『とんとこひ・セクスアリテ』

November 17, 2007
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『部落の根っ子ばなし・第五集』より

取りあげ婆(ばば)さ

あのせつは朝めし喰っとるさいちゅうに、いきなりどーんと突きあげて、とたんに左右へゆさぶったがな。
軒につるした芋ふりかごがふり切れて、地べたをあちこと転がるし、軒の柱もゆれ動いたで、地震がやんで気づいたら、柱がかごをふんどった。
部落はいぜんのわらぶき屋根、埋めこみ柱の平屋じゃで、かるいのと、柱が土を履いとるでな。つぶれんかわりにかしいだが、世間のように倒れた家の下になり、死んでまったは一人もおらんと。




ゆすり返しが波うつで、たがいにやうちの名を呼ぶと、ゆれてくずれる土手こえて、前の河原につくなったがな。
河原へのがれた人の口から、やれ、どこやらは一村残らず埋まったぞ。やれ、どこやらの町に火のてが上がったぞ。倒れた家の下になり、なん百人が死んどるぞ、とな。
聞くたび肝をちぢませる噂ばかりがつたわるで、つねづね聞いとるよがめつとは、いまのことかと念仏じたと。
今夜はどうでも野宿じゃぞ。年より、子ども、病人に、むしろやふとんをはこびだせ、飯のまわしも忘れるなと、仲間のさしずで騒いどったら、




難をのがれた人のむれが、ひとまず河原へぞろぞろと、着のみきのまま集まってきたと。
夜は河原のあちこちで、思いおもいに火をたくで、遠くのほうからながめると、高声たてる者もなく、ものの怪の火をみるような、背筋の寒い思いがしたと。

そのおり暗がりの向うから
 「さんばはおらぬか、このなかに。さんばに用がある者じゃ」とな。しきりと探ねる声がして、やがてのことに砂利ふんで、たき火に姿をみせたのが、あきんどふうの男でな。





 「わしゃ、取りあげのまねごとするが、だれぞ、にわかに産気づいたかや」
 と、部落の婆さまが声かけたら
 やれ、ござったか。わしの主人の奥さまが、河原で産気づかしたで、ともかくめんどうみてくだされ」
 とな。かた手おがみにせきたてたと。
部落の女ご衆がつれだって、向うのようすを見てもどり、着のみきのままお産じゃぞ。いかにもあわれじゃ、ほっとけん。
それっ、むしろじゃ、ぼろじゃ、ろうそくじゃ、家へもどって取っといでと、





男衆たちを追いたくったでな。それぞれ手わけで走ったと。
女ご衆に、手むしろ囲いにかこませて、片はだ脱いだ婆さまが、大きな声ではげまして、やがてのことに生まれたと。
げんきな声で泣いとるのを、にきの湧き水が産湯がわりじゃ。古着のゆかたにくるんでな。むしろの上の母親に、お手がらじゃったと抱かせてやったと。
さっきの男は番頭じゃと。鼻水もふかんとよろこんで
 「後日、主人がお礼にあがる。失礼ながら」
 と、いんぎんに婆さまの名前とところをたずねたで





 「なあに、わしゃ、あそこらが住まいじゃて」
 と、たき火の向うを指さして、名前とところをつげたらな。
あかりのなかで番頭が、じんじょうでない目つきして、にわかに口をつぐんだと。

ひと月もしてから婆さまたちが、地震の始末にやとわれて、神社のにきで働いとったらな。
町でいちばんの金持ちが、地震の騒ぎをわすれたように、人力車つらねて宮まいりじゃと。見物衆がうわさして、地震のさなかに生まれた子じゃそうな。
見やれ、お抱えの医者も産婆もつきそいじゃ、とよ。






婆さまがなんの気なしに背のびして、車の上の着かざった奥さまとやらをながめたら、なんじゃい、河原で助けた女ごじゃと。
ならば抱いとる赤ん坊は、この手をかけた赤ん坊じゃ。
あのあくる朝、暗いうちからかゆの鍋さげて、母子のようすを見にゆったらば、廻りにおった人の口から、夜さのうちに引きはらったと。どこのだれとも聞かせなんだが、やれやれ無事でござったかやと、喜んでな。





石だん前の車止めに、ずらりとならんだ人力車から、しゃなりと降りたあの女ごに、
 「やあれ、ご無事でよかったなあや。赤ん坊に乳もでとるかや」
 と、駆けよって、赤ん坊をのぞきこんだらな。
紋つき姿の身うちの衆が、わらわらと婆さまを取りかこんだと。
あの番頭がとんできて、いきなり婆さまの袖口つかみ、ものも言わせず引っぱりだして
 「やいっ、ばばあ。みようないんねんつけるなよっ。おまえらなんぞとかかわりもたん」とな。





あのおりのうれし涙の顔とは別の、喰らいつくよな顔したで、あっけにとられた婆さまが、がてんできずにあんしてしまって、立ち去る姿をながめとったと。

警察から婆さまに呼びだし状がとどいたと。
身うち仲間がつきそって、なんの用じゃと出向いたらな。婆さま一人が署長室じゃと。
 「さきごろは産婆づらしてごねたそうなが、おまえ、免許を持っとるかい」
 と、顔をみるなり署長が聞いたと。




そのころは免許をうける産婆がたりんで、村々の取りあげ婆さを役場に呼んで、仮の免許をわたしとったがな。
部落ではどっちみち免許を取るまでないと。
看板かかげた村の産婆なぞ、部落で頼んでも、足ぶみせんし、部落の産婆が看板かけても、いぜんどおりに世間が呼ばん。
仲間うちだけの取りあげ婆さなら、免許なんぞに用があろか。 「無免許ならば罪になる。おいっ、おばば、おまえをこの場で、ひっくくったろかっ」
 と、署長がきつい開きなおりようでな。二の句がつげぬ婆さまに声やわらげて



 「年よりのおまえなんぞを罪にしとうない。今日かぎり、いっせつ産婆にかかわりなしと、忘れてまうなら話は別じゃ」
 とよ。
 「おまえさま、あの災厄のさいちゅうに、免許なんぞがかかわろか。わしらは人を助けたのじゃぞ。産婆の祝儀ももらっとらん」
 と、婆さまがつばをとばしていきまいたらな。
おどしもすかしもきかんと見てとると、もったいぶった顔つきで
 「当人も、番頭も産婆も正直に、実家で生んだと訴えとるぞ。おまえの話もほんとうなら、さては狐じゃ。狐じゃぞ。おまえらが河原の狐にたぶらかされて、狐の赤ん坊をとりあげたのじゃ。まず、まちがいはあるまいて」
 と、いかにもたわけにした顔つきじゃったと。




 「おまえさま、狐が人のまねしよと、わしらの目で見た人間が、生ませてくれだと頼むのに、そ知らん顔ができるかよ」
 とな。
このじんならば、地震も狐にかづけるじんとあきれてまって、とくと署長をながめたら、机の上に両足のせて、きせろくわえて天井見とると。
 「なあ、おまえさま。この婆さから、先夜の衆にことづてじゃ。産気づいたら、またござれ。わしは死ぬまで取りあげ婆じゃに」
 とな。
返れと言わんにもどってきたが、歩くたんびにごうがわいて、河原の石が目につかなんだと。







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Last updated  November 19, 2007 04:18:01 PM
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