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被害者は「いつ」「誰に」 連れ去られてしまったのか?
これについても想像は排して 真実と裁判記録のみで考察
してみます。
先ずはこちらも裁判記録から事実確認をしておきますね。
被害者二人(A田さん・B山さん)が当日朝目撃された際の証言はこちらです。
2 A田は、上に黄色のジャンパーを着て赤色ランドセルを背負い、同月20日午前7時40分ころ、 同級生のK山K子と一緒に、飯塚市(中略)所在のB山方までB山を呼びに行き、3人で潤野小学校に向かって歩いて登校し始めたが、ぐずぐずしていて午前8時過ぎころになってもB山方近くから離れず、そうするうちにK山が一人だけ先に行ってしまった ので、B山と2人になった(証人U田U子 甲26、29、34)。なお、B山方から潤野小学校までの通学路はだいたい決まっており、別紙1の赤線のとおりであって、距離にして約1420メートル、所要時間は子供の足で20分から25分程度である(甲33)。
3 A田とB山は、同日午前8時10分ころ、B山方近くの道端でしゃがみこんでいるところをA田の知人L山L郎に目撃された ほか(甲36)、 午前8時22分ころ、B山方から道学路を約575メートル進んだ地点である平原バス停付近をいかにも学校に行きたくないといった表情でとぼとぼ歩いているところをA田の知人Z田Z子に目撃され (甲33、38)、さらに、後記のとおり、 午前8時30分ころ、B山方から通学路を約937メートル進んだ地点であるE村E太方(飯塚市大字潤野(中略))前三叉路(以下「E村方三叉路」という。)付近において農協職員D山D子によって目撃された が(甲33、39)、その ほんの数分後に同所を通った同職員V村V子(なお、同女はその後結婚してV田姓となった。)からは目撃されていない (証人V田V子)。
当初、少女は3名だったのですが、一人の女の子が学校に行きたくないとぐずっていたために、別のもう一人の少女は遅刻してしまうために先に学校へ向かっています。
それも含めた少女の足取りですが、 事件当日の午前7時40分から8時30分までの間、複数の目撃証言がありますね。
そして、最後の目撃者(D山さん)がその場所を通過して数分後に通過した方(V村さん)は、少女二人の姿を見ていません。普通に考えて、 D山さんが通過して、その後村さんが通過した間に連れ去られたと考えるほうが矛盾がない
かと思います。
※簡単に三叉路での目撃上限を時系列にしてみます。
7時40分 3人でB山さん宅前にいた
8時過ぎ 3人のうち1人が先に学校へ行く
8時10分 2人が目撃される
8時22分 2人が目撃される
8時30分 2人が目撃される
8時30分から数分後 2人は目撃されていない
それでは当日8時30分、 被害者の 最後の目撃者 となった方の証言 です。
はい、そしてその数分後に同じ付近を通った方の証言はこちらです。1 D山D子の検察官調書(甲39)の要旨
本件当時、飯塚市農協潤野支店に勤務しており、平成4年2月20日午前8時30分ころ、通勤のため紺色軽四輪乗用自動車(スズキセルボモード)を運転してE村方三叉路を通過する際、北方向から歩いてきた2人組の小学校1、2年生の女の子を見かけた。女の子は2人ともランドセルを背負っていて、1人が黄色の雨がっぱかジャンパー様のものを着ており、その子のランドセルは赤色だった。2人は、学校に遅刻しているはずなのに全く急ぐ様子がなく、妙にだらだらと歩いていた。2人の横を通過すると、I村I郎方前に 3台の車が駐車していた。このうち、 ボンゴ車 と乗用車が1台ずつあったのは覚えている が、もう1台がどちらだったかははっきりしない。県道大日寺潤野線に出る手前(同調書中のD山作成の図面によると、甲33の写真25の左側ガードレール付近になる。)で、 髪がぼさぼさの作業員風に見える40歳くらいの男性が運転する ボンゴ車と離合 し、午前8時30分過ぎころ、勤務先の駐車場に車を停め、助手席に置いてあった化粧品を片付けるなどしていたところ、 約3分後、職場の同僚であるV村V子が白色軽四輪乗用自動車(ホンダトゥデイ)を運転して、駐車場に入って来た。
はい、この二人は同じ職場に勤める同僚でして、2の証人のV田さんは1の証人のD山さんより 約3分遅れて職場に到着 しています。そして D山さんは小学生の女の子二人を目撃しており、約3分後に通ったV田さんは小学生の女の子は目撃していません 。先ほどの説明と同じですね。そして 二人が共通して目撃した「物」 がありましたね。 三叉路付近に停まっていた3台の車 です。ではその3台の車の持ち主は誰だったのでしょうか。2 証人V田(旧姓V村)の供述要旨
本件当時、飯塚市農協潤野支店に勤務しており、平成4年2月20日は、白色軽四輪乗用自動車(ホンダトゥデイ)を運転して、E村方三叉路手前付近からD山の通勤路と同じ道を通って、午前8時33分ころ出勤した。E村方 三叉路先には自動車が3台並んで停まっており、 2台目のボンゴ車の運転席には男が乗っていた。 E村方三叉路付近から県道大日寺潤野線に出るまでの間に、小学校1年生くらいの2人組の女児は見かけなかった。
それでは 裁判記録を確認 してみましょう。
本件当時、従兄弟のX田X太が経営する建設業の手伝いをしており、平成4年2月20日午前8時30分ころ、X太と一緒にE村方三叉路付近までユニック車を借りに行った。X太が白色スカイラインを運転して先行し、自分は現場を知らないため灰色トヨタタウンエースを運転してX太のスカイラインに追従して行った。県道大日寺潤野線を右折してE村方三叉路の少し手前にあるガードレール付近で、若い女性が運転する軽四輪乗用自動車と離合した後、同三叉路付近に停車したX太のスカイラインの後ろに自分の車を停めたが、自分の車の後ろには既に三菱のワゴン車が停車していた。そのとき、別の 若い女性が運転する白色軽四輪乗用自動車が右3台の車の横を通過 して行った。
自分が車を停めた場所は通行のじゃまになると思ったので、車から降りることなく、もう一度車を移動して、X太のスカイラインの少し前に停車した。車から降りて道路を横切り、E村方 三叉路を南に歩きかけたとき、後方からワゴン車が自分の右横を追い抜いて、潤野小学校の方向に走って行った。ワゴン車は、道幅が狭いのにかなりの速度を出しており、でたらめな運転だと思った。 このワゴン車がE村方三叉路北方の道路から来たのか、それとも東方の道路から来たのかは分からない。
右ワゴン車は、 マツダのワンボックスタイプ、 通称ボンゴ車 で、マツダ独特の青みがかった黒っぽい色だった。リアウインドー(バックドアのガラス)には黒っぽいフィルムが貼ってあった。
4 証人W田W男の供述要旨
本件当時、造園業を営んでおり、平成4年2月20日午前8時20分ころ、E村方三叉路南側のI村I郎方南端の路上に自分が乗ってきた三菱デリカワゴンを停めて付近の民家の造園工事をしていた。車を停めたころ、 低学年の女の子が1人半べそをかきながら小走りに立ち去った。そのほか小学校低学年の女の子には会っていない。 同日午前8時30分ころ、ユニック車を貸す約束をしていたX田建設のX太と、その従兄弟で、後で名前の分かったX田X男に会った。X太がスカイラインを駐車させる前には、I村I郎方前路上で自分の三菱デリカワゴン以外の駐車車両は見ていない。X太はスカイラインを自分の停めた場所より北側のI村I郎方前路上に停め、X男はその後方に乗ってきたワゴン車を停めようとしたが、前方からきた白のホンダトゥデイが通りにくそうにして走行して行ったことから、もっと前方に停車しに行った。ホンダトゥデイが通り過ぎた後、ホンダトゥデイとは反対方向に向けてダイハツミラが通り、ホンダトゥデイと同じ方向に向けてカリーナ紺色ワゴン、アウディが通った。X男から、E村方三叉路付近で車にひかれそうになったと言われたので見ると、 ワゴン車が急いで走り去って行くのが見えた。
右ワゴン車は、マツダのワンボックスタイプ (ボンゴ) で、色はマツダ独特の濃紺色、サイドモールがあり、後輪ダブルタイヤだった。 また、サイドウインドーにはマツダ純正と思われるベージュの色あせたカーテンがついており、リアウインドー(バックドアのガラス)は黒っぽかったのでフィルムが貼ってあると思った。
はい、3台の車のうち マツダのボンゴ車以外
については各々の車とその持ち主と、またその場所で何をやっていたのかは 明確になっています
。また 4名の証人がそれぞれの証人の車を認識している
こともわかります。そして、 マツダのボンゴ車のみが誰の車であって、そこで何を行っていたのかがわからないわけ
ですね。
そしてその マツダの
ボンゴ車
は
かなりの速度でその場所を走り去っていく
のが 二人の証人に目撃
されています。
ここはすごく重要なところでして、 4名もの証人
が それぞれの存在を把握
しており、その 複数の証人がほぼ同じ証言を行っている
わけですね。
そして、 この場所で目撃されたマツダのボンゴの特徴(ダブルタイヤ、窓にはフィルム、リヤウィンドウの純正らしきカーテン)が、 被告が所有するボンゴ車と一致
しています。
ダブルタイヤとボンゴ車について、FBSの放送では八丁峠の目撃のみがクローズアップされ、その証言が詳しすぎることから 「警察の誘導があったのでは」
とのことでしたが、この 被害者の少女二人の行方が途絶えた場所での4名の目撃証言について番組内で触れられてましたでしょうか?
私の見方が悪いのか、そういった説明を行っている映像を見つけることができませんでした・・・・・。
これは番組が 意図的にこの4人の証言を明らかにしたくなかったのでは?
と思われても仕方ないことだと思いますね。

まず、学校の登 校時間を過ぎた時間帯 に、ランドセルをしょった小学生2名が歩いていたら 目立ちますよね?
東京などの大都会であれば、誰も気にすることはないかもしれませんが、飯塚市は筑豊の中核都市ではありますが、東京などと比べると普通に田舎ですので、近隣の人たちのつながりも深い土地でもありますから、大人がだれか気づいていれば声をかけるとか、学校に連絡するなどの対応を取ってくれる方もいらっしゃったはずだと思います。 それに、 小学校の方でも、登校しない二人を気遣い、車で二人を探しに出かけています。こちらがその裁判記録ですね。
また、当時潤野小学校図書館司書補助員をしていたG山G子は、顔見知りのB山が登校しでいないことを聞き、 B山らを探すため、同日午前8時50分ころ、車で潤野小学校を出発し、B山らの通学路を逆行してE村方三叉路を北上し、平原バス停の北方にある田中商店付近でUターンして別の経路で潤野小学校に同日午前8時56分ころ戻ったが、B山らを発見することができなかった(甲3)。
このように学校側も被害者少女が登校しないので、まだ通学路を歩いていないのかを確認するため車で見にいっています。つまり、これらの証言をつなぎ合わせると、
以下のことについて何ら矛盾なく説明することができるのです。
◆被害者が連れ去られたのはこの三叉路付近で可能性が高いこと
◆連れ去ったのはマツダのボンゴ車に乗った男性である可能性が高いこと
◆
被害者の行方が分からなくなった付近に当時これだけの人たちが存在していたにも関わらず
誰一人として白のワンボックスタイプの軽自動車(八木山バイパスで目撃された少女を乗せた車)は目撃されていない
こと
最後に少女が目撃された時間から約2時間半経過してから、車だとその 三叉路から10分程度で到達できる場所
で目撃された ”女児が乗った白いワンボックスタイプの軽自動車を運転する男が真犯人である”
って、 常識的に考えて普通はあり得ないですよね。
※このあたりの話は 八木山バイパスの目撃者その2
にも詳しく書いてます。
マスコミの番組作りについて

私自身、FBSの番組を見た後に裁判記録をネットで読んでみたのですが、正直読んでみた感想としては 「あれ?」「なんで?」
ばかりでした。
これだけ多くの証人が、 事件当日に被告の所有する車と酷似する車を目撃しているのに番組では一切紹介されることがなく
、なぜか 八
丁峠の証人だけがクローズアップされ、 その証人はなんと未だ一部のマスコミに執拗に追いかけられています。
それもアポなしでいきなり訪問され、テレビの取材を断る映像を流して、いかにも 「何かまずいことがあるので逃げている証人」のような雰囲気を感じる映像に仕上げ
てます。
マスコミの常とう手段で、最近は減りましたが以前は逮捕された犯人の取り調べに際して 「容疑者は出された食事をぺろりと平らげ・・・・」のような表現が多くつかわれてました。
これは容疑者は反省していないって視聴者に思わせるための誘導のテクニックなのですが、はっきり言って小学生の作文並みのレベルですよね(笑)
そしてその番組を
見た方が、ネット上ではその 証人の方のことを「逃げ回っている」と揶揄する人もいる
訳で、本当にひどい話だと思いますね。これは明らかにマ スコミの誘導
であり、 過去に冤罪事件を作り出した警察とやっていることは一緒
です。ただし今や警察の方は取り調べの可視化が行われていたり時代とともに改善されているのですが、マスコミだけは旧態依然のやりかたを変えることなく、 平気で視聴者を自社の主張する方向へ誘導する番組作りをやめようとはしない。
FBSやNHKが自社を一応報道機関であると思っているのであれば、次回飯塚事件を取り扱う番組を制作する際には、この三叉路での4名の目撃についてもきちんと検証すべきだと思います。
ただし、自社を単なるバラエティー制作& 一部活動家を支援
する放送局だと理解しているのであれば今のままで別に構わないと思いますが・・。
みなさんはどのようにお考えになられますか?
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