空腹ラッコの雑記帳

空腹ラッコの雑記帳

2018/02/08
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テーマ: 裏切り(4)
カテゴリ: 音楽
映画 "FAKE" (2016年) に関するいわゆるネタばれを含み、特に「衝撃の12分」に関しても言及しています。また、ストーリーをなぞったりエピソードを網羅する内容ではありません。この映画の内容に触れたくない方、あらすじをご存じない方は、以下の記述をお読みにならないことを、強くおすすめいたします。



終盤の12分の作業風景。ここでS氏は補聴器らしきものを用いて器具が発する演奏音をとらえようとしていました。音を鳴らすのが困難なはずの左手も援用しています。それまでの説明と完全に矛盾しますが、その様子からなりふりをかまっていられない必死さが伝わってきました。
もう一つ必死さを感じたのは、構想を書き散らしたメモが映り込んだときです。交響曲第「2」番での無機質的な整頓ぶりと対照的な、訂正のあとが残る走り書き。何かが生まれようとする現場にふさわしいのはどちらでしょうか。

さて、できあがった作品ですが、クオリティはあえて書きません。ただ、例の交響曲には類似した雰囲気の箇所がありました。以前辛辣に評した第2楽章終盤の鐘が鳴る場面もそうです。N氏の論に立てばS氏はこの曲に自作の素材を提供しておらず、従ってこのような部分すらN氏に丸投げしていたことになる。それならば、自力で到達できた意味はご本人にとって大きいといえます。

こうしてM氏の圧迫に応え、それなりの達成感を得てようやく視線が未来に向かおうとしかけた矢先に、M氏のとどめの一言が刺さります。S氏の一定の高揚感をほとんど無視してとっておきのキラーワードを口にする。今日で撮影は終了。用済みになるS氏の心情などどうでもいい。大事なのは「この場でそれが言える自分」を映画に刻むこと。被写体は利用するだけ、M氏がこの点において言行一致の人であることが見事に示されていました。

M氏が最後の一言をどれだけ大事にしているかは、自身の手になる海外での映画祭手記で報告していました。スタッフロールで席を立つ観客をみたときのあわてふためき方。それは、 流れていたS氏の作品が観客を引き留める力を持っていない


M氏の一言の結果がその後のS氏です。燃え上がりかけた自力での創造への展望に水を浴びせられ、視線は未来からふたたび過去へ。過去の報酬へのこだわりに終始するあのS氏に回帰しています。

せっかく購入したシンセサイザーが再び使われることはあるのでしょうか。





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最終更新日  2018/03/05 06:21:42 AM


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