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2005.06.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類

 放課後になって島野に呼び出された。彼に連れられて教室を出ようとするときに後ろを振り返ると、例の3人組がにやけながら手を振った。
 この前は夏の面影を残していた屋上は、すっかり肌寒い場所になっていた。学校のどこも温かいわけではないけれど、風を遮るものがなくただ吹き抜けるだけのここは、最初に冬が訪れそうな気配だった。わたしと島野は透明な匂いのするフェンスの側に、自然と寄り添うようにして立った。 島野はわたしを忘れたようにして、遠くに沈もうとしている夕陽を眺めていた。一日が終わろうとしている時間で、フェンスの向こうには昔と変わらない様子でサッカ-をしている人たちが薮蚊のように散っていた。なにも変わらないようで、わたしを押しやる確かさをもって季節は流れていた。
「朝岡って、俺のこと好きなの?」
 急に切り出した島野の素直さに、わたしは小さく笑って見せようとして、喉がひきつるのを感じた。笑みにはならずに、わたしを押し流そうとした動きは消えていった。島野の鈍さにわたしは苛立っていた。それなのに、わたしは自分の感情すら知らなかった。
「島野はわたしのこと好きなの?」
 首を振ったように見えて、
「わからない」
 深く尋ねようとは思わなかった。島野があっさりとわたしを好きと言ったなら、悲しかっただろうから。けれどどうしてか、望んでいたはずの島野の答えにも頷けなかった。それきり言葉は途絶えて、しばらくしてから島野は思い出したように、わたしを抱きしめた。

 わたしと島野は、恋人のようなものになった。島野は八重草を忘れたように見えたけれど、わたしたちの間で一言も八重草の話が出なかった。そうしたことがわかるはずもなく、死んだ恋人を裏切ったように見える島野に、同じクラスの女の子たちは近く遠くに悪口を囁くようになった。島野は気にしないようだったし、わたしも元々から彼女たちと疎遠だったから、たいした問題ではなかった。
 わたしたちは街の至るところでデートを重ねていった。わたしは八重草の日記に出てくる場所を街の地図の上に赤いペンで印をつけ、そしてわたしと島野がデートした場所に青い印をつけていった。そして八重草と同じように、わたしも島野に関する日記をつけ始めた。卒業するまでの間にわたしは1冊のノートを島野のことで埋めた。
 島野が東京の大学に通うために引っ越しをする日、わたしは八重草のノートとわたしのノートを島野に渡そうとした。島野は最初の数ページを適当にめくって眺めてから、わたしに2冊のノートを返した。わたしも、あえて島野に渡そうとは思わなかった。わたしには最後まで、島野が八重草を忘れたかどうかはわからなかったから。彼はわたしを見ているようで、向こう側に八重草を見ていたような気がする。わたしは生きているのだから、ある場所では八重草は消えていったのかもしれない。けれど、わたしはそのことで島野を問い詰めるほどには、幼くはなれなかった。言うことのできなかった問いを残したまま、島野は東京に行き、わたしは小さな街に残った。

 別れてから2年目の秋に、島野もまた死んでしまった。友達と飲みに行った店で、他の酔っ払いと喧嘩して頭を打ったらしかった。ひっそりと行われたお葬式に、わたしは母から借りた黒いスーツを着て出かけた。とても退屈な式だった。わたしは笑うことも泣くこともできず、花で埋められた祭壇に飾られた島野の写真をぼんやりと見つめてばかりいた。
 わたしにはそのとき既に新しいボーイフレンドがいたけれど、島野の死は身体の奥深いところで確かな痛みを与えた。わたしはそのときまで島野のことをあまり思い出さなかった。新しい恋人ができてからは、たまに彼の言葉や行為に島野の影を重ねることはあったけれど、すぐに消えていった。島野は過去の人間になっていたはずだった。
 島野の葬式から帰ってわたしはすぐに部屋に篭もり、1週間の間、水だけを飲んで暮らした。そんなことをしても島野が生き返るわけでもなかったけれど、わたしにはどうすればいいのかわからなかった。わたしは2冊のノートを何度も読み返し、読むのに疲れると、腹筋運動を繰り返した。不思議と、空腹は感じなかった。わたしの部屋の天井はとても薄暗くて、夜になると、わたしごと地面の深いところに埋められてしまったようだった。
 1週間たっても、なにも変わらなかった。わたしは相変わらず生きていて、島野は相変わらず死んでいた。2人の立場が逆転することはなかった。わたしは夜中に部屋から出ると、ポタージュスープを飲んでから、ボーイフレンドの家に出かけた。そして何度もセックスを繰り返した。食事の足りないわたしの身体は眠ったままで、なにをしているか良くわからなかった。ただ、意識だけがひどくはっきりしていて、身体を動かしている彼の顔を丁寧に見ていた。
 わたしは彼が眠りについたのを見届けてから、シャワーを浴びて外に出た。涼しげな風が通りぬけて、わたしの髪を乾かしていった。わたしはどこかの喫茶店が店の外に並べているテーブルの椅子に腰掛けると、人の姿が絶えた通りを眺めた。こんなことをしていても、なんにもならなかった。大学もいつまでも休んでいるわけにはいかなかった。決して、どこかへ旅立ちたいなんて思わなかった。
 わたしは椅子の足をいくつか浮かせて空を見上げながら、これからのことを考えた。わたしは大学を卒業すると、あまり大きくない会社の事務員になる。数年して結婚し仕事を辞め、二人の子供を産む。夫ではない何人かの男性に心ひかれるけれど、全てが小さな遊びのまま消えていく。子供は大きくなっていき、わたしはそれに小さな悲しみの混じったたくさんの喜びを感じる。毎日は何度も繰り返していく。大きな事件もなく、子供たちはそれぞれの人生を選んでいく。わたしと彼らの生活は時に交じり合い、それでも一つになることはない。わたしは少しずつ老いていく。砂の城が少しずつ、風に流れるように。そして静かに消えていくだろう。
 わたしは目をつむると、街の中に広がる音を聞こうとした。闇はその深さを何層にも重ね、わたしを包んでいる。その中を貫くようにして、わたしは聞こえないはずのものを聞こうとしていた。わたしが愛した人は、壊れやすくできていた。島野に消えることのない傷をつけたのは八重草なのだろう。わたしが気にすることはないのかもしれない。それでもわたしが掴んだと信じようとしたものが壊れてしまったことは。どうしてだろうか、機械的な水の冷たさを頬に感じた。指の流れをたどると、眼の縁が柔らかな温かさに濡れていた。目はつむっているはずなのに、その冷たさは消えることはなかった。わたしは彼が壊れた音を聞き集めようとしていた。けれど朝になっても、わたしには生きた世界の音しか聞こえてこなかった。





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Last updated  2005.06.13 03:41:39
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ひみとさんへ  
最後まで、楽しく読ませていただきました。

私も勉強しなおします^^

お疲れ様でした。

面白かった!! (2005.06.16 10:11:17)

とうとう出ちゃったね  
ゆう さん
うわさは本当だったよ。
http://himitsu.ath.cx/5
(2006.03.06 22:31:31)

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Comments

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 <small> <a hre…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 最後まで、楽しく読ませていただきました…
ミーシャ3216 @ ひみとさんへ 抱かれちゃうんだ・・。
ミーシャ3216 @ Re:『かなりあ』(11)(06/07) う。。どうなるのでしょうか・・(//・_・/…
ミーシャ3216 @ うん・・。 >とりあえず、わたしはでたらめだった。…

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