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「ヒデキから連絡がありませんでしたか?」
それは、柔道部顧問のS先生と二人三脚でサポートをして下さっている K先生
からの電話でした。
「えっ?
ヒデキは部活に行きましたが?」
ついに、一番恐れていたことが起こってしまいました。
顧問S先生の雷が、息子ヒデキに直撃
K先生の説明によると、
乱取り稽古8本のうち、ヒデキはたった1本しか練習が出来ていなかった。
それを見ていたS先生は
「ヒデキにはやる気がない」
と判断し、
「練習をやりたくないなら、出て行けーーー」
と一喝。
外に出されたヒデキは、 やがていなくなってしまった
というのです。
K先生からの電話の途中で、ヒデキから電話。
「オレ今日S先生に怒られて、
帰れ
って言われて、今総合体育館のそばにいる」
蚊の鳴くような声のヒデキ。
迎えに行くと、 ヒデキは号泣
していました。
S先生が怖すぎて、
「学校へ戻るのは無理。
柔道もやめたい」
とヒデキは泣いていましたが、
「とにかく自分で反省するところがあるのなら、
ちゃんと学校に戻ってS先生に謝って欲しい」
というK先生の考えに納得した私は、
「S先生に謝ってから柔道をやめなさい」
と、学校へ。
みんながまだ稽古している武道場へ向かうヒデキ。
実際、どんな風に我が子が叱られるのか気になって、
私はこっそり後をついて行き、階段の陰に隠れるように立ちました。
「今頃何しに戻ってきた
さっさと帰れ」
「帰れと言われてさっさと帰るヤツなんかに用はねぇんだ。
お前は今日という日を捨てたんだろ?
明日もあさってもそうやって捨てながら生きていけーー」
それは 想像以上の怖さ
でした。
思わず身がすくみ、涙が浮かんでくるほど。
(ヒデキは一体どんな思いでいるんだろう?)
私は、もう 柔道部をやめてもいい
と思いました。
(みんなが帰ったら、先生に話をしよう!)
ところが、
部活が終わり、みんなが帰ってしまうと、
S先生は 諭すような優しい口調
でヒデキに語りかけます。
「なぁヒデキ、お前、苦しいことは好きか?」
「いいえ」
「そうだよな。
誰だってそうだ。
勉強はどうだ?好きか?」
「いいえ」
「勉強が好きな人もいないだろう。
でもな、 強くなるためには、好きじゃなくてもやらなくちゃいけないこともある。
それに自分で気づかないといけないんだ
」
「 イヤなことから逃げる。
叱られたらふて腐れて帰る。
お前、それでどんな大人になっていくと思う?
」
「 自分に自信がない。
自分のことが好きになれない。
そう言って下を向いているヤツらが、 どうしてそうなるか
わかるか?
自分でやるべきことがわかっているのに、それをやってないからだぞ
」
「朝起きたら
“さあ、やるぞ!”
と声に出して言ってみろ。
その日一日の雰囲気は朝で決まるんだ
」
S先生は 約1時間
、ヒデキたった一人にそうやって話し続けて下さいました。
本当は親が子どもに教えるべきことを
時間をかけて丁寧に、そして真剣に語りかけて下さる先生に対し、私は心から感謝したいと思い始めました。
やがて、
「お前がサボって歩いている間に、みんなはトレーニングして強くなったんだぞ。
お前はどうするべきなんだ?」
ということで、どうやらトレーニングをすることになったようでした。
ヒデキが準備している間に、S先生がふいに武道場から出てこられ、私と目が合いました。
「どうも申し訳ありませんでした」
と頭を下げると、驚いた顔で
「あの、ずっと話を聞かれていましたか?」
と、S先生。
「はい。
ずっと聞いていました」
私は先生に対し、お礼を言おうとしたのですが、
涙がポロポロこぼれてしまいました。
「お母さん、 あと15分
いただけますか?
あいつにトレーニングさせて、ちょっとしごきます。
サイドステップとかやらせるので、あいつまた泣いてしまうかもしれませんが」
「よろしくお願いします」
そして 腕立て伏せ、腹筋、サイドステップ
とトレーニングが始まりましたが、
S先生、K先生が
ヒデキと一緒にやっている姿
に、またまた感動
静かな夜の武道場に響く3人のかけ声。
約50分間
トレーニングをして、7時過ぎに武道場を出てきたヒデキは、 スッキリしたような爽やかな笑顔
でした。
「ヒデキ、柔道やめるんだっけ?」
「ううん。
やめない」
「さっきは、もう柔道部をやめるつもりだったよね?
どうしてやめないことにしたのか、教えてくれない?
」
と私が尋ねると、ヒデキはこう答えました。
「F先輩に勝つ」
私は聞き間違えたと思いました。
言っている意味もよくわかりませんでした。
「F先輩って聞こえたけど、ヒデキの憧れの部長さんのこと?
“勝つ”
っていうのは “越える”
って意味?
F先輩は全国大会で3位だったから、
ヒデキは2位か1位を目指すってこと?
」
「違う。
F先輩と勝負して倒すまで
柔道はやめない」
恐らく、今試合すれば、 100回やって100回負けるはずの相手
です。しかも、開始後 10秒以内に一本負け
するでしょう
。
「ヒデキ、勝てる見込みがあるの?」
と、思わず質問した私に、
「ううん。
今はまだない」
と答えて、じっと一点を見つめるヒデキ。
よくわかりませんが、
それがヒデキなりの答えなんだと、私はわかりました。
「そっか。
じゃ、まだまだやめられないね」
S先生は小学生を筆頭に4人の息子さんのお父さんです。
あとで聞いた話ですが、
この日息子さんの一人が逆上がりが出来るようになったお祝いに、 夕食は家族で外食することになった、 とその息子さんがとても楽しみにしていたとか。
K先生は咳がひどく、S先生に帰るように促されたようですが ”大丈夫です” と、最後まで一緒にトレーニングしてくださったそうで…。
「2人の先生がヒデキのために貴重な時間をくださったんだ。
贅沢なトレーニングだったね。
感謝しなくちゃいけないね。」
帰ったら、柔道部の仲間から、 励ましや心配のメール
がたくさん入っていたそうです。
良い先生と仲間に恵まれ、
ヒデキは少しずつ成長させてもらっています。
ひなたまさみ