熊五郎の部屋

熊五郎の部屋

Mar 27, 2009
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同じ工場で働いていた五つ年上の、酒が大好きだった先輩が亡くなった。

映画館があって青春歌謡映画がよく上映されていたからだ。
映画を観終わると、必ず、すぐ近くを流れる渋谷川の橋(天現寺橋)の上で、
遠い故郷を思いながら、とりとめのない話をした。
連れられて、かっぽう着姿のおばさんが忙しげに動きまわる定食屋や、
一杯飲み屋に行った。そこでは、
ごくたまに、五十過ぎのオヤジたちが上司の悪口を、酒を飲み、
飯を食いながら云い合う姿があった。そんな場を見ると、

どの店も地方から出て来た者のたまり場のような安い店で、
店特有の匂いと云うか、表と裏、
矛盾や悲哀に満ちていた…
それは今だから分かるのだろうが…。
先輩は、広尾に住み続け、広尾で倒れ、
あんな年寄りにはなりたくないと云っていた、その歳を少し過ぎたあたりで、
一人アパートの自室で酒を飲みながら、誰からも看取られることなく、
あっさりと逝ってしまった。
冷たくなったその顔は四十数年前と同じ、不敵な笑みを浮かべていた。
久しぶりに歩く広尾の商店街は、おしゃれな店が建ち並び、
どぶ臭かった渋谷川は、見違えるようにきれいな川へと変貌していた。

そして川辺にほんのちょっとだけ堆積しているヘドロを見つけ、
一心に見続けた…。
見続けていると、昔のあの頃のドブ川の匂いと、
おいしそうに酒を飲み、雄たけびを上げる先輩の顔が脳裏をよぎった。
私はなんだか無性に嬉しくなった…。見上げると、

今年も多くの患者の心を和ますのだろうが、若い頃の感傷に浸りながら
走りくるタクシーに手をあげた。





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Last updated  Mar 27, 2009 07:01:07 PM
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