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先日の公民館祭でのイベントの一つに宇田川地区青少年育成会郷土芸能部の「淀江さんこ節」銭太鼓等の特別参加がありましたこの銭太鼓については当地区でも「民謡クラブ」の十八番となっています民謡の歌い手に合わせて「ジャラジャラ」「シャンシャン」とリズムカルに銭特有の音、踊りを楽しんでおりますこの「銭太鼓」と云うものがどういう構造になっているものか漠然とは知っていましたが訳あって徹底分析?をしようと先輩(OHさん)宅から借用してきましたのでご披露します。興味ある方は続けてお読みください。まず「銭太鼓」の舞台をご覧下さい可愛いですね、これが安来節に合わせて「シャンシャン」となる音はなんとも云えぬ気持ちよいものです太鼓というからには筒の両端に獣皮(と一般に言われています)をピーンと張って鋲で何箇所も止めているあの独特の形状を思い出される方も多いのではないでしょうかその太鼓を2本のバチ、または鼓(つづみは手ですね)で軽やかに打ち鳴らすのが「太鼓」なのですが・・・・・・「銭太鼓というのは踊り、民謡、その艶やかな飾りもの全体を総称して銭太鼓というのですか?」と問うとこの質問にびっくりしたらしく友人O,H「これが太鼓、銭太鼓だよ・・・」と「ちっとも太鼓に似ていないのではないか、太鼓のイメージが湧かないのだが?」OH「そう云われればそうなんだけどまあ構造を見てくれ」すなわち踊りの道具(両手で持っているもの)そのものが「銭太鼓」なのです 33cmの長さです きれいですね「ふー・・・・ン」分解までする訳にはいきませんが中をカメラで覗いてみました30cmばかりの空洞の筒(理想は竹が最良だそうです・・・響きがダントツだそうです)の両端に太さ3mm、2本の心棒が銭の間隔で直角に配置されていますそれぞれに5円硬貨が3枚入っています片側6枚ですので一つの銭太鼓に12枚×5円=60円(余談です)ということでこの銭太鼓の心臓部はどうも両端にあるようですね。飾りが邪魔をして全部が撮れません、悪しからず・・・・<今まではこのように思っていました>空洞のパイプに銭、数枚を入れて両端を何らかの方法で終端して飾りを付けてある。そうすると空間で銭が踊って「良い音が出る」と思ったのですが、大間違いでした。もしそうだとすると、不規則に回転する筒の中では銭はまず軽快な運動をしないのだそうです、もし良い音がしたとしても両端を塞がれたら観衆にはその音が聞こえない。ということでした。私の思っていたことは浅はかでした・・・この構造を一体だれが考案したのでしょうかねえ・・・やはり匠の技はこのようなところにも生かされている事を知った次第です小生は無芸の部類ですが折角借用したので暫く練習をしてみたのですがなかなか一朝一夕には難しいものですね。「鉄は熱いうちに打て!」とは云うもののさほど難解なものでもなさそうですあちこちの公民館でこの銭太鼓のクラブが出来て楽しまれているも知りました。このように郷土の伝統を後世に残すことも大切な事だと実感致しました。 最後までご欄いただきありがとうございました。
2009/10/30
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私たちの行政単位は小学校区単位を基本に構成されています。今日は秋の文化祭、別名「公民館祭」が行われました。昨日からの展示場、イベントステージと二手に分かれて準備、今朝は8時集合となかなかのハードスケジュールです戦後「新生活運動」なるものが農村にも入ってきました。健康で文化的な自治会活動を目指し校区単位に公民館が配置されて以後現在まで社会教育活動はこの公民館祭単位で行われています。自治会活動の中枢期間として果たしている功績は多大なものがある、要は市役所の出先機関でもあるのです昭和30年頃までは「農民祭」と呼んだ頃もあったのだけど村市合併を契機に「公民館祭」と云うことになりました。10:00にオープニングとなりステージではコーラス、フラダンス、舞踊、手話、大正琴の発表があり日頃の練習の成果を披露したその合間に金婚・ダイヤモンド婚式(60年)のお祝い式も行われました。(写真は割愛です)ステージの周囲では即売コーナ、バザー、健康相談、歯磨き指導があってなかなかの人出で賑わいました2階では作品展の展示発表です(これが文化祭ですね)<水墨画同好会>昔に比べて出品数が減りました・・・・・毎年そんな気がするんですわが公民館組織で結成されている同好会は21団体ほどあります(水墨画、バッチワーク、カメラ、陶芸、ちぎり絵・・・・・)したがって校区の人々にご披露できるのを楽しみに皆さんは腕によりを掛けて製作に励みます。昔はこの同好会の組織がなかったので各々が出展していましたが今日では同好会単位で出展することになっていますが所属していなくても出展OKです<折り紙><グレイスフラワー>特別参加として(全国こども民族芸能大会出場)宇田川地区青少年育成会郷土芸能部の「淀江さんこ節」銭太鼓・傘踊り・壁塗りの可愛い子供たちの息の合った素晴らしい芸能発表がありました、今後の成長が楽しみですね<銭太鼓><番傘踊り>途中から一般の飛び入りもあって満場の観衆はヤンヤのかっさいです<飛び入り>暑くもなく寒くもない絶好のコンデションのもと年間の最大イベントが終わりましたかといって公民館祭活動は休眠ではありません、また明日からお仕事開始です、地区住民の幸せと発展を願って館長以下3名の職員で頑張っておられます私はその一助としてのお役を果たすだけですが既に現役をリタイアーしておりますので何時でも公民館祭の要請に応じるようにと、また気軽に出かける集会拠点として今後も支援したいと思っていますエッ、小生のお役目ですか?柄にもなく「生涯学習部部長」の役を拝命して3年目になっています。もっともっと元気溌剌な「団塊の世代」の台頭を心から望んでいるのですがねえ・・最後までご欄下さいましてありがとうございました。
2009/10/25
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先日の土、日曜日1泊2日で「アマチュア無線移動運用」を楽しんできました毎年春、秋の2回「米子アマチュア赤十字奉仕団」は屋外で懇親を兼ねて無線通信を楽しみます。この移動訓練は日帰りで行ってきたのですが1日では時間的な制約、個人的な所要があったりして出席率がだんだん悪くなってきましたそれでは・・・ということで2日間の工程を計画しました。役員はAM:11時に集合し機材を積み込んで早速6km離れた「日吉津海浜公園」へと出かけます2日に渡ってご開帳すれば2日間連続して都合が悪いという団員は少なかろう、僅かな時間でもいいから出かけて欲しいというのがこの工程の狙いなんです2日間となると夜間を挟みますね、無線通信というのは周波数帯域の違いで昼間用、夜間用、共用と3つに大別されますしたがって今回は3つの短波アンテナを張りました(遠距離通信)1つの超短波のアンテナを準備しました(近距離通信用)業務用としてはモールス符号通信はなくなりましたが、アマチュア無線は趣味なのでこれを法でもって奪うことは出来ません。このモールス通信は単一周波数ですので伝播効率もよく混信が殆んどなくしかも遠距離まで届くという特徴があってモールスしかやらない無線家もいるほどなんですね、面白いですね。CQCQCQ,こちらはJA4YGA 米子アマチュア無線赤十字奉仕団です、本日の移動地「鳥取県西伯郡日吉津村」から受信します・・・団旗です・・・すっかり色あせてしまいました交信相手局とコールサイン、受信感度等、住所、氏名、交信証の交換を約束して次の方と交信します電波法でイニシャル、ニックネーム、暗号は使用してはならないのです。「プライバシー保護法」が云々言われていますが、我々はオープンです。偽名などは使ってはならないのです。随分味気ないとお思いでしょうけど・・・次の方が交信をお待ちなんです。なぜそんな簡単な交信内容でいいのかというと全市全郡、全市町村から交信をするということは「大変な事なのです」アマチュア無線も色々な楽しみがあって以上の他「道の駅アワード」「名城百選アワード」「日本百名山アワード」「日本全国峠アワード」・・・などあってその場所からの電波をキャッチして交信できたら嬉しいことなんです。 要するに長丁場の「コンクール」なんです。勿論、賞状、盾等のご褒美がありますがそれも自己満足なんですね。子供みたいといったらそれまですが、いろいろなアワード(コンクール)を求めて、また自分もサービス局として珍しい場所で電波を出すと全国からドッと「呼びかけ」がありゾクゾクするあの醍醐味はなんともいえません「***用で顔ほど出しに来ました」といってそそくさに帰ってもそれはそれでいいのです。持参したデジカメもろくに使用もせず無線談義に花を咲かせた夜は夜でモールス通信との2日間でした。エッ! 出席率ですか・・・・平年は30%でしたが今回は60%くらいであったでしょうか。大成功!でした-----------------------------------------------先日から我家では「トリカブト」が咲いています。実はこれは園芸種なのですがそれでも猛毒というからあまり触りはしませんが、ご覧下さい。
2009/10/19
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おなじみの伯耆大山です(ごめんなさい初雪の便りではありません)山頂の標高碑(1,709m)が崩壊の危機にさらされているという話題です。これは正面(西側)からみた大山でこれが出雲、伯耆富士と呼ばれる所以です。大山は<だいせん>と発音し<だいさん>とは読みませんしかし一般的に山は<さん>と発するほうが断然多いですね。その昔、遣唐使が持ち帰った発音が漢音、それ以前に仏教と共に入ったオン(音)が呉音でそれがだんだんと漢音に変化していったらしいのですが一部は呉音がそのまま継承されて現在に至っているのがこの大山<だいせん>なのですね(お経は今でも呉音発音が多いのだそうです)なんだか難しく、怪しくなってきましたが大山は古昔風の呼称で発音されているということです<造山活動について>180万年前から50万年前にかけて噴火形成された巨大な成層火山であった古期大山のカルデラ上に、5万年~1万年前にかけてムクムクと巨大な溶岩ドームが成長した新期大山が乗りかかり現在の大山となっているということです裾野は広大で日本海に達している。新期大山は過去数回にわたり破滅的な大噴火を起こしている。中でも5万年前に起きた噴火は大規模なプリニー式噴火で、大量の火山灰や軽石、火砕流を噴出した。この時の火山灰は偏西風に乗って遠く福島県まで降り注いでおり、関東地方でも目立つ広域テフラとして大山倉吉軽石(DKP)と呼ばれ、地層の地質年代を特定する指標となっている。2万年前の噴火では弥山、三鈷峰、烏ヶ山の3つの溶岩ドームが形成され、再び大量の火砕流が噴出した。最後の噴火は約1万年前で、有史以後の噴火記録は残されていないがこれでもって大山の噴火活動が終焉したとは考え難い。以上 を参考にさせていただきました※随分怖い話ですね、死火山ではないのですか本題です・・・この山容の特徴は見る方角によってガラッと変わります<南壁> 左方面が頂上西側、下方はブナの原生林<頂上をUP> 一番高いところが頂上、ここに標高碑が・・ご覧の荒々しいガレ場の連続でこれが「火山灰や軽石」で出来上がっているのです。この山頂碑(標高碑)は昭和3,40年代は南壁はこれより10~15m後方にあったと思いますが平成には5~6mまで迫ってきて最近ではこれが70cmまで迫ってきたのですこの原因は日本海側の季節風、積雪、雪解け水による崩壊、登山ブームの再来、鳥取県西部地震など考えられるけどそんなことは些細なこと、要するに地盤そのものが軟弱なので風化、崩落が激しいのです百名山(1964年夏初版発行)の著者、深田久弥氏は「なになに富士ならどこにでもある。大山がそれ以上に感嘆させたのは、その頂上の見事な崩壊ぶりであった。東西に長い稜線は、剃刀の刃のように鋭くなって南面・北面へなだれ落ちている。まるで両面から大山を切り崩しにかかっているようにみえた」と述べられています。(表現豊かですね・・・さすがです)<北壁> 北の日本海からの季節風をまともに受けて・・山頂碑はいつ頃出来たものかは判らないらしい(そんなに古めかしいものではなく立派なコンクリート土台の上に凛として建っている)が重量6トンもあるというからなかなか移転も簡単には出来ないという。山頂碑そのものには文化的、歴史的価値があるわけではないがさりとて崩れ落ちるのを黙って見すごすには忍びないですねすでに「移転」が決定されたがその後の詳細は「実行委員会」を作って検討することになっているという。頂上は尖って用地が無いわけではないのでそのうち実行される事とは思いますがそれでも少しでも現状維持しようとボランティア団体が周囲にコモを敷いて土石の流出を防ごうとの努力をされているというニュースが地元TVで報道されました前述したようにこの崩壊を防ぐための土木工事は絶対に不可能です、自然の前での人間の無力さをはっきりと感じた次第です<山頂標高碑の写真について>※山頂標高碑写真を探しましたが見つかりませんでした、インタネットでも検索できませんでした。百聞は一見なんですが・・・残念山好きの友人にでも早めに1枚頼んでおこうと思っています今回は探したり調べたり聞いたりで少し長くなりました最後までお付き合いありがとうございました
2009/10/13
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先日から自治会長さんが2回にわたって地区内有線放送で「秋の一斉清掃」の周知放送をされていたのにすっかり忘れてしまっていた少しばかり遅い朝食を済ませ新聞を読み例のごとくPCのメール、BLOG欄を開いて小用に立つと外から下水の清掃の音に驚きました。一瞬昨夜の放送が思い出され「しまった!」と気が付けば集合時間より1時間のオーバーでありました。わたしを筆頭に家族全員が忘れているなんて一家の一大事でありました。自治会仕事は殆んど私が出役ですのでノーマークだったんです。「やあ、どうもどうも遅れてしまって・・・申し訳ない」の時間帯をすでにオーバーしていたようで規則によって2Kの欠席代を支払いました。共同作業はたったの2Hです、8時の集合ですので10時には解散ですが恒例によってお弁当支給で早々帰宅する隣家の方に「欠席だったが何事かあったのですか?」と心配までしていただいて恐縮してしまいました今日は早朝から大失敗で2Kを取り返そうと一気に我家の外仕事に専念した一日でした(笑)私たちの自治体は32戸で戦後4,5戸増えただけの無風地帯でどこの**さん宅は何人家族で**は**勤務、父母は*才・・・・といったあんばいに全て頭にデータベー出来ていたのが自慢の一つでしたが平成の御世のなるとそれがなかなか解からなくなってきました。自動車通勤、PCの普及によって人は極端に地区の人と疎遠になってきました。田舎でもこういったことが当たり前になってきています。それとは裏腹にやれバランティア、共同作業、思いやり、挨拶なんていう言葉が一人歩きしているような気がしてならないのは私の思い過ぎでしょうかねえ・・・
2009/10/11
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2ケ月ほど「男の料理」はご無沙汰しましたが、久し振りのUPです。台風18号が近づいていたのですが教室の講座ですので予定通り実行となりました。今回も田舎の季節料理です1.川蟹も炊きこみ御飯(山陰ではカニの事をガニと発音します)2.芋煮鍋(山形県の郷土料理) 川蟹のエラを取り除きます(爪の毛の中に虫が入っている場合があるのできれいに洗う)注意点は たくさんの具を入れないことだそうです。今回は人参とコンニャク(小さい角切れ)を使用しました。野菜と出し昆布で調味料としました。蟹の爪は硬いので適当に砕いておきます(御飯の味付けです)よく出汁が出るように米の中に蟹を差し込んで炊飯することです。※この時点では蟹は既に解体しています、悪しからず!炊飯器のスイッチを入れて次は芋煮鍋の準備に取り掛かります芋、ニンジン、コンニャクは一度に入れて芋が軟らかくなるまで煮る鍋材料の大根、豚肉、ねぎ、シメジ、エノキの投入です<そうしている間に蟹飯が炊きあがりました><いただきます><ガニ飯の拡大>新米が山吹色に輝いて<おまけ>餌は中の子袋(赤色)に白身魚を入れてひと晩川のよどみに浸け置き早朝引き上げます。一旦入ったら出られないのです(ガニ捕獲機)だんだん、台風の襲来で風雨が強まりました。PCは少々停電してもいいのですが周辺機器が危ないのでこの辺りでアップしておきます。どうも上陸のようですね、進路のみなさんくれぐれもご用心なさってください。
2009/10/07
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快晴の日が2日続きました少し暑いですね、秋というより真夏を感じる気候でした。中秋の名月も全国的に晴天のようだったらしく山陰でもばっちり見えました。思い出すのは7月の曇天皆既日食です、この日と交代して欲しかったですね。栗のおいしい季節となりました前回UPしたのは夏グリ?だったのですが、今回のは美味しい秋栗?です昔は「早かろう不味かろう」でしたが野菜等農産物が全てそうではないですが果物がそのような気がします。4日に1回でこの位の収穫で5、6回行います。栗ご飯、渋皮煮、焼き栗、クリ餡子と調理法は種々あるようです。<余談ですが・・>何十年も収穫して実はこの品種を知らないのです・・・・・現役時代、先輩の勧めで接木に挑戦したら面白いように接げたのでびっくりです。台木は自然の山に自生しているしば栗の2,30cm物をごぼう抜きし1年間植木鉢で培養します。穂木は晩秋に選定した枝数本を濡れ新聞で包んだままビニール袋にグルグル巻きにして冷蔵庫の下段の隅で越冬させ5月頃に台木に接木(割り継ぎ)すると殆んど成功しました。何でもそうなんですが失敗も考えて数本実施してみたんですが全部活着しました。花と違って栗は大木になりますので鉢植えは無理ですね、雑種地なんか空き地がないと収穫を期待できないからです。<話題を変えて>アマチュア無線の先輩と久し振りにつながって(交信)アイボール(面会)しようということとなった。2つの町界を超えて30kmほど走り山里に行ってみましたあちこちでソバの花が満開でした。8月下旬に種まきして2ケ月ほどで収穫です。殆んど無肥料で無農薬でこんなに育ちますから飢饉時の副食になったのもうなづけます。まだ秋の紅葉は早かったが稲刈りは既に終了していました。早くやってしまわないと猪が出没するという。家族連れでやってきて稲田を遊び場にして稲を食ったり踏み倒してグシャグシャにしてしまうのだ。この猪の匂いがいったん稲穂に付いたら脱穀は勿論、乾燥しても、籾摺り、精米しても匂いが抜けないというウソのような本当の話だから稲も早生品種を栽培して9月上旬に刈り取ってしまうのだという。そんな話を聞きながら無線談義をして久し振りの再会を喜んだ次第です
2009/10/04
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