お昼すぎ、手術した右目にガーゼが当たったままで帰宅。
次回通院は8日。それまでガーゼをつけたまま、片目の生活が続く。
主人が退院したので、我が家は1日遅れのお正月。
今回、初めておせち料理を買った。
昨年の秋ごろ、インフルエンザが大流行していた。
この調子で、年末にインフルもコロナも大流行していたら、大混雑のスーパーで感染するかもしれない。
そのリスクを減らすという名目というか口実で、おせち料理を注文してみた。
プロのおせちは、こんなに美味しいのか。
大満足。
年に1回ぐらい、こんな贅沢っていいかも。
来年も注文してみたい。
ただ、驚いたことに、黒豆だけは、自分で作った黒豆の方が自分にとっては美味しい。
結婚して最初のお正月、おせち料理というものを人並みに作れなきゃいけないと思った。
NHK「きょうの料理」の本を見ながら、メモしながら、VHS録画しながら、頑張った。
それまでろくに食べたこともないのに、初めて作った黒豆は、めちゃめちゃ美味しかった!
あんな家庭に生まれ育ち、学校でも職場でもいじめられ、人より劣った私だって、頑張ればできるんだ。
ものすごい成功体験になった。
この成功体験で味を占めて、私でも頑張れば何でも何とかなると、今から思い返せば何ともならないことまで頑張りすぎて、挙げ句、うつ病になってしまった。
毎年、年末になるたび、そんなこんなを思い出す。
うつ病に、そして精神障碍者になり、おせち料理全般は作れなくなった。それでも黒豆だけは毎年作り続けてきた。
まさか、そんな黒豆が、あれだけ美味しいおせち料理を作られたプロの黒豆よりも(私と主人にとっては)美味しいなんて。びっくりだった。
あの時、「虐待家庭で、まともにおせち食べたこともない私に、作れるわけがない」と諦めることもできた。
それなら、うつ病にはならなかったかもしれない。虐待トラウマはどうしようもないから、やっぱり何らかの形で何らかで治療につながって、やっぱり精神障碍者にはなっていたかもしれない。
あの時に頑張ったから、今も美味しい黒豆を作れる。食べながら、頑張って良かったな、と改めて思った。
或いは、あの時そうやって頑張って良かった、と思える人生を歩んでこれた、ということかもしれない。
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