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右人差し指腱鞘炎のため日記が書けないので、タイピングなら大丈夫かなと文字化してみる。一週間前に怖い夢を見た。でも、目覚める直前に私は、夢の中でそれを理性で論破した。すると夢から覚めて数日経つと、恐い夢は怖くなくなって来た。今思うと自信を持ったのかもしれない。自分で考え方を調整出来るんだぞって。不条理な夢の中でも自分で何とか出来るんだぞって。その二日後、幸せ~~な夢を見た。一ヶ月弱の赤ちゃん猫を保護して服の中で育てた。茶トラの小っちゃい赤ちゃんだった。自分の家なのに、記憶にない家だったんだけれども。それで二~三日経った頃、何故か、一ヶ月弱の小さな赤ちゃん猫が家の中に沢山集まって来た。どこから来たのか、白いのや黒いのや三毛やブチが4匹くらいピーピー鳴いていた。だからお腹の所で5匹の赤ちゃん猫を育ててる平和で幸せ~~~~な夢だった♪今日見た夢は、昭和中期風の古い家に住んでいて、そしてそこは牧場だった。迷子になった大きな亀を2匹探して牧場を犬と一緒に歩き廻った。ようやくオンボロ渡り廊下の下にいる甲羅が50センチくらいの亀を2匹発見して、呼びかけて家の中に招き入れた。すると家の外、道路側の生け垣の方から犬が吠える声が聞こえて来た。慌てて裏に見に行くと、2匹の犬と大きな牛一頭と猫数匹が集まっていた。終いには2匹の亀までやって来て、みんなで何だ?何だ?どした?どした?侵入者か?何者が来たんだ?ってワイワイ賑やかに騒いでいて笑ったって夢。この私が幸せな夢を続けて見るなんてさ、記憶にないんだよね。今通っている接骨院での高濃度酸素カプセルのおかげで脳に酸素がたっぷり届くようになったおかげかもしれん。そこの接骨院のあれやこれやの治療のおかげかもしれん。そこの治療師先生達が、誠実で優しくて大きな気持で包んでくれるおかげかもしれん。今聴いている「自律神経を癒やす」音楽のおかげかもしれん。今飲んでいる薬が合っているのかもしれん。長年、自分を知ることに努め、自分を客観視出来つつあるおかげかもしれん。夫が己を顧みるようになって、己の認知バイアスに気付いて己を客観視するようになり、私をコントロールしようとしなくなったおかげかもしれん。諦めずに祈り、生きていたおかげかもしれん。この全部が今ようやく実を結んだのかもしれん。それで今、沢山の子猫をお腹で育てる夢を見たり、牧場で動物に囲まれて楽しく暮らす夢を見られるようになったのかもしれん。それはもう幸せである♪ものすごく感謝である♪♪20180905
November 21, 2018
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●今日見た夢●始めの方で何かあったのだが忘れてしまった。記憶がハッキリしているのは体育館のようにだだっ広い建物の中、育児検診が行われていた所から。弟の息子、R君がまだ3ヶ月ほどで首が座ったばかりのようだった。私とピーはR君に甘甘で弟夫妻にくっ付いて回っていたがゴザの上に座っている時、私にR君を抱っこさせてもらうと私の腕の力が足りなくてR君を落としてしまった。R君の頭はひし形にひしゃげ右腕はねじれて体の下敷きになったが私は慌てて抱き上げて何でも無い振りをした。すると本当にR君は何でもなくなって頭は丸くなり腕も元通りになった。唖然とした表情の弟の奥様の前で必死で取り繕う私。あっけに取られているピー。その時弟はどこかに行っていた。何でもなかったので何でも無い事になりそのまま抱いていると私に抱かれたR君は機嫌が悪くなった。それで弟の奥様にR君を戻して暫くすると私は眠ってしまっていた。目が覚めると弟夫妻の姿は無くR君は私の背中におんぶ紐で背負わされていた。そのまま起き上ってピーに事情を聴くと弟夫妻は何か用事が出来たので出掛けて行ったと言う。R君をおんぶしたまま会場内をうろうろと歩いていた。そうする内に気付いたのだがR君はすっぱんぽんの裸でおんぶされていて私の背中におしっこをした。「どうして裸なの? オムツは?」と言っている所へ弟夫妻が笑いながら戻って来た。と言う所で目が覚めた。昨日、弟の事を考えていたからかなぁ。弟の機嫌を損ねたくないと言う湧き上がる恐怖心。弟が恐いと言う思い。人に対する恐怖心ばかりを抱えて生きている私。弟は欲しいものは必ず手に入れた。頑固で自分が許さないものは絶対許さなかった。叔母(父の父親違いの妹・統合失調症)の存在を小学生の中学年の頃から疎んじていた。「俺の人生の重荷になる」と当時から言い切っていた。そして10年振りほどで叔母と同居を始めたのが彼が社会人になった後。始めから叔母をずっと無視していた。完全に無視していた。空気のように無視していた。今も殆ど無視している。その様子をずっと見ていたから、だから私は彼が恐いのだと思う。気に入らなかったら完全に無視するその我の強さと自己中心的な選択と消極的で意地悪な攻撃が。私が弟の気に入らない事をした時数年間無視された。未だに弟は若い頃のように心を開放してはいない。自分の脅威になる存在は分厚い壁で囲っている恐がりな弟。母が亡くなってから親しい親族が減って弟との関係に陽が当たったのかもしれない。今まで逃げていたから。弟が恐いよと叫んでいるのかもしれない。弟のような人が恐いよと叫んでいるのかもしれない。人に否定されるのが恐いよと叫んでいるのかもしれない。人が恐いよと叫んでいるのだろう。参ったなぁ。この人への恐怖心はなかなかなかなか乗り越えられない。それを教えてくれた今日の夢なんじゃないかな。今度は弟と対峙しろって。考えただけで恐い。恐い恐いで恐怖症になっている私は縮こまって生きているんだなぁ。
May 21, 2009
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15日に見た夢。いつものように居間のコタツでピー・夫・私の3人がいた。夫は何の話だったかくどくどくどくどとピーに話していた。ピーは気が乗らない風に適当に返事をしながら聞いていた。私はそれを視界に入れながら黙っていた。そこにいるようでいてそこにいないような、つまり精神的に参加していなかった目が覚めて憶えていたのは夫がずーーっと話していた事。目が覚めても憶えている夢は最近珍しいので夢にどんな意味があるのかな?と思いながら記憶した。午後になってピーが起きて来てピ「今日はミスドを目指して歩いていたんだけど ホームセンターの向こうにある店に行こうとしていたのに 何故かホームセンターの向こうは すごく長いレールが一杯あって その上には吊橋が掛かっていて Yと一緒に歩いていたのに途中ではぐれてしまって 携帯でYに連絡取ったら 面倒だから一人で行けって言われて、 途中で銃撃戦もあったり 大変だったよ」私「それほどミスドのドーナツ食べたかったんだ」ピ「うん。今日はドーナツらしい。 こないだはたこ焼きの夢を見たから マー太郎(私の事)が買って来てくれたよね」私「ああ~~。 利府ジャスに買い物に行くとか ヨークに買い物に行くとか ピーの夢ってすごく解り易いよね」ピ「うん。 欲望が夢になるようだ」そうなの。ピーの夢は今一番欲しい物とかしたい事が出てくる。私が岩手に一人旅に出る直前にピーは私が死ぬ夢を見て不安を自覚していたようだしそれは私が無事に帰って来てからも私が死ぬ夢を2度見ている。ピーの夢はとても直接的で解り易い。それで私の夢はどんなものかと考えてみると直接的なものはなくて表現が遠回りでややこしいくて長いのが多いと思う。多分、私の場合は心の苦しみや悲しみや辛さや喜びと言う感情が夢になるらしい。ピーは欲しいもの。前を向いたもの。私は後に置いて来たもの。気付けなかったもの。の夢をみるようだ、と思った。夢の見方、方向性さえ人によってこんなにも違うのだと驚いた。
December 18, 2008
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●今日見た夢●私の家はどこかの街の目抜き通りに面した二階になっており街中に緊急アナウンスが流れて全裸の男性が走って逃げていると言う。私とピーは内張りで見えなくしている窓の少しだけ隙間のある下部から通りを見ると調度全裸の男性(30歳くらいの中肉中背)が転がるようにして必死で走って行く後姿が見えた。これは手伝わないといけないと言う話になり二人で裏口から外に出て目抜き通りの一番奥の方で多分消防署の人達が集まっている場所に行き相談していると私がモビルスーツを着ることになって(しかも初めてではないらしい)モビルスーツを装着して出口で待っていても一向に全裸男は現われない。そこでピーと二十代の女性が様子を見に行き全裸男はどこにもいないと報告があり、途中に脇道が無いのに一体どうなったんだと騒いでいる意味不明な夢を見た~~~~(_≧Д≦)ノ彡☆意味不明でも本人は大変だったらしくて起きて鏡を見ると眉間にいつになく深くて大きなシワが刻み込まれておりました(笑)なんだ、私がモビルスーツって。消防隊員より警察より私がモビルスーツって!!自力で走っている男性なんて車で追いかけた方が早いだろうに。変な夢でした(^▽^;)その夢の前には現実では知らない土地に住んでいてどこかに行こうとしているのですが起伏が激しくてややこしい所なので崖を迂回したり川を眺めたり・・・頑張れども頑張れども目的地に着けない・・・・・・と言う夢も見ました。どんな心の整理をしていたんでしょうね?モビルスーツって(_≧Д≦)ノ彡☆(_≧Д≦)ノ彡☆ちなみに私は子供の頃から超能力に憧れていますがモビルスーツには得に思い入れはないんです。ピーにこの話を今したら「しょっぱなから全裸の男ってお母さん!」とたしなめられまちた。だって私知らないもん!!!(笑)シモネタ嫌いなんだけどなぁ~~~(^ ○ ^)
October 7, 2008
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昨日の夕方、久々に綺麗な夕空でした。ピーと二人でベランダに出て西の空を見ました。 渦巻く雲とサーモンピンクに近いオレンジ色でした。北の窓から見た西空はオレンジ色が濃くて綺麗でした。 それで満足して私は階下に降りました。しばらくするとピーが私を呼びました。「お母さん、もっとすごくなっている!」 北の窓から見た西空はこんなに濃くて暗い所と紅い所がとぐろを巻いているようでその中に白い糸のような雲もありました。 北の窓から見た東の空も夕日が反射しているように雲がすごい色になっていました。 ベランダから見た西空も恐いほどの色合いになっていました。 これは南の空です。 これは南西の空です。 これは南南西です。 東の上の方です。 どんどん恐ろしくなって来たでしょう?見ているうちに恐くなりました。隣のわんちゃんは私に吼え続けるし、すると向かいのご主人が犬の相手をしに出て来るし。「自然現象の前兆みたいな空だね」とピーが言ったのでした。本当に過激な色彩の夕焼けでした。そのせいか、大地震に合う夢を見て6時50分に目が覚めました!!!そこらじゅうから土埃が噴き出して日本の土地全体が沈没しそうでした。ああ、恐い。5時間で起きてしまいました。どうなっているのかとしばし呆然としました。でも、もしかしたら凄まじい空の色の印象が深くてそれで夢を見たのかもしれないです。それくらい迫力のある恐い夕焼け空なのでした。
September 20, 2008
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●今日見た夢●そこは昭和の初期のような古びた木造の大きな建物が療養所になっていてささくれ立った木の柱や、下半分が板で上半分が格子の窓ガラスの板戸があり、板張りの広い廊下があって、患者が私服でそれぞれに廊下や外や部屋(多分4人部屋)で過ごしている施設で猫が好き勝手に沢山住んでいて人間を癒してくれていた。私は何が悪くてそこにいたのか解らないのだが真っ白くて大きい猫がいつも傍にいてくれた。私はいつも患者が共同で使う所にいて白い猫が一緒に行動していたので何かと心強くて楽しく遊んでいた。その施設のだだっ広い敷地にはコンクリートやアスファルトは無く土と雑草だけだった。見える範囲に他の建物は無く、遠くに雑木林が見えるだけで何も無い場所だった。だから空が広く広く見えた。その施設だけがぽつんと建っている他には何もない所だった。トイレの前は野外の広場になっており小さな水飲み用の噴水があった。人々は三々五々に歩いたり座ったりして話しをしていた。私が知人と話しをしていたら背広をビシッと着て頭を七三にきっかり分けた二十代から三十代の男性が寄って来て、自分がいかにこの施設にとって有用な人間かを語り出した。その傲慢で客観性の無い男性は自分が特定の患者の面倒を見てあげて寄付をしているからこの施設は運用が出来るのだと言うような事を偉そうに語っていた。こんな人の相手をしているのは勘弁してよと思ってトイレに行くとトイレの入り口にあるスリッパの右足用に染みがあり左のスリッパには内側に何かがべっとりとくっ付いていて足が入らなくなった。何度か履こうと試してみてどうしても足が入って行かないので何がくっ付いているのだろうかとかがんで見てみると、スリッパの底と甲の部分を接着させていたのは血液と吐しゃ物だった。私は驚いて息を呑み固まっていると、それを見ていた知人(多分男性だったと思う)は「あいつらが○○を責め過ぎたんだよ」とニヤリと笑いながら言った。○○さんは人に抗えない大人しくてビクビクしていて頭の回転が良くない人だった。あいつらとは男性の看護人たちの事であり、曇天の広い広い空の下のどかな昭和初期風の古びた建物で出来た施設の静かな時が流れているような場所で、実は矯正と言う名で患者虐めがされていたわけで。こんなに穏やかそうで静かな場所のように見える所が本当は世界から隔絶された狭い所だったのだと私が気付いた時に目が覚めた。これは?これは表面で騙されちゃいけないよと私の無意識が教えてくれたのかな?そんな世界でもマシロは癒しの名人なんだね?(((((^m^どんな所にも腹黒い人はおり自分の評判だけを気にしている人もおり私が知らないだけで色んな事が進んでいるのだと私が私に教えたのかな?どんなヒントが潜んでいるのかな?この夢の中には?私が囚われている世界は実は違う物で形成されているんだよと教えているのかな?私の世界は広いように見えていて実は狭い狭い世界なんだよと教えてくれているのかな?かな?
June 23, 2008
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昨日見た夢は二つありました。一つ目は母の死に際に間に合った夢でした。日中母と話をしていました。認知症なのでボケボケの会話でしたが普通に話をして私はそのまま病室にいました。そして静かに母が息を引き取るのを見守っていたのでした。土曜日に行っていればそうなっていたであろう情況でした。気になっていたんだなぁ~。実際には息子のバイト先を探し回って1時間を無駄にしてたどり着きました。でも現実はもっと厳しくて病院側は母が亡くなって間もなく弟は「すぐに連れて帰って下さい」と言われたそうです。「深夜なので葬儀屋に連絡がつかないと思いますし、 姉が今こちらに向かっているので 少し待たせてください」と言ったら看護婦さんにすごく困った顔をされたそうです。「それに二人だけ(弟夫妻)だけでは 運べません」と弟が言うと「私達が手伝いますから」と言われたそうです。でも弟の車までは運べても、弟の車から実家の中までどうやって二人で運べと言うのでしょうか。すごく困っていたら深夜なのに母の弟夫妻が駆けつけてくれたので4人で車まで運び、弟の車で実家まで運んで弟の車から実家の中に運んだのだそうです。そんなの聞いた事ありません。去年出来たばかりの病院でしかもお年寄りを沢山扱う病院なのに霊安室が無いなんて。そのうえ家族に持って帰れなんて。母の亡骸を持って帰るって。物みたいな扱いをされて弟はひどく惨めな思いをしたのだそうです。「死後硬直が始まった母の身体を抱えた記憶は 一生忘れないだろうな」と弟が言っていました。私はその現実に耐えられたろうか?やっと家にたどり着いた時すぐには母の顔を見れない私でしたから。その後、会う人会う人に「あの病院に入院は止めた方が良いですよ」と言い続けました。だけど土曜日に行こうと思っていたのにずるずると用事を済ませているうちに日曜日でいいかと思ってしまった自分を後悔しているのでした。それで母の最期に間に合う夢を見たのだと思います。もう一つはすごく変な夢でした。山形の東バイパスと西バイパスのような関係の道路が出て来ました。つまり街を挟んで南北に走るバイパス道路が東側と西側に走っている地形でした。私は東バイパスのガソリンスタンドにいて西バイパスにあるガソリンスタンドに用事があり西南方向にあるGSに向って行きました。すぐに到着して用事を済ませ帰りは歩いて帰る事になりました。歩いて帰るので最短距離を歩こうと思いました。始めは北に向かって行き、途中から東に向う道に曲がらなければならないのですが突然田舎道になってしまって曲がる道が生活道路になっていて見分けが付かなくて通行人に聞きました。教えられたのがこんな道?と思うような道で、そこを行くとバイパスに曲がる道の入口が水浸しで少し迂回して道の奥に行きました。すぐそこがトンネルになっていて、トンネルを抜けると右側には大きな川が流れていて道は川原沿いの広い歩道でした。川を眺めながらその道を暫らく行くといつの間にか虚無僧の集団に囲まれていました。その中で一人危なっかしい人がいました。よく見るとその人は盲目でした。そして30代くらいの白人でした。背が高くてひょろりとしたその人は川と反対側の崖の方に向って行き、その手前で転びました。私はその人に駆け寄って行きその先が崖になっている事を告げ立ち上がるのを助けました。その人はお礼を言うと今度は川原の方に向ってよろよろと歩き出しもう少しで道路から外れて転がり落ちそうになったので私は見かねて走りより手を取って道に戻しました。結局その人の手を取って一緒に歩いて行きました。そこで目が覚めたのでした。行きは良い良い帰りは恐い~~~♪まさしくそんな夢でした。しかも虚無僧って・・・(爆笑)どうして虚無僧に囲まれていたんでしょうね?前も後ろも数十人の虚無僧がいたんです。それで白人の盲目の人がよろけているって。あの人は私でしょうか?崖から落ちそうになり、道から転げ落ちそうになり、周りが何も見えなくて日本人の感覚が余り無くて、浮いてしまって、まるで私じゃなかろうか?周りが見えていない私を自分が助けてあげているのでしょうか?とにかく印象的な夢でした。
December 6, 2007
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今日は寒くて、ノートパソコンも娘が使いっ放しにしていたのでパソコンに向かう気力が無かったのでした。一日雪が降っており、例年なら12月でさえ雪も滅多に降らないのにまだ11月なのに天候がオカシイです。今は路面凍結だそうで、普通タイヤの車では出かけられません!でも夜はトラウマを振り切って頑張って息子を車でバイト先まで送って来ました。雪降りの日や凍結道路でのイヤ~な事故の経験が蘇るのです。親から罵られた事も深く残っているようです。だから普段は雪が降ったり凍結していたら車は運転しないんです。今日は葛藤しつつ車を運転したのですごく疲れました。冬は嫌いです。寒いだけじゃなくて、凍結して事故し易くなるからです(涙)●今日見た夢私はまだ二十歳くらいで、ヒップホップのダンスコンクールに出ていました。(すでにこの設定で笑えますぜ)上手な人が沢山いるのになんと私が1位になりました。上手さではなく可能性で1位にされたそうです。それで特別なダンス教室に参加する事になり、ダンスを教えてもらっていたのですが、そこにはピーが私の妹として参加していたのでした!(とうとうピーが妹になっちゃったぜ)その後、何故か妹であるピーと2人で山奥の廃品回収業者の所に訪ねて行きました。山の中のうっそうと茂った樹木に囲まれた舗装されていない一本道の山道をどんどん行くと道の下の方に整然と整理された廃品回収品に囲まれたプレハブが現れました。これまで私はあんなに綺麗に整理された廃品物を見た事がありません。それは立体的に片付けてありました。そこでピーと私は車から降りました。すると道の奥の方から声が聞こえて来ました。曲がっている道の向こうを覗くとなんと40代くらいの男性(廃品業者の人)が倒れこんでおりその人の上に20代後半くらいの女性が圧し掛かっていました。しかもその女性の手にはピストルが握られており今しも男性を撃とうとしている所だったのです!ぎょっとした私はピーに向かって「これはまずい所に来たようなので 引き返そうか」と小声で言ったのでした。そして引き返しながら見るとなんとその男女の手前の茂みの中に右手と左手にそれぞれ若い男性と女性が隠れていたのでした!!しかも隠れている男女の手にはそれぞれにピストルが握られているのです。なんだこの二重構造は?!!それにこっちが見ている事に気付かれたら私とピーまで撃たれてしまうかもしれない!!それでそ~~っと車まで戻りました。そこで夢から覚めたのでした。なんでしょうね、このカオスな夢は!!!前半は青春サクセスストーリーで後半は日本にはあるまじき銃が沢山出てくるサスペンス物なんて!!私は今回の夢については全く分析出来ません!!!あ、でももしかしたら整然と整理された廃品回収業者ってのは母の家の荷物を綺麗に片付けてしまった後の安心感を味わいたかったとか?ピーが妹なのは、親としての役割がイヤになってしまって妹くらいの責任ならいいな~と思っているとか?変な夢~~~~~~~~(_≧Д≦)ノ彡☆
November 22, 2007
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5度寝しました(_≧Д≦)ノ彡☆最近、体調が悪いので昨日久しぶりに総合可視光線治療をしました。足裏・膝・お腹・腰・うなじ・首左・首右・額とじっくりやりました。そしたら1時間くらいうとうとしました。元気だと眠くならないんです。ちょっと弱っているなぁ~と感じました。最近、治療をやっていませんでした。そして寝たわけですが、4時間半くらいした頃に目が覚めました。トイレに行くと、ピーとラーが起きていました。でも十代二人とからむ元気がなかったのでまたべッドに戻って考え事をしていたら寝てしまいました。1時間後に夫に起されました。用事を済ますと又寝ました。その後、ピーがつまんないと言って来ました。しばらく話をしました。その後、また寝ました。その後、夫が声を掛けに来ました。考え事をしました。そして又寝ました。そうして二度寝ならぬ、5度寝をしてしまいました。体調が良くなかったようです。結局12時間寝ました。はい、半日寝ていました。調子が悪いようです。ふーちゃんさんが「電池切れだから」と書いて下さったのを思い出しました。電気切れしているんだ~~と改めて自覚しました。行きたくない実家には叔母の用事の時に行こうと決定しました。そんなに行ったり来たりしたらもっとダウンしそうですから。●2度寝か3度寝の時に見た夢●何故か、以前見た夢に出てきたマンションの一室をリフォームしてそこに住むことになった私。リフォームが終わったと言うので見に行くと、何故か他所の家族が住んでいた。しばらくしたら出て行くのかどうかも確認せず家の中を見せてもらった。玄関ホールの前には、家族共有の部屋が並んでいて、その両側には廊下が並んでいた。つまり、真ん中にトイレやお風呂や台所やダイニングが縦に並んでいてその右側には廊下があり、3人の娘達の個室がある。左側の廊下の向こうには中年夫婦の部屋、老年夫婦の部屋が縦に並んでいた。えと、玄関ホールから見ると左から親のゾーン、共有ゾーン、子どものゾーンと川の字に並んでいる。今思い出すと、何故かリビングがなかった。家族が集るのはダイニングだけ。リビングで全員が寛がない造りだった。私は始めに中年夫婦の部屋を見せてもらった。それから老夫婦の部屋を見せてもらい、次に子どもゾーンの一番手前の娘さんの部屋を見せてもらった。それがすごく細長~い部屋で、変っていた。一番奥にある出窓の所に誘われて行くと壁にあるハンドルを娘さんが廻し始めた。すると、3人で座っていた床の部分がスルスルと伸びて行き8メートル~10メートルも外に張り出した!そこは隣のホテルのプールの上でとても気持ちの良い空間だった。プールのキラキラした水の数メートル上にぽっかり浮かんでいたので、空も気持ちが良くて、娘さん2人と私の3人はのんびり横になって空の気持ちの良さと水面の反射が部屋の天井できらきらしているのをじっくり味わった。すると隣のホテルの支配人がやって来て今は競泳の時間帯なので部屋を張り出すのは止めて欲しいと言った。それでハンドルで部屋を元の位置まで戻して細長い部屋の意味を納得していた。細長い部屋はハンドルでも~~~~~っと細長い部屋になって空を満喫できる部屋なのだった。それから次の部屋にお邪魔したあたりで目が覚めた。ビックリしませんか?何て画期的な部屋なんでしょうか?見た事も聞いた事もないですよね?隣のホテルの敷地にあるプールの上に張り出して行ってそこの空間を堪能する部屋なんて。現実には有り得ないですね。おかしな夢でした。でも部屋がハンドルで伸びるなんて!!(ボタンじゃないアナログ的な所がなんとも)面白くないですか?
May 6, 2007
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●今日見た夢●私は家の中で片付け物をしていた。そこは知らない家の中で、広い畳敷きの部屋に沢山の文机が並んでいた。その文机の上に本屋雑具を広げて私は一生懸命片付けをするのだが、なかなか片付かない。あせって必死で片付けをする私の傍らに従兄弟のS君がやって来た。彼は立ったまま何かを話し始めた。何の話だったか、時間が経ったので忘れてしまった。S君とはかなり長い事会っていないので中年になった彼を私は知らないのだ。だからS君の外見はS君のお父さんの姿だった。S君のお父さんはお坊さん。S君もお坊さん。S君は坊主頭に和服で、袈裟を掛けていた。するといつの間にか窓の外は母の実家になっていた。母の実家は大きなお寺で、窓の外には立派なお御堂が見えた。私は小さい頃そのお御堂でロウソクの火を消して回ったり、ご飯を供える手伝いをしたものだった。そのお御堂が広い和室から見えた。ではそこは母の実家なのだと思った。そう、夢の中で思ったのだ。ここは母の実家だ。どうして私はここにいるんだろう?どうして私は母の実家で荷物整理をあせってしているのだろう?私は三十代くらいで、隣りの部屋には小さいピーがいた。私はS君と話をしてたのだが、S君は終始立ったままで座っていた私を見下ろしていた。そして長い廊下をS君の奥さんが歩いて行くのが見えた。挨拶しかした事のないS君の奥さんだ。そこでピーに声を掛けられて目が覚めた。何だろうな~~。この夢が私に伝えているものって。母の実家には殆んど行っていない。去年、母とピーと挨拶に行ったが叔父の態度は母へは優しく、私には一瞥だけだった。ちょっと事情があって、私はお邪魔虫なのだ。その疎外感がもたらした夢なのかな?悲しい感情だけが残っていた。S君にキツイ事を言われたのかな?夢が教えてくれるもの。私の心の感情なのかな?
May 1, 2007
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●今日の夢●小雨の降る夜に山道を登っていた。それは向こう側に木が生えているが私がよじ登っていたのは木も草も生えていない土の所で雨降りのためにどろどろの所を必死の思いでよじ登っていたのだった。私は一人ではなかった。巨大な白い犬が一緒にいた。それは性格から言ってマシロだった。マシロが犬になって私と一緒に歩く旅をしていた。マシロは首輪をしていたがリードは無しで歩いていた。そこは山の中、温泉地の裏側だった。ようやくどろどろの道を登り詰めて道に出た。するとマシロは喜んで道向こうの林の中に走り込んでしまった。追い駆けて行くと夜の林の中で白い生き物がちらりと見えた。勿論マシロは張り切って追い駆けて行きじゃれ始めた。ようやくマシロに追い付いて見るとマシロが齧りついていたのは白くて小さい子ヤギだった。私は急いでマシロを引き離したが子ヤギはショックから気絶していた。血は余り流れていないので子ヤギを左手で抱え、大型犬のマシロの首輪を右手で掴み背中には荷物と言う大変な状態で小雨の中を歩いて行くとガソリンスタンドの向こうに動物病院があったので何度も子ヤギを抱え直し、逃げ出そうとするマシロを掴み直して必死の思いで動物病院に駆け込んだ。40代くらいの男性の獣医さんとスタッフが3人ほどいる病院で、情況を話すと私は獣医さんに怒られた。子ヤギは命に別状は無く、アマ噛みの傷は数箇所縫えば大丈夫と分った。「犬の飼い主としての責任が無さ過ぎる!」と、あんまり獣医さんがガミガミ怒るので普段は温和なはずの私が獣医さんに噛み付いた!「元々犬は広い行動範囲の動物なのに、 人間の都合で紐に繋いでいるのであって 犬にしたら迷惑なだけだ!!」と息巻いて叫んでいる所で目が覚めた。大型犬になったマシロはやっぱりやんちゃないたずらっ子だった。でもいつも傍にいる存在だった。人間が数人出てくる夢は珍しくて驚いた。普通の人間が沢山出ていた!でも夜の小雨の中、泥だらけの所をよじ登るなんてしかも山の中を一人でよじ登るなんて、私って生きる事がとても困難だとつくづく思っているんだろうと思った。今日は風邪で寝込んでいたので体調の悪さが雨降りになったのかな~??今日のマシロ。 ラーが携帯で撮ったマシロ。銀杏の実の殻を鼻の上に乗せてます。
April 2, 2007
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●今日見た夢●場所は母の実家のある所で時代は私が小学校に入る前のようだった。小学校の建物が木造だった。その村全体で地下反戦活動をしていて、(レジスタンス運動)ある抵抗運動のために白い猫を沢山捕まえて来て利用した後で、またその白い猫達を捕まえて無事に逃がそうとしたのだが入れ物がカボチャの馬車みたいな形をしていて上の隙間から一匹が逃げ出してしまい皆で探してようやく捕まえ、8匹くらいいたかな、全部無事にどこかに逃がした。私たち家族もその場を離れ(具体的に誰がいたのか 記憶がはっきりしていないが 3~4人いたようだった)隣りの国に逃げて難を逃れ(何故かヨーロッパだった。 スイスっぽかった(笑)山合いの家での生活に慣れた頃例の地下活動に使われた猫達が全員揃ってその山合いの私の家に連れて来られてみんな元気に再会を果たした。めでたし、めでたし。。。。。と言う、奇妙奇天烈な夢でござりました。白い猫を使っての地下抵抗活動って何???どんな作戦???何をしたんだろう???肝心な作戦の内容は出て来なくて猫達を助けるために村人達が一致協力していたのでした。何さ、今日のこの夢は???寝ている間に頑張っていたのか?変な所に力が入っていたのか?背中の真ん中より少し右側が痛い~~~(涙)
March 27, 2007
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●今日見た夢●場所は、海端の入り組んだ町で20年前に2年半ほど住んでいた所に似ていた。それは急に高い所から低い所に階段があったり、道が急斜面で高低差が激しい道路だったり、低い土地の家の屋根の高さに道が走っていたりで、どことどこが繋がっているのか全く予想が付かない入り組んだすすけた町の中。私とピー(娘・中2)は二人でうろうろしていた。最初はどこかの大きな屋敷の中で迷ってしまい、自分の家どころか屋敷から外に出られない。二人で散々迷ってうろつき廻りやっとの思いでその屋敷を抜け出た。(そう言えば人と会わなかった)ところが知っているはずの道を車で走って行っても違う道になってしまったり、急に階段になったりで散々迷ってしまった。しかも娘は自分の赤ちゃんの世話をするのが面倒で家に一人っきりで置いて来てしまったと言う。(娘に赤ちゃんがいると言う夢は 初めてだった!!! つまり私はお祖母ちゃんになっていた!!)だから尚の事あせっているのだがなかなか家にたどり着けない。大体、お屋敷の中でもとても大変だったのだ。あせってあせってあせってあせって、ようやく一人でたどり着いた家の(車で家を探し廻っているうちに 何故か娘はいなくなっていた)外見は全く憶えていないけど家の奥に駆け込んで行くと散らかった部屋の中の床に置かれたベビーベッドの中で布を被って窒息死もせず、無事にぎゃ~ぎゃ~と赤ちゃんが泣いていてホッとした!!!すごくホッとして抱き上げようとしている所で目が覚めた。今こうして思い出すと泣き方が娘と似ていなかった。ピーはあまり泣かない赤ちゃんだった。たまに泣く時は静かに泣いた。その赤ちゃんはピーが赤ちゃんの時より肉付きの良い丸顔の女の子で、ピーよりは私に似ているようだった。う~~~~ん・・・・もしかして今思うと、あれは私だったのかな?私が赤ちゃんの時は生まれた時から肉付きが良い丸々と太った赤ちゃんだったそうで。写真もパンパンの赤ちゃんの私ばかりだ。放置されて心細くて泣き続けていた赤ちゃんの私?その心細い赤ちゃんの私を大変な思いをしてようやくたどり着いて助けたのも私??ピーの力を借りて自分を自分で助けに行ったのかな?私は悲しい赤ちゃんの私を助けたのかな???私は赤ちゃんの時悲しかったのかな?それともあれは私の幼さの象徴の私だったのかな?ともあれ、私が自分で自分を助けたとしたらこんな夢は初めて見た夢でこれって良い事なんじゃないのかな???自分で自分を助ける。すごく力強い感じがして自分で今にんまりしている。私は私を助ける事が出来るんだ。私は自分を助けるまで赤ちゃんなりに頑張って生きていたんだ。それはとても自分の自信に繋がって行く事に思えて今こうして考えるととっても強い自分を知る夢だったのかな???うれしい。(*^_^*)
March 25, 2007
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今日ダウンして寝ていたらおかしな夢を見ました。ピーと二人で居間で寝ッ転がっていると(その居間と言うのが、大学の友人Eが 卒業後岩手で一人暮らししていた家の 20畳くらいの部屋でした)夫と息子が立って何かやっていたのでが、その向こうに誰かがやって来たので寝たふりをして(笑)こっそり見ると娘の友人のYちゃんとAちゃんともう一人知らない若い女性の3人でした。(何故寝た振りしたんでしょう)その知らない若い女性が私たちの頭の所に来ると「ごめんなさい」と言って小学生が使う習字のセットを置きました。訳が解らないので顔を見ていると女性は泣き出しました。「○○君の物を取りました。 あの頃、気持ちが不安定だったのです。 ごめんなさい」と、何故か息子にではなく私に謝りました。多分、息子の小学校の同級生らしく十年くらい経って謝りに来たようでした。(息子が物を盗まれたなんて事実は 無いと思いますが)次に隣りの部屋で私とピーとYちゃんAちゃんが足湯をしていました。ぷぷぷ(_≧Д≦)ノ彡☆この展開、信じられません!!!どうして家の中に足湯をする施設があるのっ?!!その次には夫が運転する車の後ろに牽引してもらってソファー型の乗り物にYちゃん・私・娘の3人で乗っていました。途中、ヘッドレスの部分が邪魔で安定が悪いからと言って下げて、背中までの高さのソファーを車から切り離して自力で下り道をガ===ッ!!!!と下って行くのです。ブレーキは自分の足です!!!!!ハンドルは重心です!!!!!どんな乗り物より恐いですよっ!!バンジージャンプより恐いと思いますよっ!!3人で力を合わせて広い道を下って行きました。そして左に大きく曲がって着いた先は大きな敷地のどこかの大学でした。そこでも何かやっていたのですがソファー乗り物の印象が深くて他は殆んど忘れちゃいました~~♪ああああ~~~何から何までおっかしな夢でした(笑)思い出しただけで笑い出します。変なの~~~ヽ(。_゜)ノ
February 24, 2007
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今日は初めての夢を二つも見た。一つ目は昭和の少年抄のような子供達の夢だった。もう一つは私が色んな人になる夢だった。しかもその中の自分が複雑で巨大なモールの中を飛び廻っていた。●私が少年になった夢●そこは本島が近くに見える海に囲まれた小さな島である大きな会社に勤めている人が多く住んでいた。宮城県の天気よりは暖かい所だったので、多分瀬戸内海のどこかの島かもしれない。私はどうやってその島に入り込んだのか解らないが、一人でうろついている所を一人の少年に助けてもらった。私もその少年も小学5年生くらいだった。しかも私は少年だった。多分、自分が少年になった夢は初めて見た。私を助けてくれた奔放で自由そうな少年には2~3歳下の妹がいて少年は妹を大事にしていた。島では些細な事件が沢山起きて、私はそれに翻弄されたのだが詳しくは忘れてしまった。私は一人で岩礁で激しく波打つ海を見ていたり、高台に建つ家々の間の林の中を走り回ったり、階段や坂道を上り下りしたり、一人でうろついている所を少年が声を掛けてくれた。その少年の両親は1年ほど留守をしていて近所の人達や同級生達から責められて少年達は肩身の狭い思いをしていたがそれを吹き飛ばすような愉快でおおらかな性格の少年だった。泣き虫の妹をいつもかばって笑っていた。私は共に行動を取るようになってからそれを見て微笑ましいと思った。ある日、秩序の乱れた子どもだけの家に少年の両親が帰って来た。個性的で楽しげな両親だった。のん気な父親と長い髪を三つ編みにしたおおらかな母親だった。家の中は急に賑わい、少年と妹はとても喜び、他人の私も仲間に入れて貰った。そこで夢は終ったのだけれど、島の中を駆け巡った楽しい記憶がとてもうれしく残っている。すぐそこに見える本島は激しい波に遮られてとても遠くに感じた。毎日船に乗って大人たちは仕事に行くのだが、私はそれをただ見つめていて自分の家を探す事を思い付きもしなかった。と言うか、自分の家があるとは思っていなかった気がする。小さなジャングルのような林を冒険するのがとても楽しかった。入り組んだ島の造りが面白かった。毎日がささやかな冒険に満ちて、昭和の少年の映画のような素朴な日々だった。海に囲まれた島の夢も自分が少年になった夢も初めてだった。●私が色んな人になった夢●私は始めは普通の自分だったのだが、違う人になった。どんな風になったのかは忘れてしまったのだが、夢にはよくある唐突な展開で自分が何人かの別の人に刷り替わっていた。しかも一番印象に強かったのが、UVERworldのTAKUYA∞君になった事だった。私は他の人の人間性や才能がうらやましいと思った事はあっても別人になりたいと思った事はないと思っていたので色んな人になっている夢なんて見て驚いた。TAKUYA∞君になった時には私は第三者として自分を見ていた。自分はTAKUYA∞君になったと言うより、体を貸したと言うか刷り替わったと言う感じだった。でも体も精神もTAKUYA∞君になったのならもうすでに私では無いわけで一体それが私だと言うものなんかは全く無いのだからなんでしょうね、この夢は。色んな人になっていた中でも一度自分に戻ったのだが、その時は複雑で巨大なモールの中で私は自由に飛んでいたのだ。手に透明なビー玉のような石を握ると私は自分の意思によって飛べる様になった。どこからその不思議な石を手に入れたのか全く解らないのだが、長い付き合いのK子ちゃんもその石を持ちこっそり飛んでいたよ!!!だから凄く沢山の人がいる中で人目に付かないようにして私とK子ちゃんの二人だけが別々にスイスイとモールの中の空を飛んでいた。入り組んだ店の梯子を上ったり、マンホールのふたのような出入り口から石を手に持って意志の力で((((((^m^))シューーッと空に向って飛び出して行く気持ち良さ!!もしかしたらこれは寝る前に読んでいた白石一郎の「黒い炎の戦士」の影響かもしれない。黒い炎の戦士は黒い石を手に持つと力と安堵感に満ち溢れて、本来の自分が持っている力を発揮する事が出来るのだ。自分が持っている力や才能を発揮出来たらどんなにか気持ちが良いだろうと常々私は思っているのだが、それを引き出す石の小説を読んだのでそんな夢を見たのだろうか。石を手に持って空を飛ぶ夢なんて初めて見た。兎に角、空を飛ぶ夢を見たのが初めてかもしれない。飛び降りる夢さえ見た事が無い。意思を行動に出来る夢はとても気持ちが良かった。しかも空を飛ぶなんて夢でしか経験が出来ない。ふわふわと漂うのではなく、シューッ!と早いスピードで飛び回っていた。その点は私らしいかな。(笑)早いのが好き~~~♪こんなに印象的な夢を見たのはとっても珍しい。しかも初めての内容を二つ続けて見たのは初めてだ。あ~~~~不思議な気持ち♪あ~~~~気持ちが良かった♪あ~~~~山形に行った疲れが拭い去られた♪
January 28, 2007
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先週、娘の友人達が学校帰りにマシロに会いに来ました。小学校から態度が全く変わっていないユナちゃんと部活が一緒で素直なまんまの明るいアキナちゃん。娘は友達に会うと気を使って疲れるからと言って逃げて行きました。私は「ピーはまだ寝てるんだ~」と言って玄関先でマシロと二人と遊びました。ユナちゃんが「上がってもいい?」と言うので玄関先や八畳や階段でマシロと3人でずっと遊んでいました。他の同級生の近況を聞いていると「○○が告って振られた」とか「○が告られて振った」なんて話もしてくれました。ユナちゃんも「2回告られたけど振った」と言いアキナちゃんは「好きと言う気持ちが解らない。 恋ってのも解らない」と言うので「ドキドキしたりしない?」と聞くと「無い」との即答でした。ユナちゃんも「私も解らない」との事でした。二人ともまだまだ恋には縁がないようです。(((((^m^)他にも同級生の話をしているとユナちゃんが「○○アスカちゃんと組んでデュオをやってる。 アスカがギターで私がヴォーカル」と言いだし、アキナちゃんも「アスカとはずっと一緒で 幼馴染なんだ~」と話していたのですが、私は苗字が一緒なのでピーを影でいたぶっていたメイちゃんとアスカちゃんとを勘違いしてしまってアキナちゃんに聞いてしまったのでした。「アスカちゃんて性格はどうなの?」「アスカちゃんて裏表はあるの?」するとアキナちゃんが不思議がったのでちょこっと話をしました。「ピーが5年生の時に不登校になったけど、 6年生になって学校に行くようになった時に アスカちゃんが裏で意地悪をしている事が解って ピーが次の週から学校に行けなくなったの」すると私達がいた八畳の隣りの六畳の襖がガラリ!!!と開いてピーが現れたのでした!!!(llllll゚Д゚)ヒィィィィ「お母さん、勘違いしてる!!! アスカじゃなくてメイだよ!!」「あ・・・・・」「メイのせいで 行かなくなったんじゃないよ」まさか隣りの部屋にピーがいるなんて思っていなかったので私もユナちゃんアキナちゃんも驚いてしまったのでした。てっきり2階にいると思っていたのでした。それからはユナちゃんが「じゃあ、告られた話も聞いていたな==!!」と憤慨したり騒いだり。ピーは「メイのせいで学校に行かなくなったんじゃないよ」と言うのでした。その後は4人でマシロを相手に遊んで暫らく経ってから二人は帰って行きました。ピーはやはり疲れたようでした。昨日、また聞いてみました。「メイちゃんの事で 学校に行かなくなった訳じゃないのなら どうして行かなくなったの?」「どうしてだろうね。 でもメイの事なんか気にしていないよ」とピーは言うのでした。でも、私が去年のある日の事を書きかけた文章があるのですがそれを考えてもどうしても娘の心の中には友達から裏切られた傷があると思えてならないんです。これがその書き掛けの文章です。去年の夏ごろだったと思います。―――――――――――――――――――――「ピーの悲しい夢」ピー(娘・中2)の友人達がましろちゃんを拾って来てから娘の友人達が以前より頻繁に遊びに来るようになった。すると娘はアトピー性皮膚炎が悪化した。私は心身症で体がSOSを発信し、娘はアトピーでSOSを出すようだ。母娘揃って自分の限界が認識出来ないらしい。だから体がSOSを出す。友達が来てましろちゃんと遊んで娘は楽しそうに見えた。でも友人達が帰ると「疲れた」と言う。そして顔が赤く腫れて来る。肘や膝裏がどんどん悪化する。娘はどうも友人に合わせてしまうので疲れるらしい。自分をそのまま出せないらしい。私のやり方を身に付けてしまったのかな?失敗例の私を見て育って人を優先する所を見に付けてしまったのかな?そう言えば娘は小学生の頃のような遠慮の無いズバズバした言い方をしなくなった。娘は友達付き合いに不安を感じるようだ。今朝、夢を見たと言って起きて来た時不安そうに私の近くにいたのだがしばらくして話し出したのが友人達に苛められる夢を見た事だった。メイちゃんとカスミちゃんが中心になって私を苛めていた。と娘は言った。メイちゃんは1年生からクラスが一緒で学校帰りも毎日一緒に帰る仲間の一人だった。――――――――――――――――――――――――――メイちゃんはピーが担任の事がきっかけで不登校になった時時々学校帰りに遠回りしてうちにやって来ては「明日は学校に来いよ!」と励ましてくれた子でした。クラスの女子全員の励ましの手紙を集めて家に持って来てくれた子でした。でも6年生になって解ったのはあれは全部ピーにプレッシャーを掛けるための意地悪だったという事でした。私はショックでした。ピーはそんなヤツもいるよと言いました。でも週末にメイちゃんの事が解り月曜日からまた休むようになったのです。人の悪意は人を傷付けます。ピーだってメイちゃんの性格を知っていてもやはり傷ついたと思うのです。それは2年以上経ってからピーの夢に出て来たのではないかと思うのです。5年生の5月から6月に掛けて私もピーと一緒に学校に通った2週間毎日帰り道にメイちゃんと話をしていました。担任の先生の事やクラスメイトの事をいつも話しながら帰っていたのです。裏にそんな悪意を持った子だったとは私は思いたくないんだと思います。だからユナちゃんとアキナちゃんに性格について聞いたのでした。「あ~メイならやりそうだね。 あいつ性格悪いから」とユナちゃんが言ってました。「う~~~ん。そうだね やりそうだ」とアキナちゃん。今の担任の先生はメイちゃんの部活の顧問の先生です。「今は落ち着いていて良い子です」と言っていました。大人って騙されるんでしょうね。子どもの表の顔に騙されるんでしょうか。いえ、大人や子どもと関係無く人は表の顔に騙されるんでしょうか。ピーには人に対する恐怖心が染み込んだのでしょうか。兎に角、ピーの心の中にはあの頃の傷が残っているんだと思います。それを自覚しないうちは癒えないのかな。私はメイちゃんに直接会って話をすべきなのかな。それとも会わない方が流せるのかもしれない。また騙されたらイヤだもの。なんて思っているこの頃です。
January 22, 2007
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今日見た夢。私は大学生で、中型バイクに乗って移動していたのだけど見た事の無い立体交差やバイパスだらけの街だった。駅前の煩雑さも記憶に無く、ごちゃごちゃした街だった。あのバイクはガンマだったのかな。解らない。500万円くらいを現金で持っていて銀行に預けようと探している所だった。うう~~~ん。生々しいなあぁ。今、息子の事や生活の事で現金が欲しいので夢に出たのだろうか。初めて夢に出た「お金」。その点だけリアルだ~~。人間はあまり出ていなかったような。人と話しはしていなかったような。ただただバイクで移動していたような。街の中をうろつき、郊外を走り回り。そう言えばあの立体交差だらけの街は以前夢の中で見た事があるような。楽しいわけではないけれど不幸でもなかったので良しとしようぅ~~~~♪
January 20, 2007
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最近、夢に関連した本を読んでいるせいかよく夢を記憶しています。でも時間が経つと見た夢は朝露のように消えてしまうんです。それで最近の夢は殆ど憶えていないのですが今日の夢はメモ用紙に書いておいたせいかまだ記憶があるのでここに書き留めておきます。●11月20日に見た夢●玄関で靴を脱ぐ形の、玄関から廊下が四方に伸びている新築の明るい個性的なアパートの二間続きの一室に私は一人で転居して(独身で十代から二十代の若さ)荷物を入れ終わった所で廊下に出ると偶然隣の部屋にK子ちゃんも引っ越していた。K子ちゃんと会えて喜んでいると、別棟の一部屋しかない部屋に引越して来た家族が荷物を置き切れないと言って廊下に荷物を溢れさせて中年女性が廊下のベッドで寝ていた。沢山の人達が引っ越して来て賑やかにしている中で不動産会社の人(スーツ姿の30代くらいの男性)が私の所にやって来て一部屋に一家で入ったら荷物が入り切らないので私の部屋に入って貰う事にしたから私は他所のアパートに移動して欲しい、と言われた。そして友人達数人と不動産屋の人とで荷物を抱えながら外をずっと歩いて行った。途中、神社のような森の中を通り崖っぷちに建つ複雑に入り組んだ近代的でSF的なシャープで金属を多く使ったオシャレなマンションのようなアパートにたどり着いた。しかしここが私の部屋と言われた所は崖の上に張り出した部分で外廊下を歩くとぐらぐらと揺れてひどく不安定な建物だった。「こんな中空に突き出た 揺れる所では 恐ろしくて暮らせません!」と断りを入れると「では別の所へ行きましょう」と不動産屋の男性が言いまた荷物を担いだ数人で歩き出した所で目が覚めました。青空に白い雲が流れる爽やかな初夏のような天気の日でした。先日、二十数年振りで会った×メさんも荷物を担いでくれました。何故かK子ちゃんには避けられている感じでした。何を感じた夢か?う~~ん。K子ちゃんと距離を感じていると言う夢かしら?独身の自由な身をのびのびと体験してストレスを発散したいのかしら?家族連れに追い出されると言う事は今の私が家族中心に生活している事で自分自身を蔑ろにしていると感じているのかしら?主婦が廊下で寝ていると言う事はいつも我慢するのは主婦である自分だと感じているのかしら?そして何も言わずに疑問も持たずに追い出されて彷徨っている私はいつも黙って我慢するだけの存在だと感じているのかしら?結局の所、意識していない心が見せている夢なんだろうな~と思ってはみてもそして私は何をしたいのかな?そこん所が自分で良く解っていません。何だろうな~何だろうな~~♪ こんな快晴の空でした。
November 20, 2006
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久久に夢を見た。大学時代の友人JUNが出てきた。JUNと2人で北海道まで行く計画を立てていた。2人とも20代始めで彼女も独身だった。彼女の家の近くに何故か私も住んでいた。2人で近くを走る電車で北の方の大き目の街まで出てそれから本線で大きな駅まで出てその後、新幹線に乗って北海道に行こうと言う計画だった。新幹線は北海道まで続いているのだろうか?続いてないよね?何故仙台に出ないで北に行ったのだろうか?仙台に出た方が簡単なのに。フェリーという手があるのに。飛行機が一番簡単なのに、何故電車を乗り継いで?夢のような計画だったのかな?北海道に何しに行こうとしていたのかな?JUNには6~7年会っていない。個性的な人で、女性からモテル人だった。私はそう言うのに関係なく友人だったけれど一緒に歩いているとよく声を掛けられて彼女は学内では有名人だった。私とK子ちゃんはよく彼女の家に行って3人でワイワイと話し込んだものだった。3人ともとてもロマンチックで夢見る少女だった。現実的ではない3人組だった。女の子3人で少女チックな話に熱中していた。今の女子と違って、ただただ可愛い話ばかりしていた。今思えば女子ばかりの汚れのない世界だった。現実的ではない幼い世界だった。(K子ちゃんごめん)いやらしさの無い可愛い世界だった。K子ちゃんは何故出てこなかったのだろう?その年の頃K子ちゃんは東京にいたからかな?若い頃の夢を見て何を思うか倍以上も月日が過ぎて。私ってば本当に幼くて現実的じゃない女子でした。こういうキレイなものしか目に入らない女の子でした。那須の畑には西部劇に出て来るような円柱の干草が転がっていました。日本でもこんな風にするんですね。うちの廊下にはこういう塵が転がっています。(- -ヾ
November 29, 2005
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