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2005.03.07
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 幼い生徒が帰った部屋で、わたしは一人で静かだ。テーブルは彼が帰る間際に元通りに隅へ折り畳まれ、この部屋にわたし以外の誰かがいたという記憶を部屋は失っていく。少年は清潔な匂いがしていた。彼が身につけていた服に溶け残る洗剤、それとも髪に洗い流されない石鹸の匂いだろうか。どちらにしろ、わたしはもう、その匂いを思い出すことはできない。綺麗に洗い流されたものはいつも力を失う。清潔な匂いはわたしを震わせない、だから彼に勉強を教えるのは夕方なのだろう。直人に与えられたものに、幾重にも砂をかけるための儀式の一つとして。

 夜の窓は冷たくわたしに触れる。首筋が濡れるようだけれど、それはわたしの汗ですらない。カーテンを閉じようとして、夜が目に入る。夏は日が暮れるのが遅いはずなのに、ベランダから手を伸ばせそうな木々の茂りには、太陽の陰は既にない。
 わたしは不意に、「おひさまは、もうねむってしまいました」と呟きたくなる。その言葉がどこから飛び出してきたかを、わたしは闇の中に探る。部屋の明かりを映えて、硬く尖った葉が集まって人の指のように光を包んでいるのを見つめる。しばらく考えて、わたしはその塊に指を伸ばす。ベランダの手すりで身体を支え、下へ落ちる水に抗う人のように腕は硬くなる。触れようとしたところで、わたしの指はとまる。薄い葉が重なった小さい塊は、触ろうとするわたしの指に硬いように思える。けれど、夕方に流れていた大気は、夜になって立ち尽くしている。額に落ちた前髪さえも撫でようとしない、その穏やかさの中でそれはわたしの前にあった。わたしはなにも残さずに、その指の形をした葉に触れられるだろうか。
 わたしは指を折り曲げて、そして腕をへその上に被せるようにしてしまった。風が吹くまで待とうと思った。指の形をした葉から、奥になって次第に闇が濃くなる木々の根元へと眼差しを落としていく。下の階、そしてその下の階の部屋と続いて漏れている光に、木は肌を照らされている。根から土へ、土から土を囲っている赤レンガの囲いへと目で探っていく。わたしは闇を探していた。小さく、確かな暗さをもった闇だ。けれど、わたしが求めているものは見つからない。幼いわたしが見ていた闇はもっと深く、そして冷たかった。そうした闇は、ここには近づいてこないらしい。
 顔をあげた時には、指の形をした葉は消えていた。どの葉たちがそれを形作っていたかさえもわからなくなっていた。風が吹いただろうかとわたしは薄い闇へ向かって腕を伸ばしたが、手のひらにはなにも触れなかった。一足に部屋に入ると、窓を閉めて両側から引いたカーテンを強く合わせる。ひじの裏がすっかり冷えていた。

 クローゼットの隅に押し込んでいたダンボール箱を引きずり出すと、ひとつずつ中のものを出していく。お菓子のおまけやジュースに付いてきた小さなキャラクターグッズ、高校の時のアルバム、使い忘れていた目覚し時計、そうしたものが次々と床に並んでいく。奥の方に、わたしが探していた本が横たわっている。めくったページの最初に、「おひさまは、もうねむってしまいました」と大きな文字で書かれていた。わたしは、「もうねむってしまいました」と繰り返した。





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Last updated  2005.03.08 03:29:28
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ひみ@喉

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Comments

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 <small> <a hre…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 最後まで、楽しく読ませていただきました…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 抱かれちゃうんだ・・。
ミーシャ3216 @ Re:『かなりあ』(11)(06/07) う。。どうなるのでしょうか・・(//・_・/…
ミーシャ3216 @ うん・・。 >とりあえず、わたしはでたらめだった。…

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