『とんとこひ・セクスアリテ』

February 21, 2008
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カテゴリ: 性教育/性球儀

作品名: 縷紅新草
作品名読み: るこうしんそう
著者名: 泉 鏡花


縷 紅 新 縷


あれあれ見たか、
  あれ見たか。
二つ蜻蛉(とんぼ)が草の葉に、
かやつり草に宿をかり、
人目しのぶと思えども、
羽はうすものかくされぬ、
すきや明石に緋ぢりめん、
肌のしろさも浅ましや、
白い絹地の赤蜻蛉。
雪にもみじとあざむけど、
世間稲妻、目が光る。
  あれあれ見たか、
    あれ見たか。



あれあれ見たか
  あれ見たか
…………………
「あれあれ見たか、あれ見たか、二つ蜻蛉が草の葉に、かやつり草に宿かりて……その唄を、工場で唱いましたってさ。唄が初路さんを殺したんです。
 細い、かやつり草を、青く縁へとって、その片端、はんけちの雪のような地へ赤蜻蛉を二つ。」
 お米の二つ折る指がしなって、内端(うちは)に襟をおさえたのである。
「一ツずつ、蜻蛉が別ならよかったんでしょうし、外の人の考案で、あの方、ただ刺繍だけなら、何でもなかったと言うんです。


どの道、うつくしいのと、仕事の上手なのに、嫉み猜みから起った事です。何につけ、かにつけ、ゆがみ曲りに難癖をつけないではおきません。処を図案まで、あの方がなさいました。何から思いつきなすったんだか。――その赤蜻蛉の刺繍が、大層な評判だし、分けて輸出さきの西洋の気受けが、それは、凄い勢で、どしどし註文が来ました処から、外国まで、恥を曝すんだって、羽をみんな、手足にして、紅いのを縮緬のように唄い囃して、身肌を見せたと、騒ぐんでしょう。」(巻初に記して一粲(いっさん)に供した俗謡には、二三行、・・・脱落があるらしい、お米が口誦(くしょう)を憚(はばか)ったからである。)




――人目しのぶと思えども
羽はうすもの隠されぬ――
 それも一つならまだしもだけれど、一つの尾に一つが続いて、すっと、あの、羽を八つ、静かに銀糸で縫ったんです、寝ていやしません、飛んでいるんですわね。ええ、それをですわ、
――世間、いなずま目が光る――


――恥を知らぬか、恥じないか――と皆でわあわあ、さも初路さんが、そんな姿絵を、紅い毛、碧い目にまで、露呈(あらわ)に見せて、お宝を儲けたように、唱い立てられて見た日には、内気な、優しい、上品な、着ものの上から触られても、毒蛇の牙形(はがた)が膚に沁みる……雪に咲いた、白玉椿のお人柄、耳たぶの赤くなる、もうそれが、砕けるのです、散るのです。
 遺書(かきおき)にも、あったそうです。――ああ、恥かしいと思ったばかりに――」




「一体また二つの蜻蛉がなぜ変だろう。見聞が狭い、知らないんだよ。土地の人は――そういう私だって、近頃まで、つい気がつかずに居たんだがね。・・・町充満(いっぱい)、屋根一面、上下、左右、縦も横も、微紅い光る雨に、花吹雪を浮かせたように、羽が透き、身が染って、数限りもない赤蜻蛉の、大流れを漲(みなぎ)らして飛ぶのが、行違ったり、卍(まんじ)に舞乱れたりするんじゃあない、上へ斜、下へ斜、右へ斜、左へ斜といった形で、おなじ方向を真北へさして、見当は浅草、千住、それから先はどこまでだか、ほとんど想像にも及びません。


・・・また、おなじように飛んでいる。群れて行く。歯科医で、椅子に掛けた。窓の外を、この時は、幾分か、その数はまばらに見えたが、それでも、千や二千じゃない、二階の窓をすれすれの処に向う家の廂見当、ちょうど電信、電話線の高さを飛ぶ。それより、高くもない。ずっと低くもない。どれも、おなじくらいな空を通るんだがね、計り知られないその大群は、層を厚く、密度を濃(こまや)かにしたのじゃなくって、薄く透通る。その一つ一つの薄い羽のようにさ。


いまの蜻蛉の群の話は。それがね、残らず、二つだよ、比翼なんだよ。その刺繍の姿と、おなじに、これを見て土地の人は、初路さんを殺したように、どんな唄を唱うだろう。
 みだらだの、風儀を乱すの、恥を曝すのといって、どうする気だろう。浪で洗えますか、火で焼けますか、地震だって壊せやしない。天を蔽い地に漲(みなぎ)る、といった処で、颶風(はやて)があれば消えるだろう。儚いものではあるけれども――ああ、その儚さを一人で身に受けたのは初路さんだね。」








泉鏡花・妖美幻想の世界 ペーパームーン
出版社: 新書館 発行年月: 1979年10月





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Last updated  February 22, 2008 04:31:16 PM
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