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08/04/02、真夜中僕は彼女のことが好きでたまらないのに、どうやら彼女は少しずつ僕のことを忘れているようだった。海はものすごいパワーを持っているのだ。それがたまたま僕と彼女とでは作用が正反対であったということなのだ。僕らにはいろんなことがあった。しかしそれをも海は渦の中に引きずりこんでしまう。それは自然の驚異だった。僕なんて海の前ではなんでもない存在だった。だからと言って、僕は彼女を諦めようとはどうしても思えなかった。彼女に会いたい、そう思った。彼女が僕を完全に忘れ去ったとき、僕はいったいどのような色になるのだろう?僕はいつか彼女において過去の人になるのだ。それはセピア色の悲しげなものになるかもしれないし、意味のない透明になるかもしれない。僕は彼女と笑いあった二年前を思い出し、あまりにも辛かった一年間を憎んだ。僕らは一年間も会うことができなかったのだ。そう思うと二年前の彼女の声は百年前の蓄音機から聞こえる叫び声のように感じた。メールで見る活字はどんどん物悲しげに見え、海に行くと必ず景色がぼやけた。彼女はあるいはほかの誰かに心を奪われてしまったのかもしれない。それは僕に関係のないことだったし、時代はアイスランドの風車のように回るのだから仕方のないことだった。それでも、僕はなんだか彼女のことを忘れる自信を持つことができなかった。彼女の笑顔を思い出し、彼女の小さく温かい手の感触を思った。鳥肌とは少し違う寒気のような感覚が切なく僕の頭の上に降り注ぎ、つま先まで僕を濡らした。遠いのだ。と僕は思った。海は広く、距離は遠いのだ。僕の持っているボールペンのスプリングを一万個繋げても彼女の手に僕の熱を届けることはできなかった。どうしてこんなに悩んでいるのだろう、と僕は思った。これは冷静な考えだった。僕の好きな人は地球の裏側に住んでいるのだ。そして裏側の雑誌を読んで裏側のビッグ・マックを食べて裏側の誰かに恋をしているのだ。どうして僕がそんなに遠くにいる人にここまで心を揺れ動かされなくてはならないのだろう?マッチを何本も着けては消し、ため息を人生二回分ついても、僕は彼女のことが頭から離れなかった。僕の心臓はどうやら彼女の色に染まってしまっているようだった。それは距離の問題ではないのかもしれない。「忘れないわ」と彼女は言った。ちょうどこの季節だ。僕は帰国を目前にしてずいぶん疲れていた。部屋にはベッドとステレオしかなく、彼女の声は北から南に一直線にかけていく冬の北風を思わせた。僕は幸せだった。「僕も忘れない」と僕は言った。しかし現に僕はこうして彼女のことを忘れようとしているのだ。当時の僕には想像もできないことだった。人は恋をすると運命というなぞかけに飲み込まれてしまうのだ。紫色の雲が四方を取り囲んで、現実があたかも甘いストロベリー・パフェであるかのような錯覚に陥れる。しかしそれは幻想に過ぎないのだ。過去二年間の僕において別れというあるべき事実は―ほかの誰もが往々にしてそうであるように―宇宙の外にある何かのまた外に存在している無関係なハエのようなものであった。僕はまたため息をついた。まただ、と僕は思った。デジタル時計は午前三時を知らせた。僕は今夜も眠れそうになかった。しかたなくCDプレイヤーにHYのアルバムを入れ、ボリュームを最小にして聴きながら適当な本を捲った。夜だけが淡々と更けてゆく。
2008.10.05
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