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目撃現場は被害女児のランドセルなどが見つかった福岡県朝倉市の通称八丁峠。目撃者の男性は事件発生の1992年2月20日に車で通り「対向車線に止まった不審車両を見た」と証言した。「紺色ワゴンで後輪ダブルタイヤ」などの特徴が久間三千年(みちとし)元死刑囚=執行時(70)=の車と一致すると確定判決は認定した。
一方、再審請求審で検察側は、弁護側の求めに応じて4通の捜査報告書を開示。その結果(1)警察への証言は同3月2日に始まり、日を追って詳細になる(2)同9日に目撃者の供述調書を作成した巡査部長(当時)が、その 2日前に元死刑囚の車を「下見」していた-という新事実が判明 した。
特に「下見」について 弁護側は「元死刑囚を当初から疑い、その所有車両に合わせて目撃証言を誘導していった証し」と主張 。ただし、当時の 複数の捜査幹部は取材に対し「飯塚事件の3年前、元死刑囚の自宅近くで別の女児行方不明事件があり、当初から疑う見方はあったが、誘導なんて絶対にない」と強く否定 した。
しかし目撃内容は日ごとに驚くほど詳細になっている。 カーブが連続する下り坂を運転しながら、対向車線側の駐車車両を確認できたのは10秒程度 。すれ違う車への注意を考えると条件はさらに厳しくなる。
本当に可能だったのか。26年も昔の話だが、 目撃者本人に尋ねた。「何も記憶がないし、話すことはありません」。本人をよく知る関係者は「善意の証言だったのに疑われ続けている。彼もある意味、事件の被害者ですよ」 。それ以上は聞けなかった。
まず警察が捜査する際に、この事件のように異常性欲者の犯行が疑われるわけですから、何らかの要因で怪しいと思われる者たちに対して疑惑の目を向けるのは当然でしょう。
まさかマスコミは、警察は過去にどんな犯行を犯していようが、また疑われるようなことを行っていようが、その者を疑うことは悪で、国民全員を平等に疑わなければならないなどと思っているのでしょうか?
当然に思いこみで捜査すると冤罪となる可能性が高くなるのでそこは十分に注意は必要でしょうが、普通の人間ならば小学1年生の女児二人をあのように殺害するのは絶対に無理ですからね。 3年前に女児が行方不明になっており、その際に接点があった人物を疑うのは通常の捜査の範囲だと思います。
その前提で、 三叉路と八丁峠で目撃された車両とよく似た車を所有している人物が、まさに3年前の事件と何らかの関りがあった
訳ですから、 警察がマークするのは何度も書きますが当然
なのですよね。
それに下見の件も、まるで隠していた新事実を発見!のような書き方ですが、実際には下見をしていたからこそ、八丁峠の証人への事情聴取時に
「その車にラインはあった?」と聞けたのでしょうからね。
※ちなみに事情聴取のやり方については、実は私も過去に一度だけ受けたことがあるので こちらの記事をご参照
ください。
それで見たままにラインはなかったと証人の方は答えただけでしょう。
想像力が豊かな人たちは 、こんな普通のやり取りですら警察の誘導と主張
されますが、まさか事件の事情聴取で、警官は何も質問せずに証人に自由にしゃべらせると思ってるのでしょうか?
そしてこの記事でも 証人の職業は東京新聞と同様に伏せられています。
何かマスコミと弁護団の間で、 証人が森林組合で働いていたことは伏せるようにとの取り決めでもあるのでしょうか?
さらに西日本新聞様は地元の地の利を活かして、証人の方に直接取材もされているようですし、記事には「本人(証人)をよく知る関係者」とかも書かれていますので。 証人の周りの方々にも色々と聞きまわっていた様子がうかがえますね。
本当に 迷惑な人たち
です。どうせ記者の前で話したところで、その話した内容のうち記事に使われるのは、記者がその記事で訴えたい内容を補強する部分だけでしょうからね。
今回の取材での証人の方のように「何も記憶がないし、話すことはありません」と話すのが 一番無難
でしょうね。
下手に取材を拒否すると、 ジャーナリスト清水氏のように
「なぜここまで頑ななのか」
などと いかにも何か裏があるのではといったニュアンスで書かれてしまいますからね。

ただし、さすが地元の雄、西日本新聞さんは清水氏や東京新聞とは違いますよね。
証人をよく知る関係者の 「彼もある意味、事件の被害者ですよ」とのコメントをちゃんと使ってくれてます。
本当にそう思いますね。
警察に協力して、裁判で証言してくださった方ですし、もちろん裁判中は残酷な事件の解決のため証言してくださったのでしょうが、結果的に被告は死刑となったわけでして、私がその立場であれば大変に複雑な心境になると思いますね。決して「死刑になってざまあみろ」とは考えれないと思います。
そういえば、以前に裁判員制度での問題点として「裁判員制度のデメリットは主に裁判員の精神的な負担」と書かれていたのを見た記憶があるのですが、自身の決断で人一人を死刑にしたと思うと、精神的な負担は大きいですよね。
警察や検察に対し厳しい取材をするのはよいとして、証人に対して 本人が望まないのに執拗な取材をするのは本当にやめてほしいと思いますね。
また「出された食事をぺろりとたいらげ論調」が得意な東京新聞ならば、この関係者のコメントも多分こんな記事にずるのではと創作してみました。
【東京新聞だったら!】
ある関係者が一言だけ我々に対し重い口を開いてくれた
「彼もある意味、事件の被害者ですよ」それはまるで、何か誰にも知られてはならない秘密を持たされた者の苦痛を表すかのような言い方だった。
とかね。
自分も東京新聞なら記者で雇ってもらえそうですね(笑)
え?まだまだ創作が足りませんでしょうか?
確かにこんな創作レベルじゃ雇ってはもらえなさそうですね。
みなさんはどのようにお考えなられますか。
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