制作されたものが、今回のアルバムだ。選曲はクルト・ワイルやハンス・アイスラーだけでなく、フリードリヒ・ホレンダー(1896-1976)、ミシャ・スポリアンスキー(1898-1985)、ミヒャエル・ヤーリー(1906-1988)などの作品も収められている。全曲がキャバレーソングというわけではなく、映画音楽なども含まれているが、アルバム全体に変化を与えており、選曲としても効果的だ。オッターは総じてスローナンバーのほうが精彩があり、「Illusions」などのムーディーな歌唱は聴き応えがある。ただし、速い曲では意識的な表現なのかは分からないが、少し後乗り気味に感じられる部分があり、そこは惜しい。インストゥルメンタルで演奏されるロタール・ブリューネの「Kann denn Liebe Sünde sein?」(恋は罪なのか)は、戦前ドイツ映画音楽を代表する一曲だという。そのコミカルで軽快な雰囲気は、当時のドイツの大衆文化を感じさせるものだ。タイトルチューンであるピーター・クロイダーの「Musik! Musik! Musik!」は、レビュー音楽のような無類の楽しさを味わえる一曲だ。オッターは健闘しているが、ここでは少し生硬さが感じられるのが惜しい。ピーター・フェネスの「Merci, mon ami, es war wunderschön」での、オッターによるトロンボーンの物真似も見事なものだ。イントロのギターと、途中から入るピアノだけの伴奏による「Erinnerung an die Marie A」は、シンプルな歌ながら温かみがあり、実に爽やかだ。オッターのヴォーカルも余計な表情を加えない素直なもので、この曲本来の美しさを引き出している。バックを務めるのはベルリン・コーミッシェ・オーパー・サロン・オーケストラという団体で、ここでは10人の奏者がクレジットされている。コーミッシェ・オーパーのピックアップ・メンバーによるアンサンブルで、単独での公演活動も行っている。この歌劇場自体が、オペラだけでなく、オペレッタ、ミュージカル、20世紀作品、軽妙な舞台作品なども積極的に上演しているため、今回のような音楽への適応力も高いのだろう。さすがにアンサンブルには抜かりがなく、明るく風通しの良い心地よいサウンドを聴かせる。キャバレーソング特有の息苦しさが感じられないのは、この演奏陣の貢献が大きい。曲に合わせた編曲も優れており、特にギターの爽やかな音色が効果的だ。時折聴かれるヴァイオリン・ソロの艶めかしい響きも、良いアクセントになっている。ということで、思いがけない録音だったが、練られた企画、選曲、編曲、キャストが揃った完成度の高いアルバムであり、当時のベルリンの雰囲気を生き生きと楽しめる優れた作品だ。ぜひ多くの方に聴いていただきたい。Anne Sofie von Otter:Berlin! Berlin! Berlin! Kabarett und Exil(BIS BIS2827)24bit 96kHz Flac1.Walter Jurmann:Mein Gorilla hat ’ne Villa im Zoo2.Nico Dostal:Heut’ Abend lad’ ich mir die Liebe ein3.Friedrich Hollaender:Illusions4.Michael Jary:Der Onkel Jonathan5.Günter Neumann:Ach, wie schön, man singt immer tiefer6.Friedrich Hollaender:Keiner weiß, wie ich bin, nur Du7.Rolf Marbot:Vorbei8.Hanns Eisler:Über den Selbstmord9.Kurt Weill:Marterl10.Lothar Brühne:Kann denn Liebe Sünde sein?11.Peter Kreuder:Musik! Musik! Musik!12.Peter Fenyes:Merci, mon ami, es war wunderschön13.Hanns Eisler:An den kleinen Radioapparat14.Hanns Eisler:Das Vielleicht-Lied15.Franz S. Bruinier:Erinnerung an die Marie A.16.Friedrich Hollaender:Marion-Tango17.Michael Jary:Oui, Madame18.Lothar Brühne:Der Wind hat mir ein Lied erzählt19.Mischa Spoliansky:Leben ohne Liebe kannst Du nichtAnne Sofie von Otter(ms)Adam Benzwi(p,cond)Salon Orchestra of the Komische Oper Berlin:Daniela Braun(vn, singing saw)Felix Nickel(vc)Arnulf Ballhorn(b)Sebastian Lehne(cl)James Scannell(sax,fl)Matthias Kamps(tp)André Pinho de Melo(tb)Ralf Templin(g, banjo, mandoline)Stephan Genze(ds)Fabian Fredriksson (g tracks 3, 9, 13 and 15)Recorded 2nd–6th September 2024 at Traumton Studio, Berlin, Germany
2026年08月03日
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クリスチャン・サンズ(1989-)というアメリカの技巧派ピアニストの新作を聴く。全くアンテナに引っかからなかったのだが、Reach(2017)以来、このアルバムを含めて5つのアルバムをリリースしているようだ。本当はDelux盤が出るのを待っていたのだ、追加されたのは3曲のボーナストラックだけだったので、安いロスレスを購入した。彼はクリスチャン・マクブライドのバンドに在籍しており、「Out Here」(2013)と「Live at the Village Vanguard」(2015)の2枚に参加していた。特に「Out Here」は、サンズが脚光を浴びるきっかけになった作品だという。筆者は2枚とも聴いていたが、このピアニストは印象に残っていなかった。演奏は彼を含むBetween Then and Now Trioというグループで、デンマーク出身のベース奏者フォネスベックと、スウェーデン出身のドラマー、ラスムス・キールベリという編成。この録音だけでなく、グループとしての活動を継続するようだ。なお、サンズとフォネスベックは以前、同じレーベルからリリースされた「Take One – Live at Jazzhus Montmartre」(2015)で共演していた。(未聴)コルトレーンとジョゼフ・コスマの「枯葉」が融合したような「A Giant Leaves」の新鮮な解釈が気に入ったことが、このアルバムを購入するきっかけとなった。サンズの高速アドリブが聴ける、なかなかスリリングな演奏だった。「A Giant Leaves」のエンディング・フレーズを繰り返しながら、ドラムスがソロを取るという構成もなかなか気が利いている。このトラックは良いのだが、他のトラックはそれほど魅力を感じなかった。その中では自作のバラード「Where the Light Settles」が印象的だった。その澄み切った抒情は聴き手の心に染み渡り、キース・ジャレットのバラードの世界を思い出させるような、自然な呼吸を持った感動的な演奏だった。ベースソロから始まるサンズの「Searching in Sahara」はタイトル通りサハラを疾走しているような推進力のある演奏で、僅かに感じられるアーシーなテイストも悪くない。時折繰り出される高速のアルペジオには、これでもかというほどの凄味が感じられ、エンディングの高揚もなかなかのもの。サンズのテクニックを楽しむならこの曲だろう。フォネスベックの「Where Children Still Play」も、変拍子を用いた洒落た曲で楽しめる。気になったのは「黒いオルフェ」。速いテンポなのは良いのだが、変拍子のコミカルな解釈がやや恣意的で、原曲の持ち味を損なっているように感じられる。例えていえば、エロール・ガーナーのスタンダード解釈に近いスタイルだろう。違いは、ガーナーほど徹底した個性には至っていない点か。「So Tired」は原曲より幾分遅めのテンポで、アーシーなテイストが強調されている。最後のジミー・ジュフリーによるクール・ジャズ的なナンバー「The Cop Out」では、持ち前のテクニックが見事にはまり、圧倒的な演奏を繰り広げている。アルバム全体としては、北欧のメンバーとの共演にもかかわらず、相乗効果はそれほど感じられず、サンズの独走ぶりが目立つ。ベース、ドラムスともにあまり前面へ出てこないのは、その独走ぶりに合わせているためなのかもしれない。俗にいう「才気ばしっている」という表現が適切かは分からないが、サンズは30代半ばを過ぎており、もう少し落ち着いた演奏を期待したい。付け加えるとフレージングが稚拙とは言わないが、練度が足りないところが見受けられた。現在は、テクニックに恵まれたミュージシャンにありがちな「できることは何でも見せる」という方向性が強い。今後の課題は、いかに引き算の演奏ができるかという点にあるだろう。Christian Sands:Between Then and Now(Storyville 1018546)16bit 44.1kHz Flac1.Otto Mortensen : Til Ungdommen / To the Youth (Solo Bass)2.Thomas Fonnesbæk : Hvor børn stadig leger / Where Children Still Play3.Christian Sands : Searching in Sahara4.Luiz Bonfá : Manhã de Carneval5.Otto Mortensen : Til Ungdommen (To the Youth)6.Bobby Timmons : So Tired7.John Coltrane;Joseph Kosma : A Giant Leaves (for Alex)8.Christian Sands : Where the Light Settles9.Jimmy Giuffre : The Cop OutNorth Meets West Trio:Christian Sands(p)Thomas Fonnesbæk(b)Rasmus Kihlberg(ds)Recorded:2025,Copenhagen, Denmark
2026年08月01日
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レスピーギの初期の大規模な管弦楽曲「Sinfonia Dramatica」を聴く。ロバート・トレヴィーノ指揮、RAI国立交響楽団による昨年の録音。トレヴィーノ(1984-)は、アメリカ・テキサス州生まれのメキシコ系アメリカ人。名前は知っていたが、今回初めて聴くと思っていたところ、以前にバスク国立管弦楽団との「AMERICASCAPES」というアメリカの作曲家の作品を集めたアルバムを聴いていたことが分かった。久しく聴いていないが、シャープな演奏だったと記憶している。トレヴィーノは現在この楽団の首席客演指揮者を務めており、本盤は「ローマ三部作」に続くレスピーギ録音だ。彼は「《シンフォニア・ドラマティカ》(1914)はローマ三部作のような描写音楽ではなく、『愛』や『死』といった普遍的な主題を扱う純粋な交響曲であり、ローマ三部作が深みを持つなら、この作品は深みそのものだ」と語っている。それだけこの作品にほれ込んでいるということなのだろう。編成は3管編成でホルンは6本という大規模なもので、演奏時間は50分を超える。第一次世界大戦直前の不安な時代の空気を感じさせる、悲劇色の濃い作品だ。いい曲なのだが、実演や録音にあまり恵まれていないのは、知名度の低さに加え、大編成ゆえの演奏コストが大きな要因なのだろう。第1楽章は25分弱に及ぶソナタ形式で、ラフマニノフの交響曲第2番第1楽章を思わせるほの暗い雰囲気を持ち、冒頭から悲劇色の濃い主題で始まる。巨大な建築物を思わせるスケールを持つが、全体を通してムードは大きく変化しない。第2主題は穏やかではあるものの、悲劇的な色調は変わらない。展開部は勢いよく突き進むのかと思えば意外に穏やかで、作曲者の意図がやや見えにくい点は惜しまれる。緩徐楽章である第2楽章は熱気を帯びながらも透明感のある響きを保っており、本作中で最も感銘を受けた。レスピーギ特有の「夜の音楽」の魅力がよく表れた楽章だ。第3楽章も闘争的な性格を持つが、悲劇的な要素が色濃く、何らかの物語を思わせるスケールの大きな音楽である。終結部で人々が足を引きずりながらゆっくり歩いているように感じられる音楽は、聴き手の心に深く突き刺さる。全く関係ないことだが、ニーノ・ロータの「道」のザンパーノの音楽(組曲「Solitudine e pianto di Zampanò」)を思い出した。同じイタリア人作曲家ならではの感性によるものなのだろうか。RAI国立交響楽団は、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団やスカラ座管弦楽団に次ぐ評価を受けるオーケストラだが、商業録音は多くない。トレヴィーノとのレスピーギ録音の成功を機に、今後さらに録音が増えることを期待したい。今回の演奏を聴くと、指揮者の影響も大きいと思われるが、イタリアの歌劇場オーケストラに特徴的な強靭なカンタービレがあまり感じられない点は、やや物足りなく思えないこともない。しかし、この作品の巨大な構成や複雑な和声は、このオーケストラの透明感のあるサウンドによって明瞭に浮かび上がっている。結局、レスピーギはローマ三部作のような絢爛豪華な管弦楽作品の方向へ進んでいった。しかし、ヒットするかどうかは別として、この作品と同じ方向性をさらに追求していても、優れた作品を残したに違いない。録音は解像度が際立って高いわけではなく、低音の量感も控えめだが、標準的な出来。Robert Trevino Respighi:Sinfonia Drammatica(ONDINE ODE1477)24bit 96kHz Flac1. I. Allegro energico2. II. Andante sostenuto, con grande espressione3.III. Allegro impetuosoOrchestra Sinfonica Nazionale della RAIRobert TrevinoRecorded on 2–4 July 2025 at the Auditorium Rai “A. Toscanini”, Turin, Italy
2026年07月30日
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セシル・マクローリン・サルバント初のオーケストラとの共演作。最初のヴァイオリン・ソロから惹きつけられる。多くの曲が遅めのテンポでしっとりと歌われ、時折訪れる空白も味わい深い。「Send in the Clowns」や「Lush Life」のスケールの大きな歌唱も魅力的だが、特に気に入ったのはワイルの三文オペラからの「Barbara Song」。物語仕立ての楽曲で、彼女のストーリー・テラーとしての才能が感じられる名唱だ。映画を見ているような劇的な展開も素晴らしい。いつものチャイルディッシュな歌い方やデフォルメした発声はあまり目立たない。あくまでも正統的なアプローチで好感が持てる。曲によって表情は異なるが、全体を通して抑制の利いた歌唱が印象的で、デリケートなニュアンスを大切にした丁寧な表現が光る。バックがトュッティになると表情は大きくなるが、その丁寧さは変わらない。通常、ポピュラー音楽におけるオーケストラ・アレンジは画一的で面白みに欠けることが多いが、アーギューの弦を中心とした編曲はオリジナリティに富み、退屈さを感じさせない。サウンドの多彩さと静けさが共存し、実にしっとりとした響きを生み出している。いたずらにブラスを強奏して煽ることもなく、全体の品位が保たれている点にも好感が持てる。マクローリン唯一のオリジナルは「Left Over」だが、これも素晴らしい出来だ。この曲は2015年のアルバム『For One to Love』に収録されており、今回は再録となる。彼女は、このアルバムに収めたスタンダードはいずれも「トーチ・ソング(失恋や切ない愛を歌う歌)」と考えているという。そのため、報われない恋を歌ったこのオリジナルも同じ系譜に位置付けているようだ。曲の出来が良く、他のスタンダードと並べても引けを取らないすぐれた演奏だ。ルグランの「シェルブールの雨傘」も、しっとりとした歌唱が意外で新鮮だった。この曲ではイントロやベース・ソロに寄り添う木管の扱いが実に巧みで、思わず耳をそばだててしまった。エンディングで深々と雪が降るように響くグロッケンの使い方も見事である。ノエル・カワードの「I'll See You Again」は派手さはないものの、ジャジーで洗練された編曲が魅力で、再会を願う心情が自然に伝わってくる。ソンドハイムの「Being Alive」はモノローグのような控えめな編曲だが、次第に心を開いていく様子が感動的だ。惜しむらくはエンディングで、彼女特有の歌い回しが少し顔をのぞかせることくらいだろうか。このアルバムの成功の半分は、ダーシー・ジェームズ・アーギューの編曲によるものだ。スケールが大きく、格調高いシンフォニックなサウンドが実に素晴らしい。また、木管の扱いが巧みで、木管アンサンブルの響きにも卓越したセンスを感じる。メトロポール・オーケストラはこの種の作品への適応力には秀でているが、「格調の高さ」や「音色の洗練」という点では、さらなる向上を期待したくなる。ということで、実に素晴らしいヴォーカル・アルバムであり、ジャズ・ファンだけでなく、ポピュラー音楽を愛する方々にもぜひ聴いていただきたい。official videoCécile McLorin Salvant:With Every Breath I Take(Nonesuch 7559-78961-2)24bit 96kHz Flac1.Cy Coleman / David Zippel:With Every Breath I Take2.Duke Ellington / Mitchell Parish / Irving Mills:Sophisticated Lady3.Stephen Sondheim:Send in the Clowns4.Kurt Weill / Bertolt Brecht:Barbara Song5.Cécile McLorin Salvant:Left Over6.Buddy Johnson:Ever Since the One I Love's Been Gone7.Michel Legrand / Jacques Demy:Les Parapluies de Cherbourg8.Noël Coward:I'll See You Again9.Stephen Sondheim:Being Alive10.Billy Strayhorn:Lush LifeDarcy James Argue(arr.)Cécile McLorin Salvant(vo)Sullivan Fortner(p)David Wong(b)Kush Abadey(ds)Metropole OrkestJules Buckley(cond)Recorded December 9–10, 2025,MCO Studio 1, Hilversum, The Netherlands
2026年07月28日
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presto musicで紹介されていたイギリスの作曲家John McCabe(1939–2015)の交響曲ほかを収めたアルバムを聴く。マッケイブはハイドン、ニールセン、ハヴァーガル・ブライアンの影響を受けた作曲家とされる。イギリスの作曲家ながら、典型的なイギリス音楽に見られる田園風景を思わせる作風ではない。母親がドイツ人、父親が主としてアイルランド系の家系であったことも関係しているのかもしれない。ピアニストとしては、ハイドンやニールセンの鍵盤作品の録音で名高い。作曲でも彼らの影響を認めているようだ。二つの交響曲はいずれも切れ目なく演奏される。交響曲第2番は全体にひんやりとした雰囲気が感じられる。短いモチーフを積み重ね、それが巨大な壁となって立ち上がるようなポスト・ミニマル的な側面もある。個人的にはデュティユーのサウンドを思い浮かべる。そのため終始シリアスな表情が支配し、聴き手は緊張感を持続させられる音楽だ。交響曲第3番「Hommages」は、ハイドンとニールセンへのオマージュとして書かれた作品だ。ハイドンの弦楽四重奏曲の主題と関係があるとされるテーマや、ニールセン「ピアノ組曲」第4曲「Den Luciferiske(ルシファー的な)」から採られた二つの和音が、執拗なリズムとともに挿入される。第2番とはかなり異なる作風で、旋律が長くなり、第2番の冷たい肌触りを残しながらも、明らかに温度感の増した音楽となっている。そのため、第2番ほど緊張を強いられる作品ではない。第1楽章にはシマノフスキーを思わせる妖しい雰囲気が漂う。マッケイブ自身も、「オーケストラの響きのいくつかはシマノフスキーに由来している」と語っている。トゥッティは少なく、木管のソロが多用され、室内楽的な響きの中でオーケストラの妙技が際立つ。第2楽章、第3楽章では珍しくチューバが目立つ。第3楽章冒頭のフルート・アンサンブルも美しい。終盤では第2番を思わせる短いモチーフが執拗に現れ、トゥッティの混沌の中から小太鼓のリズムをきっかけに栄光に満ちたクライマックスを迎えるが、その頂点はすぐに静寂へと消えてしまう。この終結部は、聴き手によっては肩透かしを食らったように感じるかもしれない。チェロ協奏曲は約25分の作品で、第2楽章が約15分を占め、両端の楽章はいずれも5分に満たない。協奏曲とはいえ、チェロの超絶技巧を前面に押し出す作品ではなく、全体に軽やかな仕上がりだ。晩年の作品だけに、人生を振り返るような趣が感じられる。交響曲と共通する冷たい肌触りはこの作品でも健在であり、癖になりそうなサウンドだ。第2楽章「Adagio」は、ゆったりとしたテンポの中でチェロのモノローグを中心に進む。チェロの周囲でさまざまな楽器が明滅するように現れ、味わい深い楽章となっている。この作品でもチューバが単独で現れる場面が多く、マッケイブならではのこだわりが感じられる。チェロのラファエル・ウォルフィッシュ(1953-)は、ガスパール・カサド国際チェロ・コンクール(1977)の優勝者であり、100枚以上の録音を残しているという。筆者はこれまで聴く機会がなかったが、作品によっては自己主張を抑え、音楽に寄り添った演奏を聴かせる奏者であり、この作品にもふさわしい。70歳を過ぎても音程の乱れや技術的な不安定さをほとんど感じさせない点も見事である。ということで、これまで知らなかった作曲家であったが、大変興味深い作風であり、他の作品も聴いてみたくなった。静的な部分の多いアルバムではあるが、ピアニシモの美しさが際立っており、音楽そのものを味わうという点で不満はまったくない。Kenneth Woods John McCabe: Symphonies 2 & 3 and Cello Concerto(Signum SIGCD 1007)24bit 96kHz FlacJohn McCabe (1939–2015):Symphony No. 2 (1971) 1. I. Vivo 2. II. Andante 3. III. Allegrissimo 4. IV. Lento 5. V. VivoCello Concerto "Songline" (2007) 6. I. Allegro vivace 7. II. Adagio 8. III. AllegroSymphony No. 3 "Hommages" (1978) 9. I. Flessible 10. II. Adagio (Fantasia) 11. III. Moderato (Fugue-Variations)Raphael Wallfisch(vc track 6-8)BBC Scottish Symphony OrchestraKenneth WoodsRecorded in City Halls, Glasgow on 9–11 June 2025
2026年07月26日
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ドイツ・デュッセルドルフ出身の歌手Elsa Johanna Mohr(エルザ・ヨハンナ・モーア、1990-)とギターのFlávio Nunes(フラーヴィオ・ヌーネス)によるデュオアルバム「Em Julho」(七月に)を聴く。モーアはブラジル文学を学び、ブラジル文化を研究し、ブラジルの作曲家兼歌手ドリヴァル・カイミについての論文を執筆したという、ジャズの世界では珍しい学究肌の演奏家だ。ディストリビューターによると、このアルバムは『ブラジルの名曲とオリジナル曲を、ジャズの洗練された和声で解釈。親密な歌声と洗練されたギターの精緻な掛け合いで綴る上質なMPBジャズ!』とのこと。モーアのポルトガル語はネイティブかと思うほど自然で、とてもドイツ人とは思えない。現地では「リオのコルコバードで育ったかのように歌う」と評されているようだ。フラーヴィオ・ヌーネスはブラジル・サンパウロ出身で、20年以上のプロ経験を持つギタリストだ。現在はドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動している。彼はポルトガル語圏で使われる伝統的なカヴァキーニョと7弦ギター(セッチ・コルダス)を得意としている。彼らはモーアのデビュー作でも共演しており、息の合ったアンサンブルを聴かせる。プログラムはモーアのオリジナル3曲と、ジョビン、ジャヴァン、イヴァン・リンス、マルコス・ヴァーリ、ロ・ボルジェスら、MPBやボサノヴァを代表する作曲家たちの作品で構成されている。モーアの歌唱は抑制が効いているが、伸びやかな歌声が印象的で、カナダの歌手ダイアナ・パントンを思い出させる。派手さはないものの、音程は確かでフレージングも清潔だ。一見すると素朴に聴こえるが、実際には高度なテクニックに支えられた歌唱であり、相当鍛えられていることが分かる。時折聴かせるスキャットも鮮やかだ。ヌーネスの7弦ギターは低音弦が1本多い分、演奏技術の難易度が高い。それにもかかわらず演奏ノイズはほとんど聞こえず、彼の卓越したテクニックと美しいサウンドが堪能できる。オリジナル曲は3曲で、いずれもモーアの作品だ。残りはブラジル音楽の名曲が並び、ジョビン、ジャヴァン、イヴァン・リンス、マルコス・ヴァーリ、ロ・ボルジェスら、MPBやボサノヴァを代表する作曲家の作品が収められている。1曲目と5曲目では低音の打楽器のような音が頻繁に聞こえる。スルド(大太鼓)を模したように、7弦ギターの最低音弦を親指で強く弾き、直後にミュートする奏法によるものと思われる。最後のイヴァン・リンスの「マダレーナ」では、それまでの抑制された雰囲気が解き放たれ、喜びに満ちた歌唱を聴かせる。全体にブラジルの熱い空気を感じさせながらも、爽やかな風が吹き抜けるような趣があり、この季節にまことにふさわしいアルバム。MPBやボサノヴァがお好きな方には是非お聴きいただきたい、地味だが味わい深いアルバムだ。Elsa Johanna Mohr & Flávio Nunes :Em Julho (Double Moon Records DMCHR 71484)24bit 96kHz Flac1. Paul Sergio Valle:Água de Coco ココナッツウォーター2. Elsa Johanna Mohr:Beijo da Lua 月の口づけ3. Mariozinho Rocha, Marcos Valle, Paul Sergio Valle:Que Bandeira なんて素晴らしい!4. Ênio Flávio Mol, Marcelo Ferreira:Colo de Rio 川の抱擁5. Elsa Johanna Mohr:Jaguar ジャガー6. Lô Borges, Márcio Borges:Tudo O Que Você Podia Ser あなたがなれたはずのすべて7. Elsa Johanna Mohr:Em Julho 七月に8. Haroldo Barbosa, Geraldo Jacques:Joãozinho Boa Pinta 伊達男ジョアンジーニョ9. Djavan:Nem Um Dia たった一日たりとも…ない10. Antônio Carlos Jobim:Corcovado コルコバード11. Zequinha de Abreu:Tico-Tico no Fubá トウモロコシ粉の中のティコティコ12. Ivan Lins, Ronaldo Monteiro de Souza:Madalena マダレーナElsa Johanna Mohr(vo)Flávio Nunes(7 string g)Recorded in August 2025 in Bonn, Germany. Released on 17 July 2026
2026年07月24日
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イブラギモヴァとティベルギアンによるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集第1集を聴く。イブラギモヴァは2009~2010年にティベルギアンとウィグモア・ホールでのライヴ録音による全集をリリースしている(未聴)。その時はモダン・ピアノによる録音で、今回はそれから15年ほどを経た再録音である。音楽的な方向性は旧録音と変わらず、さらに成熟した演奏になっているようだ。一聴して感じるのは、ヴァイオリンがさらさらと流れ、ことさら力みを感じさせないことである。従来のベートーヴェン演奏では、ときおり作品の中に剛直さが顔をのぞかせ、それがベートーヴェンらしさとして受け取られてきたように思う。しかし、ここで聴かれる音楽からは、青年期の溌剌とした明るさやユーモアが随所に感じられ、作品が書かれた時代に即したアプローチに思えた。参考までに聴いたクレーメル=アルゲリッチ盤やファウスト=メルニコフ盤でも、従来のイメージ通りの演奏だった。なお、ファウスト盤はフォルテピアノによる録音だと思い込んでいたので、モダン・ピアノだったことを知り驚いた。今回のアルバムでは、フォルテピアノがいわゆる「フォルテピアノらしさ」を過度に主張せず、歯切れがよく反応も鋭敏で、モダン・ピアノに近い印象を受ける。これは18世紀末から19世紀初頭の楽器をモデルとした復元楽器の改良や、録音技術の進歩によるところも大きいのだろう。また、イブラギモヴァが前面に出てこない一方で、フォルテピアノの存在感はかなり強く感じられる。そのため、両者の関係はヴァイオリン主導ではなく、対等な室内楽として成立しているように思う。緩徐楽章でもフォルテピアノの活躍が目立ち、とりわけ第3番第2楽章の深い表現には感銘を受けた。第2番第2楽章のしっとりとした表情も印象的である。速い楽章では、両者の活気あふれる表現とアンサンブルの喜びが存分に伝わってくる。《春》ソナタも、後年の英雄的ベートーヴェンの予兆としてではなく、青年の明るく屈託のない笑顔を思わせる演奏で、作品のみずみずしさがよく表れていた。アルバム全体では、第3番が最も充実した演奏だった。この路線が初期作品の性格によるものなのか、それとも全集全体を貫く解釈なのかは、今後の続編によって明らかになるだろう。録音はバランスに優れた自然なサウンドで、終始快適に聴くことができる。Alina Ibragimova,Cedric Tiberghien Ludwig van Beethoven: The Violin Sonatas I(BIS BIS-2724)24bit 192kHz FlacLudwig van Beethoven:1.ヴァイオリン・ソナタ第1番 ニ長調 Op.12-1(1797–98)2. ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 Op.12-3(1797–98)3. ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.12-2(1797–98)4. ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 Op.24《春》(1800–01)Alina Ibragimova – violin(1570 Andrea Amati)Cédric Tiberghien – fortepiano(Paul McNulty製、1794年製 Anton Walter をモデルとした楽器)Recorded 21–25 July 2025,Wyastone Concert Hall, Monmouth, UK
2026年07月22日
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デイブ・ホーラー(1943-)というトロンボーン奏者がWDR Big Bandと共演した『Chrissie』というアルバムを聴く。Bandcampの新譜案内で知ったアルバムだが、なかなか出来が良かったので、最も安価だったProStudioMastersのカナダサイトからダウンロードした。ホーラーのオリジナル5曲にスタンダード3曲という構成だ。所々に拍手が入っているので、スタジオ・ライブ録音なのだろう。ホーラーは1943年、イギリス・ハンプシャー州リミントン生まれ。1963~1966年にRoyal Academy of Musicで学び、卒業後はBBC Radio Orchestra(1967~1970年)で活動した。その後ロンドンのスタジオ・ミュージシャンとして活躍し、1980年にドイツのケルンへ移り、名門WDR Big Bandのメンバーとなった。2008年に退団(定年退職)し、本作ではゲスト・ソリストとして迎えられ、現メンバーと共演している。そのため、アルバム全体からは、元同僚たちが長年の仲間を祝福しているような温かい雰囲気が伝わってくる。この録音は昨年行われたものだが、ホーラーの演奏はタンギングが明瞭で、余計な雑音のない柔らかなサウンドが印象的である。とても80歳を超えた奏者の演奏とは思えない。曲は「Big Bad G」「Bogey Blues」「Live, Love and Learn」など、スインギーでパワフルなナンバーもあるが、その他の曲で聴かれる淡いパステルカラーのような色調のサウンドが実に心地よい。珍しいのは「Angel Eyes」で、アップテンポかつスインギーな解釈が新鮮だ。WDR Big Bandは時にやり過ぎと思える演奏をすることもあるが、本作ではパワフルな曲でも穏やかな曲でも、その実力を十二分に発揮している。次々と登場するソロも充実している。ソロイストの中では、「Live, Love and Learn」におけるオリヴィエ・ピーターズのスインギーなソプラノ・サックスが気に入った。「Big Bad G」では、ルートヴィヒ・ナスとのトロンボーン二重奏を聴くことができる。また、ブラスが情け容赦なく迫ってくるようなパワフルなサウンドは、いかにもドイツのビッグバンドらしい。ということで、デイブ・ホーラーの作編曲家としての実力と、とりわけ80歳を超えてなお健在なトロンボーンの豊かな響きには恐れ入った。Dave Horler、WDR Big Band:Chrissie(Bass Lion BLM024)24bit 48kHz Flac1.Dave Horler:Live, Love and Learn (feat. Mark Nightingale, Olivier Peters)2.Richard Rodgers / Lorenz Hart:My Romance(feat. Billy Test, Andy Haderer, John Goldsby)3.Dave Horler:Tying the Knot (feat. Ruud Breuls, Jens Neufang, Billy Test, Alec Harper, Hans Dekker, Mattis Cederberg)4.Josef Myrow / Mack Gordon:You Make Me Feel So Young(feat. Frank Chastenier)5.Dave Horler:Chrissie(feat. John Marshall)6.Dave Horler:Big Bad G(feat. Ludwig Nuss, Frank Chastenier, Hans Dekker, Paul Shigihara)7.Matt Dennis / Earl Brent:Angel Eyes(feat.Billy Test, Rolf Marx, Johan Hörlén, Ruud Breuls, John Goldsby)8.Dave Horler:Bogey Blues(feat. Klaus Osterloh, Bernt Laukamp, Mike Smith)Arranged by Dave HorlerDave Horler(tb)WDR Big BandRecorded live in Studio 4, WDR Funkhaus, Cologne, Germany, 2025
2026年07月19日
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スティング(1951-)の新作Night Watch (Live at Rijksmuseum)を聴く。長年の付き合いであるドミニク・ミラー(1960-)との共演で、アムステルダム国立美術館の「名誉の間」とされる展示室において、レンブラントの《夜警》をバックに行われたコンサートのライヴだ。スティングがこの場所を選んだのは、アルバムのテーマである芸術・歴史・物語性と、オランダ絵画を象徴する《夜警》を重ね合わせる意図があったためとされる。選曲は、ポリス時代(1978~1983)から4曲、初期ソロ時代(1987~1993)から5曲、『The Last Ship』時代(2013)から3曲で構成され、スティングとドミニク・ミラーの二人だけで再解釈されている。「Fields of Gold」や「Fragile」では、スティング自身が17世紀のギターを演奏し、ドミニク・ミラーが現代のアコースティックギターで支えている。彼らはさまざまな場所でデュオ演奏を行ってきたが、正式な録音作品はこのアルバムが初めてだそうだ。スティングは10月に75歳を迎えるが、声の張りや艶はほとんど衰えていない。ピーンと張りつめたような独特の緊張感も健在である。そぎ落とされたシンプルな音楽だが深みがあり、男の美学が聴き手にダイレクトに伝わってくる。動画を見ると、絵画に囲まれた空間の中央に円形のステージが設置され、その周囲を聴衆が取り囲んでいる。そうした環境だからこそ、特別に意識することなく自身の心情を吐露できるのだと思う。曲順は作曲年代順ではなく、コンサートとしての流れを意識したものなのだろう。しかし、その流れは極めて自然で、ミュージシャンとしての根幹が変わっていないことを感じさせる。演奏の多くは語りに近く、ドミニク・ミラーのオブリガートも濡れたように美しい響きを聴かせる。動画を見ると、静謐な環境の中で最高の音楽が奏でられるという贅沢な空間を体験できた人々に、嫉妬を覚えるほどだった。録音は、石材や硬い壁面に囲まれた広い空間の特性と巧みな録音技術により、まるで教会での演奏を思わせるような自然な残響を獲得している。スティングが「夜警」の中に溶け込んでいるようなジャケットも秀逸だ。Sting:Night Watch(Live at Rijksmuseum)(A&M 5754647)24bit 96kHz FlacSting:Message in a Bottle(1979)Sting:The Last Ship(2013)Sting:The Night the Pugilist Learned How to Dance(2013)Sting:Island of Souls(1991)Sting:All This Time(1991)Sting:What Say You, Meg?(2013)Sting:Roxanne(1978)Sting, Dominic Miller:Shape of My Heart(1993)Sting:Every Little Thing She Does Is Magic(1981)Sting:Fields of Gold(1993)Sting:Fragile(1987)Sting:Every Breath You Take(1983)Recorded live at the Gallery of Honour, Rijksmuseum, Amsterdam, Netherlands, May 2025
2026年07月17日
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サックス奏者のチャド・スミスの凄まじいタンギング・スピードに驚いて購入した1枚。このアルバムは彼が企画を立ち上げたプロジェクトで、1920年代のサックスのパイオニアであるルディ・ウィードフト(Rudy Wiedoeft、1893-1940)の音楽とサイレント映画を組み合わせた「SAX-O-PHILM」という企画を発展させ、1920年代のサックス界のスーパースターだったルディ・ウィードフトの音楽を本格的なオーケストラ伴奏でよみがえらせたものだそうだ。サックスの基礎を築いた人物としてはマルセル・ミュールなどが有名だが、ウィードフトはそれに先駆けてサクソフォンという楽器の可能性を世に知らしめた最大の功労者の一人だという。このアルバムは1920年代を中心としたサクソフォンの知られざるレパートリー18曲を収録している。1920年代初頭、それまで「軍楽隊の楽器」や「珍しい楽器」という位置づけだったサックスを、非常に速いパッセージ、滑らかなヴィブラート、クラリネットのような柔らかな音色、歌うような旋律性によって、一躍「技巧を披露できるソロ楽器」に押し上げた人物とのことだ。当時、彼の人気によって若者の間ではサックスを習うことが流行したという。彼の音楽はジャンル分けが難しいが、個人的にはボードビル音楽の系譜に属するように思う。基本的には超絶技巧を披露する音楽で、後年のピアノの神様アート・テイタムにも通じるようなスタイルだ。とにかくダブル・タンギングやトリプル・タンギングのスピードが半端なく、しかも音の粒が揃っていて、往年のクラシックの巨匠並みの凄味を感じる。超絶的なタンギング・スピードだけでなく、グリッサンドやスラップタンギングも駆使しており、当時は並ぶ者のいないサックス奏者だったようだ。アルバムは、クラシックとジャズの境界がまだはっきり分かれていなかった1920年代アメリカの大衆音楽を再現したもので、ノスタルジーに満ちている。タイトル曲はルディ・ウィードフト自身による1920年の録音がYouTubeにアップされているので、今回チャド・スミスの演奏と比較してみた。ウィードフトのほうが音が太く、グリッサンドを多用している印象を受ける。それに対してチャド・スミスの演奏はやや細身の音色で、クラシック畑の奏者らしさが感じられる。アルバムの音楽は1920年代のポピュラー音楽なので、クラシック作品のような深みを求めても意味がない。むしろウィードフトの音楽を通じて、当時のポピュラー音楽やサロン音楽がどのようなものだったかを知るためのアルバムだろう。曲調が似通っているだけに、編成は曲によってオーケストラ、ピアノ、ハープ、バンジョーなど変化に富んでおり悪くない。デキシー調の「Gloria」や「Canary Cottage – One Step」なども楽しい。ハープが入った曲は、クラシックのブラヴーラを思わせるような技巧誇示型の作品だ。その中でも、ツィゴイネルワイゼンのような展開を見せる「Danse Hongroise」では高速タンギングが披露される。軽快な音楽が多いのは仕方がないが、その中にゆったりとした曲が何曲かあり、そうした曲が現れるとほっとしてしまう。夢見るような「Cloudy Days」や、同系統の曲調ながら高速タンギングが炸裂する「Valse Vanité」などにはノスタルジーが感じられ、往年のサイレント映画を思い起こさせる。カナダのソプラノ歌手ミカエラ・ベネットが歌う曲も2曲収録されている。サックスのオブリガートを伴った歌唱がノスタルジーを誘う。最後にはスクラッチノイズが盛大に入ったモノラル録音風のライブ仕立てによる「Saxophobia」が演奏される。1920年代を偲んでもらいたいという試みなのだろう。映画でもこうした工夫は見かけるが悪くないと思う。ということで、内容は盛り沢山で、昔のポピュラー音楽が好きな方にとっては絶好の聴きものだろう。一方で、クラシック作品のような構成美や深みを求めるリスナーには、ややとっつきにくいかもしれない。【SAX-O-PHILM】【Saxophobia 1920】ルディ・ウィードフト自身の演奏Saxophobia - Celebrating the Sax Craze of the 1920's(Chandos CHSA 5390)1. Rudy Wiedoeft / Domenico Savino : Sax-O-Trix2. Rudy Wiedoeft : Valse Mazanette3. Rudy Wiedoeft : Saxophobia4. Rudy Wiedoeft / Domenico Savino : Dans l’Orient5. Rudy Wiedoeft : Valse Llewellyn6. Victor Herbert : Kiss Me Again7. Rudy Wiedoeft : Sax-O-Phun8. Rudy Wiedoeft / Hugo Frey : Rubenola9. Rudy Wiedoeft : Cloudy Days10. Frederick Hager / Justin Ring : Gloria11. Earl Carroll : Canary Cottage – One Step12. Frederick Hager : Danse Hongroise13. Irving Berlin : You Forgot to Remember14. Rudy Wiedoeft : Saxema15. Rudy Wiedoeft / Hugo Frey : Valse Sonia16. Rudy Wiedoeft : Saxarella17. Rudy Wiedoeft : Valse Vanité18. Rudy Wiedoeft : Saxophobia (Bonus Track – Live)arranged by Lanny Meyers(track 1. 2. 3. 7. 8. 9. 16. 17. ),Lynette Wardle(track 4. 15.),Dan Higgins(track 5),Dan Levinson(track 11),Andrew Cottee(track 12,13)Chad Smith(sax)Lynette Wardle(track 4,15)Dalton Ridenhour(p track 8、10、11、14、18)Mikaela Bennett(vo track 6、13)John Mills(vn) track 11)Justin Quinn(Banj. track 10,11)Andy Wood(tb track 11)Matt Skelton(ds track 11)Sinfonia of LondonJohn WilsonRecorded 2025,St Augustine's Church, Kilburn, London, England, United Kingdom
2026年07月14日
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以前、自費出版したクレア・マーティンとのアルバムを取り上げたことのあるイギリスのトロンボーン奏者、カルム・オーの「Sing Seven Seas – Volume 1」(七つの海を歌う)を聴く。スイング・バンドから民族音楽や映画音楽まで、さまざまな要素が盛り込まれた力作だ。彼の意欲は十分にうかがえるが、言いたいことが多すぎて、まだ十分にこなれていない部分も感じられる。オーケストラとビッグバンドを合体させたような大編成の音楽で、ソリストもイギリスの一流どころが参加している。イギリス的なノスタルジアを感じさせる作風で、刺激を求める向きには少々物足りないかもしれない。金管が活躍する曲が多く、クラシック・ファンにも気に入られると思う。聴き物は「Si Vis Pacem Para Carnyx」(平和を望むなら、カルニュクスを備えよ)だ。タイトルはラテン語の「平和を望むなら戦いに備えよ」と、古代ケルトの戦争ラッパ「カルニュクス」を掛け合わせたもの。カルニュクスは、全長約1.8〜2mのS字またはC字型に湾曲した金属製の管で、上部にはイノシシや龍などの動物の頭部が付いているという。編成は2本のカルニュクスをはじめ、ピッコロ、ホイッスル、アコーディオン、ヴァイオリンなどがフィーチャーされており、ケルト色の強い作品だ。古代ヨーロッパの戦士や儀式を思わせる壮大な作品で、映画音楽を思わせる巨大なスケールが感じられる。カルニュクスは単独では登場せず、冒頭のファンファーレで聴ける荒々しく歪んだような音がそれらしい。テンポが上がると、それまでのテーマにヴァイオリンやピッコロによるケルト音楽風の要素が重なっていく。大変な力作ではあるが、全体に重量感が不足しており、素材を消化し切れていない印象が残るのは惜しいところだ。大編成の曲が多い中、「Tethys(テテュス)」は弦楽器を用いない比較的小編成の作品である。これはギリシャ神話の海の女神テテュスを題材にした作品で、ハープやヴィブラフォン、ピアノなどを用いた繊細なオーケストレーションが美しい。特にオーボエが現れる場面には、雨上がりの爽やかさが感じられる。また、フリューゲルホルンの柔らかなソロは途中で大きな盛り上がりを見せ、胸を打つ。1曲めの「Swipe Right!」は、マッチングアプリで相手に「いいね!」を送るため、指で右にスワイプする動作を指すとのことだそうだ。スイングやバップのテイストが感じられるアップテンポのビッグバンド・ナンバーだ。Duncan Hemstockのスインギーなクラリネットがいい味を出している。「Galt's Motor」は、アイン・ランドの小説『肩をすくめるアトラス』に登場する架空のエネルギー装置から着想を得た作品。オフビートのリズムが、機械が回転し続けるような推進力を表している。弦楽器は使われておらず、ビッグバンド編成によるダイナミックでジャズ色の強い曲だ。色彩豊かな木管と鍵盤の涼やかなサウンドが印象的で、スケールも大きい。ギターとテナーサックスのソロも見事である。「Murmurations(鳥の群舞)」は、ムクドリなどの鳥が群れで形を変えながら描く巨大な飛行パターン、いわゆるマーマレーションを描写した曲。雄大なテーマと打楽器の活躍がスケール感を生み出しており、温かみもあって聴き手の心を熱くする。オーの落ち着いた滑らかなトロンボーン・ソロと、チャド・レフコウィッツ=ブラウンの切れ味鋭いテナーソロとの対比も面白い。「The Weaver」(機織りをする人)は、多くの旋律やリズムが絡み合いながら一つの織物を作り上げていくような作品だ。重厚さよりも繊細なオーケストレーションが際立ち、雨上がりのような爽やかさを感じさせる。最後の「jazz.ai」は、AIとジャズの関係をテーマにした音楽物語。ナレーターはカナダの歌手マット・フォーブス。クルーナーらしい落ち着いた語り口が絶妙だ。作曲者によると、ディズニーの『ファンタジア』の「魔法使いの弟子」を、子供たちが楽しめるジャズ版として語り直した作品とのこと。物語の主人公はジャズ学生のSonny Fontaine(フリューゲルホルン)と、大規模言語モデルAIのSweep(テナーサックス)。あらすじは、「ソニーがSweepというAIを作るが、Sweepはどんどん賢くなり、ビバップやジャズ理論を吸収して、やがて人間の制御を超えてジャズ界を支配し始める」というものだ。最後は混沌の末に破滅を迎えるような結末となる。音楽はオーソドックスなビッグバンド・スタイルで、プランジャーミュートを使ったトロンボーンやトランペットの掛け合いも楽しい。最後にソニーが「Stop」と叫び、暴走が止まるという筋書き。対訳が付いていないので細部までは分からないが、『ファンタジア』のテイストを感じさせる楽しい聴き物だった。ということで、アルバム自体の出来は非常によく、スケールも十分で、今年聴いたアルバムの中でも抜きん出た存在だ。一方で消化不良気味な面もあり、今後さらなる成長を期待したい。なお、同時発売のVol.2はビッグバンド中心とのことで、こちらも今後聴いていきたい。Callum Au:Sing Seven Seas – Volume 1(Chairman Music in association with ECN Music CABBDIG003)24bit 48kHz Flac1.Swipe Right!(右にスワイプ!)2.Galt's Motor(ガルトのモーター)3.Si Vis Pacem Para Carnyx(平和を望むなら、カルニュクスを備えよ)4.Tethys(テテュス)5.Murmurations(鳥の群舞)6.The Weaver(機織りをする人)7.jazz.aiAll composed & arranged by Callum Aufeaturing:track 1. Sam Watts(p)、Duncan Hemstock(cl)track 2. Jake Willson(g)、Nadim Teimoori(ts)track 3. Andy Wood(carnyx)、Callum Au(carnyx)、Gareth Lockrane(picc.)、Kay Au(vn/va)、Jessie Grimes(whistle)、Karen Street(accordion)track 4. Tom Walsh(flh)、Andy Wood(tb)、Lauren Weavers(ob/Cor Ang.)track 5. Chad Lefkowitz-Brown(ts)、Callum Au(tb)track 6. Nadim Teimoori(ts)、Anthony Kerr(vib)、John Mills(vn)track 7. Matt Forbes(narration)、Emma Rawicz(ts)、James Davison(flh)、Callum Au(tb)Recorded at Lightship 95 Recording Studios, London, England
2026年07月13日
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以前Presto Musicを見ていたら、指揮者のマイケル・ティルソン・トーマス氏(1944-2026、以下MTT)がお亡くなりになったことが報じられていた。最近の写真を見て随分と老けたなとは思っていたが、亡くなるとは思っていなかった。MTTは2021年にグリオブラストーマ(悪性脳腫瘍)で手術を受け、その後2025年に再発を公表し、闘病を続けながら活動するも、2026年4月22日に自宅で亡くなったそうだ。グリオブラストーマとは、脳内のグリア細胞から発生する最も悪性度の高い原発性脳腫瘍で、増殖が非常に速く、周囲の正常な脳組織に浸潤するため、極めて治療が難しい病気として知られている。WHO分類では最も高いグレード4に分類される。ちなみにMTTはゲイで、夫のジョシュア・ロビソンも今年亡くなっている。筆者はアダムズ、アイブズ、コープランドなどを聴いているだけで、それほど氏の録音を多く聴いているわけではない。印象としては、アメリカ音楽やマーラーで明晰な演奏を行う指揮者であり、ジャズなどのポピュラー音楽にも造詣が深い人物というものだ。個人的にはKeeping Scoreシリーズ(DVD)で楽曲の奥深さを教えてもらったことが懐かしく思い出される。それでSpotifyで彼の録音をチェックしたところ、以前からペンディングになっていた自作曲「アンネの日記から」の録音がProStudioMastersで比較的安価だったので、ダウンロードして聴いているところだ。ディストリビューターのコメントによると、サンフランシスコ交響楽団の音楽監督としての25年と、その最後のシーズンを記念した録音とのこと。因みにこのアルバムは2021年のグラミー賞を受賞している。「リルケの瞑想」(2019)は、オーストリアの詩人ライナー・マリア・リルケ(Rainer Maria Rilke)(1875-1926)による6つの詩をテキストにした作品で、その詩の叙情的な広がりにふさわしい感情豊かな旅へと聴き手を誘う。MTTによると、「私が長年育んできた音楽的動機や和声をもとにした作品で、共通の動機が変奏・再構成され、伝統的な音楽語法を用いて、加齢と孤独を描いたリルケの世界を郷愁に満ちた響きで表現している」とのこと。耽美的な側面も多少感じられるが、全体に清々しく気持ちの良い作品だ。マーラーからの影響も感じられ、MTT独特の優しい肌触りがある。オーケストラのテュッティは少なく、さまざまな楽器が印象的に登場する。MTTのペンの冴えが感じられる作品だ。第1曲「秋の日」は、ノスタルジックな酒場を思わせるピアノやクラリネットが遠くから聞こえてくる。そこからオーケストラのテュッティとなり、MTTの世界が広がる。全体的に晩秋の雰囲気を持つ味わい深い曲だ。中には第3曲「酒飲みの歌」のようなシニカルな歌もある。この曲は酒が擬人化され、主人公が酒と付き合っているうちにすっかり酒浸りになるという内容で、マーラーを思わせる瞬間がある。メゾソプラノで歌われる「私は広がりゆく環の中で生きる」は比較的明るい歌で、青空を鳥が舞うようなのどかで清々しい情景が浮かんでくる。「何度でも」は前半3分ほどがトランペットやホルンの美しいソロを中心とした、悲しみを帯びながらも安らぎに満ちた心温まる長い前奏となっている。声楽が加わると、「何度死んでもまた会いましょう」という内容とともに、にわかに劇的な表情を見せる。「秋」で初めて二人の歌手が揃って登場する。速めのテンポで躍動的な主題が流れ、劇的で映画音楽的な展開を見せる一編だ。後半はやや失速するものの、バス・バリトンの歌唱は語りに近い表現から時に劇的な歌唱まで聴かせ、この曲最大の聴きどころだろう。ハープに支えられながら「Fallen」を何度も繰り返すエンディングは、マーラーの「大地の歌」終楽章「告別」で「ewig(永遠に)」を繰り返す終結部を思い出させる。そこには同じような諦念が感じられ、まるでリルケとマーラーが響き合っているかのようだ。この曲ではバスバリトンのライアン・マキニー(1980-)とメゾソプラノのサーシャ・クック(2018-)が共演している。マキニーは深みのある声で、重力感がありながら重くなり過ぎないところが魅力だ。時に朗々とした歌唱を展開するところも申し分ない。サーシャ・クックは輪郭のはっきりした明るめの声質で好印象だ。「アンネのも日記より」は4部に分かれており、MTTの解説によると、アンネ・フランクと同い年だったオードリー・ヘップバーンに捧げられたメロドラマだそうだ。MTTはアシュケナージ系ユダヤ人であり、主題はユダヤの伝統音楽、とりわけ生命への賛歌であるカディッシュの語法から導き出されている。短いモチーフながら愛らしく爽やかで、強い印象を残す音楽だ。第1部では日記をつける理由が語られ、最後に対話の相手としてキティという架空の友人の名が登場する。第2部ではナチスによる迫害、隠れ家での生活、戦争への恐怖、そしてアンネの内面的成長が描かれる。隠れ家生活を描いた部分では不協和音が不穏な空気を醸し出し、その後バーンスタインばりの変拍子によるリズミックな音楽が展開される。ここでは、ナチスによって「世界全体がひっくり返ってしまった」かのような感覚と、日常生活が徐々に崩壊していく様子が描かれているようだ。第2部の最後は語りがなく、トロンボーンのソロを中心とした音楽となる。ショスタコーヴィチを思わせる圧迫感と恐怖を感じさせる、実に恐ろしい音楽だ。第3部では一転して、自然、恋、自己発見など彼女の幸福な時間が楽しげな楽想とともに描かれ、生きる喜びに満ちている。第4部とされている部分はブックレットの記載によるもので、このアルバムのトラック・データでは第3部の最後に含まれている。浄化されるような気分と晩秋のような雰囲気がある。「人間は本当は心の中では善良なのだ」という有名な言葉とともに手記は終わるが、その後どす黒い感情を呼び起こすような大太鼓のロールが鳴り響き、彼女のその後の運命を暗示しているようだ。全体に暗い題材なのだが、なぜか清々しさが感じられるのは、彼女の無垢な精神に触発されているのかもしれない。ナレーターのイザベル・レナードはアメリカのメゾソプラノ歌手。発音が明瞭で、少女の心情を豊かに表現しており申し分ない。ということで、MTT円熟の筆による力作だったが、難解なところは皆無で、大いに楽しめる作品だった。アメリカ音楽やMTTが好きな方なら、きっと気に入ってもらえると思う。Tilson Thomas: From the Diary of Anne Frank & Meditations on Rilke(SFS Media)24bit 96kHz FlacMichael Tilson Thomas:1.From the Diary of Anne Frank(1990) 1.Part I:The Capture Foretold(捕らえられる予感) 5.Part II: The Final Entry(最後の記述) 9.Part III: Aftermath(その後)13.Meditations on Rilke 13. 秋の日 14. 私は広がりゆく環の中で生きる 15. 酒飲みの歌 bs-br 16. 何度でも inst 17. 想像上の履歴書 bs-br、ms 18. 秋Isabel Leonard(narrator track 1-12)Sasha Cooke(ms track )Ryan McKinny(b-br)San Francisco SymphonyMichael Tilson Thomas Recorded November 15–18, 2018 From the Diary of Anne FrankJanuary 9–12, 2020 Meditations on Rilke at Davies Symphony Hall San Francisco War ,SF
2026年07月11日
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この前Spotifyを聴いていたら、アントニオ・サンチェスのアルバムがお薦めに出てきた。最近は新譜が出ていなかったので、映画音楽の仕事が忙しいのかと思っていた。調べてみると、最新作はテレビ番組の音楽で、その前の2作はラテン色の強いアルバムだった。少し聴いてみたところ、どちらも素晴らしく、思わずダウンロードしてしまった。その中でも、今年リリースされた「Elipsis」を取り上げたい。Elipsisとは、スナーキー・パピーのマイケル・リーグが結成した新グループ「エリプシス」の名前だ。ディストリビューターのコメントによると、『サウンドはアフロ・キューバン音楽をベースにしつつも、マイケル・リーグ的なキーボードとベースの音像、コーラス、ジャズのボキャブラリーなどが混じり合い、現代性が高い解像度で表現されている。』とのことだ。実際、大地から湧き上がってくるような原初的エネルギーが噴出する、凄まじくもダイナミズムに満ちた音楽だった。サウンドデザインも凝っていて、エレキギターやヴォーカルが強く歪んでいるのに対し、ドラムスだけはすっきりとした音作りになっているのも面白い。最初はペドリート・マルティネスの、呪文や儀式を思わせる粗野で圧倒的なヴォーカルに注意を奪われていたが、そのうちリーグによる荒々しいギターやクールなシンセサウンドにも気付いた。このブレンドが何ともいえない味を生み出している。また、時折聞こえるマルティネスのオーバーダブによるバックコーラスも、リーグのミキシングによって呪術的な雰囲気を醸し出しており、実に効果的だ。サンチェスは持続するエネルギーに満ちた重量級のドラミングで、マルティネスのコンガや全6曲で30分ほどのアルバムだが、演奏は濃密な演奏と暴力的なまでの大迫力に満ちており、短さはまったく感じられない。ただ、どの曲も同じ方向性で押し切るため、もう少し変化があればとも思った。ところで、このグループは小規模ながらライブ活動も行っており、その際にはGlenda del E(ピアノ、キーボード、ヴォーカル)が加わっているようだ。バルセロナでのライブ映像がYouTubeに上がっているが、彼女の参加によって音楽の厚みが増していることが分かる。次回はぜひ、彼女を加えたカルテット編成でレコーディングしてもらいたいものだ。録音はニューヨークでドラム、パーカッション、ヴォーカルの基本セッションを行い、そのデータをリーグのスペイン・カタルーニャ州の自宅スタジオへ送り、多数のベース、ギター、キーボード、民族楽器などをオーバーダビングしたものだそうだ。Michael League, Pedrito Martínez, Antonio Sánchez:Elipsis(GroundUP Music RPOZ-10102)24bit8 96kHz Flac1. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Obbakoso2. Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Caminando(歩きながら)3. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Variant(変異)4. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Mi Tambor(私の太鼓)5. Michael League、Pedrito Martínez、Antonio Sánchez:Suuru6. Michael League、Antonio Sánchez:Congo No Calla(コンゴは沈黙しない)Tracks 1, 3–5: Arranged by Michael LeagueTracks 2, 6: Arranged by Michael League & Antonio SánchezMichael League(b,key,g)Pedrito Martínez (conga,Bata drum,vo)Antonio Sánchez (ds)Basic tracks recorded in New York, USA. Additional overdubs recorded in Catalonia, Spain, in 2025
2026年07月08日
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筆者が結構贔屓にしているドイツのソプラノのアンナ・ルチア・リヒター(1990-)のマーラー歌曲集を聴く。以前から気になっていたが、購入するまでには至っていなかった。ところが、BBC Music Magazineのヴォーカル部門賞にノミネートされていることを知り、早速ダウンロードした。気に入らないところも2、3あったが、水準は高い。伴奏も満足度は高かった。彼女はもともとリリック・ソプラノだったが、近年は本人がレパートリー拡張のために声域を下げ、現在は「メゾソプラノ」として活動することも増えているらしい。このアルバムでは声質自体はソプラノだろうが、サウンドはかなりメゾ寄りで、それが落ち着いた雰囲気を生み、マーラーに相応しい歌唱になっていると思う。プログラムは「少年の魔法の角笛」から8曲と、「亡き子をしのぶ歌」全曲という構成だ。「少年の魔法の角笛」は、曲によって不自然だと感じる箇所があった。レガートではなく、一語一語を念押しするような歌い方になったり、感情を出し過ぎていると思われる場面があるのだ。例えば「ラインの小さな伝説」では、感情表現を控えめにし、曲そのものに語らせるようなアプローチが欲しかった。もっとも、この曲集は場面設定や登場人物が多岐にわたり、曲ごとにアプローチを変える必要があるだけに、それだけ難しい作品なのだろう。筆者のデフォルトは全曲ではないが、イボンヌ・ミントンがショルティの指揮で歌ったアルバムだ。言葉のニュアンス付けと交響的な流れがうまく両立した好例だと思う。今回のこのアルバムで特に上手くいっているのは「美しいラッパが鳴り響くところ」と「原光」だ。ただし、「美しいラッパが鳴り響くところ」はまだ感情移入が過多で、少し大げさなクレッシェンドには何が起こったのかと思わされる。一方、「亡き子をしのぶ歌」は解釈の幅が比較的狭く、内省的な作品であり、全曲を通して一貫した感情で歌うことができるため、現在のリヒターには適したレパートリーだろう。あまり感情移入し過ぎないフラットな感覚なので違和感はなく、演奏を楽しむことができた。バックはカナダ出身のジョルダン・デ・ソウザ指揮、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団。歌手との距離感が絶妙で、申し分のないサポートぶりだった。普段は録音の細部が気になるものだが、今回は録音についてあれこれ考えることもなく、快適に聴くことができたのは精神衛生上大変良かった。今回の場合は演奏のほうに気を取られていたという面もあるが、スケール感こそ大きくないものの、透明度の高い録音だったことは間違いない。ヴォーカル作品で時折気になる声の崩れもなかった。ということで、期待した割には不満が先に出てしまうという展開になった。それだけ「少年の魔法の角笛」が音楽的に難しい作品であることが、今更ながら感じさせられた。Anna Lucia Richter:Songs Of Fate(Myrios Classics MYR036)24bit 128kHz FlacGustav Mahler:Des Knaben Wunderhorn(少年の魔法の角笛)より1. Wer hat dies Liedlein erdacht?(この歌を作ったのは誰?)2. Rheinlegendchen(ラインの小さな伝説)3. Das irdische Leben(この世の人生)4. Verlorne Müh'(無駄な骨折り)5. Des Antonius von Padua Fischpredigt(パドヴァの聖アントニウスの魚への説教)6. Lob des hohen Verstandes(高き知性への賛歌)7. Wo die schönen Trompeten blasen(美しいラッパが鳴り響くところ)8. Urlicht(原光)Kindertotenlieder(亡き子をしのぶ歌)9. Nun will die Sonn' so hell aufgeh'n!(いま太陽は明るく昇ろうとしている)10. Nun seh' ich wohl, warum so dunkle Flammen(いま私はわかる、なぜあのように暗い炎だったのか)11. Wenn dein Mütterlein(おまえのお母さんが)12. Oft denk' ich, sie sind nur ausgegangen!(私はよく思う、あの子たちはただ出かけただけなのだと)13. In diesem Wetter!(この嵐の中で!)Anna Lucia Richter (ms)Gürzenich-Orchester KölnJordan de SouzaRecorded: 2025, Studio Stolberger Strasse, Köln, Germany
2026年07月05日
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ランディ・ナポレオン(1978-)というギタリストの企画した、エレクトリック・ギターの五重奏(ギター・クワイア)にピアノ・トリオが加わるという珍しい編成によるアルバム『Waking Dream』を聴く。同種の録音は他にあまり例がないと思われるが、本作は非常に成功した試みだ。この録音の肝は、エレキ・ギターの特性を巧みに生かしている点にある。特にサスティン(音の伸び)の長さや音量を揃えやすいことが効果的に作用しており、アコースティック・ギターではなかなか得られないサウンドを実現している。そのため、楽曲もギター・クワイアの特性を生かしたゆったりとしたテンポのものが中心で、そのまろやかな響きに身を委ねるのが実に心地よい。また、ピアノが加わることで、ギターだけでは単調になりがちなサウンドに適度な変化を与えている。本作はギター・アンサンブルの響きを味わうことに主眼が置かれているため、技巧を誇示するようなアドリブはほとんど登場しないが、それがかえって作品の魅力を高めている。曲目はナポレオンの作品が4曲、アメリカの作曲家・プロデューサーであるGregg Hillの作品が6曲という構成だ。しかし、アレンジはすべてナポレオンが手がけているため、全曲がナポレオンのオリジナルと言われても違和感はない。気に入ったのはラテン・フレーバーあふれる「The Speckled Frog」で、クインシー・デイビスのラテン色豊かなプレイが光る。聴いていると南国の空気を感じさせる一曲だ。タイトル・チューンの「Waking Dream」も印象的で、ゆったりとした流れの中にアメリカ西海岸の穏やかな風を思わせる優しさが漂う。「Cafe Brasilia」も題名どおり爽やかなナンバーだ。硬質なリリシズムを感じさせるピアノや、全編を通じて積極的に楽曲を推進するドラムスなど、リズム・セクションも好演している。テンポの速いハードバップ・ナンバー「The Singer」では、ぐいぐいと迫ってくるギター・ソロが実にご機嫌だ。曲によってはゲストのホーン奏者が加わり、サウンドが単調になることを防いでいる。「Riverside Blossoms」で聴かれるマイケル・ディースの温かみのあるトロンボーンも魅力的だ。アルバムは賑やかな「Boom Boom」で締めくくられる。この曲では五人のギタリストにまんべんなくソロが割り振られているようだが、音場の広がりがそれほど大きくないため、各人のプレイを聴き分けにくいのが惜しい。録音は温かみのある音色が印象的で、Troubadour Recording Studiosの音響特性によるところが大きいようだ。ただし、ギター・クワイアの音像が他の楽器に比べてやや大きく、長時間聴いていると少々疲れを感じる。とはいえ、エレクトリック・ギター・クワイアという新しい領域に挑んだ本作は、見事な成果を収めた一枚だ。続編も期待したい。Randy Napoleon:Waking Dream(OA2 Records OA2 22241)24bit 96kHz Flac1.Randy Napoleon : Super Moon2.Gregg Hill : The Speckled Frog3.Gregg Hill : Waking Dream4.Randy Napoleon : Two Thoughts5.Gregg Hill : Cafe Brasilia6.Gregg Hill : The Singer7.Gregg Hill : 52 Pickup8.Randy Napoleon : Riverside Blossoms9.Gregg Hill : Jo Jo Jo10.Randy Napoleon : Boom Boomall arranged by Randy NapoleonRandy Napoleon(g)Luke Sittard(g)Chris Minami(g)Jocelyn Gould(g)Ben Turner(g)Rick Roe(p)Rodney Whitaker(b except track6,7)Quincy Davis(ds except track6,7)Anthony Stanco(tp track 2)Michael Dease(tb track8)Walter Blanding(ts track10)Langston Kitchen(b track 6,7):⑥⑦Michael J. Reed(ds track 6,7)Lynne Brown(guiro track2)Recorded November 18–19, 2024,Troubadour Recording Studios, Lansing, Michigan, USA
2026年07月03日
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Salzburg Wind Philharmonicという吹奏楽団の録音が大量にリリースされていることを知り、その中からオリジナル作品を集めたアルバム「Salzburg Wind Philharmonic vol.11」を購入した。このバンドは日本ではあまり知られていないが、世界最高峰の吹奏楽団の一つとされている。このシリーズは最近配信が始まり、その流れでダウンロードサイトでもカタログに掲載されるようになったようだ。この楽団は常設ではなく、演奏会ごとに編成されるプロジェクト型の吹奏楽団であり、ルツェルン祝祭管弦楽団と同様の形態といえる。ベルリン、ウィーン、コンセルトヘボウ、バイエルンなど、ヨーロッパの名門オーケストラの団員が多数参加している。当初はザルツブルク・モーツァルテウム大学のオーケストラ組織として活動していたが、年を追うごとにプロ奏者の比率が増し、活動範囲の拡大に伴って2022年に大学から独立した。指揮はホルン奏者であり元モーツァルテウム音楽院教授のハンスヨルク・アンゲラーが務めている。コンサートマスターはベルリン・フィル首席のフックスが担当しているようだ。現在までにCD約45タイトルの充実したカタログを誇り、現在は自主レーベルBPS Recordsからリリースされている。SpotifyでSalzburg Wind Philharmonicのvol.1~vol.12やベートーヴェン、「アルプス交響曲」などをつまみ聴きした。アレンジ作品が多いがサウンドは非常に充実しており、通常の吹奏楽団にありがちな貧弱さはなく、厚みがあってオーケストラに遜色しない響きであった。ワーグナー「神々の黄昏」の「夜明けとジークフリートのラインの旅」や「葬送行進曲」では、オーケストラと比べるとスケール感では及ばないものの、ソロの完成度は高く、全体のサウンドも十分に説得力があった。サウンドは意外にも地味な印象。アメリカのバンドのような明るく突き抜ける響きではなく、暗めで抑制された音色であり、派手さよりも緻密さを重視したアンサンブルだ。そのためパワーで圧倒するタイプではなく、むしろ玄人好みのバンドだ。ただし、このアルバムでも十分に分かるが、いざっとなった時のパワーは凄味がある。AIのおすすめとして「アルプス交響曲」が挙げられたが、高価であり、配信で聴ける録音の多くが編曲作品であったため、今回は管楽器のみの作品を集めたvol.11をeclassicalからダウンロードした。vol.11はクルト・ワイルのヴァイオリン協奏曲、ベルトルト・フンメル《ファウストの情景》Op.72b、ミーナス・ボルブダキス《Chorochronos II》という現代作品を組み合わせた内容であり、いずれも国内での演奏例はほとんどないと思われる。クルト・ワイル《ヴァイオリンと吹奏楽のための協奏曲 作品12(1924)》は、木管10名にトランペット、ホルン、ティンパニ、打楽器、コントラバス4という編成。初期ワイルらしい新即物主義的でやや辛口な語法ながら、透明感があり過度に暗くならない音楽で、非常に聴きやすい。ストラヴィンスキー《兵士の物語》(1918)との類似も感じられる。またヴァイオリンと管楽器の掛け合いが魅力的で、ヴァイオリンの涼やかな音色も心地よい。特殊編成のため演奏機会は多くないが、初めてでもすんなり耳に入ってくる作品で、もっと演奏されてもよい曲だろう。ワイルの隠れた名曲?昨年BISからリリースされたHK・グルーバーの《7つの大罪》を中心としたアルバムにも収録されていた。録音はBIS盤の方が優れており、この曲を聴くなら同盤を推したい。ドイツ生まれのベルトルト・フンメル(1925–2002)は戦後ドイツを代表する作曲家であり、ベルク、メシアン、さらに師であるハーラルト・ゲンツマーやヒンデミットとの精神的な連続性を語っている。十二音技法に全面的に依拠することなく、調性感をある程度保持しながら現代的語法を展開した作風を持つ。代表作として《Sinfonietta for Large Wind Orchestra(1970)》や《Chorale for Band "Tier"》などがあり、吹奏楽作品として重要な位置を占めている。《ファウストの情景》はゲーテの『ファウスト』を題材に、管楽オーケストラによる交響詩的な6曲構成の組曲として描いた作品であり、打楽器が大きく活躍する。難解な現代音楽ではなく、ストーリー性とユーモアを備えた聴きごたえのある作品だ。旋律や和声にはメシアンの影響も感じられ、興味深い語法となっている。邦人作曲家を思わせる和声が現れる場面もあり、国内の吹奏楽団で演奏されても不思議ではない完成度を持つ。難易度は高いが演奏効果も大きく、ぜひ取り上げてほしい作品だ。最後の《Chorochronos II》はミーナス・ボルブダキス(1974–)の作品。彼はギリシャ・クレタ島出身の現代音楽作曲家である。タイトルはギリシャ語の「空間(Choros)」と「時間(Chronos)」を組み合わせた造語。全体にクールな雰囲気が漂い、荒々しいティンパニと多数の打楽器が強烈に活躍する作品であり、他の楽器も持続的なエネルギーを放っている。グロッケンやチャイムなどが組み合わさったガラスを連想させるきらびやかなサウンドが耳を引く。打楽器の扱いが非常に興味深く、高音域を多用する金管なども含めて難易度は高いが、実演で聴いてみたい作品だ。ということで、国内では知られていないとはいえ、大変充実した作品がならんだ優れたアルバムだった。このアルバムの配信を機に、多くの吹奏楽団で演奏される機会が増えることを期待したい。Salzburg Wind Philharmonic vol.11(BPSRECORDS-Volume_11 )24bit 44.1kHz Flac1.Kurt Weill: Concerto for Violin & Wind Orchestra, Op. 12 第1楽章 Andante con moto 第2楽章 Notturno:夜想曲らしい静謐さの中にも不安が漂います。 Cadenza Serenata 第3楽章 Allegro molto6.Bertold Hummel: Faust Scenes, Op. 72b Incantation Seduction Dance of Unhappy Spirits Witches' Sabbath Gretchen (Intermezzo) Fair and Faust's Journey to Hell12.Minas Borboudakis: Chorochronos II Benjamin Schmid(vn track 1-5)Peter Sadlo(timp,perc. track 12)Salzburg Wind PhilharmonicHansjörg Angerer
2026年06月30日
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ドラマーのニール・グレイによるハードバップ・セッション「In The Street」を聴く。Cellar Liveからのリリースで、このレーベルはPresto Musicで安価に購入できるうえ、録音・演奏ともに優れたアルバムが揃っているため、最近よく聴いている。ニール・グレイは西カナダのジャズ・シーンで15年ほど活動してきたドラマーで、このアルバムが初の本格的なリーダー作とのこと。ありふれたジャズでが、勢いのある演奏と優れた楽曲、そして透明度の高い録音が魅力で、何か新しいものを求めるのでなければ文句の付け所がないアルバムである。プログラムは最後のヴォーカル・ナンバーを除き、すべてグレイのオリジナル。メンバーはほとんどが気心の知れた仲間とのことだが、演奏にだれるところはなく、終始ノリが良い。典型的なハードバップだが、ジュリアン・ボルコフスキとコリー・ウィーズによるフロントのハーモニーが実に心地よい。ボルコフスキのリー・モーガンばりの柔らかなサウンドが、その魅力に大きく貢献している。ケベック出身のフランス系カナダ人ジャズ・ピアニスト、ブルーノ・ユベールのピアノは、ブロックコードを交えた骨太なバップ・スタイルで、ソロにもソニー・クラークを思わせる味わいがある。ミディアム・テンポの演奏が多い中では、ラテン・テイストの「Latin Fiasco」が異色の存在である。タイトルは「ラテンの大失敗」という意味らしいが、ユーモアに富んだ楽しい曲である。「Somewhere」はやや速めのテンポながら、しみじみとした味わいを湛えた佳曲。朴訥としたタッチが、かえって魅力につながっている。「Shotgun Blues」は物騒な題名だが、典型的なハードバップのブルースで、コリー・ウィーズの骨太なアルトによるファンキーなソロがご機嫌。ボルコフスキのトランペットも軽快な持ち味を発揮している。「Seymour Street Shuffle」もテンポの速いブルースで、ここでもウィーズのブルージーなソロが光る。ボルコフスキのトランペットも健闘している。リーダーのドラムスが前面に出る場面は少ないが、バンド全体を後方から巧みに支えている。最後の「Night and Day」には、バンクーバーを拠点に活動するLeila Naderiがゲスト参加している。高音がきつめで、あまり若さを感じさせない歌唱。また歌はややエキセントリックで、それまでのよくブレンドされたサウンドとは調和していない。このトラックはなくても良かった。ということで、気心の知れた仲間たちとの日常の一コマを切り取ったようなアルバムで、新たな発見こそないが、肩の力を抜いて楽しむことができる。意欲的な作品や奇抜な趣向のアルバムが多い昨今だからこそ、このような作品の存在意義は大きい。こうした地味ながら味わい深いアルバムこそ、長く聴き継がれていくに違いない。ジャズならではの魅力を備えた一枚だ。Neil Gray:In The Street(Cellar Live CMF030325)24bit96kHz FlacNeil Gray: 1.Frankie's Ghost2.For Those In The Back3.It Wasn't Was It4.Latin Fiasco5.Somewhere6.Shotgun Blues7.Seymour Street Shuffle8.Cole Porter: Night and Dayall composed by Neil Gray except track8Neil Gray(ds)Bruno Hubert(p)Julian Borkowski(tp)Cory Weeds(ts)Conrad Good(b)Leila Naderi(vo track 8 only)Release Date: October 31, 2025Recording Date: Not specifiedRecording Location: Not specified (Vancouver, British Columbia, Canada)
2026年06月28日
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最近お気に入りのフランスのテノール歌手、シリル・デュボアの新録音『So Poetique!』を聴く。本作は、ヴェネツィアに拠点を置くフランス・ロマン派音楽(1780~1920年頃)の研究・普及機関、Palazzetto Bru Zane(仏ロマン派復興機関)との共同制作によるものだ。最近はBru Zane単独ではなく、アルファレーベルの録音にBru Zaneが協力する形での制作が増えているように感じる。ほかにもApartéやHarmonia Mundiとの共同制作が目立つ。このアルバムの狙いは、あまり演奏されない作品群の中に埋もれた「失われた宝」の再発掘だそうだ。全曲が管弦楽伴奏による豪華な編成で、通常のピアノ伴奏版と比べると実にゴージャスな仕上がりだ。ピアノ伴奏版との直接の比較はしていないが、聴き手のイマジネーションをかき立てるサウンドが魅力的だ。デュボアの歌唱は期待にたがわぬ見事な出来で、その美声にうっとりとしてしまう。一方で、曲によっては表現がやや大きすぎるように感じる場面もある。収録曲はいずれも短いが、バラエティに富んでいて飽きさせない。なかでも、フォーレの「イスパハンの薔薇」の優美な旋律、サン=サーンスの夢見るような「法悦」、そして彼のエジプト趣味を反映したスケールの大きな「ナイル川の日の出」は聴きごたえ十分だ。初めて聴く作曲家の作品の中では、ベンジャミン・ゴダートの「3つの詩的断章」の明るくふんわりとした抒情が印象に残った。また、トンベルの「ピレネーの子守歌」は、持続音(ドローン)や旋法的なメロディーによって、異国情緒あふれる歌の世界を聴かせてくれる。フランクの「行列」は宗教的な雰囲気こそ感じられるものの、流麗な旋律と劇的な表情によって、いつものフランクとは異なる一面をのぞかせるのが意外だった。実はフランクはオペラも何曲か書いており、その片鱗がこの曲からうかがえるのも大変興味深い。書き始めるときりがないのでこのあたりまでにしておくが、どの曲も魅力的で、未知の宝物を発見したような喜びを味わわせてくれる。ブリュッセル・フィルのサウンドは、それほど洗練されたものではないが、そのことがかえって、デュムソーの指揮ともども、少し前までフランスのオーケストラに息づいていた独特の香りを伝えており、大変魅力的だった。録音は悪くないのだが、このレーベルの最近のヴォーカルアルバムはサウンドが前に張り出しすぎて、雰囲気を損なっているような気がする。特にこのようなフランス物の時は、もう少し奥行きをもった音にして欲しい。録音にクレームをつけたが、演奏、選曲とも素晴らしく、未知のフランス歌曲に出会いたければ、ぜひお聴きいただきたい。このアルバムを聴けば、幸せな気分になれること請け合いだろう。Cyrille Dubois:So Poetique!(ALPHA 1214)24bit 96kHzFlac1. Charles Gounod:Le Soir 夕べ2. Benjamin Godard:Embarquez-vous ! さあ船出しよう3. Camille Saint-Saëns:Aimons-nous 愛し合おう4. Louis Vierne:Chanson d'automne 秋の歌5. Théodore Dubois:Printemps 春6. Benjamin Godard:Trois Fragments poétiques, Op.13 - I. Lamartine 3つの詩的断章 第1曲「ラマルティーヌ」7. Charles Gounod:Ma belle amie est morte 私の美しい恋人は亡くなった8. Gabriel Fauré:Les Roses d'Ispahan イスパハンの薔薇9. Fernand de La Tombelle:Berceuse pyrénéenne ピレネーの子守歌10. Jules Massenet:Le Poète et le fantôme 詩人と亡霊11. Augusta Holmès:Ne nous oubliez pas ! 私たちを忘れないで!12. Benjamin Godard:Trois Fragments poétiques, Op.13 - II. Alfred de Musset 3つの詩的断章 第2曲「アルフレッド・ド・ミュッセ」13. Fernand de La Tombelle:Sonnet d'Estienne de La Boétie エティエンヌ・ド・ラ・ボエシーのソネット14. Gabriel Fauré:En prière 祈り15. Théodore Dubois:Pourquoi les oiseaux chantent なぜ鳥は歌うのか16. César Franck:La Procession 行列17. Félicien David:La Vengeance des fleurs 花々の復讐18. Benjamin Godard:Trois Fragments poétiques, Op.13 - III. Victor Hugo 3つの詩的断章 第3曲「ヴィクトル・ユーゴー」19. Camille Saint-Saëns:Extase 法悦20. Ambroise Thomas:Le Soir 夕べ21. Camille Saint-Saëns:Lever de soleil sur le Nil ナイル川の日の出Cyrille Dubois(t)Brussels PhilharmonicPierre Dumoussaud Recorded at Flagey Studio 4, Brussels, Belgium, 31 March–4 April 2025
2026年06月26日
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ギタリストのミック・グッドリックとピアノのフレッド・ハーシュによるデュオ作「Feebles, Fables & Ferns」を聴く。これは、1988年に録音されたECMの未発表音源を収めたアルバムだ。グッドリック(1945-2022)はこれまで聴いたことのないギタリストだったが、1970年代前半にゲイリー・バートンのグループに所属し、若きパット・メセニーとも共演している。その後もチャーリー・ヘイデンのリベレーション・ミュージック・オーケストラやジャック・デジョネット、スティーブ・スワローらのグループで活躍したという。彼の大きな功績は、ビル・フリーゼル、ジョン・スコフィールド、マイク・スターンなど、錚々たるギタリストを育てたことにあるようだ。芸風は派手さを避けた知的で繊細なスタイルで、ハーシュとの相性も良い。アルバム全体には動きがあるものの抒情的な雰囲気が漂い、これまでリリースされなかったことが不思議に思えるほどだ。驚いたのは、ハーシュがかなり饒舌なピアノを弾いていることだ。現在の彼は抒情的ながら寡黙なスタイルなので、そのイメージで聴くと意外に感じられる。当時は音数の多いスタイルだったが、病気などを経て大きく芸風が変化したのだろう。個人的には初期のロジャース曲集を愛聴していたが、その後長いブランクを経て現在のスタイルに接したため、なおさら驚きが大きい。タイトル曲の「Feebles, Fables & Ferns」は、Feebles(弱々しいもの)、Fables(寓話)、Ferns(シダ植物)という単語を並べたもので、特別な意味はないようだ。やや速めのテンポによる抒情的な作品で、ギターとピアノの掛け合いが聴き手を優しく包み込む。聴き終えた後には幸福感が残る。近年スタンダード化しつつあるスティーブ・スワローの「Falling Grace」も、アドリブの応酬から始まり、最後にテーマが現れる構成だ。楽器編成は異なるものの、チック・コリアとゲイリー・バートンのデュオを思わせる熱のこもった演奏で、実に素晴らしい。次の曲は、グッドリックの「Away 10」とスワローの「Amazing」のメドレーだ。ゆったりとしたテンポで慰めに満ちたメロディーが流れ、心安らぐひとときを味わえる。4曲目の「Five Excursions」は、アルバム最長となる9分余りの作品。フリー・インプロヴィゼーションによる演奏で、5つの部分に分かれているようだ。無調的に聴こえるが、クラシック音楽のような厳格さや冷たさを感じさせるほどではない。その中でピアノはかなり冷たく聴こえる一方、ギターにはそこまでの冷たさがなく、そのため緊張感はあまり強くない。ユニークでなかなか興味深いトラックだ。スタンダードの「Out of Nowhere」は、速いテンポによるフリーフォームの掛け合いが続き、最後にテーマが現れるしゃれた構成で、テーマが現れた瞬間に思わずニヤリとしてしまう。ハーシュの「Heartsong」は、まるでメセニーの作品を思わせるような、アメリカの田園風景を連想させる懐かしさを湛えた曲で、心温まる演奏となっている。マル・ウォルドロンの「Soul Eyes」は、ミディアム・テンポによるさらりとした表現ながら、しみじみとした情感が込められている。通常のバラードとは一味違う、リズミカルなピアノのコンピングが心地よい。ということで、軽量級の作品ながら、これまで未発表だったとは思えないほど完成度の高いアルバムだった。ジャズに安らぎを求める聴き手なら、期待を裏切られることはないだろう。Gary Burton Quintet 1974 feat. Pat Metheny, Mick Goodrick, Steve Swallow, Bob MosesMick Goodrick,Fred Hersch:Feebles, Fables & Ferns(ECM ECM2876)24bit 88.2kHz Flac1.Mick Goodrick: Feebles, Fables & Ferns2.Steve Swallow: Falling Grace3.Mick Goodrick / Steve Swallow: Away 10 / Amazing4.Mick Goodrick & Fred Hersch: Five Excursions5.Johnny Green: Out of Nowhere6.Fred Hersch: Heartsong7.Mal Waldron: Soul EyesMick Goodrick(g)Fred Hersch(p)Recorded: August 1988, Classic Sound Studio, NYC
2026年06月24日
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クロノスカルテットのゴスペルの女王 マヘリア・ジャクソン(1911-1972)へのオマージュを記録したドキュメンタリー的なアルバム「Glorious Mahalia」を聴く。このアルバムは、単なるマヘリアのレパートリー集ではなく、語りを含む大変凝ったアルバムだ。アルバムは下記のように3部に分かれている。1. 1957年シカゴ・ライヴ(歌)2. 1963年Studs Terkelとのインタビュー(語り)3. 新録音のインタビュー(Clarence B. Jonesなど)前半はStacy Garropによる、マヘリアの語りを含んだドキュメント的な作品だ。単一の音源に基づくものではなく、複数の歴史的記録を編集・再構成したものらしい。後半は公民権運動に関するキング牧師の思想を題材にしたコラージュ的な作品だ。クロノスらしい政治的メッセージを含んだ刺激的な内容で、クロノスのファンには訴求力があるだろうが、純粋に音楽そのものを楽しみたい向きには必ずしも向かないだろう。筆者自身も好んでこうした作品を聴きたいとは思わないが、マヘリアの歌と同様に重厚な語りが強く印象に残った。多くの聴き手の関心は、マヘリアとクロノスがどのように融合しているかに向かうだろう。しかし、マヘリア本人の歌唱が聴けるのは「Sometime I Feel Like a Motherless Child」1曲のみで、やや肩透かしを食らう感はある。とはいえ、この1曲の説得力は圧倒的だ。ヴォーカルに絡みつくクロノスの濃厚なサウンドも強烈で、頻繁に用いられるグリッサンドはフィドル的な語法としてゴスペルによく馴染んでおり、極めて効果的に使われている。マヘリアの録音に含まれていたピアノ伴奏もそのまま使用されているようで、ヴォーカルとともに当時の雰囲気を伝えてくれる。その素朴な味わいは実に魅力的だ。仮に後から録音した伴奏を重ねていたなら、この雰囲気は生まれなかっただろう。マヘリア・ジャクソンのレパートリーの一つとして知られるAntonio Haskellのゴスペル曲「God Shall Wipe All Tears Away」のジェイコブ・ガーチクによる編曲は、1937年録音のEstelle Allenのオルガン伴奏を弦楽四重奏で再現することを発想の出発点としている。ヴィオラがマヘリアのヴォーカルを担い、他の3人がオルガンの和声を受け持つ構成とのことだ。オルガンを思わせる重低音が印象的だ。ザカリー・ジェームズ・ワトキンス(1980-)の「Peace Be Till」は、オークランドを拠点とする作曲家・電子音楽家による作品だ。ワトキンスは実験音楽、即興、電子音響の分野で活動しているという。キング牧師のスピーチライターだったクラレンス・ジョーンズ(1931-2026)のインタビューをもとにした「Peace Be Till」は、「キング牧師との出会い」、「キング牧師の演説の力」、「I Have a Dream演説が生まれた背景」、「公民権運動における音楽の役割」、「今日の社会正義への思い」という5部から成る。クラレンス・ジョーンズの野太く熱のこもった語りは圧巻だ。一方、音楽は存在感こそ大きいものの、語りに積極的に絡むというよりは脇役に徹している。音楽自体は比較的分かりやすいが、ときおり挿入される効果音は浮遊感を生み出しており、必ずしも効果的とは感じられない。むしろ弦楽器と語りだけで構成した方が良かったように思う。ヘリコプターのローター音を思わせる効果音が断続的に現れるが、ベトナム戦争を暗示しているのだろうか。アーカイブ音源を含め録音の質は大変良好だ。しかし、語りとその他の音響要素とのバランスはあまり良いとは思えず、扱いの難しい素材であることを感じさせる。ドキュメンタリーとして、あるいはサウンドそのものを楽しむ作品としては興味深く、試みとしても評価できる。ただし、政治的メッセージが前面に出ており、純粋に音楽作品として聴くには無理があると思う。Kronos Quartet:Glorious Mahalia(Nonesuch 7559-79137-2)24bit 96kHz Flac1. Stacy Garrop: Glorious Mahalia Hold on Stave in the ground Are you being treated right Sometime I feel like a motherless child This world will make you think6.Antonio Haskell(arr. Jacob Garchik):God Shall Wipe All Tears Away 7. Zachary James Watkins:Peace Be Till I.Doors of Justice / Black Thread(夢と正義の扉) II.Protest(抗議・デモ・社会運動) III.Copter(キング牧師とジョーンズの協働) IV.Symphony of Social Justice(社会正義の交響曲) Ⅴ.Tell 'em about the dream(未来への希望と継承)Kronos Quartet:David Harrington(vn)John Sherba(vn)Hank Dutt(va)Sunny Yang(vc)Mahalia Jackson(archival voice)Recordede 2022,Lucas Valley Rd, Nicasio, CA
2026年06月22日
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ここ数年続いているプレスティッジのマイルス・デイヴィスの年代別録音集シリーズ?の1956年版。例によってリマスター盤で、有名なマラソン・セッションに加え、ソニー・ロリンズが参加した1956年3月16日のセッション(Collectors' Items収録)の3曲が収められている。このセッションでは、ロリンズのすっとぼけた味わいのあるプレイ(特に「Vierd Blues」)が全体をリラックスさせており、マラソン・セッションの緊張感とのコントラストが顕著だ。ロリンズの円熟した音楽と、若々しいがまだ発展途上のコルトレーンの音楽の違いがよく分かるともいえる。個人的には『Collectors' Items』をまともに聴いたことがなかったので、興味深く楽しめた。マラソン・セッションについては、アナログ盤やCD、『The Legendary Prestige Quintet Sessions』(2006年)などで散々聴いてきたはずなので、新たな発見はなかった。しかし、改めて聴くとコルトレーンの出来がここまで不安定だったとは思っていなかった。現在では当たり前に聞こえるマイルスやガーランド、フィリー・ジョーの演奏語法も、当時は最先端の表現だった。この録音を評価するには、その後のジャズが、彼らの成果の上に築かれてきたことを踏まえる必要がある。今回はほぼ続けて聴いたが、全体としては普段着のセッションという印象だった。かつて正真正銘の名盤として喧伝されていた頃に聴いていた時とは、こちらの精神状態も明らかに違っているのだろう。良く言えば客観的な聴き方であり、悪く言えば現代の基準で聴いているともいえる。なお、曲順はロリンズのセッションが先頭に置かれているものの、マラソン・セッション部分はクロノロジカルな配列ではなく、『Cookin'』『Relaxin'』『Workin'』『Steamin'』の収録曲が混在している。Craft Recordingsは意図的に「アルバムとして聴かせる流れ」を重視して再編集したという。そのため、これらの録音を熟知している聴き手にとっては、かえって新鮮に感じられるかもしれない。昔は名演だと思っていたバラードが意外に平凡に聞こえ、その一方で「Half Nelson」「I Could Write A Book」、ロリンズ作の2曲などは勢いがあり、コルトレーンも懸命なプレイで周囲に引けを取らない演奏を聴かせていた。速いテンポの曲でのチェンバースのベースが凄いことに気づいたのも収穫の一つだ。名演の誉れ高い「Blues By Five」は現在の耳で聞いても良かった。個人的には、編集によってアルバムのイメージから解放されたためか、速いテンポの曲でのライブさながらの熱演の魅力を再認識させられた、という感想だ。リマスターによる音質向上はあまり目立たないが、音量を上げてもうるさくならず、SN比はかなり改善されている。ただし高域の抜けは今ひとつで、このあたりがリマスターの限界かもしれない。できれば大音量で聴いた方が、この演奏の真価は伝わりやすいと思う。特にバラードは全く別物に聞こえるとは思っていなかった。ただ、音量を上げるとマイルスよりコルトレーンの音量が大きく感じられ、結果としてコルトレーンの野暮ったさがかえって目立ってしまう。ガーランドのピアノはやや抜け切らない印象だが、フィリー・ジョーのドラムスはかなり鮮明に聴こえる。Miles Davis:Miles '56(Concord 7274564)24bit 192kHz Flac1.Dave Brubeck, Iola Brubeck : In Your Own Sweet Way2.Miles Davis : No Line3.Miles Davis : Vierd Blues4.Dave Brubeck, Iola Brubeck : In Your Own Sweet Way5.Erno Rapee, Lew Pollack : Diane6.John William Coltrane : Trane's Blues7.Jack Yellen, Herb Magidson, Sammy Fain : Something I Dreamed Last Night8.James van Heusen : It could happen to you9.John Gillespie : Woody'N You10.Ahmad Jamal : Ahmad's Blues11.Richard Rodgers :The Surrey With A Fringe On Top from Oklahoma!12.Richard Rodgers : It Never Entered My Mind from Higher and Higher13.Edward Heyman, Victor Popular Young : When I Fall In Love14.Kenny Clarke, John Gillespie : Salt Peanuts15.Miles Davis : Four16.Miles Davis : The Theme17.Miles Davis : The Theme18.Frank Henry Loesser : If I Were a Bell19.Thelonious Sphere Monk : Well, You Needn’t20.Thelonious S. Monk, Charles Cootie Williams, Bernard D. Hanighen : ‘Round Midnight21.Miles Davis : Half Nelson22.Harry Warren, Joe Young, Mort Dixon : You're My Everything23.Richard Rodgers : I Could Write A Book from Pal Joey24.Sonny Rollins : Oleo25.Sonny Rollins : Airegin26.Miles Davis : Tune Up27.Benny Carter, Spencer Williams : When Lights Are Low28.Red Garland : Blues By Five29.Richard Rodgers :My Funny Valentine from Babes in ArmsMiles DavisPaule Chambers(b)Sonny Rollins(ts track 1-3)Tommy Flanagan(p track 1-3)Paul Chambers(b track 1-3)Art Taylor(ds track 1-3)John Coltrane(ts track 4-29)Red Garland(p track 4-29)Philly Joe Jones(ds track 4-29)Recorded at Van Gelder Studio, Hackensack, NJ, on March 16, May 11, and October 26
2026年06月20日
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以前聴いて気に入った古楽グループのラ・タンペートの最新作を聴く。この団体は一応古楽アンサンブルに分類されるが、古楽を素材として用いながら、それを現代的な表現へと再創造するグループだ。合唱と器楽は曲ごとにさまざまな編成で演奏される。古い題材を扱いながらも、現代に生きるまったく新しいイメージの音楽を生み出しており、聴くたびに心を躍らせてくれる。今回はフラメンコとルネサンス音楽を融合させたプロジェクトだ。Bomba Flamenca(フラメンコの爆発)という少々物騒なタイトルだが、ベースとなるのはミサ曲で、そこにスペインやアフリカの伝承音楽が挿入される構成となっている。フラメンコが前面に出ているわけではないので、それを期待すると肩透かしを食うかもしれない。本作は、「中世スペイン → ルネサンス・スペイン → 地中海・アラブ文化圏の影響 → カール5世の死」という流れを、音楽によって描いた歴史絵巻のようなアルバムだ。副題は、このグループの音楽監督シモン=ピエール・ベスティオンが構想した「皇帝カール5世のための架空の追悼ミサ」。史実の再現ではなく、16世紀スペインの豊かな音楽文化を、レクイエムの典礼構造に沿って再構成した舞台作品とのことだ。カール5世は16世紀ヨーロッパ最大の君主の一人で、スペイン王であると同時に神聖ローマ皇帝でもあった人物だ。ジャケット写真は、皇帝の葬列が砂漠を静かに進む光景を思わせる。通常のミサ曲の間に挟まれた北アフリカ(第1曲)、アラブ・アンダルシア(第5曲)、セファルディー(ユダヤ系スペイン、第11曲)、モサラベ典礼(第12曲)のナンバーは、スペインや北アフリカの雰囲気を強烈に感じさせる。これらの曲がアルバム全体に鮮烈な印象を与えている。冒頭の「Taqsim(即興前奏曲)」では、バグパイプの持続低音、ドゥルツィアンの賑やかな響き、そして時折聞こえるサックバットの咆哮が織りなす、途方もないスケール感に度肝を抜かれる。特に気に入ったのは第11曲「Irme kero madre a Yerushalayim」。15世紀末にスペインから追放されたユダヤ人たちによって伝承されてきた歌で、旋律には日本の歌謡曲にも通じる親しみやすさが感じられる。伴奏もどこかチンドン屋を連想させて興味深い。第12曲「Vidi sub ara Dei」はモサラベ聖歌だ。グレゴリオ聖歌によく似ているが、スペイン固有の典礼音楽であり、その起源はグレゴリオ聖歌よりも古いとされる。タイトルからフラメンコ作品集を想像しがちだが、実際には純粋なフラメンコ・アルバムではない。それでも「フラメンコの源流」や「フラメンコ的な情熱」を感じさせる曲は随所にあり、第8曲、第9曲、第11曲、第17曲などがその好例だ。個人的には、第17曲「El fuego」の沸き立つようなリズム感が印象的だった。また、合唱と伴奏が一体となって躍動する第9曲「Ad mortem festinamus」(『モンセラート赤い写本』所収)も強く心に残った。第9曲はヴォーカル・ソロが次々と交代していく点も聴きどころだ。一方、通常のミサ曲のナンバーは単独で聴けば十分に優れた演奏だが、これらの強烈な個性を持つ楽曲に挟まれると、やや印象が薄くなるのはやむを得ないかもしれない。全体としては、スペインや北アフリカを思わせる荒々しく生命力に満ちた音楽と、ルネサンス期の静謐な音楽が融合した、不思議な魅力を持つアルバムだ。古楽やクラシックの愛好家よりも、むしろワールドミュージックや民族音楽に関心のある人に強く訴えかけるアルバムだと思う。何度か聴いているが、そのたびに新たな魅力を発見できる。味わうほどに奥行きの深さが感じられる、含蓄に富んだ優れたアルバムだ。Bomba Flamenca(Alpha Classics ALPHA 1216)24bit 96kHz Flac●PROCESSIO(入場行列) チュニス遠征、イタリア戦役、新世界遠征の記憶1. 北アフリカ伝承:《Taqsim(即興前奏曲)》2. クレマン・ジャヌカン/マテオ・フレチャ:《La Guerre(戦争)》抜粋 ~ 《La Bomba(爆弾)》抜粋●INTROITUS(入祭唱) 憂愁を抱えた皇帝(Requiem aeternam)3. ルイス・デ・ナルバエス:《Mille regres》千の後悔●KYRIE 敬虔な男の祈願と後悔(Kyrie eleison)4. クリストバル・デ・モラレス:Missa Mille regretz: Kyrie eleison》5. アラブ=アンダルシア伝承:Nawa athar●GRADUALE(昇階唱) 正しき者への永遠の光と記憶(Requiem aeternam)6. ニコラ・ゴンベール:Musae Jovis●TRACTUS 原初的恐怖に集団で立ち向かう(Absolve, Domine)7. 《カリクスティヌス写本》(パリのアルベール師作とされる):Congaudeant catholici 抜粋●SEQUENTIA(続唱) 五世紀に及ぶレコンキスタ(Dies irae)8. フアン・デル・エンシーナ:Una sanosa porfia9. 《モンセラート赤い写本》:《Ad mortem festinamus》10. トマ・クレキヨン:《Lamentationes hieremiae prophetae: Mem》●OFFERTORIUM(奉献唱) アブラハムに与えられた契約の約束(Quam olim Abrahae)11. セファルディー伝承:Irme kero madre a Yerushalayim12. 《シスネロス・モサラベ聖歌集》:Vidi sub ara Dei●SANCTUS 最後のカロリング皇帝の栄光と衰退(Sanctus & Benedictus)13. ペドロ・デ・エスコバル:《Missa pro defunctis: Sanctus & Benedictus》14. マルブリアノ・デ・オルト:《Lamentationes hieremiae prophetae: Gimel》●AGNUS DEI 不死か、それとも死後の生命か?(Agnus Dei)15. ペドロ・デ・エスコバル:《Missa pro defunctis: Agnus Dei》●COMMUNIO(聖体拝領唱) 慈悲と母性的優しさの力(Lux aeterna)16. アントニオ・デ・カベソンに基づく:《Magnificat》●ABSOLUTIO(赦祷) 最後の言葉:「主よ、炎から私を救いたまえ!」(Libera me, Domine)17. マテオ・フレチャ:《El fuego》18. クリストバル・デ・モラレスに基づく:《Parce mihi, Domine》La TempêteRecorded in March 2025 at Temple protestant du Saint-Esprit, Paris (France)
2026年06月18日
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マルタ・サンチェス(1983-)というマドリード生まれのピアニストによる、プリペアド・ピアノを用いたジャズ・アルバムを聴く。彼女はニューヨーク大学への留学を経て、現在はニューヨークを拠点に活躍するジャズ・ピアニストだ。デヴィッド・マレイ・カルテットのピアニストとしても知られている。今回のアルバムを含め、リーダー作は8枚を数える。今回のアルバムは初のピアノ・ソロ作品であり、しかもプリペアド・ピアノによるフリーフォーム的な演奏を収めた意欲作だ。フリーフォームではあるが打鍵は力強く、「Frost Bloom」に聴かれるように構造は堅牢で、セシル・テイラーを思わせる瞬間も少なくない。一方で、ときに柔和なフレーズも現れ、彼女のラテン的な感性もあって、難解な音楽という印象はまったく受けない。もっとも、プリペアド・ピアノゆえに雑音のような響きも交じるため、多くの聴き手の支持を得られる作品とは言い切れないだろうが、非常に興味深いアルバムだった。個人的には、「Inward Loop」や「Pygmora」で聴かれる、ガムラン音楽を思わせるシャンシャンと鳴るサウンドがやや耳についた。加工されていないピアノに近い響きの部分では、彼女の堅牢なピアニズムが際立つ。「Espejos」や「The Regret」のような、クラシック的で穏やかな曲調も魅力的だ。最後の「One for Blake」では、リズミックで明るい左手のテーマの上に、右手の鮮明な不協和音が重ねられる。それまで比較的柔和な雰囲気で進んできた流れに対し、終曲ではその緊張感が聴き手に強いストレスを与えるという凝った構成になっている。意図的な演出であることは理解できるものの、少なくともエンディングについてはあまり好ましいものとは感じられなかった。録音はまずまずだ。プリペアド・ピアノ特有の立ち上がりの速いサウンドのためか、ときおり歪みを感じる場面があり、それが少々気になった。Marta Sánchez:For The Space You Left(Out Of Your Head Records OOYH 043CD)24bit 96kHz FlacMarta Sánchez:1.Frost Bloom2. Inward Loop3. Snowing in the Woods4.Estalagtita5.Espejos6.Echolord7.The Regret8.Pygmora9.One for BlakeMarta SánchezRecorded February 2024 at Opus Studios, Berkeley, California
2026年06月16日
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スイスのヴォーカリスト、エリナ・ドゥニとイギリス出身のロブ・ルフトのギターによるデュオの新作『Reaching for the Moon』を聴く。このコンビでは『Lost Ships』(2020)、『A Time To Remember』(2023)に続く3作目となる。キャッチーなメロディーがあるわけではなく、ひたすら暗い――それが筆者の彼女のヴォーカルに対する印象だ。彼らのオリジナルは3曲収められており、前作までと同様の叙情的な路線を踏襲している。その中では、アコースティック・ギターやエフェクトをかけたエレクトリック・ギターが使われている「Foolish Name」で聴かれる、スパニッシュ風味のリズミックなギターが印象的だ。フランスのシャンソンに触発された「Magnolia」は、静かな中にほのかな甘い香りが漂うような夜の音楽。また、オリジナル以外の選曲も優れており、大変興味深い音楽が演奏されている。アルバニア・コソボの伝承歌、イタリアのカンツォーネ、フランス歌曲、ペルシャの子守歌、アメリカのスタンダード、日本映画音楽、フリージャズの名曲などが並ぶ。アルバム全体は世界を旅するような趣だが、思索的なテーマで統一されている。彼女の歌唱スタイルは曲によって大きく変わることはなく、例えていえば、すべてがドゥニ流に染め上げられているといったところだろうか。良し悪しは別として、高名な歌手が何を歌ってもその人自身の音楽になってしまうのと似ているかもしれない。前作までと同じく、ルフトのボリュームノブ操作によってアタック音を消し、弦楽器のように音を立ち上げる「ボリューム・スウェル」というテクニックが多用されている。亡くなった恋人を思いながら、月明かりの港で死を待つ老人を描いたナポリ方言のイタリア歌曲「Cammina Cammina」は甘く切ない。一方で、コソボ民謡「Ani More Nuse」のように、ドゥニのパーカッションが加わったリズミックな曲もある。この曲では、ルフトのギターによるコンピングも気が利いている。イランの歌手・作曲家マフサ・ヴァフダットの「Leili Lullaby」は、オリエント・ムードあふれる楽曲で、ペルシャ語で歌われている。子守歌でありながら太鼓が入るところが意表を突くが、イランの子守歌ではそれほど珍しいことではないらしい。1936年にコソボのプリズレンで生まれたアルバニア系作曲家アキル・コチの「Zambaku i Prizrenit(プリズレンの百合)」は、民族音楽の香り高い佳曲だ。最後のオーネット・コールマンの「Lonely Woman」は、テンポを落として幻想的な世界を描いている。その後テンポが上がると、打楽器とスキャットが加わり、楽曲に新たな表情を与える。ということで、最初はそれほど強い印象を受けなかったが、何度か聴くうちに彼女の独特な音楽観の良さが伝わってきた。そして、本作が前2作とは段違いに優れた内容であることも分かった。今後もこの独自の路線を貫きながら、聴き手を楽しませ続けてほしいと思う。Elina Duni & Rob Luft: Reaching for the Moon(ECM 2866)24bit 88.2kHz Flac1. Irving Berlin: Reaching for the Moon2. Pino Daniele: Cammina Cammina3. Gabriel Fauré: Les Berceaux4. Traditional (Kosovo): Ani More Nuse5. Elina Duni, Rob Luft: Foolish Flame6. Mahsa Vahdat: Leili Lullaby7. Akil Koci: Zambaku i Prizrenit8. Shigeru Umebayashi, Krzysztof Komeda: Yumeji's Theme / Sleep Safe and Warm9. Elina Duni, Rob Luft: Magnolia10. Elina Duni, Rob Luft: Your Arms11. Ornette Coleman, Margo Guryan: Lonely WomanElina Duni(vo,perc.)Rob Luft(g)Recorded June 2025 at Studios La Buissonne, Pernes-les-Fontaines, France
2026年06月14日
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