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2005.05.23
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 公園は人の気配に溢れていた。真ん中に大きな池があり、それを囲んでランニングコースが敷かれている。深夜になれば人の姿も減るけれど、日が落ちて仕事も終わった時間帯には、若さを失った人たちがなにかを求めてランニングなりウォーキングなり、それぞれに身体を動かしていた。運動する人々を後ろにして、池に面してぽつりぽつりと設置されたベンチには、恋人たちの姿が多かった。わたしと島野は、空いていたベンチによくわからない関係のままに座った。もちろん恋人ではなく、友人でさえなかったし、けれどただのクラスメイトにしては、八重草によって繋がり始めていた。
 島野はわたしが渡したペプシコーラに軽く口をつけてから、
「夕方は悪かったな」
と言った。わたしはその言葉の意味を掴めず首を傾げたが、島野は気づかなかった。わたしたちは二人とも池を眺めていたし、電燈は距離をおいて並んでいたけれど、ベンチの周りは闇が深かった。「なにが?」とわたしは尋ねかえしながら、闇についてぼんやりと考えた。闇の中で人は、はっきりと語らなければならない。二人がお互いに触れられる関係なら触れることで語り、触れられない関係ならば声で語らなければならない。
「朝岡に言われて、俺、黙り込んだだろ。なにか言わなきゃと思ったけど、なにを言っていいかわからないし、よくわからなかったからさ。今、思い返すと、なにがショックであんな風になったかわからないけどな」
「わたしは二つのことしか言わなかったと思う。島野と八重草さんがキスしたこと、八重草さんが島野に不潔さを感じたこと。ショックを受けるなら、後の方だと思うけど」
「そうだな。八重草とキスしてるところを見られても、恥ずかしいけど、あんなにはならないはずだからな。不潔、というのはきついよな。意識してやったわけじゃないんだけど。女って、血を舐められるのって嫌なものか?」
 島野は饒舌だった。どうして彼がそうしているかはわからなかった。わたしはしばらく考えてから、
「知らない。けど、八重草さんは嫌だったんでしょ」
 そう答えて、わたしならどうだろうと考えた。八重草も、日記には嫌悪より嬉しさが勝っていた。わたしも、嫌だとは感じないように思えた。(あのころ、わたしはただの少女だった。自分の美しさに気づかず、醜さに押し潰されそうな薄い胸をしている少女だったのだ。自分が醜いと考えていて、たまに悪くないと思うこともある、ありふれた少女だった。実際は凡庸であるけれど、自分を特別だと思いたがるような。)
 島野は黙り込んだ。暗さに目が慣れて、池の遠くまで見渡せた。ときおり闇が揺れるのは、池鳥が泳いでいるらしかった。見えないところから、鳥たちの鳴き声がたまに聞こえてきた。声だけが可愛らしかった。
「朝岡って、彼氏いるの?」
 ようやく島野が繋いだ言葉は、わたしを混乱させた。島野を横目で眺めたけれど、変わった様子はなかった。息をゆっくりと吸いこんで、話の流れを思い出していく。八重草の話がどうしてわたしの彼氏の話になるのだろう?
「いないけど、どうして?」
「そっか。俺は八重草がどう思っているかあんまり気にしてなかったと思ってさ。嫌そうな仕草したら俺でも気づくけど、表情も変えずにさ、嫌な気持ちを八重草は我慢してたんだな。はっきり言ってくれたらな」
「言えるわけ、ないんじゃない?」
 わたしはそう答えながら、島野の声に硬い響きを聞いた。わたしの嘘は、見破られることなく彼の目を覆ったようだった。そしてそれは、決して島野を救うことではなかった。彼の中で、八重草の死によって広がった深く暗い裂け目に、わたしは今までとは違う名前をつけたにすぎなかった。八重草は島野を愛し、島野は八重草を愛してた。彼はそう考えていた。わたしは八重草から島野への矢印を書き換えて、彼が愛されていなかったことにした。それでも人は、自分を愛さないものでも愛することができる。
 わたしの言おうとする言葉、言わなければならない言葉、そして黙り込むという言葉、すべてがわたしの中で絡み合い、喉を塞いだ。本当のことを言おうとする衝動、それを優しくなだめる島野のための嘘という題目、二つはお互いに相手を食い尽くそうとする違う色をした二つの苔のように交じり合った。遅くはなかった。このとき、わたしが島野に本当のことを打ち明けて、そして八重草の日記を彼に見せてしまえば楽になれたはずだった。たぶん、島野もわたしも。死んだ人間の苦しみをわたしは理解できず、そして島野は隣で苦しんでいた。わたしは、島野の苦しみを少しは和らげることができるはずだった。そしてもともと、八重草が島野を愛していたことは本当だった。わたしがそのことを歪めて、作り変えていた。
「朝岡、起きてる?」
「寝るわけない。それで、島野は、八重草さんのことを」
 ことを? わたしはそこで途切れた。暗い感情が額の裏側に染み込んで、わたしを気だるくさせる。島野をわたしはどうしたいと思っているのだろうか。八重草さんのことを嫌いになった、まだ好き、忘れたい、覚えていたい。わたしは薄く笑ってそのまま口をつぐんだ。(わたしには、自分の意志で本当に悪いことができなかった。わたしが本当に悪いことをなしえたとしても、それはわたしが意図しないところで起った。)島野は自分から、言葉を繋げた。
「まだ好きだな。彩子が俺を嫌いだったとしても、俺が好きだったことには変わりないよ」
「それはどうでもいいけど。頼まれたから、伝えているだけで。島野が覚えているなら、それでもいいんじゃない?」
 わたしはなにがしたかったのだろう。言ってから、自分の言葉が疑問になった。八重草は島野が自分が忘れることを望んだ。島野は、八重草を覚えているだろう。わたしは八重草に頼まれたはずなのに、島野に味方をしていたり、どうでもいいと思ってみたりだ。
「朝岡はかっこいいよ。俺もそういう風に、クールになりたい。なにがあったって、自分は自分みたいな」
 島野がからかっているのか本気でそう言っているのか、良くわからなかった。わたしは少し考えて、
「それで、話ってなに? 八重草さんへの気持ちを話したいなら、他の女の子の方がいいんじゃない?」
と言った。あんまり長く島野の言葉を聞いていると、水の中にゆっくりと引きこまれそうだった。わたしは八重草の言葉を知っていた。そこに島野の言葉が加われば、わたしはゆっくりと引き裂かれていくだろう。島野の前で、それをしてはならなかった。
「その日記に、彩子が死のうと思った理由って書かれてたか?」
「書いてなかったと思う。日記を分けていたのかもしれないけれど、書かれていたのは島野とどんな話をしてどこへ行ったとか、そういうのばっかりだったし」
 言ってから、ひやりとした。嫌いな人間のことを、それだけ続けて書くわけがなかった。幸いか不幸か、島野はその矛盾に気づかず、ひとりで黙り込んだ。わたしは目を閉じて、暗闇に耳を澄ます。靴が地面と擦れ、人々は遠くで笑い合い、水鳥たちは皮袋を揉むような鳴き声を重ねる。自分の首に手のひらを当て、指の腹で太い血の流れを探す。静かにわたしは動いている。どこまでも沈黙するようであり、どこまでも雄弁だった。わたしは声もなく、確かなものへ叫び続けていた。
「俺はわからないんだ。どうして彩子が死んだのか。それを知りたいんだよ」
「もしかして、島野が理由だと思ってる?」
「少し。朝岡はどう思う?」
「傲慢だと思うけど。本当のことは八重草さんしか知らないわけだけど、わたしなら島野のためには死なない。よくわからないけど、そんなに単純じゃないと思う」
 島野はまた黙り込んだ。わたしは残酷だったのだろうか。恋人が自分のために死ぬのと、自分のためにではなく死ぬのと、どちらが人を楽にするだろう。自分のために恋人が死んでしまったのなら、その影はずっとわたしに付きまとうだろう。けれど、愛されていたということは信じることができる。他のなにかのために死んでしまったのなら、ただとり残されたという感覚が残るのかもしれない。どちらにしろ、わたしは苦しむだろう。その苦しみの中で、どちらを選びうるのだろうか。
 足元近くで水鳥が声高く鳴いた。思わず覗きこんで、島野を振り返る。島野も身を乗り出して、池の縁を眺めた。灰の色をした鳥が2羽連なって、水面を揺らしている。
「餌やりたいね」
と、わたしはなにかに土をかけて隠すように言った。島野は少し考えて、
「草、食べるんじゃ? 昼間は、餌を売っている人がいたんだけどな」
「そこらへんの草? 食べないと思うけど」
「そうか? 俺は自分の食べたいものしかわからないな」
 そう言って島野は不意に立ちあがった。ランニングコースの内側に入ると、ジョギングする人たちの邪魔にならないように端を、反時計回りの順路に歩いていく。繋がったふたつの木の実のように、わたしも後ろに並んで歩いた。そのまま公園を出て、コンビニへと向かっていく。もう少しで到着というときの信号待ちで、島野は不意に言った。
「日記は俺に見せれないとしてさ、それなら、朝岡が話していいと思ったところだけ教えてくれないか? 彩子が俺をどう思ってたか知りたいから」
「別にいいけど。だけどさ、色々ありすぎて話しにくいんだけど」
 日記のすべてが島野に関することだった。付き合い始めた日から、最後に会った日までの島野とのことが事細かに書かれていて、わたしの恣意でなにかを抜き出すことは不可能だった。島野はなにかを考えているようで、コンビニの前で黙ったまま、小さく手を振って別れた。島野の自転車が闇に溶けていくのを見送りながら、わたしの身体は震え始めていた。





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Last updated  2005.05.23 23:21:01
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Re:『かなりあ』(7)(05/23)  
まりあ さん
私の中でいろんな考えが浮かびます

読者としてのファン心理としては本当の事を言って欲しいと思ったり

書く側のトキメキトしての期待だったり。 (2005.05.24 00:09:43)

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ひみ@喉

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Comments

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 <small> <a hre…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 最後まで、楽しく読ませていただきました…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 抱かれちゃうんだ・・。
ミーシャ3216 @ Re:『かなりあ』(11)(06/07) う。。どうなるのでしょうか・・(//・_・/…
ミーシャ3216 @ うん・・。 >とりあえず、わたしはでたらめだった。…

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