別ヴァージョンの人間史 by はやし浩司

別ヴァージョンの人間史 by はやし浩司

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2024.12.29
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最前線の子育て論byはやし浩司(020)
【近ごろ・あれこれ】
●掃除また掃除
 この数日間、掃除ばかりしていた。まず、居間。それから客間、日本間。まだ正月までには、
日があるというのに、我が家は、すでに大掃除モード。
 しかしその掃除。私は嫌いではない。それに始めたら最後、止まらない。とことんしなけれ
ば、気がすまない。「手を抜かない」が、私のモットー。
 多分、正月までには、また掃除をしなければならないだろう。少し時期が、早すぎたかな?
●原稿書き
 そんなわけで、ここ数日、ほとんど、原稿を書いていない。今ごろは、1月20日号の配信予
約を入れなければならないころ。が、まだ1月18日号すら、書き終えていない。このままだと、
マガジンは、どうなるのだろう?
 ぼんやりとした無気力状態が、ダラダラとつづいているカンジ。何を考えても、「もうどうでもい
いや」という、投げやり的な気分ばかりが、先に立つ。
 が、今朝(12・21)、Eマガの読者数を見ると、3人ふえていた。久々の増加。で、少しだけ、
やる気がわいてきた。しかし何を書こう……ということで、この(近ごろ・あれこれ)を書き始め
た。
●「♪丘の上の小さなベンチ」
 長男と三男が、2人で、新曲を作った。タイトルは、「♪丘の上の小さなベンチ」。作詞は長男
の周市、作曲は三男の英市。さっそく、TUBE(無料ストリーミング配信会社のサービス)を使っ
て、ビデオ風にしあげる。
 興味のある方は、はやし浩司のHPのトップページより、「声と朗読・ごあいさつ」へ進んでみ
てほしい。
 何度聞いてもあきない、ほっと心の休まる曲だと、自分では、そう思っている。(親バカか
な?)
●忘年会
 このところ、ワイフは、忘年会つづき。何かにかこつけて、忘年会ばかりしている。しかし女性
って、どうしてこうも忘年会がすきなのだろう。(もちろん男性にだって、忘年会の好きな人はい
るが……。)
 私自身は、酒が飲めないこともあって、(プラス)、仕事の時間帯が、ふつうの人たちとはズレ
ていることもあって、忘年会とは、ここ10年ほど、とんと縁がない。そのかわり、子どもたちと、
年末は毎日のように、ラーメンを食べに行ったり、ハンバーガーを食べに行ったりしている。
 子どもたちは、勝手に、「忘年会だ!」「忘年会だ!」と、騒いでいるが……。
●アメリカから客が……
 二男の妻のデニーズが、妹のドーンを、日本へ連れてくるという。急に、決まった。「前から、
一度、日本を訪問してみたい」と言っていたとか。「できるときが、最善のとき」(It is the best 
time when you can do it.)。つまりものごとには、「機」というものがある。その「機」がないとき
に、あれこれしようとしても、ものごとは動かない。しかし「機」がくれば、ものごとは、自然に動
きだす。今が、そのとき。
 さっそく招待状を、メールで書く。
 そのアメリカ人たちだが、ものの考え方が、本当にストレート。二男に、「航空運賃は、ぼくの
ほうで、出してあげるよ」とメールで連絡してやったら、すかさず、デニーズから、「Thank you.」
という返事!
 日本人なら、こういうとき、「悪いですね……」「申し訳ありません……」「お言葉に甘えまして
……」とか書くのだろうが、そういう奥ゆかしさは、まったくない。
 しかしそういうアメリカ人のわかりやすさが、私は、好き。日本人のように、表だとか裏がな
い。見たままが、ありのまま。それがアメリカ人。
●もののない美しさ
 50歳をすぎるころから、(もののない美しさ)というのが、よくわかるようになった。よい例が、
道路の上にクモの巣のように張りめぐされた電線。あの電線のある風景と、電線のない風景
は、まるでちがう。たまに電線のない風景を見たりすると、フーッと、自然と息がもれるような解
放感を覚える。
 家の中も、また同じ。
 先ほど掃除のことを書いたが、掃除をするときのコツは、不用品は、容赦なく、どんどんと捨
てること。「少しもったいないかな?」と思っても、捨てる。これを繰りかえしていると、やがて、
部屋の中がすっきりとしてくる。
 ものがゴチャゴチャとつまっている部屋は、それだけで、息苦しい。息苦しいだけではない。
(汚い)。(汚い)というよりは、解放感がない。
 数年前だが、ある知人の家に行ったら、廊下から階段まで、ものが、ぎっしり! 人がやっと
歩けるほどしか、間があいていなかった。しかしそういう人を、(ものを大切にしている人)とは、
言わない。
 (ものを大切にする)ということは、多少の不便は感じながらも、限られたものを、うまくやりくり
しながら、使うこと。生活をしているという実感も、そこから生まれる。
 ものがぎっしりとつまっている家……生活感をほとんど感じないのは、そのためではないか。
 ……そう言えば、人間の心も、同じ。
 雑念だらけの人もいる。そういう人の心というのは、言うなれば、ものが散乱した部屋のよう
なもの。その人の心が、どこにあるかさえも、わからない。心の中をすっきりさせるためには、
そうした雑念を、どんどんと捨てていく。自分の心を、わかりやすくしていく。
 要するに、心の裏で、あれこれと、ものを考えないこと。計算しないこと。ありのままの自分を
さらけ出しながら、さわやかに生きること。美しい心というのは、その結果として、あとからつい
てくる。
●孫の誠司
 孫の誠司が、もうすぐ日本へやってくる。で、昨夜、ワイフと、孫の誠司といっしょに何をする
か、行動計画をリストアップしてみた。
(1)近くの遊園地へ行く。
(2)浜名湖で船に乗る。
(3)町へつれていき、ショッピングする。
(4)一度だけ、BW教室で勉強させる。
(5)ディズニーランドへ、つれていく。
(6)どこかの温泉地に泊まる。
(7)写真を、毎日、500枚くらい撮影する。
(8)毎晩、コタツの中で、ひざに抱いて、本を読む。
(9)毎日、ちがった日本料理を食べさせる。
(10)毎日、いろいろな模型を作ってみせる。
(11)毎日、近所を、いっしょに散歩する。
 ほかにもあるが、これらを、すべて実行する。どういうわけか、自分の孫というのは、かわいく
見える。他人が見れば、そうではないのかもしれないが、私には、かわいく見える。(私も、ジジ
バカかな?)
●無気力症状
 この数日間、ほとんどといってよいほど、原稿を書いていない。書く意欲そのものが、わいて
こない。頭の中も、どこか、ぼんやりとしている。何を考えても、投げやり的。無気力感ばかり
が、先に立つ。「どうにでもなれ」「どうでもいいや」と。
 書斎にすわることはあっても、ニュースを見たり、ゲームをしたりするだけ。あとは本を読んだ
り、雑誌をながめたり……。その間に、ときどき、メールを開いてみたりする。
 私は、今、いわゆる、無気力状態に陥(おちい)っている。「なぜだろう?」……と考える前に、
私の症状を、正確に記録しておきたい。子どもでも、ときとして、今の私に似たような症状を示
すことがある。そういうときの子どもの心理を理解するのに、あとで、少しは役に立つかもしれ
ない。
(1)思考の拡散 
 集中力が消えたというわけではない。一つのことを考えていると、別の新しい考えが、頭の中
に浮かんで消える。いつものようなピリピリとした緊張感がない。思想のかたまりのようなもの
が、頭の中に浮かんでこない。書きたいテーマが、モヤモヤとしているのはわかるが、つかみ
どころがない。それはたとえて言うなら、目的もなく、街の中をフラフラ歩いているようなカンジ
(?)。
(2)現実感の喪失
 考えていることに、実感がともなわない。現実感そのものが、薄い。教育問題にしろ、政治問
題にしろ、はたまた人生問題にせよ、「こんなことを書いて、何の役に立つのだろうか?」「こん
な問題は、今の私とどういう関係にあるのだろうか?」と、ふと考えて、立ち止まってしまう。現
実はそこにあるのに、自分の書いていることが、その現実から遊離してしまう。
(3)疲労感の増大
 もともと考えることには、ある種の苦痛がともなう。その苦痛を乗り越えるのが、おっくうにな
る。これもたとえて言うなら、ジョギングにでかけようと玄関から外に出たとたん、冷たい風にあ
おられたときの気分に似ている。その冷気を乗りきるパワーそのものがわいてこない。「今日
はやめておこう」と、そのまま家の中にもどってしまう。体力と気力は、関連している。東洋医学
では、そう教える。体力そのものが、弱っている(?)。
(4)ニヒリズムの増大
 「どうでもなれ」という思いが、(1)~(3)と並行して、増大する。K国の核兵器開発がどうなろ
うとも、それがいつか、日本の大都市でどう使われようとも、私の知ったことではない。どうせ私
は、だれにも相手にされていない。その私が、どうして世界や、社会のことを心配しなければな
らないのか。みんな、自分のことしか考えていないではないか。そんな思いが、強くなる。
(5)被害妄想の増大
 何を考えても、「あれが悪い」「これが悪い」という発想になる。そして1つの問題が解決する
と、また別の問題が、ちょうどモグラたたきのモグラのように、現れては消える。「自分がこうい
う状態になったのは、あのせいだ」とか、「あのことが原因だ」とか、そういうふうに考える。
(6)敗北感と虚脱感
 「もう私は負けたのだ」という思い。それに何をしても、口から出てくる言葉は、一つ。「疲れた
……」。ただ救われるのは、それが「私」という個人の世界の範囲でとどまっていること。ワイフ
や息子を前にすると、いつものような声で、いつものように会話をする。ワイフや息子は、私
が、今のような状態になっているとは、夢にも思わないだろう。もっとも、もしそれがだれの目に
もわかるようになれば、私は、うつ病(depression)ということになる。
 こうした症状が出たら、どうするか。
 解決方法は自分でもわかっている。1に休養、2に休養。あとは好きなことをして、その日を
過ごす。やがて何かのきっかけがあれば、もとの状態にもどる。
 で、私のばあい、いろいろな方法がある。一番効果的なのは、買い物。とくにパソコングッズ
を買うのがよい。つぎに掃除。草刈り。人に会うのは、あまり好きではない。仕事では、毎日、
多くの親や子どもたちと会う。だから、子どもが好きなはずなのに、こういうときというのは、子
どもの声を耳にするだけでも、わずらわしく感ずる。
 そういう状態が、数日つづくと、少しずつだが、また(やる気)が起きてくる。今が、ちょうど、そ
のとき(?)。この文章を書いているのが、何よりの証拠ということになる。
 機械でいえば、ならし運転という状態。思いついたまま書いていると、やがて指の動きもなめ
らかになってくる。速くなってくる。頭の回転も調子よくなってくる。それを繰りかえしていると、い
つもの自分に、またもどる。
 そうそうもう一つ、気がついたことがある。こういう状態のときというのは、パソコンを相手にし
て、将棋をさしても、すぐ負けてしまう。注意力が散漫になっている。深く考えることができない。
集中力も弱くなる。そのためいわゆるうっかりミスが多くなる。それで負けてしまう。
(はやし浩司 無気力 無気力な状態 虚脱感 無気力症候群)
Hiroshi Hayashi+copyright by H. Hayashi+De.'05+はやし浩司 
●札幌、福岡で講演?
 12月も押し迫った昨日(12・20)、とんでもない講演依頼が、舞いこんできた。主催者は、東
京のH堂社。間に入っているのは、C社。今年も、こうした大きな講演会の依頼は、ときどきあ
ったが、しかしそのうちの5つのうち、4つは、主催者のほうが、断ってきた(05年度)。私の知
名度では、人は集まらない。自分でも、それはよくわかっている。
 会場は、北は北海道の札幌市、仙台市、東京、名古屋、大阪、そして福岡。「やってくれます
か?」と言ったので、「どこへでも、行きます」とだけ答えた。しかしいつもだと、このあとしばらく
すると、主催者の方が、断ってくるはず。「はやし浩司なんて、知りませんよ」「どんな人です
か?」「ほかの人にしたいです」と。
 しかし私は、しばしの夢を見た。心のときめきを覚えた。一度は、東京で講演をしてみたいと
思っている。東京で、テレビには、何度か出演したことはあるが、講演はない。家に帰ってその
ことをワイフに話すと、ワイフは、「そういうときが、近づいてきたのね」とだけ言って、笑った。
 そう、近づいてきているのは、私にもわかる。しかしそれは、いつも、私の頭の上をかすめ
て、そのままどこかへ飛んでいってしまう。
 その翌日の今日になると、私は、その夢から、すっかりさめた。心のときめきも、消えてい
た。現実は、そんな甘くない。それも、自分では、よくわかっている。
 H堂さん、C社さん、お声をかけてくださっただけで、感謝しています。ありがとうございまし
た。
●ホームレスの家
 こんなことを書いてよいのかな? マネをする人がいると、困る。しかし私は、路上で生活をし
ているホームレスの人たちを見るたびに、こう思う。「冷暖房完備、住み心地満点、そんな住み
かが、街中にあるではないか」と。
 しかし一応、犯罪の教唆(きょうさ)になるので、どこにあるとは、ここには、書けない。しかし
ちゃんと、ある。いたるところにある。しかも絶対、安心、安全。だれにもじゃまされない。
 ワイフにその場所を説明すると、こう言った。
 「あなた、そんなこと、原稿に書いてはだめよ」と。
私「わかっている。しかしどうしてホームレスの人たちは、それに気づかないのだろう。ぼくがホ
ームレスになったら、そういうところに住むよ」
ワ「でも、どうやって、中に入るの?」
私「簡単だよ。xxには、どこにでも、xxxがある。そのxxxのxxから、中に入ればいい」
ワ「そうね。そういうところから、中へ入ればいいわね」
私「xx員の服装をするのがコツ。で、中をあちこち歩き回ってみると、意外なところに別の出入
り口があるはず。そういうところから、出入りすればいい」
ワ「やっぱり、そんなこと原稿に書いてはだめよ。マネをする人が出てきたら、たいへんなこと
になるわよ」
私「わかっている。電気だって使い放題だしね。水道も、使い放題。自分で工事することもでき
る」と。
 ホームレスのみなさん、どうせ路上に住むくらいなら、もっと知恵をしぼれ。知恵をしぼれば、
もっと快適な生活ができるぞ!
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++++++++++++はやし浩司※
最前線の子育て論byはやし浩司(021)
●育児ノイローゼ、Mさんのケース
++++++++++++++++++
以前、Mさん(当時40歳くらい)から、
毎晩のように、子育てについての相談を
受けたことがある。
Mさんは、何かにつけて、子ども(当時
14歳)の問題点を見つけては、それを
大げさに問題にしていた。
明らかに育児ノイローゼであった。
そのMさんについて書く前に、以前書い
た原稿(中日新聞掲載済み)を、ここに
掲載する。
+++++++++++++++++++
【母親が育児ノイローゼになるとき】
●頭の中で数字が乱舞した   
 それはささいな事故で始まった。まず、バスを乗り過ごしてしまった。保育園へ上の子ども(4
歳児)を連れていくとちゅうのできごとだった。次に風呂にお湯を入れていたときのことだった。
気がついてみると、バスタブから湯がザーザーとあふれていた。しかも熱湯。すんでのところ
で、下の子ども(2歳児)が、大やけどを負うところだった。次に店にやってきた客へのつり銭を
まちがえた。何度レジをたたいても、指がうまく動かなかった。あせればあせるほど、頭の中で
数字が勝手に乱舞し、わけがわからなくなってしまった。
●「どうしたらいいでしょうか」
 Aさん(母親、36歳)は、育児ノイローゼになっていた。もし病院で診察を受けたら、うつ病と
診断されたかもしれない。しかしAさんは病院へは行かなかった。子どもを保育園へ預けたあ
と、昼間は一番奥の部屋で、カーテンをしめたまま、引きこもるようになった。食事の用意は何
とかしたが、そういう状態では、満足な料理はできなかった。そういうAさんを、夫は「だらしな
い」とか、「お前は、なまけ病だ」とか言って責めた。昔からの米屋だったが、店の経営はAさん
に任せ、夫は、宅配便会社で夜勤の仕事をしていた。
 そのAさん。私に会うと、いきなり快活な声で話しかけてきた。「先生、先日は通りで会ったの
に、あいさつもしなくてごめんなさい」と。私には思い当たることがなかったので、「ハア……、別
に気にしませんでした」と言ったが、今度は態度を一変させて、さめざめと泣き始めた。そして
こう言った。「先生、私、疲れました。子育てを続ける自信がありません。どうしたらいいでしょう
か」と。冒頭に書いた話は、そのときAさんが話してくれたことである。
●育児ノイローゼ
 育児ノイローゼの特徴としては、次のようなものがある。
(1)生気感情(ハツラツとした感情)の沈滞
(2)思考障害(頭が働かない、思考がまとまらない、迷う、堂々巡りばかりする(記憶力の低
下)
(3)精神障害(感情の鈍化、楽しみや喜びなどの欠如、悲観的になる、趣味や興味の喪失、
日常活動への興味の喪失)
(4)睡眠障害(早朝覚醒に不眠)など。
さらにその状態が進むと、Aさんのように、
(5)風呂に熱湯を入れても、それに気づかなかったり(注意力欠陥障害)、ムダ買いや目的の
ない外出を繰り返す(行為障害)
(6)ささいなことで極度の不安状態になる(不安障害)
(7)同じようにささいなことで激怒したり、子どもを虐待するなど、感情のコントロールができなく
なる(感情障害)
(8)他人との接触を嫌う(回避性障害)
(9)過食や拒食(摂食障害)を起こしたりするようになる
(10)また必要以上に自分を責めたり、罪悪感をもつこともある(妄想性)
(11)異常な多弁性をともなうことがあり、一方的にしゃべるだけで、相手の話を聞かない(多
弁性)
(12)ふとしたきっかけで、「死んでしまいたい」と考えることがある(自殺願望)
(13)動悸、息切れ、不眠、早朝覚醒などの身体的症状を伴うことが多い。
こうした兆候が見られたら、黄信号ととらえる。育児ノイローゼが、悲惨な事件につながること
も珍しくない。子どもが間にからんでいるため、子どもが犠牲になることも多い。
●夫の理解と協力が不可欠
 ただこうした症状が母親に表れても、母親本人がそれに気づくということは、ほとんどない。
脳の中枢部分が変調をきたすため、本人はそういう状態になりながらも、「私はふつう」と思い
込む。あるいは症状を指摘したりすると、かえってそのことを苦にして、症状が重くなってしまっ
たり、さらにひどくなると、冷静な会話そのものができなくなってしまうこともある。Aさんのケー
スでも、私は慰め役に回るだけで、それ以上、何も話すことができなかった。
 そこで重要なのが、まわりにいる人、なかんずく夫の理解と協力ということになる。Aさんも、
子育てはすべてAさんに任され、夫は育児にはまったくと言ってよいほど、無関心であった。そ
れではいけない。子育ては重労働だ。私は、Aさんの夫に手紙を書くことにした。この原稿は、
そのときの手紙をまとめたものである。
+++++++++++++++++
【Mさんのケース】
 Mさんの子ども(名前をA君とする)は、「生まれながらにして、発育不良だった」(Mさんの言
葉)とのこと。そのためMさんは、A君を溺愛する一方、過保護にして育てた。ふつうの過保護
ではない。過保護の上に「超」がつく、超過保護である。つまり、Mさんは、いわゆる(心配先行
型)の子育てを繰りかえした。
 ただ、過保護の基盤に愛情があったかというと、それは疑わしい。Mさんは、子どもを自分の
支配下に置いて、自分の思いどおりにしたかっただけではなかったか。
 たとえばA君が自分で、シャツや服を着るような年齢になったときでも、「心配だ」「心配だ」と
言って、Mさんが手を貸していたという。「どうして手を貸したのですか?」と聞くと、「自分で着さ
せると、前とうしろを反対に着た」「汚れたシャツをそのまま着た」「2枚もセーターを着たことも
ある」と。
 一事が万事。A君が風呂に入っても、「きちんと洗わない」「髪の毛を洗わない」「石鹸で遊ん
でしまう」などといっては、Mさんは、いつもA君といっしょに、風呂に入っていた。A君の体を洗
ってやっていた。そしてそういう状態が、A君が、小学5、6年生になるまでつづいた。
 その間にもいろいろあった。A君は、学校で、いじめを受けていたこともある(Mさんの言
葉)。そのためMさんは、毎日学校まで、A君を迎えに行ったこともある。そしてこんなこともあ
った。
 A君の修学旅行に行ったときのことだったという。Mさんは、恥ずかしげもなく、私にこう言っ
た。「Aのことが心配で、2晩、泣いて明かしました」と。が、そういうMさんだが、その一方で、A
君を虐待していた。虐待といっても、言葉の虐待である。Mさんは、ことあるごとに、A君にこう
言っていたという。
 「あんたのような子は、将来は、こじきをするしかないわね」
 「あんたのような子は、生まれてくるべき子ではなかったのよ」
 「しっかりと勉強しないと、あなたもホームレスの人たちのようになるのよ」
 「あんたさえいなければ、お母さんは、もっと楽しく過ごせるのにね」と。
 Mさんは、A君に自覚をもってもらいたいと願って、そう言ったという。もちろんMさん自身に
は、虐待しているという意識は、まったくなかった。しかしこうした母親の日常的な言葉で、A君
は、ますます萎縮していった。
 そのA君に、大きな変化が見られたのは、A君が中学生になってからである。ものごとに異常
にこだわるようになった。A君は、カード集めをしていたが、そのカードを、何よりも大切にして
いた。そしてそのカードを、数千枚近く(母親の言葉)も、もっていた。
 「部屋中、カードだらけだったので、Aが学校へ行っている間に、ダンボール箱に入れて、納
屋へしまってやりました」(Mさん)と。
 そのとたん、A君は、ふつうではなくなってしまった。何かの拍子に、二階へつづく階段から、
とびおりたりするようになった。腕の骨を折ったこともある。が、何よりも気になったのは、オド
オドと、何かにおびえるような様子を見せるようになったことである。ふだんでも、ときおり、下を
みつめたまま、ニヤニヤ(ニタニタ)と笑いつづけることもあった。
 当時は、今のように、児童相談所も整備されていなく、また虐待に対する認識もそれほど深く
なかった。
 そのころMさんが私に電話で、相談してくるようになった。ときには、毎晩つづけて、1~2時
間も、電話がかかってくることもあった。内容もさることながら、Mさんは、一方的に、しゃべる
だけ。こちらの私が、何かをアドバイスしようとすると、即座に反論したりして、会話にならなか
ったのをよく覚えている。
 「このままでは、うちの子は、だめになってしまう」
 「こんな状態で、私は、Aのめんどうを、一生みなければならない」と。
 私が「そういうふうに決めてかかってはいけない」と言いかけると、「叔父がそうだった」「近所
の子どももそうだった」と、つぎからつぎへと、そういう話ばかりした。
 Mさんが、ふと、こう漏らしたこともある。「このままでは、Aは、うちの財産を食いつぶしてしま
う」と。Mさんは、そんなことまで心配していた。
 そこで私は、Mさんに、一度、A君を、心療内科医院でみてもらったらよいとアドバイスしたこ
とがある。で、Mさんは、それをしたが、「近所の医院では恥ずかしいから」という理由で、電車
で40分もかかる、隣町にある、医院へ通うようになった。
 が、やがてそれについても、「時間がかかる」「このまま一生、医療費がかかる」などと言い出
した。1つの問題が解決すると、それが解決したことを喜ぶよりも先に、つぎのまた別の問題を
もちだして、それを心配した。そんなとき、また電話がかかってきた。
 「先生、今日、Aを病院へ、車で連れていきました。その途中のことですが、私は思わず、反
対車線に入りそうになってしまいました。このまま死ぬことができたら、どんなに気が楽だろうと
思いました」と。
 明らかにMさんは、育児ノイローゼになっていた。しかしMさんには、その自覚はなかった。
病因で診察を受けたら、「うつ病」と診断されたかもしれない。Mさんは、こう言った。
 「朝は、2時ごろ目がさめてしまいます。はげしい動悸がして、体中が、ほてってしまいます」
 「Aのことを考えると、心配で心配で、夜も眠られません」と。
私「何が、心配なのですか?」
M「夜も、電気ストーブをつけっぱなしです」
私「どうしてそれが心配なのですか」
M「倒れたら、火事になります」
私「なりません。倒れれば、自動的に電気が切れるしくみになっています」
M「カーテンのそばに、電気ストーブがあります。火事になります」と。
 こういう意味のない、押し問答が、いつまでもつづく。
 Mさんの特徴は、ほかにもある。当時書いた原稿をまとめてみると、こうなる。
(1)きわめてささいな、しかも表面的な問題について、心配していた。
(2)私の説明が、理解できない。何かを説明しても、それがどこかへ消えてしまう。
(3)私が言った、何かの言葉じりをつかまえて、私に食ってかかってくることもあった。
(4)一方的にペラペラと話すだけで、私の話を聞かない。ほとんどがグチ。
(5)何冊か本を読むように勧めたこともあるが、「本は読みたくない」と言った。
 Mさんの夫については、私は知らない。会ったことも、電話で話したこともない。ただMさんの
話では、無口で、仕事だけをしているような人らしかった。もちろん家事、育児については、ほ
とんど関心がないといったふうだった。夫婦の会話も、なかった。そのため、よけいにMさん
は、追いつめられていった。
 Mさんからの電話相談は、かれこれ3年近くもつづいた。で、2年前、私はそのMさんだけの
ことが理由ではないが、こうした電話相談については、すべて断るようにした。電話相談だけ
で、午前中の時間が、すべてつぶれてしまうことも珍しくなかった。
 以上、Mさんという母親について書いたが、Mさんと特定できないよう、細部については、私
の方で、ほかのいくつかの事例を混ぜて書いた。そのため、話の流れとして不自然な部分もあ
るかもしれない。それは許してほしい。
 で、今から思うと、Mさんには、育児そのものが負担ではなかったかということ。さらに言え
ば、良好な親子関係、夫婦関係があれば、同じ重荷でも、感じ方がちがったはず。しかしMさ
んには、その両方が欠けていた。さらにMさんは、自分では、「私の両親には問題はなかった」
と何度も言ったが、客観的に判断すると、Mさんはかなり不幸な家庭に生まれ育っていた。
 そういう深い因縁が、回りまわって、そのときのMさんの育児ノイローゼにつながっていった
のではないかと思う。
 それからx年。M君は、無事高校を卒業し、今は、農協関係の仕事をしているという。Mさん
の話は、以来、耳にしていない。
+++++++++++++++++
●どうしたらよいか?
 育児ノイローゼになる人には、ある一定のパターンがある。ここでは思いつくまま、書いてみ
る。
(1)気を抜くための、趣味などがない。
 相談を受けながらいつも思うことは、「この人は、別のところで、つまり子育てを忘れられるよ
うなところで、自分の世界をもてばいいのに……」ということ。しかしそういう人にかぎって、子育
てがすべて、といった感じがする。この閉塞感が、症状を重くする。
 子育ては子育て。しかしその一方で、親は親としてというより、1人の人間として、自分の世界
をもつこと。育児をしながらも、同時進行の形でもつのがよい。
(2)視野が狭い。
 大局的な見方ができない。身近な、ささいな問題をとらえては、それを針小棒大に心配する。
たとえば「学校でしてきたプリントを見たら、計算の答が、すべて一行ずつ、ズレていた。きっと
隣の席の子どもの答を、丸写しにしたにちがいない。こんなことでは、うちの子は、将来、ズル
い人間になってしまう」とか。
 あるいは「体操教室で、跳び箱の練習を見ていたら、うちの子は、順番をうまくすり抜けて、そ
れをしないですませていた。こんなことでは、うちの子は、ダメになってしまう」と心配していた母
親もいた。
 さらにこんな相談もあった。「今、英会話教室に通っているが、先生が、アイルランド人だ。へ
んなナマリがつくのではないかと、心配だ」と。
 こうして自分自身を、小さな世界に押しこめてしまう。その閉塞感が、育児ノイローゼへとつな
がっていく。
 そのため、親は、いつも視野を大きくもつ。大きければ大きいほど、よい。興味の対象を、大
きくする。政治の世界や、絵画、音楽などの芸術の世界に興味をもつのもよい。交際範囲を広
くする。ほかにもいろいろあるが、小さい世界に閉じこもってしまってはいけない。
(3)愛情の欠落
 このタイプの親でも、「私は子どもを愛しているから、心配してやっている」というようなことを
言う。しかし話をよく聞くと、親の心配や不安を子どもにぶつけているだけ、といった感じがす
る。
 「愛」といっても、愛もどきの愛。いわゆる代償的愛というのである。自分の心のすき間(=精
神的な欠陥や、情緒的な未熟性)を埋めるために、子どもを利用する。子どものことを考えて
いるようで、子どもの立場になって、ものを考えていない。よい例が、子どもの受験勉強に狂奔
する親である。親の価値観を一方的に、子どもに押しつけているだけ。
 が、この問題は、それに気づくだけでも、その大半が解決したとみる。愛情がなければない
で、居なおればよい。子どもを愛せないことで、自分を責めてはいけない。子どもが好きでなか
ったら、「私は子どもが好きではない」と、正直に告白すればよい。それがふさいだ心に、風穴
をあける。
(4)哲学、宗教観の欠落
 若い母親に、哲学や、宗教観をもてといっても、むずかしい。しかしそういったものがあれば、
子育ての指針にはなる。が、方法がないわけではない。
 「子どもを育てよう」「子どもを育てている」という意識を捨て、「子どもからものを学ぶ」という
意識に置きかえる。わかりやすく言えば、「私は親だ」という親意識を捨て、子どもの横に、友と
して立つ。さらにもっと言えば、子どもに何かを教わるつもりで、子どもの言うことに耳を傾け
る。
 育児ノイローゼになる親というのは、そういう意味では、親意識が強い。「私は親だから、何と
かしなければ」と思いながら、自分をどんどんと追いこんでしまう。生真面目な人ほど、育児ノイ
ローゼになりやすいと、よく言われるのは、そのため。
 肩の力を抜くためにも、親意識を捨て、子どもに対しては、友だち意識をもつ。子どもは、放
っておいても、いつかはおとなになる。そういう子ども自身がもつ力を信じて、無責任になるとこ
ろは、なって、あとは、子どもに任す。
 親は子どもをもつことで親になるが、それから先、真の親になるためには、幾多の山や谷を
越えなければならない。そしてそういう山や谷を越えるうちに、いつしか自分なりの哲学をもつ
ことができるようになる。
 「親が子どもを育てるのではない。子どもが親を育てる」。それに気がついたとき、あなたは、
今の育児ノイローゼから、解放される。
(はやし浩司 育児ノイローゼ)
Hiroshi Hayashi++++++++++DEC. 05+++





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Last updated  2024.12.29 17:16:37


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