逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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2026年02月10日
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風邪引いてました。



古時計たちが好き勝手に時を刻んでいる。

 ッ……チッ……ッ……チッ……ッ……チッ……

    チタ…… タ…… チタ…… タ……

   トタッ…………トタッ…………トタッ…………

     チック……タック……チック……タック……

静かなのに騒がしく、それでいてゆったりと流れる時間の中で見えない何かが密やかに、謎めいている慈恩堂。その奥の、畳エリアに俺はいた。いつもなら、ここの空気に慄いたり何かに気づかないふりをしたりと忙しいはずの俺の心は、今は何だか麻痺してる。

「さ、何でも屋さん」

涼し気な硝子の茶碗に、きれいな緑色のお茶。

「……ありがとうございます」

店主の真久部さんが、冷たいうちにどうぞと勧めてくれるけど。

「……」

渇いているはずなのに何故か飲む気になれなくて、遠い景色を眺めるようにただそれを見ている。そんな俺を困ったようなそ知らぬような読めない笑みで眺めつつ、店主はさりげなく次の手を打ってくる。

「そうそう、これ──」

小さな薄い菓子箱を開けて何かを取り出すと、それをお茶の上に浮かべてみせた。緑の 水面 みのも

「戎橋心斎堂さんの新作ですって」

戎橋心斎堂は、商店街にある和菓子の銘店だ。その店の、夏限定の干菓子なのだと俺の興味を引いて来る。

「そのまま食べてもいいし、こうやってお茶に浮かべるのもいいって。浮きやすい配合にして、薄くするのに苦労したとか。ささ、どうぞ」

いつもと変わらぬ古猫のような胡散臭い笑み。それを見ていると何だか落ち着くような気持ちになって、俺はありがたく茶碗を手に取った。

「いただきます……」

鮮やかな緑のお茶と、太陽の欠片のような花びら。深い山奥の池に射す、木漏れ日のやさしさを思わせる。

「……」

ひと口啜って、唇に花びらを捕まえた。ひんやりと爽やかな緑茶の香りと、上等な干菓子の上品な甘み。こりっと噛むとすぐにほどけて、残りのお茶もひと息に。

「美味しいです」

ありがとうございます、と気持ちを入れて礼を言う。良かった、と真久部さんはにっこりと笑ってみせた。

「顔色が良くなったね。──もう大丈夫でしょう」

もう一杯いかがです、熱中症防止の水分補給にはまだ足りないでしょう、とお代わりを淹れてくれ、今度はうす桃色の花びらを浮かべてくれる。自分のぶんには白の花びらを選び、静かにお茶を嗜んでいる。

その穏やかな佇まい。──自分以外の、人の気配。

     ……チック……タック……チック……タック……

   トタッ…………トタッ…………トタッ………… 

     チタ…… タ…… チタ…… タ…… 

 ッ……チッ……ッ……チッ……ッ……チッ……

古時計たちの音を聞いていると、何だか眠くなってくる。花びらが甘くて……ダメだ、今日はここで店番じゃないんだから……いや、店番だったら居眠りしていいってわけじゃないぞ……ないけど……でもほんのり甘くて、ほっとして……

……

……

「……!」

スパイシーな香りで目が覚めた。これは、カレー……? そう思ってぼんやりしていると、台所との間の引き戸が閉まる音がした。真久部さんが、持ってきたお盆からちゃぶ台の上にお皿を並べる。香りどおりのカレーライスだ。   

「……すみません!」

よそ様にお邪魔して、寝ちゃってたんだ……。こんな質の良さそうなタオルケットまで掛けてもらって、俺ってヤツは……。

「いでっ!」

慌てて起き上がろうとしたら、ちゃぶ台の足に小指をぶつけた。痛い……。でも、それで完全に目が覚めた。

「大丈夫? 何でも屋さん」

涙目で悶絶していると、そんなに慌てなくていいのに、と真久部さんは一応の気遣いを見せてくれる。──うん、こういうの、本人が耐えるしかないもんね……。

「だいじょうぶです……それより、すみません!」

お邪魔してる身で眠ってしまって、と申しわけなさに縮こまる。でも胃は正直らしく、刺激的なカレーの匂いにグーッっと大きな音が鳴った。恥ずかしい! でも、寝て起きたらなんだか急にお腹がすいて──。

「何でも屋さん、お昼まだ食べてないでしょう? カレー、冷凍してあったので良かったらどうぞ。熱中症も怖いけど、低血糖も怖いのは知ってるよね?」

古猫の笑みで、小首を傾げてみせる。俺はかくかくとうなずいた。そうだ、前にそれでお世話になったことがあったんだ。あの時は、何でも屋さん、あなたヒダル神に憑りつかれてたんだよ、とか怖いこと言って揶揄われたけど、時と場合と体調により、いつどこで低血糖の症状に襲われるかわからないその危険を、諄々と説かれたんだったよ。

低血糖は下手すると動けなくなるし、頭が朦朧としたり、昏睡したりもするそうだし、熱中症の症状にも通じるとこがある。俺みたいに外で一人で身体を使うことが多い仕事をする人間は、特に気をつけないといけない。ダブルで来たりしたら、もう……。

「ありがたく、いただきます!」

両手を合わせ、スプーンを取って猛然とカレーに挑もうと──したけど、熱々だから慎重に。真久部さん、熱い料理を盛り付けるときは必ずその食器も温めてくれるんだ。

まだまだ、つづく……。






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最終更新日  2026年02月10日 06時15分12秒
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