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朝日新聞大阪版(11/11) 在日朝鮮人団体「学長の説明を」大阪市立推薦入試 大阪朝鮮高級学校(東大阪市)の生徒が大阪市立大学医学部看護学科の推薦入試で「朝鮮学校は高校にあたらない」との理由で出願を断られた問題で、在日朝鮮人団体の「NPO法人コリア人権生活協会」(天王寺区)は10日、「学長が生徒の保護者に説明してほしい」と同大学へ申し入れた。大学側は「来年度については出願資格の見直しも含めて検討する」との説明を繰り返した。※「NPO法人コリア人権生活協会」 http://www.geocities.jp/jinken96/朝日新聞大阪版(11/8) 市立大推薦出願拒否「コリアNGO」抗議文を郵送 大阪朝鮮高級学校(東大阪市)の生徒が大阪市立大学医学部看護学科の推薦入試の出願を断られた問題で、NPO法人「コリアNGOセンター」(東成区)は7日、「他民族・多文化共生の社会づくりを揺るがしかねない」とする抗議文を同大学へ郵送した。 同大学は、一般入試では朝鮮学校生の受験を認めているが、推薦入試は「日本の高校に限る」として出願を認めていない。※NPO法人「コリアNGOセンター」 http://korea-ngo.org/1ibento.htm朝日新聞全国版(11/7) 朝鮮学校生を門前払い 大阪市立大が推薦入試で 大阪朝鮮高級学校(大阪府東大阪市)の3年の女子生徒(18)が、大阪市立大の推薦入試の出願をしようとしたが、大学側から「朝鮮学校の生徒には資格がない」と出願を“門前払い”されていたことが7日までに分かった。大学入試の受験資格は、2003年に一般、推薦を問わず大学が個別に判断できるとし、外国人学校や民族学校などの生徒にも門戸が開かれた。同大学はそれ以前から、一般入試で朝鮮学校生の受験を認めてきたが、推薦入試については門戸を閉ざしていたわけで、生徒の母親らが7日、大学を訪れ、出願を受け付けるよう求めた。朝鮮学校などによると、女子生徒は看護師を目指し、同大学医学部看護学科の推薦入試を受けようと9月初めに大学に問い合わせた。さて、『看護覚え書』フロレンス・ナイチンゲールより抜粋。 私は他によい言葉がないので看護という言葉を使う。看護とはこれまで、せいぜい与薬とかパップを貼ること程度の意味に限られてきている。しかし、看護とは、新鮮な空気、陽光、暖かさ、清潔さ、静かさを適切に保ち、食事を適切に選択し管理すること----こういったことのすべてを、患者の生命力の消耗を最小にするように整えることを意味すべきである。 この本は、看護という仕事が持つ趣きや面白さをすべて取り払ってしまい、人間の仕事のうち最も無味乾燥でつまらないものにしてしまった、と人びとはいうであろう。わが愛する姉妹よ、教育の仕事はおそらく例外であろうが、この世の中に看護ほど無味乾燥どころかその正反対のもの、すなわち、自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただ中へ自己を投入する能力を、これほど必要とする仕事はほかに存在しないのである。----そして、もしあなたがこの能力を持っていないのであれば、あなたは看護から身をひいたほうがよいであろう。 看護婦であると自称している多くの女性たちについて最も驚かされることは、彼女たちが看護婦教育のABCを勉強してきていないことである。看護婦が学ぶべきAは、病気の人間とはどういう存在であるかを知ることである。Bは、病気の人間に対してどのように行動すべきかを知ることである。Cは、自分の患者は病気の人間であって動物ではないとわきまえることである。 何かに対して《使命》を感じるとはどういうことであろうか?それは何が《正しく》何が《最善》であるかという、あなた自身がもっている高い理念を達成させるために自分の仕事をすることであり、もしその仕事をしないでいたら「指摘される」からするというのではない、ということではないだろうか。これが「熱中するということ」であり、自分の「使命」を全うするためには、靴屋から彫刻家まで、誰もがもっていなければならないものなのである。・・・このような「使命感」をもつ看護婦は、自分自身の理念を満足させることと患者に対する関心とに支えられて、患者の脈の状態を検べるであろう。だから、そのことは患者を煩わせずにうまく実施できるのである。また彼女は、指示があろうがなかろうが、排泄物の状態を観察してしまうであろう。それどころか排泄物の外見を見たとき、ちょっとした色の変化があるだけで、彼女の鋭い観察眼は、排泄のたびに便器が空けられていなかった事実をも見破ってしまうであろう。・・・ そういう「使命感」をもつ看護婦は、自分の受持ち患者用に手渡された薬びんを全部調べ、においを嗅ぎ、気になれば味わってもみる。九九九回までは間違いはないであろうが、ちょうど一〇〇〇回目に、この看護婦のこの方法によって重大な間違いが発見される可能性もある。 しかしもし、看護婦が自分自身の理念を満足させるために行うのでなければ、どんなに指示してやらせようとしても、それは無駄である。なぜならば、そのような看護婦はたぶん、どんな目的のためにも自分の嗅覚や味覚をはたらかせたりしないからである。 「使命感」をもたない看護婦が、自分の受持ち患者の呼び鈴の音と 別の患者のそれとを聞き分けられるようになることは絶対にないであろう。 彼女は、衰弱した患者のために・・・その指示された気付け薬を持ってくるのを、三時のお茶の時間まで遅らせたりする。・・・彼女は「何かしてほしくないか」を尋ねるために 眠っている患者を起こしたり、患者が《起きて》いるときには何の世話もしないで放っておいたりする。・・・ 卓台(テーブル)は物を置くためにあり、ベッドは患者が寝るためにある。しかし、そんな看護婦は、重い花瓶や大きな書物や、あるいは床にころがり落ちて汚れた当て枕などを、ベッドの上に置いたりする。・・・ よい看護が行われているかどうかを判定するための規準としてまず第一にあげられること、看護者が細心の注意を集中すべき最初にして最後のこと、何をさしおいても患者にとって必要不可欠なこと、それを満たさなかったら、あなたが患者のためにする他のことすべてが無に帰するほどたいせつなこと、反対に、それを満たしさえすれば他はすべて放っておいてよいとさえ私は言いたいこと、----それは「患者が呼吸する空気を、患者の身体を冷やすことなく、屋外の空気と同じ清浄さに保つこと」なのである。ところが、このことほど注意を払われていないことが他にあるだろうか? 看護士になるには、今年度は一般受験に合格しなければならなくなった朝鮮民族学校の生徒さんも、今年度推薦入試を受ける日本の高校の生徒さんも、受験勉強、たくましくのりきってください。 来年度もし、口約束が果たせなかったら、市大医学部看護学科に限っては、いっそ推薦入試をなくしてまえー、とぞ思ふよ。
2005.11.11
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