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ある長寿番組が終わろうとしています。Eテレでなんと25年にわたって続いていた「ビットワールド」。終了することが公になって,多くの惜しむ声が寄せられ対象の子ども達だけでなく「子どもだった」人たちがいだく思い入れの強さが印象的です。番組そのものは3月までですが,2月27日はその物語部分の最終回でした。物語の舞台では,視聴者の分身であるアバターの群れの中で,登場するキャラクターが物語を進めていました。最後の最後にアバター,つまり子ども達だけになります。そして物語の中心をつとめていた声が「これからの世界をつくっていくのは(テレビの前の)キミたちだ。キミたちならきっと大丈夫。だって…キミたちは天才だ!」と語りかけて,物語は結ばれました。物語としても,きれいな終わり方だと感心したのですが,それ以上に,このメッセージの潔さに,やられました。この3月にも,たくさんの人たちが長い期間あるいは短いけれど濃い期間を過ごした場所を後にするでしょう。自分だったら,そのとき「これからは君たちの番だ」といいのこしてあとも振り返らず去って行くような別れができればいいな。そのためには,その世界にいる間に,後を託すに足る人材を鍛え上げなければ。そういえば,前回の番組で最後の窮地を救ったのが,アバターを通した視聴者からの数多くのひらめきでした。「キミたちなら大丈夫」の裏付けをしっかり作ってあったことになります。番組が終わるのは様々な事情あってのことでしょうが,それはそれとして鮮やかな,そして心に残る終幕に立ち会えました。
2026/03/02
水曜日(2月5日)SNSで「はいだしょうこ」がトレンドに上がっていました調べてみると,午後9時からのバライティではいだしょうこさんが大活躍されていたようです。その一つが,「特別な日でもないのに甘いものを食べる」罪悪感を消し去るためにしていることを披露した時でした。突然歌モードに入り な~~んでもない日 バンザイ 私に? そうです ろうそく消したら願いがかなう …と一曲披露した後 パクリ とやって「これをやると罪悪感がなくなるんです」と結びました。爆笑,ちょっと引き気味という想定内の反響だったのですが,歌は完全に即興のギャグソングとして扱われていました。それにしては繰り返しても揺るがないし,完成されすぎているな,と気になり元歌がないかと調べると「不思議の国のアリス」の一曲としてUNBIRTHDAY SONG という歌が出てきました。364日もある誕生日以外の日もお祝いすれば年中祭りになるという意味のようです。出演者の中にディズニー・フリークの方もいらしたのに「デイズニーをこんなところで使わないで」的な突っ込みはありませんでした。それだけはいださんの破壊力がすごかったということなのでしょうね。はいださんが歌のおねえさんを勤めていた「おかあさんといっしょ」には「だれにだってお誕生日」という歌がありますが,UNBIRTHDAY SONGはそれと対をなすように感じます。どんな日だって,誰かの生まれた大切な日。何もなかったってことは,悪いこともなかったということさあ,それをお祝いしよう。ととらえるのは,最近の諸情勢を気にしすぎの深読みでしょうか。なお,番組では食べてしまった罪悪感解消のためのショートバージョンも飛び出しましたが,この出所は今のところ不明です。
2025/02/06
今日再放送されたようです。映画「おかあさんといっしょ ヘンテコ世界からの脱出」新年早々テレビ初放送を見たときに感じたことが今でも鮮明に残っています。伏線その1:2021年の1月の月歌「ネガイゴト」。この歌の映像では番組で募集した写真つきのバージョンがありました。募集したときのテーマは「幸せな瞬間」だったはずです。映像を見て「ここで使うためだったのか」とアイデアに感心するとともに,採用されなかった写真のことが気になりました。使われなかったことにがっかりした人も多かったことだろう。写真つきバージョンを何通りか用意して週替わりで流すのは無理だったのか,と考えたりしました。伏線その2:2022年7月のコンサートは,交替して3ヶ月の歌のお姉さんが自分の大切なものを探すことがテーマの1つでした。色々思い浮かぶけれどそれは一番大切なものだろうか,そのことに迷っていました。どちらも,この映画とつながっていたのか。初放送で初めて接して思い知りました。「ネガイゴト」が流れるところで現れた数え切れない写真たち,映画のストーリーに決定的にかかわっていた「大切なもの」。この番組に関わっている人の思い入れの深さを今頃になって再認識して,改めて感じ入っています。2021年夏にこの映画を視た人たちは,この映画のことを織り込んで一連の流れを追うことができていたのか。うらやましい。
2023/01/22
年末に放送された「みんなとつくるコンサート」。 eテレの番組「おかあさんといっしょ」や「おとうさんといっしょ」のメンバー達がが共演すると予告されていたので,予想はしていましたがやはり,「幻の」スペシャルステージをスタジオに再現したものでした。 毎年夏に行われる2021年は実施に向けて準備が進められていましたが,感染の急拡大のため直前に中止が決まりました。夏には「スペシャルステージ」を楽しみにしていた人たちの嘆きがネット上を行き交いました。2年ぶりの実施に向けて取り組んでいた出演者・関係者の方々はもっと残念だったことでしょう。 コンサートは盛りだくさんな内容で,スタジオに入りきらないようなスケールを感じさせました。「実現していたらもっとすばらしかっただろうな」と思いましたが,このような形ででも内容を知ることができたことは何よりでした。 「スペシャルステージ」はこのような形でその内容を届けることができましたが,それもかなわないまま埋もれていった,いろいろなイベントに向けた多くの人の思いが,改めて心をよぎります。 今年こそは,そんな状況から脱することができますように。 「みんなとつくるコンサート」は,今日1月2日午後2時から再放送されます。
2022/01/02
都道府県を扱う話題の中で特に不快な「あれ」が先週日曜日またTVで扱われたようです。書き出すときりがなくなりそうで,忘れるようにしていたのですが。この時代に,ましてこの時期に,分断と序列化を持ち出してくる,その一事だけで,まともな取り扱いに値しないことは明白。本気で相手をして標的になってしまった知事殿がお気の毒です。気分直しを考えて久しぶりに10年前の動画を見ました。1つは「祝九州」。タイミングよく,JR九州鉄道プロモーション部がfacebookで動画を公開していました。鹿児島中央から博多に向かって走行した車両に向かって、駅や線路沿いから人達が思い思いに祝意を伝えている。言葉にすれば、それだけの内容なのですが,今見ると新たな感情も加わってきました。締めくくりのナレーション「一つになった九州で新しい力が…」「一つになった(こと)から日本は楽しくなるはずです。」に改めて大きくうなずきました。もう一つはあるかな,と「ニッポン万歳」を探しました。同じく47都道府県を取り上げているのに,その方向は順位づけとは真逆。地域ごとに,中には雑な扱いも交えながら,最後の東北パートで奥底の心情があふれてくるところをまた聴いてみよう。そう思ったのですが,リニューアルされていることを初めて知りました。10年間で自然災害は日本各地に被害をもたらした。もう東北だけではない。そんな変化に,しっかり応えて,東北6県に用意されていた「大好きです」が全都道府県に向けられています。新味のない発表物を,毎年何の配慮もなく垂れ流してゆく「あそこ」と比べ,もうこれは「格の違い」といってしまいたくなりました。期待以上に,不快感を一掃できました。それにしても,10年間あの組織は何を「研究」していたのでしょうか。追記(2024年10月)2024年の結果なるものが発表され,朝日新聞はじめ各メディアで報じられました。おまけに,日本テレビが1時間番組でこの結果を大々的に取り上げています。もうほとぼりが冷めたと思ったのでしょう。芸人を集め,自分が関係する件が下位になっていないにようにと大げさに祈らせ,その姿を映し出す演出は,過去の問題提起を全く受け止めていないことを示していました。確かこの番組では「生きているだけでみな優勝」というポストが思わぬ騒動の引き金にされたあの方を,20㎞以上のマラソンを走りきった直後にゲストとして呼んでいたはずです。ある週は多様性と繰り返していた番組のおこぼれにあずかろうとし,数週間後に誤差にまみれた調査を根拠に47都道府県を序列化する。普通なら恥ずかしくてできないことです。反面教師として,こんな感性の摩耗した人間にならないよう自らを戒めます。極力話題にしたくないので,この形で触れるにとどめます。
2021/11/26
画面で大写しになったダチョウ。いつか紹介した「とり」では(とべないけれど)「大地を走るいさましい」鳥と歌われていました。そのダチョウに合わせて映された美しい字でかかれた文は「灰色で飛べない鳥たち」。なんだこれは,ダチョウをそんな風に扱うのか。こうして,私は公開間もない「君に叱られた」(乃木坂46)のMVに見入ることになりました。「とり」では「とべなくてもできることはたくさんある」といっていたけれどやっぱりみんな飛びたいのかな。パラリンピック開会式で絶賛された「片翼のちいさな飛行機」を知って以来数週間ひっかかっていた感情と重なってしまいました。江川紹子さんの批判が「感動」に水を差された人たちの反感をかっていますが私は,江川さんに近い感想を持っていました。どうしてみんなが「飛ば」なければいけないんだろう。片翼で飛ぶとは,なんてハイリスクな。無理矢理飛ばそうとして,背中を押して,悲劇が起きたら責任を負うのだろうか。多様性と声高に叫んで結局これか・・・ドラマ仕立てのMVでは,センターをつとめるメンバーがダチョウさながらに走っていました,飛ぶためでもなく,ヒロインを目指すためでもなく,友達のピンチを救うために。シンデレラというより「走れメロス」を連想させます。そして。冒頭と同じ美しい字で書かれたメッセージが。「飛んでみたい?それなら,走ることだよ」友達を救おうと走り続けたことは,たどり着いたところで,みんなの拍手で報われる「走り続けることですばらしいことができる みんなにとって,そしてもしかすればあなたにとっても」後味のいいしめくくりでした。開会式での描写,「無理して飛ばなくても」と今でも思いますが,少し違った視点も加わりました。他人には何気ない一歩でも,当事者には空を飛ぶ位の決心を要とすることだってある。そのときに,必要な言葉をかけ,一歩を踏み出すきっかけを作れれば,その人にとっては大仕掛けなエールに匹敵するだろう。そんな考え方もできるようになりました。必要な声をかけられるひとになろう。改めてそう考えるきっかけとして,受け止めています。
2021/09/23
前回の日記は2年前に書いています。そのときは,2年後がこのような状況だとは想像していませんでした。新型の肺炎ウィルスがオリンピックを吹き飛ばし,いつ終わるかの見通しもないままの自粛が続いています。前日も何人もの人がばらばらの情報や意見を発信していました。どれが正しいのか,どれを信じたらいいのか…翌朝になってEテレ(教育テレビ)をつけると「こころの時代」が始まりました。聖書の話題でしたが予想外の言葉が飛び出しました「空の空,空の空,すべては空である」ウィルスを巡るあれこれのご高説が頭に残っていただけに,それと化学反応を起こして,不謹慎ながら吹き出してしまいました。我に返り困惑しました。「聖書の話だよね。」聖書に「空」など出てくるのか。何が「空」なのか。そんな疑問をもちつつ見ているうちに。最近頭によどんでいたものを狙ったかのようなフレーズが語られました。「朝に種を蒔き,夕べにも手を休めるな。うまくいくのはあれなのかこれなのか,あるいはその両方なのかあなたは知らないからである」そうか。何をすればいいのか,ではないのだ。思い当たることはすべてやるべきなのだ。「やる」のではなく「控える」ことが多いのが難しいところなのですが,これまでのどんな偉い人の言葉より私の迷いを打ち消してくれました。まさか,聖書のなかに今の自分のよりどころになる言葉があるとは。
2020/04/19
気になっていた歌が今日流れていました。なぜかよくみるようになった「おかあさんといっしょ」の昨年5月のうた「とり」です。詩人金子みすず氏の「わたしと小鳥と鈴」を思わせる出だしから空を飛ばない鳥を描いているのかと思っていると、あるフレーズにひっかったことを思い出しました。「にっこり笑って」。鳥が笑う?鳥のことだけではないのかも。何でも完璧にできるわけではない。ずっといっしょにいられるわけではない。でもいつでも楽しい気持ちにさせてあげたい、ずっと気にかけている。そう子供に語りかけている光景がだぶってきました。作詞家の方は言葉をあやつり、歌の雰囲気をずらしてゆくのが得意だと聞いたこともあります。そういえばタイトルの「とり」も終わりになると別の言葉と重なります。だからひらがなだったのかもしれないと、思い至りました。考えすぎかもしれませんが。空を飛ぶようなはなばなしい才能がないことを嘆いて、できることに力を尽していなのではないか、などと、一瞬ですが、振り返ったりもしています。
2018/03/12
命の重さは同じである。なぜ?当たり前だろう。案段階の公的文書(意見募集のため公開されていました)の中でこのような論理に出会いました。「当たり前」で済ますのか。理由を説明しないのは思考停止ではないのか。すっきりしない気持ちを引きずっています。昨日一人が職を退き、そして一人の命が失われたことが報じられました。いわゆる疑惑と絡んで大きく扱われましたが、「正義の味方」側の政治家が言い放った「何も変わらない」が心に刺さりました。そうか、地位を失い、命を失うことがその程度の重みしか持たないのか。なら、別の日に過労死遺族と面会した後縷々語ったいわゆる「寄り添った」コメントは何なのだ。この人(達)にとって、命の重さはまちまちなのか。何が重さを決めるのか。「当たり前」ですますのは嘘だからではないのですか、そう問いかければ、どんな答えが返ってくるでしょうか。明日は7周年。
2018/03/10
おかあさんといっしょでは「毎月の歌」が流されます。2月もオリンピックの狂騒の中「おはよう」が披露されました。しかし同じ頃、別の番組から子供向けとされる歌が流され、こちらの方が話題になってしまいました。広く知られることを良しとするなら、批判されるのも損失とは限りません。話題にしてもらえ、ある程度大きな批判でも、天の邪鬼な野次馬が批判を叩いてくれます。炎上商法なるマーケティング手法が成立するゆえんでもあります、「だから」の呪文で世を騒がせたこの歌でも、批判者、擁護者、野次馬がほどよく燃焼してくれました。作品の商品化・拡販はひとまず頓挫しましたが、作詞者の知名度があがり、好感度も決定的に損なわれるには至らなかったようです。ここまでで、本文が一定のトーンを帯びているとお感じかもしれません。おそらく、歌詞の一節に関する体験の影響です。作詞者は、歌詞は取材に基づくと主張しています。確かに「ガマンした」ことを募ったことは広く知られています。そこに寄せられた回答を丹念に抜き書き・整理した方がいらっしゃいました。その労作を拝見したので後出の「大変なことは歌詞の外にある」は自信をもって書けました。そして、回答の中から悪名高い「強がって」も見つけました。しかし、使われたのは歌詞にあるような独身時代の描写を修飾するところではありません。全く異なっていました。(これ以上は省略。元資料がアクセスできなくなれば加筆します。)作詞者は、寄せられた声から、エピソードのみならず表現まで借用したのか。しかも自分に都合が良い箇所へと場面をねじ曲げて。これが「こうなんでしょって想像で決め付けて書いてることは、一つもない」と公言した人が実際にやっていたことなのか。衝撃的でした。子供に関わる人には無意識に正直さ・誠意を期待してきたが、そうとは限らないようだ…、と思いつつ綴った結果、以下のようなトーンとなった次第です。今回の成り行きを追って、この手法に添った展開をたどるために、2つの秘訣があったと感じました。まず擁護者も、批判者も召喚できるよう、作品を刺激的でむらのある構造に仕立てていたこと、そして、ある段階で売り手がうまく振る舞って、自身を被害者、批判者を悪者の立場におけたことです。後者については、作詞者の謝罪で潮目が変わり、野次馬が元気になりました。以下は前者、作品の造りについて、少し長く書きます。歌詞は2系統の素材が補い合わないまま交互に出て来る、サンドイッチの形状になっていました。素材その一は例の呪文「だから」。これが14回でしたか、何度も登場します。この呪文に全国のお母さんに取材したと称するエピソードが挟まれます。いわば具材にあたる方ですが、こちらに微妙な調合がほどこされていました。一見、子供が育っていく過程で起きる大変なことが網羅されているように見えますが、実のところ、選択にむらがありました。「おかあさん」の独身時代から変化した行動に偏っています。その結果、本当に大変なこと(☆)は除かれており、野次馬に「これくらいなら大した事はない」と印象付けることができました。実際、描かれていることだけなら、解決できないわけではありませんし、必須とも言いきれません。甘口のカレーは離乳食同様、家族全員が食べる必要はありません。子供の食べる量が把握できれば、全部食べられることも毎回ではないでしょう。テレビ番組は、録画して余裕のある時間に視聴すれば解決です。批判者を「こんなことも我慢できないわがままな輩」と誤解することは簡単で、現にそのようなコメントで埋められた掲示板も残っています。☆大変なことを含む全貌を直視した例として念頭に置いているのは、2014年話題になったこちらの動画です。次に、この歌を受け入れた方々です。作詞者にとってのお客様。この方々にはこの歌の「だから」が癒やしになります。強く批判された呪文ですが、ことあるごとに「だから」と浴びせられ、それを跳ね返せない人は少なくありません。その言葉を自分に向け、親としてちゃんと振る舞えていないと落ち込む方もおられます。大変な日々の連続なのに、それを口にださない、あるいは出せない、そんな人たちは「だから」と、優しい歌声で届けられれば十分。日頃から聞かされる、あるいは自分の心の中で反復する言葉を代弁してもらえたことで、自分の大変さが理解されたという手応えが生まれます。エピソードが自然かどうかは、気になりません。さて、声をあげた方達は、まず軽量級に偏ったエピソードと「だから」のミスマッチが見逃せませんでした。歌詞にある事柄は、悲壮感ただよう「だから」の呪文で装飾するようなものではありません。繰り返しますが、大変なことは歌詞の外にあるのです。なぜ必要がないものを「だから」と強制するのか。子供に有益でもない、無意味な母親像の押しつけではないか。批判の一つは「我慢したくない」ではなく「皆が我慢する必要がないものを『だから』と強制している」ことから起きたのです。ここまでで、擁護者、批判者、野次馬ともども存分に主張するリングが整ってたことがわかります。素材をちぐはぐに組合わせた癖のある作品は、質としては落第でしょうが、商品としてみれば一つの反響が別のリアクションを生み、より広範な層に浸透してゆき、利益を生むことができます。作詞者は、この効果を秘めた刺激的な商品を送り出し、一定の成果を上げてきました。ただ、このやり方で被害を被る層を忘れてはいけません。子供達です。そして、批判のもう一つの理由は、子供向けの番組で流されたことでした。この歌詞での描写を全体像と言い切れないことは、既に書きました。自分たちが思ってもいない事が子供に刷り込まれてしまう。いや、そもそも歌詞に込められたメッセージは子供達に伝えてよいものなのか(☆☆)。その事への警戒が、批判を大きくし、更にこれまで子供・親の心に響く数々の歌を届けてくれた横山だいすけさんを巻き込んだことが決定的でした。まさに親「だから、こんなに怒れ」たのです。☆☆歌詞にあげられたエピソードのうち、3~4程度はこのリストにもあるように思われますが、リストのタイトルはどうなっているでしょうか。作詞者にとって、今回のバランスシートはどうでしょうか。予想外の批判が応えたように振る舞っていますが、知名度が上がったことでよしとするべきでしょう。あとは講演の場でフィクションをおりまぜて美談に仕立て上げ、擁護者の結束を固めることです。展開如何で、長い目で見れば収穫あり、となるかもしれません。少なくとも、今までの手法を考え直すきっかけにはならないと思われます。ですから、この作詞者が流通させる商品の危うさを改めて実感した人たちは、これ以上子供達が毒されないように、働きかけを展開するほかありません。良貨が駆逐される事が宿命である経済の論理に対抗するには、説得力と粘りが数少ない貴重な武器です。(2月24日5時冒頭加筆)
2018/02/13
映画 "FAKE" (2016年) に関するいわゆるネタばれを含み、特に「衝撃の12分」に関しても言及しています。また、ストーリーをなぞったりエピソードを網羅する内容ではありません。この映画の内容に触れたくない方、あらすじをご存じない方は、以下の記述をお読みにならないことを、強くおすすめいたします。5.S氏の視線は終盤の12分の作業風景。ここでS氏は補聴器らしきものを用いて器具が発する演奏音をとらえようとしていました。音を鳴らすのが困難なはずの左手も援用しています。それまでの説明と完全に矛盾しますが、その様子からなりふりをかまっていられない必死さが伝わってきました。もう一つ必死さを感じたのは、構想を書き散らしたメモが映り込んだときです。交響曲第「2」番での無機質的な整頓ぶりと対照的な、訂正のあとが残る走り書き。何かが生まれようとする現場にふさわしいのはどちらでしょうか。さて、できあがった作品ですが、クオリティはあえて書きません。ただ、例の交響曲には類似した雰囲気の箇所がありました。以前辛辣に評した第2楽章終盤の鐘が鳴る場面もそうです。N氏の論に立てばS氏はこの曲に自作の素材を提供しておらず、従ってこのような部分すらN氏に丸投げしていたことになる。それならば、自力で到達できた意味はご本人にとって大きいといえます。こうしてM氏の圧迫に応え、それなりの達成感を得てようやく視線が未来に向かおうとしかけた矢先に、M氏のとどめの一言が刺さります。S氏の一定の高揚感をほとんど無視してとっておきのキラーワードを口にする。今日で撮影は終了。用済みになるS氏の心情などどうでもいい。大事なのは「この場でそれが言える自分」を映画に刻むこと。被写体は利用するだけ、M氏がこの点において言行一致の人であることが見事に示されていました。M氏が最後の一言をどれだけ大事にしているかは、自身の手になる海外での映画祭手記で報告していました。スタッフロールで席を立つ観客をみたときのあわてふためき方。それは、流れていたS氏の作品が観客を引き留める力を持っていない、そのことの傍証でもあります。M氏の一言の結果がその後のS氏です。燃え上がりかけた自力での創造への展望に水を浴びせられ、視線は未来からふたたび過去へ。過去の報酬へのこだわりに終始するあのS氏に回帰しています。せっかく購入したシンセサイザーが再び使われることはあるのでしょうか。
2018/02/08
映画 "FAKE" (2016年) に関するいわゆるネタばれを含み、特に「衝撃の12分」に関しても言及しています。また、ストーリーをなぞったりエピソードを網羅する内容ではありません。この映画の内容に触れたくない方、あらすじをご存じない方は、以下の記述をお読みにならないことを、強くおすすめいたします。3.「人間を超えた」指示書Wikipedia などでは完成したことになっている交響曲第「2」番。一方N氏はピアノスケッチ段階で頓挫したと自著で語っています。映画ではこの第「2」番にまつわる資料が現れるときき、さすがに関心を持っていました。演奏時間はなんと 110分。どんなボリュームになるのだろう。ロ短調ミサ曲(バッハ)の演奏時間が平均2時間くらいかと思い、持っているポケットスコアをみると350ページありました。さて、思わせぶりにS氏が持ち出した超大曲の指示書は。クリアーフォルダに楽々収まる全く厚みが感じられない紙数枚。例の香ばしさが漂う時間軸に沿ったチャートがここでも顔を出します。印象深かったのは異様な整い方です。訂正が一切ない。芸術作品の構想段階を書き留めたものが、このように「固まった」状態になるでしょうか。(これの10倍くらい詳しいものを作ったとも言っていましたが、その過程で加筆訂正された形跡も見あたらないのが不思議です)この指示書なるものはNR誌の取材でも持ち出されていました(音が伝わらん で済まされていましたが)。従ってS氏が「昨日発見した」と大事件のように指示書を披露するのは、取材のさらに前、すなわち実質1年3ヶ月の撮影最初期です。映画では1時間20分経過後でしたが。========ここで映画を離れますが、こんな状態の「曲」を賞賛した人がおられるらしい。ことあるごとに日本人のクラシック受容のありかたを批判し、最高級の欧風生活抜きにクラシック音楽の享受はできないとのたまうお方。この方が「美しい、人間を超えた宇宙だ」なる賛辞をこの「曲」に寄せた、との書き込みをS氏全盛期に見かけました。ねつ造ではないかと思いつつ、同じ表現に複数の箇所で出会ったため、実在の可能性も感じていました。今回の遭遇で改めて真偽をを知りたく、今はほとんど抹消されている当時の情報を漁ると、どうやら2013年六本木ミッドタウンで開催された「HIROSHIMAの世界展」のパネルないしリーフレット内に、このセレブ評論家殿によるメッセージがあるとの情報がわずかに残っていました。一瞬ですが、この展覧会を逃したことを後悔しました。上記の可能性を前提とした疑問ですが、最上級の文化を享受してご自身の素養を高めてこられたこの先生は、何から人間を超えた宇宙を感じ取られたのでしょうか。もしかして映画に出てきたチャート?だとすればどのあたりに超人的境地を認められたのでしょうか。「大ロマン」と「マーラー」が同時に響くように上下に書かれているところでしょうか、「ヴェーベルン12音」に続いて「ベルク」への転換が指示されている(念のために書きますがすべて文字)ところでしょうか、それともマーカーの色?========映画の指示書に戻ります。S氏が本当にこれを作曲の一部(というより骨格)だと主張されるなら、広く公開されることを提案します。クラシック界、より広く音楽の世界に通用する主張ならば、どこかの「技術屋」さんがその価値を認め、完成させたいと名乗りを上げられることでしょう。複数名おられれば更に好都合。それぞれの方に進めていただき、同じ作品ができあがれば、まさしく大曲の設計図として機能したことの証明となるでしょう。今からでも遅くはありません。日本の調性音楽復権のためぜひご決断を。4.鍵盤と豆乳とタバコこのパートで最初に確認したいのは、自伝(私の云うところの台本)「交響曲第一番」の真偽に関するS氏の認識。現在絶版になっていますが、S氏は「音楽修行については偽、その他については真実」と出版社の質問に回答しています。従って、自伝中縷々語られる艱難辛苦について真実だと明言しています。そのことは承知していましたから、映画で語られた「シンセサイザーを捨てた理由」は噴飯物でした。NR誌取材で「(引っ越し前の)部屋が狭かったから」と説明しましたが、自伝の描写は大違い。指の酷使が招いた腱鞘炎から左手の指がピアノを弾けなくなり、鍵盤を見るのに耐えられず売り払ったことになっていました。その後自作の旋律を音化する必要があったので買い直したという記述もありますが、わざわざ自伝に明記したこのエピソードが本当なら、黙っている必要は全くありません。次に病歴と飲食嗜好品の矛盾。喫煙しコーヒーをためらいなく飲む姿に「ああ、やっぱり」と幻滅しました。自伝中執拗に描いていた闘病録の中に過敏性(大)腸症候群があったことをお忘れなのでしょうか。「一生症状とつきあうことになる」という医師の診断まで添えていたのに。この病気を説明した大多数のサイトでは、注意事項として、喫煙とカフェインの摂取は控えるよう忠告しています。同じ理由で豆乳1リットル飲みも笑えませんでした。成分無調整豆乳が消化器の弱い人にそのような影響を及ぼすか、確たる助言には接していませんが、私は同じメーカーの豆乳飲料でときどきピンチになります。映画のような暴飲は弱い消化器に悩む人の振る舞いと思えません。コーヒーについてはかのNHKスペシャルにも自宅内で飲もうとする場面があり、歩行もままならない体調との食い違いが気になりました。放映当時不審なものを感じた人はいなかったのでしょうか。続いて、小道具としてのタバコについて。終盤の12分はM氏の提案に応えたものですが、その提案中に「(できあがるまで)タバコをやめる」というM氏の言葉があります。頻繁に取り上げられていますが、S氏に与える圧力を考えたものにはごく少数しか接していません。撮影期間中M氏とS氏は時々ベランダでタバコを共にしていました.時に信頼関係を会話で確認しつつ、回数を重ねる喫煙タイム。同じ釜ならぬ同じ場所でタバコを共にする仲となった2人は徐々に打ち解けてゆきました(少なくとも表面上は)。タバコをやめるという宣言は、その関係を絶つという宣告でもあったのです。終盤の12分はS氏をそこまで追い詰めた故の産物だった、私はそう感じています。
2018/02/07
映画 "FAKE" (2016年) に関するいわゆるネタばれを含み、特に「衝撃の12分」に関しても言及しています。また、ストーリーをなぞったりエピソードを網羅する内容ではありません。この映画の内容に触れたくない方、あらすじをご存じない方は、以下の記述をお読みにならないことを、強くおすすめいたします。1. 時系列と早すぎる「転」映像作品は、当然編集を経て私たちに届きます。初歩的な手段の1つが、時間軸上を操作して「わかりやすく」エピソードを配列すること。特にこの映画については公開前後に多数流された宣伝企画から、エピソードの配列に注意すべきだと考えていたので、あるシーンに注目しました。海外メディア(New Republic誌 以下NR)からの取材は、この映画を語る際必ずといっていい位言及されます。S氏の作曲への関与について証明できるものを求め、S氏は納得が得られる論拠を示せません。序盤で映された法律事務所でバッジをつけた職員が自信たっぷりに存在を請け合った「カセットテープをCD-R化した証拠(言うまでもなく複数作成可能)」はどこに行ったのでしょうか。この取材はいつ行われたか。映画では1時間半経過したところでシーンが始まります。ここまでなんとなく育ってきたS氏の言い分に共感しかけていた気分を揺さぶられる、起承転結で言えば「転」の役割を果たす取材。自然に撮影期間の後半に起きたと印象づけられます。後続とのつながりも自然で、「終盤の12分」との連続性を当然としている感想が少なくありません。この映画を厳しく批判するK氏(代作問題記事の著者)も「記者が帰ったあと…」と、「終盤の12分」へのつながりを当然としています(「間に俺が幕張でNと対決しているだろうが、バーカ」と舌を出している御人がいるかも)。本作にまつわるカレンダーは簡単に作れます2014年2月 代作(/共作?)問題発覚 (皆様ご存じ)2014年8月 M氏、S氏に接触 (M氏申告)2014年9月 撮影開始 (M氏申告)2014年11月 映画タイトル後の会話(「事件後9ヶ月」と語られる)~2015年大晦日 報道・バライティ番組の出演交渉 (常識にて判断)2015年1月 NR誌取材記事における取材 (NR誌記事中にて)2015年3月3日 NR誌 記事公開2015年3月27日 M氏K氏を直撃-不発(当日授与された賞状の日付)2015年5月7日 スポーツ紙・夕刊紙にドキュメンタリー進行中の報道 (皆様ご存じ)2015年6月 嵐山での撮影 (M氏ツイッター。ただし二次情報経由)2015年6月30日 「音楽という真実」出版記念イベントM氏とN氏初接触 (出版社告知)2016年1月 クランクアップ (M氏申告)撮影開始は2014年9月とされていますが、導入の会話で「事件後9ヶ月」と語られますので、11月を起点とすればクランクアップまでの期間は1年3ヶ月。NR誌の取材は2015年1月です。つまり3ヶ月目。制作陣には、この時点で早くも「転」が訪れたわけです。S氏は曲への関与について主張を繰り返すが、満足に実証できない。そのことが、早くも明らかにされてしまった。クランクアップまで残りの1年間、それを前提に素材が集められ、映画に組み込まれたのでした。なんと申しましょうか、まあご苦労様としか…。2.敵役へのジャブN氏周辺へのアタックですが、面白いことに、こちらの時期は後へとずれました。どちらもNR誌取材の後です。2015年3月に対K氏突撃(不発)、そしてN氏への奇襲は2015年6月30日、「見方を180度変えてやる」という宣言とともに撮影の進行が公になってからです。NR誌取材以降、外部との接触は2回の奇襲を除けば嵐山での面会。これもK氏への批判を含んでいるので、N氏、K氏を意識したものばかりだといえます。さてN氏への奇襲ですが、かき回しぶりがもう…。撮影禁止が常識のイベントへの撮影機つきアポなし乱入、例の宣言でけんかを売った上での取材予告、しかもイベント乱入後2月以上の放置。取材申し入れは9月(初接触の2ヶ月以上後。一体何をしていた。「いっぱい時間はあった」のに)。S氏との間で「信じる?信じない?」と花占いごっこをしているのとは好対照。こちらは信頼関係を作ろうともしないアプローチに終始しています。相手が断るのを期待するやり方。「本当に」取材する気ある「のかよと僕はいいたい」。おかげで十分な戦果があがりました。N氏は応じなかった、「逃げた」との印象操作ができたのですから。このいわば「敵役へのジャブ」は最初から計画されたものだったのでしょうか。S氏周辺だけではどうにも「取れ高」が稼げないと感じた故の路線修正、その産物かもしれません。
2018/02/06
映画 "FAKE" (2016年) に関するいわゆるネタばれを含み、特に「衝撃の12分」に関しても言及しています。当初厳重に口外無用とされていましたが、今や監督殿(以下M氏)も平気でばらしておいでですから、もやは制約はないと判断します。ストーリーをなぞったりエピソードを網羅する内容ではありません。その種のものはすでに十分流布しています。かような次第故、 この映画の内容に触れたくない方、あらすじをご存じない方は、以下の記述をお読みにならないことを、強くおすすめいたします。新垣氏のイベントに参加できたのはCDを購入したからでした。当時「S氏N氏関連」での出費先は2つありました。一方はこのCD、もう一方が"FAKE"と称する映画です。この2人に関わる曲については2度書きました。関心があったのは曲です。S氏とN氏、どちらも私と接点を持たない個人以上の存在ではありませんでした。ですから、人同士の関係を蒸し返すドキュメンタリーには二義的な興味しか抱きませんでした。さらに映画にまつわるネット上のあれこれの中に観賞意欲をはなはだしく萎えさせるものがあって(今のところ特定は控えます)、この作品に出費したり時間を使うことはやめることにしました。その結果がCDの購入、イベントへの参加とつながっていったことになります。映画への関心が皆無だったわけではありません。作品中唯一流される曲のクオリティ、そして交響曲第「2」番が結局どのような姿になっているかは知りたいと思いました。しかし、本当に一部で力説されるような名曲ならば、何らかの形で流通するだろうと割り切りました。2017年7月になると、幸か不幸か加入していたCSチャンネルがこの映画を放送し、自宅に居ながらにして観賞が可能となりました。それならばと時間は使うことにし、勉強させていただきました。ふむふむ、これが「ドキュメンタリーは○を○○」と公言する方のやり方か、などと心の中でつぶやきながら。稿を改めて、その時の印象を書き留めてゆきます。ただし、かなりひねくれた接し方をしたため、内容は変則的です。つぎのとおり。 1 時系列と早すぎる「転」 2 「敵役」へのジャブ 3 「人間を超えた」指示書 4 鍵盤と豆乳とタバコ 5 S氏の視線は
2018/02/06
もう1年数ヶ月前になります。2016年11月のある休暇をとった日、夕刻銀座を訪れました。これまでN氏と呼んできた新垣隆氏が、本人名義で世に出した曲を収録したCDが発売されその記念イベントに参加することができたのです。CDの中心曲は数ヶ月前初演された交響曲。「連祷」と題された40分程度の曲です。S氏名義の交響曲の世界と類似性が感じ取られ、現に「模倣」との指摘もありますが、かつて改作を提案したことがあった私は、演奏可能な曲を世に残すという責任を果たす意味もあり、一度は作っておくべき曲だったと解釈しています。「改作より新しく作った方が早い」とばかりに新作を生み出したのがこの方らしく、ずるずると楽曲を提供し続けたS氏との関係について、この方が説明してきたことを裏付けてもいます。さて、会場の楽器店・コンサートルームは8分の入り(後方が報道用に空けてありました)。前方には白いピアノが置かれていました。イベントが始まり、新垣氏が登場。大半は新垣氏へのインタビューで、こちらの内容は既に流通しているものがほとんどでした。せっかくピアノがあるのだからと促されて、氏が鍵盤に向かってからの数分間が、来てよかったと思わせる貴重な体験となりました。氏はこの交響曲の抜粋を披露したのです。楽譜なしの演奏で暗譜なのか即興なのか、いずれにせよ、この曲を演奏できる形で完全に自分のものにし、頭と指に覚えさせていることを明らかにしていました。定評のあるピアニストとしての技量以上に、このことが強烈な印象を残しました。その後サイン会が開かれました。言葉を交わすチャンスだと思い、列に並びました。「これからの取り組みで発信される音楽が、少しでも多くの人の心に伝わるものでありますことを願っています」と申し上げ、こちらは謝意とともに受け入れてくださいましたが、聴いたばかりのピアノについて「圧倒されました」と伝えたことには予想とは違う反応を示されました。「いやいや、とんでもない」というようなことを小声でおっしゃり、最初は謙遜なのかと思いましたが、真顔で首を振るご様子から、本気を感じました。真意は何だろうか。あの程度を自分の力と思われては困る、という趣旨だろうか。S氏が「技術屋さん」と呼ぶ芸術家の神業と、こんなものではないぞという矜持。「こんなものでない」のは新垣氏の技量か、それともクラシックの奥深さか。まだ底を見届けていないという不確かな気持ちが、今でも記憶に残っています。
2018/02/05
前回取り上げた「ふゆーん」の歌は今年1月の歌でしたが、その1年前、2017年1月の歌は「ふゆのあいだ」でした。オリジナルは横山だいすけ・小野あつこの当時のお兄さん・お姉さんの歌声で流れていました(最近ゆういちろうお兄さん・あつこお姉さんのバージョンも披露されました)。夏に活躍していた扇風機や風鈴などは冬の間どうしているだろうかという発想で、歌も素敵でしたが、添えられたアニメーションが世界を大きく膨らませてくれていました。お父さん、お母さん、男の子の家族の生活風景を描いたものでしたが、最初は赤ちゃんの男の子が、少しづつ年を重ねてゆくのです。歌の時点は冬なので、ある年の冬に固定されているようにも感じられますが、映像では冬、夏、次の冬、秋、その次の冬…と時の経過をたどってゆきます。歌は桜のつぼみが入園式の季節に花開くことを楽しみに待つところで締めくくられ、映像も幼稚園入園を描き、さらに年を重ねてゆく様子を暗示して終わります。目の前のお子さんが、ずっと今のままではなく、ゆっくりではあっても大きくなってゆくことを伝えてくれる。今の育児に精一杯のお母さん、お父さんに、その先を思うゆとりをひとときでも持たせてくれる映像でした。eテレの年少さん向け番組の歌にはお兄さん・お姉さんの歌声と映像がセットとなってインプットされるものが多いのですが、この作品はとりわけ映像の効果が印象に残っています。今月に入って、だいすけお兄さん(今でもこの呼び方に違和感を覚えません)の歌った歌が残念な形で反響を呼んでいます。件の歌を直接取り上げることはしたくありません(言及すれば暴走しそうで…)。1年ほど前に同じお兄さんがかかわった歌を語ることで、考えていることを暗示するにとどめます。
2018/02/03
3歳児の思わぬ反応に、子供のデリケートな感性を思い知らされたことがありました。聴いていた歌の中に「まいごになった」というフレーズがあったのですが、ある日そこにさしかかったとたんに「迷子になるのはいやだ」と大泣きしました。それ以来、歌詞の何気ない場面が気になります。その1つが「別れ」。年少の聞き手を想定している歌は、おおむね刺激的なところがありませんが、「別れ」が織り込まれている歌は存在します。出会った「おばけ」と友達になるうた、海の動物が少年と仲良しになるうた、雪の精を思わせる「わたし」が子供達と冬を楽しむうた。どの歌にも「別れ」がおとずれます。避けるのがよいとは決して思いませんが、いつかの経験から、子供に残る記憶が気になります。月替わりの歌が楽しみな「おかあさんといっしょ」で、1月は「もくもく ふゆーん」と題された歌が毎日流れました。「はくいきが しろくなる」10文字で言い尽くせる冬の光景が1つの歌に仕上げられています。白くなった息はやがて消えてゆきますが、この「小さな雲」との別れならすぐに再会できる。そのことに、不思議な安心感を抱きながら、ひと月を過ごしました。穏やかな曲想と歌声でひとときを満たしてくれる「ふゆーん」。毎日出会えるのは今週までですが、いつでも会える身近なところにいるような黄がします。
2018/01/31
カステラの本場長崎でひな祭りシーズンに販売される期間限定の桃カステラ果物の桃は使われておらず、フォンダンとよばれる砂糖を使って、桃の形と色彩を作り上げています。何年前のことでしょうか、たまたま2月頃にカステラのお店を訪ねたときに出会い、意表を突かれたような記憶が今でも残っています。それ以来、長崎との関わりはあまりないのに、毎年2月半ば頃になると「今年は出会えるか…」と少しそわそわします。今年も2度ばかり見かけ、得したような気持ちになりました。11日になって、新たな「桃もの」に遭遇しました。「桃おにぎり」です。実物ではありません。NHK-Eテレ「おかあさんといっしょ」でのおにいさんと子供さんの会話から現れました。「あいうえおにぎり」という歌をみんなで歌うとき、好きなおにぎりの中身をたずねるところがあるのですが、そこでの答の1つが「しゃけともも」だったのです。私をはじめ果物の桃と受け取った人が多かったようでツイッターなどで少し盛り上がりました。その中で「桜でんぶを使った桃の形のおにぎりでは」というコメントを見かけ、その解釈に傾きました。桃の色・形のおにぎり。桜でんぶでもできるし、しゃけの色を活かしてでも可能かもしれません。それならば枕詞の「しゃけと…」も活きてきます。ちらしずしのような明るい色彩のおにぎりなら、印象に残ることでしょう。桜に先駆けて春を彩る桃の花を食卓に乗せようとする工夫を、また一つ知ることができたような気がします。(4月13日ひとまず完)
2017/04/11
5年前の4月29日、地震により不通となっていた東北新幹線が全線復旧しました。3月11日の地震と津波は交通網にも大きな打撃を与え、新青森までの延伸を果たしたばかりの東北新幹線も多くの箇所で破損が生じ、東北6県の県庁所在地は、すべて東京との接続を断たれてしまいました。相次ぐ余震に妨げられつつ懸命の努力が続き、ようやくこの日の朝、東京駅からは「はやて・こまち115号」が新青森・秋田に向けて出発したのでした。その5日前、ひとつの呼びかけが何気ない一言から始まりました。九州新幹線開業のために用意されたものの、地震のため地上波からは消えた「祝九州」を意識した提案でした。走行した車両に向かって、駅や線路沿いから人達が思い思いに祝意を伝えている、その様子を伝えるだけの映像が、ネット上経由で広がる中、「被災地にも力を伝えてくれる」と反響を呼んでいました。東北新幹線の再開を控え、九州の映像を話題にしたツイートが秋田県在住の人達の間でやりとりされていた中から、「29日の一番列車に向かって沿線みんなで手を振りませんか」というアイデアが生まれました。再開のわずか数日前に生まれた「手作り」の企画でしたが、ネットを通じて短期間で広がってゆきました。九州発の映像に触発されたことにもよるのでしょうか、沿線の様子を撮影しようという提案も現れました。提案した方は当日こまち115号に乗り込み、他にも車内で協力した方も加わり、車内と沿線が一体となったイベントへと盛りあがって行きました。どのように芽生え、育ち、当日の沿線、そして車内でどのような事があったかについては、今でもネットで多くのことが確認できます。その中には当日の映像も含まれています。何気ない提案、それも実現するか定かでない企画でしたが「笑われることを覚悟で」提案した方がおられたことそれを取り上げ、わずかな日数で準備が進められたこと多くの人が共感し、実行したことその模様が映像に記録され公開されていることいくつもの助けを得て、大きく育ってゆきました。種をまく勇気、それを育てる土壌から実ったこの出来事をどう形容しようか、気恥かしさを覚えるのですが「奇跡」以外にふさわしい言葉を思いつけません。「奇跡」の種は人の力の及ばぬ遠くでなく、身近にもある。種を大きく育てる土壌が人々に備わっている。次々と種が実を結びそれが人達を力づけ、新たな種まきにつながる。積み重ねの中で、もはや「奇跡」は「奇跡」と呼ばれなくなる。そのとき、私たちは、今思いもしない遠くに達しているかもしれません。私が「奇跡」の主人公になるチャンスはないでしょうが、「奇跡」を見ることはできる。心が折れそうになったときは10年近く前のドラマで知ったせりふを思い浮かべよう、この文章を記しつつそのようなことを考えています。「私、何のために生きているの?」「それは…、奇跡を見るためだ」
2016/04/29
3月11日付で触れた曲「この街」というタイトル。いくつもの曲につけられていますが、私が真っ先に連想するのは森高千里さんの曲です。存在しない「泊川」を投入して熊本県に限定されない広がりを備えつつも、屈託のないお国言葉での日常会話が挟まれて、出身県への思い入れを感じないわけにはゆきません。その熊本が隣県の大分とともに大きく傷ついています。5年前のような津波は伴いませんでしたが、終わることのない強い揺れの連続が、現地の人達から力を削り取ってゆく状況は、たまらない気持にさせられます。この曲のことを思い出して、いくつかの方法で聴いてみましたが、ネットには既に地震のことを踏まえたコメントが書き込まれていました。現地では既にこの曲が何度も流されているとの報道も目にします。変わらずにいてほしいという曲に込められた願いは地震により砕かれてしまいましたが、住んでいる方、出身の方にとどまらない多くの人に広がる「この街が好き」という気持ちを受けとめる、そんな新たな役割を果たすことになりそうです。関東にいると、5年前とは異なり揺れや生活への影響は伝わって来ず、画面やニュースを通してでしか地震のことは分かりません。その後ろめたさを感じつつ、被災地の皆様のご労苦を思い、せめて少しでも早く揺れが終息し、復興に専念できる段階に進めますことを願い続けております。
2016/04/26
あの震災のちょうど1年後の日曜日、この日に開かれたコンサートの多くは、1年前への追悼とこれからへの決意を共有する場となりました。よく知られているものを1つだけあげれば、「横浜に響いた『ニッポン万歳』」でしょうか。秋田県能代市では、「ノシロック」と呼ばれるロックフェスティバルが開催されました。これまでも何度か開かれていましたが、2012年はその日が開催日でした(ちなみに2016年は3月13日)。そして、テーマソングとして新たに作られた曲が「何が出来る 夢のつづき」で始まる「この街」です。歌詞に震災のことははっきりとは出てきません。しかし個人的には、聴くたびにあの日味わった喪失感(直撃を受けた地域の方々のお気持ちとは比較になりませんが)とこれからに向かっての決意が蘇ってきます。震災の爪痕が今でも多く残っていて、風化を戒めるために残すか、悲しい記憶を抱く人を慮って撤去するかがしばしば議論になります。しかし、当日だけでなくその後のことでも、忘れたくないものがあります。被災地か否かにかかわらず、お互いを想い、復興に向け力を注ぎ、折に触れて心を新たにして来た、そのことを思い出させるものを大切にしたい。そんなことを考えて、あえて5年前(2011年)ではなく翌2012年の3月11日にちなんだ曲の事を記しました。
2016/03/11
前回(4か月前!)の記事で「例の曲の一部」と少しぼかして書いたのは、一抹のうしろめたさの故でした。 例の曲とは「S氏」の代表作とされた交響曲のことですが、私が聴きとおしたのは第3楽章だけで、聴取可能であった第1楽章は最初2~3分で挫折していました。この曲では各楽章でチューブラー・ベル(以下鐘と書きます)が鳴らされますが、第1楽章では開始後2分で鐘がなるのです。ここが「赤面ポイント」となり、どうしても乗り越えることができませんでした。 前回の印象は、従って第3楽章だけのものでした。その範囲においては自分の正直な印象を書いたのですが、ひっかかりを感じていました。常識では考えられない多くの人が、1時間20分に及ぶ長大な曲にじっと耳を傾けていたこと。私の印象との間には、あまりに大きな落差があります。第3楽章だけで判断してよいのか。まだ聴き通していない第1楽章、第2楽章に私が知らない何かがあるのではないか。 そのような疑問から、一度は全曲を聴いておこうと思いましたが、もはやCDは販売されていません。頼りは図書館ですが、昨年2月時点では何十人もの予約と表示され、当面はあきらめるほかありませんでした。 今年も半ばとなり、あれから1年数か月を経過すると、さすがに状況が変わっていました。とある図書館でたまたま発見したCDを借り出し、この曲の全貌に接することができました。その上での感想を今回は書き留めます。タイトルに付けたように、N氏の著書が世に出ていますが、私はこの日記をほぼ書いた後書店で斜め読みしました。前回の日記ともども、「やはり」と思うところも「あれ違っていたのか」と思うところも色々ありますが、食い違いはそのままにしておき、末尾で簡単に補足します。【謎は深まる - 第1楽章】 今回は初対面の第1、第2楽章を繰り返し聴きましたが、謎は解けません。「こんなに長いのに、こんなに構造をつかみにくいのに、どうして集中できたのだろうか。」疑問はむしろ深まりました。 第1楽章は簡単に言えば遅い序奏と速度を上げた主部ということになるのでしょうが、その前後左右にさまざまなものが投入されています。序奏部の中心に運命あるいは十字架と呼ばれている音型が置かれます(鐘もここで鳴ります)が、そこに至るまでに3つ4つと異なる動機が続きます。ブルックナーの第9のスタイルです。鐘が鳴り、さて主部かと思うと今度は弦楽器中心で悲しい音楽が少しずつ形を変えて続けられます。マーラーのような、「フィンランディア」のアンダンテのような数分間。そしてようやく主部ですが、2~3分経つと腰砕けになり、木管のコラール風のパーツが現れます。バッハあたりの雰囲気を狙っているのでしょうか。お次は固執低音が思わせぶりな「火の鳥」冒頭のような部分。主部はどうなってしまったのだ…。つぎつぎと変わる曲想に、お腹はどんどんふくらんでゆきますが、いったいどこに向かおうとしているのかがつかめず、集中の持続が楽ではありません。【飽食の迷い人 - 第2楽章】 第2楽章もつぎつぎと楽想が登場します。多くのパーツが前楽章から引き継がれています。まるで同じ店の同じコース料理を昼・夜続けて食べさせられた気分。お腹はいっぱいなのですが、どこにいるのかがわからない。第1楽章以上に迷っているという不安感が強まります。個々のパーツは展開されるというより、ただ形や組み合わせを変えて再現しているだけのようで、「変化」よりは同じものであることに意味を持たせているように思えます。すると、私は前に進んでいるのではなく、ずっと同じところを回り続けているのか…。 テンポをあげた部分を挟んで、とりあえず終わったか、と経過時間をみてみると20分。まだ15分残されています。ここまで引き延ばしてこの上何を、と思っているとトロンボーンの古楽風の旋律が現れますが、これも結局は同じ重苦しい空気の中に吸い込まれ、やがて鐘がなります。「そうか、鐘を鳴らし忘れたから15分継ぎ足したのか」私以外にそう思った方はおられなかったのでしょうか。 私の聴取の経過はこんな具合でした。なぜ多くの人がこの音の連なりに、かたずをのんで集中できていたのか。謎はかえって深まってしまいました。【台本なき劇音楽? → 台本の発見】 さて、これら楽章をまたがって使われる数々のパーツのうち、いくつかは旋律というよりは、動機・音型と言った方があてはまります。その種の旋律・動機が何度も現れ、しかも音楽だけでは展開がはっきりしないのに、人を引き付けられる。そんな音楽があるだろうか。 劇音楽。そういえばこの曲での旋律・動機の扱いはライトモチーフの手法と似ています。すると交響曲といいながら「台本なき」劇音楽なのか、と思いかけて…、この曲にも台本があることに思い当りました。この交響曲が現実の音となる2008年に先だって、2007年に刊行されたS氏の自伝、その名も「交響曲第一番」。【仮説】 この交響曲は作曲家の「自伝」を台本とする劇音楽でもあるのか。そう仮定してみると、かなり見通しがよくなりました。「運命」「絶望」という言葉が1・2楽章(で鳴る鐘)に向けられていますが、それは実はS氏をさいなむ「運命」であり、そのもとで自ら課した使命を果たさなければならないS氏の「絶望」なのか。そしてその逆境の中でアカデミズムに浸った現代音楽の主流とは異なる路線で偉大な音楽を目指す「苦闘」が合わさって、全曲は成り立っているのか。自分の「運命」「絶望」の深さと「苦闘」の激しさを語りつくすためには各々の楽章の長さは不可欠のもの。 初めに長さありき、そういうことか。 そしてある段階で後付けの標題が与えられ、私的なものは公的なもの(もう少し書けば政治的なもの)へと転化されました。それが成功したのは、8.6の「運命」「絶望」に匹敵するように自身の「運命」「絶望」を描いていたためでした。(注)ここで注記すると、私は「運命」「絶望」の深さを曲の長さと長さの中での反復から推しはかったのであって、曲想の方からはそれ程のものを感じませんでした。第2楽章終盤、曲を引きのばしてまで鳴らされる鐘をS氏は「絶望の鐘」と呼んでいるらしいのですが、正直に書くと、鐘つきの部分を聴いたとき「あなたの頭の中の絶望はその程度なのですか」と言いたくなりました。「悲愴」第1楽章再現部にはるか及ばず、しかもチャイコフスキーはここでは鐘の助けを借りておりません。ついでに書くと、全曲終盤で銅鑼(タムタム)の最弱音を静寂の中で鳴らし、次元の異なる効果をあげています。 多くの聴衆の人達も、S氏の悲劇とその中からの「創造」の物語への共感をもってこの曲に接していました。本来の台本にあたらずとも、親切な人たちのおかげで同じ趣旨の感動物語が嫌というほど世に広まっています。そのS氏の悲劇の深さ(@自伝)を標題の"HIROSHIMA"や3.11 と重ね合わせ、あるいは自身の体験と情念とも共鳴させながらこの曲を味わう、そのアプローチが私に不可能だった長い曲への集中を可能にしたのかもしれません。【曲自体の価値?】 その考えに立てば、「曲自体の価値」なるものについても、答が出てきます。この曲はもともとS氏の自伝をコアにした作品なのであり、作曲者が別人で肝心の台本もフィクションであるとすれば、はなはだ意味が薄れてしまいます。標題も後付けであることが分かり、残された曲は「中身の伴わないしつこい長話と大暴れ、感動のエンディング付き」と言うほかない。それで、からくりを知った私にこの曲がかくも難解であったのかもしれません。今なお「曲自体の価値」を主張する人は、「S氏が主張しようとした苦悩や絶望はN氏に代弁できる程度のものなのか」という問いに、どう答えるのでしょうか。【第3楽章の効用】 以上はここ2~3週間、第1、第2楽章と付き合ってきた上で考えたことですが、第3楽章が加わると、1つだけ評価できることがあります。第3楽章でもそれまでの動機が再利用されますが、少し印象が違います。第3楽章はアップテンポの部分が比較的多く、多数の楽器を動員した賑やかな部分も増量されています。こうした「爆裂系」の音楽の中でこれまでの動機が再現されると、単に再現されるだけで何となくまとまりを感じるのです。伏線回収の手ごたえといいましょうか。 内外の曲にも、最終楽章の主題を先行楽章から採って用いる例があります。例えばリストのファウスト交響曲。バルトークのヴァイオリン協奏曲(第2番)もそうですし、邦人作曲家の作品にも例があります。ただ、再使用時に印象が劣るように感じてしまい、最終楽章の軽量化を招くことがこの手法の弱点だと思っていました。ところが、この曲では先行楽章の記憶が、流れのつかみにくさ故にあいまいになり、最終楽章での再現は、あいまいな記憶をよみがえらせ「ばらばらだったものを最後にまとめ上げている」ような感覚をもたらすのです。この曲の「構成」について、私は好印象をもちませんが、時折みかける賞賛は、こうした事情を考えれば多少理解できます。【再構成の勧め】 今回書いてきたこの交響曲のはっきり言うと「欠陥」は、パーツそのものについてではなく、その提示、組み合わせ方に関するものでした。S氏は曲の構成・設計での役割を主張しますが、私はその設計にこそ難を感じていることになります。 よりコンパクトに再構成すれば、パーツの側の問題は残りますが、魔法が解けた今でも展開を追い得る曲に再生できるのではないでしょうか。実体のない台本を捨て、構成・設計での分担を主張するS氏の主張を封じることで、著作権の問題で演奏がかなわないこの曲を救い出すことにもなります。実際に演奏され、受け入れられるかは別の問題ですが、演奏しよう、聴こうと思えばそれができる、選択可能なものを用意することは、この曲にのめりこんだ人に対する作曲者の義務ではないでしょうか。かような次第で、再構成を勧めたい気持ちは、実は本心です。報酬までは用意できないので「指示書」は無理ですが、提案書ならつくってみましょうか、と考えたりしております(こちらは冗談)。【補足 - 驚きの楽曲解説】 少し角度を変え、CDに付けられていたブックレットにも触れます。東京大学の先生を務められる方が楽曲解説をご担当ですが、そのスタイルがはなはだ予想外でした。後になって雑誌でこの曲をパスティーシュと意義づけ、返す刀で「ひとつの限定した聴き方をメディアを通じて大量に押しつけたこと」を問題とされた先生が、このブックレットで「限定した聴き方」へと誘導する語彙を使いまくっておられたとは。「運命が扉を叩く」、「絶望の宣告」、「死を覚悟したような」、「最後の鉄槌」物語性を否定した覚えはない、と新聞記事でのご自身のコメントを否定しておられますが、こんな物語性そのものの形容を連発していれば、なるほどあのコメントは消し去りたいでしょう。消し去ろうとする方向が有効だったとは思えませんが。 それにしても、普段下々を見下ろす臭いをただよわせるこの先生の言動とは裏腹に、この楽曲解説が立つ視点は下々そのもの。 本当にこの先生の手になるものでしょうか。【補足 - N氏本を一読して】 曲に対して一定の自負をお持ちのところは、当初の私の認識と違っていました。オリジナリティへのハードルが必ずしも高くないことは、最近流通している曲たちから想像がついていましたが。(再構成を持ち出したのもそれを知ったからでした。) 一方であの曲が「音にならない」と想定・希望しておられたこと、にもかかわらずあれだけの反響を呼べる曲に仕上げておられたことには、正直なところ参ってしまいました。技量にというより、ある種の誠実さ、作曲家魂に対して。(それにしても、込めなくてもいい作曲家魂を込めてしまったことが権威筋まで巻き添えにしたSバブルにつながってしまったのが、なんとも皮肉です。)
2015/06/28
ちょうど1年前の2月5日は、私にとって心の片隅を覆いつつあった霧が晴れた日でした。 一人の「作曲家」がクラシックという分野では考えられないような賞賛を浴びている。異論も見かけるが、そのような意見の多くに罵詈雑言が殺到する。テレビ番組の放映、新作の紹介、新曲やCDへの高評価…、ステップを一つ上がるたびに、勝ち誇り、批判者を罵倒する書き込みが連なる。そして、この渦は聴き手だけでなく、この業界の重鎮や論客達も巻き込まれ、いや彼らはむしろ中で踊り、どんどん渦を大きくしている。 異様としか言いようがなく、私の好きな世界で何かおかしなことが起きつつあるという不気味さが心から離れませんでした。本物のはずがない、だが時々耳に入る「技法の確かさ」への評価は何なのか。理解を超えるものに接して、自分の信念への疑いが霧の厚みを増していました。 1年前、ゴーストライターの存在が明らかにされ、謎は解けました。渦を起こしていた人達は様々な釈明とともになりを潜め、なかったことにしようとしており、風化が始まっています。 私が例の曲を部分的に耳にしたのは事件の後でした。印象を一言にすると「恥ずかしい」。世界へなどという声もありましたが、とんでもない。そんな事が起きれば日本の恥さらしもいいところだと思いました。既存の曲のパッチワークであることは、博識とは縁遠い私でも分かりました。 最終部分が交響曲第3番と酷似していることが名高いマーラー、随所に顔を出すショスタコーヴィチだけでなく、シベリウスの交響曲第1番、ドビュッシーの海、ムソルグスキーの展覧会の絵…、聴いたことがある曲の断片が次々と飛び込み、そのたびに身を縮めたくなるような居たたまれなさを覚えました。ちょうど、映画「宇宙からのメッセージ」でショスタコーヴィチの第5の劣化コピーに出会ったとき、あるいは某歌手が旋律をホルストから借用したデビュー曲「ジュピター」(2003)の歌詞に注目したときのいたたまれなさを、何度となく経験させられるのです。終わったときには妙な疲労感を覚えつつ、画面の大喝采を唖然とした思いで眺めておりました。 ゴーストライターの方は、かくも模写満載の音楽をどんな理由で作ってしまったのでしょうか。プロである以上オリジナリティーの意識を欠くことはないはずです。そして、1時間以上の曲を書き上げる労力は並大抵のものではありません。なぜ、それだけの労力を、このような作業に費やしたのでしょうか。 たどり着いた答は、「公開など考えていなかった」でした。「作曲家」から「設計図」という名の落書きや、おそらく口頭で伝えられたイメージを音にすればどうなるかを、「彼」に教える、それが目的だった。ゴースト氏が想定した聴衆は「彼」一人だった。それが私なりの解釈でした。 ところが、借り物の作品を抱えた「彼」の世界は、様々な思惑を巻き込んで途方もなく膨張してゆきました。それは、数多くの関係者が積極的に「彼」の支持を表明し、曲の再現と普及に情熱を燃やしたからでしょう。 なぜ、古今の曲に通じた「プロ」の面々が、この模倣物を支えたのでしょうか。賞賛の評価を寄せた人達もそうですが、オーケストラの熱演も印象的でした。やはり、めったに現れないスターを盛りたて、クラシック界に訪れた数少ないチャンスを活かすために、当然の疑問を封じたというのが理由なのかもしれません。 そう考えれば、流布している賞賛のコメントにも、一応は逃げ道が用意されていたように見えます。「無駄な音は一つもない」という評価も、「年月の濾過に耐えた既存の作品からの借用」を暗示していると解釈すれば、嘘とは言えません。「パスティーシュ」なるジャンルを持ち出したCD解説からも、少なくとも「模倣」に満ちていることが分かっていることは読み取れます。残念なことに、本人の作曲ですらなかったという衝撃の前に、この程度のバリアは通用しなかったようですが。 渦を起こしていた人達はともかく、今気になるのは、渦に巻き込まれて英雄に熱狂していた人達のその後です。催眠術が解けたあと、クラシック音楽との接点は触れたくない過去になり、戻ってくる気持ちにはなれないかもしれません。多少の難点を直視せず、得難いチャンスを育てようとした業界の企ては、結局荒れ地を残しただけの結果に終わってしまうのでしょうか。
2015/02/05
xuxu(シュシュ)という不思議な響きの名前を持つグループをご存知でしょうか。伴奏を伴わない3人(現在)の声だけで、変化に富み、美しいハーモニーに満ちた音楽をきかせてくださるアカペラ・ボーカルユニットの皆さんです。さまざまなジャンルの曲が自在にアレンジされるかたわら、オリジナル曲も少なくありません。その一つが「camellia ~ 椿の歌」です。 この歌は大船渡で開催が予定されていた「椿サミット」に向けて作られました。大船渡では多くの椿を見ることができ、市の花にも指定されています。サミットのためにと、三陸とのご縁が深いメンバーを通して作曲が依頼され、参加する人に配るためのCDも作られていました。 このサミットの開催予定日は2011年3月19~20日。開催に向けてCDも数日前に発送されました。しかし、大地震と津波で状況は一変し、サミットは中止となりました。現地到着直前だったCDも一時は行方が分からなくなってしまいました。 サミットを目的とした歌でしたが、中止になったからといって、埋もれることはありませんでした。むしろ、初めの目的を超えた意味を込めて、歌われ、耳を傾けられてゆきました。行方不明だった1,000枚のCDはその後無傷で発見され、xuxuの皆さんがそれを買い取りました。コンサート会場などでチャリティ販売され、売り上げ金は大船渡市に寄付されています。大船渡の街では、臨時に設けられた地域FM局から、この曲が繰り返し流されていたそうです(今もそうなのでしょうか)。ここには書きませんが、歌詞を読むとこの歌の持つ力を実感できます。 9月23日、今年も東京タワーの駐車場広場で「さんま祭り」が開催されました。大船渡市から届くさんまが炭火焼で提供され、多くの人が行列を作るイベント。傍に設けられたステージでは毎年様々なゲストが登場し xuxu の皆さんも毎年舞台に立ちます。「椿のうた」は、xuxuの歌だけでなく、昨年からは事前に練習に参加した有志の方々による合唱でも披露され、本場仕込みの炭火焼に取り組んでいた大船渡の皆さんも、耳を傾けてくださるとのこと。震災そのものだけでなく、力強く立ち上がろうとする人達、その力になろうとする人達の奮闘も忘れてはならないと、心を新たにするイベントですが、「椿のうた」はそのイベントの中でも存在感を放っています。 震災の前、既に出来上がっていた歌に、人の心を打ち、支え、奮い立たせる力が込められていた。そのことに驚くとともに、それを可能にした感性に感動さえ覚えます。同じようなことが、私が知らないだけで、色々な形でたくさん起きていて、それらが大きく傷ついた東北と日本の支えになっていたことを、感じさせてくれます。追記:xuxu 、日本ツバキ協会ウェブページの記述を参考に致しました。 「椿のうた」のことばかり書くと、xuxuの世界について誤解を招いてしまうかも知れません、迫力やユーモアに満ちたアップテンポの曲も楽しむことができます。大船渡市との関連では「オラ、さんま」という名前を聞いただけで楽しくなる曲が、本文で紹介したCDにも収録されています。
2014/09/23

昨日まで、三角形の色々な「心」を考えてきました。ところが、求め方によっては1つに定まらない場合があります。 頂点からの距離で求める外心の場合は1つに定まります。頂点Bと頂点Cから等距離にある点の軌跡は線分BCの垂直二等分線です。これと例えばABの垂直二等分線の交点は一意的に定まり、これが外心となります。 垂心の場合も同様です。垂心を求める辺からの隔たりは昨日考えたとおりですが、線分AB、BCからの(この意味での)隔たりが等しくなる点の軌跡はAからBCに下ろした垂線であり、これら頂点からの垂線が一通りであることから垂心も1つに定まります。 では内心の場合はどうでしょうか。直線AB、直線ACから等距離にある点の軌跡、まず思い浮かぶのは角BACの二等分線ですが、これだけではありません。図における角BAC'の二等分線上の点も両直線から等距離にあります。軌跡は2本の直線からなるわけです。 他の辺の組、例えばABとBCでも同様に2本の線が直線から等距離となる点の軌跡となります。従って交点は4通り得られます。この中で三角形ABCの内部に存在するのは1つでこれを内心と呼んでいます。そして、他の3点が傍心と呼ばれる5番目の「心」です。真中にもないくせに「心」と呼ばれるのは等距離性を満たすという条件を一応は満たしているためかもしれません。 実は重心についても同じことが発生します。線分を底辺とする三角形の面積で距離を定めていましたが。これが等しくなる点の軌跡も2通りです。図には書き込んでいませんが、AB、ACで考えると、まず思いつくBCの中点とAを結ぶ中線とともに、Aを通りBCと平行な直線も、この意味で両線分から「等距離」にあることが容易に確認できます。ただし、重心については外部にできる「心(もとの三角形をそれぞれの辺を共有するように並べたときの残る頂点)」を特定の名前で呼ぶことはありません。あまり発展性がないからでしょうか。 3つの傍心が作る三角形の垂心は、もとの三角形の内心となります。また重心の場合に作られる類似の3「心」が作る三角形については、外心がもとの三角形の垂心になります(これは垂心の存在を証明するときによく使われる性質です)」 こうして三角形の五心が一通り特徴付けられました。その過程で、三角形のような単純な図形であっても、何による「等距離」とみなすかによって、いくつもの「心」が得られることが確認できました。【未定稿】
2014/09/22

内心の求め方を少し変えると重心が得られることを昨日確認しました。鍵は「直線からの距離」を「線分からの距離に変更することでした。 ところで、「線分からの距離」を考えることにすると直線の場合には意識しなかったことが気になってきます。図でABとGHが平行であれば2つの三角形ABGとABHの面積は同じです。従って、昨日の定義に従えば、GとHは線分ABから等距離にあります。ところが、図で線分ABとの位置関係をみると、Hの方がGより離れています。そのような場合にGとの距離よりHとの距離の方が大きくなるような実感に合うような距離の定め方はないだろうか。 こうした発想にかなう方法として、線分の中点からの距離を線分からの距離とみなすことが考えられます。しかし、例えば点Aとの距離は線分の長さの2分の1となりますが、Aは線分の上にある点、すなわち離れていない点で、距離が発生するのはおかしいという疑問がでてきます。かといって、線分上の点との距離をすべて0とみなすのも、距離の大小関係を損なってしまいます。 いっそ、両端(と中点)との距離を引いてしまってはどうだろうか。中点に近づくとマイナスになってしまうのでもはや距離とは呼べなくなりますが、隔たりの指標としての大小関係は成立します。この引き算は、2乗した上で行っても、大小関係は損なわれません。 こうして、中点からの距離の2乗から[線分の長さの2分の1]の2乗を減じた数値を、線分からの隔たりとみなす考え方が生まれます。これは例えばGとの隔たりをベクトルGA とベクトルGBの内積として定義していることになります。ABを直径とする円の内部にある場合、この数値は負となり、円周上にある場合が隔たりが0となる時です。 この評価法によって三辺からの隔たりが等しくなる点が、実は垂心です。 こうして「辺からの距離」の定義を見直すことによって、内心、重心、垂心という3つの「心」が得られました、「心」が何通りも考えられる理由の一つには、「辺からの距離」「線分との隔たり」の定め方を複数考え得ることもあったわけです。【未定稿】
2014/09/21
より考えを進めるため、「円」の中心という考え方から離れることにしましょう。外心は「三頂点から等距離にある点」、内心は「三辺から等距離にある点」と言い換えることができます。すると、「辺からの等距離」の定義について、選択の幅が広がります。内接円の中心と考えていた時には、辺からの距離をごく自然に辺が含まれる直線からの距離と考えていました。しかし、考え直してみると、辺を2頂点を結ぶ線分と考えることもできます。この場合、辺からの距離も線分からの距離とみなすことで、別の三角形の「心」が現れる可能性がでてきます。自然な考え方の一つは、線分の長さを考慮して、線分を底辺とする三角形の頂点について、その面積を線分からの距離とみなす考え方です。この定義から、得られる三角形の「心」は中線の交点である重心です。物理の考えを持ち込むと、これは三角形を剛体とみなした場合の重心でもあります。こうして第3の「心」である重心が得られました。これは辺からの距離の意味を再考することによって得られた点の1つです。
2014/09/20
中心を持つ図形として、真っ先に連想するのは円でしょう。平面上では中心(の位置)と半径(の長さ)が定まれば、位置、大きさ、そして形が確定します。 それでは、円以外の図形でも ・ 何らかの(もちろん妥当な)方法で円を対応させ、 ・ その円の中心を図形の中心とするという方法で「図形の中心」を得ることができるのではないか。ごく自然な発想として、このような案が浮かんできます。 少なくとも、最も単純な多角形である三角形なら、円を媒介にして、中心を得ることができそうに思えます。 ところが、この方法で得ようとして、手掛かりとなる円を求める段階で、すでに複数の円が得られてしまいます。すぐに思い浮かぶのは外接円と内接円です。その結果、外心、内心という2つの異なる点が得られます。 円が唯一でないのは、三角形をどのような図形と考えて手がかりとなる円を求めたかということでしょう。外接円の場合は3つの頂点を通る円で、そのような条件を満たすように辺の垂直二等分線の引けば、その交点が中心となります。内接円の場合、今度は3つの辺すべてに接する円で、角の二等分線の交点を求めることで、そのような円の中心が得られます。 多角形には頂点、辺といった異なる構成要素があります。もっとも単純な多角形である三角形の場合、辺、頂点どちらに注目しても、対応する円を考えることができ、それぞれに異なる中心が対応します。いわば三角形における「辺の中心」「頂点の中心」の存在は、多角形の2面性を示唆しているともいえそうに思えてきます。更新履歴5/30 最後の段落を書き変えました。複数の中心が得られる事実を 「単純な図形でも」生じる現象と書いていたのを、 「単純なるがゆえ」のことと正反対にしました。
2013/05/10
三角形の五心の価値を問われた場合、自分ならどう答えるか、そう考えてみると、この短い言葉には、いくつかの着眼点があることに気付きます。 まず、対象となる図形は三角形です。三角形といえばもっとも簡単な多角形です。一方、五心の方は五ある「心」と読むのが自然ですが、「心」が五つもあることも伝わってきます。頂点も辺も3つしかない多角形の「心」として、3より多い「五」種類のものが挙げられる、考えてみると不思議です。どうして五種類もあるのだろう。 話を一般化してみます。何かについての情報で基本的なものとしては、位置と大きさが考えられます。気象を例にとると、台風が典型的で「位置」と「大きさ・強さ」でかなりのことがわかります。そして、位置の情報として提供されるのは「中心」のものです。 平面や空間に置かれた図形の場合も、状況は似ています。その情報をできるだけ簡潔に伝えるとしたら、まず位置と大きさということになるでしょう。そして位置を的確に伝えるためには、その図形の中心となるものを考え、その位置を図形の位置として扱うことが考えられます。 そこまでのことを三角形に当てはめようとすると、5種類のものが現れました。そういえば、五心のどれも「中心」とは呼ばれていません。どれが位置を示すものとしてふさわしいのでしょうか。 三角形のような単純な多角形に「心」が五つも考えられる。これを手掛かりに「三角形の五心」について私なりの考えて進めてゆきます。
2013/05/09
ユークリッドの「原論」についての考察が思いもかけず長くなってしまったとき、ネットからも色々な情報を集めていました。その中で、幾何学を担当している教官の方によるものもあり、中で紹介されていた学生さんとのやるとりに「おや」と思う質問がありました。自分なりに脚色を加えると、「三角形の五心みたいなテーマをなぜ学ぶ必要があるのでしょうか。2000年以上前から分かっていることを今学ぶ価値があるのでしょうか」自分なりの答を考えてみたくなりました。
2013/05/08
集合の基本的な性質の中にド・モルガンの法則と呼ばれるものがあります。広く紹介されていますが、証明はベン図に頼ったり、文章化していても、結局ベン図をなぞったり、同等の法則に言い換えているだけと感じたりするものが多く、それでは、と「証明」を試みると、意外と難渋してしまいました。 少し時間をかけてみて、次のような証明を得ましたので、防忘のため書き込んでおきます。 なお、「Aの補集合」を U-A で表します。[用いる基本的な性質]C ⊆ D ならば UーD ⊆ U-C --(1)U-(U-A)=A ----(2)[証明]一般にA∩B ⊆ A ⊆ A∪BA∩B ⊆ B ⊆ A∪Bこれらに(1)を あてはめるとU-(A∪B) ⊆ U-A ⊆ U-(A∩B)U-(A∪B) ⊆ U-B ⊆ U-(A∩B)左側の包含関係からU-(A∪B) ⊆ (U-A)∩(U-B) --(3)右側の包含関係から(U-A)∪(U-B) ⊆ U-(A∩B) --(4)さて、(3)と(4) はあらゆる集合について成り立つから、A、Bをそれぞれの補集合に替えても正しい。したがって(3)からU-((U-A)∪(U-B)) ⊆ A∩B (1)を用いてU-(A∩B) ⊆ (U-A)∪(U-B) --(5)同様に(4)から(U-A)∩(U-B) ⊆ U-(A∪B) --(6)(3)と(6)よりU-(A∪B) = (U-A)∩(U-B) (4)と(5)よりU-(A∩B) = (U-A)∪(U-B)最後の2つの等式がド・モルガンの法則である。この法則の証明は、ベン図に依存するもの、ほかに真理表を用いるものが多いようです。これらによらない証明もみましたが、例えばU-(A∩B) ⊆ (U-A)∪(U-B) を示すところで「(右辺を満たす)xはAの要素でないかBの要素でないかのいずれかである。そうでなければA∩Bの要素となるから。」のような説明に接すると、それは x∈A(p)、x∈B(q)に対する、命題についてのド・モルガンの法則(not(p ∧q) ならば (not p)∨(not q))の対偶を述べているだけのように感じ、証明といえるのだろうか、と違和感を禁じえませんでした。今回の証明はその違和感を解消したくて考えたものですが、改めてこの法則が(1)対偶律と(2)二重否定の除去の上に立っていることを実感しています。
2013/04/16
いつからか、ログインして記事を書いているときの商品紹介がとあるジャンルのものに偏るようになりました。仏具、仏壇、経本…。世の中ある数限りない商品・サービスからなぜ、このような絞込みが起きてしまったのでしょうか。 心当たりはありませんでした。楽天さんからの購入したものとも関係ありそうなものはないし。もしかして、何かの予兆?なんとなく不気味なものさえ感じ始めました。 しばらく考えているうちに、そういえば、と思い当たることがありました。楽天さんではなく、とある書籍ショップから仏教関係の書籍を買ったことがあったのでした。このショップが楽天さんと提携関係にあるかは確認していませんが、多少なりとも接点があることを知って、少しほっとしました、 しかし、書籍の分野が多少接近しているからといって、これが出てきますかねえ、という気持ちは消えません。この状況を変えようとしたいなら、件の書籍ショップから別の分野のものを買うことになるのか。しかし、そうして思いもかけないものが出てくるかもしれないし、などとあれこれ考えてしまいます。
2013/04/14
5時半に淡路市で震度6という大きな地震が起きたことを知ったのが発生1時間半後の7時過ぎ。近隣に住んでいる知人のことを気にかけつつ、テレビで状況を確かめようとしました。 いかにも緊迫した雰囲気が漂っているのですが、そうしなければという意図が透けて見えてきます。一方で、どの程度の影響が出ているのかについては発生2時間近くでもほとんど何も伝わってきません。電話でつながった現地の人との会話からは、何が起きたかより「どんなに大変なことが起きたか」を聞き出そうという意図が伝わり、「絵になる被害」を正確な情報以上に求める意図がはっきり浮き出ています。何人も並んだ「識者」の中には、知りたいことを何も発信できていない時点で、早速「原発」の危険性に話を誘導しようとする方もおられる。 焦燥感が募るばかりの無駄な時間でした。 その後活字媒体がそれらしくまとめた報道には「阪神淡路大震災に学び冷静に対応」などという文字がありましたが、あの時間画面におられた方々に「学んだ」形跡が見受けられたか、などと意地悪なことを考えました。
2013/04/13
(つづき)「唯我独尊」という言葉を考えていた時、「これならわかるかもしれない」と思ったのは「人として生まれた、そのことだけ(←唯)で尊いのだ」という解釈(おそらくは曲解)でした。生まれたばかりのときにで語ったことも、そのような無力な存在であっても、人として生まれたということで計り知れない価値をもつのだ、という意味を持つことになります。 その価値を活かすか否かはその後の育ち方しだいだ。 年齢を重ねた後としても、残された未来をどう生きるかで、その価値は大きく左右される。何よりも、広い世界の中で自力で帰ることができるのは自分の価値だけではないか。 原文の文脈を知らないままに想像をたくましくしていることに気づき、これ以上考えることをやめましたが。
2013/04/11
天上天下唯我独尊 よくうかがうサイトへの投稿で、この言葉が取り上げられていました。私にとっては苦手な言葉のひとつです。某官庁の誰かが「我らは富士、他は並みの山」と語ったという、真偽不明の逸話を記憶していますが、どうしてもその趣旨でうけとめてしまうのです。 今日拝見した記事では違う理解をしていました。「その人にとっては自分自身が一番大切。だから他の人を気にかけることなく、自分を磨き自分の道を歩んで行こう。」我を一人一人ととらえています。しかし、それは原典にはない誤解だとする説もあります。私も「一人一人がかけばえのない人」の意味ならば、わざわざ「天上天下」をつけるだろうか、そこにもひっかかっています。 もともとは釈迦生誕時の出来事を伝えるもので、数歩歩いてこの言葉を発したとのこと。偉大さを強調しようとしたかもしれませんが、悟りを得た後の説法の内容と自らを特別と扱うこの言葉とがなんとも調和せず、すっきりしない気持が続いています。更新履歴4月19日 とても恥ずかしい誤植をとりあえず修正しました(独尊←独「損」)。
2013/04/10
なにげなく始めたユークリッドの「原論」についての雑談が予想外に長引いてしまい、その過程で文献を読み返しました。「原論」自体も改めて読んだのですが、「公理」で疑問がでてきました。私は公理は9項目からなり、最後の9番目は例外的に幾何に特化したものである(「2直線は図形を囲まない」)と理解していたのですが、資料によっては5項目になっているものもあることが分かりました。その場合9番目もはずれ、公理には数えられなくなります。 9番目の公理は「2直線が交わるとしても、それは1回だけである」と言い換えることができますは、それは第5公準(いわゆる平行線の公理)の記述が、「2直線は同側内角の和が二直角でない場合に、二直角より小さい側において交わる」となっていることを用いて証明可能です。ただ、平行線公理を動員する証明は「絶対幾何学」の範囲での証明ではないとして、一段低く見る傾向もあるのですが。 この違いは何によるのでしょうか。「版による」と書かれているのは親切な方で、それ以上の説明に出会えません。日本語版では代表的なでは共立出版の書籍では、5項目構成では外れると思われるものが [ ] の形をしたかっこで囲まれていますが、その区別が何に由来するのか、書かれているところをまだ見つけられずにいます。 何かもどかしい、そんなにマイナーな疑問なのだろうか、もやもやしたものを今だに引きずっています。更新記録2013/04/21 注を追加、誤植訂正。
2013/04/09
一言で自分の考えが一変する、さまざまな分野で起きたことですが、音楽でもそうでした。聞きなれた曲に対する理解が大きく進んだ言葉がいくつかあります。 ベートーヴェンの交響曲「田園」は私にとって特別な愛着を持つ曲の1つですが、その第2楽章の最後には違和感を持っていました。フルート、オーボエ、クラリネットが鳥の鳴き声をまねする部分です。楽譜にはわざわざ「ナイチンゲール、うずら、かっこう」と鳥の名前が注書きされていて、作曲家の意図であることが確認されます。解説には必ず書かれていることですが、私にとってはあまり共感できない箇所でした。どうしてこんなわざとらしいことをするのだろう、とむしろ疑問でした。 何かが頭にかぶさっていたような感覚を一掃したのが、ベートーヴェンを扱ったある評伝にある言葉でした。この箇所のことを「カデンツァのような」と述べていました。 カデンツァは協奏曲に置かれるソロ奏者だけに委ねられた部分です。第2楽章が、いやもしかすればこの曲全体が鳥のさえずりをあしらった協奏曲でもあるのか、そう感じたとたん、少し苦手だったこの部分がまったく違って映ってきました。第2楽章だけをとると、曲が進むにつれ木管楽器の分散和音やトリルが目立つようになり、色彩が微妙に変わってきます。そして終盤ではっきりと鳥のさえずりを聞かせ、それまでの音楽が単なる景色だけでなく、耳を楽しませていたものも描写していたことを明かした。けっして、唐突に鳥の鳴き声を持ち出したのではない。こう解釈したのでした。 さえずりの描写らしきものは第1楽章にも第3楽章のトリオにもみかけられます。そして第4楽章の風雨が収まったあとにも現れ、強い印象を与えます。それらは「さえずりのような音型」ではなく、さえずりそのものを曲に溶け込ませる意図が反映したものかもしれない。「カデンツァ」は、この曲に感じる周到な設計をまた一つ発見し、愛着が一段と増すきっかけの一言でした。 そう思っていると、広く販売されている日本語版の楽譜に、この箇所を「カデンツふう」と書いている解説を見つけました。著者は作曲家でもあった諸井三郎氏。氏はどのようにしてこの見解を得たのでしょうか。独自にだとすれば、この時代の音楽関係者のセンスを再認識したような、嬉しい気持ちになります。
2013/04/08
定義の役割(つづき) 定義について、整理が不十分、あるいは構築が不徹底という勝手な印象を書きましたが、逆にいえば思わぬ宝が潜んでいることもあり得ます。 何度も書いている「線の端は点である」という記述ですが、これは有理数と実数を分ける性格付けにも通じる考え方です。例えば2の平方根は有理数ではありませんが、「2乗すると2を超える」という条件で有理数(直線)から半直線を切り取ると、そこに端はありません。そのような切れ目を補うことによって有理数から(無理数を含む)実数を構築するのがデデキントという人が唱えた「切断」の考え方ですが、「線の端は点である」という「原論」の記述には「切断」により補うべきものがないという、いわゆる「連続性」の概念にも通じるものがあります。 「原論」の体系についてしばしば「欠陥」が語られます。ですがすべてが「欠けて」いるのではなく、置き場所によってはその「欠陥」を補いうる素材が思わぬ記述に潜んでいるのではないか。「原論」に多くの人が惹かれ、2千年の時を超えて引き継がれてきたことにも、その謎と罠が少なからず影響したように思えます。 長々と続いてしまったこの話題も、いいかげんな憶測が連発しはじめたところで、一区切りをつけることと致します。
2013/04/07
定義の役割(つづき) 「同意されているわけではないが議論の進行のために置かれる前提」という説明に接すると、確かに「公準」に当てはまると感じるところがあります。最初の3つの公準は有限の直線、その延長、円に関するものでしたが、それは「存在」の保証というより、俗に言う「定規とコンパス」を手段として認めるという、いわば「作図のルール」に類するものでもありました。残り2つについても、「証明できるかは保留するが前提において進める」といった意図も混じっていたように思えます。だからこそ第5の公準が長年にわたり「証明」を試みられたのだとも考えられます。 すると、扱う空間の前提となるべきものは別のところにあるはず。しかし原論の「公理」は幾何だけでなく一般に通じる内容がほとんどです。 消去法でいくと、定義に書かれていることの中にこそ、以下で展開される論証の前提となる平面・空間の基本的性質が潜んでいるように思えます。しかし、前回も触れたとおり、これについては認識が共有されているので大まかな確認にとどまっている可能性も捨てられません。 「原論」は全くの白紙の上に構築されたのではなく、当時共有されていた常識を出発点としたのではないか。その出発点の描写については厳密性を意図したとは言い切れないのではないだろうか。 またまた、根拠もなしに想像をたくましくし過ぎのようです。
2013/04/06
定義の役割(つづき) 定義は本当に「定義」なのか、そうした違和感を抱きつつ、文献を検索しているうちに、興味深い説を唱えている学者の名前をしりました。ハンガリーのサボー(Arpad Szabo)という人です。古代ギリシャの哲学や科学の諸文献(「原論」も含みます)の表現や語用を研究し、議論の前提は(ここからは私の理解に基づく私の言葉です)どこまで共有されているのかによって分類され、原論の「定義」「公準」「公理」もその段階によって区分されている、というのです。 議論の相手は認めていないが、論証を進めるため(認めることを)要請するもの 議論の相手も認めているもの、更に 議論の当事者にとどまらず、より広範に認められ、ゆえに証明を要しないもの 公準では、最初の項目が始まる前に「次のことが要請されているとせよ」の一文があります。まさに、上にあげた中の最初の範疇(はんちゅう)に属するとの宣言から「公準」ははじまっています。 サボーという人の原典にあたれないため、これ以上踏み込んだ判断は控えますが、「定義」「公理」については、議論の相手、あるいはより広範な層に認められている、という意味で「証明を要しない」事実があげられていた、との仮説につながります。相手が認めていることならば、整理などに不徹底なところがあったとしても、「公準」の場合ほど体系の構築を危うくしないとの認識があり、それが書きぶりにも反映した、と想像できます。なんとなく抱いていた「定義」におけるいささかの「おおらかさ」に理由を提供してくれる説に出会い、依存してよいものか迷いを感じつつ、紹介してしまいました。
2013/04/05
定義の役割 「原論」の初めにおかれているいくつもの項目は「定義」「公準」「公理」に整理されています。その中で一般に諸命題を証明するための前提とされ、「公理」とも呼ばれているものが5つある「公準」で、「原論」の「公理」は更に一般的な、幾何学以外の分野にも通じる証明を要しない基本的な事実だ、というのがよく聞く解説です。それでは「定義」は何か。単に「原論」で使われる言葉の意味を並べているだけなのか。 前回まで考えてきて、そうではなさそうだという感触が強まってきました。「定義」の中にも、「原論」でかたられる世界の性質を理解し、証明をより精緻化するためのヒントが潜んでいるように思えてなりません。 一方で、整理がゆきとどいていない印象もぬぐえません。「定義」であるにもかかわらず、何を意味するのか説明のない言葉が現れてきます。直線の定義にある「点について一様に横たわる」、円をはじめとする図形の定義で登場する「囲まれる」、「境界」は定義されているのですが、そこにある説明を伴わない「端」。また、「交わる」のように、証明に頻発する重要な言葉が、定義では扱われていない、ということも起きています。ヒルベルトが「原論」のような幾何学の理論体系を精緻化することを試みた「幾何学の基礎」では「交わる」という言葉は単独では(←4/14加筆)使われず、「点~において」という言葉が添えられ、さらに同義の表現の本命として(←4/14加筆)(一方の直線が他方の)直線上の点を通るという表現が選ばれています。これによって「交わるところに点がある」ことも、「交点がどちらの直線の上にもある」ことも、曖昧さなしに保証できます。「原論」に比べ言葉や表現の選び方に十分な吟味がなされたことが伝わってきます。 厳密さが称えられ、それゆえに「不備」の批判が絶えない「原論」ですが、それだけに「定義」のもついささか雑然とした雰囲気について、すくなかなぬ違和感を押さえられません。更新履歴4/14 注釈部を加筆
2013/04/04
「まっすぐ」の検証(つづき) 前回の考察では、半円の弧部分と円の交点の存在を無造作に得ていました。しかし、以前も触れたように、交点の存在のあやふやさはユークリッド批判の論点です。「一見交わっているようにみえるが本当は違うのではないか」という疑問はその代表的なものといえるでしょう。 前回の考察では、「原論」の2つの記述を使って交点が「ある」と述べました。 まず、円周が弧から円の内部にある部分を切り取ると述べました。この背後には以前に触れた円は(円周によって)「囲まれた」図形であるという原論の記述(定義15)があります。囲んでいる以上、内部から外部に至る弧は円周によってどこかで切り取られるはずだ、と推論したわけです。「囲む」という言葉を重視しているといえるでしょう。 もう一つは、「線の端は点である」という記述です。該当する箇所で明記したように、これは定義3にあります。 改めて並べてみると、どちらも「定義」に書かれていることです。定義といえば「~~は・・・・なものである」という表現が並んでいるものと想像しますし、「原論」の定義も多くはその定型に沿っているように思えます。しかし、単なる「言葉の置き換え」にとどまらない表現も随所にちりばめられています。それは単なる雑談なのでしょうか。あるいは何らかの意味が込められているのでしょうか。
2013/04/03

「まっすぐ」の検証(つづき) 前回とは逆に、(1)だけを前提とした場合を考えましょう。ある線分の中点からのびる半直線で、その線分を底辺とする二等辺三角形の頂点となりうる点が存在するのは線分の同じ側には1つだけである。ただしその半直線上のすべての点が二等辺三角形の頂点とは限らない、と仮定します。 図のPをそのような点としましょう。線分ABの中点からのびる半直線上の点ですが、APとBPは等しくありません。そこで線分の両端から半径がAPまたはBPの半円(円と線分ABの延長によって構成され、Pと同じ側にあるもの)を描きその弧部分の交点がこの半直線上にあることを用いて推論を進めてゆきます。 しかしそのためにはAP、BPのいずれかがABの2分の1を超えている必要があります。 図はそれが成立しないと仮定した場合です。AP=AI,BP=BJですがAI はABの中点を通らず、BJも同じです。 この場合 AI+BJ はABを超えません。それは AP+BP がABを超えないことを意味します。したがって、ここでも三角不等式が破れます。 いま、、三角不等式の成立を仮定すると、AI,BJのいずれかが AB の中点を通ります。ここでは AI がそうであるとします。AI=BK' であるようにK'をとると、長さの関係から BK' も AB の中点を通ります。そこで、A, B という2点について、ともに AP を半径とする半円と円(Aを中心とする半円、Bを中心とする円)を考え考察を進めます。 Aを中心とする半円をUと呼び、Bを中心とする円Vとの位置関係を考えましょう。U直径の1つの端点Iは円Vの内部にあります。一方もう一つの端点はVの外にあります。したがってUの弧の部分は円Vの内部にあるIから、Vの外の点に至ります。つまり円VはUの弧部分から「Vの内部にある部分」を切り取ります。切り取られた部分である線の端は点であり(定義3)一方はI、そしてIでない方が今回求めていた半円(の弧部分)と円Vの交点であり、A,Bからの距離がいずれも AP であり、かつABに対しPと同じ側にある点です。これをQとすると、特にAP=AQ。つまりQはUの弧部分上の点です。 さてこの点Qは(0)の成立を仮定していますから、Pを通る半直線上にあります。つまりABの中点というUの直径部内から出発する半直線が半円Uの弧部分と2点で交わることになります。これも、私たちが常識的に考える「まっすぐな」線の特性と大きく異なります。 以上2回にわたって検討したように、(0) (1)どちらを前提から外しても、直線に期待される一般的な特性とは異なる挙動を示すようになります。これらが直線の特徴付けと密接に関連していると考えたもう一つの理由がここにあります。直角の概念を獲得するためとして考えた前提(0)、(1)を直線の特徴付けとして考えられることを述べましたが、それに伴い、線分の中点にこだわらない、より一般的な表現を提示してみます。(0) 線分の両端からの距離が等しい点を2つもつ直線は、そのすべての点について 線分の両端から等距離にある。 (以下4月20日追加)またその線分の両側を等しい長さだけ延長ないし短縮して 得られる線分の両端からも等距離にある。(ここまで追加)(1) ある線分と3点において、3点が同一直線上になければ、少なくとも1つの点は 線分の両端からの距離が等しくない。 (0)をこのような表現に改める大きな利点として、「線分の中点」の存在が保証されることがあげられます。直線と線分(およびその延長)との交点も線分の両端と等距離なるからです。こうして、これまであいまいにしてきた中点の存在も確かなものとなります。(以上4/19加筆。なお翌日更に一部追加)更新履歴2013/04/06 後半の証明を書き換えました。2つの半円のうち一方を円にして、内部・外部を確認する箇所の改良を試みたものです。しばらく旧い記述を下に残します。 今、三角不等式の成立を仮定すると、AI,BJのいずれかが AB の中点を通ります。ここでは AI がそうであるとします。AI=BK' であるようにK'をとると、長さの関係から BK' も AB の中点を通ります。これで、A, B という2点について、それぞれの点を中心とし、ともに AP を半径とする半円が2個作られました。 Aを中心とする半円をUと呼び、もうひとつの半円Vの直径・弧部分との位置関係を考えましょう。直径の1つの端点JはUの直径部の中にあります。一方もう一つの端点はUの外にあります。したがってVの弧の部分はJからUの内部を通り、Uの外の点に至ります。つまり半円UはVの弧部分から「Uの内部にある部分」を切り取ります。切り取られた部分である線の端は点であり(定義3)一方はJ、そしてJでない方が今回求めていた弧部分の交点であり、A,Bからの距離がいずれも AP である点です。これをQとすると、特にAP=AQ。つまりQはUの弧部分上の点です。(ここまで)2013/04/19 注を追加しました。2013/04/19 注の(0)に後半を追加しました。
2013/04/02

「まっすぐ」の検証 第13回の(0) (1)が線が直線となること、いわば「まっすぐ」であることの一表現であることだと書きましたが、これから2日がかりでそのことについて書きます。 (0) (1)のうち一方を仮定しなければどのようなことが起きるか、それが直線が持つべき性質に影響するかを考えてみます。 まず(0)は成立するが(1)は成立しないとしましょう。ある線分の中点からのびる半直線の1点が2等辺三角形の頂点となれば、半直線上の点はすべて2等辺三角形の中点となる。これは成立する。ただし、(1)は成立せず、そのような半直線が(線分の同じ側に)1つだけであるとは限らないと仮定します。 そこで、ある線分ABの中点からのびる半直線なかで、2等辺三角形の頂点となりうる半直線が2本(以上)存在するとします。するとつぎのようなことが生じます。 一方の半直線上に1点Pをとると、それは二等辺三角形(AP = BP)の頂点となります。その等辺が2つあるうち、1本はもう一つの半直線と交わります。BPが交わるとし、交点をQとします。したがってBP=PQ+BQです。Qも二等辺三角形の頂点となり、AQ=BQとなります。すると、AP=BP=PQ+BQ=PQ+AQ。これは三角形APQにおいて2辺(PQ,AQ)の和が他の1辺(AP)に等しいこと、三角不等式の否定、いわば「三角等式の成立」を意味します。 こうして、(1)を前提としない場合、直線に期待される「最短経路を通る」という特性が崩れることが分かります。
2013/04/01
8.その他の謎(つづき) 極め付きは直線の定義でしょうか。「原論」の定義には直線の何たるかを示した1項があります(定義4)。しかし、その「定義」は「その上の点について一様に横たわる」という、意味がとりにくい表現です。私にとってもこれまでは「意味不明」でしたが、今回直角が定義できる要件として考えた前提の(0)二等辺三角形と底辺を共有し、その二等辺三角形の頂点と底辺の中点を結ぶ直線上にを頂点を持つ三角形は二等辺三角形である。また二等辺三角形と頂点を共有し、底辺を両側に等しい長さだけ延長ないし短縮(4月20日加筆)して得られる三角形も二等辺三角形である。(1)ある線分を底辺とする二等辺三角形の頂点は線分の中点を通る同一直線上にある。が、実は「その上にある点について一様に横たわる」の一つの表現であり、直線の特徴づけについて一つの候補を与えるのではないかと考え始めています。 ある線の外の1点に対し、もう1点が存在し、その2点との関係により線を特徴づけることができる場合があります。・ 線上の点から両点への距離が常に一定の比を保っていれば円になります(アポロニウスの円)・ 線上の点から両点への距離が常に一定の差を保っていれば双曲線になりますそして、2つの距離が常に等しければ、つまり比でいえば「1対1」、差でいえば「なし」の場合、直線となります。この「距離が常に等しい」と「その上の点について一様」との関係を(一様を均等と読み替えて)意識しつつ、このようなことを考えています。(注)ただしこの「特徴付け」は長さの概念を用いており、長さは直線の一部で あるところの線分(有限直線)についてのみ考えていますので、 直線の概念を必要としています。ですから、直線を定義する箇所に上のような表現のまま書き込んでは、トートロジーになってしまいます。厳密な論理構成を考えれば、「原論」の定義の位置に(0) (1)のような表現は置くことができません。ここに書いたのは、あくまでも「原論」の定義に書かれた特徴付けのイメージについての考えです。更新履歴2013/04/20 (0)の記述に「ないし短縮」を追加
2013/03/31
8.その他の謎(つづき) 更に定義には、体系に十分反映しているだろうかと思わせる言葉が散見されます。何度か登場する「囲まれる」という言葉はどうでしょうか。 円は一つの線に「囲まれた」図形であるとしたうえで、その特徴が記されています。直線図形(三角形もそうです)は線分に「囲まれた」図形です(定義19)。そもそも、図形の定義が境界によって「囲まれた」ものとされています(定義14)。 「囲まれた」とはどのような状態なのでしょうか。 ユークリッド批判の1つとして「交点の存在」の問題があります。論証の過程で登場する円と円との交点、円と直線との交点に対して、存在が保証されない、視覚に頼っているではないか、といった疑問が向けられるわけです。 では、「囲まれている領域(内)の点」と「その領域外の点」を結ぶ線分が図形の「境界」上の何らかの点を通るとは限らないでしょうか。境界とぶつかることなく内から外へと達することができるでしょうか。そんな状態を「囲まれた」というのでしょうか。 「囲まれた」という言葉の意味を明確をし、それを手がかかりに「交点」の存在が保証できるように微調整できる可能性を感じますが、現代的な視点からは、公理・公準で交点の存在を保証していないことをもって「欠陥」とみなすのが大勢のようです。
2013/03/30
8.その他の謎 前回の終わりに、いささか大胆なことを書いてしまったので、この私見について少し立ち入ります。「原論」の最初、前提を構築してゆく部分で気になる記述を少しあげてみます。 公準では、「2点を通る直線」を保証するところがが2つの公準(全部で5つしかない中の)に分けられているところでしょうか。最初は「任意の点から任意の点へ」と、始点・終点をもつ線分(原論ではこれも「直線」と呼びます)を描けるとし、次の公準でその線分(有限の直線)を延長できると保証しています。これにより、私たちが無造作に「直線AB上の点C」と呼ぶ点Cが公準1の意味の直線上にあるのか(つまりABの「間」か)、公準2の延長された部分にあるのかを区別して考えられます。「原論」で不徹底とされている順序の概念についても、厳密な体系との距離は再考できる余地があるように思われます。
2013/03/29
7.「公準」から追加する前提へ(つづき) 前回の最後に書いたように、前半で扱った角が相等であることを定義するために置かれるべき前提は、公準4の解釈によっては「原論」の設定に内在していたと考える事ができるようです。 そして、「平行線の公準」とは比較にならない程話題とされることのない「直角不変の公準」とでもい呼べそうな第4公準が、予想外に大きな役割を託されていたかもしれないという可能性も浮かび上がってきました。 それだけだろうか。 他にも予想外に深い意味がこめられていそうな記述はないだろうか。 もしかしたら、現代の我々が得意になって指摘している原論の「欠陥」を補い得る種を、まだまだ「原論」の記述から見いだすことができるかもしれません。 古代ギリシアにおいてはここで悪戦苦闘しながら展開してきた思考が当たり前のように認識され、それ故に公理・公準として明文化されずにいたのではないだろうか、というのは想像をたくましくしすぎかもしれませんが。
2013/03/28

7.「公準」から追加する前提へ 「公準4」の意味を明確にするために成立すべきことを確認してきましたが、ここからは前半提示した「追加する前提」を証明にかかります。 まず、2つの補助命題を扱います(補助命題 1)三辺が相等しい三角形を底辺の同じ側に2つ作ることはできない。(原論の命題7に相当します)[証明] 結論を否定し、線分の同側に2点が存在して、線分のそれぞれの端からの距離が相等しいとします。するとこの異なる2点を結ぶ線分 s の中点 H をとり、もとの線分の両端とそれぞれ結ぶと、いずれもsと「直交」することになり、第13回の(1)で前提とした「直角の唯一性」に反します。(補助命題 2)三辺が互いに等しい三角形の対応する頂点から垂線をおろした垂線の脚は対辺から等しい長さの線分を取り除く。[証明}三角形ABC、A'B'C'でAB=A'B',BC=B'C',CA=C'A'とします。A、BCに垂線をおろし、脚をHと呼び、つぎにA'H'=AHとなるようにH'をとり、H'の上にB'C'の垂線を立てます。その垂線上にAB=E'B'、AC=F'C'となるようにE'F'をとります。すると、まず直角の相等性よりH'E'=H'F'=HAすなわちF'はE'と一致します。またE'B'=AB=A'B',F'C'=AC=A'C'ですら、本日前半の補助命題からE'はA'と一致します。故にH'はA'からおろした垂線の脚と一致して、H'の与え方から題意は成立します。 以上の準備をもとに「追加する前提」はつぎのように証明されます。(追加する前提)三辺が互いに等しいABC,A'B'C'があり、底辺BC(B'C')上あるいはそれををC(C')の方向に延長した半直線上に線分CD、C'D'をCD=C'D'となるようにとれば、ADとA'D'も互いに等しい。[証明]上で示した補助命題2により頂点A, A'からおろした垂線の脚H, H' はB'H'=BHを満たします。したがってD'H'=DHも満たします。かつ上の証明で用いたようにA'H'=AHも成立していますので、ここでも第15回で確認した(2)の逆によってA'D'=ADとなり、題意は示されます。 こうして今回の初めで述べたように、公準4の一解釈を出発点として、角の相等の整合的な定義という、前半で求めていたのと同様の結果が得られました。
2013/03/27

さらに寄り道(つづき) 命題7の証明がすべてを尽していないことに触れていますが、この場合の鍵は二等辺三角形の底角だけでなく底角の外角にも注目することです。 一方の頂点(D)が他方の三角形(ΔABC)の内部にある場合、作られる二等辺三角形の1つ(例えばΔACD)については底角の外角(∠DCX と∠CDY)もまた互いに等しいことを用いて、等式∠DCX = ∠CDY を得ます。すると第2の二等辺三角形の両底角との間に不等式∠DCX>∠DCB,∠CDY<∠CDBが成立し、もう一つの二等辺三角形における底角間の等式∠DCB = ∠CDB と両立できなくなります。よって、このようなことも生じないことが示されます。こうして(三角不等式に依存しない)証明が得られました。 前回も書いたように、この箇所は単に1命題の扱いにとどまらず、「原論」の組み立ての正当性についても誤解を招きそうなところです。しかし「原論」では、この場合の扱いに直接の言及はありません。それではまったくノータッチかというとそうではなくて、実は二等辺三角形の底角を扱ったと書いていた命題5では底角だけでなく、その外角も互いに等しいことを証明しているのです。 直接命題7に言及していなくても、同じ構図で外角の相等を応用する場合があることを意識して、その証明も紙数を費やして記載していたのでしょうか。命題7に至って、初めて命題5が外角にまで言及している意味を知ったような印象を得ました。 「原論」は十分な配慮をもって指導すべき学生を意識した親切さとも、あらゆる反論に備えた用心深さとも異なった、論述のスタイルに沿っているのかもしれません。それは、一方で厳密性への疑いを抱かせるおそれを伴うことになるのですが。更新履歴2013/04/29 第1回加筆
2013/03/26
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