『とんとこひ・セクスアリテ』

April 14, 2004
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カテゴリ: 性教育/性球儀
 Hさんのこと 

参考) HANADA掲示板


・・・高校生の頃、漠然と男性に惹かれる気持ちに気がついていた。特定の男性を見ると、なぜか胸がドキドキしたことを鮮明に覚えています。これはいったいなんだろう? まわりの男友達からは、男性を見てドキドキしたといった話は聞いたことがありませんでした。もっぱら彼女をつくる話や結婚の話をしていました。しかし僕は、そのような話には興味がなく、反対に違和感を持っていました。
 高校を卒業してからは、男性に性的魅力を感じる気持ちが強くなっていきました。
しかし、僕はそれを受け入れたくなかった。何故なら、当時入手できたゲイに関するほとんどの情報が、変態・オカマなどと揶揄・嘲笑した情報でしかなく、僕はあんな気持ち悪い変態になりたくないと、男性に性的魅力を感じる気持ちを否定していたからです。男性に性的魅力を感じる自分と、それを受け入れたくない自分との間で葛藤を繰り返していました。



・・・これまでの障害者ではない・ゲイではないといった内なる二重否定は、今だからまったく別のものであると言えますが、当時の僕のなかでは、ほとんど並行し混沌とした状態で存在していました。男らしいとされる男性として認められるためには、障害のある体を否定しなければならなかった自分と、現実的には不可能であることの葛藤、そして男性に対する性的魅力を感じる自分と、それを受け入れたくない拒否感との葛藤、この二つの葛藤の交錯であったと言えます。そしてこの両者の葛藤の間には、何か重大な関係があるように思えてならなかった。何故なら、健常者の体を手に入れることができれば、僕の性的なあり方や生き方が変わるのではないか、いや変わるはずだと思っていたからです。もちろん今は、この両者の葛藤は、まったく別のものであると言えます・・・



・・・セクシュアル・マイノリティの運動をしている人のなかでもLGBTまではよく耳にするのですが、IHAについては、ほとんど耳にしません。やはり僕は、IHAについてもきちんと頭の片隅に入れておくべきだと考えています。このなかで、ヘテロセクシュアルがマイノリティだとは思いませんが、多様なセクシュアリティのなかの一つとしてヘテロセクシュアルも入れています・・・


・・そんな彼にとって、断りもなしに顔写真が掲載されたことはドン底に突き落とされたようなショックだったろう。しかも、一緒に運動をしてきて彼の事情をよく承知しているはずの「仲間」からの仕打ちだ。

・・・曰く――

これくらいのことで「人権侵害」なんて言葉を使うな。言葉が軽くなってしまう。
一々写真の許可を取れと言うなら、テレビの街頭インタヴューなどの背景を通り過ぎてゆく人にも許可をもらわなければいけないことになる。
「ゲイ差別」と言うが、どんな差別を受けているのか説明してくれ。元々結婚してない(から「結婚差別」とは無縁な)んだし、ゲイだからといって仕事を辞めさせられるわけでもないのだろう。(我々のように)一目で障害をもっているとわかるわけではなく、隠すことが出来るのだから(まだ、ましじゃないか)。
わたしだって顔を晒して活動している。君はどうしてもっと堂々と胸を張ることが出来ないのか。
せっかくみんなで協力して完成までこぎつけて喜んでいるのに、水を差すのか。



・・・彼が雑誌等の取材を受けても顔写真は撮らせなかったのも、「身近な人」にゲイであることを知られたくなかったからだ。「身近な人」というのも曖昧な表現で、ぼくにも彼がどこで線を引いていたのか判然としないところはあるが、少なくとも自分の家族・親戚・隣近所には知られたくなかったようだ(最近、母親にはカムアウトしたが。母親にカムアウトするまでの心の葛藤を語りながら、彼は声を上げて泣いた)・・・

・・・Hくんは確かに結婚していなかった。縁談話ももちかけられなかった。だが、それは彼がゲイである(ことがバレていた)からではなく、彼が障害をもっていたからだ(彼の親は彼の目の前で、お姉さんに「お前は障害者を産むな」と言ったという)。そんな彼に向かって、ゲイは結婚しないんだから「結婚差別」で苦しむことはないだろうと言わんばかりの受け答えをするなど、なんともふざけた話だが、「結婚(制度)」をキーワードにすることで同性愛者差別と障害者差別の共通基盤が見えてくることに、YさんWさんたちが気づいてないらしいことが情けない・・・



・・・こういうおっさんが「人権運動」を担ったつもりで大きな顔をしていられる社会だから、人権侵害・差別はなくならないのだ。

・・・将来のことはともかくとして、今現在Hくんは「H」というペンネームを使って不特定多数には顔を晒さないというスタンスで活動をしている。その現状に立って文集は編集されるべきであって、本人の意思を無視してしまった加害者の側が、被害者に対して説教を垂れるなど、とうてい許されることではない。

・・・「障害者」と一口に言っても表面に顕れた障害をもった人もいれば、表立ってはうかがい知れない障害をもった人もいる。Hくんの脳性麻痺の度合いは一目でわかるが、その他に、彼は耳の障害ももっていたし膝にも障害があって、どちらも手術を受けている(完治したわけではない)。不眠や鬱の障害ももっていた。日によって「男↑↓女」の性自認にブレが出るという「障害」ももっていた。これらは、本人が口に出して言わなければ他人にはわからないし、手術前の不安な気持ちや不眠などの精神的な障害について何度も電話で訴えられたぼくにだって、実感としてはわからないところがある。
 だから、あんたは隠せるんだからいいだろう、という言い草はとんでもなく人をバカにしている。こんなことだから、これまでの障害者解放運動は精神障害者の問題を置き去りにしてきたと批判されるのだ。

・・・「ゲイだから」と言って社員をクビにするような間抜けな会社はないが、言わなくてもクビにする、もしくは辞めざるを得ないように追い込んでいく会社はある。ゲイだとバレたとたんにペアを組んでくれる同僚がいなくなったという相談電話をもらったこともある。目には見えないところ、口には出さないところで横行する差別を見抜けないような者が、差別の軽重を云々するなど、笑止千万な話ではないか・・・
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・・・最後に、社会の方へと視野を広げていきたいと思います。セクシュアル・マイノリティって一口に言いますけれど、具体的にどんな方たちなのでしょうか。

・・・GはGay (ゲイ)アメリカでは、Gay Men/Gay Women と言いますが、日本では男性同性愛者を指す場合がほとんどです。レズビアン/ゲイをまとめて同性愛者と言います。これから僕が特に断りなく同性愛者と言った場合、両者を含むと思って下さい。
よく「同性愛って何ですか」と、聞いてくる人がいるんですが、これは後でも言いますが、何故そのことを問わなければないかを、その人自身が考えなくてはなりません。裏を返せば、質問者は問われる/疑われる必要のない安全装置のなかにいるのです。その安全装置のなかにいられる保証を獲得するために、このような質問をしなければならないのです。・・・

 BはBisexual(バイセクシュアル)両性愛です。これは、いろいろな意味でとらえられています。きちんとした説明をしようとすれば、「人を恋愛の対象とする時に相手の性別が関係ないかまたは重要ではない人たち」と、なるかと思います。

Tはトランス系と呼ばれていまして、3つあります。
一つは、Transgender (トランスジェンダー)身体的性別と心の性別にギャップのある人たちです。つまり、「身体的性別と反対の心の性別を持ち、心の性別で生きていこうとする、あるいは社会に対してもそのように認めてほしいと望んでいる人たち」と、なるかと思います。
二つは、Transsexual (トランスセクシュアル)性同一性障害と言えばわかりやすいかと思いますが、基本的にはトランスジェンダーと同じです。
トランスジェンダーと大く異なるのは、「性転換手術を必要としている、あるいは性転換手術をしなければ自己肯定できない人たち」と、なるかと思います。
もう一つは、Transvestite(トランスベスタイト)日本語で異性装と言いますが、女装・男装を好む人たちです。このなかには、異性愛者も同性愛者も含まれます。ただし、パーティーやお祭りなどでの仮装、フェチシズムによる異性装は除きます。
 トランスジェンダーやトランスセクシュアルの人たちの存在は、人間の性別、つまり身体的性別と心の性別が必ずしも一致しないことを教えてくれます。・・・また、これら3つのトランス系と呼ばれるものは明確な境界線がある訳ではありません。

とりあえずの説明をしましたが、個人個人によって微妙なところがあり、流動性があります。
ちなみに、ニューハーフという言い方がありますが、これには異性愛、ゲイに関係なく女装する人たちや、トランスセクシュアルも含まれますが、こちらは職業的名称のニュアンスが強いです。

 ・・・IはIntersexual (インターセクシュアル)日本語で半陰陽・ふたなりと言います。人は生まれた時にペニスの有無で、性別が決まりますが、インターセクシュアルは、簡単に言うと、「身体的性別である外性器(ペニス・クリトリス)や内性器(前立腺・子宮)が曖昧な人たち」と、なるかと思います。

HはHeterosexual(ヘテロセクシュアル)異性愛。これは皆さん説明いりませんね。と、言っても異性愛以外が説明を求められて、異性愛は説明を求められないのは不平等なので、確認の意味も含めて言いますと・・・「人はなぜ認められたいのか」のなかで「自分の性的指向が異性に向かうことを確認したときに、人は自分が男であること、女であることを再確認します。異性愛者であることを再確認しているわけではない(中略)それは疑われたことはないのです。」と、言っておられます。つまり、異性愛者は異性愛であることをわざわざ確認しなくてもよい存在なのです。もし異性愛者が異性愛であることを確認しなければならない場面があるとしたら、同性愛者を現前にした時でしょう。

・・・さて最後にAがありますが、今までお話してきたセクシュアリティは全てあることを前提にしています。それは人間の根幹にもかかわることで、おそらく誰も疑ったことはないと思います。
 と言っても、障害者だけは特別視されてきましたが。それは、人間には必ず性欲があるという大前提です。AはAsexual (アセクシュアル)です。人間には必ず性欲があるという大前提によって成り立っている社会のなかで、「性欲を持つことを強制・強要されたくない、性欲を持たない人たち」と、なるかと思いま
す。あえて日本語で言うとすれば、無性欲者となります。本当に性欲がないのか、人間には必ず性欲があるといった大前提を強制・強要されたくないと思っているのか、僕はまだアセクシュアルの方とお会いしたことがないので何とも言えませんが。
少なくとも、セクシュアリティとして存在すること自体疑う余地はありません。
(Hさんのhpより)

Hさん(2002年5月31日逝去)のご冥福をお祈りします。



ダブル・マイノリティ(部落出身者のゲイ)







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Last updated  March 13, 2006 11:36:29 AM
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