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保育園ママ友に誘われて、飲み会に参加しました。どんな人がくるのか、よくわからないままついて行ったのですが、来る人来る人、なんか濃い・・・そしてバラバラ。一体どんなつながりがあるの?職業訓練校で一緒だったそうです。(ワードとかエクセルとか)訓練校の先生カード会社勤務で借り過ぎてやばい人に取りたてる仕事の人ヘビメタ長髪の人自閉症の人のサポート(ボランティア)の人鳥五匹と同居2チャンネルの住人etc etc濃い・・・・と思っていたら話しているうちに、私が今通っているコーチング講座と同じビルの5階で皆パソコンを習っていたとか・・・という共通点を見つけたら、なんと私がその講座に行くきっかけを創ってくれた人Hさんが、今度訓練校の先生たちにマナー講座をやるって!「ええ~~~~っ」世界は狭いなあ!「よろしくお伝え下さい」とお互いに言ったりして。そして自閉症の人のサポートをしている人と、すっかり話し込むことになりアートセラピーの話や、実際のサポートの話を聴いて、すごく感動したんです。ところが最後に「自分がやっていることが、すごく明確になりました。引き出してくれてありがとう!」と言われて、びっくり!私は「へ~~~!すごい!すごい!」って聴いていただけなのに!!・・・・でも、そう言ってもらってすごくすごく嬉しかったな。ありがとう。きっしー。で、きっしーは仏教にも興味があるようで、「ある修行僧が中国に行って壮大な自然の中に自分を置くとはじめて、世界が平和であるように。と祈ることができたと聴いた」と、そんな話もきけて・・・・身を置く場所が変わると考えも変わるんだねとそれって自分のあり方が変わるからかなあなどと喋りながら帰った池袋の夜。世界は広い。でも関わりの意識を広げると狭いんあだなあと実感しました。
2005.10.29
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ライフマップセミナーというのに、参加しました。「ライフマップは今の自分が見えてきたり、自分の夢が明確になったり、おまけに思う存分童心にかえって切り貼り出来るので、めちゃめちゃ楽しいですよ♪」というわけで、行ってきました。以前、色彩心理の学校で「コラージュ療法」というのを体験したことがありましたが、あんまりそういうのを意識せずに、やってみました。なんか、すごい出てる気が・・・・2人とか、3つとか、赤とか緑とか。「パートナーとしての関係がべたべたした感じではなくて、自立した2人がお互いを信頼しながら創っていきたい。自分と違う、もう1人の存在(コーチ)を置いて、自分と向き合うことをしている。夫は私を興味を持って見守ってくれる存在でいてほしい。」まだまだ、ありそうです。
2005.10.28
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恒例子育てサークルの日でした。この日のテーマは、「アート&スィ-ツ」お皿にパンケーキを乗せ、食材で自由に表現してもらいました。3才の女の子2人は「ピンク!」その頃ピンクが大好きになる子が多いみたいですね。全部ピンクにまとめて、見ている私も甘い甘い夢の中に埋もれてしまいそうです。あと小学1年生3人。立体的な作品は、左脳的な成長のあらわれのようです。細かい表現も素敵です。子どもたちの作品をありがたくいただいて、お腹も心もいっぱい満たされた母と子どもでした♪写真は一部です。
2005.10.23
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仕事先からgodivaのチョコが送られて来ました。500点の、ちょうど半分くらいまで来て、「まだ半分と思うか」「もう半分きたって思うか」で気力が違うって言うよなあ。などど、半分ひとごとのように「とほほ」と考えていた矢先のできごと。godiva・・・そう言えば、人にあげたことはあるが、自分で食べたことないわ。頂いた心遣いに感謝しつつ、「チョコ食べてこの苦しさが軽くなるはずない」「そんな単純じゃない」と言いながら包みをあけて・・・・一番美味しそうなやつを、娘が手を出して、つい「あ」と言ったら・・・♪譲ってくれました~~~(親のかざかみにもおけません)ひとくち食べたら「あ ま ~~~~~~ い!」*****うまかったっす。godiva・・・・「またがんばろう」と思う*hiruでした。夫「ねえ、それって食べ物に釣られたってことじゃないの?」うん。否定はしないゼ。
2005.10.18
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知り合いのピアニストのヒーリングライブに行って来ました。会場がとっても素敵なところでした。郊外の坂の上に立っている家。裏側が斜面になっていて、そこに様々な木々が植えてあって・・・まるで森のなかの一軒家。テラスに面した部屋にピアノがあって、素敵な絵が飾ってあって古いソファ。演奏を聞く前から、もうそこは異次元。そこに私と娘と、ママ友2組。つまり大人3人。子ども3人(全員小学一年生!)がお邪魔しました。「大丈夫かな。他の方に迷惑かけないかしら」と事前にお伺いをたてたら今回は私たちしかお客さんがいなくて、ちょっと安心。ライブが始まって最初は、子どもが邪魔をしてないかと気をもむママ友。「だめよ」「しっ」という声。場が固いなって思いながら、そのことを何とかしようともする気もなく子どもたちも、背を丸めてじっとしている空間。それでも曲がすすむうち、少しずつ、遠慮がちだった空気が和んできて子どもたちも動き始め、テラスに出たり入ったり、おしゃべりも始まってとても優しい時間。真っ黒な猫が森からやってきました。ここで飼われてるらしく、とても人なつこい。でも絶対部屋の中に入ってこない。テラスまでとしつけられてるのかな?ピアノに漂いながら、テラスを見ると、猫とたわむれる子どもたち。まるで映画みたい。子どもの声や姿さえも、このライブの一部みたいな・・・次第に、深いところへ引き込まれて行きました。「瞑想」状態になって、ここはどこだろうと思うと「懐かしい場所」という言葉がふっと浮かんできて・・・・子どもの笑い声。この声は、現実なのか、懐かしいところから聞こえるのかな。泣きそうになりました。時々現実の子どもたちが「今」に引き戻してくれて、「今この時」を味わい・・・人の声、カラスの声、猫の声、電子音や、緑の香りや、全てのものと同化した感覚がありました。総てが満たされた世界だと感じました。世界は私だ。私は今幸福だ。すべてがただそうである。それでいい。起きてくることが全て、それでいい。って。ライブ終了と同時に、子どもたちが部屋の中に帰って来ました。猫は、どこかへ行ってしまい。美味しい日本茶と和菓子をいただいて、森のテラスを出たら、「にゃー」と挨拶をしに出て来てくれました。豊かで美しい午後を過ごしました。
2005.10.09
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昨日の続き。朝、夫にそのこと言うと、「怖かったんだよ」と一言その時「はっ」と気づきました。娘が帰宅した時、私は2階にいました。「帰ってきて、晩御飯の用意がしてあって、お兄ちゃんしかいなくてお母さん、もう行っちゃったのかと思った!」泣きながら、そう言っていた。腕をはさんで、怖かったんだ。お母さんが出かける日、早く帰って気持ちを受け止めてもらおうと思って、走って帰ってきたのに、テーブルに晩御飯の支度がしてあって、お母さんの姿がなくて、心細かったんだ。その時、なぜ彼女の「怖さ」「心細さ」と一緒にいてあげなかったんだろう。私ときたら、腕の状態ばかりを気にして、「腫れてないね、紫色になってないね。大丈夫だよ」と言うだけで。その言葉の裏の・・・・「だからお母さんは出かけるよ」を、暗に伝えていたんだな。もし「そうかそれは怖かったね」「不安だったんだね」て伝えていれば彼女の気持ちに、句読点が打てたのかもしれないのに。夫は時々、素晴らしいコーチになります。
2005.10.07
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今、人前で喋る講座に行っています。宿題がでています。5分喋る。参加者が自分のこととして、リアルに感じてくれるような、そんなことを喋れと。2回前からこの宿題が出てからと言うのも、もうのすご~~い抵抗感がありました。私の体験を参加者がリアルに感じてくれるかどうか。(参加者は私じゃないんだから、どう感じるかなんてそんなのわからないよ~~~汗)何を話すかじゃなく、どこから話すかのトレーニングです。講座前日。何も手につかない。イライラする。眠くなる。うなされる・・・そこまであがいて準備していったのに、前回の講座は時間が足りず、喋りは延期となりました。そして今日・・・休みました。5時5分まで行く予定でいたんですが、夕食の準備が終わり、そろそろ着替えようかとして2階にいる時に娘が泣きながら.腕に大きな湿布を張り付けて学童クラブから帰ってきました。「滑り台の階段の柵のところにウデをはさんだ」とクラブからのお手紙。「おかあさん。今日は出かけないで!」「子どもと、どっちが大事なの?」とずっと泣きながら言うんです。腕を見せてもらったら、腫れてない。紫色にもなっていない。そのことを言うと「痛いの!痛いのにどうしてわかってくれないの!」・・・欠席しました。以前、泣いて行かないで!と言われた時、しばらくだっこしてたら「おかあさん、もういいよ。がんばってね」と送りだしてくれたことがありました。何が起こっているのかな。どうやら、行くのに気が重い講座に行きたくないばっかりに娘を使って行かないように行かないように仕向けている。そんな気がして来ました。娘がこうだから、行けません。なんてりっぱな行けない理由・・・・眠くても、悪夢にうなされても、今まで子どもを使って抵抗を現したことはなかったのに・・欠席して、夕方駅前まで手を繋いで、散歩に言ってスキップしている娘。思い出したように腕を抑えて[まだ痛い」をアピールする娘。複雑な気分で笑う私。
2005.10.06
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娘が芋掘りに行って、栗も少しもらってきました。おいもさんは焼いたりカラアゲにしたりと、美味しくいただきました。(話がそれますが、関西では芋のことを、「おいもさん」と言う人が多いです。お粥のことは「おかいさん」書いていて思い出して、温かい気持ちになりました)さて栗はどうしようかなあ。スーパーでもう少し買い足してきました。何作ろう。ネットで、調べたら、栗きんとん・・・あら、意外と簡単そう。というわけで、チャレンジ。ゆでて、剥くのが意外と大変。包丁で指を切ってしまいました。見兼ねた夫が、お手伝い。そのまま裏ごし、そして最後の焦がさないように火にかけ続けるとこまで全部お手伝いしてくれました。翌日、娘と茶きん絞りにして 完成~~!一口食べて娘「おいしい!お友だちに、おすそわけする~~」ということで、持って行きました。夫と2人で創る栗きんとん。娘と創る栗きんとん。シアワセな時間を過ごしました。シアワセを感じると感謝の気持ちが生まれてくるなあ。日頃、仕事が6時までに片づかなくて、夕食の準備をしながら心は仕事場に置いてきていて・・・娘が一緒にやりたいと言ってきても、100%楽しめない自分がいました。栗きんとんを作って、いつもと違う視点で生活や仕事をいろいろと考えることができました。ところでお味の方ですが・・・息子「美味しくない」夫「1個であきる」娘「2個であきる」娘の友人家族「無反応」私が残り全部を3日かけて食べました。・・・砂糖が少なかったのと、もう少し水気が必要だった気がします。とほほ。
2005.10.04
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夫が、あるショッピングサイトのポイントが貯まったので「カニ買おう!」と言い、1.5キロのカニを2000円代で購入しました。昨日の夕食はカニ♪「カニとサラダだけでお腹一杯になるから、他はいいよ」と言われ、楽チンな夕食だったのに・・・解体すると「あれ、足りないかも」「ま、足りなかったらあとでラーメン行くか~~」と夫。「ええ~~~じゃあ今からパスタ作るよ」と言うと子どもたちが「パスタはいらない~~」ラーメン行きたいんだ・・・・「いいよお母さんは。俺らだけで行くからさ」「・・・・・・」カニ食べて、一時間くらいして三人で出かけて行きました。私は、静か~~~な家で「仕事」くすん。そりゃ、ラーメンなんか食べちゃいかんでしょ。過去最高の体重なんだからさ。気を利かして、誘わなかったってわかるのよ。でもさ、一応声かけてくれてもいいじゃん~~。すご~く寂しくて・・・なんだろうこの気持ちは。声かけてもらえなくて、なんだか仲間はずれにされた気分?うんうんそれもある。誘われたとしても行かなかった。それを家族が承知している。ことはわかっている。わかっているけど、寂しい。そういうもんだよね。他にあるかな?あ、あった。この間まで「お母さんも一緒じゃなきゃ嫌~~」って言っていた子どもたちが「行ってきま~~す」って言うようになっちゃって、ナンカ寂しい・・・・あらら、これだった!少しずつ子どもが離れていっちゃうことの寂しさ。子離れの準備期間が来たのかもしれません。帰ってきた夫に「そういう時は、一応誘ってね!」と「かなり強くお願い」しておきましたが、夫とそんな風にコミュニケーションしたのは、子離れと共に来るべき、夫婦の時間を創りたい自分を現したかったのかもしれません。兄は中1、妹は小1。妹の年令を考えると、本当の子離れはまだもう少し先なんでしょうけどね。あ、そうそう。カニは美味しかったです(^^)
2005.10.02
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