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2005.03.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 夏の夕暮れは足が重くて、わたしは倒れそうになる。手の届く所に頼るものがなくて、ゆっくりと立ち尽くす。そして空を見上げる。伸びた首筋から背骨の方へねじれながら、柔らかな無為が流れていく。それを直人がなぞった唇のあとだというには、わたしの身体はもう冷たすぎる。降り積もった苔のような奥深い山の裾へと落ちていく夕日は、わたしを刺し通して散っていくけれどなにも残さない。汗ばむことなく、風は流れている。夏の風は空を高く吹き上げて、そしてまた朝には落ちてくる。わたしが昼の間にすごしたことを、夕暮れは奪ってしまうのだ。だからわたしが直人と身体を重ねるのは、いつも日が沈まない時間で、そして直人の部屋だ。わたしは眠れない夜に直人の匂いを持ちこみたくはない。幸福であったという記憶は、鮮やかであればあるほどわたしの夜を長くする。


 部屋の灯りをつけると、そこに直人の匂いがないことに安心する。鍵は開けたままにしておく。6時になれば、わたしは2時間の間、直人を考えないための理由を与えられる。小さな生徒がわたしの部屋にやってくる。少年は幼いけれど、わたしを決して退屈させない。
 わたしはなにも敷かずに床に座ると、窓に背中を押し付ける。そして掛け時計の振り子が鳴らす音を聞きながら、じっと玄関の扉を眺める。6時から5分と違わずに、少年は姿を現す。「こんにちは」と、扉を開いたままに窓辺のわたしへ彼は挨拶する。わたしは小さく頷くと、彼がきちんと靴を揃えて近づいてくる様子を眺めている。彼は小学生にふさわしくない機能的な革の鞄を壁に立て掛けると、部屋の隅に折り畳んである小さなテーブルをわたしの前に広げる。そうして、わたしの家庭教師としての時間は始まる。
 授業は1時間半ほどで終わり、残りの30分はだいたいお喋りとなる。彼は間違えるべきところで間違えるので、わたしはいつも微笑みを押し殺すのに苦労する。わたしがペンを操って彼の解答を正していくその筆跡を彼は真面目に見つめているが、彼は解答をというよりわたしの指を眺めている。ただ、それを気づかせないほどには、彼は年齢を重ねていない。わたしじゃなくて、もっと教えることに熱心な人間なら騙せたのだろうけれど。彼は家庭教師に教えるべきところを教え、わたしはそれを彼が既に理解していると知りながら教えていく。それはおそらく、あまりに囁かれすぎた愛の告白に似ている。
 授業のあとのお喋りでも、彼は前日から煮込んでおいた野菜料理のような告白を、コンビニエンスストアの気軽さで打ち明ける。クラスメイトの女の子と夏祭りに行くのだけれど、二人きりで上手く話せるかどうか不安だ、というような。わたしは彼に、からかいと注意と期待と悲しみの混じった言葉でアドバイスをする。つまり、わたしは彼にアドバイスを与えているつもりで、彼にわたしを教えている。未経験な少年を導こうとする言葉には、いつも自分がやり損なったことへの後悔が含まれているものだ。





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Last updated  2005.03.02 04:46:03
コメント(5) | コメントを書く


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そうそうそうそうそうそう  
まりあ さん
わたしは彼にアドバイスを与えているつもりで、彼にわたしを教えている。未経験な少年を導こうとする言葉には、いつも自分がやり損なったことへの後悔が含まれているものだ。


そうなの、残念な遣り残しと、想った様に決して完結しない恋の相手への小さな復讐。過去の自分へのあて付け、それから・・・。直人から受け取りたい希望・・。ひみとは凄いわ。ドキドキするし、読んでてほーんと暇しない。ありがとう。楽しんで読ませてもらいました。

(2005.03.02 08:15:15)

('-'*)フフ  
ひみ@喉  さん
 コメントありがとうございます。どんどん登場人物が増えますけど、どうなっていくんでしょうか? まぁ、1話完結ということでいいのかなぁ。

 まりあさんが書かれていた初恋(?)の話を読んで思ったのですが、やはり明るい恋愛を経験しないと、明るいお話は書けないのでしょうかね。まっすぐに好きと言えるような主人公を書こうとしないのは、わたしの記憶がそうさせるのでしょうか… (2005.03.03 20:12:05)

明るい主人公じゃ  
ひみとさんへ さん
あなたの独特な世界は表現できないでしょう。

おそらく誰でもずっと最初は無邪気で我儘で一途に自分勝手な恋ができたはず。

時間が、経験が、そのままの自分では居させてくれない。

ひみとさんの物語の中に出てくる主人公は私は好き

薄い色の影があって
淡々と感情的でなく
静かで、自分をとてもよく理解できている主人公。
おそらく、あなたは
賢く、聡明で喧しくない女性に惹かれるのではないかしら?と妙な詮索をしてしまったけれどw




どこか冷めた自分が生まれてしまう前の
真直ぐな記憶は、ほんとに数えるほどで
それはどれも、近い過去の自分ではなく
遠ければ遠い記憶ほど
真直ぐで恐れを知らず傷つきやすい自分がいます。

(2005.03.05 11:46:23)

ふむふむ  
ひみ@喉  さん
 そうですね。明るい主人公だと、わたしが語りたいものは語り得ないのかもしれない。それでも、憧れるわけですが… 強くて一心で周りを壊しそして作りながらなにかを成し遂げるような人に。直人くんが、そうした人に近いかもしれませんけど。

 真直ぐで恐れを知らず傷つきやすい自分、ですか。わたしは、そうした自分を思い出すことができません。そうしたわたしもどこかにいたはずですけれど… 記憶は単純に過去ではないから、思い出すのかもしれません。それとも、わたしが書こうとするものの中にそれを求めているのでしょうか? 謎ですね。 

 コメントありがとうございます。傷つきやすい自分がいるにしても、他人ではなく自分のための美しい声で泣きたいものです。 (2005.03.05 23:41:02)

あぁ・・。  
まりあ さん
本当に

美しい声で

泣きたい。 (2005.03.06 01:39:57)

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ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 <small> <a hre…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 最後まで、楽しく読ませていただきました…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 抱かれちゃうんだ・・。
ミーシャ3216 @ Re:『かなりあ』(11)(06/07) う。。どうなるのでしょうか・・(//・_・/…
ミーシャ3216 @ うん・・。 >とりあえず、わたしはでたらめだった。…

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