先のブログで般若心経に関連して、五蘊について後日伝えると約束をしましたので、以下のとおり整理したいと思います。
バラモン聖典では万物が16の構成要素になっており、それが4つに分類(元素、知覚器官、行為器官、思考器官)されています。仏教では万物が五蘊(色、受、想、行、識)に分類され人間の身体の構成要素とも説明されていますが、バラモン聖典の4つ分類と仏教の5つの分類はそれぞれに意味が対応しています。これを表に整理すると以下のとおり。
バラモン聖典
仏教
人間に例えると
船に例えると
↓ ↓ ↓ ↓
素粒子 (5) 色 身体 船体
知覚器官 (5) 受 五感 レーダーや GPS のアンテナ
想 表象(象を表す) レーダーや GPS のモニター
行為器官 (5) 行 運動能力・意欲・欲望 エンジンの推進力・ヘルム
思考器官 (1) 識 総合調整・自律神経 自動操舵装置
これを見るとバラモン聖典の知覚器官が仏教の受と想に分かれていることが分かります。それぞれの項目の意味は上記の表のとおり人間と船に例えて説明すると分かりやすいと思います。私はヨットマンなのでバラモン聖典の4つの分類の方が現実的に感じます。船乗りはレーダーのアンテナとモニターは分離しないで一つに考えるのが一般的だからです。仏教の場合は何でも5つに分類してしまう傾向(例えば5戒)があるのでこのようになったのかもしれません。
そもそも、万物は現象界(宇宙)を意味するものと考えるのが過去の伝統的解釈ですが、釈迦は宇宙の構成要素を説明する際に人間の体に例えて説明したのではないでしょうか。何故なら宇宙も人間も生命体と考えるならば、一番身近な生命体は人間ですから人間に例えて説明すれば分かりやすくなるからです。それがいつのまにか 五蘊は人間をも表すものとして定着した可能性があります。もしも釈迦がヨット乗りだったら船で説明したかもしれません。私から見れば船で説明した方が分かり安いと思うからです。だとすれば五蘊は結果的に船を意味することになっていたかもしれませんね(^_-)。しかし元々の意味は万物(現象界)の意味が正解です。般若心経に出てくる五蘊はまさに万物(現象界)と考えるべきです。そうでないと般若心経自体が深みのない経典になってしまいます。
さてバラモン聖典では万物が16の構成要素になっていると言っていますが、この16の数字に聞き憶えはないでしょうか?最近16番目のヒックス粒子が観測され16の素粒子が全て発見されたと報じられ、発見者がノーベル賞を受賞しています。最新の科学でも万物は16の素粒子で構成されているというのが常識になっているのです。しかし3000年も前に既に同じことが聖典に書かれているのです。しかも素粒子という言葉まで使っているのですから驚きです。これを偶然の一致と考えるか「何かある」と考えるのか、それは皆さんの自由です。
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