『とんとこひ・セクスアリテ』

June 26, 2005
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カテゴリ: ヒジリ地名図鑑





 雖見を以ってすれば現今等しく特殊部落と称せらるる階級の中にも、著しく其経済上の条件は社会上の地位を異にする色々の種類あり。

其中に於いて最多数且有力なるものは勿論当穢多なり。
其他の特殊部落は地方に由りて名称並びに生活状態甚だしく区々なり。
且之を細別すれば数十の種類あるかと思はる。
之を総称して簡単に何と呼ぶが可なるかは未だ考へ得ず。
非人と云ふ語は少なくとも近世の用法として単に其中の一小階級をのみ指せしものの如きも、穢多非人と云ふ熟語は通俗且便宜なれば、仮に穢多以外の特殊部落を概括して非人と名づけんとす。素より彼等には内々の使用なり。

 穢多と非人とは全然異なりたる種族なりとするは此迄の通説なりき。
而も余輩は未だ之を信ずべき十分なる根拠を見出す能はず。
二者の区別として仔細に比較すれば色々の点あれど、其最も見易きものは穢多は死畜を取扱ひ他は然らざること是れなり。
此故に前者を皮商売又は革太革坊革屋などと呼ぶ。
今日も大体に於いて革を製せざる者は皆穢多に非ず。
或は穢多は死獣を取扱ひ非人は死人を取扱ふと云ふ者あり。
此も大なる誤なし。
但し二者何れにも関係せざる特殊部落も少なからざることを忘るべからず。

穢多は何れの地方に於いても部落比較的に大きく、其生活の異風は顕著なるが故に人に注意せられ易し。
之に反して非人の事は誠に世人の観察を逸せり。
其結果として特殊部落と謂へば即ち穢多のことと考ふる者あり。

柳君の著「穢多非人」は二十余年前の研究としては奇特千萬の書なれども、此二者の区別を怠り混同多し。
而も実際問題としても学問上の調査としても右は左様にて軽視せらるべき事柄に非ざるなり。
徳川時代には江戸に弾左衛門ありて穢多を統べ、車善七及び品川の松右衛門ありて非人を統領せしことは人善く之を知る。

弾の部属は今日も存在し其首領は人之を弾さんと呼び昔ながらの浅草区の紳士なり。
然るに善七松右衛門が 類は全く分散し尽くしたるものの如く、彼等は其後如何に成行きしか此間の消息は之を解する人多からず。

抑も江戸時代の非人とは如何なる者か。
普通非人乞食(ヒニンコツジキ)と云ふ語あり、非人とは乞食のことと思ふ者あり、或は又常人が貧乏して乞食をする状態を意味する者と思ふ者あり。

江戸時代の武家の法制として情死を仕損じたる者其他の犯罪者等を非人の仲間に降ろし入るることありしが故に、之を以つて彼等の常態と為し、非人はもと此等の常人より構成する者なれば、外部の圧迫にして徹せらるれば 元の古巣に立戻ることあれども勘当を受けたる不良少年が親の家に帰るが如く解する人もあるべし。

成程芋を洗ふが如き大都の社会なれば、人間の屑の掃溜に集る者も少小には非ざりしならんも、斯る烏合の連中のみにては昔とても一箇の階級を作ること能はざりしは明なり。

殊に田舎の小団体の非人部落に在りては、右の如き時々の供給を予期すること難く、必ずや別に其団体を構成するだけの本来の中堅なかるべからず。

乞食も本物の乞食は世襲なり。
況や広義の非人の中には昔より も新分子を加へざりし明証ある者多し。

決して通俗の説の如く常人の零落したる者の世を忍ぶ仮の名なりと認むる能はず。

然らば彼等非人は如何にして此国に存在するに至りしか、此問に答え得れば江戸の非人の後日物語も自然に判明すべきかと考へらる。





  『百花譜』





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Last updated  March 11, 2008 10:52:00 AM
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