別ヴァージョンの人間史 by はやし浩司

別ヴァージョンの人間史 by はやし浩司

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2024.12.29
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++++++++++++++++++++++++はやし浩司
●2人目の孫
+++++++++++++++++
家の広さ基準は、国によって、みな
ちがう。
しかしアメリカ人がもつ基準は、ケタ
はずれに、大きい。つまりアメリカ人
の家は、大きい。
+++++++++++++++++
 アメリカに住む二男が、こんな日記(BLOG)を書いた。今度、2人目の子どもが生まれること
になったが、それについて、だれかが、「こんな(狭い)家で、2人も育てるの?」と言ったそう
だ。
 それについて二男は、こう思ったそうだ。「日本の基準で考えたら、広すぎるほど、広いのに」
と。
 たしかにアメリカでは、広さの基準そのものが、ちがう。当然、家は、大きい。若いころ、こん
な失敗をしたことがある。
 「ぼくの家は、2階建てだ。階段がある」と手紙を書いたら、そのアメリカ人は、かなり大きな
家を想像してしまったようだ。アメリカで「階段」というと、映画『風と共に去りぬ』に出てくるよう
な、幅の広い、あの大きな階段をいう。
 が、日本の家の階段は、階段ではない。あえて言えば、ハシゴ? 二男のワイフ(アメリカ人)
が、私の家に来たときも、「日本の階段は急で、こわい」と言った。それではじめは2階に寝室
を用意していたが、急きょ、1階にある部屋に、寝室を移してやった。
 基準がちがう。まったく、ちがう。そのアメリカ人は、つまりかなり大きな家を想像してしまった
アメリカ人は、多分、ずっとあとになって私の家が、とんでもないほど小さいのを知って、驚いた
にちがいない。礼儀正しいアメリカ人だったから、それを口に出して言うことはなかったが…
…。
 ともかくも、2人目の孫が、来年には生まれる。そこでふと考える。「アメリカでは、一人前の
生活をするのも、たいへんなことだな」と。が、ここで誤解してはいけないことは、アメリカでは、
家が、安い。プラス土地が安いから、その分だけ、大きな家を建てることができる。
 それに日本のように、広さに応じて税金が高くなるとか、こまかい建築基準法というのがな
い。もちろん地震対策など、考えなくてもよい。いつだったか二男がこう言ったのを覚えている。
 「アメリカでは、1200万円も出せば、豪邸を買うことができる」と。近所の小さな空き地(30
坪くらい)に、「売り地、1200万円」という立て札が立ったいるのを見たときのことである。
 もっとも広い、狭いということになれば、G県の郷里に帰るたびに、私は、こう思う。「よくもま
あ、こんな狭い土地に、何百軒も家がひしめいているな」と。正確に調べたわけではないが、ど
の家も、20~30坪程度の敷地に、ほとんどすき間なく軒をつらねている。私が今住んでいる
町内だけで、あの町全体が、すっぽりと入るのではないか?
 つまりこうした感覚というのは、あくまでも相対的なもの。アメリカ人から見れば、私の家は狭
い。しかし私の家から見れば、郷里の家々は、狭い。が、『住めば都』とは、よく言ったもの。私
にとっては、今住んでいるここが、一番、気に入っている。
 だからアメリカ人の家がうらやましいとは思わないし、反対に郷里の人たちが、かわいそうだ
とも思わない。そういう点では、人間は、フレキシブルにできている。それに悪いことばかりでは
ない。人口密度が濃密である分だけ、人間関係も濃密。私の郷里では、隣り近所が、みな、親
戚といった感じがする。
 さてさて、2人目の孫は、どうするのだろう。より広い家を、二男夫婦も、当然、考えていること
だろう。二男夫婦のためというよりは、その孫のために、何とかしてやりたい。そんな気持ち
は、強いが……。
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++++++++++++はやし浩司
最前線の子育て論byはやし浩司(014)
●スパムメール
++++++++++++++++++++++
スパム・メールが、じゃかすか、やってくる。
最近では、「連絡、ありがとうございました」
「お待たせしました」「先日は、ありがとうご
ざいました」という、どこか、思わせぶりな
ものが多い。
身に覚えがないから、「バカめ」と言って、そ
のまま削除することができるが、そうでない
人は、そうではないだろう。
+++++++++++++++++++++++
M社のウィルス・ソフト対策コーナーを読むと、こうしたスパム・メールへの対策法として、つぎ
のようにある。
(1)絶対に、相手にしてはいけない。相手にすれば、あなたのアドレスが生きていることがわか
り、さらに転売の対象になる。
(2)公開するメールアドレスは、フリーメールアドレスを使え、などなど。
 そこで私のアドレスを、Y社の検索にかけてみた。で、驚いたことに、私のアドレスを公開して
いるサイトがいくつかあるのがわかった。
 さっそく、削除を申し込む。「どうしてこんなことが、私の了解もなくできるのだろう?」と考えて
も、あまり意味はない。幸いにも、その中のいくつかは、私が削除を申し込むと、すぐそれに応
じてくれた。悪い人たちばかりではない。
 そこで(3)番目の対策として、どこかのだれかから、リンクの申し込みがあっても、それに安
易に応じてはいけないということ。一度、「OK」すると、あとはそのまま自由勝手に使われてし
まう。アドレスを使うとしても、M社の注意書きのように、フリーのメールアドレスを使うのがよ
い。
 そうそう数週間前だが、こんなのもあった。
 「あなたのHPを、もっと多くの人に読んでもらいたいと思いませんか。ついては、当サイトに、
あなたのHPを登録してください。○×・HP登録センター」と。
 で、メールを開いてみると、HPのアドレスのほか、簡単な自己紹介文、住所、名前、電話番
号、それにパスワードまで、記入するようになっていた。パスワードは、紹介文を修正、訂正す
るためのものだそうだ。
 「?」と感じたので、そのまま削除。思わず、ひかかってしまうとこころだった。HPの紹介だけ
なら、住所や名前、電話番号など、いらないはず。そこでその「紹介サイト」なるものを開いてみ
たが、「目下、制作中」とあるのみ。まだ、だれも登録していないことがわかった。(あるいは、
最初から、制作などしていないのかもしれない。)
 この世界、本当に油断もスキもあったものではない。みなさんも、くれぐれも、ご注意のほど
を!
(付記)
 加えて、こうして名前とHPを公開しているため、心ない人からの、いやがらせも、多い。今朝
もあった。
 京都で起きた、塾講師(D大学学生)による、小学生の殺傷事件をにおわせながら、「林さん
のところでも、事件が起きることを楽しみにしています」と。
 掲示板からは、相手のプロバイダーの名前までしか追跡できないが、掲示板に書き込むた
めには、一度、私のHPを経由しなければならない。そのHPを経由したとき、私のほうで、プロ
バイダーと、個人を特定するIP番号などが、把握できる。ついでに過去に何回、私のHPへアク
セスしたかもわかる。
 本人は、匿名のつもりなのだろうが、その気になれば、さらに詳しく調べることもできる。しか
し、そういう人は、相手にしない。削除して、忘れる。
 文句があるなら、堂々と名前を名のってから言え!、……と私は考えるが、みなさんは、どう
思うだろうか?
(付記2)
 私も最初のころは、こうした書き込みについて、かなり不愉快な思いをした。しかしそういうも
のをいちいち気にしていたのでは、先に進めない。中には、(ほとんどの人がそうではないかと
思うが)、こうした書き込みがあると、そのままHPや掲示板を閉じてしまう人がいる。
 しかしここでくじけてはいけない。くじけたら、負け。これはインターネットのもつ、欠陥(けっか
ん)のようなもの。あるいは、善の道を妨げる、イバラのようなもの。前に進めば進むほど、こ
の種の、心ない人からのいやがらせがふえる。
 が、それも2つ、3つ……と重なってくると、そのうち免疫性ができてくる。気にならなくなる。1
00人の読者がいれば、そのうち、1%の1人には、頭の「?」な人がいる。1000人の読者が
いれば、そのうち、0・1%の1人には、さらに頭の「?」な人がいる。
 そういう頭の「?」な人に、負けてはいけない。
 先日もここに書いたのと同じようなエッセーを書いた。それについて、「私も、私のHPの掲示
板に、悪意に満ちた書き込みをされて、いやな思いをしています」というメールをもらった。M県
に住む、Eさんという女性からのものだった。
 Eさん、負けてはだめですよ。無視して、削除。あとは忘れる。このタイプの「?」な人には、無
視するのが一番です。何を書いてきても、ただひたすら無視、です。
(付記3)
 こうした書き込みをする人は、インターネットのもつ匿名性を悪用しているわけだが、その分
だけ、心のゆがんだ人とみてよい。いじけやすく、ひがみやすく、おく病で、その上、卑怯。自己
優越性が強く、ものの考え方が、自己中心的。そのため、友人の数は、恐ろしく、少ない。家族
の中でも、孤立しているのでは?
 しかし自分では、そうは思っていない。それに気づくこともない。心の中は、いつも暗く、ジメジ
メと湿っている。少し昔には、無言電話というのがあった。受話器を取ると、すぐ電話を切って
しまうというのが、それ。こうした書き込みをしてくる人の心理は、その無言電話をかけてくる人
のそれに、共通している。
 (今は、ナンバーディスプレイ方式という便利な電話機が開発されて、この無言電話によるい
やがらせは、ほとんどなくなった。)
 もともと相手にしなければならないような連中ではない。そう考えて、Eさん、負けてはだめで
すよ! 今にインターネットの世界でも、電話機のナンバーディスプレイ方式のようなものが、
開発されると思います。今は、その過渡期かな?
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++++++++++++はやし浩司
●シャワートイレ
 私の隠れた趣味。それは、用をすますたびに、トイレをピカピカにみがくこと。その中で、弁当
を食べられるほどまでに、みがく。
 それについては、前にも書いた。
 で、そのトイレ。実は、シャワートイレ。今どき、珍しくもなんともないが、はじめてそれを見た
のは、リオデジャネイロ(ブラジル)のホテル。何でもその1か月前に、あの田中角栄氏(元総
理大臣)が泊まったとかいう、リオデジャネイロでも、由緒あるホテルだった。もう30年も前のこ
とである。
 そのホテルのトイレに入ったときのこと。用をすまして横を見ると、大きなレバーが二つもある
ではないか。私はどれが何だか分からなかったので、1つのレバーを、思いっきり、下へさげて
みた。
 とたん、便器の下から、噴水のような水が噴きあげてきた。ものすごい勢いである。私はそれ
にびっくりして、トイレから走りだしてしまった。
 以来、シャワートイレを使うたびに、あの日のことを思いだす。
 このシャワートイレ。いろいろな使い方がある。ちまたには、腸内洗浄とかいう健康法がある
そうだ。そのための器具もいろいろ市販されている。要するに、腸内に温水(薄い塩水)を、流
しこみ、腸内を洗浄するというもの。
 しかしシャワートイレがあるなら、わざわざそんなものを買わなくても、トイレの中で、腸内洗
浄ができる。どうやってするかについては、多分、すでにみなさん、経験済みだと思うので、ここ
には書かない。(あまり、美しい話ではないので……。)
 そこである日、私は、一体、どれだけの水が腸内に入るか、たしかめてみたことがある。方法
は簡単。
 まず、前もって、体重を測定しておく。つぎに、シャワートイレを流しながら、腹が痛くなるまで
がまんする。最初はボコボコという音が、腸のあちこちから聞こえてくる。が、それも一巡する
と、キリキリと腹が痛みだす。腹の左下を押さえてみると、水(実際には温水)が、パンパンに
つまっているのがわかる。「もう、だめだ」という限界まで、がまんする。
 その状態で、体重計の上に乗ってみる。ふえた分が、水の量ということになる。つまりこうして
腸内に入った水の量を知ることができる。
 で、私のそのときの実験では、約1・5キロ! 何と、1・5リットルもの水が入ったことがわか
った。たいへんな量である。もう少しで2リットル。
 さらに私は、こんな実験もしてみた。その状態、つまり、腸の中がパンパンになった状態で、ト
イレの外で、逆立ちをしてみる。そうすれば理屈の上では、水は逆流して、大腸全体に回るは
ずである。
 その状態で腸内の水を排出すれば、大腸全体が、美しくなる。が、これは失敗だった。その
あとすぐ、船に酔ったみたいに、ムカムカと気持ち悪くなった。逆立ちしたのが原因なのか、そ
れとも、腸内に水を大量に入れたのが原因なのかはわからない。ともかくも、気持ち悪くなっ
た。
 で、この実験は、失敗。(こうした実験も、医学発展のため。)
 こうして私は、日々に、腸内を洗浄している。そこで私はある日、ワイフにこう言った。「ぼくの
腸ね、切ってホルモン焼きにしてもいいほど、きれいだよ。そのまま焼いて食べられるよ」と。
 そのせいかどうかわからないが、最近では、腸内のどこに、どの程度の、カスがあるか、それ
がわかるようになった。腸の中の様子が、よくわかるようになった。つまりこれも私の隠れた趣
味ということになる。つまり腸内洗浄が、である。
 方法は……。やはりここには、書けない。みなさんも、どうか努力して、その方法をさがしてみ
てほしい……、と書いたところで、こんなこともあった。
 シャワートイレの話を、あるとき、私の生徒たち(当時、小2)に話すと、M君が、こう言った。
「シャワートイレを使うと、お尻の穴の中に水が入るんだってエ。ママが、そう言っていた」と。
 つまりすでに、みなさん、ご存知のとおりということになる。しかしトイレもピカピカ。腸の中もピ
カピカ。とてもさわやかなよい気分。今は、そのよい気分。
 バカな話を書いて、ごめん!
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++++++++++++はやし浩司※
最前線の子育て論byはやし浩司(015)
●老いるとは……
++++++++++++++++++
周囲の人たちが、どんどんとバカに
なっていく。ものの道理が通じなく
なっていく。こまかい、繊細な話が
できなくなっていく。
老いるということは、そういうこと。
それが私を、さみしくさせる。
++++++++++++++++++
 老人イコール、人格の完成者というのは、ウソ。まったくのウソ。幻想。人は老いれば老いる
ほど、愚かになる。どん欲になる。自分勝手になる。ごう慢になる。がんこになる。わがままに
なる。そしてバカになる。
 自分がその(老い)の戸口に立ってみて、それがはじめてわかった。つまり今までは、「老人と
いうのはそういうもの」と、心のどこかで一線を引いて、老人を見ていた。老人を私たちの世界
の外に置いて、老人をながめていた。現在、若い、あなたも、多分、そうだろう。「私には、老い
は、関係ない」と。
 しかしこのところ、老人を見ればみるほど、心がさみしくなる。それは自分が老いるからでは
なく、まわりの老人たちが、自分からどんどんと離れていくのを感ずるからである。中には、何
を話しても、ヘラヘラ、ニタニタと笑っているだけ。こちらの話が、まるで通じない老人もいる。
 「私も、そういう世界へ、入っていくのか?」と思うだけで、ツンとしたさみしさが、心をふさぐ。
 高い道徳や倫理など、もう望むべくもない。文化性そのものをなくす老人も、多い。その姿
は、欲におぼれた、餓鬼(がき)そのもの。一応、表面的には善人を装ってはいるが、それは
長年の知恵で身につけた、仮面のようなもの。身内や家族の者を前にすると、想像もできない
ほど汚い言葉で、ののしったり、怒鳴ったりしている。
 どうして老人は、老人になるのか。単純に考えれば、身体面の衰えが、そのまま精神面の衰
えにつながるということになる。が、しかし本当にそれだけだろうか。
 私は、老人になればなるほど、その人が本来的にもつ(地)が、表に出てくるためではないか
と思う。若いうちは、そうした(地)を、気力でカバーすることができる。しかし老いれば老いるほ
ど、その気力が弱くなり、(地)をカバーすることができなくなる。
 こんな例がある。ある女性(現在、60歳と少し)は、50代のころから、近所のひとり暮らしの
老人の世話をしていた。献身的な世話だったという。そういう老人のために、役所へ届ける書
類を作成してやったり、ときには、買い物もしてやったりしていたという。
 しかし自分の母親が他界、残された父親が認知症になったとたん、様子が変わった。周囲の
人たちは、当然、その女性が、その父親のめんどうをみるものとばかり思っていた。しかしその
女性は、父親をすぐさま、精神病院へ入れた。もともと父親との折りあいが悪かったこともあ
る。母親が他界したあと、父親を虐待していたという、うわさもある。
 そして3か月が過ぎると、今度はそのまま別の老人専用施設に入居させてしまった。だからと
いって、その女性を責めているのではない。それぞれの家庭には、外からはうかがい知ること
のできない、複雑な事情がある。
 が、近所の人たちは、そのあまりの(落差)に、驚いた。老人思いのすばらしい女性から、老
人を毛嫌いするただの女性へ、と。
 よくよく考えてみると、もともとその女性は、その程度の女性ではなかったのかと思う。心理学
の世界にも、「愛他的自己愛」という言葉がある。自分をよく見せるために、他人を愛している
フリをして見せることをいう。よくどこかのテレビタレントが、その団体に頼まれて、慈善活動を
して見せるのが、それ。
 その女性も、それまでは、近所のひとり暮らしの老人の世話をしていた。しかしそれは、その
老人のためというよりは、まわりの人たちに、すばらしい人と思われたいがため、そうしてい
た。が、身内にそういう老人ができると、一変した。道楽で、老人を介護するのと、追いつめら
れて介護するのとでは、中身は、まるでちがう。
 そこで俗な言い方をすれば、「化けの皮がはがれた」ということになる。つまりここでいう(地)
が表に出てきた。
 そこで改めて、(老い)について考えてみる。
 私たちは、自分の気力を過信するあまり、その奥に潜む(地)にあまりにも、無関心でいすぎ
るのではないだろうか。「私は善人だ」と思っている人でも、本当のところは、そういうフリをして
いるだけではないだろうか。わかりやすく言えば、自分をごまかしているだけ。
 しかしその(地)を変えるのは、容易なことではない。毎日、心の中に、ある種の緊張感を保
ちながら、常に前向きに生きていかねばならない。自分をみがいていかねばならない。仏教の
世界でも、それを「精進(しょうじん)」という。
 「私は完成された」と、うぬぼれたとたん、そこを頂点として、あっという間に、またもとの俗世
間へとたたき落とされてしまう。それは何度も繰りかえすが、健康法に似ている。
 究極の健康法などない。また究極の健康法を極めたからといって、その人がそのあと、一
生、健康ということもない。同じように、究極の精神鍛錬法というのもない。「私は悟った」と、う
ぬぼれたとたん、そこを頂点として、またもとの俗世間にたたき落とされてしまう。
 そういう意味では、年をとればとるほど、脳みその底に穴があく。そしてその穴は、年々、大
きくなることはあっても、小さくなることはない。知識や知恵、経験は、その穴から、どんどんと
下へこぼれ落ちてしまう。
 そしてやがて、その人の(地)が、表に出てくる。もともと邪悪だった人は、そのまま邪悪にな
る。
 悲しいかな、すでに60歳前後の人でも、どこか鈍くなってしまった人となると、いくらでもい
る。会話そのものが、かみあわない。通俗的な世間話はできるが、それ以上の会話ができな
い。会話そのものが、はずまない。思考力そのものが低下しているから、ものの考え方が、短
絡的。
 「林君、何だかんだと言ってもだよ、金だよ、金。金が、大事だよ」
 「K国なんか、あんた、戦闘機で、バンバン攻撃してやればいいんだよ」
 「あのね、女なんかに、力をもたせてはいけないよ。女は家庭に閉じこめておけばいいの」
 「幼児教育なんてものはね、必要ないの。だれだってそんな教育、できるでしょう」と。
 では、どうするか。老いを迎える私たちは、どうしたらよいのか。
 やはり「精進」という言葉に、私は、行き着く。
 脳ミソの穴から、知識や知恵、経験がこぼれ落ちていくなら、その落ちていく分以上のもの
を、補給する。(地)があまりよくないというのなら、その(地)と戦う。戦って、戦って、戦いぬく。
 健康法で言えば、毎日の運動は欠かさない。一日、一度は、汗をかく。暑くても、寒くても、そ
れをつづける。「今夜は寒いから、やめた」というようであれば、健康を維持することはできな
い。
 同じように、精神面では、考える。考えて、考えて、考えぬく。そのためには、私は、ものを書
くのがよいと思うが、ものを書くだけではない。本を読んだり、絵を描いたりすることでもよい。
音楽を聞いたり、旅行をするのもよい。何らかの方法で、いつも、前向きに生きていく。新しい
ことを見つければ、どんどんとそれに挑戦していく。
 こうして考えていくと、「老いる」ということは、自分の敗北を認めること、ということになる。つ
まり私たちが「老人」と呼んでいる人は、その敗北者ということになる。そこで言いかえると、70
歳になっても、80歳になっても、元気で飛びまわっている人は、老人ではないということにな
る。同じように、70歳になっても、80歳になっても、「精進」を繰りかえしている人は、老人では
ないということになる。
 老人は老人になってはじめて、老人になる。老人であっても、老人でなければ、いつまでも、
老人ではない。わかりやすく言えば、そういうことになる。
(はやし浩司 老人 老人論 老いとは 老いとは何か 老人とは何か)
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++++++++++++はやし浩司
●言葉を反復する子ども 
++++++++++++++
いちいちこちらの言った言葉を
反復する子どもがいる。
反復しないと、こちらの言った
ことが、理解できないといった
ふう。
原因は、脳の中で、情報の伝達が
適切になされないためではないか。
教えていると、そんな印象をもつ。
++++++++++++++
 そのつど、こちらの言った言葉を、いちいち言葉を反復する子どもがいる。年齢を問わない。
たとえば先生との間では、こんな会話をする。
私「うさぎさんが、6匹いました。そこで……」
子「うさぎさんが、6匹?」
私「そうだよ、6匹だよ」
子「6匹、ね」
私「そこで、みんなに、帽子を1個ずつあげることにしました」
子「みんなに……?」「帽子……?」
私「そうだよ。みんなに、帽子だよ」
子「何個ずつあげるの?」
私「1個ずつだよ」
子「1個ずつ?」と。
 もう少し年齢が大きくなると、言葉の混乱が起きることがある。
私「1リットルのガソリンで、10キロ走る車があります」
子「何んだったけ? 10リットルで、1キロ?」
私「そうじゃなくて、1リットルのガソリンで、10キロ走る車だよ」
子「1リットルの車で、10キロ走る、ガソリン?」
私「そうじゃなくて、1リットルで……」と。
 このタイプの子どもは、少なくない。私の経験では、10人中、1人前後、みられる。特徴として
は、つぎのような点が観察される。
(1)こちらの言ったことがすぐ言葉として、理解できない。
(2)そのためこちらの言ったことを、そのつど、オウム返しに反復する。
(3)こちらの言った言葉に、すぐ反応することができない。
(4)全体に、軽度もしくは、かなりの学習遅進性が見られることが多い、など。
 私の印象としては、音声として入った情報を、そのまま理解することができず、それを理解す
るため、もう一度、自分の言葉として反復しているかのように見える。あるいは音声として入っ
た情報が、脳の中の適切な部分で、適切に処理できず、そのままどこかへ消えてしまうかのよ
うに見えることもある。脳の中における情報の伝達に問題があるためと考えられる。
 このタイプの子どもは、もちろん叱ったり、注意したりして指導しても、意味がない。またその
症状は、幼児期からみられ、中学生になっても残ることが多い。脳の機能的な問題がからんで
いると考えるのが正しい。
 ほかに、こんな会話をしたこともある。相手は、小2の子どもである。
私「帰るとき、スリッパを並べておいてね」
子「帰るとき?」
私「そうだよ。帰るときだよ」
子「スリッパをどうするの?」
私「スリッパを並べるんだよ」
子「スリッパを並べるの?」
私「そうだよ」
子「帰るとき、スリッパを並べるんだね、わかった」と。
 このタイプの子どもは、今のところ、そういうタイプの子どもであると認めた上で、根気よく指
導するしかほかに、方法がないように思われる。
(はやし浩司 言葉を反復する子ども 言葉を反復する子供 言葉がすぐ理解できない子ども
 言葉の反復、反復児 言葉を反復 はやし浩司)
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++++++++++++はやし浩司
最前線の子育て論byはやし浩司(016)
【近況・あれこれ】
●薄着で散歩 
 しばらく見かけなかった。が、久しぶりに通りで見ると、その老人は、薄いセーター1枚で、外
を歩いていた。セーターの下には、シャツ1枚。シャツを見たわけではないが、そんな感じだっ
た。その老人は、80歳と少し。
 ここ数日、日本列島を、猛烈な寒波が襲っている。全国的に雪模様。九州南部でも、みぞれ
が降ったという。寒いというよりは、身を切るような冷たさ。そんな中での、散歩である。
 かたや私は、マフラーに皮ジャン。手には分厚い手袋。その元気そうな様子にすっかり感心
して、そのことをワイフに話すと、ワイフは、こう言った。
 「あら、あなた知らないの? あのXさんね、認知症だそうよ」と。
私「認知症?」
ワ「そうよ。だからこんな寒い日に、そんなかっこうで歩くのよ」
私「認知症の老人が、服をたくさん着るという話は聞いたことがある。しかし薄着になるという話
は、聞いたことがない」
ワ「ううん、ときどき、いるそうよ」と。
 そこでネットを使って調べてみると、たしかにそういう症状をもつ老人がいるそうだ。
 認知症の特徴として、(1)記憶力の低下(もの忘れがひどくなる)、(2)自己認知力の低下
(自分がどこにいるかわからなくなる)、それに(3)判断力の低下(何をすべきかわからなくな
る)があるそうだ。
 その判断力が低下してくると、夏でもセーターを着てみたり、反対に冬でも、薄着でいたりす
ることもあるそうだ。ナルホド!
私「あれじゃあ、すぐ風邪をひいてしまうよ」
ワ「そうね。だから老人は、よく風邪から肺炎になって、死ぬのよ」
私「奥さんは、どうしているの?」
ワ「聞いた話では、あのXさんは、奥さんの言うことなど、もう何も聞かないそうよ」と。
 認知症といっても、定型があるわけではない。脳みそのどの部分の機能が低下するかによっ
て、症状も、万別ということらしい。Xさんは、恐らく前頭葉のどこかが、ダメージを受けているら
しい。それにしても、この寒い日に、薄いセーター1枚で外出とは!!
●単純なミスで400億円の損失
 詳しいいきさつはともかくも、東京証券取引所を介して、M証券グループが、400億円の損
失を出したという。
 400億円の損失!、……ということは、だれかがその400億円を、儲けたことになる。1等
が3億円のジャンボ宝くじなど、どこかへ吹き飛んでしまう。しかしここにネット取引のこわさが
ある。数字だけが一瞬のうちに、ひとり歩きを始めてしまう。そしてそれにつづく、つぎの瞬間に
は、すべてが決まってしまう。
 私もネット取引を、小遣いの範囲で楽しんでいる。が、それはたとえて言うなら、数字の遊び
のようなもの。その数字が勝手にふえたり、へったりする。100万円というと、たいへんな金額
だが、それは実生活での話。ネット取引の世界で、400億円と聞いても、ピンとこない。
 つまりお金というのは、実際、使ってみてはじめて、その価値が生まれる。たとえば私は、パ
ソコンの周辺機器の何かがほしくなると、ネットで株取引をして、その儲けで買うようにしてい
る。
 そのとき、たとえば10万円、儲けたとする。しかしモニター画面上で、いくらその数字をなが
めていても、実感がわかない。そこで証券会社へ出向き、カードを使って、その10万円をおろ
す。おろして、デジタルカメラを買う。
 そのデジタルカメラを買ったときはじめて、10万円の価値がわかる。が、そのとき、また別の
不思議な感覚にとらわれる。今度は反対に、株取引で儲けたという実感がわかない。10万円
といっても、札に名前がついているわけではない。仕事で儲けた10万円も10万円なら、株取
引で儲けた10万円も10万円。
 「もったいない」などと思う必要はないはずなのに、「2台ももって、もったいない」とか、「この
前、新しいのを買ったばかりではないか」と、自分で、自分を責める。
 で、その400億円だが、M証券グループにとっては、たいへんな額にちがいない。しかしその
実感がない。だから同情心も生まれない。むしろ反対に、その400億円を儲けた人たちを、う
らやましくさえ思う。私もそのとき、その株価を見ていたら、すかさず買いを入れたと思う。そし
てあとになって、「あの株価はまちがいでした。買いをキャンセルしてください」と、だれかに頼ま
れても、私は、多分、それに応じないだろう。
 それが「数字」の世界。その世界には、血も涙もない。考えてみれば、おかしな、おかしな、た
いへんおかしな世界である。
●浜名湖のうなぎ
 中学生たちが使う社会の教科書には、こうある。「浜名湖のうなぎ」と。
 つまりうなぎが、浜名湖の特産品ということになっている。しかしその様子は、ここ30年で大
きく変った。うなぎの子ども、つまりシラスウナギは、ほとんど取れなくなった。そのため養満鰻
業者も、そのほとんどが姿を消した。もちろん浜名湖でとれる自然産のうなぎなど、数が知れて
いる。
 現在、ほとんどのうなぎは、中国や台湾からの輸入品である。それを浜名湖周辺の工場で加
工して、全国へ出荷している。しかし嘆くことはない。
 もともと、浜名湖のうなぎといっても、明治以後、新興産業の1つとして生まれたもの。その産
業をおこしたのは、服部倉次郎という人だそうだ(「地図帳」青春出版社)。
 服部倉次郎は、もともと東京の深川というところで、うなぎの養殖をしていた。その服部倉次
郎が、どこかへ出張の折、列車の窓から、浜名湖を見て、うなぎの養殖を思いついたという。
 その浜名湖には、うなぎの養殖に適していたという。上述「地図帳」によれば、シラスウナギ、
水、それにエサが、浜名湖にはあった。その上、天竜川から運ばれてきた、砂地、さらに年間
をとおして、平均気温が、15度というのも、養殖に適していた。
 「地図帳」によれば、浜名湖は、東京と大阪のちょうど中間点にあることも幸いしたとあるが、
それは何も、うなぎの養殖だけにかぎった話ではない。つまり浜名湖のうなぎといっても、意外
と歴史は浅い。だから時代の流れの中で、浜名湖からうなぎが消えたところで、それもまた、し
かたのないこと、ということになる。
 少し、残念な話だが……。
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++++++++++++はやし浩司
最前線の子育て論byはやし浩司(017)
●ADHD児
++++++++++++++++
ADHD児といっても、注意力散漫型
なのか、それとも、多動性型なのか、
2つに分けて考えるようになってきて
いる。
そして近年の傾向としては、多動性よ
りも、注意力散漫型、つまり注意力そ
のものに、障害があると考える学者が
ふえている。
++++++++++++++++
 最近の文献によれば、アメリカでは、ADHD児といっても、主に、つぎの3つのタイプに分けて
考えていることがわかる(DSM-IV,APA 1994)。文献などを見ていると、(ADHD、C)タイ
プとか、(ADHD、IA)タイプとかいうような表現方法をとっている。
(1)ADHD, Combines Type (ADHD,C)
(2)ADHD,Predominantly Inattentive Type (ADHD,IA)
(3)ADHD,Hyperactive Impulisive Type (ADHD, HI)
 ADHD児といっても、(1)注意力が散漫型なのか、(2)多動性型なのかによって、症状は、
大きくちがう。
 (ADHD、C)というのは、(DSM-IV;APA 1994)の診断基準のうち、注意力散漫項目の9項目
うち、少なくとも6個該当、衝動的多動性項目の9項目のうち、少なくとも6個該当する子どもを
いう。
 (ADHD,IA)というのは、(DSM-IV;APA 1994)の診断基準のうち、注意力散漫項目の9項目
うち、少なくとも6個該当するものの、衝動的多動性項目の9項目のうち、6個より少なく(5個
以下)、該当する子どもをいう。
 (ADHD,HI)というのは、(DSM-IV;APA 1994)の診断基準のうち、衝動的多動性項目の9項
目うち、少なくとも6個該当するものの、注意力散漫項目の9項目のうち、6個より少なく(5個
以下)、該当する子どもをいう。
 つまりADHD児といっても、(1)注意力散漫型+衝動的多動性のある子ども(ADHD、C)タ
イプ、(2)注意力のほうが散漫型で、衝動的多動性の少ない子ども(ADHD、IA)タイプ、(3)
衝動的多動性が強く、注意力散漫が、それほど顕著ではない子ども(ADHD、HI)タイプの三
つに分類されるということ。(「多動性をともなわない、注意力欠陥障害のある、注意力散漫型
タイプの子どもについて」 by J・M Wheeler & C・L Carlson、テキサス大学))
 近年は、学校教育の場でも、ADHD児といっても、注意力欠陥型なのか、多動型なのか、区
別して考えるようになっている。そのため、表記方法も、従来の「ADHD」から「AD・HD」という
ように、間に「・」を入れる学者も少なくない。
(参考文献)
Attention Deficit Disorder Without Hyperactivity:
ADHD, Predominantly Inattentive Type
By Jennifer Wheeler, M.A., and Caryn L. Carlson, Ph.D.
The University of Texas at Austin
+++++++++++++++++++++
In 1980, the third edition of the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM
-III) [American Psychiatric Association (APA), 1980] introduced a major change in the 
conceptualization of the childhood disorder that had previously been called "hyperkinesis" 
or "hyperactivity". Because experts had begun to speculate that attention deficits, rather 
than high activity level, might play a greater role in the problems of these children, the 
term "attention deficit disorder" (ADD) replaced the earlier diagnostic terminology. Along 
with this shift in diagnostic emphasis came the recognition that attention deficits could exist 
even in the absence of high activity level, and thus two ADD subgroups were defined: ADD 
with hyperactivity (ADDM) and ADD without hyperactivity (ADD/WO). While the ADD/H 
category was fairly consistent with previous definitions, the latter subtype represented 
essentially a new category, for which there was no previous counterpart. Thus, almost 
everything we know about ADD/WO is based on research conducted since 1980.
1980年に、DSM-III(精神障害の診断および統計的マニュアル)は、それまで「過剰行動」
あるいは「多動児」と呼ばれていた子どもについて、その概念を大きく改めた。
 というのも、専門家たちが、多動性よりも、注意力欠陥のほうに、注目し始めたからである。
そして「注意力欠陥障害(ADD)」が、これらの子どもたちにとっては、より大きな問題であると
わかった。
 そして多動性はなくても、注意力そのものに欠陥のある子どもがいることが、強調されるよう
になり、新たに2つのADD児タイプが、つけ加えられるようになった。
 多動性をともなう、注意力欠陥型タイプ(ADDM)と、多動性をともなわない、注意力欠陥タイ
プ(ADD/WO)の2つである。後者は、それ以前にはわかっていなかったという点で、新しい
カテゴリーを示す。
However, such a classification scheme led to problems in the field as it was inconsistent 
with previous research supporting a behavioral distinction between the ADD subtypes. In 
addition, it was problematic clinically, in that there was no particular symptom 
constellation required for a diagnosis of ADHD, thus allowing children who were previously 
diagnosed as having ADD/WO to be inappropriately included in the ADHD category1. In 
response to such difficulties, the most recent edition of the DSM (DSM-IV; APA 1994) 
returned to DSM-III-type terminology. Current criteria delineates two separate symptom 
lists, inattention and hyperactivity-impulsivity, and allows children to be classified into one 
of three categories based on the presence or absence of symptoms in each of these areas: 
ADHD, Combined Type (ADHD,C), which requires children to display at least six out of 
nine inattentive and six out of nine hyperactive-impulsive symptoms; ADHD, Predominantly 
Inattentive Type (ADHD,IA), which requires at least six out of nine inattentive symptoms 
and less than six hyperactive-impulsive symptoms; and ADHD, Hyperactive-Impulsive Type 
(ADHD,HI), which requires the presence of six out of nine hyperactive-impulsive 
symptoms and less than six inattentive symptoms. The ADHD,IA category is presumed to 
identify children diagnosed with DSM-III as ADD/WO, ADHD,C is thought to identify 
children given DSM-III ADDM or DSM-III-R ADHD diagnoses, and ADHD,HI is essentially a 
new category, presumed to identify extremely active children who do not display gross 
inattention. Although some of the research discussed below was conducted with children 
diagnosed as ADDM, ADD/WO, and ADHD, in this paper we will use the terms ADHD,C 
and ADHD,IA to refer to all attention-disordered children with and without hyperactivity, 
respectively.
●Activity Level(活動性のレベル)
ADHD-Cの子どもについては、しばしば、騒々しさ、興奮性、過剰行動性といった、行動的な
活発さをともなう。が、ADHD-IAの子どもについては。こうした行動的な活発さは、ずっと少な
い。
One area in which fairly consistent findings have emerged involves the "behavioral activity 
style" demonstrated by ADHD,IA children. While children with ADHD,C are often 
described as boisterous, impulsive, excitable, and overactive, children with ADHD,IA 
are much less likely to receive such labels. In fact, studies have found that children with 
ADHD,IA are often described as "hyperactive", i.e., they are likely to show "underactivity
" and be described as sluggish, lethargic, and daydreamy. This unexpected finding has 
generated some interesting speculation about the ADHD,IA subgroup and further 
distinguished them from their ADHD,C peers. While children with ADHD,IA typically do not 
differ in activity level from nondisordered children, they are most notably not impulsive, a 
key characteristic of children with ADHD,C. The so called impulsivity of children with 
ADHD,IA is typically more related to disorganization than the physical impulsivity of 
children with ADHD,C. For example, raters are more likely to endorse items such as an 
inability to complete tasks and poor organizational skills when rating children with ADHD,
IA, and items such as acts without thinking, shifts from one activity to another, and 
frequently interrupts others when rating children with ADHD,C. This distinction was 
clarified in DSM-IV when a factor analysis revealed that many of the DSM-III "impulsivity" 
items clustered with "hyperactivity", and others (e.g., "difficulty organizing tasks") 
clustered with inattention. This led to the current use of a single-symptom list for 
hyperactivity-impulsivity versus two separate listings (impulsivity and hyperactivity) used in 
DSM-III.
●Accompanying Disorders(付随する症状)
ADHD-Cタイプの子どもにも、ADHD-IAタイプの子どもにも、不随的な症状が見られる。A
DHD-IAタイプの子どもは、心配性や行為障害のような、いわゆる「内面性の外見化」の問題
は、あまり示さない。
一方、ADHD-Cタイプの子どもは、落胆感や心配性などの、いわゆる「心の内面的な」問題
を、より多く示す。
Research has shown that accompanying behavior disorders are likely to be found in both 
ADHD,C and ADHD,IA children. Thus, children with ADHD,IA are less likely to display "
externalizing" problems, such as aggression and conduct disorders. Some research also 
finds that among clinic-referred children, ADHD,IA children are more likely than ADHD,C 
children to display "internalizing" problems, such as depression and anxiety. This theory is 
supported by research conducted by Barkley and his colleagues (1990) who, using a clinic-
referred sample, found that the relatives of children with ADHD,C were more likely to 
suffer problems with substance abuse, aggression, and ADHD,C, than the relatives of 
children with ADHD,IA and nondisordered controls. In contrast, the relatives of children 
with ADHD,IA were more likely to have anxiety disorders than the relatives of children in 
the other groups. Still, findings on co-occurring internalizing problems between the ADHD 
subtypes are inconsistent. For example, a recent large-scale school-based study7 found 
that teachers rated ADD,C children as showing more anxiety/depression than ADHD,IA 
children. This finding led the authors to speculate that it may be only among ADHD children 
who are referred to clinics that this pattern of greater internalizing problems among ADHD,
IA children is displayed8. Thus, it may be that children with ADHD,IA who also display high 
levels of anxiety and/or depression are more likely to be referred to clinics than children 
with ADHD,IA alone. However, when identified in a general population, ADHD,IA children 
may not necessarily show greater levels of anxiety/depression than children with ADHD,C.
●Peer Relationships(仲間との関係)
全体的にみれば、ADHD児は、仲間の間で、人気がないという傾向があるが、ADHD-Cタイ
プの子どもと、ADHD-IAタイプの子どもとでは、様子が異なる。
 ADHD-Cタイプの子どものほうが、深刻(severe)であり、ADHD-IAタイプの子どもと比較
して、行動面で嫌われる傾向が強い。一方、ADHD-IAタイプの子どもは、社会的により引き
こもる(withdraw)する傾向が強い。
Since the problematic peer relationships of children with ADHD,C has been consistently 
found, it has been of interest to researchers to examine what, if any, peer relationship 
problems might characterize children with ADHD,IA. Of the studies that have examined this 
issue, the overall conclusion appears to be that both ADHD subtypes are less popular with 
their peers; however, the nature of their unpopularity seems slightly different9. For 
example, there is some evidence that the peer relationship problems of children with 
ADHD,C are more severe than those of children with ADHD,IA10. When rated by their 
peers, some studies find that children with ADHD,C are more "actively disliked" than 
children with ADHD,IA and nondisordered controls, whereas children with ADHD,IA are 
more "socially withdrawn". Based on these findings, some researchers have suggested that 
the nature of the ADHD subtypes' social deficits may, in fact, be qualitatively different. 
Using Gresham's (1988) model of social skills, Wheeler and Carlson (1994) proposed that 
children with ADHD,C may suffer from social performance deficits (i.e., they know what to 
do but do not use this knowledge appropriately), whereas children with ADHD,IA may 
suffer from deficits in both social performance and knowledge (i.e., they don't know what to 
do in social situations, thus they cannot use this knowledge appropriately). The authors 
further speculate that these deficits may be mediated by so-called interfering responses, 
which correspond to symptoms typically associated with the disorder. Thus, impulsivity and 
hyperactivity may prevent a child with ADHD,C from waiting his turn in line, even though 
he knows he is supposed to do so, and "sluggishness" and anxiety may prevent a child with 
ADHD,IA from participating in enough social interactions to learn the rules of the game. 
While this hypothesis has not been empirically tested, it clearly has important treatment 
applications. For example, if children with ADHD,C are found to possess adequate social 
knowledge, attention should be directed at decreasing what prevents them from interacting 
appropriately, rather than focusing exclusively on training in social skills. In contrast, if 
children with ADHD,IA are found not to know what to do in social situations, social skills 
training will be the most useful.
●School Performance(学業)
ADHD-IAタイプの子どもも、ADHD-Cタイプの子どものように、学校では、学業的な問題を
もつことが観察されている。
We have evidence that children with ADHD,IA, like those with ADHD,C, often experience 
school learning problems. Indeed, some research has indicated that children with ADHD,IA 
may show elevated rates of school failure and are rated by teachers as having greater 
problems in learning, relative to nondisordered controls. One relatively recent finding is the 
strong relationship between inattention and academic problems. Studies examining the 
behavioral correlates of the ADHD subtypes have consistently shown greater academic 
difficulties in children diagnosed with ADHD,C and ADHD,IA than children with excess 
motor activity/impulsivity (ADHD,HI) alone11. With respect to intellectual functioning, 
there is little evidence for significant IQ differences between the ADHD groups, however, 
there is some research in support of a higher rate of learning disabilities in children with 
ADHD,IA12. In addition, children with ADHD,IA are typically more similar behaviorally to 
children with learning disabilities than are children with ADHD,C13. However, the specific 
nature of the relationship between learning disabilities and ADHD has not been clearly 
established. More research needs to be conducted before any firm conclusions can be 
drawn.
●Etiology(病因)
ADHDの病因、つまり原因については、不明である。神経学的な理論が、いろいろ取りざたさ
れている。
The precise etiology, or cause, of ADHD is unknown. Numerous theories have been 
proposed, including those relating to abnormal brain development (e.g., an "immature brain
"), neurochemical abnormalities, exposure to environmental toxins, and deficient 
childrearing practices. Although research has been conducted in all of these areas, no firm 
conclusions cam yet be drawn. Also, most studies have been done with children with 
ADHD,C, resulting in even less knowledge about the etiology of ADHD,IA. Some 
researchers have speculated ADHD,IA and ADHD,C are entirely different disorders, in 
which case they may stem from different causes. The most promising theories to date 
include exposure to various agents that can lead to brain injury (e.g., trauma, disease, 
fetal exposure to environmental toxins), diminished brain activity, and heredity14.
Research on children with ADHD,C has found that they seem to have underactive orbital-
frontal regions, the part of the brain which is thought to be responsible for sustaining 
attention, inhibiting behavior, self-control, and planning15. This finding has been 
documented in several studies in which children with ADHD were shown to have diminished 
electrical activity and blood flow in this region, relative to nondisordered controls.
Again, less research exploring the possible cause of ADHD,IA has been conducted. Given 
the "sluggish" cognitive tempo and frequent achievement problems typically occurring in 
this subtype, some researchers have speculated that children with ADHD,IA may suffer 
from posterior, rather than frontal, right hemispheric dysfunction16. However, studies 
using neuropsychological measures that have examined this hypothesis have failed to find 
the predicted deficits17. Thus, research involving more sensitive measures of neurological 
processes are needed before any firm conclusions regarding etiology can be drawn.
It should also be noted that many previous theories of ADHD have not been supported. 
Thus, there is no conclusive evidence that ADHD can be caused by diet, hormones, 
lighting, motion sickness, or bad parenting18. Given the exciting new advances in our 
ability to examine the way the brain works, we can be hopeful that continuing research in 
these areas will soon expand our understanding of the causes of ADHD.
●Treatment Considerations(治療についての考察)
リタリン(Ritarin)の投与について
One of the most pressing issues in developing effective treatments for children with ADHD,
IA has been whether or not these children will show similar responses to stimulant 
medication as do children with ADHD,C. The best evidence that we have concerning this 
issue comes from a study in which the responses of children with ADHD,C and children 
with ADHD,IA were evaluated to 5, 10, and 15 mg doses of methylphenidate (Ritalin)19. 
While the groups did not significantly differ on any of the outcome measures, children with 
ADHD,IA were more likely to be nonresponders (24%) or to respond best to the lowest dose 
(35%) as compared to children with ADHD,C. In contrast, 95% of the ADHD,C children 
were judged to be positive responders, with the majority (71%) recommended to receive a 
moderate or high dose. Thus, it may be that at least a portion of children with ADHD,IA 
respond favorably to stimulant medication, although at a lower dosage than children with 
ADHD,C. One factor that may mediate this subgroup's responsiveness is the presence of co
-occurring internalizing disorders (e.g., anxiety) when they exist. There is some evidence 
that children with ADHD who display accompanying internalizing symptoms are less likely to 
respond positively to stimulant medication than are children who suffer from ADHD alone20. 
In any case, stimulant responsiveness is clearly a matter in which more research needs to 
be done. For any given ADHD child, decisions about the usefulness of medication should be 
made based on am individual child's responsiveness.
It is likely that the development of other effective treatments for children with ADHD,IA 
will depend upon the individual pattern of the accompanying problems they display. The 
information reviewed above suggests several areas of functioning that might be considered 
relevant for evaluation, including school functioning, the presence of other disorders (e.g., 
anxiety or depression), and peer relationship problems. Based on assessment in each of 
these areas, treatment programs can be individually tailored to meet each child's specific 
needs. As is becoming increasingly clear with children with ADHD,C, it is likely that 
children with ADHD,IA will be heterogeneous in many ways and that there will be wide 
individual variation in the types of accompanying problems they display. While we are still in 
the early stages of understanding the disorder, heightened interest in this area and the 
recent publication of DSM-IV should lead to increasing knowledge about its causes and 
responsiveness to treatments.
●Conclusions(結論)
The above review addresses research in many areas affecting children with ADHD. While 
few studies have been conducted using DSM-IV terminology, preliminary reports suggest 
that the findings are consistent. According to these studies, both ADHD subtypes are 
generally less popular than their peers, suffer difficulties academically, and frequently 
display accompanying problems. Given the relatively recent identification of ADHD,IA, it is 
mandatory that further research be conducted. Although these children generally show 
fewer overt behavior problems than their ADHD,C peers, they are just as in need of 
diagnosis and treatment.
(はやし浩司 ADHD-C ADHD、C ADHD,C AD・HD ADHD児)





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Last updated  2024.12.29 17:13:26


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