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2004年11月27日
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カテゴリ: 小さな旅
 漁師町の真昼間は静かだ。日溜りのような勝浦港の河岸には、ぽつんぽつんと釣り糸を垂らす人がしゃがんでいるだけ。あとは犬を連れて散歩をする人とすれ違っただろうか。スーツ姿の男が一人歩いていたところで、別になんという目で見られることもない。
 傾斜しながら海面へと続く岸には、たくさんの漁船が乗り上げている。スクリューを上げて、しばらくは動く予定も無さそうだ。
 日向ぼっこをしているように停泊中の船が一艘いる。エンジンルームらしきところから突き出した煙突が、旧式のストーブみたいだ。ちょっと船を停めて買い物にでも行ったみたいに、無造作に岸に停泊している。ロープをほどいて飛び移れば、すぐにでも奪取できそうだ。
 こういう昼間の漁港をみていると、いつもこう眠ったように穏やかなのかと思うが、整然とした漁協市場の静けさは、かえって殺気立った朝の空気を想像させる。積み重ねられたプラスチック製の水槽。早朝には並べられ、水を張られて、獲れたての魚が入れられるのだろう。市場のコンクリートの生臭さは、どんなに洗っても拭い取れないほどに染み込んでいる。それでもセリが終わる度に床は洗われて、清潔さを保たれているのだ。その静けさと清潔さと生臭さが、不可思議な緊張感を漂わせている。それこそが漁師町の静けさだ。

 今年の秋、沖縄の糸満に行った。そのときも同じような印象を持った。整然と列をなして停泊する漁船。漁師の姿はどこにも見当たらない。ガランとした市場には、やはり、どうしても拭い取れない生臭さが残っていた。
 糸満といえば漁師町の中でも名門だ。名門というのがおかしければ、つまり、ある時期に天才的な漁師たちがしのぎを削っていた、とでも言えばいいだろうか。戦前までは世界的にも有名な漁師団で、独自の追い込み網による漁法で大漁を繰り返していた。興がわくと丸太舟にするめと米を放り込んで、黒潮に乗り、はるか熊野灘まで漁にきたという話もある。そういう伝説的な漁の話には事欠かない。
 沖縄で海人(うみんちゅ)といえば糸満の漁師のことをいい、半農半漁で暮らしている他の漁村とは別格とみなされている。糸満の漁師たちは、ただ魚を捕ることのみで生計を立てていた。だから近海での漁だけでは満足せず、はるかに遠い海まで出向いて漁をしたのだ。彼らの中では、国境とか縄張りとか、そういう線の意識が希薄なのだろう。
 思えば、糸満に限らず、漁師と言う職につく男たちはみなそういう傾向があるのかもしれない。日本に稲作文化が根付いて、いつの間にか土地に無数の線が引かれて、区画化された土地の所有者が決められた。でも、そういう弥生系の思想には必ずしも組せず、誰のものでもない野に出る、海に出る、そういう縄文系の思想を受け継いできたのだろう。
 陸に上がった漁師は、どこか、とろんとしている。ちょっとだらしない雰囲気が漂っている。それは、たまたまその男が飲んでいたからかもしれないが、船に乗って手を振ってみせる彼らの引き締まった笑顔は、陸上でする伸びきった笑いとはまったく異質だ。彼らは海がたまらなく好きであり、また、怖がってもいる。境界線もなく、底の知れない海の上で、彼らは常に自由であり、また死とも向き合っている。その緊張と喜びと不安が交じり合った心のありようが、漁猟民族として生き続けている彼らの誇りの底流にあるのかもしれない。


 二十代半ばくらいだろうか。髪を後ろに束ね、スラッとした体格で、背筋を伸ばして勢いよくペダルをこいでくる。
「誰だろう…」
 とお互いに思ったのだろう。彼女は急にこぐのを止め、惰性で走りながら、ちょっとこっちを見ている。やはり、スーツ姿でこういうところを歩く奴は珍しいらしい。細面の美人に見えたが、気が強そうというか、意地を張るのが得意そうな感じだ。でも、その意地の張り方は結構好きかもしれない。そんなことを思うか思わないかのうちに、スーッとすれ違っていった。そして、また後ろからペダルをこぐ音が聞こえてきた。
 なんかいいな。漁師町にはああいう女が似合うよな。それにしても、この心に蒔かれた種みたいなものは何だろう。きっとこれは…、などと取り留めのない空想に耽りながら、そのまま商店街の方へ歩いていった。


                    つづく

日向の漁船





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最終更新日  2004年11月27日 17時59分23秒
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