『とんとこひ・セクスアリテ』

December 24, 2008
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クール『朝鮮史譚』(金素雲)増補版覚書(昭和十八年六月)よりの抜粋にてご紹介・お薦めに代えさせて頂きます^^




大笑い 世宋王






集賢殿 というのは、端宋王にとつては祖父君にあたる第四代の 世宋王 が興されたもので---
世宋王 は、歴代の王の中でも第一番に指を折るべき賢君であつた。---
 罪のある者、牢に入れられた者へも、王の仁慈は及ぼされた。





獄を司る者は、どこまでも公平で、心が虚しくなくてはならない。
死罪の者を裁くときは、先づ生かすことをはかれ。
重罪の者へは少しでも罪を軽くする途を考へよ。
事情をよく見きはめ、偽りと真を察しわけて、その上で裁きを下しても「「片手落ち」となることがある。
まして威力だけで法を行はうとするのは、わざわざ 冤罪 をつくるやうなものだ」





 王はかう諭され、牢にゐる罪人たちが、病気や寒さのために命を失ふことのないやう、獄制にも一大改革を加へられた。
 また、--- 「三覆法」 といつて、死罪にする者を三度しらべなほす掟や、 「苔刑(ちけい)」 をなくすることや、七十歳以上、十五歳以下には罪を行はない制度など、小さいことに至るまで一々気を配られて、 世の中を少しでも明るい、よいものとするために、お骨を折られた








号泣 六臣







 六月八日、 成三問 (せいさんもん)はじめ、 李かい (りかい)、 河緯地 (かゐぢ)、 兪応孚 (ゆおうふ)の同志たちは、軍器監の前に曳き出されて、車裂きの極刑に処された。
朴彭年 (ぼくはうねん)、 柳誠源 (りゆうせいげん)の二人は、その前にすでに牢死してゐた。---






六臣 の忠義の死は---誰一人葬儀ひを営むことも出来なかつたのを、慷慨の僧 金時習 が、刑場へ行つて骨を拾ひあつめ、鷲梁津へ葬った。これがいまに残る 六臣 の墓である。



to be continued.



























出版社 発行所=天佑書房
著 者 金素雲
発行年月 1943(昭和18)年1月1日


手書きハート内容情報
確かな史眼と熱情で語る高麗・李朝の一千年の歴史。

高麗の建国;
千秋太后;
灰になった宮殿;
西京の乱;
武臣天下二百年;
贈送蓮花片;
高麗最後の日;
善竹橋の血痕;
李太祖と無学大師;
端宗六臣
恵みの雨;
柳の葉;
隣の柿;
刑場の志士;
紫衣娘子;
宣祖から正祖まで;
摂政大院君







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Last updated  December 25, 2008 05:07:13 PM
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