お茶の歳時記
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大阪・高2自殺:体罰当日に遺書 数日前顧問に手紙「なぜ僕だけ」大阪・高2自殺:「体罰です」顧問謝罪 尾木・法政大教授、小林・武庫川女子大名誉教授の話共に毎日新聞社のWEB記事よりこの件と直接関係あるようなないような事ですが… 私は中学生一人と小学生二人の母親でして、で、PTA役員とか子育て系の掲示板とかを除く機会があると良く聴くのが 「トラブルがあった時の男女の扱われ方の違い」 なんですね。 良く女の子が怪我させられて、それも顔だったりするとその場の意見が 「女の子なのに!酷い!」 とかってなりがちなんですが、男の子だって酷いんじゃないかな…と心の中でこっそり思ってるんですね。 なんと言いますか、男の子って、物理的な痛みに対して強くないと「男じゃない」って扱われがちで、あれが私嫌なんですよ。 人間なんだから、男女の別なく痛いのは嫌、でいいですよね。 で、これが進むと 「男なんだから渇を入れるために殴られるのはあり」 ってなってしまい、まぁ自分がそうされていいならもういいですけど、自分以外の人間に対してまでそれを要求するのはおかしいんじゃないかと思うんですよ。 「男だけど、殴られるのは嫌だよ」 ってのが、どうしてダメなのかが解らない… 結構前に青木悦さんの(どの著書か忘れましたが)本の中の一文に「殴らない指導って何?」ってのがあったんですね。 某女性オリンピック選手なのですが、男性指導者が「この子の指導を指導を始めた時、この子は日本の宝なんだから大切にしないと、という事で殴らない指導をしました」的な事を書いてて、それに対して青木さんが「たからじゃなければ殴ってもいいのか」な反論を書いてたわけですね。 私もこれ見て「なんなの…」と思ったのですが、未だに「部活とかスポーツと勝手そんなものじゃないですか?」と平気で言ってくる人がいるんですね。 過去殴られなかった人間なんていないよ、とかそんな事どうだっていいんですよ。 自分が過去殴られて、それに耐えたから偉いわけでもない。 殴られたら辛い、殴らないで欲しい、という主張がどうして「弱い人間のする事」となってしまうのか。 しかも、私が子育てするにあたって感じている、これが男の子だと余計正しい方法で主張するのが難しい状況なのが辛くもどかしいです。…という記述をmixiの方でも書いてます。でですね、実はこの件に関して昨日から「教育なんだから殴られて当たり前」って前提の人とやり取りしているのですがこれがもうしんどい…私は「いかなる体罰=暴力、いかなる暴力も教育現場には持ち込んではいけない」という前提なので本当に辛いです。あ、でも自分の書いた言葉に対する反応なので、一応真面目にやりとりはしてますよ。すごく久しぶりに楽天で書く記事がこんなんですみません。
Jan 9, 2013
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